タッグトーナメントの専用機持ちを含むタッグが発表された。俺は、希望通りシャルルと組める事になったが……。
その時の反応たるや、凄いものがあった。
『えええええ!? 織斑君とデュノア君が、同じタッグ!?』
『反則じゃないの、専用機持ち同士なんて!!』
『でも、これで男子同士のタッグ……じゅるり』
『あ! これって、織斑君とデュノア君が、それぞれの名前を書いたって事だよね!?』
『そうなるわね。私だってデュノア君の名前を書いたけど、駄目だったし……』
『ということは織デュノが正義!?』
『いやアンタ、いい加減そっちから離れなさいよ……』
なんか、女子が物凄くヒートアップしていた。箒が、何か凄い目で見てきたし……。確か……。
『い、一夏! な、何故デュノアの名前を書いたのだ!? ま、まさか』
『え? いや、やっぱりルームメイトで親しいし、な』
まさか『シャルルは女子で、その秘密を守る為にも女子と組ませるわけにはいかなかった』なんて言えないしな。
千冬姉――学園側もシャルルの素性を知っている以上、女子とは組ませないだろうから安心はしていた。
……と、ついさっきクラウスにこっそりと教えられるまでは、ドキドキしていたのは……俺だけの秘密だ。
『そ、それより箒はあいつとなんだな。じゃあ――』
『織斑君! ちょっと良いかなっ!!』
と、そこで黛先輩が話しかけてきて。結局、そのまま教室に向かったんだった。……おっと、千冬姉がやって来たな。
「よし、HRを始める。今日はまず、学年別トーナメントについての追加規則を発表する」
追加規則?
「専用機持ちの動向と照らし合わせ、細部を決めるのに時間がかかった。全て、目を通しておけよ」
そして配られたプリントに目を通していくと。
その中に『専用機持ちに関しては、シールドエネルギーを半減の状態で試合開始とする』とあった。
「きっついな。半分か」
以前、あいつとセシリア・鈴が戦った直後に配るようにいわれた、プリントの中にもあったな。
『専用機持ちに関しては、シールドエネルギーに一定の制限を設けるものとする予定』だっけ?
具体的な数値に関しては未定とあったけど。
「……って事は、零落白夜を使えるのも実質的に半分、いや、それ以下だな。うわあ。今から戦い方を繰り直しか……」
「織斑。HR中は黙っていろ」
「す、すいません」
口に出してしまったようだった。いかん。
「専用機持ちを含むタッグは今朝発表されていたから目を通した者も多いだろうが……。
それと共に、現時点で決まっているタッグを発表する。相手が決まっていない者は、参考にしろ」
そして次々と『現時点で』決まったタッグが発表されていく。その中には、宇月さんとフランチェスカのタッグもあったが。
「未決定者は、すみやかに行動に移れ。もしも、教師などの仲介を必要とするのであれば申し出ろ。では、以上だ!」
ふう。後で、シャルルとちゃんと話し合わないといけないなあ。
「一夏、さっきのはやっぱりシールドエネルギーに関する規定の事かな?」
「ああ」
やっぱり、シールドエネルギーを消費する零落白夜を使う以上はその配分が大事になってくる。
この場合、攻撃回数が半減されるような物だから俺(一夏)にとっても大切な事……一大事だ。
「僕は、シールドエネルギー半減でも戦い方が変わらないけど……回避や防御も重要になってくるね」
そうだな。このプリントによると、勝敗は敵タッグの両方撃墜か。
そうでない場合、試合終了後にそれまでのシールドエネルギーの残存率の平均値によって決めるらしい。
そして試合時間は最長でも30分以内。俺達は50%で、相手が100%からのスタートだから……。
「俺達は、基本的に30分以内に撃墜狙いって事になるな」
「専用機持ちのくせに、判定勝利を狙う気か……。どうやら、誇り高さすらないようだな」
……アイツが口を挟んできた。といっても、単なる嫌味だが。
「この『学年』にいる者達のような有象無象など、斬り捨てる――教官ならば、そう言うだろうに。まったく――」
「へえ。いつから『学園』じゃなくて『学年』になったの?」
「!?」
珍しくも、シャルルの冷たい声だった。アイツにとっても皆にとっても想定外だったのか、場の注目がシャルルに集まる。
「確か噂だと、君はこの学園自体を認めていない――みたいな空気だったらしいけど。どうしてかな?」
あ、そういえば。楯無さんが、組み手でこいつに勝ったって言ったっけ?
「……貴様には関係の無い事だが?」
「あー、そう言えば確か以前、織斑先生に『この学園の生徒など、殆どが貴女の教えを得るに足る人間ではありません』って言ってたっけ?」
「ちょ、フランチェスカ!?」
そこで、フランチェスカも追撃をしてきた。場の空気が、明らかにあいつの敵に回る。
もっとも、本人は気にしていないようだったが。……むしろ、宇月さんの方が動揺しているように見えるのは何でだろう?
「授業を開始する。着席しろ」
――だが、そんな空気もクラスに君臨する大魔王の出現によりかき消された。――痛あ!?
「誰が大魔王だ、馬鹿者」
……俺、今のは口に出して無かったよな? 何で解るんだろう……。
「ほら香奈枝、もっと笑顔にならないと。笑う角には福来る、って言うじゃない」
「そう、なんだけどね……」
私とフランチェスカが食堂でご飯を食べていると。全く自然に『ここ、良いか?』とやって来たのは織斑君だった。
最近出始めたメニューである冷やし中華を口の中で味わっていた私に、それを断れる筈はなく。
フランチェスカの『良いわよ、どうぞどうぞ』の一言で彼はここに座っている。いや、別に嫌いだとか言うわけじゃない。
ただ、今日は学年別トーナメントのタッグが一部発表された日だからか、専用機持ちへの注目度が高かった。
そして私達の席へも視線が集まっているんだけど……気にしているのは、どうも私だけのようだった。
「でも、意外だったわね。篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんが組むなんて」
「え、何でよ香奈枝?」
私が呟くと、不思議そうな表情になるフランチェスカ。え、だって……。
「専用機持ちの誰かと組みたければ、ほぼ『専用機持ちの名前』を書かないといけないわけでしょう?」
「あ、そうだよな……。じゃあ箒の奴は、あいつの名前を書いたのか?」
「そうなるわねえ……」
「いや、ちょっと待って香奈枝。幾らなんでもそれはないでしょ」
フランチェスカは何か自信ありそうだけど、根拠でもあるのかしら?
「多分、篠ノ之さんは『専用機持ちの誰か』って書いたんじゃないかしら?」
「専用機持ちの、誰か?」
そりゃあ、そういう書き方もありだとは言われたけれど。
「……そうなると、ボーデヴィッヒさんと組みたいって娘はいなかったのかしらね?」
篠ノ之さんがそう書いたのだとすれば、結果的にそうなるのよね。同じように『専用機持ちの誰か』って書いた人はいるだろうけど。
でも山田先生が『個人の名前を書いたほうが組みやすい』って言った以上、ボーデヴィッヒさんの名前を書いた人はいなかったのだろう。
でも、ボーデヴィッヒさんの力量はオルコットさんと凰さんを相手に完勝できるほど。
そんな彼女を希望した人がゼロだったなんて、何か、不自然な気がするんだけど……。
「まあ、更識さんだって布仏さんとは組めなかったみたいだし、抽選の結果じゃないの? ――それに」
それに?
「あの篠ノ之さんが、仮に組みたい相手がいたとしても……その人の名前を素直に書けるとは思えないし」
あ、物凄く納得したわ。その組みたかったであろう相手――織斑君は、不思議そうな顔をしていたけれど。
「そうだ。ちょっと聞いてみてみるかな?」
「え?」
聞くって……まさか?
「篠ノ之さんに、聞いてみるつもり!?」
「え、そうだけど」
……うわあ、見えるわ。普通に聞かれたのに、喧嘩腰になってしまう二人が。
「じゃあさ、私が聞いてこようか?」
「え? フランチェスカがか?」
「そうそう、私も少し気になってたし。それじゃーね!」
言うが早いか、フランチェスカは走っていった。……何なんだろう?
もうパスタは食べ終えた後だし、食器は持っていっているから別に問題はないんだけど……。
「どうなってるんだ?」
「さあ?」
織斑君も私と同じ思いだったようだけど。勿論、答えを返せるわけは無かった。
「それにしても、篠ノ之さん、大丈夫かしら? コミュニケーション、とれるのかな?」
「うーん。箒自身が、放っておくと一人になる事が多い奴だからな。ちょっと、心配かもしれないな」
「そうね」
「何か、今回の大会には箒も燃えているみたいだし。優勝したら、とか言ってたしな」
「……あ゛」
織斑君が何気なく言った一言。それは私に、やらなければならない対応を忘れていた事を気付かせた。
「……ちゃんと謝っておいた方が良いわね」
私は、篠ノ之さんに謝らなければ成らない事を思い出した。……いや、もっと早く言うべきだったかもしれないんだけど。
何だかんだでゴタゴタしていて、すっかり忘れていたのだった。
「どうして、こうなった……」
私の心は、現状の不可解さに包まれていた。
不可解さ――それは、専用機持ちであるラウラ・ボーデヴィッヒと共にタッグトーナメントを戦う羽目になった事。
専用機持ちがペアの相手だというのは、戦力的に見れば極めて有利な点ではあろうが。
『私の邪魔はするな』
一応、挨拶でもと話しかけた結果がこれだった。けんもほろろ、とはまさにこの事だろう。
私も、人との付き合い方に関しては誇れるような人間ではないが、あれでは……。
「篠ノ之さーん。お客様だよー」
「は、はい!」
九重先輩に呼ばれ、意識を現実に戻す。しかし、客……? 誰だ?
「こんにちわ、篠ノ之さん」
「おや、宇月か。どうしたんだ?」
「あ、あのね。実は、その……」
どうしたのだろうか。宇月らしからぬ、はっきりとしない態度だ。
剣道場に来た事も殆どない彼女に、一体、何があったのだろうか?
「今まで言えなかったけど……ごめんなさい!!」
「な、なんだ?」
誰もいない更衣室に入った途端、突然、宇月が頭を下げた。な、何なのだ? さっぱりわけが解らんぞ。
「……そうか。千冬さんに喋ってしまっていたのか」
宇月の謝罪。それは、私の『付き合って貰う!』という約束を千冬さんに言ってしまったという事だった。
どうりで、わざわざここまでやって来たわけだ。午後のIS実習でも、しきりに私の方を見ていたが……タイミングを見計らっていたのか。
「ごめんなさい。本当なら、もっと早くに謝らなくちゃいけなかったのに……」
「いや、気にする必要はない」
「でも、私は貴女の気持ちを勝手に他人に……」
「いいよ、宇月。……私だって、同じ立場なら隠し通せる自信は無いからな」
一夏自身に言ったのならば大問題だが、千冬さんにならば問題は無い。……私の想いくらい、とっくの昔に知っている人だから。
「それで、その事の謝罪の為にここに来たのか?」
「いや、実はちょっと図々しいかもしれないけど。……貴女に、お願いがあるの」
「願いか? 宇月が、私に?」
はて、見当がつかない。ISの操縦の事ならば、他に長けた生徒もいそうだが。
「うん。篠ノ之さん。私に、剣道を教えてくれない?」
「何?」
思いがけない内容だったが。話をよく聞いてみると、学年別トーナメントに向けての訓練の一つという事だった。
私が、一夏に白式が来る前――セシリアと戦う前の準備として、剣道場でなまっていた腕を鍛えなおした時にも近いだろうが。
「せめて、その位はしておきたいの。付け焼刃なのは解ってるけどね」
確かに、本人の言うとおり付け焼刃だろう。そして、一夏はかつては私と共に同じ道場で学んだ仲であるのに対し。
宇月は、剣道を全くやった事が無いという、完全な素人だ。
そんな彼女に私が稽古をつけたとしても、実際にISに搭乗してそれを生かせるようになるかと言われれば否であろうが。
「わかった。宇月がそれを望むのなら、私に出来る限りの事はやろう」
彼女には、入学初日から世話になりっぱなしだ。――私から断る、という選択肢があろう筈も無かった。
「ありがとう、篠ノ之さん!」
「……だが、言うまでもないがトーナメントまで時間が無い。私もそれほど教えるのが上手いわけでは無い。
本来なら、礼法や身体作りなどから入るべきなのだろうが……。素人にはきついと思うが、圧縮形式で行くぞ?」
「ええ。お願いします」
「そうか。では――まずは胴着と防具。竹刀を借りねばなるまいな」
宇月の身長は、私よりも少し低いくらいだ。私のが合えば、それを貸し出せばよいが……。
「では、まず送り足からだ。私も、打鉄を使う際にはこのイメージを使用している」
「送り足……?」
「左右の足を交互に動かすやり方だ。――このようにな」
「うわあ……膝が痛くなりそうね」
手本として、送り足をやって見せる。宇月は、やや顔をしかめていたが。
「では、この送り足をやりながら私に打ち込み――剣を振るってみてくれ」
「え、もう打ち込みなの!?」
「宇月が剣道の試合に出るのならば、まだやらなければならない事は山のようにあるのだが……。
ISを纏った状態で使うだけならば、これで構わないそうだ」
先ほど、宇月が着替える間に先輩方にアドバイスを貰い、教えた方が良いであろう事を一通り聞いておいた。
あとは私がそれらをどれだけ教えられるか、そして宇月が何処まで自分の物に出来るか――だが。
「わ、解ったわ。お願いします!」
一礼すると、宇月が剣を上段に構えた。まだ上段・八相・下段などは教えていないので、何処かで見た知識なのだろう。
そういえば確か、江戸時代を舞台にしたコメディードラマを見ていたと聞いたような気もするが……。
「えーいっ!!」
まだ不慣れであろう送り足をやりながら、宇月が打ち込んでくる。……ふむ。
「では、こうするか」
自分の竹刀を、もっとも『衝撃の少ない』角度に向けて相手の竹刀を止める。本来ならば、相手の竹刀を払うのだが。
「っ……!」
「う、宇月、どうした? 響いたか?」
「だ、大丈夫よ」
……しまった。私の基準で考えてしまったが、素人の彼女には、僅かな衝撃であってもかなりの痛みになるだろう。
「も、もう一度――お願いします」
「……解った。付き合うぞ」
だが、彼女の闘志はまだまだ折れないようだった。
「つ、疲れたぁ……」
疲れきった宇月が、中腰で立っていた。竹刀を杖代わりにしていなければ、おそらくは倒れてしまいそうなほどだ。
「だから、もう少し早く切り上げようと言ったのだが……」
「ご、ごめん……。自分のペース、まだ、掴みきれていなかったわ……」
宇月には、打鉄弐式の建造途中に倒れたという前例がある。これ以上、無理はさせられなかった。
「あの、だな。……宇月は、何か願い事があるのか?」
「へ?」
「いや、その――千冬さんが言っていただろう? 何か願い事があれば、学園側がかなえると」
だから、そこまで頑張れるのだろうか?
「ああ、あれ? ……無いと言えば嘘になるけど、どうせ、私の腕じゃあ優勝なんて無理だから、最初から考えていないわ。
まあだからといって、何もやらないわけにはいかないし。だから、私に出来る限りの事はしておきたいのよ。
それに今回の場合、私の成績がフランチェスカにも影響しちゃうし。頑張らないわけにはいかないじゃない」
「……そうか」
本人は何気なく言っているのだろうが、それは物凄くまぶしく感じた。
周囲でじっと見守っている剣道部員達も、温かい視線を向けている。
「……あ、やば」
「お、おい!?」
と、宇月がガクッと体勢を崩した。慌てて、支えに入る。
「な、長台詞喋ったら疲労が足まで来たみたい……」
「とりあえずは休め。……頑張りすぎだ」
「ご、ごめんなさい……」
宇月を道場の隅まで連れて行き、自己の修練に入る。宇月ほど純粋ではないかもしれない。
だが私も、出来る限りの事をやらねばなるまい。――自分の、願いのために。
「ふう……」
隣のシャワー室では、宇月がシャワーを浴びていた。彼女がシャワーを浴びるというので、私も付き合いとして浴びている。
本来は、自室の方が良いのだが……。まあ、良いだろう。
「篠ノ之さん。……貴女は、機体設定――セッティングはどうするの?」
「機体設定、か?」
その辺りは、特に考えた事はなかった。宇月に見てもらったことはあるが、一般的な仕様で今まで訓練をしてきた。
だから、トーナメントにもそのように臨む気でいたのだが……。
「やっぱり、優勝したいのなら出来る限り綿密な機体設定が必要だと思うの。……それを、私にやらせてくれない?」
「な、何?」
「貴女のISの機体設定に、私が協力するの。貴女のデータは織斑君との訓練で充分に得ているから、役に立てると思うわよ。
剣道を教えてくれている、お礼とでも思って」
確かに、どのような設定にするのかは重要だ。
私の場合、この方面は疎い。一夏達と訓練する際も、宇月は私達のデータ収集をしていたし……。
「し、しかしいいのか……?」
「何が?」
「私はお前とタッグを組んでいるならそれも良いかもしれないが。これでは……」
「いや、実はクラスメートの間じゃ結構やってる人は多いのよ? まあ、互いにメリットがある場合に限るけどね。
例えば、布仏さんあたりは引っ張り凧だったらしいわよ。彼女は、打鉄弐式の建造絡みでお姉さんから指導を受けているし。
その見返りがデザートのおごりと聞いた時には、納得だったけどね。ちなみに、フランチェスカには承諾を得てるわ」
なるほどな。……私の場合はボーデヴィッヒの了承が必要かもしれんが、まあ、構うまい。
「……解った。私は打鉄を使用する事を希望している。お願いして、構わないのだな?」
「ええ、了解したわ」
「ああ、頼む。それにしても宇月、身体は大丈夫か?」
「平気……とは言えないけど、思ったよりも大丈夫よ。よく考えたら、虚先輩に習っていた時も同じような感じだったから」
なるほど。あの時か。
「それにしても、篠ノ之さんって意外と教え方が親身なのね」
「え?」
「いや、織斑君から聞いたんだけど。ISを教える時は『飛ぶ時はずかーんという感じだ』っていう風に教えてたって言ってたから」
……!
「あれ、篠ノ之さん? どうしたの?」
「い、いや、なんでもな――」
「あー、篠ノ之さんがシャワー浴びてる! 珍しい!!」
「おやおや? これはレアな光景だね?」
「……彼女って、今年の春まで中学生だったんだよね? 何で私よりも大きいわけ?」
私が口篭っていると、剣道部の先輩方がシャワー室に入ってきた。結局、その話はそこで打ち切りになった。
「簪。その――お互い、頑張りましょうね」
「う、うん。悠も良かったね。あの人と組めて……」
更識簪と石坂悠の部屋では、微妙な空気が流れていた。呼び捨てにしあうようになり、それなりの仲が良くなり。
そして悠は、タッグトーナメントでお目当てのゴウと組める事になり、喜びに包まれていたのだが。
『シャルルは、織斑君とか……』
『あ、あのゴウ君。どうかしたのですか?』
『いや、何でもないよ。タッグトーナメント、お互いに優勝を目指して頑張ろうね』
『ゆ、優勝ですか? し、しかしそれは――』
『自信が無いのかい?』
『え、ええっと……』
『大丈夫。俺がエスコートするから、君は心配要らないよ』
(ううう、ゴウ君はやはり紳士ですよね……。も、もしも足を引っ張ってしまったら……!!)
なる会話があったのである。それでプレッシャーを感じた悠がやや口数を減らし。
そんな会話など知る由も無い簪が、自分が何かをやらかしたのかと誤解してしまい、こちらも口数が減っているのだった。
「そ、その。打鉄弐式の調子はどうなのですか?
た、タッグトーナメントが終わるまでは、タッグパートナーではない私はあまり関わらない方が良いのでしょうが……」
「だ、大丈夫……。バランス変更も、それなりに出来ているし……」
以前、姉や布仏虚との一件があったものの。結局、簪はその申し出を受けて整備室を使用していた。
打鉄弐式の改装は必要不可欠であったし、虚の妹で自分の親友である本音に引っ張られていったというべきなのかもしれないが。
結局、何が変わるわけでもなく。ただ、打鉄弐式の改装が滞りなく進んでいっただけだった。
「あの――」
「あの――」
しかし、現在の問題はこの気まずい空気だった。言葉をかけようとしても同時に口を開いてしまい、言葉が出てこない。
「え、えっと、簪の方からどうぞ」
「え、ゆ、悠からで、良いよ?」
コントならば『じゃあ俺が』『どうぞどうぞ』×2の流れになるのだが。第三者のいないこの部屋では、不可能だった。
「あ、あの――更識さん、い、います、か?」
「ど、どうぞ!」
だが、天佑か。ややか細い声が、ドアの向こうから聞こえてくる。やや焦った簪の声と共に、ドアが開かれ――。
「こ、こんばんわ……。じ、時間、大丈夫ですか?」
「ドレさん」
そこにいたのは、赤い髪を三つ編みにした四組の生徒、マルグリット・ドレ。簪のタッグパートナーに選ばれた少女だった。
「あ、あの、このたびは、組む事になりまして……。よ、よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ……」
マルグリット・ドレ。ドイツ出身の、やや内気であり簪とも気質の似ている部分がある少女だったが。
現状では、ムードを変えるどころか更に深刻にしていった。
「さ、更識さんは、ど、どういう風にトーナメントを戦うんですか?」
「え、えっと、どうって……?」
「あ、あのその、打鉄弐式は、対抗戦のときはミサイルと荷電粒子砲がメインだったけど、変えてくるのかなって……」
「ああ……。う、うん、そのままだと思う……」
「じゃ、じゃあ私は、近接戦闘とか防御重視の方が、良いのかな……?」
しばし考え込むマルグリット。本来なら代表候補生である簪が色々とアドバイスを出すべき場面なのだが。
あいにくと、動揺し続けている彼女にそれを求めるのは酷だった。
「か、簪! それと、ドレさん!!」
そして――話から外れた事で、いつもの調子(というか暴走っぷり)を取り戻した石坂悠が話に加わる。
内気な少女二人が、何事かと視線を向ける中。
「わ、私がドレさんと共に近接戦闘を訓練するというのは如何でしょうか!!」
「え? ゆ、悠が……?」
「で、でも石坂さん、ゴウ君と組んでるんじゃ――」
「だ、大丈夫です! ゴウ君は『君は俺が支える。だから、やりたいようにやってくれ』と言ってくれましたので!!」
「……じゃあ、ドレさん。それで、良いと思うよ?」
「あ……は、はい。石坂さん、お、お願い……します」
「こちらこそ、よろしくお願いしみゃす!!」
なお。この時の会話の一部を聞いた、とある四組の生徒の感想は『ああ、いつもの更識さんとドレさんと石坂さんだったのね』だったという。
「甲龍の、追加武装ですか?」
『ええ。腕部小型衝撃砲、通称【崩拳】二門です』
「崩拳……」
一夏は予想通り……というべきかデュノアを指名し、そしてデュノアの方もあいつを選んだことでタッグが成立した。
その事でモヤモヤした気持ちを抑えるべく一人で部屋にいると、中国政府からの呼び出しがあって。
てっきり、ドイツのあいつに負けたお説教かなと思っていたら……。意外な事に、甲龍の新型武装の完成の知らせだった。
送られてきたスペックデータを見る限りでは、今ある方――龍咆よりも速射性能重視、って感じみたい。
『この【崩拳】は昨今の状況の変化、及び我が国の威信を高める為に予定を早めて完成させた物です。
たとえドイツの機体といえど、他国の第三世代型に遅れをとるわけにはいきません。必ず、良い成績を残しなさい』
「はあい……」
ただ、衝撃砲があいつのAICにとってはカモにしかならない以上、別の武装が欲しかった。
後は……ティナの機体から使用許諾を貰って、ティナの火器を使うくらいかな?
『たしか貴女のパートナーは、一般生徒でしたね? まあそれに関しては、学園側の指示である以上は仕方の無い事です。
ルームメイトのアメリカ人のようですが、甲龍の機密を盗まれない程度に親密な関係を築きなさい』
「了解です」
ティナが、機密をねえ……。そんな娘には見えないし、あたしだってそう易々と国家機密を盗まれたりはしないけど。
『それと、先日のドイツ代表候補生との模擬戦についてですが』
げ、やっぱり来た。うわあ、説教かぁ……。負けちゃった以上は、しょうがないけどさあ……。
『織斑千冬と例の欧州連合の男が絡んでいたようですね? この事について報告書を提出する事。――では、以上です』
あれ、もう少し説教があるのかと思っていたらあっさりと退いた。
いつものうちの国のやり方だと、絶対説教が来そうなところなのに。
「ま、良いか。報告書で済むなら、それで良いし」
……ちなみにあたしは、千冬さんが場を納めたことは報告したけれど、ドイッチの事は報告しなかった。
正直、ちょっといけ好かない感じがしたし――大した事じゃないと思ったからだ。でも、政府はそれを知っている。
まあ『あたし以外の中国出身者』か『中国に友好的な国の生徒』から情報を貰っているんだろうけど。
……でも、あの時あそこにいたのは専用機持ちの連中か千冬さん、あとは山田先生くらいだっけ? ……あれ?
「ま、良いか。パートナーもティナに決まった事だし、今度こそ頑張らないとね」
もしもあいつと当たる事になったら、ビーム系の武器を持っていないときついわよね。
セシリアのレーザーは回避していたけど、あたしの衝撃砲は避けるまでもなくAICで受け止めていたから。
あいつに有効なのは、一定以上の威力のビーム系だろう。
「ま、そういう意味ではティナで良かったわね」
もしもパートナーが親しい関係じゃなかったら、そもそも信頼関係を作らないといけないけど、その手間が省ける。
そしてあたしが『二組の生徒』と書いた以上、高確率で『あたしの名前を書いた二組の生徒』がペア相手になるのは予想通り。
ただし二組の生徒であってもあたしと親しくない生徒と組む生徒と可能性があった以上、幸運というべきだろう。
「それにそういう意味では、抽選で助かったかな」
もしも完全に自由意志なら。ティナの他にも恵都子、アナルダ、エリス……何人かがあたしの所に来ただろう。
そしてあたしは『友達の中から一人を』選ばなければいけなかった。そうなると、やっぱりしこりが残るだろうし。
「……って、それはいいのよ。もしもトーナメントで下手な事したら、甲龍だって取り上げられるかもしれないし」
一応中立という事になっているIS学園だけど、うちの国が本当にその気になれば――やり方は幾らでもある。
甲龍が不調であるということにしてあたしの手から文字通り取り上げる事なんて、朝飯前だろう。
クラス対抗戦では乱入者のせいでゴタゴタしたから関係なかったけど、その分、今度のトーナメントへの期待が大きい。
もしもセシリアや更識、あるいはドイツのあいつ辺りを倒せれば、中国の威信は高まる。だけど逆なら――言うまでもない。
「鈴~~! さっそくだけど、トーナメントの打ち合わせしよう~~!!」
ポテトチップスの袋(アメリカンサイズ)を持ったティナが、部屋に戻ってきた。
……よしっ! これ以上グダグダ考えてるより、あたしらしく行くわよ!!
「オッケー! それじゃあ優勝に向けて、突っ走るわよ!」
「おー!!」
――だが、凰鈴音は知る由もなかった。悪意が、彼女の本国に迫っている事など。
「……では、お話をうかがいましょうか。カコ・アガピグループ会長第一秘書、マオ・ケーダ・ストーニー」
ここは釣魚台国賓館――中国政府高官や外国要人の利用する迎賓館たる場所で、カコ・アガピの会長第一秘書が高官らと対面していた。
対外的には彼女は別のホテルに宿泊している事になっており、極秘裏の会談である。
「率直に申し上げましょう。私が本日こちらを訪れたのは――我々のアジア拠点として、この中華人民共和国を選んだからです。
我々はまだアジアへの進出が小さく。偉大なる中国のお力を借りる事こそ、その最善の手段と判断いたしました」
「ほう。それは喜ばしい事ですが……」
笑顔ではあるが、目は笑っておらず彼女の一挙一動を注視する高官。だが、人ならざる女はそんな事では動じない。
「さて、我々からの提供ですが……具体的には、ドールコアの極秘提供。及び、資金提供です。具体的な数値については、こちらに」
「ほうほう。これはそれはありがたい事ですな。……それにしても、ここまでして下さっては申し訳ないほどだ」
「こちらの求める物は、IS学園の情報です。――我々も男子操縦者とISを送っていますが、中国政府が掴んだ情報も提供していただきたい。
それが、我々カコ・アガピの意思であるとお考えください」
「……」
自らのカードを次々と切るストーニー。取引とは、自分のカードをいかに上手く使うかが重要なポイントとなる。
そんなカードを惜しげもなくそのまま使う彼女を、高官はこう考える。――カモだ、と。
「……我々としても、カコ・アガピとの協力はありがたい事です。前向きに、検討いたしましょう」
「……」
マオ・ケーダ・ストーニーの退室後。彼女に対面した高官は、食事を共にする部下達にもはっきりわかるほどの渋面だった。
「どうしたのですか?」
「ああ、先ほどのカコ・アガピ会長第一秘書の事だが……あれは何だったんだ? 奇妙きわまりないぞ」
「奇妙?」
「脚を踏み出すタイミングが、まるで同じだった。小日本の得意とする、ロボット……いや、それよりも機械じみていたぞ」
そういうと、高官は中国酒の一種・老酒を一気に煽る。それは、何処か不安を押し隠すようにも見えた。
「何かの訓練、という事では? 特殊部隊では、そういった訓練も行いますが」
「ああ、それも考えた。――だが、何故一企業の第一秘書がそのような訓練を受けているのだ?」
「確かに……不自然ですな」
「そしてあの取引……あの時はカモのようだと思ったが、よく考えてみれば不自然だ。あの欧州連合にすら影響を与える大企業……。
カコ・アガピの、会長第一秘書にしては稚拙すぎる。鳴かず飛ばず……楚の荘王ではないだろうが、油断は出来ん」
楚の荘王――項羽で有名な楚の、歴代王の中で最も名君であるとされた人物の名を、高官は挙げた。
この王は、即位から三年の間に無能を演じて家臣の人物を見極めをしており。
それが終わったあとは、功臣の登用・奸臣の誅殺・領土拡大などを実行した人物である。それを、先ほどの女性の喩えとして使うという事は。
「……何か、別に狙いがあると?」
「ああ。この申し出、一応は受ける方向で進むだろうが……油断は出来んな」
この高官、中国政府の中で権力者であり続けるレベルで有能ではあるが。あくまでそれは『普通の人間として』有能であるという話だった。
彼や政府の常識の外で動く者達の動きは、流石に読み取りきれなかったのである。
《……マオか》
《やれやれ……ようやくの接触ですか。遅すぎますよ》
本来宿泊するホテルの一室で、マオ・ケーダ・ストーニーはため息をついた。
彼女の待っていた接触――それが、本来よりも二時間も後れていたことに起因するが。
《仕方がないだろう? これでも、急いだんだがな》
《ではクリスティアン様にはそのように報告しましょう》
《待てよ、それよりも高官の感触だが――警戒は持ちつつも、提携の方向で動くようだな》
《そうですか。そうでなければ、私が交渉の素人のような真似をした甲斐もないというものですが》
《まあ、それも読まれていたようだがな。……で、そっちはもうお帰りか?》
《ええ。このような息苦しい町に長居するほど、暇ではありませんので》
《ははは。その息苦しい町で、カコ・アガピの為に動いている俺はどうなるんだ?》
《謝礼は、いつものように。では、接触を打ち切ります》
《まったく、愛想もないな。――では、再見(※中国語でさようなら)》
そして、マオと中国政府内部に巣くうカコ・アガピの『バグ』の接触が終わった。
しかし、この部屋を盗聴していた政府の人間は『マオ・ケーダ・ストーニーと接触した人物はゼロ』と報告をする。
何故ならマオは、この時ベッドの中で就寝しており。その会話は、電波でも音でもない種類の会話であったからだった。
「……で、お前はどうするんだ?」
IS学園の一室では、学園に巣くう大きなバグ――ケントルムとマルゴーが同じ部屋にいた。
二人の話題も、この時の多くの学生と同じく学年別トーナメント。
マルゴーことゴウは、自らのIS・オムニポテンスと共に出る。――だが、ケントルムは。
「怪しまれないように、一応は出場登録をしておくさ。――打鉄で、な」
「プロークルサートルは放置、か」
その手に握るIS――プロークルサートルを使う気はなかった。それは、プロークルサートルの特殊性に起因する。
ケントルムの『過去』に起因するが、プロークルサートルには一つだけ、他の専用機には無い特性があった。
通常、専用機となったISは操縦者と離れられない。それは物理的な意味でもあり、そして操縦者と機体としての関係上でもある。
専用機持ちとなった人間は『基本的には』正式な手法を持って解除しない限り、他のISを纏う事も出来なくなるのだ。
仮に専用機がトーナメントに出られないほどの損傷を受けた場合。その専用機持ちは、他のISを纏い出場する事が出来なくなるのだが。
「はっ、笑わせるな。こいつは、所詮は道具だ。――要らない時はしまっておいて当然だろ」
プロークルサートルの待機形態は、懐中時計であったが。その懐中時計は、ケントルム自身から遠く離す事も可能なのである。
勿論、離す事ができるという事は簡単に奪われてしまうという事の裏返しでもあるのだが。
「それが出来るのも、俺のお陰だろうが。467、それだけしかないIS――その例外である、俺のオムニポテンスが無ければ……」
「実際にその『ごまかし』をやったのはズーヘだろうが。威張るな」
ズーヘ。クラウスや久遠の持つドールの開発者であり、今や世界から注目を集める人物の名を口にしたケントルム。
そして黒いフレームと銀の針・豪奢な飾りのついた懐中時計の中に眠る、彼女が亡国機業より預かるIS・プロークルサートル。
そのコアナンバーは――174、だった。
おまけ:トーナメントのルール
学年別トーナメント参加要綱
◇学年別トーナメント(以後、トーナメント)は基本的にIS学園に籍を置く全員が参加するものとする。
◇同学年の生徒による二人一組(以後、タッグ)での参加するものとする
◇特別な事情が無い限り、不参加は認められない。
◇不参加者がいた場合、そのタッグを組んでいる相手も失格とする。
◇トーナメント開始前までに大会運営委員会(以後、委員会)に認められる理由で解消したタッグが複数あった場合、
相手を失った者同士でタッグを再結成する事は認められる。
トーナメント方式
◇一年生は七試合、二・三年生は六試合方式とする。日程は別紙参照。
◇一年生は四回戦が存在する物とし、三回戦の勝者九チームと敗者復活七チームの組み合わせによる八試合を行う物とする。
◇敗者復活七チームは三回戦・二回戦の敗者から委員会により選抜される。
試合ルール
◇基本的にはモンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇試合時間は最長で30分までとする。
◇試合開始の遅延は基本的に認められない。
補足:特別な事情が認められる場合、試合の振り替えは可能とする。
◇敵タッグの両方の撃墜をもって試合終了とする。
◇双方共に敵タッグを撃墜し切れなかった場合、勝敗はシールドエネルギーの残存率の平均値によって決める。
同率の場合、委員会による裁定で判断する。
◇専用機持ちはシールドエネルギーを50%から、その僚機となる訓練機は80%の状態から戦闘開始とする
補足:専用機持ちが双方に存在する試合の場合、上記の制限は無しとする。
◇ドール使用者は、専用機持ちの僚機と同様に扱う。
機体設定
◇機能・武装設定は、モンド・グロッソ一般ルールと同じ物とする。
◇各種武装申請は、試合開始2時間前までに済ませておく事。
◇カスタム機申請はクラス担任に期日までに申し込みの上、委員会による裁定で決定する。
◇参加者自身による機体設定は許可する。ただし、整備課生徒または教員の了承が必要となる。
補足:専用機持ちに関しては、上記の了承を必要とはしない。
禁止行為
◇試合外での妨害、攻撃行為や脅迫行為、買収行為が判明した場合、停学処分とする。
◇シールドエネルギー完全喪失後の攻撃は、被弾側が受けたダメージ量を攻撃側のシールドエネルギーから差し引く形で勝敗を判断する
◇その他悪質行為は委員会の裁定の上、処分を下す。
補足
◇上記のルールで判断できないケースが発生した場合、委員会による裁定で判断する物とする。