学年別トーナメント五日目の朝。――学生寮の掲示板に、敗者復活の七タッグが発表された。
敗者復活といっても、主に、三回戦で敗北した面々の中から選出されると聞いていたのだが。
「ロミ、やるわよ!」
「お~~頑張ろうね~~」
二回戦で俺達が大苦戦させられた、あの二人も復活してきたのだった。……だけど。そこに、鈴の名前が無い。
知っていたとはいえ、やっぱり思う事はあった。シャルロットの事も、少し気になる。
昨日の事――父親との対面――があってから、少し元気が無いし。でも、両方とも俺に出来る事が思い当たらない。くそっ……あれ?
「不知我……!!」
階段に脚を掛けた時、視線の先にあった一階と二階の階段の、踊り場。そこには鈴がいて、何処かと電話をしていたが。
俺にはよく解らない言葉――多分、中国語――での会話だった。ということは、会話の相手は中国政府の人なんだろうか?
「我操!!」
単語の意味は解らないが、相当怒った感じで電話を切る鈴。
その時、ようやく俺やシャルロットに気付いたようだった。
「ど、どうしたのよあんた達、そんなところで突っ立って」
「おまえこそ、大丈夫なのか? 今の電話――」
「ど、どうって事は無いわよ!! じゃ、じゃ頑張ってね!!」
明らかにおかしい鈴は、一目散に駆け出していく。……あいつ、やっぱり相当ダメージが来てるみたいだ。
「なあ、シャル……ル。あいつって、どうなるんだろう?」
セシリアにもした質問だが、今度はシャルロットにも聞いてみる。一応部屋の外なので、シャルルと呼んだ。
「そうだね……。中国政府が何処まで今回の敗戦を重要視しているか、にもよるけど。……かなり、まずいと思う。
だって普通なら、ありえないよ。専用機持ちの代表候補生が、一般生徒に落とされるなんて事……。
だから凰さんにも、中国政府からも厳しい叱責が来たんだと思う」
「そんな……勝負は時の運、っていうじゃないか! 俺達だって、三組の二人に負けかけたし……」
「僕達と凰さんじゃ、立場が違うよ。特に――ボーデヴィッヒさんにやられた事で、多分立場が悪くなっていたんだと思う」
セシリアは、まだ勝ち残っているから本国からの叱責は無いのかもしれない。
だが鈴は、あいつに負けた上に一般生徒にも負けた。……やっぱり、それが相当中国政府としては気に入らないのだろうか。
「……なあ、俺達の試合はまだ先だったよな? 第一アリーナで、今日の第二試合、だったよな?」
「うん。……遅れずに、来てよね?」
「おう!!」
流石は察しのいいシャルロットだけあって、俺の言いたい事を解ってくれたようだった。
「鈴。……入るぞ、良いか?」
「……勝手に入れば?」
鈴の部屋に入るのは今回が初めてじゃないが、今までとはまるで違った光景だった。カーテンは閉め切られ、電気もつけていない。
そこに置かれたベッドの上に、鈴がいた。体育座りのような格好で座り込み、いつもの元気さは欠片も無い。
「どうしたんだよ、お前らしくないな。……その、さ。……元気出せよ」
我ながら、こんな言葉しか出てこないのかと語彙の乏しさに悲しくなるが。……鈴は、無反応だった。
鈴とは小学校五年生からのつきあいだが、ここまで落ち込んだのは、見た事が無い。
「……あの、ね。聞いて、くれる?」
「お、おう。何でも聞いてやるぞ?」
と、意外にも鈴から口を開いてくれた。よし、これはチャンスだな。
「あの、さ。アタシのパートナー……ティナは、知ってるでしょ?」
「ああ、ティナ・ハミルトンさんだな。鈴の友人の一人で、今はルームメイト兼タッグパートナーでもあるんだろ?」
彼女が、どうかしたのか?
「……政府にね。ティナが、アメリカ人だから。ルームメイトだから、甲龍に何か仕組んだんじゃないかって……さっき、そう言われたの」
「な、何だよそれ!?」
「じゃなきゃ、甲龍が一般生徒の乗った打鉄やリヴァイヴに落とされるわけないって……」
半泣きで告げられた鈴の言葉は、とんでもない内容だった。中国政府が、鈴のルームメイト兼パートナーを疑ってるって言うのか!?
「くそっ……ふざけるなよ!!」
いくらありえない敗北だからって、疑っていい事と疑っていけない事があるだろうが!!
「でも……でも最悪なのは、あたしなの!」
「え? どういう意味だよ、それ?」
「それを言われた時、心のどこかで考えちゃった……。ティナが、知らない間に何か仕組んだんじゃないかって……。
じゃなきゃあんなタイミングで甲龍が不調になるなんて、ないんじゃないかって……」
「り、鈴……でもあれは、あの時受けた戦闘ダメージによる物じゃないのか?」
「あたしも最初はそう考えたけど、ログを見たらあのときの損傷はそこまで酷い物じゃなかったの。
まるで、突然故障箇所が発生したみたいに、衝撃砲が全部使えなくなって……。まるで、呪われたみたいだった」
の、呪われた……って、おいおい。
「しっかりしろよ。お前はショックで、心が弱くなってるだけだ。ハミルトンさんは、そんな事してない。そうだろ?」
「うん……。で、でもあたしは自分が嫌なの!!」
ベッドを叩く鈴だが、その手にも力が無かった。……あれ?
「……」
今まで暗い顔だった鈴が、わずかに頬を赤らめた。……やっぱり、今の音って。
「朝飯、食べてないのか?」
「……うん。我ながら、呆れるわ。食べる気なんて無いのに、胃は鳴るんだもん」
「食欲、ないのか?」
俺の問いに頷く鈴。こういう時は、無理にでも食べさせた方が良いような気がするが。あれ。
「そういえば、ハミルトンさんはいないのか?」
「あの子は今、親と会ってるの。良い所見せたかったのに、見せられなかったから、さ」
「そうだったのか……」
俺にとっても、そして鈴にとってもあまり良い話題じゃない『親』の話をしても、鈴の雰囲気は変わらなかった。
結局俺は、それ以上何もいえず。部屋を出るしかなかった。
「どうすれば良いかな」
皆と比べればそんなに良くない頭を悩ませるが、いいアイディアは浮かんでこない。うーん……。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
考えに没頭していると、誰かとぶつかったようだ。い、いかんいかん。
「大丈夫か? ……あ、谷本さん。ごめんな、考え事してて。怪我は無いか?」
そこにいたのはクラスメートの一人・谷本さんだった。幸い、転んだりはしなかったようだが。
「大丈夫だよ。それより織斑君、こんな所で何をしてるの? 今日は、四回戦でしょ?」
「あー、ちょっと鈴の部屋まで行ってたんだ」
いい終えてから、うかつに喋らないほうが良かったかなと気付いたが。意外にも谷本さんは、辺りを見回すと小声になる。
「凰さんっていえば、織斑君、あの噂は聞いた?」
「噂?」
はて、何の噂だろうか? 鈴に関係ある噂なんだろうが……。
「あのね。……彼女が負けたのは、織斑君に破廉恥行為をされて、喜んでいた隙を突かれたんじゃないのか、って噂が流れてるの……」
「はあ!? 何だよそれ!?」
思わず激昂したが、一瞬後には霧散させた。何故なら、谷本さんが怯えた目で俺を見ていたから。
「ごめん……。俺、さっきからミスばっかりだな」
「う、ううん。織斑君が怒るのも当然だから。大丈夫だよ」
気にしないで、という谷本さんに俺は頭を下げる。……彼女に当たるなんて、最低だな、俺。
彼女は、不穏な噂の事を教えてくれただけだったのに。
「……それにしても、破廉恥行為、か」
あの時――侵入者の一件を隠すためのダミーの理由。事情を知っている鈴にも、嘘の片棒を担いでもらったが。
まさか、それが元になってこんな噂が生まれるなんて思わなかった。人の口に戸は立てられない、って言うけどな。
「ん? 珍しい組み合わせだな」
「あ、織斑先生……」
そこへ、見回りの途中なのか千冬姉もやって来た。……あ、そうだ。
「あの、織斑先生。何か、変な噂が流れているみたいなんですけど」
「変な噂? お前がらみか?」
「えーーっと、無関係じゃないんですけど……」
……。そして、その噂を話すと千冬姉の顔が一気に険しくなった。……それもそうだろう。侵入者の一件に関わる噂だからな。
「谷本。この噂、何処まで広がっているか解るか?」
「多分、一年生の半数くらいは、もう知っているんじゃないかと……」
「そうか。よし、この噂に関しては我々で手を打つ。……織斑、お前はこれ以上この一件に口を挟むな」
「え? だ、だけど!!」
「私には私に出来る事がある。だが、全てが出来るわけではない。お前に出来るが、私には出来ないこともある。……解るな?」
「え?」
鋭い口調で言い切る、千冬姉。俺に出来て、千冬姉に出来ない事? ……家事、か? ん、待てよ?
「鈴、もう一回、良いか?」
「何よ……。面倒くさいわね。さっさと済ませてよね」
ある場所に寄った俺は、再び鈴達の部屋の前にいた。ノックをすると、あいつは在室のようで。
断られなかった為、俺は部屋へと入った。
「何の用事よ――って、何よそれ」
「お粥だ」
食堂に寄って、お粥を二人前貰ってきた。さっき、お腹が鳴ってたしな。――おや?
「ハミルトンさんも、戻ってきてたのか」
「うん……」
部屋の中には、さっきはいなかったこのもう一人の住民、ハミルトンさんもいたのだった。
彼女も、鈴同様に暗い表情だが、このタイミングでここにいてくれるのは……ちょうど良いな。
「お粥を持ってきてくれて悪いけど、パス。だいたい、今は食欲が無いって、さっき――」
「お前、前に言っていたじゃないか。“食事は基本。ちゃんと食べないと、元気が出ない”って」
「え? そ、それは、そうだけど……さ」
シャルロットの正体が発覚した日、食事を取りに来た俺に鈴が言っていた言葉を、そのまま返す。
卑怯かもしれないけど、食べたら元気になるだろうから。この言葉を使った。
「まあ、朝からあまり重たい物もアレだし……お粥でいいよな? 今日は、中華鶏粥が出てたから、持って来たぞ。
ハミルトンさんも、どうだ? あ、お粥って初めてかな?」
予定では、俺が食べていけば鈴にも食べる気がしてくるんじゃないかと思って持ってきたが。
彼女が戻ってきたなら、彼女に渡そう。彼女が食べてくれれば、鈴も食べるかもしれないし、
「うん……お粥ってのは初めてだけど、貰うわ。このスプーンで食べればいいんでしょ?」
レンゲを取り、口に運ぶハミルトンさん。それを口にした時、暗かった表情の中に初めて明るい色が見えた。
「美味しい……チキンの味が、お米と溶け合ってる……」
この中華鶏粥という中国のお粥は、日本のお粥と違い、鶏の出汁でご飯を煮込む。
中国でも、日本のお粥と同じような粥――そっちは、白粥というらしい――はあるらしいけど、こっちは肉の味がついている。
だから、お粥初体験だというハミルトンさんにも、米だけのお粥よりは食べやすいだろう。
……まあこれらは、中学時代に鈴の親父さんから教わった知識なんだけどな。
「なあ、食べてみろよ。ハミルトンさんも、おまえが食べなきゃ食べ辛いだろ?」
「そうだよ。鈴、食べよう?」
「……しょうがないわね」
俺とハミルトンさんのコンビの前に、鈴の我慢も限界に来たようで、レンゲを取る。そして。
「ふう……」
「ご馳走様」
やっぱりお腹が減っていたのか、二人とも鶏粥をあっという間に食べてしまった。もう少し、多めに持ってくれば良かったかな?
「……ありがとう、少し、元気でたわ。……それと、ティナ。ちょっと、言っておきたい事があるの」
「え、何?」
「あの、さ……」
そして鈴は、中国政府の見解を伝えてきた。その中には、ハミルトンさんが何かやったのではないかという疑いもあった。
勿論、中国政府だって本当にハミルトンさんが何かやったとは思っていないだろう――とは言っていたが。
「……あたし、ほんの一瞬でもあんたを疑っちゃった。ティナ、本当にごめん!!」
肝心なのは、鈴がハミルトンさんを少しだけでも疑ったという事への謝罪だった。
勿論、そんな事が必要なのかといえばそうじゃないのかもしれない。だけど、鈴自身が謝罪無しでは終わらせられなかったのだろう。
甲龍が不調だったのは確かみたいだし、その理由はよく解らない。だけど、俺にもはっきりと解っている事がある。
――隠し事を続けるような、卑怯者じゃない。それが鈴という人間だという事だ。
「ううん、あたしの方こそごめん。鈴がやられちゃって、冷静さを失って。結局、何も出来ずに負けちゃった。
デュノア君を倒された織斑君や、レオーネさんを倒された宇月さんみたいに、パートナーが倒されても戦う事が出来なかった。
両親にも、最後まで諦めずに戦うことが出来なかった事を言われたしね」
そういうと、ハミルトンさんは鈴を抱きしめた。彼女の方が身長は上なので、鈴が胸に抱きしめられるような格好になる。
「……ありがとう、素直に言ってくれて。嬉しかったよ、鈴」
それは、見ているこっちも心が洗われそうなほどの綺麗な光景だった。それを破ったのは、やや無粋な大き目のノックだったが。
「ティナ、鈴! 遊びに来たわよ!!」
「恵都子……それに、ファティマにアナルダまで……?」
離れた鈴とハミルトンさんの元にやって来たのは、二組のメンバーだった。いずれも、鈴やハミルトンさんの友人だ。
「エリスはどうしてもはずせない用事があるから来れないって。ごめん、って言ってたけどね」
「でも、思ったよりも元気そうで良かったわね」
「ふぁ、ファティマ、あんたはまだ試合があるでしょ? 敗者復活したんだし……」
「大丈夫だって、まだ時間はあるし! あれ、織斑君……?」
俺の姿を確認した途端、ラテン系のノリなチャコンさんが、気まずそうな表情になる。あれ、何でだ?
「あ、あっちゃー。私達、お邪魔だった?」
「別に良いわよ、ティナだっていたんだし」
はて、何故このタイミングで来るとお邪魔になるのだろうか? ハミルトンさんがいると、違うみたいだが。
「一夏、あんたはもう行きなさいよ。時間、そろそろでしょ?」
「あ、やっべ。シャルルを待たせてるな。……じゃあ鈴、またな」
「うん。……ありがとうね、ご馳走様。お茶碗は、私達が返しておくから。さっさと、行きなさいよ」
もう、鈴は大丈夫だろう。そう確信した俺は、そのまま部屋を離れた。
ドアを閉める瞬間まで姦しい声が聞こえてきたのは、言うまでもなかった。
「一夏、用事は終わったの?」
「ああ。ごめんなシャルル、一人ぼっちにしておいて」
寮の外では、シャルロットがベンチに腰掛けて待ってくれていた。しまったな、すっかり放置していた。
「だ、大丈夫だよ。さっきまで、将隆と一緒だったから」
「そうなのか?」
「うん。将隆も、まだ勝ち残ってるからね。あまり、込み入った話は出来なかったけど」
そっか。そういえば、あいつとも少し疎遠になってるな。大浴場の一件で、少しは話せたけど。
……今更ながらに思ったが、シャルロットが浴場から出た後に将隆と男同士の会話をしても良かったか?
いや、それだとシャルロットと父親との会話に同席できなくなるから駄目か。
「どうしたの、一夏?」
「い、いや何でもないぞ?」
俺を上目遣いに覗き込むシャルロットの眼差しが、とても魅惑的に見えてしまう。……思わず、大浴場での一件を思い出した。
「そろそろ、アリーナへ向かおうか」
「そ、そうだな」
大浴場での一件は置いておいて、アリーナに向かう。……うん、今は思い出さなくていいぞ、俺の脳みそ。
「あ、織斑君とデュノア君だ!!」
「応援してるから、頑張ってねー!!」
「シャルル君、ファイト!!」
アリーナに着くと、そこにいた女子達が俺達にエールを送ってきてくれた。
それは学年を問わず飛んできて、シャルロットの人気の高さをうかがわせる物だった。
「……」
「どうした? 何か、表情が暗いぞ」
「う、ううん。何でもないよ」
しかし、そうは言っても彼女の表情は暗いままだった。どうしても気になった俺は、人目のないエレベーターの中で話しかける。
「なあ、どうしたんだよ」
「……嘘をつき続けているんだなあ、って思っただけだよ」
「あ――」
そう、か。あの女子の声援は、シャルロット・デュノアではなくシャルル・デュノアに送られた物なんだ。
気にするなよ――なんて言えるわけもないし。……よし。
「わわっ、一夏!? 何で頭を撫でるの!?」
「こうやると、落ち着かないか?」
「お、落ち着くというか、逆に落ち着かないって言うか……!」
やっぱり、不躾すぎたか? ……考えなしの行動だったな、反省。
「あ……」
あれ、止めたのになんで名残惜しそうな表情なんだ? ……うーん、解らん。
「まったくもう、一夏は本当に唐変木だよ!!」
何故か、シャルロットはご機嫌斜めだった。でも、本当に怒っているわけじゃない。
本当に怒っているシャルロットは、ドイツのあいつに言い返した時みたいに、むしろ表情は怒っていない。
語尾が強くなってないし、どちらかと言うと膨れる子供みたいな感じだ。
「なあ、シャルル。そんなに頭を撫でられたのが――」
「シャルルじゃなくて、シャルロット!」
いかん、慌てたせいか二人きりなのにシャルルと呼んでしまった。ますます不機嫌が強くなった気がする。
「一夏は、だいたい――」
「一夏、いるの? ちょっと良い?」
鍵を掛けている更衣室のドアがやや乱暴に叩かれ。来訪者をチェックできるモニターには、鈴が映っていた。
万が一にもシャルロットの正体が発覚しては不味いので、俺達は慌てて隠すべき物を隠す。
「やっほ。激励に来てやったわよ」
「お、おう」
鈴は、外に出かけるのかショートパンツ姿でポーチを手に持っている。見たことの無い私服姿だった。
「さっきは、ありがとうね。――元気でたわ」
そっか、良かったな。俺も、お粥を持っていった甲斐があったぜ。
「――それでね。あたし、ちょっと中国に里帰りしてくるわ」
「え?」
思わぬ発言に、何か嫌な予感がして鈴を見るが――杞憂だ、と解る。
何故なら、鈴の顔は決して曇った物じゃなかったから。
「もしもこの子に不調があるなら、ちゃんと調べないといけないし。その為には、中国に戻る必要があるのよ」
甲龍の待機形態――腕輪を撫でるように、優しい表情で言う鈴。
いつものこいつとは違う、何処か大人びた表情だった。
「……そっか。でも、すぐに帰ってくるんだろ?」
「当たり前でしょ! あんたも、あたしが心配だし。それに――あたしの帰ってくる場所は、ここなんだからさ!!」
だけど、すぐにいつもの元気な鈴に戻る。……そうか。そうだよな。
「あんたも、トーナメントを勝ち残りなさいよ。もしもこの先でアイツと当たったら、あたしの借りも返しておいて頂戴」
「おう!」
そう言うと、ポーチ一つだけで鈴は駆け出していった。その足取りは軽く。決して、暗いものを溜め込んでいるイメージじゃなかった。
「……一夏は、誰にでも優しいんだね」
「そうか?」
振り向くと、またしても不機嫌そうなシャルロットがこちらを向いていた。はて、どうしたんだろうか?
まあ、別に厳しくする気はないけど。……ドイツのアイツとかは、別かな? 厳しいといえば、千冬姉だけど。
「……ねえ、一夏。もしも、僕と凰さんが――ううん、何でもない」
「?」
シャルロットは、一体何を聞きたかったんだろうか。鈴とシャルロットが、までは聞こえたが、そこから先を言わなかった。
だから俺には、その後に続いたであろう言葉がまるで解らなかった。
「……それにしても、ある意味で凄い偶然だよね」
話を変える気なのか、シャルロットの目がトーナメント表に移る。確かに、そうだな。
「図らずも、だな」
俺達の対戦相手。それは、鈴たちを破った大金星獲得ペア――椿ほのか&ミレイユ・リーニュのペアだった。
「彼女達は、みた所、クラス代表級の実力者だと思うよ」
「二回戦の二人よりも、強そうか?」
「そうだね。……コンビネーションの精度では、上かもしれない」
「うわ、厄介だな」
「そうだね。でも、僕達だって負けないよ」
「おう!! 一緒に風呂に入った仲の良さを、見せてやろうぜ!!」
「い、一夏ぁぁ!?」
……失言でした、本当にごめんなさい。
「ミレイユ、どう思う?」
反対側の更衣室では、今から専用機持ち同士と戦うペア――椿ほのか、ミレイユ・リーニュの二人がデータを見直していた。
零落白夜、高速切り替え、瞬時加速。どれも、この時期の一年生では使えない人間の多い技ばかり。
零落白夜にいたっては、絶対に真似できない筈のワンオフアビリティーである。だが。
「そうね。織斑君とは気が合いそうだし、一度話してみたいわね」
「……そうだったわね。貴女、ジョーク好きだったっけ」
「ええ。この為に日本語を六歳から学んでいたのだから。学園に入学しても、ムッツリとしない為にね!」
気負いも無く、二戦続けて専用機持ち、という不運を嘆く事もなく、フランス出身の少女は笑顔だった。
ちなみに今のは六歳(=むっつ)とムッツリを掛けたのだが。ほのかは、無反応だった。
「それ、試合後に言うの?」
「ええ。――他にも、試合の後ではこう言うつもりよ。量子変換領域からカッターシャツを取り出して。
『貴方達二人が私達に負けたのは、カッターシャツを着ていなかったから!! だから私達が勝ったのよ!!』ってね」
会心の笑みを浮かべて拳を高く突き上げるミレイユ。……しかし、パートナーは既に部屋から出て行こうとしていた。
「ちょ、ちょっと! ほのか、パートナーなら相槌くらい打ってよ!!」
「ごめん、少しでも空けなければいけない量子変換領域にギャグ一つの為にカッターシャツを収納するような愚行に反応は無理」
「一息で即答!? っていうか、今のは流石にやらないわよ!? やろうとしても、整備課の先輩達が許してくれないだろうし!!」
美少女が台無しなコメディチックな表情のミレイユ。そんな相方を見たほのかは、安堵の息をついた。
「……でも、安心したわ。ギャグが出るのなら、平常心みたいだし」
「ええ。私は冷静よ。神と聖霊の御名の下に、冷静よ」
「そう、それじゃあ行くわね」
「ちょっと!? 今のは『冷静』と『聖霊』をかけたジョークだったのよ!?」
「……時々思うんだけど。あなた、本当にフランス人?」
「実は私、山形県民なの。ラ・フランスを名産とする……あ、あれ? ほのか?」
自信たっぷりに言い切ったミレイユを尻目に、既に、ほのかは機体の準備をしに部屋を出ていた。
ミレイユ・リーニュ……一年生の中で『残念な人』の称号を石坂悠と二分する彼女が、涙目で追ったのは余談である。
「はい、準備終了です。――頑張ってね」
「ありがとうございます、先輩」
「宇月さんも、ありがとう」
「……どうしたしまして」
笑顔の黛薫子の機体整備を受け終えた二人は、試合開始を今か今かと待っていた。
ちなみに香奈枝は、連日の疲れからか床にへたり込んでいる。今は一段落着いたので、悪い事ではないが。
「じゃあミレイユ、心構えは良い?」
「……ええ。いつでも行けるわよ」
(ギャグを言わなくなった――実戦モード、って事ね)
切り替えの早いタッグパートナーに微笑しつつ、ほのかも出撃アナウンスを待つ。そして――いよいよその時がやって来た。
「織斑君、頑張ってー!!」
「デュノア君、負けないでーー!!」
「ミレイユ、ほのか、ファイトッ!!」
「もう一個、大金星ゲットよーー!!」
四回戦となるこの試合は、かなりの注目を集めていた。専用機持ち同士のタッグと、専用機を破ったタッグの勝負。
生徒も教師も、来賓の人間も固唾を飲んで試合開始を待つ。
『さあ、大金星を挙げた二人の相手はまたも専用機! それも、唯一の専用機同士というタッグ!! 解説の山田先生、どう見ますか?』
『え、ええっとですね。織斑君やデュノア君優位――だと言い切れない事は、今までの試合が証明しています。
ですから、椿さん、リーニュさんがどんな武装で、どんな機体で来るのか。それが何処まで男子二人に追随できるのか。
二つ目の大金星は、ありえると思いますよ』
『なるほど。この試合の解説は、お馴染みアンヌ・アリュマージュ。
そして元日本代表候補生で、現在は一年一組副担任。魅惑の天然巨乳、山田真耶先生でお送りします!!』
『ちょ、あ、アリュマージュさん~~!?』
生徒にからかわれる教師の困惑は捨て置かれ、四機のISがアリーナに登場した。
白一色の白式、オレンジを基調としたラファール・リヴァイヴカスタムⅡに対し。相手側は――。
「あれは……」
「鈴達と戦った時とは、完全に変えてきたみたいだな」
「うん。しかもラファール・リヴァイヴカスタムと、打鉄のパッケージ……黒吹雪だ」
シュヴァルツェア・レーゲンを髣髴とさせるような黒一色の機体と、黄色の機体だった。
「黒吹雪……どんなパッケージなんだ?」
「簡単に言うと、小口径弾丸をそれこそ猛吹雪のように放ってくる機体だよ」
「小口径を多数……瞬時加速対策か?」
「うん。瞬時加速を使っている時は、速度が速い分、受けた衝撃の大きさも増すからね。……瞬時加速には、細心の注意が必要だよ」
「シャルロットも、前の試合で瞬時加速を使ったからな。そっちも警戒されたのか?」
「……あっちのラファール・リヴァイヴカスタムⅠはどうなんだろうな」
「見た所、カスタムⅠの標準装備みたいだけど。恐らく、何か仕掛けてくるんだろうね」
相手が、自分達の機体特性や戦術に合わせたセッティングをしてくるのにも慣れていた二人は、相手を見くびる事は無い。
少しでも多くの情報を得ようと、試合開始前ではあるが相手の機体を凝視していた。
「よし……行くか、シャルル!!」
「うん!!」
『試合開始!!』
審判役の教師の声と共に。四回戦で、一・二を争う注目度の高い試合が始まった。
「鷹月さん、今日もよろしくお願いしますわ」
「ええ。こっちこそ、貴女の足を引っ張らないように頑張るわ」
わたくし、セシリア・オルコットは四回戦の試合会場である第二アリーナに来ていた。鷹月さんは、今日は打鉄を纏い私の傍に立っている。
正直な話、タッグを組む相手が彼女でよかったとつくづく思う。真面目で、自分の役割を忠実に果たす彼女。
何処か、私の信頼するメイド――チェルシー・ブランケットとも通じる部分がある。
今までの三試合も、打鉄やリヴァイヴを纏い、私と共に戦ってきてくれたのだし。
「今日の相手は、ドールとはいえ専用機持ちのブローン君と、スペイン代表候補生のニーニョさんだね」
「ええ。ですが、わたくし達はわたくし達自身の戦いをする。――それだけですわ」
本日の相手は、やや強いと見るべきだろう。敗者復活とはいえ、負けた相手は安芸野さん達。
それも、ステルス機能を使った不意打ちでニーニョさんが撃墜されて、彼女達の力を発揮したとは言いがたい結果。
――彼女があのカリナ・ニーニョの妹であり、スペインの代表候補生である以上。油断は大敵だろう。
「おそらくは、ブローンさんが前衛。ニーニョさんは後衛と見るべきでしょう。ブローンさんのお相手、お任せしますわよ」
「うん」
今までの三試合は、全てそういう形だった。フォーメーションを変更する事がありえない、というわけではないけれど。
「頑張ろう、オルコットさん」
「ええ。わたくし達には、勝利しかありえませんわ」
互いを鼓舞し、それぞれISの最終チェックを行なう。――今日もお願いしますわね、ブルー・ティアーズ。
『選手は、アリーナへ入場せよ』
審判役の先生の声と共に、私達は一気に飛び出した。――そして、反対側から飛び出してきたのは。
「やはり、リヴァイヴカスタムですの……え!?」
デュノアさんの機体、リヴァイヴカスタムⅡの元となるカスタムⅠ。だけど、その様相が記憶とはかなり異なっていた。
具体的には――リヴァイブカスタムⅠの背中に、ありえない筈のパーツが存在していたのだ。
「あの腕、何だろう……?」
鷹月さんは不思議そうに見るけれど、わたくしはそれに見覚えがあった。あのクラス別対抗戦、第二の乱入者。
あの時の機体が持っていた、副腕と同じような物を――ニーニョさんのリヴァイヴカスタムが装備していたのだった。
黄色のリヴァイヴの装甲の後ろから伸びる細長い腕は、どこか取ってつけたようで全体のバランスを崩しているようにも見えるけれど。
「あんなパーツ、あったんだ?」
「……そう、ですわね。あの腕が、何処まで細やかな操作が可能なのかは解りませんが。――少し、厄介かもしれませんわね」
「おやおや。ニナちゃんの新しい武器に戸惑ったかな?」
戸惑う私達に、悪戯っ子のような笑みを浮かべるブローンさんが話しかけてくる。
……この方は、どうも苦手だ。何かと女子に声をかける軽薄な男でありながら、あのボーデヴィッヒさんに立ち向かう勇気を持っている。
「ブローン、相手は英国代表候補生と第三世代専用機だ。……勝てれば、昨日の敗北は帳消しになるぞ」
「おうよ。……俺も、立場はあるからな。悪いけどオルコットさん、勝つぜ?」
その目には、はっきりとした自信が見て取れる。何故か、全く違う性格である筈の一夏さんにも通じる物。……だけど。
「わたくしも、それは同じ事。――ここで敗れるわけにはいきませんの。それに、わたくしは一人ではありませんわよ?」
「おっと、こいつは失礼。――そっちの鷹月さんっていう子も、容赦はしないぜ?」
「うん!」
それを最後に、口のやり取りは終わった。互いに、集中力が高まっていき。
『――全ての準備は終了を確認した。試合、開始!!』
その声と共に。四機のISは、動き出した。
「最初から、全速で行く」
リヴァイヴカスタムを纏うニーニョさんが、その副腕を活かし四つの銃器を同時に操ってきた。しかも、それは。
「ガルム、レッドパレット、レイン・オブ・サタデイ、ヴェント……!!」
四つの腕全てが、異なる種類の火器を持ち。これらを、私と鷹月さん――双方に向けてきた。
いくら四つの腕があるとはいえ、それらを全て操作して別々の目標に攻撃を仕掛ける、なんて――。
「おっと、俺も忘れてもらっちゃ困るな!!」
「っ!」
プレヒティヒ――華麗という名を持つ機体が、その名とは裏腹に華麗さの欠片も無い突撃を敢行してきた。
かなりの重装甲であるその機体特性を生かした突撃は、まるで猪か、その先端部が似ているミサイルのようだったけれど。
レッドパレット、レイン・オブ・サタデイの弾幕で回避ルートを制限されたわたくしを、捉えていた。
「くっ!」
とっさにブルーティアーズの子機を『二機だけ』空に放ち、同時にバックするけれど。
「計算どおり!」
「!?」
その放った二機を、急停止したブローンさんは狙い撃った。それを理解できたのは、それが既に終わった後。
「今の君は、二機だけなら、ブルーティアーズを操作しながらでも移動できる――だったよな?」
「……!」
三回戦で見せた技を、逆に利用されたという屈辱がわたくしの心を包む。だけど、今は試合のさなか。
「鷹月静寐……。落とさせて貰う」
「そうはいかないっ……!!」
見れば、パートナーである鷹月さんがニーニョさんの猛攻を受けていた。腕前、機体性能、共に相手が上。
わたくしは、すぐに窮地の最中であるパートナーを救わなければならなかった――けれど。
「おっと、ここは俺が通さないぜ! イギリスの貴族令嬢に通用するほどのエスコートはまだまだかもしれないが、暫くは俺と踊ってもらう!!」
「っ!!」
ブローンさんが、それをさえぎる。……ニーニョさんが鷹月さんを撃墜し、それから二人がかりでわたくしを落とす。
その狙い通りに試合が運ばれつつある事を悟り。――同時に、それを打ち破らねば勝利は得られないのだと理解した。
「邪魔ですわっ!!」
「そう邪険にしなくても、一夏以外の男も見てみるんだなっ!!」
ブローンさんの妨害。それは、予想以上に厄介だった。わたくしの苦手とする、接近戦の範囲から離れない。
わたくしとニーニョさんか鷹月さんを結ぶ射線のどちらかに居座り、攻撃をまともに仕掛けさせない。
主武装であるスターライトMarkⅢを使う暇さえ与えない、連続攻撃も仕掛けてくる。
その隙を突いたビットでの攻撃は成功したけれど、どうやら装甲に対ビームコーティングを施してあるようで効果が薄い。
連続攻撃は仕掛けてくるけれど、わたくしのシールドエネルギーは殆ど削られていない――いいえ、本格的に削る気が無いようで。
足止め・壁役としての役目を、十二分に果たしていた。そして、そうこうしている間に。
「案外と……しぶとい!」
「まだまだ……落ちられないからっ!!」
絶え間ない四本腕での射撃の前に、鷹月さんの打鉄のシールドエネルギーがどんどん失われていくのが解った。
本人の闘志はまだ燃え盛っているけれど、機体が持たなくなるのも、時間の問題。
「おどきなさいっ!!」
「あいにくと、もう少しなんでね!! 邪魔はさせないぜ!!」
ニーニョさんに対してビットでの攻撃を仕掛けるけれど、二つだけでは彼女に見切られてしまっていた。いけない、このままでは……。
「さあ、ダンスも佳境だ! 俺の新武装、お披露目するぜ!!」
「!」
その声と共に、飛行機の先端部のような特徴的な装甲が割れ。中から出てきたのは――。
「そ、それは、クラッシャー!?」
つい先日、鈴さんを撃墜した武器――IS用武装である40ミリ特殊突撃砲を十九門束ねた米軍の兵器・クラッシャーだった。
「金星、貰ったぜ!!」
その声と共に、十九の砲門から弾丸が放たれる。そしてわたくしの視界が、その弾丸の雨に包まれた。
「あ、あの、だ、大丈夫? 様子が、おかしいけど」
「へ、平気……」
別のアリーナでは、更識簪が打鉄弐式のチェックを行なっていたが。
パートナーの内気な少女、マルグリット・ドレが口を挟むほどにその様子はおかしかった。
「あ、あの。今日の相手が、オルコットさんを苦戦させていたアルメンタさんとセレーニさん、だから?」
「……」
理由さえも答えない簪に、マルグリットは不安と動揺を大きくする。しかし簪も、好きで答えなかったわけではない。
その余裕がなかったのだ。――その理由は、十分ほど前。
『え……? い、今、何と……?』
『もう一度いいましょう。日本の代表候補生でありながら敗者復活、という成績については、こちらとしては期待外れです。
一部の急進派からは、貴女から打鉄弐式を取り上げる……という案も提案されています』
『そ、そんな……!』
日本の代表候補生管理官からの電話。それは、あまりにも残酷な通達だった。
自分に力を貸してくれた人達のお陰で、ようやく形になりだした打鉄弐式。それを、奪われようというのだ。簪の驚きも、当然だった。
『それを覆すには勝ち残り、せめて専用機持ちのいるタッグに勝つくらいの事は必要でしょう。……では、健闘を祈りますよ』
一方的に電話を切られ、その時の簪は、指輪――打鉄弐式の待機形態を握り締めたが震えは止まらなかった。そして、今。
「絶対に、負けられない……!」
チェックを終えた打鉄弐式を纏う簪の目は、いつもの弱気さなどの代わりに決意の色が見えていた。
だがそれは、姉の楯無や幼馴染みの虚・本音姉妹が見ればそれを危ぶむだろう色。
追い詰められた者独特の、悲痛さや余裕のなさを持つ決意の色だったのだ。
バトル描写が続き、全然話が進まない話でした。下手すると、結城焔先生にも追い抜かれそうな予感が……。