月曜日、放課後。俺は第三アリーナに居た。セシリアと決闘する事が決まって、色々な人に助けてもらった。箒には、剣道の稽古を。
宇月さんやフランチェスカには、相手のデータやその特殊武装に合わせた避け方を。そして千冬姉には、打鉄を使った深夜特訓をやってもらった。
昨日の夜、俺の為に用意されたと言う専用機のデータも届いたと伝えられた。ここまできたらもう悔いはない、やれる事はやった。
後は、近接特化だと言う話の俺のIS『白式』を待つばかり……なのだが。
「来ないな……」
肝心のそれが、勝負開始まで後わずかだと言うのに到着して無かった。確かに万が一、間に合わない可能性があるとは言われていた。
その時は、訓練にも使った打鉄を使う予定も準備もしてある。……しかし、だからって本当にこんな事態になるとは思っても見なかった。
「なぁ、箒」
「なんだ」
「打鉄を使う可能性を考えておいた方が良いのかな?」
「そうだな」
俺の隣で黙って待っていた箒が、あっさりと返してくる。いや、もう少し楽観的な意見が欲しかったんだが。……無理か。
「打鉄で、セシリア相手に勝てるかな?」
「織斑先生と同じくらいの腕があれば出来るんじゃないかしら?」
そう言うのは、箒とは反対側で機材をチェックしている宇月さん。彼女は新聞部の依頼で、俺のIS起動シーンを撮っておくらしい。
本来なら部員がやるべきなんだろうが、クラスの内輪の事なので取材は断られ。それで、セシリアの情報を得た対価として彼女が頼まれたらしい。
千冬姉が苦虫を噛み潰したような顔をしていたし、なんか気恥ずかしい部分もあるので勘弁して欲しかったが……貸しがあるしなあ。
「もう少しポジティブな意見がほしいぜ」
「ごめんなさいね。フランチェスカがいたら、楽天的な意見を出してくれたかもね」
彼女が言う通り。俺に協力してくれていたもう一人、フランチェスカはここにはいなかった。
何でもイタリアで同じ中学だった同級生が風邪をひいて、看病をしないといけないのだとか。まあ、仕方がないよな。
「織斑君、織斑君、織斑君!」
そしてまずいムードが漂う中、どたばたと駆けてきた山田先生によりそれは破られた。
「来ました! 織斑君の専用IS……白式が!!」
立ち止まって、荒い息を吐く先生。そして鈍い音と共にピット搬入口が開かれた。斜めにかみ合うタイプの防壁扉は、
重い駆動音を響かせながらゆっくりとその中のものを晒していく。その中には『白』がいた。
「白式……」
「はい。織斑君の専用IS『白式』です!!」
そこにあったのは、昨日の夜に見たままのIS。それが鎮座していた。
……いろいろあったけど、何はともあれ準備は整った。白式を纏った俺は、打鉄の時のように少しだけ動いてみる。……問題は無さそうだな。
「しかし、本当にぶっつけ本番になっちまったな……」
「仕方あるまい、お前はやるべき事をやれば良いんだ。私達や先生が力を貸したとは言え。最後に戦うのは一夏、お前なのだからな」
やるべき事を、か。……そうだな。
「織斑君。新聞部からの情報だけど、初期化と最適化が終わるまでは回避に専念したほうがいいみたいよ」
「フォーマットとフィッティング?」
「簡単に言うと、慣らし運転。最初から攻撃は考えず、回避や防御に時間を取って。そのうちに、段々解ってくる……
って、新聞部の副部長が言ってたわ。もっともこれは、使い始めの話であって……いきなり戦闘の場合は当てはまるのかは不明なんだけど」
「それは定石だろうな。隙があれば、攻撃も忘れてはならんだろうが」
解ってくる……か。まあ、最初は回避や防御に専念して相手の出方を見るのも当然だろう。箒の言うように、攻撃も忘れちゃ駄目だろうけど。
「……箒、宇月さん。勝ってくるぜ」
「ああ」
「頑張って!」
カタパルトに乗り、一気に試合の行われるアリーナ・ステージへと射出された。うおっ、速っ!!
「あらあら、レディを待たせるとは……マナー違反ですわよ?」
何とか飛び出して空中に滞空する事が出来た。そのステージでは、既にセシリアが待っている。
資料の画像そのままに、青いISを纏い、自身の身長を超える長銃を構え。自信溢れる眼差しで更に上空から俺を見下ろしている。
「悪いな。搬入がギリギリで、手間取った」
相手を待たせたのは事実なので、これについては謝罪しよう。
「まあ、今日納入されたばかりでは仕方ありませんわね。さて、織斑さん。――最後のチャンスを与えましょう」
「チャンス?」
「ええ。この戦い、わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、今ここで自ら退くというのならば、見逃してさしあげますわ」
「それは、チャンスとは言わないな。不戦敗なんて、ボロ負けよりも悪い。最悪だ」
――そう、俺にとっては。
「ふふ……やはり、そう返されると思いましたわ。その誇りは認めましょうか」
あれ……何か、いつもと感じが違うな? 今の、何か芝居がった口調だし。
「じゃあ今度は、俺の実力を認めさせてやるぜ!」
「ええ、どうぞ。わたくしも、イギリス代表候補生の実力をお見せしますわ」
こちらも半ば芝居かった口調だが、相手は真剣に返してきた。――今日の彼女は、俺という人間をある程度認めた上で叩き潰しに来てる。
あれ以来絡んでくることもなくなったし、何があったかは知らないが。それは、こっちも望む所だ!!
『二人とも、準備はいいな?』
「おう!」
「ええ!!」
『――よろしい。山田先生、試合開始の合図を!』
『は、はい! それでは、代表決定戦……始めてください!!』
「さあ……お別れですわ!!」
その声と共に、セシリアのISが射撃体勢に入ったと伝わってきた。
そして、その構えた長銃――ISの解析によると、六七口径特殊レーザーライフル『スターライトMarkⅢ』が火を噴く。
「くっ!!」
避ける事に集中していたが、左肩を掠める。ダメージ28、実体ダメージレベル低などの情報が俺の脳裏に送り込まれる。
レーザー故の弾速の速さは言うまでも無く。構えてからの狙いを定め、射撃に入るまでの速度が半端じゃなく速い。
「初弾の直撃は避けたようですわね。ですがまだまだ」
連射してくるレーザーを、何とか避けようとする。……だが。
「さあ、踊りなさい! わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
完全に回避することは出来ず、幾つか被弾する。……それは、俺自身が白式を使いこなせていないからだ。
こいつが送り込んでくれる情報、それを殆ど生かしきれていない。
「いつまでも、避けられるとお思いにならない事ですわ!」
「くっ!!」
絶え間なく襲ってくる射撃を、必死で避ける。
「あらあら、わたくしはまだ実力の半分も出していませんのよ? さあ、先ほど言われたとおり、あなたの実力を見せてごらんなさい!!」
その言葉どおり、セシリアは機体名と同じである武器、ブルー・ティアーズは使っていない。
実力の半分も出してない、と言うのは誇張ではない。――だけど今は射撃の回避に専念し、初期化や最適化が終わるのを待つしかないんだ!!
試合開始から15分ほど経ち。まだ、試合は続いていた。
「……なるほど。避ける事はお上手ですわね」
スターライトだけで仕留められる、と思っていたが……予想以上の成長ぶり。多少の被弾はあるものの、致命打にはなっていない様子。
「ですが攻撃をしなければ勝ち目などありませんわよ? まだわたくしのシールドエネルギーを、1たりとも削れてすらいませんし。
暮桜と同じ仕様のISとは、中々に面白い趣向ですが。使い手が貴方では、まだまだですわね」
最初に『白式』という名称の敵ISの分析を見た瞬間、思わず笑いそうになった。暮桜と同じ、近接攻撃に特化した機体。
織斑先生のような達人が使うのなら兎も角、彼のような素人が使うにはあまりにも要求される技量が高すぎるIS。
ブルー・ティアーズとの相性だけで考えても、意思や多少の努力だけではどうにもならない実力差が出てしまう。
(姉と弟が同じ、と言うのは話の上では面白いかもしれませんが。実戦ではそんな格好付けは通用しませんわ)
まあ、回避力だけはそれなりに鍛えてきたようであるし。発した言葉の分だけの努力はしている、と認めざるを得ない。
でも……わたくしに届かせるには、足りなさ過ぎる。事実、わたくしに攻撃を仕掛ける事さえ出来ない。まるで、射撃の的のよう。
「それではそろそろお見せしましょうか。我がイギリスが誇る第三世代兵装……ブルー・ティアーズを!!」
その言葉と共に、機体背部に装備されたブルー・ティアーズが動き出す。機体名称にもなっているこの兵器こそ、わたくしの誇りの一つ。
フィン状パーツにレーザー銃口を備えた自立機動兵器。わたくしの一部となり大空を舞い、敵を討つ者達。
「お行きなさいっ!」
手を翳すと共に、四機のティアーズが空を舞い。それぞれの位置から、レーザーを放ち……
「なっ!」
ですが、その一撃たちは全て避けられてしまった。複数から狙われる、と言うのは想像以上に困難な事だ。
一つの攻撃を避けても、別の攻撃もある以上回避ルートは限定され。そこを更に別の攻撃が狙えば、更に回避はし辛くなる筈なのに。
「よし……。複数攻撃を避けるイメージがつかめる。避けられる!!」
「くっ!」
ブルー・ティアーズ達に次々と指令を送り込んでも、彼は巧みにその包囲網を潜り抜ける。
たった二時間、しかも教師用の予備の量産機にのっただけだと言うのにもうISに慣れているとでも! それとも……
「ま、まさか貴方、ブルー・ティアーズと戦った事がありますの!」
我がイギリスの切り札であるブルー・ティアーズ、この日本に同じような兵器があるとでも! ……いいえ、そんな事はありえない。
ブルー・ティアーズを搭載したISの二号機である、サイレント・ゼフィルスもまだ開発途中だというのに。でも……。
「いや、俺はその類の兵器とは戦った事は無いぜ」
「ならば何故!」
「皆が、協力してくれたからだ!」
「き、協力?」
「だからこそ、負けられねえんだ!」
くっ、何をわけの解らない事を!!
「今度こそ!」
再度、ブルーティアーズに攻撃指示を出す……が、今度の攻撃もまた彼には致命打とはならない。
「――っ! 今なら、いけるかっ!」
「くっ!」
そればかりか。好機到来と見たのか、突撃を敢行してきた。――そのような攻撃に!!
「加速力は大した物ですがっ! ……え!」
攻撃が外れた所に、ブルー・ティアーズを一度止めてスターライトを撃ちこ……もうとした途端、第二撃が襲ってきた。
「連続攻撃っ!」
近接戦闘特化ISとは言え、初回起動でここまでの……いいえ、これは操縦者の技量! 確か、日本の剣を使うと言う話も聞きましたが。
「インターセプター!!」
あまり得意では無い近接戦闘武器を呼び出し、辛うじてその一撃を受け止め、反動で距離を取る。……恥です。
敵に近接戦闘を仕掛けられたから慌てて、しかも初心者のように名前を呼んで呼び出すなど。――恥以外の何でもない。
「どうやら、貴女の行った訓練というのは的外れな事ではなかったようですわね! ――ですが!!」
貴方がどうであれ、このわたくしは英国の代表候補生。その実力は、このような物ではありませんわよ!!
「行きなさいっ!!」
「す、スピードアップした!」
ブルー・ティアーズの移動速度を上げ、一撃の速度を上げる。……速度を上げ、命中率を保ったままではかなりの負担が来る。とは言え。
「このわたくしとブルー・ティアーズが、素人と今日搬入されたばかりのISに手こずる事など、許されませんのよ!!」
連射、連射、連射。先ほどのように突撃が出来ぬように、次々とレーザーが放たれる。
しかしそれにも慣れたのか、近づけさせない事には成功したものの致命打を与えられない。
(このままでは長引きますわね。エネルギーも無限ではありませんし……)
「解ったぜ!!」
――!
「このブルー・ティアーズって兵器は、お前が一々指令を送らないと動かない。そしてその間、お前はライフルを撃ったりと他の動作が出来ない。
他の武器を使おうとするなら、ブルー・ティアーズを止めるしかないんだ!!」
――!! 見抜かれ……た! 先ほどのスターライトを撃つ為に、ブルー・ティアーズを止めた事で……!
(ならば――)
それを見抜いた上で増長するならば。――罠を仕掛けてみましょう。獲物を猟犬達に導かせ、銃口の前に追いだすように。
「……よし、いける」
俺は、僅かながら勝機を感じていた。ブルー・ティアーズの弱点を見抜き。そして、タイミングも少しづつだけど読めてきた。そして……。
ブルーティアーズのパターンも読めてきた。何度か変化はあったが、今のこいつの狙いは、常に俺の死角を突いて来ている。――って言う事は。
逆に言えば、俺の死角が何処にあるかが解っていれば、そこにブルー・ティアーズが自動的にやって来る。
白式が自動で割り出してくれる俺の死角、そこを突けばっ!!
「貰った!!」
「!!」
まず、一機のブルー・ティアーズが破壊できた。……よし、いけるぞ!!
「くっ!!」
セシリアは、残る三機を向かわせて来る……だけどっ!!
「二機目っ!!」
死角に入ろうとしたそれを、近接戦闘ブレードで叩き切る。レーザーを放つ事無く、それは両断された。
「反応が早くなってる……!」
一機目を破壊したときよりも、白式が動かしやすくなっている。これが、最適化って奴なのだろうか。
「いけるぞ!!」
「……あの馬鹿者め。浮かれているな」
「と言うか、まだ初期化すんでませんよねアレ」
まったく、あの愚弟が。宇月の言った事を忘れたのか。守ってばかりの展開に焦れた、と言うのではない。
あいつのことだ、初期化と最適化作業が進んだ事によってISが『動かしやすくなった』のが原因だろう。
まあ、開始直前に篠ノ之が言ったように攻撃を仕掛ける事は間違いではないが。それよりも、あいつ自身が冷静になっていないのが問題だ。
「織斑君が浮かれている、ってどういう事ですか?」
「左手を、閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつが調子に乗った時の癖でな。ああいう時は、よく簡単なミスをする」
「へえ……」
オペレートをしている山田君が何か言いたそうな目で見るが、私と視線が合うと、慌てて反らした。学習したようだな。
「……」
無言の篠ノ之を見ると、固唾を呑んで戦況を見つめている。やれやれ、祈るくらいはしてやれ。まあ、そういうタイプでは無いだろうが。
「あ! 織斑君が、また攻撃を仕掛けます!!」
山田君の言葉と同時に、一夏が漂っている残り二機に攻撃を仕掛けた。しかしブルー・ティアーズの動きがほんの僅かだが鈍い。
……なるほど、オルコットは『あちら』を捨てたか。さて、あいつはこの罠に気付くかな?
『うおおおおおおおっ!!』
一夏は三機目を切り払い、四機目を蹴り砕く。そして、長銃を打たせる前にオルコット自身に向かうが。
『かかりましたわね!!』
『何!』
『ブルー・ティアーズは四機だけではありませんのよ!!』
今まで動かなかった、アーマーの下部……一夏は突起か何かだろうと思っていただろうそれが、90度曲がり。
それ自身が弾道型ビットとなって射出された。速度は、通常ビットよりも上。オルコットは、この隠し武器でとどめを刺す気なのだろう。
『っ!!』
慌てて回避しようとするが、自分自身がオルコットの……つまり弾道型の放たれた方向に加速している状況で逃げられるわけが無い。
「一夏っ!!」
そして着弾し、爆炎と黒煙が白式を包み込んだ。篠ノ之の声だけが、やけに響き。
「……」
私達四人を、沈黙が包む。勝負は決まったか……? ……いや。
「機体に救われたな。……馬鹿者が」
勝利の女神とやらは、まだ戦いを続けさせる気のようだった。
「……」
俺は、自分が置かれている状況に理解出来なかった。セシリアの罠にひっかかり、ミサイル型のブルー・ティアーズが直撃した筈だった。
だと言うのに、衝撃も痛みもない。これは一体……どうなってるんだ?
―――初期化と最適化が終了しました。確認ボタンを押してください。
意識に直接データが送られてくると同時に、目の前にウインドウが現れてその中心には『確認』と書かれたボタンがでる。
訳も分からず言われるがままにそのボタンを押すと、更なる膨大なデータが意識に流れ込んできた。
――違う、整理されているんだ――
理屈では説明できないが、感覚的にわかった。そして、異変はそれだけでは終わらなかった。
耳に、というより脳に響く金属音。俺の纏うISの装甲が光に変わり、そしてその中からまた違う物質が形成される。
「これは……」
新しく形成された装甲はいまだぼんやりと光を放っている。先程までのダメージは全て消え、より洗練された形へと変化している。
「ま、まさか一次移行(ファースト・シフト)! あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたと言いますの!」
セシリアが何か言ってるが……。どうやら、この機体が本当の意味で俺専用になったのは確かなようだ。それに……。
「ブレードも変わってる?」
見ると、俺が右手に握るブレードも変わっていた。刀のような近接ブレードから変化した、太刀のような武器のその名称は。
「近接戦闘ブレード『雪片』……『弐型』?」
雪片。それは千冬姉が使っていた、暮桜の武装名称。そしてその弐型。
開発者の遊び心なのかは他の理由なのかは知らないが、弟の機体に姉と同じ名前の武器を載せてくれていたのか。……まったく。
「俺は、本当に幸せ者だよ。世界で最高の姉さんを持ってるんだからな。その姉に、かっこ悪いとこなんて見せられないし。
協力してくれた箒達の為にも、勝たなくちゃな」
「あ、貴方、何を……?」
「ただ一方的に守られてるだけじゃなく……俺も、俺自身の家族を守る!」
「かぞ……く……」
ん? ハイパーセンサーが、セシリアの表情変化を捉えたけど……何でだ? まあ、それはさて置き。
雪片弐型を構えると同時に、俺の闘志に呼応するように光が強まる。それはただの光ではなく、力強さとなって俺に答えてくれている。
「決着をつけるぜ!!」
「――それはこちらも同じでしてよ!!」
セシリアが、ミサイル型ブルー・ティアーズを再び発射する。フィン型よりも速度は速いが――。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
更に速く動けるようになった俺は、全てのミサイル型を斬り落とし、一気にセシリアへと接近した。そこに現れる『零落白夜』の文字。
それが必殺技のような物だと、半ば本能的に理解する。
「っ!!」
セシリアもスターライトを構えるが、俺の方が早く。――セシリアを、機体ごと横なぎに切り払った。
『試合終了。両者ドロー』
「……え?」
「り、両者ドロー?」
だが、次に聞こえてきたアナウンスは俺達にとって全くの予想外だった。
「つまり、ブルーティアーズのシールドエネルギーが『零落白夜』により削られ尽くすのと。
それにより白式のシールドエネルギーが消費され尽くすのとが、一致したというだけだ。……まあ、面白い偶然だな」
試合直後。謎の事態の回答を求めた俺達への返答は、それだった。シールドエネルギーとは、ISのHP。これがゼロになれば負け。それは解る。
そしてそれが同時にゼロになったから引き分けなのだという事も。だが問題は、何故同時にゼロになったのかと言うことだ。
千冬姉の言葉にも、いくつか謎の単語があったし。
「そもそも、何故同時にゼロになるような事になったのですか? 一夏には、セシリアの最後の攻撃は当たっていなかった筈ですが」
「それは、さっきも言った通り零落白夜のデメリットによる物だ。織斑、零落白夜の能力は理解しているか」
「い……いえ」
箒が俺と同じ疑問を口にする。だが千冬姉は、表情一つ変えずに謎の言葉を口にすると、俺への質問を返してきた。
……全く解っていないので、素直に説明をしてもらおう。
「零落白夜とは、白式の唯一の搭載武器である『雪片弐型』を振るう事で発動する特殊能力、バリアー無効化攻撃だ。
篠ノ之。ISのバリアーが無効化されればどうなる」
「は、はいっ! ISの最後の操縦者防御である『絶対防御』が発動します。これが発動した場合、ISのシールドエネルギーは大きく削られます」
「その通りだ。つまり織斑の攻撃によりブルー・ティアーズのバリアーが無効化され、絶対防御が発動。
結果としてシールドエネルギーを大きく削がれ、ゼロにされたという事だ」
「なるほど。つまり零落白夜って言う攻撃は、一撃必殺であると言うことですか」
「そうだ。――だが、このような強力な攻撃には当然デメリットも付きまとう」
宇月さんの一言には同意した千冬姉だが、途端に険しい表情になった。
「バリアーを無効化するだけのエネルギーを、通常通りの出力で出すのは難しい。
だから白式は、自らのシールドエネルギーをも犠牲にして『零落白夜』を発動させているのだ」
「つ、つまり自分の体力すら削る諸刃の剣って事か? 俺は最後、セシリアの攻撃を被弾したからじゃなくて。
自分の攻撃……零落白夜の為にシールドエネルギーを使い尽くしたって事か?」
「そうだ。しかもこいつは、発動しているだけでこちらのエネルギーは削られるからな。
当てるまでにダラダラしていれば、自然にシールドエネルギーは尽きるぞ」
な、何て機体なんだ。……思わず右腕の、ガントレットと言う姿で待機形態になっている白式を見てしまった。
「まあ、使いどころさえ間違えなければ使える武器だぞ。私も、それだけで世界一になったのだからな」
……。そうだ。こっそり見た、千冬姉の試合。そのときも、暮桜は刀一本で戦っていた。
一撃必殺の武器があるとは言え、それを使いこなせなければ世界一になんてなれるわけはないんだ。
「専用機を受領したからには、これからは訓練もしやすくなる。――精進する事だな」
「ああ」
言葉は素っ気無いが。優しい目で見てくる千冬姉に、俺はしっかりと頷いたのだった。
「私……まだ信じられません」
山田君は、まるで鳩が豆鉄砲に撃たれたような顔をしていた。元々幼い顔付きが、更に幼く見える。
生徒達の前では辛うじて隠していたようだが、去った途端に我慢できなくなったらしいな。
「零落白夜……あれって、単一仕様能力ですよね?」
「ああ。そうだな」
奴らにはまだ理解できないであろうから、今日は『雪片を振るう事で発動する能力』と言う事にしておき話さなかったが。
あれは、間違いなくかつて私と暮桜の使っていた物と同じ能力。操縦者とISの最高レベルの相性、並々ならぬ修練。
そして共に過ごす長い時間を必要とし、それらを兼ね備えても発動するとは限らないそれを、今日が初起動の一夏と白式が発現させた。
ISの研究者が聞けば、全員が全員パニックになり得る異常事態だ。――世界でただ一人、あいつを除き。
恐らく、この異常事態を招いたのもあいつだろう。世界初の男性用ISである白式の開発は、かなり遅れていたと聞く。
それが一夏の決定戦に合わせるように完成し届けられ、この事態。唯一認識可能な男子が一夏であるあいつが、絡んでいないわけは無い。
……だが、どうやって発動させたのか。白式に何かを仕込ませていたのか。それとも……
「それにしても、白式って本当に真っ白な機体ですね。まるで、白騎士みたい……」
……。なん、だと?
「織斑先生? どうなさったんです?」
まさか……白式とは……?
一夏VSセシリアの戦いは引き分けに終わりました。というわけで次回、セシリアがデレます。
さらにあるキャラは泣地(←誤字ではありません)に追いやられます。それは……