「どうしようか?」
「普通に考えたら、専用機持ちと組みたいって希望を出すのが良いんだろうけど……」
本日最初の授業であるIS理論が終わった直後、クラス中でそんな話が飛交っていた。
言うまでもなく、学年別トーナメントの事。まあ、人によっては話題は少し違っている。たとえば……。
「それにしても、優勝したペアには何でも希望をかなえるなんて優勝景品を出してくるというのは予想外だよねー」
「うんうん。学園内に限る、とは言っていたけど……でも、優勝ってかなり難しそうだよね……」
「今年は専用機持ちが10人超えてるしね……」
少し諦めムードの人もいれば。
「ふふふ。まさに、わたくしの為の舞台が整いましたわね」
「そうはいかんぞ、セシリア。専用機は無くとも、負けるわけにはいかん」
「あら箒さん、気合は十分のようですわね。――ですが、そう易々と勝てると思っていただいては困りますわ」
オルコットさんと篠ノ之さんのようにヒートアップしている人もいるけど。
私はフランチェスカの方に向かうので、スルーさせてもらった。――さて、と。
「ねえねえ香奈枝。私と契約してタッグパートナーになってよ!!」
「……」
「あれ、駄目?」
いや、そういう事じゃないけど。確かに、自分が言おうとした事を先に相手に言われて驚いてはいるけど。
「何なの、その契約してタッグパートナーっていうのは?」
「イタリアでも見た、日本のアニメの台詞からだけど。可愛らしい絵柄なのよね、二話までしか見ていないんだけど」
「何てアニメ?」
「血溜まりスケッチ、って言うらしいわ。確か、2011年に大ヒットしたアニメみたいよ?」
何か怖そうなタイトルだけど可愛らしい絵柄なの? 貴女、そういう趣味だっけ?
入学してからこっち、貴女がそういうアニメ見ている所を見た事ないんだけど……まあ、そんな事はどうでもいい。
「ねえねえ、良いでしょ?」
「そうね。私の方からも、お願いするわ」
こんな感じで、私とフランチェスカのタッグはあっさりと決まった。
数組が同じく決まっているみたいだけど、やはり専用機持ちを希望する人が多いのか。虎視眈々とその面々を見つめている。
「ねえデュノア君! デュノア君は、どんな娘がタッグパートナーだったら良いと思う?」
「そ、それは……ちょっと言えない、かな?」
田島さんが、巧妙な言い方でデュノア君に相手を聞こうとしている。もしも「○○タイプだったら良いな」と言ってしまえば。
○○タイプの娘はデュノア君を狙い、そうでなければ他の男子や専用機持ちに狙いを移すかもしれないから。
しかし彼もそんな事はお見通しなのか、明確な答えは返さなかったけど……あれ?
気のせいか、デュノア君のいつもの落ち着き振りが少し欠けているような気がする。何かあったのかしら?
私も彼のお陰でとても助かっているので、少し気になるけど……。
「ん? デュノア君、織斑君の方を見てるわね」
「そうね……」
デュノア君の席は私の席――廊下側から二列目の一番前のすぐ後ろ、織斑君の席――中央列の一番前の斜め後ろなのだけど。
視線がそちらに向いている。……あれ、何でだろう。彼のような視線に、何故か見覚えがあるような……?
それも、最近……。よく解らないけど、なぜか、嫌な予感がするわね。
「どうしたのよ、香奈枝」
「え? う、ううん。何でもないわ。デュノア君が誰と組むにせよ、強敵になるだろうなって思ったのよ」
「そうよね。ラピッド・スイッチまで使いこなせるんだものね」
私は直接目にしたわけでは無いけど、彼がその技能を使って織斑君を守った、という噂は全校生徒の間で知れ渡っていた。
それにしても……不思議な事がある。
「織斑君や安芸野君よりも後のはずなのに、何でそんな高等技術を使いこなせるんだろ? 天才、っていうやつなのかしら?」
「……どうなんだろうね。それを言ったら、使えない筈の零落白夜を使う織斑君はどうなるのかな」
ああ、確かにフランチェスカの言う通りね。以前のボーデヴィッヒさんじゃないけど、コピーしたのか。
でもワンオフがコピーできるなんて聞いた事ないし、ありえないだろうし。
「ねえねえ宇月さん。これ、どう思う?」
「え?」
突然、岸里さんが私に差し出したのは、ISに関する論文だった。
「これ、うちのクラブの先輩が見せてくれた、雑誌に載った論文のコピーなんだけど」
「零落白夜の発動についての仮説……?」
篝火ヒカルノ、という倉持技研の人による論文だった。……ちょっと興味を引かれるわね。
「ふうん……なるほど……ふむふむ……」
かなり難解だったけど、中々引き込まれる文章だった。そして私は、さっきの嫌な予感を忘却していったのだった……。
「ねえねえ。安芸野君は誰かの名前を書いたのかなあ?」
「どうだろう? やっぱりうちのクラスの誰かかな? それとも、男子の中の誰かなのかな?」
一夏や他のクラスの専用機持ちもそうだろうが、一年三組では、クラス唯一のIS専用機を持つ俺へ注目が集まっていた。
後は、ライアンとニーニョの代表候補生コンビもそうだった。実際、この二人には何人かが申し込んでいたが。
「私も突然の話で驚いているから、少し待ってくれない?」
「……保留という事で、頼む」
と言って明言を避けていた。ちなみに、先ほど希望を書かされた俺は――。
「お願いしますよ安芸野君。ぜひとも、聞かせてもらいたいのですが」
「そうそう。教えてくれたら、極上の情報をプレゼントするよ?」
「いやだからお前ら、専用機持ちの場合、秘密は明後日まで明かしちゃ駄目だって言われただろ?」
ブラックホールコンビ……加納と都築が俺から離れない。さて、どうしたものか。
「しかしですね。我々一般生徒にとってみれば、意外と重要なのですよ」
「そうそう。専用機持ちのうち、誰を狙うかによってトーナメントの勝率が変わってくるし」
「でも、専用機持ちと組めば必ず強いってわけじゃないだろ」
実際、ライアンやニーニョ以外にも実力者はいる。岩戸が来る前とはいえ、ノーマルリヴァイヴで俺をKOしたアウトーリ。
防御強化の打鉄での接近戦を得意とし、命知らずに突撃してくる赤堀。銃器の扱いと切り替えに長けた歩堂。
他にも、俺の知らない強敵は多いだろうし。
「ねえねえ安芸野君。御影の専門整備って、誰かに頼むの?」
と思っていたら、整備課志望だという戸塚留美――双子の戸塚姉妹の姉の方から別の質問が飛んできた。
専門整備っていうと、えーーっと、確か。
「トーナメントとかで、特定の人間に整備を任せる事だっけか?」
「そうそう。整備課の先輩達は忙しいらしいから、頼むなら早くしないと大変らしいよ?」
瓶底のような分厚いメガネを掛けた戸塚が、真剣そうに説明する。うーん。
「専門整備、かあ……」
自衛隊にいる頃、ほんの初歩だけは習ったが。御影は、はっきり言ってほとんどほったらかし状態だった。
戸塚や何人かが整備について聞いてきたが……。やっぱり、そういうのも重要なんだろう。
「ちょっと聞かないといけないな、それは」
「うん、それが良いね」
自衛隊に連絡して、そういう事についても聞いておこう。さて――。
「アウローラ・ロッシットさん。俺と共に、栄冠を掴む道へ旅立ちませんか?」
「ごめんなさい」
「歩堂凛さん。俺と共に戦ってくれ!!」
「お断りするわ」
……見ると、クラウスが絨毯爆撃のように片っ端から三組の女子に声を掛けていた。
専用機持ちではあるがそれがドールである為、選択の自由を持っているクラウス。……あいつも、決して弱いわけじゃないんだが。
「くうう……このクラスの女子は、態度が慎ましやかな人が多いな」
「いや、明らかにお前の方に問題があると思うんだが」
「何故だ将隆! この俺の、何処に問題があるというんだ!!」
「特定の誰かを狙うならまだしも、片っ端から声を掛けているだけだろ。それと――」
「ロミーナ・アウトーリさん! イチゴを好きなだけ奢ろう! 俺と共に戦ってくれ!!」
「んー。私はもう相手が決まってるから、駄目~~」
「ガッデム! ではシェザンヌ・ロリオさん! 俺と――」
おい、人の話を聞けよ。そんな事じゃ、誰も――。
「ねえクラウス君。――わたしと組む気がある?」
「ら、ライアン!?」
「ちょ、ちょっとマリア、本気!?」
クラス中が、驚きに包まれた。なぜなら、クラウスに声を掛けたのは、元クラス代表でアメリカ代表候補生。
専用機こそ持っていないが、その実力はクラストップであろう……マリア・ライアンだったからだ。
「……マジ?」
「ええ、わりと本気だけど。ただ――条件があるわ」
「何なりと!!」
「今後、一切他の女子に必要以上に話しかけない事。……出来る?」
「……」
うわあ、人間、ここまで見事に硬直できる物なのか。クラウスが、まるで石化したように動かない。
「――どうやら、無理のようね。じゃあ、この話はこれで終わりよ」
「ま、待て、待ってくれライアンさん! いや、しかし……ううううううううううう!」
まだ唸っているクラウスを尻目に、ライアンは教室を出ようと――した直前で、俺の耳元で囁いた。
「……安芸野君。クラス代表なら、問題児の手綱をしっかりと握っておいてね」
と。……うん、ライアンにはまだまだかなわない点が多くある。素でのIS操縦技術とか、眼力だとか。
そして今、その中にリーダーシップという物がある事をまざまざと見せ付けられた感じだった。
そして。そろそろ先生が来る時間になっても、クラウスはまだ悩み続けていた。
「おいクラウス、そろそろ戻って来い」
「ぐおおお……アメリカの天使と俺の嫁達が、際どい格好をして両側から俺を引っ張っている……。
俺は、どうすればいいんだああっ!!」
……どうやら悩んだ末に、妄想の世界で悩んでいるらしかった。
一夏、お前のルームメイトと俺のルームメイトには途方もない格差があるぞ……。
今日の午後は珍しく、一組と三組との合同授業だった。クラスメート達曰く、入学してから初めて、らしい。
織斑先生ファンの何人かは、それこそ地に足がつかないレベルで喜んでいたな。そして、当然ながら――。
「……よう、一夏、シャルル。お前達も書かされたのか?」
「ああ。それにしても、何か突然の事で戸惑ったぜ」
「そうだね。まあ、仕方の無いことだよ」
一夏やシャルルとも、一緒の更衣室で着替える事になるのだった。そしてシャルルが先に行き。
『一夏。――ちょっと良いか?』
『プライベート・チャネル……ひょっとして、シャルル絡みか?』
クラウスも既に先に行った為。――俺は、気になっていた事をプライベート・チャネルで聞く事にした。
二人だけとはいえ、やっぱり絶対に明かせない事柄だからな。
『そうだ。お前……今朝の申し込みには、誰の名前を書いたんだ? シャルル、か?』
本来なら聞いてはいけない話題だが。これだけは、聞いておかなければならなかったからだ。
『ああ。俺は、シャルルの名前を書いた』
『そうなのか』
まあ、予想通りだな。こいつの事だから、シャルルを守ろうとするだろうし。
『ああ、シャルルを守らないといけないし。千冬姉にも、できる限りフォローするように言われたしな』
……駄目だこいつ、早く何とかしないと。いつか確実に修羅場が来る。
『将隆。ひょっとして、お前もシャルルの名前を――』
『いや。俺は、三組女子って書いた。……右も左も解らなかった俺を、普通に受け止めてくれた連中だからな』
『……俺が言うのもなんだけど、大雑把過ぎないか?』
『まあな。正直、まだ親しくない連中と組む可能性もあるけど。親しい奴らだけでも何人かいるし。
ただ、それはそれで親しくないクラスメートと親交を深めるチャンスだと思ってる』
『……』
すると、一夏が黙ってしまった。プライベートチャネルで黙ってしまう、っていうのも変な気がするが。
『お前、ちゃんとクラス代表として考えてるんだな。……俺、見習わないといけないかもしれない』
『良いんだよ、今回の事は。――じゃあ、切るぞ』
そして俺達は着替え始めて――何故か一夏が、奇妙な体勢で固まった。
スーツのズボンを引っ張りあげる途中で止まっているその姿は、珍妙だ。
「……なあ、今思い出したんだが。シャルルの正体を知る、少し前だったんだが」
「何かあったのか?」
「実は……」
『ふう。やっぱりスーツに着替えるのって面倒くさいよな』
『そうなんだ。やっぱり男性用ってまだまだ作り始めたばかりだから、女性用と比べて着替えにくいかな?』
『いや、そういうんじゃなくて。引っかかるんだよ、これ』
『引っかかる? ……? ……!?』
『どうしたんだシャルル、顔を真っ赤にして』
『何でもない!! 何でもないよ!!』
「……マズイだろ、それ」
「ああ。謝っておいた方が良いよな、これ?」
「うん、むしろ土下座くらいはした方が良いレベルだと思うぞ」
何とも間抜けな会話が発覚したもんだな、おい。
「それは兎も角、急ごうぜ。俺も新武装が届いたんだ、それを使う前に織斑先生の雷を食らいたくはないからな」
「ああ!」
そして俺と一夏は走り出した。……それにしても。
一夏がシャルルの名前を書いたなら。シャルルは、誰の名前を書いたんだろう?
「用事って何ですか、織斑先生」
「――デュノアについてだ。その後、どうなったかを報告しろ」
「!」
三組の合同授業の後に『白式の動きが悪いので、補習を受けろ』と言われて教官室まで呼び出されたが。
それは口実で、本題はシャルル関連の事のようだった。
「シャルルに関しては、特に変わった事はありません。たぶん、誰にもばれていない筈です」
「そうか。――ところで織斑。詳しくは聞いていなかったが、何故デュノアの事情を知ったのだ?」
「え、ええとそれは……ちょっとした綻びで」
「そうか」
アリーナの更衣室から裸のシャルルが飛び出してきて正体を知りました、なんて言えないので誤魔化す。
もう少し深く説明しなければならないかな、とも思ったが……杞憂だった。
「まあ、お前には最初から事情を教えても良かったのだがな。――そうなると、デュノアの実家の事情もある」
そうだな。ゴウの奴も、だからこそ俺達にシャルルの秘密を打ち明けなかったんだろうし。
「――それに、お前以外の男子生徒が不自然な態度を取る可能性もあったからな。だから明かしはしなかった」
「あの、何で俺以外なんですか?」
「お前は篠ノ之と同じ部屋で過ごした経験があるだろうが。だから女のデュノアと同室でも平気であるだろうと判断された」
いやいや、やっぱりちょっとした事で色々と苦労してるんだけどな?
箒とだって、着替えの時とかに少しだけ――あくまで少しだけ、だがドキドキした事はあったし。
「ところで織斑。最近、連中とはどうなんだ」
「連中?」
「篠ノ之、オルコット、凰の事だ」
「別に、変わった事は無いです。飯を一緒に食ったり、訓練したり、一緒に勉強したりしています」
しいて言うなら、妙にアグレッシブになっているような気がするんだが。まあ、俺の気のせいかな?
「訓練内容はどうなっている?」
「今は、模擬戦をやりながら基本動作の確認……といった所です。あとは、回避訓練とかもあります」
「うむ。それと、お前に一つ教えておくが。お前の白式は、近接戦闘のみの機体だ。戦術にもよるが……。
もし今度のタッグトーナメントの相手が決まった場合、試合開始前に使用許諾(アンロック)を貰うのを忘れるなよ?」
使用許諾……。確か、他のISの武器を使えるようになる仕組みだったな。
これを使えば、俺の白式でも僚機の銃器を使う事が出来るんだ。
「さて、後は――男連中とはどうだ?」
「うーん……将隆やクラウスとは結構話をしてます。ロブとは隣室なのに、全然話す機会が無いです」
「そうか。ドイッチとは話したのか?」
「まず話しません。クラスの違いもあるけど、どうも何か……あっちが俺の方を避けているような気がして。
ああ、勿論俺の勘違いかもしれないんですけど」
慌ててフォローするが、千冬姉は何やら考えているようだ。……まずったかな?
「では一夏、話は変わるが。宇月に関してなのだが……あいつとは、最近どうだ?」
「どうだ、って言われても……別に、彼女と変わった事はないけど? まあ、少し疎遠になったかな?」
一夏、と言われたので俺も家族としての言葉遣いに戻る。それにしても、何で宇月さんなんだ?
「あいつは、また無理をしていないか? お前は部屋が隣なのだ、少しは知っているだろう」
「ああ、なるほど。それは大丈夫、だと思う。以前は無茶してたみたいだけど、今はセーブしている筈だ」
フランチェスカも、別に心配していなかったしな。顔色も悪くないし。
「そうか、ならば良い。ある意味、一番の問題児があいつだからな」
「問題児ぃ?」
あの宇月さんが、問題児なのか? 真面目さでは俺の二つ後ろの席にいる箒のルームメイト・鷹月さんと同じくらいで。
遅刻も……あ、以前一回だけやらかしたけど、基本的に十分前から五分前には集合してるし。
予習復習を欠かさずやっているし、打鉄弐式に関わる前辺りには、俺への勉強を教えてくれた事もあった。
放課後は黛先輩とか、のほほんさんのお姉さんから整備の事を学んでいるらしいのに。何で、問題児なんだ?
「不思議そうな顔をしているな。……宇月は、自分で背負い込み過ぎるからだ。その点が、玉に瑕というだけだ」
「なるほどな」
まあ以前、無理をしすぎて倒れたからなあ。仕方が無い。
「織斑。仮に、だが。――もしも宇月が以前のような状況に陥りかけたら、その時は結果が勘違いでも構わん、私に言え。
クラスのメンバーの異変に気づくという事も、クラス代表の重要な役割なのだからな」
「解りました」
真剣なまなざしに、俺も真剣に答える。そうだな、確かにいきなり倒れるようなオーバーワークをさせちゃいけないよな。
まあ、千冬姉は人間の限界を見極めているから、そんな事はめったに起こらないんだけど。
実際、今まででも授業で鬼か悪魔のようなトレーニングがあったけど、宇月さんみたいに倒れたケースはないし……。
「……一夏? お前は私を何だと思っているんだ?」
し、しまったああああああああああ!!
「織斑先生、よろしいですか?」
「ああ、お前か……入れ」
寮長室の扉を次に開けたのは、一夏と同じく一組の生徒だった。
ここに来るのは初めてではない彼女は、担任教師の部屋にもまるで自室のように上がりこむ。
「あのー。すぐそこの休憩室で、織斑君が真っ白になって倒れていたんですけど、何かあったんですか?」
「なに、少しばかり気苦労が溜まっていたのだろう。寝かせてやれ」
「そ、そうですか……」
実際には一夏の表情は、恐怖で固まっていたのだが。
その恐怖を身をもって経験している少女は、一瞬でその話題に触れる事をやめた。そして、報告を始めるが。
「――ふむ。一夏から聞いていた事と、それほど大差はないか」
「え? 私から事情を知っているのに、わざわざ織斑君にも聞いたんですか?」
「あいつの視野が自分の事だけで狭まっていないか、試してみただけの事だ」
「はあ、そうなんですか」
あいかわらずスパルタですね、とは言葉に出さず心中に止め置く。
――もっとも眼前の教師はそんな事などたやすく見抜いていたが、今回はそれを指摘しない。
「それにしても、お前にも苦労をかけるな。織斑だけでなく、デュノアの事まで頼んでいるのだが」
「あはは、その辺りは問題ないですよ。私はあくまで『彼女』のルームメイトですから」
「で、どうだ? あいつは、お前から見てどういう人間だと思った?」
「どういう人間、ですか。……無理をする娘だと思いました」
「ほう?」
「自分の『正体』を隠し、学校生活を送る……。凄く辛い事だと思いますから」
「それは、お前もそうではないのか?」
「私は、ここ数日で伝えられただけですから」
そういうと少女は朗らかに笑う。
「では、い……織斑の方はどうだ?」
「彼は、真っ直ぐだし良い人だと思います。……初対面なのにご飯の交換を申し出られたのには、驚きましたけどね」
「あれはただの唐変木だ。……少し育て方を間違えたかと、不安になるほどにな」
「でも、彼は悪人じゃないですよ。少なくとも私は、彼には憎しみをもてません」
「そうか」
無表情の千冬だが、それを直視した少女には嬉しそうな表情にもみえた。ほんの、僅かではあるが。
「ご苦労。これからも頼むぞ、レオーネ」
「はい。失礼しました」
1026号室の生徒、フランチェスカ・レオーネは非の打ち所の無い礼を返すと退室する。そして。
「……うん、もう少し頑張らないといけないよね。トーナメントで一回戦を突破すれば、成績評価も上がりそうだし」
そう誰かに向けて呟くと、イタリアで育った少女は自室へと戻っていく。――その真の正体は、未だ誰も知らないのだった。
「あれ?」
わたくしが第三アリーナに入ると、反対側から鈴さんの姿が見えた。
わたくしは鈴さんが既にこちらにいる事は知っていたので、驚きはないけれど。
「セシリア、何であんたがここにいるのよ? あんたは、第五アリーナじゃなかったっけ?」
ええ。確かにその予定でしたし、昼間に会った時もそう伝えたけれど。
「クラスメートの鏡ナギさんから、アリーナ替えを頼まれましたの。何とか成立したので、こちらに参りましたわ」
どうやら鈴さんも今来たばかりのご様子だけれど。そしてその目が、まるで獲物を狙う狼のような目つきになる。
「……ねえセシリア。一応聞いておくけど、あんたとあたしが組む確率ってあると思う?」
「わたくしと鈴さんが、ですか?」
あるとすれば、私と鈴さんが共に相手の名前を書いた場合。片方の希望が叶う場合もあるだろうけれど、その確率はきわめて低い。
つまり、ほぼ無いに近い確率であるという事。
「あたしが考えるに、その可能性は無さそうなのよね? だったらトーナメント前にさ、一勝負しない?
丁度良い機会だし、以前の実習の事も含めて、どっちが上か白黒ハッキリさせとく……ってのはどう?」
「あら、珍しく意見が一致しましたわね。どちらがより強く、より優雅であるかを証明する、良い機会ですわ」
本当は、互いの戦闘力を見極める狙いもある。勿論、鈴さんもそれは理解しているのだろうけれど。
「では――模擬戦といきましょうか」
「ええ」
互いに少し距離を取り、状況を確認する。他のISの姿は無く、思う存分にやれそう。監視役の教師にその旨を伝え。
「鷹月さん。データ収集、お任せしますわ」
『うん、解ったわ』
今日はISを借りられず、データ収集――もしもわたくしと当たった場合、参考にするのだろう――役を担う鷹月さんにも伝え。
そして、主武装のスターライトMarkⅢと双天牙月を互いに展開し、いざ――という瞬間。
「「!?」」
超音速の弾丸が、わたくしと鈴さんの間の空間を通り抜けていく。これは……レールガン!?
「貴女は……何のつもりですの?」
そして弾丸の飛んできた方を見ると、予想通り、漆黒のISを身にまとったボーデヴィッヒさんが立っていた。
鈴さんの声が強張っているのが感じ取れる。模擬戦を行う事は既に通達している。これに乱入など、普通は許されないのに。
「どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
「中国とイギリスの第三世代型IS、甲龍とブルー・ティアーズか……。ふん、データで見た時の方が幾分か強そうではあったな」
その態度からしても誤射ではなく、明らかな敵意のある一撃。
勿論、レールガンの一発程度では多少シールドが削られるだけ……とはいえ。
「ふうん。……で、やるの? わざわざドイツくんだりからやって来てボコボコにされたいなんて大したマゾっぷりね。
それともあれ? ジャガイモ畑じゃそういうのが流行ってるの?」
「まぁまぁ鈴さん、こちらの方はどうも言葉が伝わってない様子ですからあまり苛めるのはかわいそうですわよ?」
あきらかに戦意ある攻撃を仕掛けてきた者に、譲る気はない。鈴さんもそれは同じのようで。
模擬戦をやるつもりだった私と歩調をあわせ、甲龍を黒い機体へと向けた。
「安い挑発だな。それにしても、二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬ者が専用機持ちとは。
数しか能のない国と、古さだけが取り柄の国はよほど人材不足と見えるな」
「へえ。その数しか能のない国にとっくに追い抜かれたのは何処の国だっけ?」
「古い国の真似をして覇権主義に走り、隣国生まれの最悪の虐殺者を選んだ挙句に一時期は分裂していたのは何処でしたかしら?」
「はっ、言い返すくらいならば二人がかりで来たらどうだ?
世界で数頭とはいえ、下らん種馬に過ぎんクズをありがたそうに取り合うメスどもに、この私が負けるものか」
種馬。その言葉を聴いた瞬間、互いの理性を超えた怒りが湧いたのが解る。
「今、なんて言った? あたしには『どうぞ好きなだけ殴ってください』って聞こえたけど?」
「この場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。
その軽口、二度と叩けぬように今ここで叩いておきましょう」
『オルコットさん、まさかボーデヴィッヒさんと……』
「大丈夫ですわ。――模擬戦の相手をドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒに変更します」
『……あー。つまり、2対1の変則マッチに変更でいいな?』
「はい!」
監督教師の声が聞こえ、鈴さんも勢いよく答える。そして――第三世代型三機による変則的な戦いが始まった。
「見せていただきますわよ、ドイツの機体の機動性!!」
まずセシリアが四方にビットを展開し、レーザーを放った。しかし、あえて回避できるタイミングで放ったにも関わらず。
どういうわけか、ラウラは回避行動をとろうとはしない。バリアーを抜き、黒い装甲に命中する……が。
「!?」
シールドバリアーを抜いた筈のレーザーが、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲上で飛散した。
熱された鉄板に垂らされた水滴のごとく、消えうせてしまったのだ。
「今のは……!?」
「ふ……このシュヴァルツェア・レーゲンの装甲には対ビーム兵器用コーティングがしてある。
その程度の出力では、この装甲を穿つ事など出来ない!」
「!」
その時、装甲分析が終わっていた。ウィンドウには、ルナーズメタル・ヘキサ合板装甲(対ビーム仕様)の文字が浮かぶ。
「ルナーズメタル……! 運動性を上げる特性を持つ、装甲素材……!!」
「な、何よそれ!?」
「欧州で第二世代機開発の際に開発された装甲の一種ですわ。反応性を上げる特性は高く評価されましたが。
基本的に一部の上級者しか使用できない使い勝手の悪さ、コスト高から一般的には使用されない装甲なのですが……。
そしてあれには、ヘキサ合板……対ビーム仕様のコーティングがしてあるようですわね」
ビーム仕様のコーティングとは、AICでは止められない存在への対応策だった。
ISの基本装備の一つであり、ISの空中制動の要であり、慣性制御であるPIC。
それを指向性にしたものであり、対象の周辺空間に慣性を停止させる領域を展開させてその動きを封じてしまうAIC。
その慣性静止では防げない攻撃への対抗手段が、装甲に施されたビーム使用のコーティングだった。
そしてレーザーも、このコーティングが効力を発生する攻撃の一つに含まれている。
つまり、セシリアの今の威力レベルの攻撃は封じられたも同然だった。
(牽制用では、あの装甲を突破できないということですのね。ならば……)
「その仕様すらも打ち抜く火力で相手するだけですわ!!」
しかし、ビーム仕様といっても無敵ではない。あくまで軽減するだけであり、一定以上の威力ならば撃ち抜ける。
スターライトMarkⅢでの一撃や、ビットからの集中攻撃ならば十分にダメージを与えられる――。そう判断するが。
「攻撃力はそんなものか。――では、私の方から攻めてやる!!」
「!!」
瞬時加速。織斑一夏や、その姉にしてラウラの尊敬する織斑千冬らが得意とする高速移動。
それを使用した相手がすぐ眼前まで迫っていた。それを認識した瞬間、ビットが動き出したが――。
「0.03秒遅い」
シュヴァルツェア・レーゲンの両手首から発生したエネルギーブレードが、セシリア本人と主武装である銃器……。
スターライトMarkⅢを切り裂いていた。そして放たれたレーザーも、容易く回避する。
「セシリア!! この、離れなさいよ!!」
「ああ、こんな奴といつまでも共にいる気はない。今、離れてやるさ」
「ちっ……セシリア、大丈夫なの?」
「……少々痛手ですわね。こんなに早くスターライトが潰されるとは思いませんでしたわ」
再びの瞬時加速で、距離をとるラウラ。その敵を眼前に見据えつつ、鈴は相棒の機体状況を気遣う。そして、戦術を選択し。
「……援護頼むわよ! 突っ込むわ!!」
「心得ましたわ!!」
セシリアがビットから強めのレーザーを放ち、ラウラの回避先を誘導する。
(今回は、回避してきた……。やはり、無制限に攻撃を防げるわけではないようですわ……!!)
(このままセシリアに追い詰めてもらって、そしたら衝撃砲を叩き込んでやるわ!!)
近接戦闘の主武装・双天牙月を分離させ、二振りの刃として振り回しながら接近する鈴。
ブルー・ティアーズと比べ射程の短い衝撃砲では、敵に接近する必要があったからだが
「貰った!!」
その有効射程内に入ると同時に衝撃砲がチャージされる。肩の非固定浮遊部位で圧縮された衝撃が、そのまま砲塔となり。
それに込められたエネルギーが、弾丸として放たれる衝撃砲。
セシリアのレーザーにより行動を制限されていたラウラには避ける手段も無く命中する――筈だった。
「「な!?」」
ラウラが、鈴に……衝撃砲から放たれた一撃に向けて手をかざす。ただそれだけで、衝撃砲の一撃が霧散した。
まるで、そんな一撃が放たれなかったかのように。
「な……何よあれ……?」
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの前ではな」
驚く二人を、シュヴァルツェア・レーゲンから射出された先端にブレードを備え付けたワイヤーが襲う。
肩部に取り付けられていたそれは、まるで生き物のように甲龍とブルー・ティアーズに襲い掛かった。
「そのような物、焼き切ってさしあげますわ!!」
ファティマ・チャコンと一場久遠&ロバート・クロトーの模擬戦の時のように、ワイヤー破壊を狙うセシリア。
だがその時のワイヤーウィップとは異なり、本体からの複雑なコントロールによりレーザーが避けられる。
「な……」
「セシリア、ぼさっとしない!!」
ブルー・ティアーズの脚を絡めとらんとしたワイヤーブレードを、投擲された双天牙月が切り裂く。
それを見て、切り裂かれていない方のブレードも本体へと戻った。
「ようやく一本を破壊、か。では、これならどうだ?」
今まで射出されていた一本に加え、腰部左右から四本……合計五本のワイヤーブレードが射出される。
更に右肩部に装備されたレールカノン砲も、二人に向けて照準を定めだした。
蛇のように襲い来るであろうワイヤーブレードと超高速で射出されるであろうレールカノンに、二人の意識が集まる中――。
「遅い」
「へ!?」
ラウラ本人が、瞬時加速を利用して射出されたワイヤーブレードを『追い抜いて』来た。
てっきりワイヤーブレードとレールカノンによる遠距離攻撃だと思っていた二人が、完全に意表を突かれる。
「あの模擬戦を見ていたにもかかわらず、この体たらくとはな!!」
「がっ……!!」
甲龍に向けて、本来のセオリーを無視してレールガンが至近距離で放たれた。
速射性を重視した為に、本来なされる筈だった追加速を行っていない事から加速が十分についていなかった点。
照準も何も無い点から致命傷ではないが――何よりも隙を突かれたのは大きく。
甲龍は弾き飛ばされる。そしてそれを、追いついてきたワイヤーブレードのうち二本が捕らえた。
ワイヤーを切断する能力を持つ双天牙月を警戒してか、腕を使われないように幾重にも腕全体を包むように巻かれてしまう。
「鈴さんをやらせはしませんわ!!」
「馬鹿が。――ワイヤーブレードはあと三本あるのだぞ?」
「!」
ラウラの言った三本のうち、二本がビットを二機破壊した。残る一本が、ブルー・ティアーズ本体を捕らえる。
「ほら、捕らえたぞ」
「それはこちらの台詞ですわ!」
破壊されなかったビット二機が、シュヴァルツェア・レーゲンに狙いを定める。
十分にエネルギーを込めた一撃が、蒼の端末より放たれ――ようとして、空中で静止した。
「やはりこれは……AIC!!」
「静止している目標を破壊など、容易いことだ――がっ!?」
動きを封じられたビットが、共にワイヤーブレードで破壊された。しかし、同時に衝撃砲が至近距離で命中する。
「あたしを忘れてるんじゃないわよ!!」
「この雑魚が……眠っていろ!!」
残る二本のワイヤーブレードとレーザーブレードが、衝撃砲を搭載した非固定浮遊部位に叩き込まれる。
これで甲龍とブルー・ティアーズの攻撃力はほぼ失われる。
「さて……今度は中国と英国の第三世代型の、耐久力を見せてもらうとしようか」
「く……」
「はん、四千年の歴史の耐久力を舐めないでよね!!」
「そうか、では『愉しませて』もらおうか」
そう言うと同時に拘束された鈴へ肉薄し、甲龍を蹴り飛ばし、ほぼ同時にレールカノンによる水平射撃も平行して敢行した。
蹴り飛ばされた衝撃とレールカノンの衝撃とで、地上に墜落していく甲龍。
「鈴さん!!」
「慌てるな、次はお前の番だ」
腕部に搭載されたレーザーブレードが妖しく輝きながら出現し、そのままブルー・ティアーズに向けられる。
拳とともに、斬るのではなく突きとして放たれる一撃。それが、次々とシールドエネルギーを削っていく。
「かはっ……」
「お前の機体は射撃特化だったな? いい機会だ、射撃の手本を見せてやろう」
レールカノンが容赦なく放たれ、ブルー・ティアーズもまた地上へと墜落する。
だがワイヤーブレードで捕らえられている為、地上に落ちきる事さえ出来ずに再び敵の元へ手繰り寄せられる。
このままではシールドエネルギーがあっという間に機体維持警告域にまで近づくであろうと思われた中……。
「!?」
獲物を捕らえた肉食獣のような笑みを浮かべていたラウラが、突然険しい表情になると回避行動に移る。
シュヴァルツェア・レーゲンを、一発の砲弾が襲ったのだ。間一髪、といえるタイミングで迫った砲弾。
それは、ラウラのレールカノンにも使われているISアーマー用特殊鉄鋼弾だった。それはセシリアにも、鈴にもない武装。
「誰だ……!?」
「ま、まさか……」
「一夏さん!?」
ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけ、悪の手からヒロインを救い出すヒーローの登場。
そんなシチュエーションを瞬時に夢想し、セシリアと鈴が砲弾の向かってきた方向へと視線を向け……。
「貴様は……!!」
ラウラは見た。――借り受けた銃器を携え、強い信念を込めて、地上にしっかりと根付いたように立ち。
そこから、上空の自分をしっかりと見据えている黒い髪の少年を。