これで(たぶん)今年の更新は最後となります。読んでくださり、ありがとうございます。
2014/01/13追記:そして2014年一発目修正です。
2014/01/28追記:二回目の修正です。
2014/08/18追記:そして三回目……駄目すぎます。
(さて、と。今日はセシリアとシャルと同じアリーナか。これを機に、少しでも近づいておくとしようか)
「ゴウ? どうかしたの?」
「いいや、今日は模擬戦が出来れば良いなと思っただけだ。
第五アリーナに向かうゴウは、そんな事を目論んでいた。隣には、シャルル・デュノアがいる。
彼の狙いは隣の彼女と、今日は同じアリーナを選んだ筈のセシリア・オルコットだった。だが……。
「あれ? オルコットさん、いないね。もうアリーナに向かっていった筈なんだけど」
「そうだな……」
お目当ての人物の一人がいないことに不審がるゴウ。彼自身は、狙いの人物二人以外は対象外だった。
しかし、学園でも数少ない男子生徒がいれば目立たない筈も無く。
「あ! デュノア君とゴウ君だ!!」
「ラッキー!! オルコットさんと代わってもらって正解だった!」
「あれ? 鏡さん、今日は第三アリーナじゃなかったっけ?」
「ああ、オルコットさんにアリーナを代わってもらったの」
「あれ、確か鈴も今日は第三アリーナじゃなかったっけ?」
「あ、そうなんだ。じゃあセシリアさんと鈴で模擬戦でもやってたりして……」
「何……!?」
即座に、女子生徒に目をつけられる。だが、その言葉はゴウにとって聞き捨てならない言葉だった。
「――! まさかっ!?」
ゴウがアクシデンタル・エンカウンター……特定の人物の居場所を突き止める能力で探してみると。
鈴とセシリア、そしてラウラが同じ場所にいた。ゴウの持つ知識と、超能力で得た情報。これらから推測される結末は――。
「シャルル、すまないが第三アリーナに向かうぞ」
「え? ど、どうしたの?」
「ちょっと懸念がある。取り越し苦労で終わればいいが、な」
「ち、ちょっとゴウ!?」
「あ、あれ? ドイッチ君とデュノア君は何で走っていっちゃうの!?」
「えーー!? 三年生のバトル関係で、凄い情報があったのに!!」
「どうしたんだろう?」
ざわめく一般生徒達に振り返る事も無く、ゴウは走り出した。その欲望の、赴くままに。
「久しぶりだな。箒と一緒にアリーナに向かうのも……」
「あ、ああ、そうだな」
今日は、シャルルのガードは同じアリーナを使う事になったゴウに任せる事にして一人特訓……だと思っていたら。
同じ第三アリーナが取れたらしい箒がついてきた。何か嬉しそうだが、良い事でもあったのか?
「最近は、シャルルや皆と一緒が多かったからな。二人っきりっていうのも久しぶりだな」
「ふ、二人……っきり」
うーん、何か様子が変だな。熱でもあるのだろうか?
「そういえば箒、もうトーナメントの申し込みは出したのか?」
「あ、ああ、そうだな」
うーん、さっきと同じ返事だ。何やら拳を握り締めているし……ガッツポーズか?
「早く早く! 今から始めるみたいだよ!!」
「あーん、見逃しちゃう!!」
な、何だ? 女子が数人、第三アリーナに急いでいるが。おや、あれは。
「谷本さん、何かあったのか?」
「あ、織斑君と篠ノ之さん。第三アリーナで、オルコットさんと凰さんとボーデヴィッヒさんが模擬戦を始めたんだって!!」
「なんだって!?」
「どうなってるんだよ、あれは……!!」
「セシリアと鈴が、あそこまで翻弄されるとは……!」
俺と箒が第三アリーナに入ると、既に模擬戦は行われていた。そしてセシリアと鈴が、ドイツのあいつと戦っていた。
二対一、同じ第三世代型で代表候補生同士。条件はセシリアと鈴の方が有利な筈――だが、押しているのはあいつだった。
「あ! 鈴が、衝撃砲を使う気だ!!」
「セシリアにより、あいつの機動は制限されてる……いけるぞ!」
セシリアのビットに回避可能なエリアを限定され、そこに鈴が衝撃砲を叩き込む――筈だった。
だが、衝撃砲は何時までたってもあいつに届かない。
「まさかあれが、AICという物なのか?」
「AIC……確か、フランチェスカがそんな事を言っていたよな? 何でも止めちゃう能力だとか……」
アレは確か、更識さんを励ます会の時だったか? でも、衝撃砲まで止めるのか!?
「おい、一夏、今のあれは……!!」
「い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)か!?」
あいつが、一瞬にして鈴に接近してレールガンの一撃を放った。あいつも、瞬時加速を使えるのか!!
「……強い」
あいつは、どうやらかなりの腕前のようだった。
見る見るうちに、ワイヤーブレードで鈴やセシリアの攻撃力を殆ど奪ってしまった。これじゃ、二人に勝ち目は……!?
「お、おい何をやってるんだ!?」
「あいつは……!!」
ワイヤーブレードで捕らえたセシリアと鈴を蹴り飛ばし、レーザーブレードで突き、砲撃で吹き飛ばす。
それは明らかに、二人を甚振るような攻撃だった。そして再び二人が手繰り寄せられた時、俺は見た。
あいつが、セシリアや鈴に対して――笑って攻撃しているところを。
「あの野郎……!!」
「一夏!?」
瞬時にキレた俺は、白式を展開して零落白夜の発動に入る。
このままアリーナのバリアを切り裂いて乱入、そのままあいつをぶった斬って二人を救おうと――した瞬間。
「……!?」
「く、クラウス!?」
あいつも一瞬攻撃を止め、俺も零落白夜の発動に入ろうとした直前で止まる。あいつを掠めていった砲撃の主。
それは、ISアーマー用特殊鉄鋼弾を装填可能なランチャー砲『天轟』を抱えて狙い撃った――クラウスだった。
「貴様は……!!」
「ふはははははっはあはははは!! そこまでだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ! 美少女達を守る騎士、クラウス・ブローン参上!
それ以上の過剰な攻撃は、同じドイツ連邦の出身者として見逃すわけにはいかないな!!」
大笑いに続けて、まるで特撮やアニメのヒーローのような口上を述べるクラウス。
というか、何で声が聞こえるんだ? 轟音による被害を防ぐ為に、アリーナのバリアは殆ど音を通さない筈なんだが。
……と思ったら、オープンチャネルとアリーナの回線を使って会話をしているようだった。
あいつの言葉も、クラウスと白式を経由して俺に聞こえてくる。
「誰かと思えば、恥曝しか……。何の用事だ」
「勝負はもうついているだろう。何故それ以上、美少女達を傷つける必要がある」
「まだ降伏したわけではなく、機体も維持限界には達していない。戦いを止める理由が何処にある?」
「じゃ、邪魔しないでよ……というか、何であんたなのよ……普通、こういうシチュエーションで来るのはあいつでしょ……!」
「そうですわ……わたくし達の期待を返してくださいな……」
何か変なことを言ってはいるが、鈴やセシリアはなおも勝負を捨てていない。だけど、現状じゃあ……!!
「そうか。彼女達自身がそう言うのならば仕方がないな。引き下がるとしようか」
って、引き下がるのかよ!?
「……俺は、な」
「!?」
クラウスが今までに見た事のない笑い方をしたその瞬間。ラウラの表情が何かに気付いたように変わり、そして――。
「ぐ!? こ、これは……!!」
「将隆……か!?」
セシリアと鈴を拘束したワイヤーが『見えない何か』に次々と断ち切られていった。
あいつさえ、見極められないステルス能力。――それを持つのは、将隆の御影しかない。
「三組の男の機体、なのか!? ステルス機だとは聞いていたが、ここまで高い物だとは……!?」
珍しく、動揺している。そして二人を拘束していたワイヤーが全て断ち切られた。
「くっ……! こうなれば、たとえ正確な捕捉が不可能であっても攻撃を……ぐっ!?」
「ああ、悪い悪い。俺、まだまだ未熟だから。慣れない銃器だと、撃っても何処に弾が飛んでいくか解らないんだ。
何せこれ、ついさっき将隆の御影から借りた武装だからな」
「貴様……! ならば、そのISモドキから先に――っ!?」
「――岩戸、最大出力!!」
「ぐあああああああああああああああああっ!?」
クラウスの二発目の銃撃が作った隙を突き、突如出現した御影――その左腕に備え付けられた、岩戸の電撃攻撃が発動した。
岩戸から伸びたブレードがワイヤーを断ち切ったのを見届けてからの為、セシリアや鈴にはダメージは無い。
「以前いきなりぶっ放ったのは、お前だったからな。ちょっとお返しさせてもらったぜ」
あ。以前、俺にレールカノンを発射した時の事か!!
『一夏、今の内に入ってきて二人を連れて行け! ここは俺とクラウスで食い止める!!』
『……解った!!』
プライベート・チャネルで伝えられると同時に即断し。零落白夜でアリーナのバリアを切り裂いて乱入。
乱入と同時に瞬時加速を発動し、そのまま、鈴とセシリアの元に駆け寄った。
「セシリア、鈴、大丈夫か!?」
「い、一夏さん……」
「あ、ありがと……」
「一夏、二人は平気か!?」
「大丈夫だ!! さんきゅ、将隆、クラウス!!」
セシリアと鈴は……武装を失い、IS自体もかなり破損しているものの、本人達には大きな怪我はないようだった。
とはいえ、外傷がないだけで他は解らないし。保健室に連れて行く必要はあるだろう。
「貴様ら……よくも邪魔をしたな!!」
「まあ、戦うのは自由だが。流石にあそこまで攻撃を仕掛けるって言うのは、オーバーキルだろ」
「ふっ、俺の辞書には美少女達を見捨てるという文字は無いからな」
「ただの男と恥曝しなど……このシュヴァルツェア・レーゲンの前では相手では無い事を見せてやる!!」
俺がピットに向かう――と同時に、戦闘の第二ラウンドが始まった。
「口だけだな、男達!!」
「ちっ、これが噂のAICか……!!」
「ぐっ!!」
激昂していた奴だが、乱入されても戦闘になると冷静に対処していた。まずステルス機能を持つ将隆をAIC……。
あの停止能力で止めておうと試みて。それと同時に、クラウスへのワイヤーブレードでの攻撃を開始する。
「まずは貴様から潰す!!」
「うっ……!」
「将隆! ……うわっと! あ、危ないな!! おっと! うわっと!! ほいっと!!」
そして将隆が、とうとうAICに捕まった。それを助けようとしたクラウスだが、ワイヤーブレードを避け続けている。
……気のせいか、さっきまでより狙いが甘いような気がするぞ?
「っと、そんな事を見ている場合じゃない――うわっ!」
二人を抱えたままなので、ゆっくりと飛行していたが……ワイヤーブレードのうち一本が、俺達を襲った。
両手が塞がれているので雪片も使用不可能。捕まったら元の木阿弥。そんな状態になってはたまらないので何とか避ける。
「まずは貴様だ。砕けろ……!!」
「砕かれてたまるか! なら――今日、組み込んだしたばかりのこいつだ!!」
ワイヤーブレードが止まり、レールガンが発射されようとした瞬間。
岩戸の装甲の一部が内側に向けて割れて、中から缶づめのような物体が出てくる。あれは――。
「くっ!?」
それは、小型のガトリング砲だった。射撃体勢に入っていた奴も狙いを反らされ、レールガンの狙いが将隆から逸れて――。
「!」
それがよりにもよって、俺達に向けられたまま発射された。
それを理解したのは、発射された瞬間。とっさに二人だけは庇おうと、抱きしめたが――衝撃が襲ってこない。
「……ちっ、少し『出遅れた』か。知ったタイミングが遅かったな……」
「ゴウ……!?」
「また乱入者か!」
俺達とレールガンの間に入ってきて物理シールドでそれを防いだのは、四組の男子操縦者――ゴウだった。
クール系かと思っていたんだが、セシリアや鈴を助けに来てくれるような奴だったとは思わなかった。
「邪魔だ、どけ織斑。とっととす……凰さんとオルコットさんを連れて行け」
「一夏、今のうちに退避するよ。僕がガードするから、急ごう」
「おう!」
言い方はややきついが、その言っている事は至極真っ当だった。俺の役目は、今は二人を安全な場所に連れて行くのが先決。
そしてゴウと一緒に訓練をすると言っていた、シャルルも合流してくれた。
二人はどうやら、アリーナのピットから入ってきたようだが……。タイミングよく来てくれたな。
「危ないな……こいつを組み込んでいなかったらやばかった」
「ふう。格好よくやってきてやられちまうかと思ったぜ」
「次から次へと……うざったい羽虫どもが!! 戦闘はまだ終わっていない、まずはそこの二機から――っ!?」
「――そこまでだ」
あいつが、瞬時加速で地面近くにいた俺達に接近したその時。
奴と俺達との間に、打鉄の近接戦闘用ブレード『葵』の刃が現れた。勿論、それは俺達の誰かではなく。
「!? き、教官!?」
「千冬姉!?」
千冬姉が、ピットから走ってきて俺達の間に葵を突き立てたのだと。それは理解したが――理解した瞬間。
生身でIS用武装を扱ったという事実に、思わず戦慄した。何なんだ、うちの姉は。
170センチはあるそれを、パワーアシストも無しに軽々と扱っているなんて。皆も、驚きの視線を向けている。
「模擬戦をやるのは結構。だがこれ以上、アリーナ施設へのダメージを与える事は許さん」
「う……」
アリーナのバリアを破壊した俺への視線は、いつもどおり険しい。……わ、解ってるけどな。
「ボーデヴィッヒ、オルコット、凰。模擬戦をやっていたようだが、この勝負は私が預かる。異論は無いな?」
「……教官が、そう仰られるのでしたら」
「し、仕方ありませんわね……」
「りょ、りょーかいです……」
そして鶴の一声で戦闘が終わり、そういうとアイツは反対側のビットに戻っていく。
……俺も、セシリアと鈴を連れてビットに戻るのだった。
「皆さん……ありがとうございました」
「……ありがとね」
「いいって。別に大した事はしてないしな」
「そうだな。クラウスの補助が無かったら出来なかったし」
「……」
「感謝はいらないよ」
「ふっ。当然の事をしたまでです」
保健室で精密検査を受けた鈴とセシリアだが、軽い怪我で済んだ。そして今、俺達男子四人(+シャルル)に礼を言っている。
しかし、セシリアも鈴も素直だな。二人の性格だと、まだまだ強がりそうだけど……。
「しかし安芸野、ブローン。お前達が乱入するとはな。てっきり、織斑の方が先にしでかすものと思ったが」
千冬姉がいるから、だろうな。
「二人の方が早かったからな、千冬ね――ぐあっ!?」
「織斑先生、だ。いい加減に覚えろ、馬鹿者」
「す、すいません……」
ぐおおおおおお。今日も出席簿アタックは、変わらず痛いぜ……。
「えーーと、そちらの先生は一組の副担任の……やまや先生、でしたっけ?」
「や、山田です!!」
山田先生は、珍しく強い調子で否定した。やまや、ってニックネームに何かあるらしく。
これだけは、普段大人しくて優しい山田先生が強い調子で否定するんだよな。……あ。千冬姉の視線が将隆に向く。
「安芸野。いくら普段関わりの薄い他クラスの副担任だとはいえ、教師の名前は正しく覚えろ」
「す、すいません……」
鋭い視線に、将隆は顔を強張らせる。将隆は千冬姉とあまり関わる事がないから、まだ慣れてないだろうなあ。
「そうだぞ、将隆。この人は元日本代表候補生、現一年一組副担任の山田真耶先生じゃないか」
へえ。クラウスはちゃんと覚えてるんだな。しかも、元代表候補生って事まで知ってたのか。
「眼鏡、ロリ顔、何よりこの日本人離れした巨乳――いや爆乳!! ここまで印象深い先生はいなげぐっ!?」
千冬姉の裏拳を顔面に喰らったクラウスが、吹き飛ばされてドアにたたきつけられた。
俺がくらった一撃よりも、確実に強い一撃である事は間違いない。ギャグ漫画みたいなシーンだが、紛れも無い現実だ。
「セクハラ発言をするな、馬鹿者」
「ううう……やっぱり私って、胸だけを見られちゃうんでしょうか……」
「……」
返事が無い、ただの屍のようだ。……というか動き出したり喋りだす屍の方が怖いよな、あれ。
あと山田先生、胸を隠すポーズは逆効果です。腕でつぶれて、むしろ、その大きさを強調していますから。
それを見たベッドで寝かされている女生徒Rが、殺気を込めた視線を向けています。
「あ、あの、ところで先生達はどうしてここに?」
お、そういえばそうだなシャルル。さっきのことなら、千冬姉一人で足りそうな気がするが……。
「もしかして、甲龍とブルー・ティアーズの調査ですか?」
「はい、そうですよドイッチ君。お二人とも、あと一撃喰らっていたら、ダメージレベルCでした」
「大変だな、そりゃ。確かそのレベルになると、起動させたら駄目なんだろ?」
「そうなのか? でもダメージレベルCだと何で起動させたら駄目なんだ?」
「……何故安芸野が知っていて、お前が知らないんだ織斑」
千冬姉が、呆れたような表情になった。拳骨は無いが、心が痛くなる視線だった。
「――安芸野、この馬鹿に説明してやってくれ」
「は、はい。ISは、戦闘経験を含む全ての経験を蓄積する事で、より進化した状態へと自らを移行させる機能があります。
でもISのダメージレベルがCを超えたような状態で起動させると、不完全な状態での特殊エネルギーバイパスを構築してしまう。
それらの経験が蓄積された場合、逆に平常時での稼動に悪影響を及ぼす事がある、って事ですよね?」
「上出来だ。織斑に、爪の垢を飲ませたいな」
くそう、将隆。お前は、いつの間に俺を追い抜いているんだ……。
「織斑、今の安芸野の言葉をお前流に解りやすく表現しろ。出来なければ……」
千冬姉が出席簿を縦向きにすると、それを軽く振った。それは、偶々おいてあった林檎のすぐ上で寸止めされたが。
……その林檎が、ナイフも入れていないのに真っ二つに裂けた。
俺の顔が林檎の熟し方とは逆に青くなったのは、言うまでもない。というか、何でこんなことが出来るんだうちの姉は。
「……つ、つまりは怪我をしている時に無理をして動くと、怪我が悪化してしまったり、骨折なら変なくっつき方をしてしまう。
完治しても、身体のバランスがおかしくなる、って事だよな!」
……その時、俺の脳みそは間違いなくフル稼働していたんじゃないかとおもう。
「あ痛っ!?」
「説明は、まあそれでいいだろう。だが、教師に対しては敬語を使え」
「は、はい……」
「……補足しておくと、お前があの時負った怪我がダメージレベルCギリギリだ。覚えておけ」
接近して出席簿を軽めに(あくまで、千冬姉のレベルとしてだが)振った後、小声で補足が入った。
こういう態度を取るって事は、あの時っていうのは……クラス対抗戦のときの事だろう。……あの時の俺と同じ、って事か。
「そ、それはともかく。もう少し損傷が激しかったら、学年別トーナメントへの出場すら禁止されるレベルでしたね」
山田先生が、慌ててフォローなのか話題を戻すが。そ、そんなに酷かったのか。あいつめ……。
何であそこまでやる必要があるっていうんだ!! ……いや、そもそも何で、セシリアと鈴があいつと戦う羽目になったんだろうか。
ひょっとして、以前の俺に対してあったように、二人に攻撃を仕掛けてそれで応戦して……だとかなのか?
「……しかし、大した事が無くて良かったよ。出来ればもう少し早く、救出したかったのだが。
万が一、代表候補生の美しい顔に傷でも残っては大変だった。――俺のミスだな」
普通に聞けば凄い歯の浮くような台詞をゴウが口にする。
そして俺にはとても言えない台詞だが、その言葉には後悔の色がはっきりと浮かび上がっていた。
「……ドイッチさん。そのような事はありませんわ」
「そうよ。つーか、これ以上は無し無し!! うん、そうしましょ!!」
セシリアが穏やかに微笑み、鈴はあっけらかんとした感じだ。しかし、ゴウの奴ってこんな台詞が普通に出てくるんだな。
あいつとの戦いにもまるで『あらかじめ解っていたみたいに』自然に対応しているし。……これも腕の差なのか?
「……それで織斑先生。ボーデヴィッヒの処分はどうなるんですか?」
「処分?」
「ええ。あれだけの事をやらかした以上、あいつにも何らかの処分があってしかるべきだと思うんですが」
お、そうだな。将隆の言うとおりだ。
「処分など、ないぞ」
え? ……あれだけの事をして、お咎めなし?
「そんな! あいつは、処分は受けないんですか!?」
「そもそも、模擬戦においてもある程度の負傷は黙認される。そして事の発端だが……。
ボーデヴィッヒの一方的な攻撃だったようだが、オルコットも凰も模擬戦自体には同意した事は確認が取れている」
そういえば、俺の時は教師が止めに入ったな。二人も攻撃しなければ、教師が止めに入ったって事か?
「織斑先生。俺とシャルルは、第五アリーナに今回の説明をしに行かなければならないのですが、退席しても宜しいですか?」
「あ、そうだったね……。いきなりキャンセルしちゃったんだし」
「そういう事ならば構わん。退席を許す」
「ありがとうございます。――ああ、最後に少しだけよろしいですか?」
丁寧な礼を返し、退室しようとするシャルルとゴウ。だが、その時――ゴウの気配が一変した気がした。
「偶然の遭遇だったのでしょうが、今回の一件。――織斑先生にも責任の一端があるのではないですか?」
「え?」
「ど、ドイッチ君?」
ゴウの意外な一言に、シャルルも山田先生も、俺も他の皆も呆気に取られている。――いや、二人だけ例外がいた。
言われた本人である千冬姉と……何故か将隆だけが様子を変えていない。何でだ?
「確か、学年別トーナメントの変更事項伝達の際、貴女は彼女にこう言ったそうですね?
『馬鹿者。お前は、いつでも自分が認められるレベルのパートナーと組めるとでも思っているのか?
自分よりも力量の劣る者へのサポート技術も身に付けろ。私は、常に自分一人だけで戦え……などと教えた覚えは無いぞ』と……」
「ああ。何処から聞いたのかは知らんが、そのような事を言ったな」
「――では、今回の彼女の一件。代表候補生二人に戦いを仕掛けたのには……。
自分は一人でも二人の代表候補生相手に戦える。自分にはパートナーなど必要ない。その無言の返答ではないのですか?」
「え……?」
「な、何よそれ……」
当事者であるセシリアや鈴が絶句したが、俺達も似たような反応だった。
「貴女が叱責だけで終わらせて、実際に指導を怠り突き放したからこそ彼女はこのような暴挙に出た。
彼女は貴女を慕っていた、それにもかかわらず貴女が彼女を突き放したからこその結末。俺は、そう考えます」
「……」
ゴウはなおも言葉を続けていたが、千冬姉はただそれを聞くだけだった。な、何でだよ千冬姉……。
「貴女は彼女と、もっと話をするべきだったのではないですか? 突き放すだけでは、見放したのと一緒です」
「ど、ドイッチ君! もうその辺でやめて下さい! 今はそんな事を言っている場合じゃないです!!」
「これも重要な事ですよ、山田先生。そもそも一組の副担任である貴女も、無関係というわけではないでしょう?」
「そ、それは……そうですけれど……」
山田先生が、聞き続けていられなくなったのか強い調子で口を挟む。だが……奴は止まらない。
「もしも二人がトーナメント出場不可能なダメージを受けていたら、どう責任を取るつもりだったのですか?
英国と中国の両政府が黙ってはいないでしょうし、下手をすれば彼女達の今後に関わる事態に――」
「ちょっと、その辺にしときなさいよドイッチ」
鈴……?
「黙って聞いていれば、あんた何様のつもり? あいつの事はムカつくけど、それに千……織斑先生達は関係ないわ。
確かに最初はあいつの挑発が発端だけど、戦い自体はあたし達も同意した。だからその位、あたし達は覚悟してる。
仮にあたし達の受けたのがダメージレベルC超えだったとしても、それはそれで仕方が無いわ。
あんたの言う通り政府は黙ってはいないだろうけど、それはあたし達の責任よ」
「……凰さん。君は事態を正しく理解していないようだな。今回の一件は、まだギリギリ問題ないダメージレベルで済んだのだが。
ダメージレベルがもしも機体維持警告域(レッドゾーン)を、いや操縦者生命危険域(デッドゾーン)を超えていたのならば。
――最悪、死という結末もありえたんだよ?」
「……!」
「ああ、ドイッチ。それは杞憂だ。万が一機体維持警告域を超えて戦闘が続行されれば、待機している教員が止めに入るからな」
死。その言葉に、場の空気が凍った。――だが、その空気など完全に無視してようやく千冬姉が口を挟む。
「ほう。……そんなシステムがあったのですか。ですが、今回の一件では働いていなかったようですが?」
「お前も言った通り、ダメージレベルCを超えていなかったのでな。安芸野やブローン、織斑達の乱入も関係しているが」
「正確に稼動していなければ、どんなシステムを語っても絵に描いた餅ではないですか?」
……少しイラっとした。確かに言っている事は正しいかもしれないが、妙に攻撃的だ。
何て言うのか……言葉では上手く表現できないのがもどかしい。何なんだ、一体?
「何だ、意外と耳聡いと思っていたのだが……知らなかったのか?
つい昨日の事だが、三年生同士の模擬戦で我を忘れた三年生がダメージレベルC越えにもかかわらず戦闘を続行した。
その時、そこのアリーナの担当だった新野先生が止めたのだが――。私の言葉は聞いていても、その辺りは知らなかったようだな」
「な……!?」
これは知らなかったのか、ゴウが意表を突かれたような表情になった。まあ、俺達も知らなかったが。
「あ、そんな話を空ちゃんと恵乃ちゃんが、アウトーリちゃんと歩堂ちゃんを相手に、今朝にしていたな?」
「俺も聞いたな。……というかお前、何時の間にあのブラックホールコンビを名前で呼ぶようになったんだ?
アウトーリと歩堂は苗字なのに、あの二人といつの間にそこまで親しくなったんだ?」
「ふっ……ウェーブの赤髪のお嬢様風の中の上のおっぱい、都築恵乃ちゃん。
黒髪ボーイッシュな中の小のおっぱい、加納空ちゃん。俺の魅力に、あの情報通の二人も落とされたのさ」
「そうか。大方、情報提供の代わりに名前で呼ばせてくれとでも頼んだのか?」
「ぬあああっ!? ま、将隆、まさか貴様心が読めるのか!? 何故、昨夜のやり取りを知っている!! さてはエスばふぉっ!?」
「漫才はそのくらいにしろ。――ドイッチ。話は終わりか?
お前は確かアリーナに説明をしに行くために退席すると言っていた筈だが、まだ話があるのか?」
「そ、そうだった! い、いくよゴウ!!」
少し強引に、シャルルがゴウを連れ去った。……何だったんだろうか、今のは。
「ぐおおおおお……あ、頭がぁ……」
ちなみに千冬姉の拳骨を頭にくらったクラウスは、まだ悶絶していた。……あれは痛いよな、経験があるから解る。
「――織斑。少し話がある、来い」
そういわれて寮長室に来るように言われ。俺は、皆と別れて寮長室にいた。
しかし、何の用事だろうか? ひょっとして、さっきの――。
「織斑です」
「入れ」
許可が出たのでドアを開けると、そこにいたのは白ジャージ姿の千冬姉だった。あれ、スーツは着替えたんだな。
「織斑、このプリントの束を寮内で配れ。予定が早まり、今日中に配らなければならなくなったのでな。
一組生徒の部屋番号は、これだ」
「はい」
何だ、クラス代表としての用事だったのか。てっきり俺は――。
「それと先ほどの話だが、少し説明を加えてやる。
――ボーデヴィッヒの処分が無いのは、オルコットと凰が、それを望んでいないからだ」
「え? セシリアと鈴が?」
と思ったら、さっきの補足説明が来たが。どういうことだ?
「考えても見ろ。同じ代表候補生が同じ第三世代のISを駆り、二対一で敗れたのだ。
確かにボーデヴィッヒから過剰な攻撃は受けたが、結果的には文句のつけようのない敗北だ。
機体・武装の相性やコンビネーションの不足なども含めるとはいえ、奴らにとっては屈辱だろう。
そして奴らにも、一国の代表候補生としてそれなりにプライドがある。つまり――」
それって。
「二人がリベンジを希望している、って事ですか?」
「そうだ。その機会を『自分で果たす』事を望むが故に、奴らはボーデヴィッヒへの処分を望まなかった。理解できたか?」
「……納得は、しきれないけど」
当事者であるセシリアと鈴がそう言うのならば、俺に出る幕は無い。頭では解ってはいる……けど。
「――織斑。不服ならば、ボーデヴィッヒとはトーナメントで決着をつけてみろ」
「え?」
「組み合わせはまだ決まってはいないが、もしもお前がボーデヴィッヒと先に当たったのならば、二人の仇をとってみせろ」
「……解りました」
恨み辛みで戦う気はないけれど。もしあいつと当たったのなら、鈴やセシリアがやられた分は返したい。そう、思った。
「あ、あと、先生。ゴウの事なんですけど」
「ドイッチが、どうかしたのか?」
「……なんであの時、反論をしなかったんですか?」
「ああ、アレか。――ドイッチの口にした推測は、おそらくは間違いないであろうからだ」
じゃあ、あいつがセシリアや鈴に攻撃を仕掛けたのも……あの通りの理由なのか?
「自分は第三世代型を預かる代表候補生二人と戦っても勝利できる。それを証明したかったのだろう、と私も考えている」
「……でも、あんな言い方はないだろ。千冬姉があいつの事を突き放したとか……」
「言い方は人それぞれだ。私とて、あまり柔らかい言い方はできん。その辺りは、山田先生に任せているからな。
それと私がボーデヴィッヒを突き放したかどうかについては、私にもドイッチにも決める資格は無い。
ボーデヴィッヒ自身がどう感じたか、だ。まあ、あのような行動に出る以上は不十分だったのだろうが」
うーん。確かにそれはそうかもしれないが。
「何か、偉そうな言い方だったんだよなあ……」
「……それは正しいのかもしれんな。自分の言葉に酔っているような雰囲気は、確かにあった。
今にして思えば先の転入生紹介の集会での発言も、似たような雰囲気があったな」
何か、スッキリしない。ある意味では、あいつの暴虐行為よりも――納得が、出来なかった。
「……どうしますか? 何でしたら、組み合わせを弄っても問題は無いと思いますけど?」
織斑一夏が寮長室から去った後。その場に音もなく現れたのは、ネクタイの制服姿の生徒会長・更識楯無だった。
元々この場に控えていたからだが、その手に持つ扇子には『融通無碍』とある。
その紅玉のような瞳を興味深そうに輝かせているが、口調は真剣そのものだ。
「組み合わせはあくまでランダムだ。……心配せずとも、勝ち抜ければいずれは当たるさ」
「でも、他の専用機持ちにやられちゃう可能性もありますよ?」
「それならば所詮、それまでだったという事だ」
「そうですか。でもラウラちゃんはともかく、織斑君は厳しそうですよねえ? ――そうだ」
「何か悪巧みでも思いついたか?」
「いえいえ。何だったら、私が彼を指導してみようかなあ、と思いまして」
今度は『好機到来』と書かれた扇子で口元を隠す楯無。……しばし、場を沈黙が包んだ。
「……あれ、今度はやめろ、とは言わないんですね」
「ボーデヴィッヒとは違う。だが――あいつの事はどうするつもりだ?」
あいつ。――その単語には、弟ではない気遣いがあった。
「……いまはまだ。私もまだまだ駄目な生徒です」
「そうだな」
「あれ、そこは『そんな事はない。お前も良くやっている』って言う所じゃないんですか?」
「いかんせん、お前の一学年上にそれ以上によくやっている奴がいるのでな。その評価を下すのは難しい」
「あはは、虚ちゃんを出されちゃうと仕方ないですねえ。――では、これで」
「ああ。――頼むぞ」
「……はい、任されました」
最後はふざけた雰囲気など欠片も無い返答を返し、楯無も去る。
そして千冬の視線の先には、ドイツ時代の写真が飾られたアルバムがあった。
「失礼します」
千冬の許可を得た楯無が、一年生の寮に向かおうとした時。腹心である布仏虚より呼び出しが来た。
その場所は――。クラス対抗戦時の乱入者の最初の一体、通称ゴーレムを調査している区画。
「何か、新しい発見があったんですか?」
「それが、とんでもない所から鍵が出てきたんだな。あるISからだが」
そう言うのは、一年三組副担任・古賀水蓮。その他にも、何人かの教師が忙しそうに作業をしている中。
「あるIS?」
「ああ。コアNo.319……だ」
「No.319……? ち、ちょっと待ってください。そのコアは、あの日……」
「ええ。学園で、リヴァイヴとして使用されていました。その使用者は、私――布仏虚、です」
「……先生。あの時、虚ちゃんが纏っていたリヴァイヴが鍵とはどういう事でしょうか?」
僅かに動揺が見えた楯無だが、すぐさま平静に戻る。よりにもよって、自身の腹心の纏っていたIS。それが関わってきたのだ。
「まあ、簡潔に言うとだ。あの時、ゴーレムがアリーナ周辺のシステムを掌握していたんだが。
――同時に、コア・ネットワークへも干渉していた事がわかった。クラス代表達と戦う直前から、のようだがな。
そして奴が、No.319からコア・ネットワークを通じて情報を得た途端……僅かではあるが、システム掌握を解除していた事を確認した。
白式、甲龍、御影、打鉄弐式などの記録(ログ)は一応調査したが、タイミングからしてNo.319で間違いないだろう」
コア・ネットワークとはISのコアに搭載されている、それぞれが相互情報交換のためのデータ通信ネットワークであり。
元々の使用意図である宇宙空間での活動において互いの位置情報を交換するために設けられているもの……となっているが。
近年では非限定情報共有(シェアリング)といわれるコア同士の意識による様々な情報の交換を行っているという事が判明している。
「じゃあ先生。纏めると、あの一機目は虚ちゃんの纏っていたリヴァイヴにコア・ネットワークを繋いで何か情報を得た。
その情報が、あの一部解除の鍵を握ってるって事ですね?」
「そうだな、理解が早くて助かる。問題は、それが何か――だ」
「……あの時の私が得ていた情報は、主に周囲の状況把握でした。確かに重要な情報ではありますが。
あの時アリーナ全域を電子的に制圧していたあの機体からすれば、特筆すべき情報は……ありませんね」
「やはり、更識楯無……お前の接近じゃないのか?」
「……普通なら、そう考えるんでしょうけれどねえ」
「何が引っかかってる? ――ひょっとして、最後のアレか?」
『確定不可』と書かれた扇子を広げ、口元を隠す楯無。その様子に、他の面々もその不審の原因を悟る。
「ええ。香奈枝ちゃん、篠ノ之箒ちゃん、新野先生、アリュマージュ先輩を狙ったあの一撃。
あれだけが不合理なんですよね。……この四人の中で、一番狙われる可能性があるのは彼女ですけど」
「篠ノ之箒、か。――しかし彼女を消して何になる? いや、何故あのタイミングで消そうとした?」
「そこ、なんですよねえ。でも私や霧纏いの淑女もろとも、にしては射線とタイミングが変ですし。
やっぱりあの四人を狙った一撃――としか思えないんですよ」
「私も同感ですね。あそこにISがあったのならば兎も角、ただの人間を狙うというのは戦術的に見ても不利になるだけです。
あの時戦っていたクラス代表達に、隙を見せる事にしかなりません。事実、それが敗因ですし」
「先生。何の情報を得ていたのか、は解らないんですか?」
「タイミングからして、No.319……布仏のリヴァイヴが掴んでいた情報だけで、相当あるんでな。
どれが奴を刺激したのかが解らないんだよ。これでも半分くらいは調べたんだがなあ……」
「細かいタイムスケジュールを見せていただけますか?」
それに応じて現れたウィンドウには、秒単位で事態の推移が表示されていた。
それによると、コア・ネットワーク接続から約一分後に解除されている。
その時の布仏虚が纏っていたリヴァイヴは、アリーナ管制室で統合管制を行っていた時刻だった。
「私が管制室から既に出ていた時間ね。私達がドアを破って……三分後、かしら?」
「この時のゴーレムの行動記録も、見せていただけますか?」
「ああ。とはいえ、最後の一撃を別にすれば代わり映えが無いぞ?」
ほぼ同時刻、アリーナでは織斑一夏の考えでゴーレム撃破の作戦が練られていたのだが。
その時もゴーレムは『攻撃を仕掛けていない時は、まるで興味があるように会話を聞いていた』のだ。
「……この時、事態の変動は? 隔壁が破壊され始めた事で、避難が進み始めた事以外には……?」
「特になし、だ。……はっきり言って今は袋小路って事か」
両手を挙げ、苦笑いするしかない水蓮。結局、それ以上の結論は出ないままだった。
「……へえ。また一人、か」
『ああ。これでますます我々の戦力は補充される』
ここはIS学園よりはるか遠く――欧州の南、地中海に浮かぶ孤島・エレティコス島。
ある大企業の所有するこの島の一角で、ある報告がなされていた。豪奢な神殿のような建造物の最深部の一室。
そこに佇む、最高級品のスーツやネクタイ、腕時計を身につけ高価な調度品に囲まれた金髪碧眼の男性。
彼こそ、この島を所有する大企業――カコ・アガピグループのトップ、クリスティアン・L・ローリー。
その眼前では、遠くインドからの報告が専用回線によってモニターに映し出されていた。
『名前は…………。国籍は日本、現在性別は男性。肉体年齢24歳、生間年数42年、実質生間年数は10年だそうだ』
「ということは、14歳の時に憑依……って事か。特殊能力は持ってるのか?」
『その辺りはおいおい、だな』
「にしても、また実質生間年数がそれだけしかないのか。何か奇妙じゃないか?」
『現在では【異世界からこの世界に転生した者は、必ず20XX年……今から18年前よりも後にこの世界に来ている】と判明したが。
その原因についてはいまだ不明だ。だからこそ、我々は【集めて】いるのだからな』
「そうか。それと、そいつはこっちに回せ。ドールも数が揃いだしたが、慣熟機動には少し時間がかかるからな」
『ああ。ところで、マルゴーの方はどうなっている?』
「正体のばれた『オレンジ』は落としたが『ブルー』に警戒されているようだ。あと『ブラック』とはまだのようだな。
――お。どうやら、動きがあったようだぞ? たった今『ブラック』が『ドラゴン』と『ブルー』に攻撃を仕掛けたと報告があった」
『ようやく、か。では、我々も動くのか? 『ブラック』には――』
「予定通り、だ」
クリスティアンは、その端正な顔を醜く歪める。通常の人間ならば、嫌悪感を抱くであろうが――。
眼前にいる唯一の人物は、モニター越しに嫌悪ではなく同様の笑みを浮かべていた。
「――クリスティアン様、失礼します」
「マオか。入れ」
通信を終えたクリスティアンの部屋に、一人の女性が入ってきた。彼女はマオ・ケーダ・ストーニー。
クリスティアンの第一秘書で腹心であり。彼女がいなければ、カコ・アガピは立ち行かないと言われるほどの実力者だった。
だが、その正体は――人間ではない。
「で、どうなった?」
「はい。フィンランドへの浸透は順調です。我々への同意者も増え、ドールへの出資者も見込めます。
海運業の方ですが、アフリカ東部・ジブチへの出資を決定しました。ここを拠点とし、インド洋にも進出する予定です。後は……」
「ああ、後は面倒だから任せる。それよりもムラムラ来たから『処理』しろ」
「了解しました」
人権など無視したような言葉にも顔色一つ変えることなく、クリスティアンに近づくマオ。
そんな彼女を見て、クリスティアンは先程とはまた違った醜い笑みを浮かべる。
(くくく……毎度ながら、コレは最高のプレゼントだぜ、神様よお!!)
転生者に送られた『プレゼント』である女性を眺めながら。もう一度、クリスティアンは歪んだ笑みを浮かべるのだった。
バトルが何かあっさりと終わってしまった。そしてようやくあちらサイドの話が。
……多分、読んでくれている方の99%以上は忘れている気が。来年はもう少し頑張ります。