『クラウス・ブローン。今日の戦い、一番気をつけなければならないことは解っているな?』
学年別トーナメントで、将隆&赤堀唯ちゃんに負け。敗者復活システムで、かろうじてトーナメントを続けられる事になった俺達。
四回戦開始直前、俺のタッグパートナーにして将来の嫁候補の一人、ニナ・サバラ・ニーニョちゃんがそんな事を言い出した。
『おう。――相手の二人を、徹底的に分断する事だろ?』
俺達の今日の相手は、英国代表候補生のセシリア・オルコットちゃん達だ。
残念ながら一夏の奴に何故か惚れている為、俺は手を出せない美姫であるが。敵としたのなら、とても手ごわい敵だ。
『そうだ。私も、代表候補生の専用機が繰り出すヴァルカン・マルテッロの一撃を食らいたくはないのでな』
俺の言葉に、ニナちゃんの声に更に力が入る。気持ちは解るんだけどな、リラックスしていこうぜ?
『仕様許諾か。それが、三回戦の彼女達の試合の決着要因になったんだったな』
『そうだ。加納・都築の情報によると、今までセシリア・オルコットはレーザーライフル・スターライトMarkⅢ。
そして、ショートブレード・インターセプター以外の量子変換武装を使っていない。
この大会においても、甲龍の腕部衝撃砲のような新武装の追加は無かったようだ。
ビットを操りながらの行動を可能にしているようだが、これは本人の成長なのかプログラムの進歩なのかは不明だが』
『まあつまりは、オルコットちゃん本人の武装はその二つとブルーティアーズだけって事だな』
『そうだ。君には、私が彼女の相棒をしとめるまで――セシリア・オルコットの足止めを頼みたい』
『おう。任せてくれ!! この紳士にして騎士たるクラウス・ブローン。見事、蒼の雫を止めて見せよう!!』
俺に出来る、最大限の格好付けをする。これを成功させれば、ニナちゃんの俺への評価も上がるってものだ!!
『ああ。頼むぞ』
そして彼女は、少しだけ表情を緩めると微笑みを向けてくれた。よしっ! これで一歩前進だぁ!!
……。まあ、こんなやりとりが試合前にあったわけだが。それは今のところ、予定通りに遂行されていた。
「……それにしても、いいものだ」
俺は、眼前に立つセシリア・オルコットちゃんの姿を目にして。感動が止まらないでいた。
揺れるおっぱいや、サファイアもかくやな蒼い瞳、飛び散る汗、そして英国政府に拍手喝采を送りたくなるISスーツデザイン。
こんな状況でなければ、じっくりと凝視し記憶のフォルダに永久保存したいところだが、泣く泣く諦める。
だが、それらは全てプレヒティヒのカメラに収めてもらっている。お、今の空中宙返りの際のお尻の映像は永久保存版だ!!
「お退きなさいっ!!」
「あいにくと、もう少しなんでね!! 邪魔はさせないぜ!!」
あくまで進路や射線を妨害する俺を潜り抜けるべく放たれた、ニナちゃんに対してビットでの攻撃も、命中はしなかった。
――よし、僅かだが俺への注意がそれた今こそ!!
「さあ、ダンスも佳境だ! 俺の新武装、お披露目するぜ!!」
「!」
プレヒティヒの胸部装甲が割れ、その中にあった俺の秘密兵器を登場させる。ニナちゃんに気を回したのが命取り、だ。
「そ、それは、クラッシャー!?」
「金星、貰ったぜ!!」
少々気が引けたが、彼女の顔面に向けて40ミリ特殊突撃砲×十九門――クラッシャーを向け。弾丸のシャワーを浴びせる。
シールドバリアーや絶対防御が無ければ、やりたくはない戦法だったが。
「ぐううううっ!!」
とっさに、腕で顔を隠す。――それは女性の本能だったんだろうが、相手を見ないのは戦場では命取りだぜ?
「ゲーヘン」
ドイツ語での『Go』に当たる声と共に、追撃のレイン・オブ・サタディが彼女に向けて放たれた。
そこから放たれるのは――散弾。重装甲ではないブルー・ティアーズなら、これでも結構いける――筈だったんだが。
「やられてばかりではありませんわよ!!」
残る二機のビットを飛ばし、反撃してきた。一発が当たるが、プレヒティヒの装甲には大した傷は無い。それにしても。
「……妙、だな」
反撃が、早かった。視界を自ら遮った分を、ハイパーセンサーで補ったのか? それに、シールドエネルギーの減少が小さい。
ブルー・ティアーズが重装甲だとは、聞いていない。今までを見ても、むしろ軽めだろう。
集弾率が甘かったか? ……これが終わったら、ゲルト姉にチェックしてもらうか。
「これはもう、使えませんわね……」
距離をとったオルコットちゃんが、何かを捨てた。……おい、あれは。
「インターセプター……だと?」
銃弾をくらい、ズタボロになったショートブレード・インターセプターが捨てられた。……銃弾?
「まさか、俺のレイン・オブ・サタディを防いだのはそれか!?」
「ええ。……腕で隠していたから、解らなかったでしょう?」
……なるほど。単に顔を隠しただけじゃ無かったって事か。しかし、何でわざわざ腕でインターセプターを隠したんだ……?
それに、何でインターセプターで散弾を防ぐような非効率的な真似をしたんだ……?
「まあいいか。それも、悪あがきみたいだしな?」
見ると、ニナちゃんがこちらに向かってきていた。その飛行は、悠然とした物で。
その後ろでは、オルコットちゃんの相棒――鷹月さん、というらしい女子が既に動けなくなっていた。これで、二対一、だ。
「ブルーティアーズも二機失わせ、そして相棒も撃墜した。ここまでは予定通り、だな?」
「おう。……じゃあ、メインディッシュ――第三世代専用機を、いただくとしようぜ!!」
そして俺は新武装ロート・リッター――ドイツ語で、赤騎士を意味する刃渡り1m半のブロード・ソード――を展開する。
ロート・リッターの刃は、超振動高熱ブレードになっている。リヴァイヴに通常使用される装甲なら、一撃で焼き斬る威力だ。
これと、対ビームコーティングをした物理シールド……このコンビで、ブルー・ティアーズを撃墜する。
「行くぜっ!!」
ブースターを加速させ、一気に距離を詰める。ブルー・ティアーズはまだ動かない。
「俺の刃の味、とくと味わってもらうぞ!!」
加速しながら、ブルー・ティアーズがどの方向に回避するのかを見定める。上下か、左右か、それとも後ろか。
インターセプターもない以上、接近戦になればこちらが有利だ。
「ならば、こちらから参りますわっ!!」
「……え?」
彼女が、捨てた筈のインターセプターを構えて突撃してくる。そんな、ありえない筈の事態に一瞬忘我した。
それが、俺の致命的なミスだった。
「はあああああああああああっ!!」
突き出したロート・リッターの一撃を回避され。ノーガードの脇腹に、ショートブレードでの一撃を叩き込まれる。
その衝撃の大きさに、物理シールドとロート・リッターを取り落としてしまい。
「かはっ……!」
「お別れですわ!!」
頭部に、スターライトMarkⅢの銃口が突きつけられ。光の弾丸が、俺のシールドエネルギーをあっという間にゼロにしてしまった。
「う、嘘だろ、おい……」
いくらドールだとはいえ、第三世代の専用機が相手だとはいえ。あまりに呆気ない負けに、呆然となった。
本来ならピットかアリーナの安全域に下がらないといけないのだが、それすら出来ないほどのショックだった。
「このブルー・ティアーズを相手にするには接近戦をすればよい。――ですけれど、わたくしが対策を考えていないとお思いでした?」
「ああ、やられたな。まさか、インターセプターを二本量子変換してあった、なんてな」
「あら。これは量子変換した一本目でしてよ?」
「へ?」
一本目? いやいや、だってさっき、散弾を防いだインターセプターを、捨てたじゃないか?
「貴方は、わたくしがインターセプターを展開(オープン)する所を見ましたの?」
「いやだって、君がそう言ったじゃ……まさか!?」
「ええ。ここに、ありましたのよ」
見ると、左腕の装甲が『ショートブレード一本分がはめこめる位』に削られていた。
……つまり、一本目のインターセプターはあそこにはめこんであった、のか。つまりは、これは。
「ありえない筈の二本目に、見事に引っかかりましたわね」
こっちが武装の少なさを突いてくると読んで、逆にこっちを騙したってわけかよ。
「くそっ……。流石はイギリス代表候補生、だな」
引っかかった俺が間抜けだった。……それにしても、ただでさえ軽装甲のブルー・ティアーズで装甲を削るとは、な。
「さて、と。これらを、貸して頂きますわよ」
「へ?」
俺が取り落としたロート・リッターと物理シールドを構えるオルコットちゃん。……え、それを使う気か?
君が使っても、単なるブロードソードと物理シールドにしかならないぞ?
シールドに施した対ビームコーティングは、ビーム兵器を持っていないニナちゃんには意味が無いし。
「ブルー・ティアーズがソードとシールドとを構えて戦うとは、な……。開発者が見たら、泣くのではないのか?」
「そうですわね。――ですが、ただ使うだけでは無いですわよ?」
挑発じみたニナちゃんの言葉を受け流すオルコットちゃん。……うーむ。
「じゃあニナちゃん、後は任せたぜ」
「ああ。君の奮闘は、無駄にはしない」
……さて、特等席で見させてもらうか。代表候補生同士の戦いを、な。
「……動かない、な」
「互いに、狙っているだけだ。好機を、な」
この後の試合に登場する箒とラウラが、ピットでこの試合を見ていた。セシリアもニナも、共に動かない。
シールドエネルギー残量は、セシリアがやや有利。しかしニナは、その四本の腕に構えた銃器を動かさない。
「……!」
タイミングを良しと見たか、ニナが動き始めた。その四本の腕に握られたアサルトカノン『ガルム』が火を噴く。
だが、セシリアのビットが四つ放たれた対ISアーマー用弾『ヨルムンガルド』のうちの二つを撃墜し、残る二つも避けられた。
「ならば、撃ち続けるだけだ」
砲撃を無効化されたにも関わらず、射撃を続けるニナ。油断狙いか、それとも別の手を隠すカモフラージュか。
ニナが撃ち、セシリアが避ける。そこへニナが撃ち、セシリアは別方向に避ける。
セシリアもブルー・ティアーズのビットで攻撃や牽制をするが、ニナは構わず攻撃を続ける……そんな攻防が続く。
(一体、何が狙いですの? 誘導……でもないようですし)
シールドエネルギーでも攻防でも優位ではあるが、セシリアの心中は穏やかではなかった。
スペインの代表候補生という素性、そして回避可能だとはいえ射撃の正確さ。
それらを考えれば、彼女がただ無駄な攻撃を続けているとは思えなかった。
(このブレードとシールドを奪ったことで、パターンを変えてくるかと思っていましたけれど……それも無いようですし)
セシリアの狙いとしては、ブレードとシールドを使う振りを見せてニナのパターンを崩させようとしたのだが、まるで関係なかった。
一応、ビットで攻撃できるようにはしていたが、相手の狙いが読めないままだった。
「……」
弾切れしたらしいガルムを捨て、同じ銃器――ガルムを展開する。放たれるのも先ほどまでと全く同じ、対ISアーマー用弾。
また同じ攻撃か、とわずかにセシリアの顔に呆れの表情が浮かんだ途端。――その弾丸から、砂のようなものが混じった煙が噴出した。
「!?」
正確には、それは砂ではなく超小型のチャフ――レーダーなどを撹乱するため、かつて使われていた航空機武装の一つ――だった。
それが、煙幕と混じりセシリアをあっという間に包み込む。
「いけないっ……!!」
この状況では、チャフや煙幕の影響によりブルーティアーズの主武装であるスターライトMarkⅢもビットの攻撃力も低下する。
ニナの位置をセンサーで探りつつ、決してニナからは意識を逸らさなかった。――ニナ、からは。
「っ!?」
その瞬間。ニナがいない筈の空間から、獲物に飛び掛る蛇のようにセシリアに襲いかかる『何か』があった。
ニナの存在へと意識を集中させていたセシリアにとって、それはまさしく不意打ちとなり。身体を絡め取られてしまう。
「な、何ですの!?」
その時、風が吹き煙幕が晴れていった。そこに姿を現したのは、ワイヤーのような物で拘束されたブルー・ティアーズ。
そしてそのワイヤーは……先ほど煙幕を放った筈の、ISアーマー用弾『ヨルムンガルド』から伸びていた。
セシリアは、左腕の自由は確保した物の、右腕は胴体と一緒に縛られ。ブレードによる解放も望めなくなった。
ヨルムンガルドとは、ガルムと同じ北欧神話の用語で、巨大な毒蛇の怪物の名だが。その名の通り、セシリアに絡みつく蛇となった。
「一つの弾丸の中に、煙幕とワイヤーを仕込ませる、ですって……!?」
「これもうちの副担任の試作品だ。――悪いが、騙させてもらった」
ニナの表情の中に、かすかに得意げな色が浮かび。手の中に、新たな銃器が展開されていく。
それは今までの銃器とは違い、両手もちの長い銃身を持った銃であった。
「そしてこれが、私の切り札だ」
「――! Boh……Botm of hell!?」
僅かに震えた声をバックに、地獄の底、といわれる黒い銃が展開された。ある狙撃用長銃を、IS用武器として生まれ変わらせたその銃器。
それは、IS用の遠距離狙撃銃としては、世界最高レベルの性能を発揮した銃だった。
超長距離射撃命中率世界第二位(※一位は打鉄パッケージ・撃鉄の火器)、最大長距離狙撃成功記録第一位。
そして、火薬銃としては世界一位の弾速記録をも持つ名銃である。
「まさか、それを使ってくるなんて……!!」
「四組男子のドイッチの伝手で入手した物だ。専用機も持っていない代表候補生では、そう易々と借り出せないものなのでな」
それは、何でもありのこの学年別トーナメントでさえ、使用不可能武装に数えられていた。
一般の学生が使うには、技術もコストも高すぎる、と判断された故だが。ニナは、それを使う裏道を見つけ出したのだった。
「……」
すぐさま構え、まだ拘束されたセシリアに狙いを定めるニナ。
通常の銃器であればISの弾道予測システムや銃口角度の分析などから回避が可能だが。このBohは『解っていても避けられない』弾速を持つ。
シュヴァルツェア・レーゲンのレールガンに匹敵する速度をもった、銃なのだ。
(あ、あれをくらっては……!!)
確実に、勝敗は逆転する。ヨルムンガルドの拘束を、ビットのレーザーで焼ききる暇も無く。
拘束されたままで制限はされるが、回避を選ぼうとした――が。
「あああああっ!?」
その瞬間。毒蛇がその毒を注ぎ込んだように、セシリアに全身に衝撃が走った。
――弾丸・ヨルムンガルドの本体から電撃が流され。その電撃が、ワイヤーを伝ってセシリアとブルー・ティアーズを襲ったのだ。
「……!」
そして、その瞬間こそニナが狙ったチャンスだった。Boh――地獄の底からの弾丸が、蒼の機体を撃つ。
それは、セシリアの頭部――波立つ金の髪の中央、額部――に吸い込まれるように消えて行き……。
「っ!」
命中する、と思った瞬間。――苦悶の表情を浮かべたセシリアが、僅かに左手首を上に傾け。
クラウスから奪った対ビームコーティングが施された物理シールドを投げ付け、それで弾丸を『逸らす』事に成功した。
物理シールドを使用した為、セシリアのダメージはゼロである。もっとも、その為に物理シールドを手放してしまったが。
(今のは、奇跡ですわね……っ!!)
僅かに安堵したその瞬間、電撃の衝撃がまだ残るセシリアの脳裏に天啓がひらめいた。
乱入者と似た四本腕に気を取られ、すっかり忘れていた事実。ニナの姉が、カリナ・ニーニョという射撃の名手であった事を思い出す。
そして――その得意技は。そこまで思い出した瞬間、セシリアは反射的に僅かであるが上体を逸らした。
「っ!」
そして、ほぼ同時にセシリアの心臓を狙った弾丸を――つまりは『直後に続いた第二の狙撃』を今度は完全に回避した。
そしてニナを見ると。いつの間にか、副腕が同じBohを構え。その銃口からは、火薬銃特有の臭いが漂っていた。
「馬鹿な……!」
「いただきますわ!」
ビットからのレーザーで拘束を焼き斬り、クラウスから奪ったロート・リッターを掲げて突撃するセシリア。
本来、近接戦闘は彼女の得意な間合いではない。だが、今のニナは遠距離特化である為に近接戦闘の方が優位であると判断し。
そしてロート・リッターが一閃した時、ニナは両方のBohを失っていた。
「くっ……!!」
「……高速二連続狙撃、ヘミニスはあの方の。貴女の、お姉さんが得意とした技術でしたわね」
戦闘中であるにもかかわらず、セシリアはそんな事を口にする。普通ならば、ニナにとってはチャンスなのだが。
「ああ。……まさか、読まれるとは思わなかったが」
それに、ニナも答えた。ヘミニス。スペイン語で双子座、を意味するその射撃は、ニナの姉、カリナ・ニーニョの得意技だった。
まるで二人の狙撃手が連射を行なったような連続狙撃を一人だけで行なう、高速二連狙撃。
同一箇所を二連続で狙う事も、あるいは二つの目標をほぼ同時に狙撃する事さえも可能にしたそのテクニック。
そして彼女の更に注目すべき点は、これをノーマルのリヴァイヴ――つまりは、専用機を使わずに行った事にある。
残念ながら、彼女は『ある事情』で専用機を持つ前に他界したのだが。
もし専用機を保有していたら、スペインは一躍欧州連合の注目を集めていたであろう、とさえ言われるレベルの射撃だった。
「四つの腕は、二連狙撃を可能にする為の手段でしたのね」
「ああ。私ではまだ、この技を使いこなせない。だから、機体に頼ったのさ」
自らを嘲笑うニナ。だが、セシリアの目にはそんな彼女を蔑む気持ちなど欠片もない。
「ニナちゃんの姉――。元スペインの代表候補生だったっていう、カリナ・ニーニョか。
射撃の名人で、国家代表も間違いないといわれた才女。グラビア写真集のソル・イ・ルナ(太陽と月)には俺も昔、お世話になったな」
少し離れた場所でしみじみというクラウスだが、彼は一つ大きな見落としをしていた。その一言をニナがハイパーセンサーで聞きつけていたのだ。
そして、少しづつ上がっていたニナの彼への好意度が、一気にマイナスの領域まで大暴落したのを知るのは、試合後のことである。
……将隆曰く『自業自得』だったが。
「それにしても、ロート・リッターの使い方は上手かったな。いつのまに格闘戦を学んだのだ?」
「一夏さんや鈴さんの真似事をしただけですわ。日本語では、ええと――付け焼刃、というレベルの物です」
実際は、昨日――試合の無かった日に、密かに訓練を積んでいたのだが。それを表に出さないセシリアである。
パートナーである鷹月静寐にさえ秘密にする辺りが、彼女の誇り高さの賜物であるのだが。
それ故に特訓の秘密を守りきり、対策を立てられなくしたのであった。
「まあ、いい。やれるだけは、やったからな」
ニナが、破壊された二つのBohに慈しむような視線を向け。そしてその直後、どこか吹っ切れた表情を相手に向け。
「ギブアップ、だ」
「……え?」
『ギブアップを確認。――勝者、オルコット&鷹月ペア!』
試合を終えた。だが、それでセシリア自身は納得しきっていない。
「どういうおつもりですの? まさか、武器を破壊されただけで試合を諦めたのですか?」
「……ある意味、その通りだが。この一撃を避けられて、戦いを続けられるほど私は強くない」
「諦めが、よろしすぎますわよ。潔い、というよりは。――失礼ですが、臆病にも感じますわ」
わずかに、挑発の意味を込めた言葉。だが、ニナはそれにゆっくりと首を振った。
「……いいや。自身の最高の一撃を、初見で避けられたのだ。こうなっては、私の力不足を満座で示してしまったような物。
それに、な。――かつて、姉が言っていたよ。狙撃というものは、一度失敗したら負けたも同然。
故に、一度の狙撃で確実に仕留めなければならない――とな」
「……ですが。もしもわたくしの機体がこのブルー・ティアーズでなければ、回避は出来なかったかもしれませんわよ?」
「だが、それも貴女の力だ。――良い戦いだった。感謝する、セシリア・オルコット」
そういうと、ニナは手を差し出した。その態度に、セシリアも諦めと苦笑いが混じったような表情になり。
「いいえ。同じ欧州連合所属の代表候補生同士ですもの。これからも互いに、切磋琢磨しあいましょう」
「ああ」
先ほどまで銃火を交えていた二人が、拍手をした。それを見た、お互いのパートナーである鷹月静寐とクラウスが拍手をし。
そして、アリーナ中から拍手が起こるまでそう時間はかからなかった。
「いよいよ、更識さんの試合だね」
「うん。昨日はゴウ君に負けちゃったけど、どうなるかな」
第一アリーナでは、既に選手四人がアリーナに登場していた。更識簪は打鉄弐式、マルグリット・ドレは防御強化の打鉄。
そして相手であるヴェロニカ・セレーニは、セシリア戦のように重装甲の打鉄だったが。
ナタリア・アルメンタは、ミサイルポッドや長大なスナイパーライフルを構えたリヴァイヴであり。明らかな、遠距離特化だった。
「壁役と、狙撃役かな……?」
「うん、遠距離で撃ち合う気なんだ……」
観客の注目は、セシリア達を苦戦させたヴェロニカ&ナタリアが、簪達にはどこまで通じるのか、だった。
だからこそ、簪にはあまり注目が集まらず。その異変にも、気づく人間はいなかった。
「……あれ?」
そして最初に気付いたのは、布仏本音だった。着物の下に付けた下着すら見抜く、のほほんアイ。
その瞳に映る、幼馴染み兼主人の様子がおかしい事に気付く。とはいえ、今からでは何を出来る筈も無い。
「あれ? どうしたのよ、本音?」
「ん~~。かんちゃん、何か変なんだよ~~」
「更識さんが? ……機体は、いつもどおりに見えるけど」
「違うよ、かんちゃんの目が――」
「あ、試合開始だよ!!」
本音の指摘は、試合開始のどよめきにかき消された。試合が開始され――その指摘が正しかった事が、すぐに証明された。
「先手……必勝……!!」
「え?」
簪が、試合開始と同時に一気に距離を詰めた。遠距離重視である打鉄弐式の特性を無視した突撃に、相手も戸惑う中。
「落ちて……落ちて!!」
至近距離から、荷電粒子砲『春雷』を連射する。だが、重装甲機であるヴェロニカの打鉄には効果が薄い。
「更識さん……?」
「飛ばしすぎ、では?」
周雪蘭や石坂悠といった四組生徒達も不審な視線を向けた。その戦い方は、明らかに授業中の模擬戦や今までの戦いとは違う。
戦術の転換、などといったレベルではない。完全に、自分のペースを見失った戦い方だった。
「絶対に……絶対に、手放さない!!」
まるで泣き出しそうな表情で攻撃を絶え間なく続ける簪。
――だが、いかに代表候補生とはいえ。冷静さを欠けば、その実力を発揮する事は出来ない。
「だがこの距離――おあつらえ向きっ!!」
「す、スティンガー……!?」
そしてヴェロニカの右腕に、鋭い爪を付けた手甲のような武器が展開される。
気づいた時には、それが自分の腹に向けられ。回避しなければ、と思った瞬間にはそれが既に放たれていた。
「けほっ……!!」
シールドバリアーで軽減されたものの、不快な衝撃が簪を襲う。そして、猛攻も止まった。
「先手必勝を狙ったのでしょうが――そうはいかない」
「何を焦っているのか知りませんが……金星、いただきます!!」
「う、うわあああああああああああああああああっ!!」
……そして試合は結局、簪・マルグリットペアの勝ちとなった。簪は、専用機を奪われる危機を一応は乗り越えたのだ。
だがその試合は、後に簪自身が『恥ずかしすぎて、振り返りたくない』というほどの泥試合であり。
勝ち方は、二年生の代表候補生が『彼女が専用機を預かるなど、何かの間違いじゃないのか?』というほどだったという。
――そして。その直後、簪・マルグリットの次の相手が決定した。……それは。
「くそっ……近づけない」
「まるで、要塞だね……」
第三アリーナの試合――専用機持ち同士のタッグと、その専用機がいるタッグを破ったタッグの対決。
それは、予想以上の混戦となっていた。理由は、椿ほのかの『黒吹雪』パッケージ。
重厚な足周りを持ち、分厚い装甲が全面を覆い、所狭しと小口径砲台が設置された、まるで侵入者を迎撃する要塞のような姿になった打鉄。
それが、試合開始前の予想以上の脅威となって一夏とシャルルの前に立ちはだかっている。
三回戦でも打鉄の超重装甲パッケージ『黒極』を纏い壁になっていた彼女は、今回は何者をも寄せ付けぬ針山のようになっていた。
先ほど、物は試しと一夏が零落白夜なしで近づいていった際は。
『黒吹雪の対空砲火を潜り抜けられると思ったの?』
『うぐっ……ここまで強烈なのかよ!』
一夏をめがけて、様々な角度から小口径の弾丸が飛んでくる。
小さいとはいえ、密集・集束された弾丸の雨は、シールドエネルギーをじわじわ削り。
『だけど、これなら――あの雪崩とかに比べれば、まだまだマシだ!』
『あら、まだまだあるわよ?』
『うわあああああああああっ!?』
台風の最中の豪雨のような、あるいはゲリラ豪雨のような弾丸の雨霰を浴び。
元々五割しかないシールドエネルギーを、一割削られ――つまりは、残り四割にされて撤退したのだった。
「……予想以上に嵌ったわね」
「ええ。黒吹雪、流石だわ」
黒吹雪。それは、瞬時加速が出現した直後に生み出された対瞬時加速用パッケージだった。
第二次大戦期の防空網もかくや、の大量の弾丸を発射させ、瞬時加速してきた相手を迎撃する。
そういったコンセプトで作られたパッケージは、しかし『瞬時加速を使わない』相手には脆かった。
『黒極』ほどではないが駆動性が低く、しかも機動力も低下しているパッケージ。
自在に空を舞い、その腕を見せる事を重視される学年別トーナメントでは、それ故に使う生徒がいなかった。
……だが、今年の一年生の部門では専用機持ちが多数出場し、瞬時加速の使い手も例年にないほど多く。
更には追加ブースターを使用した瞬時加速モドキの使い手までいる。
その対策として、防御力と弾幕の凄まじさを評価され、今、椿ほのかという実力者がそれを纏っているのだった。
「ったく、どれだけの弾丸を量子変換してるんだよ……」
「黒吹雪パッケージは、弾丸の装填数なら、あの『クアッド・ファランクス』以上らしいけどね……」
黒吹雪の足元に、幾つかの弾倉が地面に転がっていた。この黒吹雪パッケージの中には、無数の弾倉そのものが量子変換されている。
更に、それらを展開した後は僅かな動作での弾丸補充が可能になっており、弾切れが望める状況ではなかった。
「ふふ。近づけないでいるわね」
一方、ミレイユ・リーニュの方は、そんな黒吹雪パッケージの穴を埋めるような一撃の攻撃力重視スタイルに切り替わっていた。
ブレード部分を大型化したブラッド・スライサーと、ガルムの大口径版ともいえるアサルトカノン『フェンリル』の二つを手に持ち。
近づこうとする一夏やシャルロットを牽制していた。
先ほどは、物理シールドを掲げて小口径弾丸の豪雨を強引に突破しようとした、リヴァイヴカスタムⅡの突撃に対しフェンリルを向け。
ゴウの銃器と同じ、タングステン鋼製の貫通性の高い弾丸でシールドを打ち抜き、突撃を食い止めた事もあった。
『なるほど……椿さんやリーニュさんの狙いが、見えてきましたね』
『ええ。――近づけさせず、タイムアップ狙い。織斑君やデュノア君と三回戦で戦った、カーフェンさん・シートンさんとも似た戦術です』
『だけど、うかつに近づけば強烈な一撃が待っている。山田先生、ではリヴァイヴカスタムをリーニュ選手が使ったのも……?』
『はい、そうです。ノーマルのリヴァイヴでは、攻撃速度が僅かに遅れてしまうかもしれないからですね。
実際、凰さん・ハミルトンさんとの試合では、幾度か防衛網を突破されていましたから……』
解説の山田真耶やアンヌ・アリュマージュが言ったように、観客達もほのかやリーニュ達の目論見を察していた。
二回戦のロミーナ&真美のペアが『自分達のペースに巻き込む事』を。三回戦のパリス&マーリが『攻撃を避ける事』を重視したが。
この二人のペアは『近づけさせない事』を選び、専用機持ち二人との戦いに赴いたのだと理解できた。
そして、刻一刻と試合終了が迫ってくる中。機を窺っていた一夏達も、次第に視線を鋭くしていく。
『……どうやって、あの銃弾の嵐を突破するか、だよなあ』
『うん。瞬時加速を使ったら、相手の思う壺だからね。加速がつく分、相対的に命中した銃弾の衝撃も大きくなる。
それを利用した、黒吹雪パッケージだからね』
『……三回戦の時みたいに、二連続の瞬時加速でいくか?』
『それも考えたんだけど、読まれたらアウトだからね。……うん、僕が隙を作る。
だから、一夏はチャンスだと思ったら連続して瞬時加速を使って。絶対に、それを使っても大丈夫な時間を作ってみせるから』
『……方法が、あるんだな?』
『勿論。詳しく説明している暇は無いけど――』
『いや、シャルロットがそう言うなら信じるぜ。――だって、シャルロットだからな』
個人秘匿通信を終え、笑顔でそう締めくくった一夏にパートナーの少女が真っ赤になったのは余談である。
そして。何かを一夏に言われて、顔を赤らめた彼(女)の表情変化を見落とさなかった一部の女子がハッスルしたのは、全くの余談である。
「砂漠の逃げ水(デザート・ミラージュ)が、泣いちゃうかな……」
橙色のリヴァイヴに語りかけるように、シャルロットが苦笑した。自らの持ち味である、高速切り替え。
それを利用した、間合いを自在に可変させる事で相手を惑わし、自分のペースに持ち込む砂漠の逃げ水。
それが、今大会では悉く打ち破られてきた。雪崩の名を持つ高速連撃に、自在に空を舞う二人の天使に。
そして今、黒吹雪という名の弾雨にも押し流されてその真価を発揮できないでいた。
一夏が零落白夜への想い――というよりも、姉である織斑千冬への敬慕――を持っているのとは違い、彼女自身は自身の技に想いなど無い。
それでも、経験の乏しいパートナーを助けられない、という事への情けなさは確かに存在していた。――そして。
「今は、目の前の相手に勝つ事だけを考えないとね」
そういうと、普段は優しげなその瞳が、獲物を狙う鷹や鷲のように細まった。
「さあ、行くよ。黒吹雪を切り崩す――その為に!!」
そして、シャルロットは自身の愛機の中から今まで使ってこなかった武器を展開した。それは――。
「え?」
専用機持ちを相手にする際ならば当然ではあるが、今までリヴァイヴカスタムⅡに量子変換された火器に関しては、調べはついていた。
標準的な攻撃力を持つアサルトライフルのヴェント、それよりも大口径で攻撃力が高いが弾速で劣るアサルトカノンのガルム。
面制圧力に秀でたショットガン、レイン・オブ・サタディ。近接格闘戦用のブレード、ブレッド・スライサー。
そして第二世代の武器としては最強といわれる、楯殺しの別名を持つパイルバンカー・灰色の鱗殻(グレー・スケール)。
他にも幾つか使用していたが、そのどれとも違う――しいていうなら、ガルムに近い銃器を使ってきたのだ。
「見た事の無い武装……まさか、デュノア社の新兵器?」
私――椿ほのか――のデータに無い武装。また、打鉄・黒吹雪パッケージからも情報が出ていない。
つまり、公式発表されておらず、形状からの推測も不可能な武器――となれば、デュノアの新兵器とみるべきだろうか。
デュノア君がそれを私達よりも前方斜め上に上昇し、向けてくる。
「……ミレイユ!」
「ええ。未知のものであれ、フェンリルの牙でそれを打ち砕くだけです!!」
私の声に合わせ、ミレイユが素早くフェンリルを向けた。ガルムよりも大口径であり、更に貫通性の高いタングスタン鋼弾頭を持つ弾丸。
これならば、どんな兵器であれ打ち砕ける。もしも移動する気ならば、この『黒吹雪』の弾雨で押し流すだけ。
――これで対処できる、そう信じていたのだが。
「な!?」
「こ、これは!!」
そのガルムモドキから発射されたのは、黒色をした、粘々したゴムと液体を混ぜ合わせたような物だった。――!
これはまさか、二回戦で春井真美が使用し、そして三回戦ではその被害を受けたデュノア君が使用した……スーパーキャッチャー弾!?
それが、前方斜め上から私達を包むように襲い掛かってくる!!
「こ、このっ!!」
そして、ミレイユがフェンリルからタングスタン鋼弾を放ったけれど。
――硬い楯や装甲に対しては悪魔のような貫通力を持つそれが、水やゴムに近いそれに絡め取られ、速度を失った。
「な、何これ……まるで、壁のように立ってる……」
「!」
どういう理屈なのかはわからないけど、タングスタン鋼弾を捉えた黒い壁が私達に襲いかかる前に空中で固まった。
……スーパーキャッチャー弾ではない? 捕獲目的では、無かったというの?
「ようやく、捉えたぜ」
「!!」
「なっ!? まさか連続で、瞬時加速を!!」
その白く輝くブレードを持つ男性の声と共に、私達は悟らされた。今のは、罠だったという事に。
「流石はデュノア君、ですね。あの新武装を、ああ使うとは」
「そうだな。しかし、私やお前に協力要請、か。何か吹っ切れたのかな?」
「……そうかもしれませんね。得がたい人材ですから、私達としても欲しいのですが」
「私の開発した試作武装に、幾度と無く苦しめられたようだからな」
どよめく観客席の一角で、今の武器を知っている者たちがその使い方を注視していた。
それは、三つ編みにした髪と眼鏡の底に光る鋭い眼差しを持ち、手にしたファイルが秘書官のような雰囲気を漂わせる女子生徒と。
そして、癖のある髪をそのまま伸ばし、腕組みをしながら立つ、美しい、というよりは凛々しいといった形容詞が似合う白衣の女性。
生徒会会計にして三年の首席・布仏虚と、二回戦や三回戦でシャルロット自身を苦戦させた武装の開発者で、一年三組副担任の古賀水蓮だった。
この試合の準備で、弾丸の補給の際に三回戦で使用したスーパースラッグ弾と同様に、古賀水蓮に力を借りたシャルルだが。
水蓮も忙しかった為に準備が間に合わず、運良く近くにいた布仏虚に力を借りたのである。
ただ、教師である水蓮は兎も角として、自身を生徒会に誘っていた布仏虚に協力を自分から申し出たシャルロットの心境変化。
その理由は、さすがの二人でもわからなかった。
「――まあ、好ましい事ならば、構いませんが」
「相変わらずだな、布仏。お前の妹を見習って、少しは柔らかくなったらどうだ?」
「生憎と、それは私の性に合いませんので。――それに、本音は柔らかすぎです」
「違いないな」
心底面白そうに笑う水蓮と、試合を一瞬たりとも見逃すまいと注視する虚。そして、試合は決着の時を迎えていた。
「なっ!? まさか連続で、瞬時加速を!!」
「入ったぜ、俺の間合いに!」
椿ほのかがスーパーキャッチャー弾だと思い込んだそれは、類似してはいるが別物だった。
材質は同じだが、それを半ば液体状にし、すぐに固まるように変質させた弾丸。シャルルは、それを壁を作る為に使用したのだった。
一夏が連続して瞬時加速を使用し――要塞のような黒吹雪パッケージの、懐に入り込む時間を稼ぐ為に必要な事。
それは、一夏が入り込む時間を稼ぐ為には――相手に、隙を作る事が絶対条件だった。
ほんの、数秒でいいから彼女の心理的な隙を作り出す事。それを狙う為にこの弾丸を使って、ほのか達の注意を引き付け。
その隙に、今までは分厚い対空砲火に阻まれていて近づけなかった一夏が、瞬時加速を連続使用して滑り込んだのだった。
「この一撃で、決めてやる!!」
黒吹雪が何をする暇も与えず、渾身の一撃を白式が叩き込む。そのシールドエネルギー変換率は、70%オーバー。
すなわち、白式に残存するシールドエネルギーのうち、七割を注ぎ込んだ一撃だった。瞬く間に黒吹雪のシールドエネルギーが減っていき。
「こ、これが零落白夜の力……」
あっという間に、ゼロへと変わった。まさに一撃必殺、もはや反則といっていい力――ワンオフアビリティー。
一撃で要塞を砕かれたほのかは、項垂れてゆっくりと地上に降下していった。
「よ、よくも、ほのかをっ!!」
あっという間の大逆転劇。普通ならば唖然としてもしょうがない状況で、ミレイユ・リーニュは一夏への攻撃を敢行した。
既にシールドエネルギーが殆ど残っていない白式に対して、それは確かに良い手だった。――あくまで、白式に対しては。
「……忘れてるよな? これが、タッグマッチだった事を」
「!!」
通常モードになった雪片弐型でフェンリルの弾丸を斬り払い、何故か後退した一夏が笑い、ミレイユは自分の悪手を悟った。
そこへ猛然と突っ込んでくる、ブラッド・スライサーを構えた疾風の再臨――ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ。
その速度は凄まじく早く、一夏にも通じなかったフェンリルの弾丸が当たるようには思えない。
「ならばっ!」
フェンリルを収納し、代わりに五一口径アサルトライフル『レッドパレット』を展開するリーニュ。
即座に弾幕を張り、向かってくるリヴァイヴカスタムⅡを近づけまいとするが――。
相手は方向転換して上空に去り、アサルトライフルの弾は明後日の方向へと飛んでいってしまった。
「え!?」
「止めは――!」
「僕達だよ!」
「あ、ああああああああああっ!!」
リヴァイヴカスタムⅡと入れ替わりに白式が急接近し、通常モードの雪片弐型で切りかかる。
それを迎撃しようとしたリーニュだが、上空に去ったリヴァイヴカスタムⅡからもヴェントの弾丸が飛んできた。
そして雪片弐型とレッドパレットの双方を食らったリーニュのリヴァイヴカスタムⅡのシールドエネルギーがどんどん減っていき。
「シャルル!」
「うん!!」
雪片弐型と、ブラッド・スライサーによる連続斬撃を受け、それがゼロになるのだった。
「……負けてしまいましたか」
「黒吹雪パッケージも、使いこなしきれなかったね」
一夏とシャルロットの勝利が宣告され、二つ目の金星を狙ったタッグは意気消沈していた。
だが、ミレイユ・リーニュにはどうしても引っかかる事があった。
「あの――織斑君、デュノア君。先ほどのコンビネーション。どこまで計画していたのですか?」
「え? さっきの、か? シャルルが、黒吹雪を打ち破れる手段があるって言ったから、俺はそれを信じただけだぜ」
「え゛?」
答えが返ってくると思っていなかったミレイユは、二重の意味で驚かされた。
それを今日の朝食の内容でも語るようにあっさりと語った一夏と、そして、あまりにも単純な内容に。
「そ、それだけでさっきみたいなコンビネーションを……?」
ほのかも、そのあまりの内容に目を丸くしていた。自身は、今日の戦いの為に昨日から今日まで必死に打ち合わせをした。
それなのに、自身の作戦をそんな単純な話し合いで打ち破られた事に――愕然に近い衝撃を受けたのだ。
「いや、コンビネーションっていうほどの物じゃないさ。シャルルが、俺に合わせてくれただけ。
俺は、シャルルが手段があるって言うからそれを信じただけだ」
しかし、一夏のあっけらかんとした一言に対戦していた二人の少女の表情が固まり。やがて。
「ふふっ……なるほど、そういう事、か。やっぱり、同じ部屋だからそういった以心伝心や信頼関係が築けたのね」
「そういう事ですね。同室(『どうし』つ)同士(『どうし』)の信頼関係には、私達では『どうし』ようもなかったという事ですか」
そして敗北はしたものの、やりきった少女達はさばさばした表情で退場していった。
なおミレイユはさりげなく最後の言葉に駄洒落を交えたが、それは全員に気付かれなかった(あるいは、スルーされた)のだった。
「ふー。さっぱりしたな」
「うん。汗も流せたしね」
試合終了後、一夏とシャルロットはシャワーを浴びていた。……勿論、別々であるが。
「できれば、ひとっ風呂と行きたいんだけどなあ」
「……一夏って、本当にお風呂が好きなんだね。毎日入りたいの?」
「おう! できれば一日二回は入りたいぞ!!」
「そ、そうなんだ。……僕も、そうしようかな?」
「え? い、いやいやシャルル、それは不味いぞ! あんな事は、もうしない方がいい!!」
シャルロットとの混浴を思い出し、赤面する一夏だが。……シャルロットは、じっとりとした目で一夏を見た。
「……僕、また一夏と一緒に入ろうなんて言ってないけど?」
「え? ……あ、あはは、そう、そうか。そうだなうん! 今のは忘れてくれ、うん!!」
とんでもない失言をした一夏は、慌てて明後日の方向を向く。
一方、じっとりとした目で見ていたシャルロットは、こちらも赤面しながら小声で呟いた。
「……一夏がどうしても、って言うのなら、ぼ、僕は、もう一度くらいなら良いんだけどね」
「え? 何か言ったか?」
「う、ううん! 何でもないよ! ……あ、そうだ! 次の相手も決まったみたいだね」
「お。次の相手は――更識さんか」
そして更衣室の電光掲示板には、準々決勝――織斑一夏&シャルル・デュノア VS 更識簪&マルグリット・ドレ。
この試合の組み合わせが、決定したとのニュースが流れていたのだった。
「つ、次は織斑君とデュノア君、なんだ……」
ドレさんの声が、遠くに聞こえてきた。次の相手――それは、織斑君とデュノア君。
共に専用機持ち同士という、反則的なタッグ。
「あの二人が、次の私達の相手……」
『日本の代表候補生でありながら敗者復活、という成績については、こちらとしては期待外れです。
一部の急進派からは、貴女から打鉄弐式の取り上げる……という案も提案されています』
『それを覆すには勝ち残り、せめて専用機持ちのいるタッグに勝つくらいの事は必要でしょう』
日本の代表候補生管理官が話していた内容が、頭に思い出される。……専用機持ちのいるタッグに勝てば。
織斑君とデュノア君に勝てば、打鉄弐式は奪われないで済むんだ……!!
「あ、あの、更識さん……やっぱり、何か変だよ……? どうしたの?」
「……大丈夫。それよりも、次、勝つ事だけを考えよう」
「う、うん……」
納得しきれていないドレさんを押し切り、更衣室を出る。……整備室に行って、先輩達にアドバイスを貰うべきだろうか?
それとも――と思った私の顔に、影がさす。
「え? ど、ドイッチ君?」
目の前に、私のクラスメートで、私が二度も負けてしまった相手――ドイッチ君がいた。
影がさしたのは、背の高い彼が私の前に現れたから、だろう。
「ちょうど良かった。更識さん、次の織斑君やシャルルとの戦いについて、君に力を貸したいんだ。ちょっと、来てくれないかな?」
「え?」
その時、私の心の中で、暗闇の中に光が差し込んだような感覚が芽生え。そして、私は彼についていくのだった……。
・黒吹雪パッケージ
全身に小口径砲・細雪(さざめゆき)を搭載した『動く要塞』といった打鉄用のパッケージ。
瞬時加速で接近する敵に対して、猛烈な弾幕によりそれを迎撃しようとしたのがそもそもの発祥。
ただ、駆動性や機動性が低下する為、迎撃には向くが攻撃には向いていない。
ISコアによる高速演算・射撃管制機能による補助により、学生レベルでもこのパッケージを使いこなせるという。
最大搭載可能な弾丸の数はきわめて多く、弾丸をフル搭載すれば『一日中でも撃ち続けられる』らしい。