「すっかり、遅くなっちゃったなあ……急がないと」
僕は、寮からアリーナへの道を急いでいた。弾丸の補給申請を終えて寮に戻ると、一夏はいなかった。
そして僕は、しばらく寮の部屋でゆっくりとさせてもらっていた。やっぱり、一夏には見られたくない所もあるし。
男の格好をしなくてもいい、というのは凄くリラックスできたんだけど……気がつけば、一夏との合流予定時間をかなり過ぎていた。
「あらこんにちわ、シャルル・デュノア君。お一人ですか?」
「貴女は……? 確か、あの時の……」
そんな僕の目の前に現れたのは、転入生紹介イベントの時もいた、司会をやっていた三年生の人だった。
三つ編みと眼鏡、そして端々から感じ取れる秘書とかエリートOLのような雰囲気。……少し、苦手な人かもしれない。
「ああ、あの時は先生方が『貴女』達の対応をしていましたから、私自身はまだ、名乗っていませんでしたね。
――私はIS学園生徒会会計、布仏虚と申します。以後、お見知りおきを」
布仏……? その名前に、僕は色々と特徴的なクラスメートを思い出す。
「え、えっと、シャルル・デュノアです。……あの、ひょっとして布仏先輩って」
「ええ。貴女のクラスメート・布仏本音は私の妹です」
「ああ、やっぱり布仏さんのお姉さんだったんですか。……それで、僕に何か?」
「ええ、貴女にお話が。ただ、ここでは言えない話なので、場所を変えたいのですが。よろしいですか?」
「……少しだけなら」
一夏に『先にアリーナに行っておいて』とメッセージを端末で伝え、布仏先輩についていく。
……一体、何の用事なんだろう?
「あの、それで布仏先輩。話というのは何でしょうか?」
学園内でも数えるほどしかいない男子学生のふりをしている為、僕は上級生にも呼び止められることが多い。
その大半は、話をする為だったりプレゼントを渡されたりする為だけど。布仏先輩には、そんな雰囲気は全く無かった。
「はい。単刀直入に申し上げますが。今度、貴女のISの整備をさせてもらいたいのですが。宜しいですか?」
「……失礼ですけど、本気で言ってるんですか?」
「ええ」
「残念ですけど、専用機は外部の方に扱わせる事は出来ません。一夏が、トーナメントのパートナーが待っているので、失礼します」
布仏先輩の外見と、雰囲気からしてどんな難題が来るのかと思っていたけど。まるで話にならなかった。
「確かに、代表候補生の専用機を外部の人間が扱う事など不可能でしょうが。ではもしも『そうでないのならば』可能という事ですね」
「……どういう、意味ですか?」
「これをご覧下さい」
渡されたのは、フランス語の書類だった。とはいえ、僕には難しい政治的・専門的な用語が色々と並んでいた。
だから、半分くらいしか意味は解らなかったけど。
「……!」
その最初のページにはフランス語で『デュノア社からのIS学園への人員派遣に関する計画書』と書かれていた。
そして、その最後のページ……その末尾には。
「デュノア社の社長のサイン……!? こ、これ……!!」
まぎれもなく、僕の実父――デュノア社の社長のサインがあった。
「……そう、ですか。僕は、お払い箱って事ですか」
それもそうだよね、と自嘲する気持ちが湧き上がってくる。あっさりと正体を見抜かれて、あまり情報も送ってきていないスパイ。
そんなスパイがどうなるか、だなんて。僕にも解る。人材派遣、という名のお払い箱なのだろう。
「あら。意外と思い込みが激しい方なのですね」
「え?」
「もしも貴女が本当にお払い箱ならば。――デュノア社にとって『絶対に譲れない物』を返させる筈ではないでしょうか?」
絶対に、譲れない物? ……っ!
「リヴァイヴ……」
首にかかった、待機形態のリヴァイヴに思わず手を伸ばす。さっきの書類に目を通すけれど。
リヴァイヴ自身の処遇は、現状維持――つまりは、僕に預けたままだという事だった。
「どうして、こんな……」
「私の仕事はあくまでこの書類を届けるまで、です。――確か一度話をした、と会長は仰っていましたが?」
「え? ……あ」
『今回の一件の私へのお礼に、生徒会を手伝ってみない?』
一夏を楯無さんが鍛えていた時、そんな話をした事があった。
聞かなかった事にしておいて、と言っていたから、てっきりあの人流のジョークだと思っていたのに。
そもそも、よく考えてみれば布仏先輩は生徒会の会計を務めていると言っていた。
楯無さんが僕の事を知っているのなら、布仏先輩が同じく僕の事を知っていても、不思議じゃない……!
「僕を……生徒会に。学園に、誘うんですか?」
生徒会に誘う。それは、僕を生徒として認めると言う事。そういう事……なの?
「私個人としては貴女のような人が生徒会に入ってくれれば、とても助かるのですが。……その選択をするのは、貴女自身ですよ」
「……」
「このような時に、心を乱すような話を持ちかけて申し訳ありません。では、私はこれで失礼します」
布仏先輩は、丁寧に礼をすると去っていった。……どう、しよう。
第一アリーナでは、三回戦で最大の注目度を集めている試合の激闘が続いていた。
更識簪&マルグリット・ドレVSゴウ&石坂悠。専用機持ち同士の試合、下馬評ではかつて勝利したゴウが有利……だったが。
「……ちっ!!」
ミサイルポッドによる相打ちの初撃を食らったゴウは、ペースを乱されていた。
簪と、そのパートナーであるマルグリットのコンビネーションの熟練度はかなり高く。
壁役の打鉄と、遠距離から攻撃する打鉄弐式の流れに飲み込まれていた。
「私の役目は、貴女の足止め……!」
「くっ! おちなさい、ドレさん!」
マルグリットは、ひたすら防御を固めてくる。ただでさえガードの固さと使い勝手のよさを長所とする打鉄。
通常ならば、ゴウはそんなものすら一撃で砕くであろうが。代表候補生たる簪の遠距離攻撃が、それをさせないでいた。
ましてや、一般生徒である悠は見事に足止めをくらっていた。
「……っ!」
そして、マルグリットに気を取られれば荷電粒子砲やミサイルが飛んでくる。
以前の試合よりも破壊力・スピード・正確さなどあらゆる点が上昇しており、その誤差修正に戸惑っていた。
「いける!!」
「うぐっ!」
「ちっ!!」
そして、全自動化されたミサイルの一斉攻撃が繰り広げられる。熱感知式、通常、誘導型。
それらのミサイルが入り混じった攻撃は、ゴウと悠とを苦しめていた。
(……これは、厄介だな)
「うう。ゴウ君、どうしましょうか。私のエネルギーは、残り三割ほどです」
そんな呟きを漏らすと、やや焦った声を出す悠が近づいてきた。そんな彼女を無視したい衝動に駆られながらも、自制する。
そして浮かべたのは、苦笑い。ここで出す予定ではなかったモノを出す決意をしたからであった。
「俺も四割を切っているな。……ならば、モードチェンジといこうか」
「――! 了解です、ゴウ君」
「え?」
そんな会話をしたゴウと悠が、アリーナの反対側まで下がる。現在、シールドエネルギー残量は簪・マルグリットペアが優位であり。
彼らからすれば、攻めて相手のシールドエネルギーを減らさなければならない状況なのだが。
(遠距離からの狙撃、あるいは瞬時加速でも使って一気に間合いを詰めての攻撃……?)
簪が、ゴウの次の一手を推測するが――ゴウの選んだ一手は、簪の予想の範疇を超えていた。
悠が、新たな武装を展開したのだが……それは、明らかに普通の武装ではなかった。
「な、何アレ……?」
「脚を折りたたんだ蜘蛛……?」
「武器なの? それとも、シールド?」
赤と銀とに彩られた、不気味な塊だった。観客の一人が形容したように、脚を折りたたんだ蜘蛛のようにも見えるそれ。
非固定浮遊部位のように浮くそれが、ゴウに近づいたかと思うと――その脚を開き、オムニポテンスに取り付いた。
「え!?」
「あ、あれは……まさか!?」
蜘蛛の足のうち二本が、オムニポテンスの腕部へと絡みついたかと思うとその装甲へと変形した。
残る六本が三つづつ合わさり、肩アーマーになる。頭部が分離し、黄金の胸部装甲をカバーする装甲になり。
胴体が真っ二つに割れてその外殻が背中へと回り込み、中に仕込んでおいたブースターがオムニポテンス本来のそれと重なった。
「こ、これって……」
「これこそ、トーナメントに向けて欧州連合が開発したオムニポテンス用追加武装の一つ、アラーネア・デ・グローリアだ」
『運営委員会より通達する。この武装は、追加武装――予備装甲版などの一種として申請されており、ルール違反ではない。
繰り返す、これはルール違反ではない』
ラテン語で『栄光の蜘蛛』という名を持つ追加武装。そのあまりにも予想外な展開に、観客も簪もマルグリットも言葉を失った。
説明という名のアナウンスがあっても、しばし時が止まっていた。
「流石に度肝を抜かれたようですよ、ゴウ君」
「ああ。君のお陰で、これも使う事が出来た。ありがとう、悠」
「そそそそ、そんな! 私は、貴方のパートナーですから!!」
(単純な女だな。ここまで馬鹿なのも、珍しい)
真っ赤になって悶える悠を、外見は穏やかに見守り――しかし心中では蔑むゴウ。
専用機持ちと戦う際の保険として、打鉄の量子変換領域に、自分の追加武装を『使用許諾』を出して収納させていたのである。
ゴウ自身は『君のサポートが必要なんだ』と言って要請したこの行為。
この試合後にケントルムがゴウ自身から聞いた話の内容では『予備のパーツ倉庫として使ってやった』事でしかないようだが。
「このオムニポテンスの特徴は、あらゆる状況に応じて即座に変化させられる柔軟性にある。
それは――第三世代型の次を見据えた故の物だ」
「ま、まさかそれ、第四世代理論……? 『パッケージ換装を必要としない万能機』だというの……?」
「そうだ。パッケージ換装よりも迅速に、武装切り替えレベルであらゆる状況に対応できるこのオムニポテンスこそ。――俺の力さ」
自信に満ち溢れた表情で言いはなつゴウ。そんな相手に、簪は僅かに気圧された。
なお、これを後に報告されたとある科学者――頭にウサギの耳を付けた女性――が腹を抱えて笑ったというが。閑話休題。
「さあ、行くぞ!!」
「追加装甲をつけたくらいで……え!?」
最大距離をとった筈のオムニポテンスが、一気に距離を詰めてきた。瞬時加速――としても早すぎるそれ。
先ほどの蜘蛛の腹に仕込まれたブースターによるものだ、と簪が悟った時には既にゴウの右拳が打鉄弐式に叩き込まれていた。
「けほっ……!」
「さ、更識さん!!」
マルグリット・ドレがパートナーを救わんとライフルを向ける。しかし、それよりもゴウが左腕を掲げる方が速かった。
「え……!?」
そして、先ほど腕の追加装甲となった蜘蛛の脚の先端部から爪が伸びてくる。見れば、ワイヤー付きの爪だった。
そしてそれは、マルグリットの打鉄を絡み取り。
「さて、ボーデヴィッヒさんの真似といこうか」
「え!?」
そのまま、打鉄を引き込んで打鉄弐式とぶつけた。IS同士の衝突、という単純な状況を人為的に作り出したのだが。
しかし、攻撃を封じて更に回避も妨げるという点においてはこれ以上ない有効打だった。
「さて、フィナーレだ」
両手に特注のアサルトライフル――タングステン鋼製の弾丸を発射するもの――を展開し、動けない二機を狙う。
対戦車用徹甲弾に使われるものと同じ素材の弾丸の嵐に、瞬く間にシールドエネルギーを削られていく。
「まだ……負けられない!!」
タングステン鋼にミサイルを貫かれる事を恐れ、ミサイルではなく荷電粒子砲『春雷』をゴウに向ける簪。
その砲身から、反撃の光が発射され――る寸前。上空から、その砲身を別の光が貫いた。
「え……悠?」
悠が、ゴウとは別の方向で、打鉄とは全く似合わない白と蒼とで彩られたライフルを構えていた。
そのライフルから放たれた光が、春雷を貫いたのだと解った瞬間。溜め込まれたエネルギーが暴発し、持ち主を襲った。
「きゃああっ!?」
「あうっ!?」
『更識機、ドレ機、シールドエネルギーゼロを確認。――試合終了。勝者、ゴウ・石坂ペア』
「ふう……ゴウ君からさっき貸して貰った試作型エネルギーライフル。使いこなせましたね」
そして、それが試合終了の合図となった。敗北が決まった簪がうなだれ、打鉄弐式が着地し崩れ落ちる。
「また……負け、た」
『それにしてもゴウ君、強かったよねー』
『そうそう。……ひょっとしてさ、クラス対抗戦もゴウ君ならあの騒ぎの前に勝ててたんじゃないの?』
『ありうるかも。それだったら、デザートパスも半年分貰えたのにねー』
『貴方の姉ならば、上手い切り返しも出来たでしょうに。――貴方には、無理のようですね』
悔しさが心を埋め尽くし、以前、ゴウに敗北したあとに言われたクラスメートからの言葉が思い出される。
そんな中、簪を影が覆った。
「……?」
見上げると、オムニポテンスを纏ったままのゴウが彼女の傍に来ていた。何かを言うのか、と思ったその時。
「更識さん。君も、強くなったね。まるで、努力を重ねるヒーローのようだよ」
「……で、でも私は」
「結果負けたとしても。君の努力には、驚かされたよ。目的の為に頑張る者は、皆ヒーローだ。――だから、君もヒーローさ」
「!」
温かい微笑と共に投げかけられた言葉は、悔しさで埋め尽くされた心にあっという間に溶け込んでいった。
以前はやや厳しかった言葉もなく、ただ相手の健闘を称えている(ように見える)ゴウ。
それはある意味、理想のヒーローであるように簪には見えた。……そう。見えてしまったのだった。
その頃、第二アリーナでは実質的な二対一の戦いが繰り広げられていた。
セシリア・オルコット&鷹月静寐VSナタリア・アルメンタ&ヴェロニカ・セレーニ。
リンクシステムを使い、一機となった敵をブルーティアーズと打鉄が攻めたてていた。
「ブルー・ティアーズの円舞曲、受けてみなさい!!」
三つのブルー・ティアーズのビットが空を舞い、敵に襲いかかる。対ビーム仕様の装甲に対しては無駄な攻撃のようにも思えるが。
「ええいっ!!」
そこに、逆方向から打鉄の物理ブレード『葵』が襲いかかる。力量に勝るセシリアの方が露払いを務めた攻撃だった、が。
「無駄よ!!」
「落ちなさい、ブルー・ティアーズ!!」
回避・防御を担当するナタリアではなく、攻撃担当のヴェロニカが大型物理ブレード『斬鬼』を展開し、葵を受け止める。
パートナーに静寐の相手を任せたナタリアは、セシリアへの射撃攻撃に集中した。その狙いは、動きの止まったセシリア自身。
「っ……!」
二機までならビットを扱いつつも動けるようになったセシリアだが、三機以上となると動きが止まってしまう。
故に、ナタリアの攻撃を受けてしまった。
「まさか、役割交換までここまでの速さを持っているなんて……!」
「ほら、今度こそ落とさせてもらうわよ!!」
先ほどもやったとおり、斬鬼を振りかざしてセシリアに接近する二人。しかし、元々彼女は一夏と多くの訓練を積んできている。
ブレード系武器を構えて突撃してくる相手には、既に慣れていた。あっさりとその突撃を回避するセシリア。
しかし、彼女も回避だけでは終わらない。
「次はこちらですわ! ――お行きなさい!!」
「そんなミサイルモドキなんて!! ……え!?」
ISアーマー下部の突起がミサイルビットとなり、高速で敵に向けて発射された。
それを撃墜せんとヴェロニカが『斬鬼』で切り払わんとするが、ミサイルビットはその刃を避ける。
「それならっ!」
撃墜不可能と判断した回避担当のナタリアが、急上昇しミサイルビットを避けんとした。――それこそ、セシリアの狙い。
「あああああああっ!?」
「きゃあああっ!?」
いつの間にか構えられていたもう一つの主武装・スターライトMarkⅢの一撃が見事に的中した。
見れば、先ほどまで空を舞っていたブルーティアーズの子機は全て本人へと戻り、セシリアの位置も移動している。
「ビットの動きに惑わされ。わたくしが動けないと早合点したようですわね」
「た、確かにさっきは動けなかった筈なのに……!」
「い、いつの間にビットが戻っていたの?」
「あら。ブルーティアーズの移動速度を上げる事など、わたくしは入学以前からこなせていましたわよ?」
「そ、そうだった……!」
事実、一夏とのクラス代表決定戦においてもセシリアはビットの移動速度を上げていた。
その情報を持っていながら『ビットの移動速度を上げることで迅速に回収する』事を見抜けなかったのが、今の被弾の原因だった。
「私を忘れないでね!!」
そして、スターライトの一撃を受けて動きが止まっていた二機を静寐の打鉄が襲う。
その手に握られているのは、ヴァルカン・マルテッロ。二回戦において、シャルル・デュノアに痛撃を与えた攻撃力の高い武器であった。
ブースターも付いているこの大槌は、ただでさえブースターを全開して加速する打鉄に、更なる加速を与えて二機に迫ってくる。
「あ、あれを食らうわけには……!!」
「わたくしもおりましてよ!!」
反対側から、ブルー・ティアーズがスターライトMarkⅢを構えてこちらも迫り来る。
セシリアと静寐が挟み撃ち狙いだと判断した二人は、迎撃を選択した。当然その標的は、力量も機体性能も劣る方である打鉄の静寐。
最悪、スターライトMarkⅢをくらってもヴァルカン・マルテッロの一撃だけは受けない事を狙っていた。
「このっ!!」
攻撃担当のヴェロニカが静寐の方を向いてレッドパレットを向け、防御担当のナタリアが対ビームシールドをセシリアに向ける。
これで、迎撃できる――そう考えていたのだが。向かってきたヴァルカン・マルテッロが、レッドパレットの弾を透過してしまった。
「……え?」
「な、何を無駄な事をしているのです!?」
忘我するヴェロニカだが、ナタリアにはそれが武器の収納であると判断できた。
そして、すぐに再度展開されるヴァルカン・マルテッロ。しかし、せっかく付けてきた加速は一度収納して消えている。
攻撃範囲内に入っているとはいえ、これでは巨大槌の本来の攻撃力を生かせない――筈だったのだが。
「これでっ!」
更に静寐は、再展開した巨大槌のブースターを全開にしたまま、上空に『放り投げて』しまった。更に意味が解らない行動と発言。
ヴェロニカも、そして対ビームシールドを使い迫り来るブルーティアーズのビット攻撃を防いでいたナタリアも、静寐へと意識を向けた。
そう。――双方が、静寐へと意識を向け。セシリアとヴァルカン・マルテッロから意識を外してしまったのだ。
「確かに、お受け取りしましたわ」
「……え?」
ナタリアがセシリアから意識を外していたのは、ほんの数秒だった。だが、その間に。
スターライトMarkⅢを構えていた筈のセシリアが、蒼の機体に全くそぐわぬ武器――ヴァルカン・マルテッロを手にしていた。
そして仕様許諾を得て使われるそれが、重力も合わせて自分に振り下ろされてきた――と理解したのは、激突の瞬間だった。
対ビームシールドは構えていたが、それは薄紙ほどしか役には立たず。
「あああああああああっ!?」
「うわわわっ!?」
第二世代兵器でもトップレベルの破壊力を込めた一撃を受け、リヴァイヴが大きく体勢を乱す。
当然、リンク状態であり物理的にも繋がっているヴェロニカの打鉄も一緒に体勢を乱してしまった。
きりもみ回転をしながら、地面へと激突する二機。――それを見逃すほど、セシリアも静寐も甘くは無かった。
「さあ、フィナーレですわ!! 鎮魂歌(レクイエム)をお聞きなさい!!」
「決めるっ!」
移動を捨て、全火力を敵に向けるセシリアとブレードで斬りかかる静寐。そして、数秒後。アリーナに、二人の勝利が宣言されたのだった。
「ふう……」
「お疲れ様、オルコットさん。――私、少しは役に立てたかな?」
ピットに戻り、ISを待機形態に戻したセシリア。その彼女の元に、パートナーの静寐がやってきた。
シャワーで汗を流したのか、髪の毛がまだ僅かに濡れている。
「ええ、十分すぎるほどに。でもまさか、リンクシステムを使ってくるとは思いませんでしたわ……」
「そうね。でもこれで、次は四回戦。次の対戦相手は、まだ決まっていないけど……。
もしかしたら織斑君やデュノア君。あるいは、篠ノ之さんやボーデヴィッヒさんと当たる可能性も出てくるんだよね」
「有り得ますわね。では、今日の試合の分析と、勝ち残った方のデータ収集を――あら?」
「あ、私の方にも連絡が来てる……何だろう?」
両方の生徒用端末が、点滅していた。見ると、共にクラスメートである谷本癒子からのメッセージであったが。
「え……?」
「ど、どういうことですの、これは!?」
セシリアも静寐も、共に驚かされた。その内容は――。
「……何アレ?」
この少し前。第四アリーナでは、観客も試合参加者の一方も唖然としていた。
何故なら、試合参加者の一方が纏う二機のISはラファール・リヴァイヴと打鉄のようだが、きわめて異形なスタイルになっていた。
リヴァイヴの方は、リヴァイヴの特徴である汎用銃架・ハードポイントに、ありったけの火力を搭載している。
航空機用ミサイル、車載用榴弾砲、歩兵用ロケットランチャーなど、その種類も多い。
そして打鉄の方は機動性はおろか、駆動性――関節部の動き――すら捨てたような、超重装甲仕様だった。
これならば関節部を狙われる心配はないが、逆に細やかな動きなど望むべくもない。
その外見は、関節部にすら搭載した装甲の為に、まるで黒い団子のように丸くなっており。
クラス対抗戦第一の乱入者・ゴーレムの方が、また人間らしさを感じさせるフォルム……だと鈴が感じるほどだった。
「この打鉄・黒極(くろきわみ)とヴォルカン(※フランス語で火山)パッケージで、貴女達に勝つわよ!!」
黒い団子のような打鉄・黒極を纏う女子、椿ほのかの声がする。しかし、顔面も当然ながら重装甲で覆われており。
その声すらもくぐもって聞こえ、声に込められた感情すらよく解らなかった。
「ふうん、なるほどね。重装甲と重火力の組み合わせ……。機動性を捨てて、一撃必殺狙い、か」
「鈴、どうする?」
「あれだけ固いと、普通の武器じゃつらいと思うから……あたしが前に出るわ。援護、お願いね」
「うん」
ティナ・ハミルトンの機体はリヴァイヴ――特化型ではなく、射撃・格闘をバランス良くこなせるような汎用設定だった。
パートナーである鈴と交互に前衛・後衛を切り替えられるように、というのがその理由である。
「さあ、いくわよ!!」
衝撃砲の速射モード。牽制用としての、マシンガンのように連射される衝撃砲が前に出ている黒極を襲う――が。
まるで対ビーム仕様の装甲に対して撃たれた弱いビームのように、衝撃が四散する。
「衝撃砲は、空間圧縮で生じた衝撃を弾丸として打ち出す兵器……だったわよね? ――それに対応した装甲は、当然持っているわ」
「へえ、面白いじゃない。打鉄に一般的に使われている、対貫通性スライド・レイヤー装甲の変種……対衝撃性スライド装甲ね?」
黒極に使用されているのは、甲龍の衝撃砲にとって天敵ともいえる、対衝撃性装甲だった。
対貫通性装甲が斬撃や刺突に有効なのに対し、対衝撃性装甲は衝撃を反らすように形成されており、衝撃波や通常銃弾に有効なのだ。
「だけど、あたしの武器は衝撃砲だけじゃないのよ!! ティナ、援護して!!」
「解った!!」
二振りの幅広の片手剣――双天牙月を振り回し、黒極に襲いかかる。対衝撃性装甲は、刺突や斬撃には弱い。
特に一点を突かれる刺突には、その衝撃を逃しきれずに装甲が破壊されてしまうケースが多い。
援護を頼まれたティナ・ハミルトンも相手の装甲の性質を見極めており、針状の弾丸を発射する拳銃――ニードルガンで援護するが。
「近づくならば、これよ」
「!」
重く分厚い金属の壁。そう形容するしかないような改造をされた大型物理シールドが、黒極の固定された腕に展開された。
こちらは、対貫通性装甲で構成された楯。彗星のように一点突破を狙った鈴の狙いを、見事に打ち砕く楯だった。
「ちっ、なら近距離から……!」
「私を忘れないでね」
壁のような物理シールドとそれを構える黒極の向こう側から、黒く重々しい長大な砲身が顔をのぞかせた。
シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンもかくや、な巨大砲が、甲龍をしっかりと捉え。
「発射」
その砲身から、対IS用迫撃弾が発射された。しかしそれは甲龍には命中せず、アリーナのシールドに命中して意味なく散った。
「うわ。あ、あれを、避けるなんて……」
「代表候補生の反射神経、甘く見ないでよね」
ミレイユ・リーニュ――重火力を解き放った、フランス出身の生徒が目を丸くしていた中、それを上空から見下ろす鈴。
鈴が、とっさに甲龍を急上昇させたのである。彼女の特徴として、きわめて高い反応速度がある。
階段から落ちてくるテニスボールを全て『甲龍の腕一本で』掴んだのは、高い反応速度と細やかさがなければ出来ない。
その高いポテンシャルを、ミレイユとほのかはまざまざと見せつけられていた。
「完全なる役割分担型、か」
「そうですね。椿さんは敵の攻撃を防ぐ防御役、リーニュさんは攻撃役。機動を捨て、一撃必殺に賭けたんでしょうね」
「一方の凰とハミルトンは、どちらも攻撃・防御をこなせるバランス型設定か。どこまで椿とリーニュが食い下がれるか、だな」
シールドエネルギーが半減した状態で戦っている鈴に、何処まで一般生徒が食い下がれるか。
アリーナの一角で千冬と麻耶が交わしていた会話は、観客の大半が予想する勝負の分かれ目だった。――そして。
「この!!」
「くっ!!」
ミレイユのリヴァイヴが、甲龍とリヴァイヴを圧倒的な火力で攻めていた。
既に、甲龍のシールドエネルギーは三割。僚機のリヴァイヴのシールドエネルギーも五割を切っていた。
「ったく、火力馬鹿ね、あいつ……」
「どうしようか、鈴?」
「また、背後に一気に回って攻めるわよ。正直、ここまでやられるとは思わなかったけど。今は、あたし達の方が不利だからね」
だが、ほのか・ミレイユペアも無傷ではなかった。猛攻の隙を突かれ、一気にシールドエネルギーを削られる事、三度。
その結果、両機のシールドエネルギーも共に六割を切っていた。
試合開始時点でこちらはフル、相手が五割と八割だった事を考えると、こちらが受けたダメージの方が大きい事になる。
「また、来るわね」
「ええ……。今度こそ、仕留めないと。これ以上の長期戦は、こっちが不利だもの」
「壁を背にすれば、もう少しはやれると思ったんだけどなあ……」
先ほどこの二人は壁を背に戦おうとしたが、その時は鈴に接近されて、双天牙月による近接戦闘の猛攻により逆に封殺されかけた。
慌てて脱出したものの、黒極のシールドエネルギーが全体の二割も削られたのである。
「……ほのか、アレ準備しておいて。次にチャンスが来たら、使いましょう」
「うん、解ったわ」
切り札を切る覚悟を決めた、ほのかとミレイユ。そんな二人の後ろに、甲龍がいた。
「――え?」
「悪いけど、これで決めるわよ!!」
あ、と思った瞬間には衝撃砲『龍咆』と『崩拳』が共に火を吹いていた。
火力を増大する事に専念したミレイユのリヴァイヴ――ヴォルカン・パッケージの武装が次々と吹き飛ばされ、破壊されていく。
誘爆こそないものの、ミレイユのシールドエネルギーは次々と削られていった。――だがここで、意外な展開になる。
ミレイユのリヴァイヴを、ほのかの打鉄・黒極が装甲をパージして指を出現させて掴み取り、放り投げたのだ。
――その先には、パートナーを援護しようとしたティナ・ハミルトンがいる。
「ミレイユ!!」
「――うんっ!!」
そして不意を突かれたティナに対して、ミレイユは全く動揺無く引き金を引いた。
展開されたアサルトカノン『ガルム』二門の砲撃が、ティナの駆るリヴァイヴを衝撃により一気に弾き飛ばす。
「この!! 落ちなさいよ、黒団子虫!!」
「ええ、落としてあげる。――パージ!!」
四門の衝撃砲での猛攻を続けていた鈴に対し、ほのかは迷う事無く上腕部と胸部の装甲をパージした。
だが装甲が外れたその中からは、とんでもない物が顔をのぞかせた。
「……へ?」
リヴァイヴのパッケージの一つに『クアッド・ファランクス』というのがある。
25ミリのガトリング砲4門を搭載した攻撃重視パッケージなのだが、目の前に現れたものはそれに通じるものがあった。
「40ミリ特殊突撃砲の集合体……『クラッシャー』ですって!?」
ティナが、自国で開発された武装の登場に目を見開いた。IS用武装として開発された、40ミリ特殊突撃砲。
それを十九門、六角形型に纏め上げた一斉攻撃用兵器、通称『クラッシャー』と呼ばれる武装が姿を見せた。
一斉発射による破壊力の増強、ISコアの演算能力を使用した集弾率と命中率の上昇を可能にした兵器。
しかもそれが、胸部と左右の上腕部の、三箇所に装備されていたのである。
「!?」
鈴も、これには驚かされた。重装甲の下に隠されていた、とんでもない隠し玉。
今まで亀だと思っていた敵が、ヤマアラシ――しかも、針を逆立てて突っ込んでくるヤマアラシに変化したのだ。
装甲パージによる機動性の上昇や防御力の減少は想定内だが。攻撃力の上昇、というのは想定外である。
(回避するしか――っ!!)
「装甲を捨てたのは、これを表に出す為だけじゃないのよ?」
咄嗟に回避を選ぶが、冷静な自分がそれが不可能であると告げていた。
いつの間にか甲龍の足元に絡んだワイヤー付きの箱が飛翔を封じ、甲龍の機動を疎外していたのだ。
パージした装甲の中に隠されていた、ワイヤートラップ。一定範囲内にISが近づくと、自動で絡み取るという兵器。
普段ならばハイパーセンサーが捉えた情報で避けられる罠だが、装甲パージとクラッシャーに気を取られて見逃した。
勿論、双天牙月なら切り裂けるが、同時に攻撃を受ける。そう、瞬時に理解できた。
「だけど、そんなの関係ないわ!! 撃たれる前に撃て、よ!!」
しかし鈴も、即座に衝撃砲での迎撃を選択してエネルギーを蓄える。……だが、次の瞬間。
「……え?」
闘いにおいては常に冷静であるタイプの鈴が、思わず忘我した。何故なら――衝撃砲を放とうとした瞬間。
突如として甲龍のモニターを『Error』の文字が覆いつくし。続いて出た文字は『衝撃砲、全門使用不可能』という文字だった。
「!」
一瞬ではあるが、忘我した。そして戦場において、それは致命的な隙だった。
鈴にとって不幸な事に、相手はそれを知らず。それ故に『動揺することなく』引き金を引いた。
「あ、あああああああああああああああっ!!」
十九門の三倍――五十七門の火砲が一斉に甲龍を襲う。焼けつくならば焼けつけ、と言わんばかりに砲の耐久力を無視した連続砲火。
そして、砲撃が終わり使い捨てタイプであった砲門パーツと弾倉が切り離され、地上に落下する。……それと同時に。
『甲龍、シールドエネルギーゼロを確認』
誰も予想していなかった宣告がなされた。そしてガルムによる攻撃を耐えていたティナにとっては、まさしく青天の霹靂。
「……え?」
「隙だらけよ、ティナ・ハミルトン!!」
「う!!」
そしてパートナー兼ルームメイトの後を追うように、彼女のリヴァイヴのシールドエネルギーも尽きたのだった。
あっという間に起きた一幕に、ほのかやミレイユ自身でさえ押し黙り。アリーナを沈黙が包む。
『リヴァイヴ、ハミルトン機のシールドエネルギーゼロを確認。勝者、椿・リーニュペア』
冷静な、千冬の声と共に試合終了が通達され。そして、それから一瞬の静寂の後――。
「や、やった…………やったやったあ!!」
「勝っちゃった……勝っちゃったよ、私達!! 代表候補生のいるタッグに!! 勝っちゃったあ!!」
勝者であるミレイユ、ほのかの喜びの声と、それを称える観客達の歓声が、アリーナを包んだ。
一方全てのシールドエネルギーを失い、装甲にも所々傷を負った甲龍がゆっくりと地に落ちる。
天を自在に舞っていた龍が、地へと落とされた瞬間だった。それを纏う鈴にも、驚きと悔しさが浮かんでいる。
――だが、彼女が本当の地の底に落とされるのはこれからだった。
「え……? 鈴が、負けた!?」
第四アリーナで試合開始を待っていた俺達は、モニターで俺達の前の試合――鈴の試合を見ていたのだが。
それに映し出されたのは、予想外すぎる光景だった。あのクラッシャーとかいう武器を、何故か棒立ちで受けた鈴。
あいつの反射神経なら、即座に衝撃砲や双天牙月でカウンターを仕掛けられた筈なのに……。
「何かあったのかな、あいつ。なあ、シャルルはどう思う?」
「……」
「シャルル?」
「え? ……あ、う、うん、何、一夏?」
何かあったのは、シャルルも同じようだった。はて、どうしたんだろうか。
いつもは打てば響くどころか、打つ前に響いてくれるようなシャルルにしては様子がおかしい。
「……俺達も、そろそろピットに向かうか? 鈴の奴、落ち込んでるだろうし」
「そ、そうだね」
試合開始前の準備もあるので、そうは言ったが。どうしたんだろう、シャルルは?
「あ、鈴! それと、ハミルトンさんも……」
三回戦で俺達に割り振られたピットは、偶然にも鈴達と同じピットだった。
試合開始前にはメールで『同じピットなんだから、あたし達の勝利を祝いに来なさいよ』と言われていたのだが。そこに戻ってきた鈴は。
「あ、一夏……。そっか、あんた達が次の試合をここでやるんだったっけ」
まるで、糸がプッツリ切れた人形みたいだった。気のせいか、ツーテールの髪もいつもより萎びているように見える。
「鈴、あのさ――」
「凰鈴音候補生!」
俺がとりあえず声をかけようとすると、鈴を呼ぶ険しい声がした。振り向くと、入り口に男性二人を連れた女性がいる。
切れ長の目にエッジのきいた眼鏡をかけた、スーツ姿の女性。はて、誰だろうか。学園の人じゃないみたいだが……?
「あの、どちらさまでしょうか?」
「……あら。貴方は、織斑一夏さんですね? 私は中国の代表候補生管理官、楊麗々(ヤン・レイレイ)と申します。
貴方も凰候補生に話があるのでしょうが、後にしていただけませんか?」
その口調は千冬姉みたいに感じたが、何処か神経質そうな物を感じた。そして言葉は丁寧だけど、明らかに有無を言わせない感じがする。
でも、俺は何かを言わなくちゃいけない。上手く言葉に出来ないけど、こんな状態の鈴を放っては置けない。だから、何かを――。
「……ごめん、一夏。また後で、ね」
「り、鈴。でも」
「では行きますよ、凰候補生」
「はい……」
いつもの快活さが嘘のようにとぼとぼと歩いていく鈴。
あいつ自身に言われては、俺は横槍を入れられるわけもなく。鈴と楊さんを見送る事しか出来なかった。
「……あれ、シャルル? どうしたんだ?」
いつもなら、こういうときにフォローを入れてくれそうなシャルルが無言のままだった。
どうしたのだろうかと振り向くと、まだ黙ったままだった。……う、何か気まずい。
中学の時に間違えて鈴のブラジャーを見てしまった時に、うっかり『り、鈴はブラジャーも長持ちしそうだよな!』と言ってしまい。
数日間無視され続けた時みたいな感じだ。……いや、何か違う気もするけど。
「……」
「……」
お互い、何も言い出せない。まずい、今から試合なのにこんなんじゃ――。
「何を呆けている、お前達」
「ぐお!?」
「あ痛!?」
その時。俺には拳骨が、シャルルには出席簿(横)の打撃が下された。
誰がしたのかは言うまでもないけど……これって、男女差別じゃないだろうか?
「何を呆けている、馬鹿者ども。お前達はこれから試合だろうが。
ならば、今考えている事はとりあえずは横に置き、試合に集中しろ。出なければ、二回戦同様に、また苦戦するぞ」
……う、確かに。いつものようにスーツに出席簿、という姿の千冬姉が言っているように。
集中しなければ、またあの時みたいになってしまう。あんなのは、一回で充分だ。
「デュノア。――あいつに言われた事は、ひとまず横に置いておけ。……良いな?」
「! は、はい!!」
ん? 何か、シャルルの様子がいつものシャルルだぞ。何だろうか?
「……一夏、ごめんね。僕は、もう大丈夫だから!!」
そういって、自分の頬を叩くシャルル。――何がなんだかわからないけど、大丈夫、だな?
「じゃあ、行くかシャルル!」
「うん!!」
アリーナの後始末がそろそろ終わる、というアナウンスがあり。そして、いよいよ俺達の三回戦が始まる。
どんな相手なのかはよく解らないけど……。俺は、俺の戦い方をする。それだけだ!!
「ふう。疲れる生徒ばかりだな、全く。――これで良いな?」
アリーナの廊下を歩く千冬。独り言のようにも見えるが、そうでない証拠に耳にはインカムが取り付けられていた。
『申し訳ありません、織斑先生。私のフォローを、先生に頼んでしまって……』
「気にするな、布仏。しかし、デュノアを誘うか。あいつらしい策だが。しかし、ずいぶんと急いだ物だな?」
『……実は先生。会長から今朝、しばらくこの学園を離れる事になるかもしれない――と言われました』
会話の相手――布仏虚を試すような千冬の言葉。答えは期待していなかったが、あっさりと返ってきた。
「ほう。……ロシアか、それとも更識家の用事か?」
『それは、私の口から申し上げる事は出来ません。――ですので、彼女の引き込みを急ぎました』
「そうか。まあ、そういう事ならば良いとするか……では、決まれば私に伝えろ。いじょ――」
会話を終える準備に入り、同時に足早になる千冬。だが、その視界に入ってきた女生徒がいた。
おっとりとした顔立ち、口調、手首から先すらも隠している長い袖。――こんな生徒は、IS学園の中でも一人しかいない。
「あ~~、織斑先生~~。やっほ~~」
「布仏か。こんな所で、何をしている?」
布仏本音。千冬の受け持つ生徒の一人であり、会話相手だった虚の実妹だった。
「いやー、かなりんと一緒におりむー達の試合を見ようとしていたんですけど、迷子になりました~~」
「ほう、迷子か。……ああ、解った。今代わろう」
「代わる~~?」
インカムを耳から外し、本音の耳に取り付ける。そして、足早に去っていった為に千冬は聞かなかった。
「え~~!? 酷いよ、おやつ抜きなんて~~!? お姉ちゃんの鬼~~! 悪魔~~!!」
本音が、姉からの罰を受けてしまう事など千冬は聞かないままに、去っていくのだった。
――凰鈴音の敗北。その知らせを、ゴウはアリーナのピットで受け取った。
簪・マルグリットのペアを撃破し、試合後のチェックを機体に行わせていた時。甲龍敗北の知らせを受けたのだが。
(しかしまさか、つい三日前まではこうなるとは思わなかったな)
その顔に浮かんだ驚きは、同じ場所で知らせを受け取った悠とは違っていた。
そしてアリーナの外には、一般生徒に溶け込んだケントルムが待っている。
「あら、ゴウ君。三回戦突破、おめでとう。約束は、覚えているかしら?」
「ああ。――約束どおり、少々つき合わさせてもらうよ。……悠、すまないが先に戻っていてくれないか?」
「は、はい、解りました。では、お先に失礼します」
一見は、約束があって来た女性と男性。悠は気付かなかったが、聡い者が見ていれば否応無しに気付くだろう。
両者の目が、互いを利用し合おうという意思に包まれていた事に。
「どうだったんだ? 使ったんだろう、あの『呪い』を」
「ああ。甲龍の衝撃砲が、使用不可能状態になったな。――どうやら、効力はあるようだな」
ゴウの部屋のドアが閉められた途端。ゴウの口から放たれたのは、最新科学の塊であるIS学園には似つかわしくない単語だった。
しかし、ケントルムは素っ気無く自分の使った『呪い』の内容を言い放つ。
「あの雑魚転生者の能力を機械再現した『呪い』なんて、役に立つのかと思っていたが。使えるか」
「ああ。私があの夜の襲撃の際――専用機持ちに、可能なら白式に刺すために準備されたあの巨大錐。
甲龍に刺すのは想定外だったが、データ取りには役に立ったな」
「後は、詳細を中国政府に潜り込ませておいた奴から受け取れば完了――か」
「そうだな」
淡々と、今日の大金星の裏側を語る二人。だが、ゴウの表情に別の感情が浮かんだ。それは、下劣な笑い。
他者を嘲笑い、見下し、その不幸を喜ぶ。最低の笑いだった。
「しかし、あいつはシュヴァルツェア・レーゲンに負けただけじゃなく、一般生徒にも負けたわけだが。
中国政府から受けるであろう叱責が、楽しみだな。もしかすると、専用機を取り上げられるかもしれないな」
「そこまで有り得るか? 『知識』ではラウラ・ボーデヴィッヒによってダメージレベルCまで被害を受け、参加できなかったが。
そんな話は出ていなかっただろう?」
「ああ。だが、レーゲンに負けただけじゃなく、一般生徒にも負けるような代表候補生なんて中国政府は許さないだろう。
あの国は(中国への非常に下劣な悪口の為、削除)のくせに、面子に拘るからな」
「……良いのか? もしも甲龍が取り上げられれば、今後の『展開』が違ってくるぞ?」
「あの貧乳なんぞ、クラス対抗戦が終わった以上は、いてもいなくても今後の『展開』には大して問題にはならない。
構わないさ。それともケントルム、やはり気になるのか? ひょっとして、お前は――」
「馬鹿を言え。アドバンテージの消失を恐れているだけだ」
からかうようなゴウの口調にも、心底呆れて返すケントルム。
学園に巣くうバグ達は、一歩づつ。一歩づつではあるが、誰にも気付かれないままにその邪な願いに向けて動き出しているのであった。