「はー。それにしても、怒りに我を忘れちゃったわね」
オルコットさんの部屋から帰って、リラックスする為に大浴場に向かったのだけど。
気分が落ち着いてくると、自分のキレっぷりに反省してしまう。自分でも悪癖だとは自覚しているのだけど。
「何か、差別に反対する差別者みたいになってたし……」
自分の発現を考えてみると、もう少し上手く言えたんじゃないかと思う。――まあ、後悔してもしょうがないけど。
「さてと。――私にも、何かできる事は無いかしらね」
織斑君にこれ以上協力する気は無かったけど、この場合、私は彼に勝って欲しい。それならば、私は何か出来る事をしないと気がすまない。
「ただ勝利を祈る、なんてのはね……」
さて、それにしても何が出来るだろうか。IS知識くらいなら篠ノ之さんが教えられるだろうし……あ。
「あの人に、話を聞いてみようかしら」
頼りになりそうな人が脳裏に浮かび。私は、この手段を選択することにした。
「それで、私に用事って何かしら?」
「はい。今日は先輩にお願いがあって来ました。じつは……」
オルコットさんとの口論の翌日の放課後、私は新聞部の部室前に来ていた。
副部長であるという黛先輩を介して、オルコットさんの情報を得ようとしたのだ。
「……うーん。ちょっと困るわねえ、それ」
しかし先輩は、困ったような笑みを浮かべる。こういう表情は、初めて見たわね。
「困る?」
「貴方が織斑君を応援するのは良いんだけど、オルコットさんの情報をくれって言われてもねえ。
ジャーナリストは公平中立がモットーなのよ。……国家機密の部分もあるし、無駄に睨まれたくないし」
なるほど……。後半の小声部分さえなければ、物凄く納得できるんですけど。
「だったら、私から先輩に織斑君の情報を提供します。それをオルコットさんに伝えたら、公平にはなりませんか?」
「むむむ……」
とは言っても、織斑君の専用機はまだ来ていないわけだから機体の情報なんて提供できないけど。
「OK、なら話は聞きましょうか。まずは織斑君の交友関係と恋愛関係を……」
このくらいなら、OKよね? 求められてるのも、ISに関わる情報じゃないし。
「ねえ、ところで新聞部に入る気ないの? 歓迎するわよ?」
「え?」
予想外の一言に、面食らう。ちなみに、中学時代は帰宅部だった。IS学園は体力も必要なので、塾でのトレーニングはあったけど。
何せ勉強する量が通常の高校受験とは桁外れに多く、部活にまで回せるエネルギーは無かったのよね。
「考えておきます」
「そう、まあ今はそれで良いわよ。ああ、ここじゃ何だから入って」
「はい、失礼します」
そして招かれるまま、私は部室に入った……が。
「す、凄い設備ですね」
一般的な新聞部の部室と言う物がよく解らないが。使ってる機器も何もかも、高校生のレベルじゃないのは解った。
「この学園の設備は凄いからね。――さてと、情報交換と行きましょうか」
「はい」
先輩が、本気の表情になり。私も、気を引き締めて情報交換に臨むのだった。
夜になり、黛先輩から情報を得た私は自室に織斑君達を招いた。二人は剣道の訓練を終えた後らしく、既に制服ではない。
篠ノ之さんは既に平然と。織斑君もまだ疲れが残っているものの、話は聞けるようだ。
「ブルー・ティアーズ……」
「それが、セシリアの専用機か。しかし武装と機体が同じ名前って言うのは、ややこしいなあ」
貰った資料を、机の上に広げる。もっとも国家機密である第三世代ISだから、詳細なスペックなんてまだ公表されていない。
ただ、特徴だとかは何とか仕入れられた。何でも欧州連合のトライアルに出す資料だとか。
……軍人や政治家くらいしか見ないそんな物を新聞部がさらっと出すあたり、この学園が普通で無いというのがよく解るわね。
「このISの特徴は自立機動兵器。簡単に言うと機体の一部が本人から離れて、それぞれがレーザーによる砲撃を行えるって言うモノらしいけど」
「自立機動?」
「ちなみに、こんな感じらしいわ」
そう言われて参考映像として貰ったのには、宇宙にいる真っ白いロボットが、自分から切り離した幾つかの漏斗のような物体……。
『ファンネル』というらしいそれから、ビームを発射しているアニメの画像だった。
彼女の機体、ブルー・ティアーズもこんな感じなのだとか。……ただ解らないのはこの映像をくれた三年生の新聞部部員の言葉。
その先輩はアニメ好き、特にロボットアニメが好きだという話だったけれど。
『オルコットちゃんだから、キュ○レイよりもサイコ○ンダムの方が良さそうだったんだけど』ってどういう意味なのかしら?
「厄介だな。つまり、周りに自分を狙う敵が増えると言う事だろう?」
あれ。篠ノ之さん、意外と理解が早いわね。
「剣で言うなら、自分を複数の相手が囲んでいるような物だ。時代劇なら兎も角、実戦では不利だぞ」
「うわ。そりゃ厄介だな」
……そういう事なの。でも肝心の織斑君には理解できたらしいし、良いか。
「問題は、それをどうやって破るかだな」
「でもさ。自立、って言っても結局はセシリアが操ってるんだろう? じゃあ、セシリアを倒せばそれで終わりじゃないのか?」
「結論はそうなんだけど……」
問題は、どうやって其処まで行くかっていう話なのよね。言うなれば複数の狙撃手が、オルコットさんを守っているような物だし。
「織斑君。射撃は得意?」
「得意と言うか……。ゲームとか、屋台の射的なら得意だぞ」
「なら、訓練機のリヴァイヴとかで、射撃の訓練でもしてみる?」
「宇月、残念だが無理だ。先ほど確認してきたが、上級生の申請で、訓練機の使用は月曜日まで全て埋まっていた」
「あらら」
動く自立兵器を狙撃できれば、と思ったけど。どうやら、これも駄目のようだった。
「……ふっふっふ」
「「「!?」」」
不敵な笑いと共に、私達の前に現れたのは……あれ、フランチェスカ?
あ、私が入ってくる時に鍵を閉め忘れてたわ。というかここ、そもそもフランチェスカの部屋でもあるんだし。
「フランチェスカ、どうしたのよ?」
「さっき、オルコットが『あの男と仲間達、絶対に許しませんわ!』とか言ってたから。香奈枝も、織斑君に協力してるんでしょ?」
……うわー、やっぱり私も仲間にされたみたいね。そう言えば、今日は妙に視線が怖かったけど。
「だから、私も協力しておきたいのよ」
「え? で、でも良いの?」
「ええ。私もイタリアの人間だし。イギリスはライバルなのよ」
軽い口調だが、その言葉には意外と本気の色が見えた。
少しだけ聞いた話だと、オルコットさんのブルー・ティアーズはドイツ・イタリアと共に欧州連合の次期主力機を争っているらしい。
当然、この三国(及びそれ以外のフランスとか)ではそれの開発に躍起になっているわけで。つまりは。
「織斑君に勝ってもらえれば、私としても好ましいのよ。イギリスの評価も落ちるだろうし」
はっきりと言うフランチェスカ。代表候補生でもないのに、母国の為に動く。
……日本人だけどそう言った感覚がない私達からすれば、少し意外かもしれない。私の場合は、完全に自業自得だし。
「英国の第三世代ISであるブルー・ティアーズの噂は、先輩からだけど少しだけ聞いてたわ。協力しても良いでしょ?」
「――頼む。箒や宇月さんまで巻き込んだ以上、セシリアには負けられないからな」
織斑君が頭を下げ。そして、フランチェスカも協力する事になったのだった。
俺達は、セシリア戦に向けて話し合いを続けていた。……だが。
「ブルー・ティアーズ……ええと、武器の方だけど。コントロールが相当難しい武器みたいよ。
聞いた話だと、複数扱うのは代表候補生でも難しいらしいわ。でも、あれを所持してるって事はオルコットは……」
「複数扱える、と見て間違いあるまいな。……一夏、複数の敵と戦った経験などは無いか?」
「あるわけないだろうが……」
「どのくらいの速度で扱えるのか、とかが今ひとつ解らないし……」
「こういう武器って、どこが弱点なのかしら? 一つを破壊しようとしたら、他やオルコットさん本人に狙い撃ちされるだろうし……」
話し合いは難航していた。と言うか箒、大真面目にそれ言ってるのか。
「ねえフランチェスカ、タイムラグなんかはあるのかしら。一度撃ったら、エネルギーチャージに時間が掛かるとか」
「そういったのは、無いみたいよ。もちろんエネルギー切れとかはあるだろうし、連射性能にも限界はあるだろうけど」
「つまりは、連発される弓だな。むむむ……」
うーん。中々突破口が開けないな。
「と言うか一番の問題は、敵の手札よりも自分の手札が解らないって事なのよね……」
「一夏、千冬さんからお前のISについて何か聞いていないのか」
「いや、何にも。月曜には届くようにはしてる、とは言ってたけど」
……下手すると、ぶっつけ本番かもな。勘弁して欲しいが。
「とにかく織斑君のISが来ていない以上は、篠ノ之さんの剣道の特訓と授業レベルの知識取得しか出来そうに無いわね」
「訓練機も使えないしねえ。特例として認めてくれたら、別だったんだろうけど……そうもいかないでしょうし」
宇月さんが、消しゴムを指で弄くりながら溜息を付く。……うーん。
「あ」
バランスが崩れたのか、消しゴムは俺の身体に当たり、その後転がって床に落ちた。おいおい、しょうがない……な!?
「……これなら、特訓になるかな?」
「一夏、どうした? 何か思いついたのか?」
「ああ。これを、俺に向かって投げてくれ」
そういうと、自分の消しゴムを箒に渡す。
「いったい何を……っ! これが、ブルーティアーズの代わりか?」
「ああ。こんな物じゃ大した役には立たないかもしれないけど。複数から狙われる事への訓練にはなりそうだ」
「私達も手伝えば、三方向から狙われる事への訓練にはなりそう……」
「消しゴムだから、頭とか眼に当たらなければ大丈夫そうね。効果は不明だけど」
まあ……子供じみた訓練だとは思うけど、な。
「あ、どうせならこっちを使わない?」
「え?」
そう言ってフランチェスカが取り出したのは、拳銃だった。……玩具、だよな? 何か金属で出来てるけど!!
「ふむ……。こちらの方が訓練になるかもしれんな」
ちょっとまて、箒!?
「銃を撃つ、って言うのは私達にもマイナスにはならないわよね?」
宇月さん!?
「と言うことで、こっちに決定ね♪ あ、目に当たるといけないからゴーグル貸してあげるわ。サバゲ用の簡易防弾チョッキもね」
俺の周りには、俺の意見なんて聞かずに話を進める女子しかいないらしい。うん。
まあ、協力してくれてるんだから文句は言えないけどな。俺の事を考えてくれているのは、間違いないんだし。
「では行くぞ、一夏」
「頭とかは狙わないけど、ちゃんと避けてよ」
「いくよ!」
箒、宇月さん、フランチェスカの三人が三方向に散り。それぞれ、手にした拳銃そっくりのエアガンを俺に向け……っ!
「当たっちゃったわね……」
正面右からの箒、正面左からの宇月さんの射撃は避けたものの。背後からのフランチェスカの弾丸には当たってしまった。
当たってもそれほど痛くは無い素材のようだが、これは回避訓練なのだから意味が無い。
「これ、無理なんじゃないの? ISにはハイパーセンサーがあるから背後からの攻撃でも感知できるけど、生身じゃ無理よ」
「そうね。いくらなんでも、これはね……」
「……」
1026号室の二人が難しい表情になり、箒も険しい顔になる。だけど。
「皆。続けて、くれないか?」
「え?」
「複数から狙われる、って事に耐性を付けておきたいんだ。ISを動かすにも、イメージが大事らしいし」
って、教本に書いてあったしな。
「お前がそういうなら……解った。いくぞ!」
「しょうがないわね」
「それじゃ、再スタートね」
「ぐ……」
俺は、汗まみれだった。フランチェスカに借りたチョッキは汗でドロドロで、洗濯を選択しなければならないだろう。
「織斑君、大丈夫? 剣道の稽古もやってるのに、体力が持たないんじゃないの?」
情けない話だが、俺は完全に鈍っているらしい。何度も回避特訓を続けるうちに、明らかに回避率が落ちてきている。
膝が笑い、腰や腿が痛み出す。箒との稽古の疲れもある。情けないが、宇月さんの言うとおりなんだろう。だけど……
「一夏、もう止めて置け。今日はここまでだ」
「な、何言ってるんだよ、おれは、まだ……」
「もう遅い。私は兎も角、この二人をつきあわせるのにも、限界があるだろう」
「え」
時計を見ると、確かにもう遅い時間だった。
「ごめんな、二人とも。情報持ってきてくれて、その上にこんな特訓にまでつき合わせて」
「いいのよ。私達の事情と合致したからやってるんだし。ね、香奈枝?」
「そうそう。オルコットさんに勝つことだけを考えておきなさい。……まあ、今夜はこれまでって事で」
「ありがとう、皆」
俺は、二人に……いや、箒も含めた三人に深く頭を下げた。……俺は、周りの人間に本当に恵まれてるよな。
「……」
一夏が特訓の汗をシャワーで流している為、私は自分のベッドに座っていた。
本当なら大浴場で汗でも流せればいいのだが、男である以上それは無理だからな。
「……それにしても、やはり一夏は一夏だったな」
浴衣に着替え終えた私の頭に浮かぶのは、一夏の事。六年ぶりに再会した幼馴染。最初は、軟弱者だと思ってしまった。
だが。変わっていない子供のままの部分と、変わった大人の部分を持ち合わせている、格好良い男へと……
「はっ!?」
な、何を考えてるんだ私は! ま、まあ、客観的に見て、一夏は格好良い方であるかもしれないが……え、ええい、修行が足りん!
「だ、だがまあ、気概は失っていなかったのだし。オルコットとの戦いにも、臆してはいないようだしな。
……それに、私の事も覚えてくれていたのだからな」
僅かに身動ぎしたため、髪が揺れる。密かな願掛け。テレビで一夏がISを動かしたと聞いた時の驚き。
IS学園に入学するだろうと聞いて以来、自分を覚えてくれているだろうかと悩んだ日々。掲示板の前で、顔を見かけた時の衝撃。
すぐに解った、と言われた時の喜び。そして、同室となった時の……。
「ふふふ」
これから一年間。この部屋で、一夏と二人きりで……
「……はっ!?」
い、今私は何を考えていた!? な、何が二人きりだ。だ、大体この部屋には来客が多い。
クラス代表決定戦に協力してくれる二人はさておき、一夏を訪ねる者も多い。二人きりの時間などは、あまり多くは……い、いや。
「そ、そもそもどうでもいいのだ!」
「何がだ?」
「――っ!? お、おおお、終わったのか?」
「ああ、すまなかったな、先にシャワー使って。お前は良いのか?」
「わ、私は先ほど浴びた。あれからそれほど汗をかいていないからな。問題ない」
とは言え、やはり少しは汗臭いだろうか? あ、汗臭いのは一夏は駄目だろうか。
「だ、だがまあ、お前も使い終わった事だし、もう一度浴びるか」
「そうだな。……あれ、そう言えば箒って大浴場には行かないのか?」
「そ、そ、それはだな」
ええい、何故お前はそういう所ばかり気がつくのだ。……本当は、行きたいのだが。
「お前、風呂とか好きだったよな? 何で?」
「か……関係ないだろう。大体……」
……ん? ノックがしたな、来客か。
「篠ノ之さん、いるー?」
「あ、ああ」
宇月の声だな、どうしたのだろうか。忘れ物でもあったか?
「どうしたのだ、宇月?」
「篠ノ之さんと一緒に、お風呂行こうと思って。まだでしょ?」
……なん、だと?
「おお、丁度いいや。行って来いよ、箒」
い、いや、待て、その……だな。ど、どうすれば良いのだ。わ、私は……
「……もしかして、私達とじゃ嫌?」
「そ、そういうわけではない!」
宇月の後ろにいたレオーネが、覗き込んでくる。思わず反射的に、そう答えたが。
「じゃあ、OKって事ね。行きましょうか」
……拒否権を自ら捨ててしまった私に、それを拒む理由など浮かぶ筈も無かった。
「うわあ……。凄い設備ねえ、ここ」
「でしょう? シャワーだけじゃ勿体無いって、解った?」
どうやら今夜は、シャワーだけで済ませていたレオーネを宇月が誘ったのが元々の話だったのだが。
どうせなら私も誘おう、という話に発展してしまったらしい。
「篠ノ之さん、大丈夫? 何か、緊張してるけど」
「あ、ああ。問題ない」
……私は、バスタオルできっちりと身体を隠していた。二人もバスタオルは纏っているが、私ほどきつくは無い。
少々不自然ではあったかもしれないが、幸い指摘されることは無かった。二人に何か言われる前に、脱いだからな。
「日本の風呂って、先に身体を洗ってから浴槽に入るんだっけ?」
「そうね。髪を洗う場合はそれも含めてから」
「ふーん。あ、そう言えば背中の流し合いって言うのをやってみない?」
「いいけど……」
な、何いいいいいい!?
「しししし、しかしだな。私達は三人いるぞ。……お、お前達だけでやるといい」
「そう? じゃあ今日は、私と香奈枝でしましょうか」
「ごめんなさい、篠ノ之さん」
「き、気にするな」
……何とか二人を誤魔化した私は、少し離れた場所で身体を洗い終えた。……よし、周囲に人の目は無いな。
「……ふう」
桶で湯を溜め、一気に流す。またタオルを巻いて……さて、なるべく人目につかない場所で湯に浸かるとしようか。
「あれ~~? しののんだ~~?」
「の、布仏?」
好事魔多し、というべきか。布仏が私を見かけ、近づいてきた。……スローペースなので、遅いが。
「しののん、まだ湯船に入らないの~~?」
「わ、解っている……」
くいくい、とタオルを引っ張る。え、ええい。私はある事情があるので、なるべくなら肌を見せるのは短い方が良いのだ。
「かなみーと、ふっちーはあっちだよー?」
指差す方向を見ると、宇月とレオーネが身体を洗い終わったのかこちらに向かっている。……い、いかん。
「そ、それでは私はこれで。ま、またな布仏!」
「あー」
……その声の意味を理解したのは、全てが曝け出された後だった。……布仏は、私のバスタオルを僅かに持ったままだった。
そのまま私が移動した為、布仏に持たれたバスタオルは引っ張られ。
「――――!!」
……その瞬間、大浴場は静寂に包まれた。
「……ごめんなさいね、篠ノ之さん。まさか、そんな事情だとは思わなかったわ」
「い、いや、良いんだレオーネ。誘ってくれたのだから、な」
十人は入れそうな檜風呂を占有し、私達は湯に浸かっていた。私のほかは、宇月にレオーネ。
それに布仏と、彼女の連れである谷本と夜竹、それに偶然一緒になった鷹月と言った面々だ。全員、一組の面々だ。
「それにしても……大きいわね」
「私達が巡洋艦なら……空母?」
「み、見るな……」
谷本と夜竹の視線が、私の胸に集中していた。……その、何と言うか。私の胸は、年齢不相応に大きい。
中学時代から急に成長したそれは、異性ばかりでなく同性の視線までも集めてしまい。
いつしか私は、シャワーや風呂などを同年代の女子と参加する事が嫌になってしまっていた。
「ん~~。すっごいね~~。こんな大きいの、私二度目だよ~~」
布仏、何故お前は目を輝かせるのだ。というか、お前も身長のわりには充分過ぎるほど大きいではないか。
「まあ、人それぞれ悩みはあるわよ。スタイルに悩んでいる娘は多いし」
「そうね。私も、もう少しウェストが細くなって欲しいし……」
「フランチェスカ。それ以上細くなったら、内臓痛めるわよ?」
鷹月、レオーネ、宇月は私に視線を向けず。
かと言って無視しているわけでもなく、程よい距離を保ってくれていた。……正直な話、助かる。
「あれ~~? せっしーだ~~」
「せっしー?」
視線を向けると、そこにいたのはバスタオルを巻いたオルコットだった。私同様、大浴場に来るのは初めてなのか。
視線が落ち着かなかったが、それでも私達に気付くと、その視線を落ち着かせる辺りは彼女の矜持の賜物なのか。
「あら、皆さん。こんばんわ」
「こんばんわ~~」
「こんばんわ」
私達を見つけたのか、近づいてくる。……流石に風呂場で喧嘩腰はいかんな。あちらも、平静を装っているのだし。
「日本の風呂、と言うのを体験しに参りましたが……。日本人は群れたがる、と言うのは本当のようですわね」
む? 何故か知らんが、宇月に険しい視線を向けているな。宇月も視線をそらしているし。何かあったか?
「せっしーも、一緒に入ろうよ~~」
……布仏、空気を読んでくれ。頼むから。
「せっかくですが、私はあちらのバスに入らせていただきますわ」
ああ、ジェットバスか。そう言えばあちらの方に、中程度の大きさの物があるな。……って。
「待て、風呂に入る前に身体を洗わんか」
「あら、日本ではそうですの? ですがわたくしは英国人ですので、英国流でさせていただきますわ」
こいつ……。よく見れば、バスタオルの下は水着ではないか。確かに寮規則には、水着着用も可とはあったが。
「郷に入っては郷に従う、という諺を知らんのか」
「ゴウ……。ああ、その土地に入ったならばその土地のルールに従う、と言う日本の言い回しでしたわね。
ですがここはIS学園。日本でありながら、日本ではない場所でしてよ?」
え、ええい、屁理屈を! 知らないならまだしも!!
「ここは日本だ! だいたい、他の者の事も考えんか!」
思わず立ち上がり、オルコットに向けて叫んでしまった。……いかんいかん。
こんな場所で大声を出しては迷惑だな。風呂場は声が響くし。周囲の者が、何事かと私達に視線を向けてきたしな。
「……」
ん、何だ? 何故オルコットは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている?
「おい、どうした?」
呼びかけても返事が無い。湯あたりか? だが、まだ湯船には浸かっていない筈だが……
「お~~、凄いね~~」
凄い? 何がだ? ……はっ!?
「……」
私は、自分の姿を見た。……タオルも何も無く、そのままの姿を彼女に晒している。……!
「意外と自爆するタイプなのね、篠ノ之さん」
……宇月の言葉が、耳に痛かった。
「よう、箒。大浴場はどうだった?」
「……」
そして、開口一番に一夏が聞いてきたのもこれだった。え、ええい! お前と言う奴は!!
「何かあったのか? 喧嘩でもやらかしたとか」
「そ、そうではない」
オルコットは、あの後正気に戻るとそのまま去っていった。
それは別にいいのだが……私の、その……胸を見た女生徒達が、呆けたような表情になって言った言葉が問題だった。
「何がスイカだ」
人の胸を、果物扱いしおって。
「スイカ? 腹が減ったのか?」
「違うわっ!」
ええい、腹立たしい!
「でもいいよなあ、大浴場。なあなあ、どんな設備があったんだ?」
「知らん! 私はもう寝るぞ!!」
「お、おい? 箒?」
一夏が不思議そうな視線を向けてくるが、私は構わずに寝た。
「何か知らないけど……何かあったら、すぐに言ってくれよ? おやすみ、箒」
「……」
一夏の、暖かい言葉は嬉しかったが。……い、言えるわけがないだろう。
色々な検査を終えて、俺は自衛隊の施設につれて来られた。ここが、新しい俺の居場所か……。
「じゃあ俺は、IS学園に転校って事ですか?」
「そうだ。あそこには、君と同様にISを動かせる男子が既に在籍している」
「ああ、織斑一夏っすね」
と思っていたら、いきなり転入を告げられた。自衛隊の一佐だと名乗った40代くらいの男性が、淡々と伝えたが。
だけどその目には、隠しきれない嫉妬と羨望があった。
「……君に与えられる専用機『御影』は日本の将来を背負う事に成る機体だ。しっかりと、頑張って貰いたい」
「はい」
……堅苦しいのは好きじゃないが、学校だの親だの、色々な所でちゃんとしろと言われているのでそう返事をする。
「それにしても御影、か。どんな機体なんですか?」
やっぱり日本製だから、派手な重装甲のスーパーロボットだろうか。『神にも悪魔にもなれる魔神』とか。
iSと同じく、宇宙開発のために作られたっていう設定のある『得る者』とか。いやいや。
ここは実物大の模型が作られたあの『白い悪魔』みたいな奴でも……。ちなみに俺は『逆襲』派だけど。
「御影は、ステルス性能を重視した機体だ。軽装甲高機動軽火力、日本と米軍が共同開発した第三世代のプロトタイプになる」
……ステルス機?
「じゃあ、ロケットパンチとか、ビームライフルとか、○○ビームなんかは……」
「そのような武装は存在しない」
「超電磁回転とか、天空の剣の唐竹+逆袈裟斬りとか、太陽アタックとか……」
「ロボットアニメと現実とを混合しない事だ。必殺技など必要ない」
ろ、浪漫もクソもねえ!!
「詳しくは、この書類にある。全てに目を通しておくように」
おい、この百科事典が5冊集まったような紙の束は何だよ。これを読めと?
「君の扱うISは、単純に言えば兵器だ。モンド・グロッソなど真の姿ではない。
下手をすれば一国を一機で滅ぼせる力、それがISなんだ。……くれぐれも、扱いには注意してくれ」
「はい」
……その自衛官の顔は、物凄く真剣で、そして僅かに恐怖に彩られていて。俺は、一番素直に返事が出来た。
「それで、俺はこれからすぐにIS学園に向かうんですか?」
「いや、少しだけ自衛隊のIS部隊で基礎知識や基本動作を学んでいく事になるだろう。
君もIS関連の知識などない状態で、いきなり授業を理解する事など出来ないだろうからな」
……そりゃそうだな。俺はISを動かせるとは言え、それに関する知識は全く無いし。幾つかの単語をSFの世界で知ってるくらいだ。
「じゃあ……お世話になります」
そして俺は頭を下げ。
「ところで一佐さん。実はスーパーロボットとか好きでしょ?」
俺は自衛官にニヤリと笑いかける。だって、普通の人ならこういう反応はしない。
超電磁回転とか太陽アタックという名称を聞いて、すぐ『ロボットアニメ』『必殺技』と言う単語に結びつくくらいだし。
「!」
……今まで見せなかった動揺に、俺は少しだけ溜飲が下がるのだった。
―あとがき―
サービスシーンを書こうとしたら、それ以外の部分も含めて箒の視点が一番大きくなった。な、何を言ってるかわからねーとおもうが(省略)
……ここを読まれている方は覚えておいででしょう。前書きの三番目を。
『基本的には満遍なくキャラを使って行きたいと思っています。できなければ、筆者の力不足です』
……はい。早速、力不足を露呈しました!! ……駄目かもな、このお約束。
しかしこんな初心者作品でも読んで下さり、指摘を下さる方もいらっしゃるので。暫くは続けたいと思います。
よろしければお付き合い下さい。
おまけ:長すぎるのでカットした部分
「それにしても、本当に大きいわね……」
「だから、そうジロジロと見るな!!」
部屋に戻る途中。レオーネは、飽きもせず私の胸をジロジロと見ていた。な、何が面白いのだこいつは。お前もまあまあ大きいではないか。
「フランチェスカ、幾らなんでも失礼よ。そろそろ勘弁してあげて」
「はいはーい」
入浴で気分を良くしたのか、彼女はいつもとは調子が違う。先ほども、コーヒー牛乳を飲んで楽しそうにしていたが……。
「……そう言えばさー。篠ノ之さんって、織斑君と一緒にシャワー浴びてるの?」
「ぶっ!!」
「あるわけ無いでしょ……」
思わず、つんのめりそうになってしまった。な、何を言い出すのだこいつはぁ!?
「そっかー。やっぱり、そこまでは無理かー」
「あ、あのなあ……」
先ほどまでは、一夏を助けてくれる頼りになる仲間だと思っていたが。……こんな一面があったのか?
「まあ、シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?」
「なななななななっ!?」
思わず宇月を見るが、彼女は真っ青になり首を振る。
「……え、その反応何? ひょっとして、もうやっちゃったとか?」
……しまった。よく考えてみれば、尋ね方が奇妙だった。
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出る事くらいはやったんでしょ?』
と聞いたからには、それをはっきりと聞いた状態ではなかった筈だ。はっきりと聞いているのなら
『シャワー浴びた後にバスタオル一枚で織斑君の前に出たんでしょ?』
となる筈だから。……普段は常人並にしか働かない頭が、こんな時だけ姉の如く働いた。だが、吐いた言葉だけは戻せない。
「え、え、え? それで織斑君の反応はどうだったの?」
「ふ、フランチェスカ!!」
……何かを言っているが、まるで反応が出来ない。……そう言えば、と私はあの日の事を思い出していた。
『1025号室……ここだな』
入学初日。私は、自室だと教えられた部屋に入った。はっきり言えば、無駄に広い。洋室というのも、あまり落ち着かないが……。
『まあ、一人部屋だからそう感じるのかもしれないな……』
私の姉の事情からか、私は一人部屋だ。まあいい、一人の方が落ち着く部分もある。
部屋の中での修練も、同居者がいなければやりやすいしな。まあ、後から同居人が加わるかもしれないとも言われたが。
『さてと、荷物を置いてまずは……ん?』
荷物の中に置かれた携帯電話が、点灯していた。何だ……?
『はい、篠ノ之ですが……』
『篠ノ之か』
『ち、千冬さん?』
『……お前もあの愚弟と同じか。学校では織斑先生、と呼べ』
『し、失礼しました』
驚いた事に、電話の相手は千冬さんだった。どうしたのだろうか?
『次からは気をつけろ。――さて本題だが。篠ノ之、お前の部屋は一人部屋だったな?』
『は、はい』
『悪いが、部屋割りの変更があった。――今日から、お前の同居人が出来る』
『そ、そうなのですか?』
意外だった。編入でもあるなら兎も角、入学初日に部屋割り変更があるとは。
『くれぐれも「仲良く」するようにな』
『は、はい!!』
用件を言い終わると、電話は終わった。……ふむ、同居人か。
『……少々汗臭いか?』
先ほど剣道部に行き、入部届けを出してきた。その時に『動きを見る』と言う事で少々身体を動かしたのだが……。
『一人ならばまだしも、同居人がいる以上はな』
そして私は、シャワーを浴びに入った。……すると。間もなく声がする。
『もう来たか……。仕方あるまい、な』
シャワーを止め、自分の胸を見る。これを見られるのには、同性であれあまり好ましくないが。同居する以上、覚悟を決めるしかあるまい。
『同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ。こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――』
言いながら、私はシャワー室のドアを開けた。脱衣所のドアは既に開かれており、同時に目に入ってきたのは――
「それにしてもー、篠ノ之さんも大胆なのねー」
……我に返ると、レオーネの調子は更に上がっていた。……いかんいかん、肝心な事を忘れていたな。
「宇月、レオーネ」
「ん、何?」
「ど、どうしたのかしら」
二人は私の方を向き。同時に、私の手が二人の肩を片方づつ掴む。
「……今の事は、決して他言しないようにな?」
笑顔で、私はそう告げた。……笑顔で、だ。気のせいか二人の顔が引き攣っていたようだが。何故引き攣るのだろうな?