学年別トーナメント開催委員会。それは、今回の学年別トーナメント開催の為の委員会であり。
トーナメントの準備・来賓への対応・組み合わせ・試合開催・物資搬入・試合評価などを全て取り仕切っていた。
個人の自由参加型から、タッグでの強制参加へと変更された今回のトーナメントの準備に教師や職員が追われていた中。
もう一つの大事な役目を、密かに担う事となっていた。――それは、数日前の事。
『織斑先生! IS委員会より、緊急連絡です!!』
『どうした?』
『日本時間の昨夜未明、日本に輸送される筈だったドールが、中国・モンゴル国境空域で強奪されたとの情報が入りました! それも、6機!!』
『何!? どういう事だ!』
『輸送機で運輸中、何者かの攻撃を受けて不時着。その後、武装集団により強奪されたとの事です!!』
『何者か、だと……? 委員会の輸送機に攻撃を仕掛けるとは……』
『それで、そのドールはどのような状態で奪われたんですか?』
『はい、リヴァイブのノーマルパーツ装着中に奪われたとの事です。武装は無かったとの事ですが……』
『――日本政府は?』
『万が一を考え、日本海・東シナ海側の警戒を強めるとの事でした』
『……政府との対応も、必要か』
ドールの強奪。それは、学年別トーナメントで盛り上がるIS学園への、浴びせられた冷や水――極秘の策謀の第一歩であった。
――そして、学年別トーナメントが開始したその日の夜。
「古賀先生。ここに来る、と思いますか?」
「新型機や試作機は強奪されるのがお約束――なんて台詞のあるアニメを見た事があるが。これは、どうなのかねえ?」
「だが、強奪した機体を即時投入するというのも不自然でしょう?」
「まあな。あるいは、予めその情報を知っていれば話は別かもしれんが」
「……内通者がいる、と?」
「ああ。そもそも、ドールの輸送ルートがばれていた事からしても……な」
「ですが、今は学園内のISだけではなく日本政府のISすら動員して警備に当たっている状況です。この状況で来るとは思えませんが」
「とはいえ、二重警護だ。学園は独立した存在であれ、というのも解らなくは無いが。この場合、それが悪手になっている」
ちなみに日本政府所属のISは、日本の領空――つまりは、一夏達が生まれ育った町を含む周辺地域上空――を警備し。
学園領域は、学園所属のISが警備している。この両者の連絡は一応は持たれていたものの、決して密接なものではなかった。
「やはり、全員強制参加にしたのが痛いですね。あれさえなければ、コアの空きも出来たのに」
「まあ、仕方の無い事だろう。現状を疎んでも何も変わらない以上、やれるだけの事を――」
やるだけだ、と続ける前に。警報が鳴り始める。その警報は――侵入者あり、の警報。
クラス対抗戦に引き続き、二回目となる侵入者だった。そこへ、警備責任者である織斑千冬が飛び込んでくる。
「状況は、どうなっている!」
「ど、ドール6機、学園内部への侵入を確認!! 映像から察するに、先日奪われた機体であると推測されます!!」
「馬鹿な……! 警備の人間は何をしていた!!」
「そ、それが、まるで突然現れたように出現したと――」
「それで、詳細な出現地点は!?」
「それが、正門駅前近辺だと……」
「正門駅前……だと?」
「……まるで『見つけてくださいと言わんばかりの』状況ですな」
正門駅前。それは学園北西部に位置する、懸垂式モノレール駅の前だった。
周囲には幾つかのIS関係施設はあるが、元々が正式な入り口である為にカメラやセンサーなども多いエリアである。
「警備のIS部隊を向かわせろ! ただし陽動の可能性もある、他区域も警戒を怠るな!! 専用機持ちの所在は、どうなっている!」
「ほぼ全員、寮内にいますが……! もっとも近い位置にいる専用機は、白式です!!」
「白式だと!?」
「どうやら、北東部に位置するトレーニングルームを利用していたようです。申請が出ていました」
普通に歩いている一夏の映像が流れた。侵入者の位置からは、ドールを使えば1分もかからない位置。
「……ちっ、止むをえん。織斑に連絡、担当教員と連携し侵入者迎撃に当たれと伝えろ!!」
「お、織斑君を迎撃に出すのですか!? それは、危険なのでは……」
「もしも奴が狙いなら、囮には使える。それに、下手に暴走されるよりは目の届く範囲にいる方がいい。更識楯無は何処だ?」
「現在、東南部の警護に当たっていますが……」
「奴を織斑への補助として正門駅に向かわせろ。――その代わり、私のクラスのラウラ・ボーデヴィッヒを東南部の警護に回せ」
「えええ!? か、彼女をですか!?」
オペレーターを担う一般職員は、思わず聞き返した。ラウラの事は(多少誇張交じりだが)彼女も知っている。
勿論それ相応の力量は持っているし、千冬の命令であれば素直に従うであろうが。
「早くしろ!!」
「はい!!」
一喝と共に、それぞれ動き出す職員達。それは、決して遅い物ではなかったが。――相手は、既に先手を打っていた。
――そんなやりとりよりしばし前。IS学園北西部、正門駅前近くの森。――何も無かった空間に『穴』が開いた。
その中から、人型の物体が姿をのぞかせる。夜の闇の中でも、わずかな光を反射して光る白い物体。
「……」
それは、クラス対抗戦に乱入してきた者達のうちの四機目……コードネーム『ティタン』と認定されたISだった。
そのティタンの開けた『穴』から、六機のドールが乱入してくる。
「では、手筈どおりにいくか」
「ああ、せいぜい暴れるか!!」
「おう! 俺達の仕事はきっちりとさせてもらうぜ!!」
六機のドールは、それぞれ散開した。その目的は……。
「ふん、まさか侵入者とは、な」
一方。千冬から直接命令を受けたラウラは、学園東南部へと向かっていた。
ゴウより貰ったデータで、自身の転入前――クラス対抗戦の乱入者は知っていたものの。
まさか、学年別トーナメントにも侵入者があるとは彼女さえも予想していなかった。
「だが、ちょうどいい。教官に、そしてこの学園の者達に見せてやろう。
モンド・グロッソルールでは理解できない……シュヴァルツェア・レーゲンの真の力をな」
なお、その日の東南部からの襲撃者はゼロであった。つまり、ラウラがその力を発する機会は皆無であったが。
任務終了後に千冬からの労いの言葉を受け取ったラウラの表情は、笑顔になるのを必死で誤魔化そうとしており。
それを見た他の教師達は、彼女に『一年一組のちょろいさん二号』の称号を密かに与えたという。
{……エネルギー限界、か。これ以上の連続稼動は無理だな}
そんな声が、北西部の学園施設の一角で聞こえてくる。侵入者の判明した位置よりも、更に学園の奥深い場所。
そこに、それまで何も無かった筈の空間に、一体のパワードスーツが出現した。
それは、白いカプセルのような物を八つも背中に積んだ奇妙な形態をしており、そのカプセルは、人間一人が入れるほど大きかった。
そしてそのカプセルが開き、中から出てきたのは――完全武装した、人種も性別もわからぬ者達が八人。
{……ここなら、いいだろう。学園側が気付くまでに、片を付ける}
{ああ。頼んだぜ、運び屋ちゃん}
「……」
ボイスチェンジャーを使っているらしい完全武装した者が、自身らを運んできたドールの操縦者に声をかけるが相手は頷いただけだった。
そして、侵入者達が動こうとする中――。不運があった。
「え? だ、誰よ、貴方達……?」
二年生の生徒・大沢波音が、その侵入者達を偶然にも目撃してしまっていた。
彼女は、少し外の空気を吸おうとしただけなのだが。巨乳の生徒でもいればその胸を揉みたいな、程度の考えだったのだが。
「!」
武装した者達の一人に押し倒され、銃を突きつけられた。……それを理解した瞬間、波音の身体は動かなくなった。
{殺す気はないが、騒がれても困る。……大人しくしていろ。この言葉が理解できたら、目を閉じていろ}
「……い」
{……目を閉じろ}
「……」
悲鳴でもあげようとしたのか、口を開けたがその瞬間に銃口を向けられる。更に視線を向ければ、もう一人が同じように銃口を向けている。
……自身の能力ではどうにも出来ないと判断した彼女は、全てを諦め目を閉じるしかなかった。
{よし、いい子だ。――おい、お前達は先に行け。俺達はここで、この女を――っ!?}
その時、武装者のゴーグルに捉えられたのは。闇を切り裂く流星のように突撃してくる、白きISの姿だった。
「やらせるかーーーーっ!!」
千冬姉から、秘匿通信回線(プライベート・チャネル)での知らせを受けて学園北東部に向かっていた俺だが。
その途中、女子に襲いかかる侵入者らしき連中がハイパーセンサーに捉えられた。
{なっ!? あ、あれは――織斑一夏!?}
{馬鹿な……何故ここに!?}
困惑する侵入者達を雪片弐型の峰で打つ。手足など、万が一にも致命傷にならない所。
ほんの軽い一撃だが、侵入者達は次々と倒れていった。
{や、止めろ! この女の命が、どうなってもいいの――か?}
変声機越しでも解る戸惑うような声と共に、最後の男が崩れ落ちた。……この間、10秒。
「……ふう」
即断即決でなければ、意味が無い。ゴウの言っていた事は、本当だった。
もしも少しでも判断が遅れていたら『こいつの命が惜しければ武器を捨てろ』ってパターンになっていただろう。
「あ、あの……殺しちゃった、の?」
「いいえ。頭には、絶対に触れないようにしたんで。大丈夫――の筈です」
実際、男達は全員うめき声をあげているし。……とはいえ、骨折くらいはしているかもしれない。
まあ、男のくせに集団で『普通の』女性に銃を向けるような卑怯な真似をした報いだと思ってもらおう。
「この即決も、あの人との訓練のお陰かな……」
雪片弐型を収納しながら、そんな事を考える。楯無さんとの組み手において、何よりも大事だったのが『速さ』だった。
技を繰り出す速さ、どんな技を使うのか選択する速さ。あるいは、相手が仕掛けてきたときにどう対応するかを選択する速さ。
この男達をここまで簡単に無力化できたのは、あの訓練のお陰もあるだろう。まさか、こんな形で役立つとは思わなかったけど……。
「あ、ありがとう、織斑君」
「いいえ。怪我は無いですか? ……えっと」
女子が、声をかけてくる。私服なので、学年もわからないが……多分、上級生じゃないだろうか?
「あ、私は大沢波音。二年生よ」
「ああ、そうなんですか。あの、大沢先輩。怪我は?」
「う、うん、大丈夫。押し倒されたけど、銃を突きつけられただけだし……」
「それなら良かっ――!?」
そんな事を思っていたその瞬間。何故か解らないけど、反射的に雪片弐型を再び展開した。そして、その刀身に『何か』が当たる。
「「……え?」」
呆けた声が、先輩だけでなく俺自身からも出てしまったが。――もう一体敵がいる事を悟る。
「くそっ!!」
相手にとっても予想外だっただろうが、距離をとって銃口を向けてきたようだ。
シールドエネルギーで全て防げるレベルでしかないが、俺の傍には大沢先輩がいる。ISも纏っていない生身の先輩。
もしも一発でもあたれば大怪我……下手をすれば、死ぬ可能性だってありうる。
「お、織斑君……」
こんな事態は想像もしていなかったであろうから当然だけど、先輩の声が震えている。
『人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。それが、強さ』
こんな時なのに――否、こんな時だからか、千冬姉の言葉が思い出される。……何のために振るうのか。
今この場においては、俺の傍にいる人を守る為、だ!!
「銃撃が、止んだ……逃げたの?」
その途端、銃撃が止み。先輩と同様、俺も相手は逃げたのかと思ったが……それを嘲笑うように、衝撃が俺を襲った。
「ぐっ!」
多分、近接戦闘用のブレードか何かだろうけど。くっそ、将隆の御影並に厄介だ!
「先輩、少し揺れます!!」
「え? あ、きゃっ!?」
こんな何もない広い場所では相手に優位なので、少しでも障害物のある場所に移動しようと――っ!
「うわっ!」
「きゃっ!?」
相手から距離をとろう――と思ったら。俺の進行方向に、いきなり手榴弾が現れた。
ステルス機能の範囲外に出たから、そういう風に見えたのだろうが……。
「くそっ……」
爆発の煙が、もうもうと立ち込める。白式の装甲がそれを裂き、視界が更に悪くなる。
「……そうだ!!」
あるアイディアを思い出した俺は、急上昇する。勿論、大沢先輩を落とさないように――だが。
「……!」
再び銃撃が始まる。そして俺は、少し離れた土の地面――どうやら、舗装しなおす途中らしい――に降り立った。
「織斑君、一体、何を……?」
「俺も、ステルス破りを考えていなかったわけじゃないんです」
怪訝そうな声の先輩に、そう答える。……そろそろか? いや、まだか?
「っ!」
再び、近接戦闘の衝撃が来た。――今だ!!
「スラスター、全開だ!!」
全部のスラスターを開く。だが、PICは静止状態のまま、俺自身は動かない。――むしろ、脚を踏ん張るイメージだ。
「え……? 地面に、スラスターを噴射させた……?」
舗装していない地面から砂煙がおこり、俺と先輩の周りの空間を包む。
そして、その一部にぽっかりと砂煙に『穴』が開いた。――人型をした、穴が。
「そこだあああああっ!!」
{!!}
「す、砂煙でステルス機能を無効化したの……!!」
そう。砂煙を起こし、その砂煙でステルスで消えた敵を浮かび上がらせる。それが、俺の作戦だった。
「生憎と、将隆の御影がいるお陰でステルス機能対策は色々と考えたんだよ!!」
もしもトーナメントであいつと当たった時の為に、色々と考えていた。――7割が、シャルルの案だったりするけどな。
{ぐああっ! は、隠者の外套(ハーミット・クローク)が!!}
敵の姿が出現し、その背中にあるマントのような外装が、火花を上げているのが見えた。
どうやら、これがステルス機能の大本であるらしい。運良く、それを破壊できたのか。
「IS……いや、ドールか!!」
リヴァイヴのパーツを元とし、普通ならスラスターの取り付けてある筈のハードポイントをむき出しにした、奇妙な機体。
白式の反応では『ドールを確認』とあった。クラウスのプレヒティヒ、一場さんの舞姫を見た経験から判断したようだが。
「ここで食い止める!!」
幸運にもステルス機能を破壊できた以上、もう戸惑う事は無い。――零落白夜で、一気に片付ける!!
「いけえ!!」
{クッ……!!}
追撃の零落白夜も命中したが、削りつくせなかったようでまだ相手は健在だった。
{くそっ……織斑一夏!! 何で……何でお前がこの学園にいるんだ!!}
「は?」
何を言っているんだ、こいつは?
{私は、私は来られなかったのに!! 何故お前が『男というだけで』ここにいる!?}
「――! まさか貴女、学園の受験に失敗したの?」
{そうだ!!}
受験に……失敗? 先輩の言葉に同意し、女の子が叫ぶ。
{6年間……。6年間かけて勉強してきたのに!! 遊ぶ事も無く、ただひたすらに勉強してきたのに!!
たまたま受験日に風邪をひいただけで、苦労が水の泡!! なのに……お前『達』は男というだけでこの学園に入れた!!}
「……!」
それは、初対面の俺にも解るほどはっきりした『俺達への』嫉妬だった。
……確かにそうだろう。宇月さんがそうだったが、この学園に入る為に皆は必死で努力を積み重ねてきたんだろう。
だけど、それでも力及ばず不合格になった女子は大勢いる。なのに俺達は、ただ『ISが動かせる男』というだけで学園に入れた。
不合格になった女子からすれば、それは確かに、許せない事なのかもしれない……。
{だから、私には権利がある……お前達を、そして私を拒んだこの学園を潰す権利が!!}
……なん、だって?
{こんな学園があるから、私のような悲劇が生まれる! だから――滅べ、IS学園!!}
ミサイルランチャー……ちょうど、更識さんの打鉄弐式のそれと同タイプの武装が展開される。
その中から、小型ミサイルが射出され――俺は、向かってきたそれを切り裂いた。
{な、何っ!?}
「ふざけるなよ……」
「お、織斑君?」
「俺達がただ男でISを動かせるっていうだけでこの学園に来られたのは、確かに良くない事なのかもしれない……。
だけどな、他の皆は、普通に合格した女子には関係ないだろうが!! そんなの、ただの八つ当たりだ!!」
{……! う、五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ! そんなの――死ねぇ!!}
そんなの、の後に何か言いかけたが。――それを考えるまもなく、襲い掛かってくる。
――性能差もあるのだろうけど、圧倒的に遅いそれに零落白夜を再び叩き込むのはとても楽だった。
{れ……零落白夜……本当に、使えるなんて……}
それを最後として、ドールが強制解除されていく。装甲やスラスターが消え、ISスーツを纏った女性……。
というか、俺達とそんなに年の変わらないであろう、ヨーロッパ人らしき女の子が出現し……え?
「何だこれ?」
ドールが強制解除された筈なのに、それは消えていなかった。背中に取り付けられた、バックパック。
……あれ、これまさか。アナログ時計みたいな音と、減っていくタイマー……って。
「ば、爆弾よそれ!!」
「な、なんだってぇ!?」
嫌な予感が的中した。タイマー付きの爆弾、しかもカウントは既に1分を切っている。
「……逃げてください、先輩! ここは俺が!」
「わ、解っ……ぇ!?」
立ち上がろうとした先輩が、まるで軸のずれたように転げる。あ、あれ?
「う、嘘でしょ……。こ、こんな時に脚を痛めたみたい……」
「!」
捻挫なのか、他の何かなのかはわからないが。……どうやら、先輩が自力で歩くのは無理そうだった。爆弾は……。
「解除できるわけ無いよなぁ……」
映画とかだと、二色のラインがあってそのどちらかを切れば良い――なんてシチュエーションで運良く解除できるかもしれないが。
生憎と、そんなタイプの爆弾ではないようだった。
「そ、それ、生体連動タイプの爆弾だわ! 普通は、特殊なキーを使わないと解除できない奴!!」
「何だって!?」
見ると、操縦者だった女子の胸にコードが延びていて。そのコードの本体の機械が、爆弾と接合されていた。
病院ドラマなんかでよくある、心電図によく似た機械だから、心臓のデータを感知しているのだろうか。
「あ、ひょっとしたらこっちのコードを切れば……!」
「駄目! コードを切ったら、そのタイプは即爆発するわよ!! そのサイズなら多分、この辺り一体は吹き飛ばせるわ!!」
いい!?
「あの、大沢先輩! この爆弾は、キー以外だと他には解除できないんですか!?」
「確か、このタイプは……身につけた人間の心臓が停止した時点でストップする……らしいわ」
「じゃあ――」
キーがない以上は。この女子の心臓を止めないと、ストップしないって事か!?
『織斑君。――君は、人を殺す覚悟があるのか?』
この場合は、俺が直接殺すわけじゃないが――見殺しだ。そして、辺りには俺が倒した男達もいる。
――結論、脚を挫いた先輩と男達とを運ぶだけで一分以上かかる。
「あ、あと30秒!?」
「くそっ!」
見殺しにするしかないのかよ!? こんな時にISやドールが複数あれば、絶対防御やシールドバリアーの範囲内に入れられるのに!!
「……範囲内?」
思考の中で、ふと出てきた単語からあることを思い出す。専用機持ち用に配られたルールブック。
箒にも見せた事のあるそれに書かれていた、絶対防御の範囲拡大。――そんな単語が思い浮かんだ。
「……頼む、白式!!」
俺の声に答えるように『絶対防御の範囲拡大プログラム起動』という空間ディスプレイが投影される。
気絶中の男たち→距離→大沢先輩→俺(&白式)→女の子→絶対防御→爆弾って形にすれば、絶対防御で女性と俺は守られる。
そして俺が壁になる事で、先輩と男達もかなり守られる……だろう。
「お、織斑君! もう残り僅かよ!!」
「頼む――白式!」
這いずり回って離れたらしい先輩の声と共に、絶対防御の拡大プログラムを実行した。
絶対防御が、女子の背中と爆弾の間の空間に展開され――。
「――っ!!」
そして次の瞬間、爆風と閃光、轟音が俺達を包み込む。……。…………。
「お、織斑君……だ、大丈夫?」
「……何とか、上手くいったみたいです」
大沢先輩が、おそるおそる近寄ってきた。辺りは爆発で、地面が大きく抉り取られている。
……でも、俺も先輩も、そして女子も侵入者達も無事だった。
「き、奇跡ねこれ……」
「そう、かもしれないですね――っ!?」
その時、何も考えずに体が動いた。そして俺が横転した直後、俺のいた場所の地面が
何か重たい物が落ちたように抉られる。
「え!?」
「またステルスの敵か!?」
急いで大沢先輩を庇わないと――と思った瞬間。
空気を切り裂く音と共に、見慣れた武器が夜空を舞いながら『透明な何か』に当たるのを見た。――鈴の、双天牙月!?
「り、鈴!?」
「一夏、大丈夫!?」
「お、おう」
思いがけない援軍だったが、助かった。ステルスの敵と戦うにも、鈴なら俺同様に将隆と戦った経験があるからな。
『……すブたか』
「え?」
とても意外な単語が聞こえてきた瞬間。――敵がステルス機能を切ったのか、姿が見えていく。――っ!?
「お、お前は、あの時の!?」
『ソうダ!!』
副腕を持つISを纏う、クラス対抗戦第二の乱入者。そいつが、敵の正体だった。
だがあの時とは違い、その右の副腕に、錐のような物を握っていた。ただし、全長が1メートル半はあろうかという巨大な錐だ。
――っ! 大沢先輩を庇ってたら、回避が間に合わない!!
「一夏ぁ!!」
攻撃をあえて受ける覚悟で、俺は敵に背を向ける。……だが、衝撃は、襲ってこない。
『何ダと……?』
「り、鈴!?」
――何と、鈴が俺と相手の間に入り。巨大錐での攻撃から、俺を庇ってくれていた。
「鈴、何で……」
「あの時は、あんたが庇ってくれたでしょ。……だから、今度はあたしが庇った。それだけよ」
「だ、大丈夫なのかよそれ」
巨大錐が、甲龍に突き刺さっていた。衝撃砲のある非固定浮遊部位に突き刺さっているので、鈴自身にダメージはないだろうが……。
『ちっ、甲龍カ……まア、イい」
「え?」
アイツは、何故か俺達と距離を取り出した。遠距離から、あの大口径荷電粒子砲を叩き込んでくるつもりか?
「っ!?」
そんな時。その隣に、クラス対抗戦の最後の乱入者――あの白いISが出現した。
そして俺達を無視し、あいつを回収するとあの時と同じように『穴』を開けて消えてしまった。
「い、一夏、あいつ……」
「ふーむ。逃げられちゃった、かあ」
「え、楯無さん?」
何と、楯無さんまで現れた。何かもう、驚きが薄れてきた。
「アクア・ナノマシン広域散布による対ステルスに反応もなし、か。もう、この辺りにあのISはいないみたいねえ」
『あの……どうなってるんですか?』
『説明してあげるけど、他言無用ね?』
秘匿通信回線で、楯無さんが事情を説明してくれた。侵入者を感知した学園側は、反対側にいた楯無さんをこっちに呼び。
そして楯無さんは、独自の判断でルート上にいた鈴を連れてきたのだという。
『一夏君が襲われてる、って言ったら鈴音ちゃん大慌てなんだもの。スピード違反の速度で飛んでいっちゃったし』
『べべべべ、別にその、あたしは一夏があの時みたいにやられないか心配だっただけだし……』
『でも、私を追い抜いていくなんてねえ』
『え。追い抜かれたんですか?』
『ええ。鈴音ちゃんに追い抜かれちゃった。元々、甲龍の方が霧纏いの淑女(ミステリアス・レイディ)よりも、速いしね』
中距離汎用型の霧纏いの淑女と近・中距離両用型の甲龍。近距離戦闘を念頭に置いている分、加速力は甲龍の方が上らしかった。
「やっぱり私の場合、大きな重りが二つあるから遅くなっちゃうのよねぇ」
そう普通に言うと、自分の胸を腕で持ち上げるような動作をする。……冷や汗が、流れた。
「フーン、オモリネエ?」
やべえ、鈴の声がマジでキレている時の声だ。振り向かなくても、目の光が消えているのがわかった。
「ナンナラソレ、チギリトッテアゲマショウカ?」
「もう、鈴音ちゃんったら。他人の胸をちぎりとっても、貴女の胸は大きくならないのよ?」
「……コロス!!」
「やーん、襲われちゃうー♪」
戦闘の名残は何処へやら。夜空で追いかけっこをする鈴と楯無さん。……そして呆気に取られる俺と。
「うーむ、楯無さんの大きな胸が夜空に舞い、揺れてるわ……眼福眼福」
何気に危険発言をしている大沢先輩と、まだ呻いている男達というカオスな空間が広がっていたのだった。
――ただ、そんな中でも更識楯無よりの報告は届けられていた。
「更識さんより報告、七機目と八機目の侵入者を確認! 七機目は、ステルス機と推測されます!!」
「ステルス機……だと!?」
「なるほど、奪った六機は囮。本命を隠すためのダミーって事ね。それ故に、即時投入……か」
ちなみにこの時、既にドールは撃破されている。キルレシオに五倍差のあるドールでは、当然であるが。
「しかし、いったい誰が……え!? ば、爆弾が爆発した!? は、はい、ではその報告もお願いします」
「爆弾だと?」
「はい。七機の操縦者に、生体連動タイプの爆弾が仕掛けられていた……と。
織斑君が巻き込まれたようですが、絶対防御の拡大で対処し操縦者も無事……との事です」
「……そうか」
冷静そうな千冬だが、たまたまその手に持っていた為に握りつぶされてしまったインカムが、彼女の心理を明らかにしていた。
「それと、八機目は……クラス対抗戦、二機目の乱入者だということです。
回収役、と思しきあの時の四機目も確認された――と報告がありました」
「レッドブラックとティタン……か? では、最初のドール六機もティタンの手引きによる可能性がある、という事か」
「はい。これは織斑君、そして凰鈴音さんの証言です。それとレッドブラックに関してですが。
同型機の可能性もありますが、あの時と言動は同じ――だったとの事です」
「なるほど。気になるのは、七機目のステルス機能だが……奴もティタンの手引きか。あるいは独自に侵入したか……」
そんな会話をしている中、古賀水蓮――委員会にさえ呼ばれるほどの技術レベルの持ち主――はまったく別のことを考えていた。
(ステルス機は、多い。しかしIS学園に現在張られている警戒網を潜り抜けられるレベルとなると――まさか!?)
彼女が、ある推測を思い浮かべた時。
日本の、はるか南――日本の領海に囲まれた公海の奥底に潜む、異形の潜水艦では、その推測を肯定する会話がなされていた。
「ふふふ、侵入は成功したか……」
「――君のお陰で、あの『隠者の外套』のステルス機能は実戦に出せるレベルの物となった。礼を言うよ」
「いいえ……。礼を言われる事では、ありませんから」
モニターを見据える、賞賛を受けた影――胸の膨らみからして、明らかに女性――は、ぬいぐるみを強く抱きしめて、そう返した。
そのモニターに映る物に、様々な感情を込めながら。
「戻ったか、ケントルム」
一年生の寮では。戻ってきたケントルムを、ゴウが迎えていた。しかし、互いに愛想すらない。
「どうだ? 『ちょっかい』は上手くいったか?」
「あの『輸送機』はあまり使えなかったな。まあ、パイロットが受験失敗者ならあんなもの、か。
だが『隠者の外套』の稼動には成功した。今はそれで十分だろう。データも取れたしな」
「隠者の外套か。そういえば、お前も使ったようだが。アレはどうだったんだ?」
「ああ、完璧だ。IS展開状態でなければ使えない、という欠点を除けば、な」
「できれば、現物が戻ってくれればよかったが……」
「データは取れたし、破損した現物は機密保持のために破壊しておいた。問題はない」
「まったく。暴走する奴を使ったのが間違いだ。クリスティアンも、人選をミスったか?」
「あいつの事だ。恐らくは(XXX版表現の為、削除)した女を抜擢しただけだろう」
隠者の外套。とあるルートより入手されたそれのデータディスクが、ケントルムからゴウへと渡された。
後にこのディスクは、後にゴウのIS・オムニポテンスのデータディスクと共に欧州に渡ることとなるのだが。
「もう一つ……あの『毒針』は、ちゃんと刺さったのか?」
「ああ。当初の目的とは異なり、甲龍にだがな。テストとしては、まあ構わないだろう」
「そうだな。……それにしても、対象が甲龍とはな」
「何か問題でもあるのか?」
「いや。白式で試せなかったのは残念だが……」
「必要なのはアレを白式に刺す事ではなく『専用機に』刺す事だ。別に、どうという事はないだろう?」
何を言っているのか、という口調のケントルムにゴウも呻く。
眼前の女性の憎悪の深さに、わずかに気圧されていたのだが。それには気付かぬままだった。
「あー、ビックリしたわあ。本当に」
保健室では、捻挫治療を終えた大沢波音がベッドに腰掛けていた。
歩けないわけではないが、念のために今日はここで休むように、と言われたのである。今は教諭なども不在で、彼女だけだった。
「いやー、まさかああなるとは思わなかったわね。うん、知識と実戦じゃ、全然違うわ」
思い出しているのは、白式と敵の戦闘だった。白式のシールドバリアー内であったから無事ではあったが。
わずかな恐怖と、それを隠すための空元気のせいか独り言が止まらない。
「それにしても、頑丈な身体を貰っておいてよかったわ。もしも貰っていなかったら、今頃立ち上がれなかったかも。
こういう時に『知識との照合』をしておくべきなんだろうけど……まあ、いいか」
自分の胸を指でなぞり、苦笑いとも自嘲ともつかない笑いを漏らすのだった。
「報告は、以上だな」
「はい」
俺は、千冬姉に今回の報告をしていた。山田先生や、他の先生もいるが生徒は俺一人だけ。少し緊張したが、何とか報告は終わった。
「では、織斑。社会人に必要な『ホウレンソウ』という物を知っているか?」
「……報告・連絡・相談ですか?」
「そうだ。――そして、お前がそれを欠いていた事はわかるな?」
「……はい」
そう。この部屋に入ってくるなり、いつもよりも三割増しできつい千冬姉の視線に迎えられた。
この視線は、俺に何かミスがあった場合。――そして、遅ればせながら俺もミスに気付いたのだった。
「ああいう場合、通常通信でも秘匿通信でも、誰かに報告・連絡・相談をしてから物事を実行しろ。
大沢を救出する一件しかり、爆弾の一件しかり。爆弾の件に関していえば、お前達の独断で処理できるレベルではなかった。
『あの時』のように通信回線がほぼ断絶していたわけでもないのだから、その位は行なえる筈だろうが」
「すいません……」
あの時――クラス対抗戦の時。秘匿通信以外は使えなかったが、それでも会話は行なえた。
だからこそ観客の避難完了を知ったり、俺を抱えた鈴がピットに戻るとかが出来たわけだが。
今日の俺は、そういった事を完全に忘れていた。銃口を向けらけた大沢先輩を見てから、ちょっと平常心が欠けていたな。
そうすれば、もっと上手くあの爆弾に対応できていたのかもしれないのに……。
「それと、大沢一人にかまけてドール六機を放置していたのも許しがたい。零落白夜があれば、少しは楽になったであろうに――な」
「はい……」
本来俺は、正門駅前周辺に出現したというドール対策の為に向かわされた。
それなのに、その途中で大沢先輩を助ける為にそっちを優先させてしまった。ドール六機は警護のISが一蹴したらしいけど。
「……まあ、良い。厄介なステルス機を止め、更に操縦者の身柄をも確保できたのだ。だが、次回は許さんぞ。――以上」
おお!? よ、予想外に短くすんだぞ!?
「言っておくが、今回の事も当然ながら口外や詮索は禁止だ。わかっているな?」
「はい。……あ、でも織斑先生、一つだけ聞かせてください。大沢先輩の足は、大丈夫だったんですか?」
「ああ、あいつなら軽い捻挫だそうだ。治療も終わり、一応痛み止めを飲んで、トーナメントには参加を続行すると言っていたな」
「そうなんですか……」
くそっ。よりにもよってこの時期に捻挫なんて、かなり厄介な事になるのに!
「少なくとも、お前が行かなければ大沢は取り返しのつかない事になっていた可能性がある。――それは確かだ。
それと、あいつからの伝言だが――助けてくれてありがとう、だそうだぞ。……よくやった、一夏」
「千冬姉……」
それは、珍しく千冬姉が笑顔で俺のことを一夏と呼ぶ褒め方だった。レアだ。生で見ただけに、レアだ。うん。
「……下らん事を考えている暇があったら、寮に戻っていろ。――では古賀先生、後は頼みます」
「ええ、任されましたよ」
そういうと、千冬姉は去っていった。……その声は、いつもよりも少し優しかったような気がした。
「あの、ち――織斑先生は、何処に行ったんですか?」
「上への報告、だよ。織斑先生が警備担当責任者だからね、説明責任があるのさ」
「なるほど……」
大変だなあ、千冬姉も。
「それにしても、織斑君。よくもまあ、絶対防御の拡張操作などをやってのけたものだね? 誰かから教わっていたのか?」
「いや、偶々です。上手くいって、良かったです」
「た、偶々、か……。……これこそが、天賦の才というべきか、あるいは……」
「え、何ですか?」
「いや、何でもない」
偶々か、の後がよく聞こえなかったのだが、大した事じゃないみたいだった。
「それにしても、誰も死ななくて良かったです」
「ほう。誰も、とは侵入者達も含めてかね?」
「ええ。殺す覚悟とか、やっぱり嫌ですし」
「殺す覚悟? 何だそれは?」
あ……。つい、ぽろっと言ってしまったな。しょうがない、説明するしかないか。
「殺す覚悟、か。必要だといえば必要だ」
――俺の話を聞いた古賀先生は、重々しく頷いた。
「やっぱり、必要なんでしょうか?」
「ああ。たとえば織斑君。軍隊にとって、殺人は何だと思う?」
「何……ですか?」
はて、質問の意味がよく解らないが。……仕事、とかいう回答だろうか?
「答えは手段の一つ、だよ。警官は銃を持っていて柔剣道を習っているが、それを振るうだけが仕事じゃないだろう?
殺人も辞さないのが軍隊というものだが、それそのものが軍隊の存在意義ではない。
治安維持、大規模災害への救援、難民の護衛、領海や領空の警備……そんな物も含むだろう?」
「あ、そう……ですね」
「――殺す覚悟と共に『殺さない覚悟』も必要だよ」
「殺さない覚悟?」
「ああ。……殺すべき敵と、殺すべきではない敵を見極める力、とも言えるかな」
なるほど。どうしても殺さなければならない場合と、そうでない場合……か。
「まあそもそも、IS=人殺しの道具とか言っている連中は『馬鹿』だからな」
「ば、馬鹿?」
かなり辛辣な口調と表情になった。さっきまでの気のいい古賀先生とは、別人のようだ。
「ああ。連中からすれば、包丁もナイフも鎌もチェーンソーも『人を殺す』道具なんだろうな」
「は、はあ」
「確かにISは人殺しに使おうと思えば使える。だが、それは一面に過ぎない。
開発者である篠ノ之博士自身がそう言うのならばともかく、そうではない人間が訳知り顔で言うのは、腹立たしくすらある」
あまり俺とかかわりの無い古賀先生だが、その様子は明らかにおかしかった。
と、俺の表情を見て我に返ったのか、先生の口から苦笑いが漏れる。
「すまないね。――私にとって、ISとは『光』だ。その光を殺人の道具呼ばわりする人間は、少々許しがたかったのでね」
光……?
「っと、喋りすぎたかな。まあ、面白いものを見せてもらった礼だ」
「面白いもの?」
「ああ。あのブリュンヒルデが、君が爆発に巻き込まれたと知った途端、焦ってインカムを握りつぶしたのだからな。
いや、アレは意外だった。やはり世界最強の女も、弟の前では姉なんだとよく理解できたよ」
「……そうですか。古賀先生、それは良かったですね」
その時。硬直した俺の目の前で、同じく硬直した古賀先生の頭が『何か』につかまれて持ち上げられた。……言うまでも無く。
「ぐおおおおおおっ!? ちょ、ちょっと待った! このままではマジで潰れる!! 私の頭部が石榴のように割れてしまうぞ!?」
「心配は要りません、力加減はしていますので割れる事はありませんよ。……割れた方が楽かもしれませんが」
「ど、同僚だろ私達は!? 仲良くしようじゃないか!! Love&Peaceだよ!!」
「人の失態を面白おかしく喋る人は、同僚とは認めかねますね」
俺は、こっそりと部屋を出た。後ろから『わ、私を見捨てないでく――がふっ』とか聞こえてきたが。
……すいません、相手が千冬姉じゃあ俺は無力でした。
「さて、山田先生。――例のクラス対抗戦の乱入者『レッドブラック』や『ティタン』の情報は纏められたか?」
「は、はひっ!! え、ええっと、ええっと……」
目の前で繰り広げられた惨劇に怯えていた山田真耶は、大慌てで取得データを呼び出そうとするが悪戦苦闘していた。
腕を慌てて動かした為に揺れた胸で誤ったキーが押されてしまったりもしたが、何とかデータを出現させる。
「これが、レッドブラックのデータか? 出現状況は……」
「はい、それなんですが……そちらも突然現れたようです。ただ、出現地点が微妙にずれていました」
「ずれていた、か」
「それと、この映像が監視カメラに捉えられていました」
それは、アリーナ近くの監視カメラの映像だった。何の異常もないように見えたが、一瞬だけ、不自然な風が起こり枝が揺れる。
それは、まるで『透明な何か』がその場を通り過ぎたようであった。
「なるほど……。レッドブラックは、ステルス機能に慣れていないという事か」
「ええ、おそらくはそうでしょうね。……ただ、レッドブラックに関してはもう一つありました」
「もう一つ?」
「クラス対抗戦の時は、何らかの処置かと思っていたんですが……今回の一件で、確証が取れました。
あの機体は、コア・ネットワークに反応していなかったんです」
「コア・ネットワークに……?」
コア・ネットワークとはISコア同士のデータ通信ネットワークのことだが、400以上あるコアの全てでやり取りが行なわれている。
あの乱入者の一機目・無人機ゴーレムでさえ、コア・ネットワークには反応していたのだが。
「コア・ネットワークから離脱し、完全に独立したIS……という事か?」
「はい。……一応、コア・ネットワークから切り離した事例はないわけじゃないんですけど。
ネットワーク上のやり取りによる進化というメリットを捨てる事にもなる為、今では誰も行なわない行為ですよね?」
「一度行なったが最後、篠ノ之博士を除いては復帰させる事が不可能とされているからな。
位置情報を把握されたくないから隠れるだけ……ならば、潜伏モードで十分という点もある」
「ああ。……この事例、後で委員会に追加報告する。詳細を、纏めておいてくれ」
「はい!」
「それにしても、今回の襲撃は意味が解らんな。ステルス機能のテスト、にしては大袈裟すぎる」
「そうですね。せっかく奪った機体を、わざわざ返すような真似をして。誰に、何の意味があったんでしょう?」
「何か起こった時は、それで利益を得た者を疑え――というのが筋ですけどね。この場合は……さあて、誰でしょうか」
「しばらくは、様子見ですね。――第二の襲撃にも、警戒しなければなりませんが」
教師達は、それぞれの仕事へと戻っていく。ちなみに命令違反の代償として、一夏にはアリーナ整備の手伝いが科せられたが。
その理由は正確には明かせないので『一年二組のクラス代表に、偶発的な破廉恥行為を巻き起こした為の罰則』という物になり。
事情を知らない者のうち、全員が納得したのだという。
「何だったんだ、今の?」
何やら、騒がしかったが……。学校側からの発表だと、正門駅前近辺で事故が発生したらしい。
念のための調査があるから、生徒は近づかないように――との事だったが。まあ、実際今はそんな暇はないだろう。
「あれ? あそこにいるの、春井とアウトーリか?」
春井真美(はるい まみ)。自己紹介の際にサン○イズアニメが好きだと答え、射撃系武器を好む俺のクラスメートの一人だ。
接近戦重視のアウトーリとは、かなり相性のいい組み合わせだろう。
でも、何やってるんだ? あれは……二人で、タックルをしてるのか?
「あ、練習メニューを変えたか」
今度は、アウトーリはひたすら突きの練習をしてるし、春井の方は反復横とびの練習だ。
まあ、アウトーリは確かに突き技が得意だった。岩戸が入ってくる前、パーフェクトKOをくらった事もあるし。
最近では、まあまあいい勝負が出来るように……ん? 何か、急にアウトーリが止まったぞ?
「……ご」
「え? どうしたのロミ……って、安芸野君?」
「お、おう」
「いち……ご」
ん?
「いちごおおおおおおおお!!」
って、ええええええええ!? あ、アウトーリが俺に向かって突撃してくる!?
「こ、こらロミ、待ちなさい! ここで食べたら全てがパーでしょ!!」
「匂いだけ、匂いだけ~~!!」
いやちょっと待て、俺はイチゴ関係の食べ物なんて持ってないぞ!? ……いや、待てよ?
さっき、赤堀が頼んだ苺パフェを半分ほど分けてもらった。それを食べた……けど、それじゃあ。
「匂いって、それ、俺の口臭だぞ!?」
「それでもいいの~~!!」
美少女が俺にキス出来る位の距離まで近づく。単語だけを聞くと男の夢のようにも聞こえるが、そんな甘い物じゃなかった。
というか、今のアウトーリは見てて非常にヤバイ。
「くんくんくん!! 苺パフェの香りだ~~!」
「……」
今の彼女を喩えると、麻薬がきれて、正気を失っている麻薬中毒患者にしか見えない。
鼻の穴を広げていて、せっかくの金髪美少女が台無しである。というか、わりと引く。いやむしろ、ドン引きだ。
「苺を絶っているから、禁断症状が出たのね」
「……ああ、あの時はクラス中が騒然としたな」
アウトーリが苺を絶っている、という話を都築と加納が聞きつけて大慌てで教室内で本人に問い詰めた時。
エーベルトが刺繍を失敗し、バースがタイピングをミスり、ライアンでさえ呆然としていた。クラウスは……。
ここぞとばかりに女子更衣室に入ろうとしていたので、御影を使って取り押さえたな。うん、あいつだけいつも通りだった。
「解ったわ、ロミ。明日勝ったら、苺を一つだけ食べましょう」
「ほ、本当~!?」
「ええ、一つだけなら良いでしょう」
「わーい! これで戦意が100%アップしたよ~!」
まるで子供のように喜び、飛び跳ねるアウトーリ。……まあ、発育の良い彼女がISスーツ姿で飛び跳ねる姿は、目の毒だった。
「で、でも良いのか? 何で苺を絶ってるのか知らないが、中途半端にならないか?」
「まあ、ISの専用機二機に勝ったらのご褒美だしね」
え?
「ちょっと待て、お前らの二回戦の相手って、まさか――」
「ええ。織斑君と、デュノア君よ」
……あ、春井とアウトーリ、これで終わったな。そう思ったのだが。
春井とアウトーリの顔には絶望はなく、むしろ、闘志と興奮に彩られていた。
ゴウの発言から少々曲がった方向に展開した今回のお話でした。
さて次は、いよいよ一夏とシャルの試合です!! ……うん、今から反応が怖いです。