「よし、行くかシャルル」
「うん!」
千冬姉の手痛い叱責を受け、俺達はそれぞれISを展開した。昨日の激戦から一日あけて、既に自己修復は完了している。
シャルルの弾丸補給も終わっているし、いつでも試合に臨める。
「一応、仕様許諾は殆どの武器に出しておいたから。いざとなったら使ってね」
「ああ。俺も、牽制くらいはやらないとな」
昨日の二回戦で、いきなりの奇策でペースを惑わされた俺達は、仕様許諾を使う事さえ出来なかった。
その反省として、今日はしっかりと仕様許諾を使おうというわけだが。
『両ペアは、入場してください』
山田先生のアナウンスが聞こえ。俺達は、アリーナへと進んでいった。
「あれが、今日の相手か」
相手のISは、共にラファール・リヴァイヴだった。それを認識すると共に、操縦者の名前が出てくる。
イルカの首飾りをした、シャギーヘア(って言うんだっけ?)の娘の方がマーリ・K・カーフェンさん。
銀髪で、ヘアバンドをした娘の方がパリス・E・シートンさんというらしい。共に三組らしいが、これで三戦続けて三組の生徒だぞ。
「それにしてもISって、本当に色々なパーツがあるんだな」
カーフェンさんは、まるでフランスの貴婦人のスカートのような形状のスラスターが取り付けられ。
シートンさんの方は、巨大な筒状のブースターが三つ……背中と腰の左右に取り付けられていた。
「みた感じ、あの二人は共に高機動使用……スピード・回避重視だけど、その分防御力が低そうだね。
一撃を当てていく事が重要だよ、一夏」
「そうなるだろうな」
そして試合が開始した。そして結果としてシャルルの予想は間違ってはいなかった。……が。
――その『一撃を当てる事』への困難さが、俺達の予想をはるかに上回っていたのだった。
「これならどうっ!?」
シャルルが、両手で持ったショットガンから散弾を発射する。それは、カーフェンさんの左右を塞ぎ。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
その隙を突き、俺が瞬時加速を使って一気に接近して零落白夜を発動する。――が。
「なっ!?」
疾風。シャルルや皆の使うラファール・リヴァイヴの『ラファール』とはそういう意味らしいが。
まさに疾風の勢いで、回避されてしまった。まるで、俺の動きを読んでいるかのような回避。――これが、八回目の攻撃失敗だった。
「くそっ……どうなってるんだよ」
現在のシールドエネルギー残量は、俺が37%。シャルルが50%。相手は93%と92%だった。
試合開始から既に10分以上が経過しているのに、試合開始時点と殆どシールドエネルギー残量が変わっていない。
俺にしても、減少した原因は零落白夜による消費だけであり、被弾などによる減少はゼロだった。
「あの二人、全然攻撃を仕掛けてこないぞ? どうしたんだ?」
「……不味いね。彼女達の狙いは、判定勝ちだ」
「は、判定勝ち?」
……あ。専用機持ちである俺達のシールドエネルギーは、最初から50%。それに対して、相手は最初から100%。
二倍の差がある。とはいえ、それには。
「で、でも30分逃げ切るって事だろ? 出来るのか?」
「不可能、だとは思わないかな。無傷では無理だろうけど、彼女達には50%の余裕がある。それに――」
ちらり、と俺を見る。
「零落白夜は、どうしてもシールドエネルギーを使っちゃうからね。そこも彼女達の狙い目なんだと思う」
……!
「でも正直、あそこまでの回避名人がいるなんて予想外だったよ」
「ああ、そうだな。セシリアや鈴よりも、回避だけなら上かもしれない」
とにかく、攻撃が当たらなかった。俺の雪片弐型が、まるで五条大橋の弁慶の長刀のようにひらひら避けられ。
シャルルは当たりやすい散弾での攻撃をメインにしているが、それでもほとんど当たらない。
クリーンヒットはゼロで、減らしたシールドエネルギーも微々たる物だった。
「それで、あっちは何も仕掛けてこないってわけか……」
徹底した、受動の戦法。相手の二人は、今も一定距離を保ってホバリング……空中浮遊している。
PICを持つISなら容易い事なんだが、それは余裕であるようにも見えてしまった。
「でも、少しづつ解ってきたよ。二人の違いが」
違い?
「銀髪の娘――パリスさんは、直線加速が得意。イルカの首飾りをしている娘――マーリさんは、縦横機動が得意みたいだね」
縦横機動……つまり、上下左右前後に自在に移動する方の機動か。そういえばそうだな。
パリスさんは、捉えた筈なのに気がつけば彼方にいて。マーリさんは、ヒラヒラ舞う木の葉みたいに避けてたな。
あの時の――クラス対抗戦の時の、一機目の乱入者・ゴーレムみたいだ。あいつも、回避が桁外れに上手かった。
あの時は、鈴の衝撃砲を使った瞬時加速で一撃を加えたんだが……。シャルルのリヴァイヴには、そういった兵器がない。
だから、あの手は使えないだろう。
「どうするか、だな……」
速度を上げての攻撃、が基本だろうけど。これ以上速度を上げると、俺自身のコントロールが上手くいくとは限らない。
下手をすればアリーナの壁やバリア、あるいは地面に激突するだろう。
「……一夏。一夏も、これを使って攻撃してみる?」
シャルルがレイン・オブ・サタデイを差し出す。これを渡すということは、射撃戦に切り替えろという事だろう。
でも、俺にシャルルのような射撃は望むべくも無い。なら、いっそ。
「至近距離から当ててみるか?」
「無理だよ、一夏。それはね――」
こうなったらいっそ、瞬時加速しながら攻撃してみるか? とも思ったが。シャルル曰く。
自身が高速移動しながらの攻撃というのは、とにかく弾道がぶれる物らしく。射撃は素人同然の俺には到底不可能との事だった。
「……そうなのか。じゃあシャルル、もう一度だけ試させてくれ」
「え?」
「俺の長所は、速度と一撃の大きさだ。――もう一度だけ、試してみる」
「……うん、わかった。援護するよ」
俺の我儘と言っていい提案に、あっさりと承諾してくれるシャルル。ありがとう。
「……」
今現在、カーフェンさんが手前に、シートンさんが奥側に並んでいる。……二人同時に狙っちゃ駄目だ。
絶対に、一人を落とす。その覚悟じゃなきゃ、当てられない。
「……」
脚を踏ん張り、エネルギーを蓄えるイメージ。瞬時加速を、もっと速く――もっと速く!! もっと速くっ!!
「行けっ!!」
「っ!」
その瞬時加速は、間違いなく俺の中では最高速度が出せた瞬時加速だった。
だが、それも――ギリギリで、風に舞う木の葉のように回転したカーフェンさんに避けられた。そして。
「うわあああああああああああああああああっ!?」
アリーナのバリアが迫ってきている。それを認識した瞬間、俺はバリアにぶつかっていた。
あれ……ここは。
『気がついたか』
『……え?』
気がつくと俺は板張りの建物の中に倒れていて、壮年の男性が仰向けの俺を見下ろしていた。
――ああ、この人は。俺や千冬姉の剣の師匠で、箒やその姉・束さんの父親――篠ノ之柳韻さんだ。
そしてここは、箒や束さんはいないが、篠ノ之神社にあった道場だろう。見覚えがあるし、間違いない。
『――いいか。敵の力を見抜く事、それが武術の要だ』
立ち上がった俺よりも頭一つは大きな柳韻さんが、そんな事を口にし始める。――武術の、要?
『敵がどのような手段で戦うのか、わからぬ時もある。その時は、自らの引き出しを開けるといいだろう』
引き出し?
『自らがどのように歩んできたのか。あるいは、どのような敵と、どのように立ち向かったのか。
それを思い出す事で、立ち向かう手段となる事もあるだろう』
そんな事を口にするその表情は。厳しくも、温かかった――。
「一夏!? 大丈夫!?」
「はっ!? 俺は……」
目の前に、シャルルの顔があった。今にも泣き出しそうなほどで、心配してくれたのがよく解る。
周りを見渡すとそこはアリーナバリアの傍で、どうやら俺は激突して気絶していたらしい。
そのまま、PICが自動で働いて中空に漂っていたようだ。
「しゃ、シャルル。試合はどうなったんだ? 終わったのか!?」
「ううん、一夏が激突しても、彼女達は全然攻撃してこない。あくまで、回避に専念しているみたいだよ」
まさか、敗北……!? と思ったが、二人のリヴァイヴを纏う少女達が、普通に滞空している。
あくまで、攻撃を仕掛けるつもりはないようだった。……くそ。
「何か、手立てはないか……」
さっきの夢で言っていた、自らの引き出しを開ける。
今まで俺が見てきた戦い。そして戦った相手、自分。その中に、何か光明になる物はないか――!
「そうだ!」
一つだけ、試してみるべき手があった。……ちょっとだけ気が進まなかったが、手段を選ぶ余裕はない。
「シャルル、さっきのライフルを貸してくれ!! それと――」
「え……!?」
俺の提案を、そして個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を聴いたシャルルの目が丸くなった。……そうなる、よなあ。
「仕様許諾の銃器……?」
それに最初に気付いたのは、マーリ・カーフェンの方だった。一夏がシャルルから銃器を渡されたのだが、それは。
「え……レイン・オブ・サタデイと、スナイパーライフル『ファルコンブレイカー』を……!?」
「そんな……一夏さんに、あのライフルが扱えますの!?」
観客席のセシリアから、もはや悲痛といっていいほどの声が漏れた。だが、それは観客の多くが同意する見解だった。
一夏が銃器を使ったのを見た者は『ほぼ』皆無である。例外的に『知識』を持っている者たちを除くと『ほぼ』という言葉が取れるほどの数。
ましてや『ファルコンブレイカー』は弾速の速さや装填弾数で有名なスナイパーライフルだが、当然ながら上級者向けの銃器であり。
それを使う一夏の銃撃が、シャルルの射撃すら回避する相手に通じるわけがない。
一部の人間は、既に一夏が勝負を投げたのかと思ったほどだった。
「あの男、とうとう諦めたのか? ――雪片を使っておきながら、こんな所で負けるとはな」
「……」
この時、既に三回戦を勝ち上がってきたラウラも、その一人だった。その表情には嘲りと、僅かな寂寥感があったが。
「違う……」
「ん?」
「一夏は、こんな所で諦めはしない!!」
隣にいた箒は、それを真っ向から否定した。その表情には、自分の言葉を信じきっている強さ――確信が見て取れる。
……なお、数秒後に周囲の人間からの視線を自覚して慌てて座り無言になってしまったのは、また別の話である。
「これ……何?」
「……当たりませんよ」
地上に降り立った一夏が、直立したまま片手でレイン・オブ・サタデイを乱射していた。しかし相手には、一発も当たらない。
マガジンを複数回交換したが、無駄に弾を使ってしているだけになっている。観客席の一部からは、失笑さえ漏れ出した。
「……」
そして。一夏がファルコンブレイカーを持ち、レイン・オブ・サタデイを捨てた。
片膝を地面につけた、狙撃手のような体勢へと変化するのを見て。まだ続けるのか……と観客が考え始めた、次の瞬間。
「行けっ!」
「な!?」
一夏が『スナイパーライフルを持ったまま』瞬時加速した。体勢からして、接近戦を仕掛けてくる体勢ではなかった。
それ故に、てっきりまた不慣れな射撃戦を仕掛けてくると思っていた相手は虚を突かれたのか、動きが止まる。
――人間は、予想外の事をされれば動きが止まったり鈍くなる。どんな回避名人でも、それは同じだった。
「あ、ああああああああっ!?」
相手が気づいた時には、一夏はパリスに右腕の雪片弐型を突きつけていた。それと同時に、左手で相手の腕を掴み――。
零落白夜を発動する。この近距離では、幾ら回避名人でも回避できない。
「……! は、離して下さいっ~~!!」
「離すかよ!!」
必死でもがく相手の手を掴み、離さない。自らの刃を無理矢理、乙女の腹に突き刺し。
――そして、あっという間にそのシールドエネルギーを削りつくしたのだった。
この間、僅か数秒。投げ捨てられたファルコンブレイカーをシャルルが受け止めるのと、ほぼ同じ時間だった。
「あ、あううう……ま、負けちゃいました……」
「ふう……」
一夏が、撃墜したパリスの手を離す。……と同時に、彼女の顔色が変わり。
「わ、私……私……お……お……!!」
「お?」
「男の人に手を握られたああああああああああああああああああああああああああああ!?」
『……え、えーーと。パリス・E・シートンさん、シールドエネルギーゼロ。撃墜です』
パリスは、絶叫しながら瞬時加速並の加速でピットに戻っていった。
遅れて、戸惑っている山田真耶のアナウンスが聞こえ。試合が、大きく動いた事を悟った観客もざわめき始めた。
「……何なんだ、あれ?」
「あ、ISを学んでいく娘の中には、男性との接触が殆どなかったから男性の接触に対して過剰反応を示す娘もいるらしいけど。
た、多分シートンさんはその中でも特にシャイ……っていうか、慣れてなかったんだと思うよ?」
「そ、そうなのか?」
「そ、それよりも一夏! まだ、戦いは終わってないよ!! シートンさんを落としたけど、まだ判定じゃあ僕らの方が不利なんだから!」
「そ、そうだったな!!」
まだ残っている相手に向き合う一夏とシャルル。その相手であるマーリは、というと。
「……」
パートナーが撃墜されたにもかかわらず、まだ浮遊していた。だが、異変は意外なところで起きる。
「え?」
「これって何だ? アラームか?」
何故かマーリのリヴァイヴから、音楽が流れ出した。
曲は、とある大地震が起こった年に、映像ディスク年間売上げ二位を獲得したアニメ主題歌だが。
「……本気、出す」
マイペースだったマーリの顔が、わずかに険しくなる。同時に彼女は、何かを展開した。
今まで武装展開などしてこなかった彼女の初めての展開に、相手の二人も観客も注目するが――それは武装ではなかった。
「何だあれ? ヘルメット……か?」
「古賀先生。あれって、ひょっとして……」
マーリと同じく三組生徒が集まる一角では。マーリの展開したヘルメット状の物について、赤堀唯が質問をしていた。
その相手は、副担任の古賀水蓮。
「ああ。あれは、サテライト、という私が開発した物だ。操縦者の認識能力を跳ね上げる事により、攻撃速度・回避速度を上昇させる為の物だ。
だけどまだ試作品で、一回の使用は十分が限界でね。その上、使用した後は平衡感覚や上下感覚に大きなずれが出てしまってな。
だから、試合のラスト10分以外には使わないように言っておいたんだ」
「サテライト……衛星、って意味だったっけ?」
「しかし古賀先生。そこまでしてカーフェンさんにそれを使わせる必要はあったのでしょうか?」
「その位しないと、織斑君達には勝てない……そう言っていたよ。しかし、まあ私自身としては満足だな。
自分の作った物で格上の相手に善戦している彼女を見るのは……ねがわくば、春井さんやアウトーリさんの掴めなかった金星を掴んで欲しいが」
「残り時間、10分。リンクシステム【サテライト】……シンクロ開始」
ヘルメットのような物をかけたマーリの近くに、空間ディスプレイが表示される。
それには『広範囲識別・認識拡大システム【サテライト】発動』とあり。――それまでの彼女とは違う動きの始まりだった。
俺のシールドエネルギーの残りは15%少々。これをフルに使っても、使用したシールドエネルギーの5倍くらいしか削れない為。
現在まだ80%を切っていないカーフェンさんのシールドエネルギーはゼロに出来ないだろう。だが。
「くそっ……何なんだ、この速度!?」
さっきまでとはまるで違う機動性を発揮していた。さっきまでと同じ縦横無尽な機動であるが、何て言うのか……。
『読み』の正確さ・速さが格段に上昇している。さっきまで多少は当たっていたシャルルの散弾も、当たらなくなってしまった。
「私にとっては、諸刃の剣。だけど残りの試合時間なら、持つ……!」
このままでは、俺達――俺が約15%、シャルルが50%なので平均は約33%――よりも。
相手――カーフェンさんが80%なので平均40%――が上なので、判定負けになってしまう。どうしても、あと15%は削らないといけない。
……だけど、彼女相手にそれだけ削れるのだろうか。零落白夜を受け継いで、ここまでこの技が頼りなく見えたことはなかった。
『……一夏。僕の指示に、従ってくれる?』
するとシャルルが何かを思いついたのか、そんな事を個人秘匿回線(プライベート・チャネル)で言い出した。シャルルにしては珍しいが。
『ああ。今度は、俺がシャルルの為に頑張るぜ!!』
『ありがとう。――じゃあ僕を、持ちあげたまま瞬時加速をしてくれる?』
『持つ?』
『試したい武器があるんだ。でも、それには一夏が瞬時加速を使ってくれないと駄目なんだ』
『よし、解ったぜ!!』
理由はよく解らないが、シャルルが何を俺に望んでいるのかは解った!!
『まず、雪片弐型を通常の剣モードにして。それから――』
シャルルが矢継ぎ早に指示を出し、俺はそれにしたがう。……信じてるぜ、シャルル!!
「何だろ、あれ……?」
「織斑君がデュノア君の腰を持ってる……」
「何の作戦なんだろ?」
俺は、腰の部分を持ってシャルルを持ち上げていた。組み体操か何かにも見えるポーズ。
それを見た観客のわざめきが、ハイパーセンサーで捉えられる。それも当然だろうけど、シャルルの作戦にはこの体勢が必要なんだ。
「じゃあ、一夏。……お願い!!」
「おう!!」
後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に取り込み圧縮・放出して加速する瞬時加速。
もうお馴染みになった感覚を、もう一度実行する。――だが、そのコースをも予想済みだったカーフェンさんには『俺の』瞬時加速は通じない。
「……いくよ、リヴァイヴ!!」
「!?」
瞬時加速が発動した瞬間。シャルルも、瞬時加速を使ったのだった。つまり、二段階の瞬時加速。
「!」
「騙してごめん!」
気づいた時には、シャルルの切り札――パイルバンカー、通称楯殺しがカーフェンさんの懐にもぐりこんでいた。
「落とすよ!!」
「!」
元々防御力の低い、高速機動タイプのリヴァイヴの装甲は脆く。
連発された楯殺しにより、あっという間にエネルギーを削られてしまった。
「くっ……え!?」
カーフェンさんも何とか必死で回避しようとし――気付く。
「見えていても、避けられないよね?」
「!」
相手が、自分のスカート状のブースター……回避の根本となる部分を念入りに破壊していた事に。
更にシャルルは、右腕に銃器を展開していた。楯殺し攻撃と同時に展開されたそれは、レイン・オブ・サタデイ。
そしてそれをリヴァイヴに密着させて撃ち。そこから放たれた弾が変形し、カーフェンさんのリヴァイヴを包み込んだ。
「あ、あれは私が二回戦で織斑君に使った……!」
「古賀先生特製の、スーパースラッグ弾!?」
「ど、どうしてあれをデュノア君が!?」
「ああ、あれか? デュノアに補給申請を受けた時に一発分けてくれって頼まれてな。渡したんだ」
「こ、古賀先生~~!?」
そんな会話が三組生徒の集まる席から聞こえてきたが。……シャルルは、しっかりと色々な準備を整えていたらしい。
その中の一つ――つい昨日、俺がやられたあの特殊弾を、自分の武器として使いこなしたのだ。
この器用さは、もうそれだけで凄い特徴なんだろう。
「う、嘘……?」
「これなら、動けないよね!!」
そしてそのままリヴァイヴカスタムⅡが、ラファール・リヴァイヴを押し倒していた。
そのまま、地面に激突するシャルルとカーフェンさん。
「こうなったら、もう駄目だよね? どうするかな?」
「……ギブアップ」
『ギブアップを確認! 勝者――織斑・デュノアペアです!!』
――そしてその直後に山田先生が俺達の勝利を告げ。ようやく、戦いは終わるのだった。
「ふう。今日も、辛勝だったな」
ピットに戻った俺達は、予め用意しておいたドリンクを飲んだ。疲労と緊張の汗で失われた水分とミネラルが、補給されていく。
「うん、もしも彼女達が専用機持ちだったりしたら、瞬時加速を自在に使えるほどに熟練していたら。
もう、手が付けられなかったね。……本当に、強かったよ」
そうだな。
「ところで一夏。射撃体勢に入ったと見せかけて瞬時加速なんて、よく思いついたね?」
「ああ、――実はあれ、ドイツのアイツの真似だよ」
「え!? ボーデヴィッヒさんの!?」
そう。セシリアや鈴とアイツが戦った時の技だった。
ワイヤーブレードによる遠距離攻撃かと思わせておいて、瞬時加速で接近→レールガンでの攻撃をしたアイツ。
まさか、こんな真似をする事になるとは思わなかったけど。だけど、上手くいってよかった。
「そういえばシャルルこそ、いつの間に瞬時加速を使えるようになったんだ?」
「ああ。じつはあれ、初めて使ったんだよ。――えっと、日本語では『ぶっつけ本番』って言うんだっけ?」
マジか。ぶっつけ本番で瞬時加速を使ったのか。
「昨日、苦戦してから。僕なりに、色々と考えてたんだ。確証がなかったから、一夏にも言えなかったけど」
「そっか。でも凄い事だよな……って、何か気が乗らないって感じだけど。何か不味いのか?」
「……うん。あれは本当は、専用機が相手の試合までは使わない気だったんだ」
どういう事だろう?
「隠し玉、のつもりだったんだけどね。……ここでは、使いたくなかったな」
そうだったのか。そういえばシャルルは『あまり手の内を見せたくなかった』とか言っていた事があったっけ。
「でもやっぱり凄いな、シャルルは。あれだけの事で、瞬時加速を取得するなんて大した物だよ」
「ううん、もしもこれを昨日のうちに使えていれば、あそこまで苦戦しなかった。僕も、まだまだだよ」
「ご、ご苦労だったな一夏。大丈夫だったか?」
「お、箒か」
そこへ、箒がやって来た。何やら赤い顔をしているが。熱でもあるのか?
「顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「な、何でもない!! そ、そういえば、鈴の事は聞いたのか?」
「ああ。どうしちまったんだろうな、あいつ」
「そうだな……」
寮に戻る前に、端末で『もう終わったか?』とメッセージを入れておこう。もしも終わっているのなら、返事が来るだろうし。
「そういえば三回戦、お前の方はどうだったんだ?」
「ああ、私を二人がかりで狙ってきたので返り討ちにした」
「マジか……」
さらっという箒。……まあ、箒も俺達専用機持ちと打鉄で何度も戦っているからなあ。その分、強くなったんだろうか。
「そういえば一夏、先ほどの試合でお前が使った、射撃体勢からの瞬時加速なのだが。あれは、千冬さんの教えなのか?」
「え?」
いや、あれは……。
「篠ノ之流の教えだよ。自らの引き出しを開ける、っていう奴。お前も習ってなかったっけ?」
「な、何? わ、私は聞いていないぞ!?」
「あれ?」
俺の記憶違いか? それとも……? でも、箒自身が言うならそっちが正しいような気もするし……。
ん? そういえば、おかしかったぞアレ。アレは、俺が小学校四年生以下の時のはずだ。何で、あの頃の俺と柳韻さんの……。
「……一夏、話はまだ長引きそうかな? 今日の試合の見直しとかもやりたいんだけど」
振り向くと、シャルルがぷくっと頬を膨らませていた。あ、しまった。すっかり箒と話こんでしまった。
シャルルからすればわけがわからない話だろうし、ずっと立ったままで俺達の話に巻き込んでいたら不味いよな。
「わ、悪いシャルル。――じゃ、じゃあ箒、俺達は今日の試合の見直しがあるから、もう行くわ」
「あ……う、うむ。まあ、まだトーナメントは続くのだから仕方がないな……」
物凄く残念そうな顔をしたが、箒は大人しく引き下がってくれた。まあ、大した話じゃないしな。
「……幼馴染ってずるいよね」
「ん? 何か言ったか?」
「――別に」
うーん、シャルルはやっぱり怒っているようだ。ずっと、立ったままにしていたのが良くなかったんだろうか?
「なあシャルル、機嫌を直してくれよ」
「……」
「……また、焼き魚定食を奢るからさ」
「知らないっ!」
う、ますます怒らせてしまったようだ。やっぱり、焼き魚定食はまずかったか。
本当は女の子なんだから、デザートの方が良かったかな?
「はあ……何がしたいんだろう、僕は」
シャワーを浴びながら、僕は自己嫌悪に陥っていた。僕らの話の途中でやってきた篠ノ之さんに、会話を邪魔されて。
でもそれをはっきり言えず、追い出して。……まるで、これじゃあ。
「嫉妬……してた、よね」
もう、はっきりと認識するべきなのかもしれない。――僕は、一夏に好意を持っていることを。
「……でも、僕が一夏に寄りかかってるだけだよね」
一夏たちに正体がばれたけど、僕はそれからただ流れに乗っているだけだった。こんなんじゃ、駄目だ。……でも。
「シャルルー。そろそろ終わるか?」
あれ、一夏の声がする? 洗面所にも入ってこないから、少し遠めに聞こえるけど。
「ゴウの奴が来てるんだ」
ゴウが? ……どうしたんだろう。
僕がジャージに着替えて洗面所を出ると。そこには、いつもより少し表情の硬いゴウがいた。
「どうしたの?」
「ああ。実は、大事な話があるんだ。俺の部屋に来てくれるか?」
「え……で、でも、困った事にならないかな?」
トーナメントの最中に、まだ勝ち残っている人同士で会うっていうのは良くない気がするんだけど。
レギュレーションには特になかったけど、やっぱり疑われる可能性だって否定できないし。
「大丈夫だよ。織斑先生には、きちんと話をつけてある」
「う、うん……じゃ、じゃあ、一夏、行ってくるね」
「……ああ」
結局、僕はゴウの部屋に向かった。一夏は少し表情を硬くしていたけれど。止める事は、無かった。
「シャルル。これを、みて欲しい」
「これは……!」
部屋に来るなり見せられた、フランス語で書かれたその書類。それは、僕をカコ・アガピに移籍させる為の準備の書類だった。
勿論、デュノア社社長――つまりは、僕の父の許可が必要になるのだけれど。
「デュノア社には、今交渉中だが。――君をこちらで匿う準備は、既に整っているよ」
「……」
突然言われた事に、戸惑う僕。すると、それを察したのかゴウの顔色が変わった。
「何か、あったのかい?」
「う、ううん。ちょっと、このリヴァイヴの事が気になっただけだよ」
「ああ、なるほど」
待機形態のリヴァイヴを弄くって誤魔化す。……見抜かれないか不安だったけど、どうやら誤魔化せたみたい。
「残念だが、今君が専用機としているラファール・リヴァイヴカスタムのコアはデュノア社に返還せざるを得ないだろう。
だが、君には新しいコアが用意できる手筈になっている」
「あ、新しいコアを?」
「ああ。君の力量を調べさせたら、頭の固い連中も納得してくれたよ」
『それに、単純にIS操縦者としても貴女は「買い」の人材よ。貴女の年で高速切り替えを取得している娘は少ないし。
デュノア社云々は関係なしに、貴女の実力を欲しがる所は多いと思うわ』
以前、楯無さんが言っていた事を思い出す。……そう、なんだね。やっぱり僕は、ISから離れられないんだよね。
「……ゴウ。この話、もう少し考えさせて欲しいんだ」
「そうか。まあ、今すぐに返事をくれとは言わないよ。――そうだな、トーナメントが終わって。
七月に臨海学校があるそうだから、そこまでに返事をくれればいいさ」
生徒会からの誘いと、ゴウからの誘い。それは、偶然にも同じ日だったけれど。
僕が決めない間にも、周りは動いているんだと実感せざるを得なかった。
「じゃあ、今日はこれでいいだろう。――そうだ、もう一つ渡す物があるんだった」
机の中から、何かの瓶と丁寧に包装された箱を取り出す。あれは……?
「この箱の中にも、同じ瓶が入っている。ちょっと、嗅いでみてくれ」
「……うわあ、良い香り」
「欧州の、アロマテラピーの専門家に頼んで取り寄せた物だ。良い香りだろう?」
「うん」
今まで嗅いだ事のない種類の匂いだったけど、心を落ち着ける良い香りであることは解った。
見る見るうちに、今日あった事へのストレスが霧散していく。
「ありがとう、ゴウ。でも、貰っちゃって良いの?」
「ああ。シャルルも、男と同部屋だとストレスがたまるだろう? それで癒してみると良い」
「う、うん」
一夏は良くしてくれるけど、やっぱりストレスがないわけじゃないから。僕は、少し曖昧に頷いた。
「お帰り、シャルル」
「ただいま、いち……」
「おおシャルル。お帰り」
「え……く、クラウス?」
部屋に戻った僕を待っていたのは、珍しい組み合わせだった。クラウスが、メモを片手に一夏の傍に立っている。
たいていの場合、ここに将隆がいるのに。一夏とクラウス二人だけ、っていうのは初めてじゃないかな?
「どうしたの、クラウス?」
「いや。実は、一夏の持つ家事スキルについて話を聞いていたんだ」
「家事スキル?」
「そうだ。家事のできる男はモテると聞いたのでな」
そういえば一夏は、織斑先生と二人暮しで。忙しい織斑先生に代わって、家の事を任されていたと聞いた事があるけど。
「そういえばシャルルは家事はどうなんだ? 料理とか、出来るのか?」
「え? ぼ、僕?」
「ああ」
僕は――。一応、お母さんが生きていた頃には家事の手伝いもやったし。
デュノア社でISの訓練を受けていた頃も、施設の中で与えられた部屋の清掃くらいはやっていたけれど。
「少しくらい、かな? 料理も、簡単な物なら作れるよ」
「そっか。フランスの家庭料理って、どんなのがあるんだ?」
「ええ、っとね……」
それから暫く、フランスの家庭講座みたいな会話が続いた。日本人の一夏、ドイツ人のクラウスにとっては珍しい話だったらしく。
二人とも、興味深げに僕の話を聞いていた。
「こんな所、かな? あれ、そういえば一夏。あれって何?」
見ると、備え付けのコンロの上に鍋が置かれていた。結構、良い匂いがする。
「ああ、あれか? 鈴を元気付けようと思って、肉まんを蒸す準備をしていたんだ」
肉まん? えっと、確か中国の軽食だったっけ? 小麦粉の生地の中に、細かく刻んだ肉とかを入れて蒸しあげるんだよね?
「学食のこれが、鈴は好きだったからな。本当はすぐに持っていくつもりだったけど、まだ話が続いているみたいだったから……。
準備をしておいて、蒸かしたてをあいつに食べさせてやろうと思ったんだ」
「なるほど……こういうのが、凰さん達を落とした一端というわけだな」
クラウスが真剣そうにメモを取っていたけど。彼女達が一夏を好きになった理由の一つには、間違いなさそうだった。
「でも一夏、お前、そういうのまで知ってたのか?」
「ああ……。これ実は、昔、鈴の親父さんに教えてもらったんだ。お土産に貰った肉まんを、家で蒸しなおす方法なんだけどな」
……お父さん、か。どんな人なのかは知らないけど、凰さんを見る限り、きっと良いお父さんだったんだろうなと思う。
「――! そ、そうだ。シャルルも一個食うか?」
「え?」
「肉まんは三個あるから、一個くらい食べても大丈夫だぞ」
「それは良いアイディアだな」
それは、明らかに気を使っている表情だった。一夏もクラウスも、笑顔だけど明らかに引き攣っている。……ばれてる、ね。
「大丈夫だよ、一夏。……僕も今度、何かフランス料理を作ってみようかな?」
「お、マジか? でも俺、フランス料理って言うのは良くわからないんだよな。高級そうなイメージがあるけど……」
「そういうのばっかりじゃないよ。――中華料理だって、結構高級なイメージがあるんだけど」
「え、中華料理か? ――まあ確かに、フカヒレとか北京ダックとかは高級そうだけど。でも、酢豚とか肉まんとかもあるしな」
……このイメージの広さの違いは、やっぱり中華料理屋さんだったという凰さんがいたからだろうか。
「僕が幼馴染だったら。フランス料理のイメージも、もっと広げられたのになあ……」
「え?」
「……え?」
……あれ? 僕、今、凄く変な事言わなかったかな!?
「い、一夏、今のは――」
「シャルルが幼馴染みだったら、かあ。まあ、確かにそれも楽しそうだな」
「え?」
「箒や鈴もいたけど。シャルルもいたら、もっと楽しかっただろうな」
その笑顔は、本当に僕が幼馴染みだった光景を考えている笑顔だった。……ふと、心の中にとんでもない質問が出てくる。
「ねえ、一夏。……もしも僕が幼馴染みだったら。今の君と僕とは、違っていたのかな?」
「え?」
「シャルル、どうしたんだよ? 一夏が困惑してるぞ?」
クラウスの一言も当然だろう、変な質問だった。どうしてこんな事を言ってしまったのか、自分でも不思議だけど。
「……うーん、解らないな」
「え? 解らない?」
「そりゃそうだろ。いつから幼馴染みなのかにもよるし。箒とか鈴とかとも遊ぶだろうし。どんな感じになっていたんだろうなあ……」
「……そう、だよね。解らない、よね」
よく考えてみれば、当たり前だよね。男装して、情報を得る為に一夏に近づいた僕。
そんな僕が、幼馴染みと一緒のはずはない。それは、当然だよね……。
「あ、でもシャルルはシャルルのままだろ、きっと」
「……え?」
「人間の性格なんて、そう変わる物じゃないし。箒なんて昔っからあんな感じだったぜ。
だからシャルルも、もしも幼馴染みだったとしても……きっと、シャルルのままだよ」
「何!? では篠ノ之さんは……彼女は、小学生の頃からあんなに胸が大きかったのか!?」
「い、いや、その辺りは流石に、その……成長してるが」
「なるほど。しかし日本人であそこまで成長するとは……!!」
「クラウス……お前、箒の胸しか見ていないのかよ!?」
「そんなわけはない。――俺の攻略対象外だが、きちんと全てを見ているぞ」
「何なんだよそりゃあ……」
……ぷっ。
「あ、あはは、あはははははははは」
そのやり取りに、思わず笑ってしまった。他愛のない、というよりも馬鹿馬鹿しい話。だけど、笑いがこみ上げてきた。
「お、ようやく笑ったな」
そんな僕を見て、一夏が笑い。
「やっぱり、シャルルは笑顔が一番だな」
――とんでもない一言を、さらっと言ってきた。……ああ、そうか。僕は、きっと。
ゴウや楯無さんのように『シャルル・デュノア』ではなく、ただの『シャルル』として見てくれる一夏を。好きに、なっちゃったんだ――。
とうとうシャルが恋心を自覚し始めました。……しかし、前話とあわせてもまだ一日が終わらない。……スローですよね。