学年別トーナメント。それは私にとっても負けられない戦いだった。
まあ、私が戦っているのは他の生徒ではなく、その娘達が頼んでくる、整備という名の課題なんだけど。
「どうですか、カーフェンさん、シートンさん」
人手不足故に、一人での整備(ただし、後でチェック必須)を任された私は、目の前で共にリヴァイヴを纏う一年生に話しかけた。
イルカをモチーフにした首飾りをつけた少女、マーリ・K・カーフェンさん。ヘアバンドをした銀髪の少女、パリス・E・シートンさん。
共に三組の生徒で、互いに機動戦を好むタイプなんだけど、かなりバランス取りが難しかった。……思わず、唾を飲み込んでしまう。
「……問題、ないと思う」
「うん、大丈夫ですよー」
独特な喋り方のカーフェンさんと、おっとりしたシートンさん。返事は違うけど、どうやらOKのようだった。
「ふう……わわっ!?」
安堵しすぎて、椅子も無いのに腰掛けようとしてしまった。あ、危なかった……。さてと、あとは先輩のチェックを貰うだけね。
「やっほー! 香奈枝ちゃん、チェックしに来たよー!!」
「ま、黛先輩……」
「っ!!」
思うと同時にチェッカー役の黛先輩が登場したけど。突然の大声に驚き、シートンさんの体が『ISごと』跳ね上がった。
一見はおっとりしている彼女だけど、実は何事も大仰に反応する、小動物のような部分があって。
さっきも、私からちょっと話しかけたら驚かせちゃったみたいで、機体の裏側に隠れてしまったし。
「大丈夫よ、パリスさん。黛先輩だから」
本日、ボーデヴィッヒさん・篠ノ之さんのペアに負けたばかりの戸塚留美さんがやって来て、そういって彼女を落ち着かせた。
クラスメートの言葉にようやく落ち着いたようで、浮遊していたリヴァイヴが着地する。
「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。――さて、香奈枝ちゃんの整備、チェックさせてもらうわよ」
「はい、お願いします」
これでクリアをもらえれば良し。そうでなければ、一歩後退……だろう。
「ふむ――どれどれ? うわあ。思い切って、振り分けたのね」
謝罪しつつステータスデータを見た黛先輩が、そう呟く。二人とも、機動性と加速性を最重要視して装甲も武装も二の次。
はっきり言ってしまえば、かなり上級者向けの戦術だろう。
「……だって、相手が相手だし」
「し、仕方がないですよ~~」
まあ、それもそうだろう。……それにしても、次から次へと個性的なカスタムが出てくるわね。
「……よし。本番は、これで大丈夫ね。カーフェンさんもシートンさんも、明日の試合はこれでOKね?」
「うん……」
「OKですよ」
二人がISを解除して降り立ち、私達に一礼して去っていく。さてと、次は――。
「あ、今日はもう遅いから香奈枝ちゃんたち一年生は帰りなさい。後は、私達がやっておくから」
「え? で、でもまだ整備申し込みは――」
「先輩の命令よ。今日はもう休んで、また明日から頑張ってもらうわ」
笑顔でそういいきる黛先輩に、言い返すことは出来ず。気がつけば、私達は整備室から追い出されていた。
「じゃあ、戸塚さん。戻りましょうか」
「うん」
一年生が帰寮を命じられた以上、私は戸塚さんと一緒になる。……だけど。
「……」
「……」
話すタイミングを計り損ねてしまい、無言で私達は歩き続ける。戸塚さんは決して内気な方ではなく、むしろよく喋る方だろう。
さっきも、先輩達によく話しかけていたし。……ひょっとして、相手が私だからだろうか。
「宇月さん」
「え!? な、何?」
そんな事を考えていたタイミングで話しかけられたせいか、思いっきり挙動不審な返事だった。
当然、彼女は不思議そうに私を見ている。
「……どうかしたの?」
「い、いいえ、別に。ちょっと考え事をしていただけ。そ、それでどうしたの?」
「――貴方の夢って、何?」
夢?
「私の夢は、国家代表のISの整備をやる事なんだけど。貴方の夢って……何?」
夢……ねえ。うーん。
「私は……いつか、凄いISを。白い天使みたいなISを作ってみたいの」
「白い天使? そ、それってまさか、白騎士の事?」
「ううん、多分違うと思う。ただ、昔見た事があるの。白い天使みたいな存在を……。夜空を舞う天使みたいで、物凄く綺麗だった。
最初は夢か幻かと思ってたんだけど、ISが世に出て。あれはISなんだって思ったの。
だから私は、あんなISを自分の手で作りたいと思うようになったの。……って」
気がつけば私は、フランチェスカにさえ明かしていない夢をあっさりと告白してしまった。う、うわ。恥ずかしい……。
「へえ。クールな人かと思っていたんだけど、意外と、ロマンチストなんだね」
うう、生暖かい視線で見られてしまった。穴があったら、入りたいわ。
「私も頑張らないといけないわね。貴女に、負けたくないし」
「え? 負けたくない?」
思わず鸚鵡返しになってしまったけど。私に、負けたくない?
「あれ、ひょっとして自覚していないの? 一年生で整備課を目指す生徒の間では、貴女も結構注目株なんだよ?」
「そうなの?」
「……」
あ、戸塚さんが呆れたような目で見ている。あれ。私の発言、そんなにおかしかった?
「どういう理由なのか解らないけど、貴女は打鉄弐式の建造に携わって、布仏先輩の指導を受けて。
それからも黛先輩達から指導を受けているんでしょ? そんな生徒、他にはいないわよ」
「布仏本音さんは? 彼女だって――」
「彼女は、最初から別格のエリートよ。実姉が現在の三年主席、幼なじみはロシアの国家代表と日本の代表候補生でしょ?
多分、入学する前から先輩達の指導を受けていたんだろうし」
わずかに羨望を言葉の端に滲ませながら、戸塚さんは言い切った。まあ、確かにそうだけど。
「別格のエリート、ねえ……」
いつもお菓子を食べて、のほほんとしている本音さん。その彼女と『エリート』という単語が、どうしても結びつかない。
まあ、確かに整備の腕は私よりも上だし。周囲に凄い人ばかりいるのは、確かだろう。
「周りにいるのが虚先輩に更識姉妹、だものね……凄いわよね」
「え? 何を言ってるの?」
「あ、うん。本音さんの周りには、凄い人ばかりいるなって思っただけ」
「いや、そうじゃなくて。宇月さん、貴女って意外と鈍感なの?」
「え?」
深々としたため息と共に、思いがけない言葉を投げかけられた。――失礼な! 織斑君ならともかく、どうして私が鈍感なのよ。
「貴女の周りこそ、凄い人だらけじゃない。中学からの知り合いが世界初のIS男性操縦者の織斑君と中国の代表候補生の凰さん。
幼なじみはうちのクラスの安芸野君に、二組のクロトー君と一場さん――三人とも専用機持ちだし。
クラスでは博士の妹の篠ノ之さんとか、イギリス代表候補生のオルコットさんとも仲が良いみたいんでしょう?
それにさっき貴女が言った布仏先輩や更識姉妹だって、貴女とそれなりに親しいって聞いたし……」
……うん、少しは自覚していたけれど。改めて言われると、いつの間にか私の周りって、凄い人だらけになってるわね。
「それに、あの織斑先生から一定の評価を受けているって噂で聞いているわよ?」
「そう……なのかな?」
生憎と、まるで自覚が無いんですけど。まあ織斑先生は、弟でも代表候補生でも博士の妹でも一般生徒でも同じ扱いをする人だから。
そうだとしても、私がわかるわけは無いような気がする。
「あれ、かなみー?」
「本音さん……」
さっき噂になっていた本音さんが現れた。……うん。そろそろ寮が近いから、寮での格好で現れたのは解る。
だけど、耳付きのナイトキャップとダボダボのパジャマ姿は『エリート』なんて単語からは程遠い姿だった。
「むー。かなみーが何か失礼な事を考えているー」
織斑先生も、たまに生徒の思考を読んだような態度をするけど。ぷっくりと頬を膨らませる本音さんも、同じだった。
「……そ、それよりどうしたの? その格好で寮の外に出るなんて、ジュースでも買いに来たの?」
寮内にも自販機はあるけど、種類によっては寮の外に出る必要がある。それとも、お菓子かしら?
「んー、ちょっとお散歩だよー。それじゃーねかなみー、るーみん」
いつものように手首から先までもパジャマの袖に隠して振りながら、ゆっくりと歩いていく。……やっぱりエリートじゃないわよねぇ。
「じゃあ、私はここで」
「ええ」
戸塚さんと別れ、自室に戻る。さてと、今日は早く休んで明日に備えないと――。
「お、宇月さんか」
「こんばんわ」
「……こんばんわ」
ドアを開けようとした瞬間に、隣室のドアが開いた。……流石に無視するわけにもいかないので、挨拶は返す。
「あのさ、宇月さん。付き合ってくれないか?」
「……。……。……。何か、整備方面についての話?」
私の回答までの間は、その意味を考えていたわけではなく。デュノア君以外の誰かに聞かれていないか、確認する為の時間だった。
幸い、誰も聞いていなかったようで。デュノア君も「まただね一夏」って顔をしている。
「ああ。それなんだけどな。――今日、危うく負けかけたし」
「そうらしいわね」
フランチェスカの友達だったアウトーリさん達の大善戦は、私も聞いた。まあ、最後は織斑君が零落白夜で決めたらしいけど。
「それで、何を聞きたいの?」
「ああ、それは――」
「じゃあ、今日はこれで失礼するわ」
それから10分ほど、織斑君達に付き合わされた。白式に追加武装を取り付けられないか、との事だったけど……。
実はこの一件は、クラス代表決定戦が終わった時期から、何度かトライしている。だけど、白式は全く受け入れてくれなくて。
雪片弐型以外の格闘武器、射撃武器、楯、スラスター、装甲……全部アウトだった。
だったら、展開してから取り付けられないかという相談だったけど……。まあ、機体のバランスが崩れるので止めた方がいいと言った。
「もう、一夏ったら。僕がそう言ったのに信じてくれないんだから」
「そうなんだけどなあ……。ごめんな、シャルル」
「……焼き魚定食」
「え? 何だって?」
「焼き魚定食を奢ってくれたら、許してあげる」
焼き魚定食? フランス人のデュノア君らしからぬメニューが出てきたわね。何で?
「おう、それくらいならいいぞ?」
「じゃ、じゃあ明日の朝、よろしくね」
「おう!」
何がなんだかわからないけど、デュノア君の機嫌は直ったようだった。……それにしても、変な感じ。
まるでこの二人が、彼女に何か奢って機嫌を直してもらおうとする彼氏、というカップルに見えた。……うん、早く寝よう。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ。――ああ、一つ言っておくけど。
私が機体整備を担当した彼女達は、たぶん強敵よ。頑張ってね」
カーフェンさんとシートンさんの明日の対戦相手である二人――織斑君とデュノア君に向けて。私は、エールを送るのだった。
「来たよー」
「時間通り、ですね」
「そうだね」
香奈枝や留美と別れた布仏本音の歩く先にいたのは。情報通として有名な、ブラックホールコンビだった。
春井真美とロミーナ・アウトーリペアの大善戦にも貢献した二人は、更なる情報収集に向けて動いていたのだが。
「情報は、集まってるかなー?」
「ええ。これが、ゴウ君のデータです。何処まで参考になるのかは解りませんが、現時点で集められるだけ集めたつもりです」
「ありがとうねー」
わずかに真剣そうな目になりながら、情報を受け取る。それに一通り目を通し、満足げに笑った。
「では布仏さん、貴女にも対価を払っていただかねばなりません」
「今渡した情報は、かなり入手困難な情報だったからね。貴女の支払いはお金じゃなくて、情報の提供だったね?」
「大丈夫だよーー」
そして本音は、胸元から一枚の紙を取り出した。……そこに書かれていたのは。
「な、何と――更識楯無先輩のバストは、既に(個人情報保護のため削除)になっていたのかい!?」
「布仏虚先輩のカップサイズも(個人情報保護の為、削除)になっているとは――ううむ。やはり目測では、解らないものですね」
……本音の実姉と、その仕える主人のバストサイズとカップであったりした。レア度はA+(ブラックホールコンビの独自判定)である。
なお、この情報漏洩が後日発覚し。本音が姉から『お仕置き』をうけたのは、全くの余談である。
また、ブラッコホールコンビには生徒会長から直々に『個人情報は守りましょうね』と笑顔で『お話』があったという。
「では、引継ぎは完了しました。以後、お受け取りした人員とドールコアは日本政府預かりとなります」
「はい、お願いします」
一方。学園のヘリポートでは、教師達と日本政府の人員との間で、拘束された侵入者達とドールコアの引渡しが行なわれていた。
本来ならば学園内部で捜査するべき事なのだが、学園が現在学年別トーナメント開催中であること。
そして侵入者の素性調べなどであれば日本政府に任せていても大丈夫、と学園側が判断したのが理由だった。
そして輸送ヘリが、侵入者とドールコア――機体自体は全損の状態だった――を乗せて飛び立つ中。
手続きを済ませた一年一組副担任・山田真耶が後ろを振り向く。
そこにいたのは、いつものように三つ編みの髪を一分の隙も無く整え、ファイルを胸に抱く布仏虚だった。
「布仏さん。あちらの方は、どうなってるんですか?」
「現物は存在せず、全損したと通達しました。ただし、データはこちらで全て管理しています」
「そうですか……。ハイパーセンサーにも引っかからない、完全なステルス性の武装……。何なんでしょうか……」
「古賀先生たちが調べている所です。そう遠くないうちに、結果は出るでしょう」
「そ、そうですね! 古賀先生たちなら、大丈夫ですよね!!」
……これは生徒である布仏虚と教師である山田真耶の会話なのだが。
全く二人の関係を知らない人間にこれを聞かせると、どちらが教師でどちらが生徒か間違えてしまいそうな会話だった。
「さて、と。飯も食ったし、どうするか……あ、そういえば」
シャルルに焼き魚定食を『食べさせてあげた』りして終わった朝食後。そのシャルルが、弾丸の補充申請に行っているのだが。
俺は、昨日の試合のラスト――春井さんへの最後の攻撃を思い出していた。あの最後の一撃が、僅かに届かないとわかって。
反射的に「延びろーー!」と言ったら本当に伸びてしまった。昨夜、全ての試合が終わってから千冬姉に聞いてみたら。
『あれか。あれは、こちらでも確認した。まあ、ここまで早くできるようになるとは思わなかったがな』
『って事は……』
『零落白夜の刀身を伸ばす事は、お前も成し遂げた通り可能だ。その分、シールドエネルギーの消費も大きくなるがな』
『……あの。これって今、練習できますか?』
『アリーナを空けろ、という事ならば不可能だ。今は、トーナメントの開催中だからな』
『やっぱり、ですか』
『だが、実際にアリーナで雪片弐型を展開するだけが今のお前に必要な事ではない。――ついてこい』
そして。データ収集も兼ねた、検査室での零落白夜の刀身延長訓練をする事が出来。つまり、ほんの少しだけ練習が出来た。
まあ調査役の先生から『あと10センチだけ伸ばせる?』『ああ、伸ばし過ぎ! あと、5センチ縮めて!!』とか無茶を言われたけど。
一応、伸ばすコツは身につけた――ような気がする。まだ、完全にはイメージがつかめてないんだけどな。
検査室では孫悟空の如意棒をイメージしたけど、あまり上手くいかなかったし。
調査役の先生は『剣道をやっているんだから、剣道で前に一歩踏み出すイメージで伸ばしてみたら?』と言っていたけど。
「そうだ。試しにちょっと、剣道場でも行ってくるか」
俺にとっては、如意棒よりもイメージがしやすいだろうしな。
「……あれ、織斑君。早いわね、おはよう」
やって来た剣道場はもう開いていて、先客がいたのだが。それは、長めの黒髪を持つ既知の生徒だった。
「えっと、確か三組の戸塚さん、だったよな。おはよう」
「正解。ふう、織斑君にも忘れられてたらどうしようかと思ったわ」
「?」
以前に何度かここで会った事のある、三組の戸塚舞さんだった。忘れられてたら、ってどういう意味だろうか?
いや、それよりも。今、彼女は一人で色々と動作をやっていたのだが、俺には、何処か見覚えのある物だった。
「……なあ、今のってもしかして、千冬姉の動き方じゃないのか? 結構、似てたんだけど」
「――流石は弟さんね。ばれちゃった、か」
悪戯がばれて舌を出す子供のように、苦笑いする戸塚さん。やっぱり、か。
「正確に言うと、織斑先生の動きを私なりにアレンジした物――って所かな。
私自身も、昔から剣道を習っていたけど。それと、織斑先生の動き方をミックスさせたのよ」
「へえ。そういう人もいるんだな」
「そりゃあやっぱり、世界最強の『ブリュンヒルデ』に憧れる人は多いもの。
サーベル使いだから剣道部には入っていないけど、織斑先生の技を自分の中に取り入れようとしている娘もいるのよ?」
「はあ……。そうなのか」
何か、誇らしいかった。
「私も、この技で一回戦を勝ち抜いたしんだしね。……昨日、あのドイツの代表候補生の子にはあっさりやられちゃったけど」
「あいつか……」
俺は試合準備があるので見ていなかったが、リヴァイヴを瞬殺して打鉄をAICで止めて撃破、って感じだったらしい。
「そういえばあの子、織斑先生を凄く尊敬してるって言うけど。動き方はそうじゃないみたいね?」
「え……あ、ああ。そうだな」
まあ、暮桜とあいつのISとでは、俺にも解るくらい全然タイプが違うからな。違って当然だろうけど。
「織斑君は、どうなの?」
え?
「暮桜と白式って、同じブレオン……ブレードオンリーの機体でしょう? 織斑先生の動き、真似しようとか思わないの?」
「うーん……。俺も、考えないわけじゃなかったんだけどな。今までは基礎動作だとか基礎知識の取得に追われてたし。
まあ、それも一段落ついたし。千冬姉の動きを真似する……ってのもありだよなあ」
千冬姉からは、個別に教わる事は殆どなかった。零落白夜の力をスクラップパーツを使って理解させられた時、くらいだ。
「ふうん。同じブレオンなんだから、最高の道しるべだと思うんだけどな」
「俺にとっては、まだまだとんでもなく遠い道しるべだよ」
「……それもそうね。ところで織斑君は、何でここに? 貴方も一人で稽古をしにきたの?」
「ああ、まあそんな所だけど」
「じゃあさ、私と試合をしてみない? ちょっと、今の動きを試してみたいの。
流石に織斑先生自身とやれるわけはないし、やっても瞬殺されちゃうだろうけど……」
「ああ、いいぜ。付き合うよ」
「……。う、うん。お願いね」
あれ、何か今変な間があったな。何だろうか?
「……じゃあ、チャンバラ式で行くわよ?」
「おう」
チャンバラ式。それは、簡単に言うと剣道とIS用剣術を混ぜ合わせたような物だ。
試合前後の礼法や蹲踞はあるが、試合中は剣道では反則だったりありえないような動きもOKになる。
足払い、時間制限無しの鍔迫り合い、竹刀を落としても試合続行、などなど。
最初は少し手間取ったが、実際にISを使うようになるとこちらの方がある意味では重要だとわかってきた。
「「……」」
互いに中段で竹刀の剣先を合わせ、試合開始用に用意したブザーが鳴るのを待つ。……!
「たああ!!」
まずは、戸塚さんが上段からの面打ちに来た。普通なら、ここで籠手とかを狙って打てるだろうが――速い!!
「くっ!!」
その剣速はかなり速く、自分の竹刀で防ぐのがやっとだった。
「まだまだ!」
そして、即座に一歩下がってからの突きが来る。それは、正確に俺の面を捉えて――。
「させるか!」
しゃがむ事でその突きを避け、同時に竹刀を下段から振るう事で籠手を狙う。だが、彼女は腕を振り上げ――。
「えい!」
そのまま、上段から竹刀を振り下ろした。俺の下段と彼女の上段。それが、空中でぶつかり合った。
「今の……千冬姉の技だな?」
「あ、やっぱり解っちゃった?」
「ああ。……俺が下段で来たから、か?」
「まあ、ね。上段は結構得意だから、練習していたっていうのもあるんだけど」
攻防が次々と入れ替わったが、両者ともクリーンヒットは無かった。……む。来るか?
「じゃあ、次はこれよ!!」
彼女が後退し、剣を天井に向けてそこから走り出してきた。まさか、勢いをつけてからのまた上段攻撃か?
「いっけえ!!」
俺の予想通り、彼女の剣が上段から襲い掛かってくる。俺はそれに合わせて籠手を狙うべく、合わせたが――。
「!」
いや、違う!! これは、違う!!
「「っ!」」
俺はとっさに、更に一歩を踏み出した。その踏み出しの分だけ、彼女の間合いを狂わせ。
一撃必殺を狙ったであろう『振り下ろす途中からの突き』を避け。同時に、俺の竹刀が彼女の無防備な胴に吸い込まれた。
「……! 参りました」
もしもこれがIS同士の戦いだったら、間違いなくクリーンヒット。そう判断したのは彼女も同じだったらしく、降参した。
そして俺は一歩下がると、竹刀をおさめる。それをみた彼女は面を外すと、汗を拭いながら一息ついた。
「あーあ、通じなかったかぁ。上段からの攻撃と思わせておいて、相手の正面に来た瞬間に突きに変形するこの技。
ここで失敗するようじゃ、本番じゃあとても使いこなせないわ。――私も、まだまだね」
「いや、俺も咄嗟だったからな。焦ったよ。あれって――」
「織斑先生が、第二回のモンド・グロッソの一回戦で使った一撃。再現を狙ってみたんだけど、甘かったわねえ」
「ははは。千冬姉なら『何をやっている』って言うかもな」
「うわ、今の凄く似てた!!」
「え、そうか?」
「き、貴様ら何をやっている!?」
「あれ、箒か?」
いきなりの怒鳴り声に振り向くと、そこには箒がいた。何であんなに怒っているんだ?
「あれ、篠ノ之さんも来たんだ。じゃあ、私はこれで失礼するかな」
「な、何……?」
心なしか、悪戯っ子のような笑みを浮かべて戸塚さんは更衣室へと向かった。その時、箒とすれ違ったのだが。
「……私は、別に織斑君がタイプじゃないから。安心してね」
「な!?」
何か言ったようだけど。俺からは距離がありすぎて、よく聞こえなかった。
……その直後、箒が真っ赤になりながら素振りを始めたけど。何を言われたんだろうか?
一夏たちが剣道場でそんな事をやっていた頃。第一アリーナでは、満員の観客が試合開始を待っていた。
「やっぱり皆、集まってるね……」
「本日、最大の注目の試合だからね……」
その試合は、ゴウ&石坂悠VS更識簪&ドレ。一年四組に所属する専用機持ちの二人の戦いであり。
あの衝撃的な宣言をした転入生紹介イベント、一日早まったアリーナでの戦いから繋がる因縁の対決だった。
「さあ、行こうか」
「は、はい!!」
ゴウのIS……黄金の装甲を持つ、オムニポテンスが石坂悠の打鉄を伴い空中に出る。
そして反対側には、打鉄弐式を纏う簪が、こちらも打鉄を纏ったマルグリット・ドレを伴い空に舞っていた。
「しかし……まさか、二度当たるとは思わなかったね」
「ええ。――でも、今度は負けない」
「いい覚悟だ。だが俺も、負けるわけにはいかないのでね。君のISも以前とは変わっているようだが、倒すよ」
ゴウも言ったとおり、打鉄弐式は大きく変わっていた。
今までの機体、打鉄弐式・黒金――防御重視の打鉄のフォルムを大きく残した機体――と武装はほぼ同じなのだが。
今まで取り付けられていた袴型スカートアーマーから、機動性重視の独立ウイング二機に変更されている。
打鉄の最大の特徴といえる肩部ユニットはまだ残っていたが、そこに取り付けられたブースターの数が増えている。
その他にも、全体的なフォルムが打鉄からかけ離れており。機動プログラムの修正、簪の操縦経験値の獲得。
更には黛薫子らによるフォローや提案などを得て。打鉄弐式は、簪の目指す真の姿へと近づきつつあったのだった。
「いくよ、打鉄弐式……」
「私の担当は、石坂さんを抑える事。私の担当は、石坂さんを抑える事……」
「ふっ……」
「ゴウ君の足手まといにならないよう、頑張らないといけませんね……!」
『試合、開始!!』
四者四様の緊張に包まれる中。試合開始となる。まず動いたのは――オムニポテンスだった。
「ドレさん、悪いが早々に退場してもらうよ」
「え……!?」
オムニポテンスが、打鉄のごく間近まで接近していた。それは、紛れも無く瞬時加速。最初から、全力で戦う事の宣言でもあった。
――だが。それは、予想通りであった。――次の瞬間、打鉄の膝のパーツが開き。その中から、小型ミサイルが顔をのぞかせた。
「ミサイルポッド!?」
「死なば――諸共!」
至近距離での小型ミサイルの爆発。それはゴウの初撃を封じ、両者にダメージを与えた。
正確には、ゴウの方がダメージが大きい。専用機であるオムニポテンスのシールドエネルギーは最初から半減されており。
さらに、オムニポテンス自身も打鉄よりはリヴァイヴに近い――機動性重視の装甲の薄い機体であったためだった。
「く!」
雑魚と思っていた相手から受けた、思わぬ痛打。ゴウの表情が、試合中には見た事の無いほど歪んだのをマルグリットは見た。
「ご、ゴウ君!」
「石坂さんの今の相手は、私……!」
「くっ……!」
石坂悠の打鉄がパートナーの援護に入らんとするが、それを打鉄弐式が阻んだ。
自らの持つ近接ブレード・葵を振りかざしてみるが、簪の持つ振動長刀ブレード『夢現』に阻まれる。
かつてこの武器が加わった日の戦い――ゴウとの戦いでは役に立たなかった武器だが、悠の葵を防ぐには十分だった。
「私だって、負けられない……!」
目の前の少女はルームメイトであり、打鉄弐式の建造・改造の際には荷物運びをしてくれた友人でもある。
だが、今はそんな事を言っている場合ではない。今の彼女は、倒すべき相手なのだから。
一方。第二アリーナでも、専用機持ちが登場していた。空を舞う蒼き雫――ブルー・ティアーズを駆るセシリア。
その傍らに打鉄を纏い立つのは、鷹月静寐。対するは、ナタリア・アルメンタとヴェロニカ・セレーニという二人。
ナタリアの方はリヴァイヴを纏っているが、実は彼女は宇月香奈枝や戸塚留美と同じく整備課志望の学生だった。
――ただし。彼女は前述の二人よりも実戦に重きを置いてきた。だからこそ、三回戦まで勝ち残れたのだとも言える。
そしてヴェロニカは、打鉄。しかしその拳は異様なまでに分厚い装甲で固められている。
彼女の戦術は剣戟と素手でのパンチをメインとし。格闘戦を制し、二試合を勝ち上がってきた実力者だった。
「――試合開始!!」
「さあ、まずは洗礼を受けなさい!!」
そして、試合が開始された。先手を取ったのは、セシリア。ブルーティアーズの子機が、ヴェロニカにレーザーを放つ――が。
「な!?」
ヴェロニカの打鉄が拳をかざすと、命中したレーザーが四散した。まるで、かつてセシリアと鈴がラウラと戦った時のように。
「……あれは、対ビーム仕様装甲ですの!?」
それはラウラのIS、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲として使用されているルナーズメタルと同じ仕様だった。
この金属はルナーズメタルほどの強度は無いが、幾重にも重ねる事により防御力を増しているのである。
「貴女の主兵装はレーザー……ならば、レーザーを防ぐ装甲を準備するのは当然」
「なるほど、わたくしの事をよく調べてきているようですわね」
「当然よ。――今まではこういう相手じゃなかったみたいだけど、この装甲、貫けるかしら?」
ちなみに、今までセシリア達と戦った二組のペアは防御よりも機動性を重視した戦術を選択していた。
しかしセシリアも代表候補生。その機動性を上手く封じ、二戦を勝ち上がってきたのである。
「ええ、その通りですわね。ですが、わたくしもその対策への対策は持っていないとお思いでしたか?」
「え?」
ブルー・ティアーズが『二機だけ』セシリア自身から分離し、空を舞い始めた。
そしてその放たれたレーザーが、一点に集約して放たれる。その一点とは――ヴェロニカの打鉄の、左膝。
「な!?」
「装甲にはコーティングをしてあっても。……関節部にまでは出来ませんわよね?」
「くっ……」
コーティングとは、要するに車の傷や汚れの防止にコーティングを施すような物だ。
関節部にそれを出来ないわけではないが、関節と言うのは常に動いている部位でもある。
仮に施したとしても、当然ながら動くたびに擦れて少しづつ削られるために意味が無い。
また僅かながら、関節部の動きが鈍くなってしまう。それ故に、関節部へのコーティングは成されないのだった。
「だけど……それを操っている間は、貴女は動けない!!」
僚機――鷹月静寐を抑えているナタリアを確認すると、レッドパレットを展開して射撃に入る。
これで攻撃が止まるか、あるいは相打ち狙い――だったのだが。
「あら、甘いですわ」
セシリアは、あっさりとその射撃を避けた。――同時に、レーザーの二発目が打鉄を襲う。
「な!?」
「私とて、遊んでいたわけではありません。ビットを使いながらの移動、訓練していないとお思いでしたか?」
その時。セシリアは確かに『ビットを使いながら』回避していた。クラス代表決定戦で一夏に見破られた弱点。
それを見事に打破してきたのである。
「まさか、ここで弱点を克服するなんて……一回戦や二回戦ではそんな情報はなかったのに!」
(間に合って、良かったですわ)
実は。つい昨日まで、セシリアはこの弱点を克服してはいなかった。
ドイツのシュヴァルツェア・レーゲン――すなわち、イグニッション・プランの競合相手――に二人がかりで敗北しかけた事を受けて。
イギリス政府では、ブルーティアーズの操作プログラムの見直しが行なわれていたのだった。
中国からの対策が、衝撃砲の増門――火力の増大であるのに対し、イギリスは機動性の重視に力を向けたのである。
そして『扱う子機を減らす』事によりセシリア自身が動けるようになった。
言ってしまえば単純な事だが、これは言うなれば、片方の耳だけを手を使わずに動かすようなもので。
それに必要なプログラムを組みたて、セシリア用にカスタマイズするまでに時間がかかり。
結果、トーナメント途中での組み換えという事態になったのだった。
「くっ……ならば、この拳で打ち貫くだけよ!! ――ナタリア!」
「ええ」
鷹月静寐を抑えていたヴェロニカの相方――ナタリアが突如として動き出した。
そして、ナタリア機がヴェロニカ機への背後に取り付く。幾つかのケーブルが装甲の下から現れ、リヴァイヴと打鉄が繋がった。
「あれは、リンクシステム……! 操縦者同士がかなりの同調率を持たないと使えないシステムなのに……」
このリンクシステムは『どうすれば二機のISのコンビネーションを最大限に生かせるか』を模索した中で生まれた物である。
二機のISのシステムを結合し、その能力を上昇させる事に成功しているのだが。
操縦者同士の力量に差が無い事や操縦者同士の『同調率』が高い事が必要であったり、思考のズレがそのまま機体のズレとして生じる等。
必要な課題も多く、実戦では中々使われていないシステムだった。
「へえ。まさか、リンクシステムを使おうとするペアがいるなんて、ね」
「あのシステムは、一年生ペアには使いづらい。申請があった事自体、驚きだろうに」
観客席でも、三組の代表候補生二人――マリア・ライアンとニナ・サバラ・ニーニョが感心したようすで試合を見ていた。
「私も使おうかと思ったんだけど、ちょっと試してみたら動きづらくてたまらなかったんだよね……」
「確かに。あの二人は、よほど親密度の高いペアだと言えるでしょうね」
この他にも、リンクシステムを試そうとして結局諦めたペアは多い。
宇月香奈枝&フランチェスカ・レオーネも、一回戦の相手次第ではこれを試そうとしたが。
相手がラウラ――リンクしても、AICで二機とも止められる――だったので泣く泣く諦めた、という経緯があったりした。閑話休題。
「私達の力量で、貴女に――代表候補生に勝とうと思ったら、これしかない!!」
「春井さんやアウトーリさんみたいな圧倒的技術は無いけど、これならいける」
「いくわよ!!」
「ええ」
そういうと、今や一体のISともいえるヴェロニカ&ナタリアの二名がセシリアに襲いかかった。
二機のブースターやスラスターをフル活用したその速度は、瞬時加速レベルに近づいていた。
「くっ!」
迎撃を諦め、回避するセシリア。しかし同時に本体から切り離していたブルー・ティアーズからの攻撃も忘れない。
二体がくっついているという性質上、大きくなった『的』を外す筈は無かった――のだが。
「な!?」
ヴェロニカ&ナタリアは、レーザーを避けた。正確には、発射される瞬間。その光の走るルートを一瞬で検索し、それから逃れたのだ。
「オルコットさん!!」
そして、一人疎外されていた鷹月静寐がレッドパレットを乱射してけん制しようとする。だがそれらも、全て避けられた。
「あれは……! リヴァイヴの周囲に、ディスプレイが……!!」
リヴァイヴを纏っているナタリア・アルメンタの周りに複数の空間投影ディスプレイが表示されていた。
「なるほど。リンクシステムでの、完全なる役割分担……。回避をリヴァイヴが受け持っているという事ですわね。
それも、かなりの信頼度を築いているようですわ」
リンクシステムを使用している時、何よりも問題なのが両者のズレだった。
繋がった一方が右に回避しようとし、もう一方が左に回避しようとすれば当然ながら何も出来なくなる。
だからこそ、役割分担が重要となるのだが――何が起こるか解らない状況では、とっさに判断を誤る事もある。
一方が回避を選択して動いても、もう一方がそれを察するか同意していなければズレが生じるのだ。
しかし現在、回避を担当しているであろうナタリアの判断に、ヴェロニカはまるで動じなかった。
それはパートナーに全幅の信頼を置いている、証明だった。
「ええ、その通りよ。1+1が、2じゃない事を見せてあげる!!」
そして攻撃役を担っているであろうヴェロニカが動き出した。
打鉄の通常装備・葵よりも大型の物理ブレードを展開し。蒼の雫を散らさんと向かってくるのだった。
「まさか、こうなるとは思いませんでしたな……」
「愚かな……!」
「お、落ち着いてください楊審議官……」
第四アリーナでは、誰もが言葉を失っていた。そのアリーナでは、リヴァイヴと打鉄が上空に静止し。
その前方では、別のリヴァイヴが倒れている。そこまでは、この学年別トーナメントで普通に見られる光景だった。
だが、もう一体――別のISが倒れている。いつもは快活な表情を浮かべる少女が、驚愕と無念を顔に浮かべて地に伏している。
その少女が纏うISは、赤紫に近い機体色を持ち、両肩に非固定浮遊部位を持つ中国の第三世代型IS――甲龍だった。
激化するトーナメントの模様をお送りしました。最後が気になる方も多いでしょうが、続きは暫くお待ちください。
……ある意味では、既に種はまかれていたのです。そう、トーナメント開始の日の夜に。