今回、わりと洒落にならないオリジナル設定があります。ご注意ください。
「……」
「……」
寮の部屋に戻っても。俺と目の前のシャルル(?)は、お互い視線を合わせられずに黙っていた。だけど、こうしていても仕方がない。
「……なあ」
思い切って声をかけてみると、目の前のシャルル(?)はビクッと身を震わせる。
聞いてはいけないかもしれないが、聞かないわけにはいかないから。――俺は口を開く。
「君はシャルル、なんだよな? でも、女の子……だよな?」
「……」
最後の確認の為に尋ねると、相手は無言で頷いた。目の前の相手は女の子で、間違いなくシャルル。――確定した。
「どうして、男のふりなんてしてたんだ?」
「それは……実家の方からそうしろって言われて」
「実家って、デュノア社だよな?」
つまり、デュノア社から男装してIS学園に編入しろって言われたのか? でも何のために社長の息……もとい、娘が?
シャルルの腕前からすれば、普通に編入試験を受けても合格できるだろう。男装する必要なんて、何処にあるんだ?
もしかして、代表候補生入りするためなのか? 男性操縦者を逃がさないために、無条件で代表候補生にされたとか言ってたけど。
「うん。正確には僕の父の……社長からの命令なんだよ」
あれ? 何か、シャルルの声が変わったような。顔も曇り出してるし。
「命令って、親子なんだろう? なんでそんな――」
「僕はね、一夏。愛人の子なんだよ」
俺の疑問を遮って告げられた事実に、俺は絶句するしかなかった。俺だって『愛人の子』と言う意味くらい解る。
そしてその言葉は『愛人の子だから、男装を強要されて送り込まれた』というニュアンスを含ませていた。
「元々僕はお母さんと二人で暮らしてたんだけど、お母さんが亡くなった時にね、父の部下が僕を引き取りにやって来たの。
それが二年前。そして色々検査する過程でIS適性が高い事が分かって、非公式にデュノア社のテストパイロットをやることになってね」
……シャルルは、それでISに乗る事になったのか? 皆のように自分の意思で決めたのではなく。――親の意思で。
「でも非公式にテストパイロットって、どういうことだよ?」
「言葉どおりだよ。決して表に出ないように、ずっと訓練施設でISの訓練を受けてきて。高速切り替えも、そこで覚えたんだ」
「ずっと、って……どうしてそこまでさせられたんだよ。父親は生きてるんだろ? 一緒に暮らしてるんだろ?」
「……父に会ったのは、この二年間で二回くらいだよ」
どういう、ことだよ……。
「会話は数回交わしたかな。普段はデュノア社の訓練施設の横にある別邸で生活していたんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。
あの時は酷かったなぁ。本妻の人にいきなり『この……泥棒猫の娘が!』って殴られたよ。参るよね。
母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
愛想笑いを浮かべるシャルルだったが、あまりにも悲しすぎる彼女の過去に俺は返事も返せなかった。
「……それで、どうして僕がこんな格好をしていたか、だけど。
僕が引き取られてから少し経った頃からかな。デュノア社は、経営危機に陥っていったの」
「え? だってデュノア社っていえば、IS関連の大企業なんだろ? リヴァイヴの出来だって悪くないし……」
「うん。でもね、どんなに出来が良くても結局リヴァイヴは第二世代型なんだよ」
どういう事なんだ?
「欧州連合の次期防衛プラン『イグニッション・プラン』の事は知ってる……かな?」
「あ、ああ。セシリアやフランチェスカ達から聞いた事がある。欧州連合が、各国の第三世代ISの中からどれを選ぶかっていう計画で。
セシリアが言ってたけど、ブルー・ティアーズもそのトライアルに出す機体で、自分が入学した理由にはデータ集めの要素もあるって。
それで、候補はイギリスの他にドイツとイタリアだって……あ」
そうだ。そこに、シャルルの国・フランスは入っていなかった。じゃあ、デュノア社は第三世代ISの開発をしていないって事か?
「うん、その通り。イグニッション・プランは欧州連合全体の次期防衛計画に関わる、大きな計画。
でも第三世代型の開発計画が無いフランスは、そのプランから除名されてる。だからこそ、その開発は急務なんだ。
もしも他の国が選ばれれば、国防の面でも商業的な面でもフランスは窮地に追いやられるからね。だけど、デュノア社にはその力が無い。
開発しようとしていないわけじゃないけど、リヴァイヴの開発に手間取ってたから第三世代型を開発する余裕はなくなってたんだ。
だから政府からの通達で、援助の予算を大幅にカットされて。その上、次のトライアルに選ばれなかった場合は全面的にカット。
ISの開発許可も剥奪して、別の企業に任せるって話になったの。何としても第三世代型を開発しろ、って事だね」
政治の絡むかなり難しい話だったが、何とか理解できた……と思う。だが、どうしても解らない事がある。
「でも、どうしてそれがシャルルが男装する事に繋がるんだ?」
わざわざそんな事情を話すって事は、シャルルと関わる事でもあるんだろうけど。繋がりがわからなかった。
「ヨーロッパ初の男性操縦者、って事で注目を集める為の広告塔の役目。それに同じ男子なら、特異ケース達と接触しやすい。
可能であれば、その使用機体と本人のデータを取れるだろう……って事だよ。
もしもそのデータを使って『ISが男性にも動かせる謎の解明』や『ワンオフアビリティーが生み出しやすいIS』が出来たのなら。
デュノア社はイグニッション・プランのトライアルの勝利は勿論、IS関連の企業で世界一になれるのは間違いないしね」
「それってつまり―――」
「そう、白式と御影の。一夏や将隆のデータを盗んでこい、って言われていたんだよ。――あの人にね」
そんな事のために、シャルルは望まない男装を強いられて学園に送り込まれたっていうのか?
「それとね。一夏も知ってると思うけど、ドールが開発されたでしょ? あの時、キルレシオが発表されたのを覚えてる?」
「キルレ……えーーと。確か、一対五だっけ? IS一機につき、ドール五機なら互角って事だろ?」
「うん。実はあれは、うちのリヴァイヴのパーツを使って実際に模擬戦が行われたんだ」
そ、そうだったのか。詳しい事は知らなかったけど……。
「あれでいっそう焦っちゃったんだよ。市場が大きくなるのに、それから置いていかれるかもしれないんだから。
まあ、一夏や将隆以外の男の子が発見されたのも予想外なんだけど……。ほんと、予想通りに行かないものだよね。
ドイツなんか、第三世代型ISと代表候補生の他に、ドールの専用機持ちの男の子とスタッフまで送って来るし。
ゴウみたいに、欧州連合に所属するISを動かせる男子まで来ちゃうし。……これも天罰、なのかもね」
……。あの時、皆で聞いたドールのニュースの事を思い出す。あの時は別に何とも思わなかったけれど。
それが巡り巡って、こんな所で出てくるなんて思いもよらなかった。
「とまぁ、事情はそんな所かな。でも一夏達にもばれちゃったし、僕は本国に呼び戻されるだろうね。
政府の中でも全員は知らないらしいけど、流石に性別偽造してるなんて事がばれたら国家の恥だから黙ってはいないだろうし。
デュノア社は、まぁ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までの様にはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいかな。
ただ、学園――特に一夏や先生達に迷惑がかかっちゃうのが少し気がかりだね。
どういう風にデュノア社が僕の事を伝えていたのかは知らないけれど、無関係ではすまないだろうし……」
「そんなこと、お前が考えるべき事じゃないだろ……それで、それでいいのかよ!? 学園から追い出されるんだぞ!?」
「いいんだよ。どうせ、データが取れたら頃合を見て休学する予定だったし」
――何だよ、それ!?
「データが取れたら僕がこの学園にいる必要も無いし、こんな事がばれたらまずいしね。
こんな杜撰な計画、三年間もばれないわけないし。もっとも、もうばれちゃったんだから意味も無いけど」
「だからって!!」
シャルルがこのまま去っていいわけはない! さっき天罰だっていったけど、それにシャルルは巻き込まれただけじゃないかよ!!
「……というか、熱すぎるなお前ら」
「いやあ、そういう事情だったとはな。うん」
「「!?」」
この場にいないはずの人間の声が二つ聞こえ、俺達は慌てて振り向く。そこには。
「あ、あ、あ、あ……」
「ま、将隆!! お、おま、何でここに!?」
「俺もいるぞーー」
「クラウスまで……」
こまったような表情の将隆と、笑顔で手を振るクラウスがいた。
「ちょっと、クラウスが何でああなったのかと思ってな。何かこいつの様子もおかしいし。
この部屋に来たら、ノックはしたけど返事がないし。いないのかと思えば、ドア開いてるし。
何かあったのかと思って開けてみたら、お前らが深刻そうに話をしてるんで……。悪い、聞いちまった」
深々と頭を下げる将隆。……色々と言いたい事はあるが、それよりもまず聞くべきは。
「なあ。……何処から聞いてた?」
「イグニッション・プランがどうこうって辺りからだ」
「……そこからか」
愛人の子云々は聞いていないって事か? ……だけど、それは問題じゃない。
「なあ将隆、クラウス。……この事は」
「秘密に……か。でもよ、これって誰にも気付かれてないのかな?」
「え? 将隆、どういう意味? も、もしかして僕の事を怪しんでる人が他にいるの!?」
ま、マジか!? だとすると、かなりヤバいが……!
「いや、一年生じゃいないと思う。俺の居る三組でも、そんな噂無いしな。ただ、これからも気づかれないって保証は無いだろ。
それに織斑先生とか、お前らの副担任のあの眼鏡をかけた……」
「山田先生?」
「そう。その人は気付いてないのか? あと、クラス対抗戦の時に世話になった更識会長とか」
どうだろうか。あの千冬姉だ、気付いていてもおかしくは無い。……山田先生は、気付いてないかな?
更識会長に関しては、解らないな。……うーん。
「あの。ところで、そろそろ行かないの?」
「行く? ――ああ、食堂か?」
そういえば飯時だしな、と思ったら、シャルルが唖然とした表情になった。
「あ、あの一夏? その冗談、つまらないよ?」
「え? いや、何処へ行く気だよ?」
「寮長室――織斑先生の所だよ。僕の事を話して、処分を決めないといけないでしょ?」
ああ、そういう事か。……っておい待て。
「処分って……いくらなんでも早過ぎるだろ。何か、このまま秘密を守る為のアイディアを考えて――」
「いや、無いだろ」
ぶっきらぼうに言い放ったのは、意外にもクラウスだった。
「ただの男である俺や、世界で数人の存在だといってもそれだけであるお前達に、出来る事なんてないさ。
それとも一夏、お前には何かアイディアがあるって言うのか?」
「……!」
なかった。悔しいが、俺には何もアイディアがなかった。あるのはただ、シャルルの受けた理不尽な運命への怒りだけ。
それだけじゃ何もならないのは、俺も理解できた。……だからこそいっそう、内心で憤りが滾る。
「クラウスも一夏も落ち着けよ、まずは学園サイドにシャルルの事がどう伝えられているのか、って所から考えようぜ。
シャルルの処分とかは、とりあえず置いておこう。クラウスも一夏もシャルルも、それでいいよな?」
「……そうだな。まあ、とりあえず学園は知らないって前提で話をしてみるか?」
「ああ」
「う……うん」
将隆が俺達の間に入り、俺も少しだけ心が落ち着いた。……とりあえずは、そこからいくか。
「それでだが……学園側が知らないっていうのなら、まずはシャルルの正体を学校側に話すか、だな」
「俺としては、もし学園側が知らない場合は、俺は織斑先生には『自分達から』事情を説明した方が良いような気がするぜ。
というか、仮に隠し通そうとしても、俺達三人で抱え込むのは無理だ」
「……確かに、クラウスの言うとおりだな」
それは正論だ。これからシャルルが過ごしていく中で、教師のフォローがあれば助かるのは間違いないけど……。
「でも、織斑先生だしなぁ……。黙っていてくれてるのか? クラウスの毎日の日課にも、必ず対応してきたし」
「確かにあの先生、そういった不正だとかなんだとかには厳しそうだよな」
……そこまで堅物ってわけでもなく、融通を利かせてくれる場合もあるんだけどな。
ところでクラウスの『千冬姉が対応している、毎日の日課』って何の事だろうか?
「でも、千冬姉なら……」
「一夏。この事は俺達だけの事では終わらないんだよ。織斑先生だって他の先生達や上の方に黙ってくれるとは限らないよ」
それは……そうかもしれない。ここでは俺の姉、というだけではなく。世界最強のIS操縦者であり。
この学校に通う全員に責任のある教師なのだから。……ん? 逆に言うと……千冬姉でさえ、まだ気付いていないって事なのかな?
「あ……そうだ。言い忘れていたけど、四組のゴウはもう気付いてたよ」
「マジか!?」
「そ、そうなのか?」
シャルルの言葉に、俺達は驚く他に無い。あいつ、それならそうと言ってくれれば……って、無理か。
本人の同意も無しに、こんな秘密をばらせるわけは無いよな。
「しかし、何でゴウは気付いてたんだ? あいつ、鋭いのか?」
「あ、鋭いっていうか……。欧州連合はもう知っている、みたいな感じだったけど」
そうなのか?
「おいおい。じゃあ、シャルルが女だって事を知っているのはゴウや俺達だけじゃないって事か?」
「……そうだね」
「そんな……!」
くそっ。……いきなり話が動きすぎだ。驚くばっかりで、全然対策が出てこない!!
「――! おい、落ち着けよ。シャルルがびっくりしてるだろ」
「そ……そんな事無いよ」
俺は思わず、拳を握り締めて壁を殴ってしまった。クラウスに注意されるのも当然だ。
シャルルも、僅かに竦んでいるようにみえた。……そうだ、一番辛いのは俺じゃない、シャルルなんだ。
「……よしっ!」
「い、一夏!? 自分の頬を叩いて、何してるの!?」
「心配ない。自分に喝を入れただけだ」
「カツ? カットレット?」
「いや、そうじゃなくて気合って言うか、何て言うのか……。まあ、悪い意味じゃないから心配するなよ」
さて。それにしても、どうしたものだろうか。
「なあ、もしかしたら学園側は知っていて。黙認状態なんじゃないのか? だったらこのまま黙っていても――」
「黙認状態か。でもなあ将隆、今突然に言い出したけど。それって希望的観測だろ?」
「う……」
「結局、俺達じゃあ手に負えないさ」
そのまま二人も、そしてシャルルも黙る。……だったら!!
「なあシャルル。ゴウの奴は、喋ったりしていないのか?」
「う、うん。多分……何か動くとは言っていたけど」
「……解った。なら、今すぐ千冬姉に直談判してくる。シャルルの事を、助けて欲しいって」
「じ、直談判!?」
「ええっと、それって――直接言ってくるって事!?」
「ああ」
こうなったら、当たって砕けろだ。……どう足掻いて、も政治家でも大企業の社長でもない俺達には何も出来ない。
だけど、千冬姉に直談判して――もしも事情を知っているなら、こっちに味方してもらうよう、説得する事くらいは出来る。
勿論上手くいくとは限らないし、千冬姉でも何もできないかもしれない。または、千冬姉も初耳っていう可能性だってある。
だけど……何もやらないなんて選択肢はなかった。
「――お前、ISだけじゃなくてこういうのも突撃オンリーなんだな」
「まあ、一夏だしな。それに学園側が事情を知っているのかどうかも知りたいしな。というかお前もさっき言ってただろ?」
「俺のアイディアは、もう少し事情を知ってからの予定だったんだよ。今すぐ、なんてのじゃない」
呆れたような……というか呆れたクラウスと将隆。――だけど、その目は優しかった。
「……よし。じゃあ、千冬姉の所に行ってくるか!!」
「あ、思い出した。あの先生、今は寮にいないぞ。確か、会議とかで9時ごろ帰寮するって聞いた」
俺は、覚悟を決めて立ち上がる――その一歩で出鼻を挫かれた。そ、そうなのか? 何で将隆は、そんな事を知ってるんだ?
「将隆、何故それを早く言わない! 今こそ千載一遇の好機だ! うおおおおおお!!」
「――そういう事を言い出すから、俺にしか伝えていなかったんだよ」
御影の左腕を部分展開して、いきりたつクラウスを押さえ込む将隆。……何があったんだろうか、一体?
「あ、あの。そこまで君達が僕のために動く必要があるの?」
こう言い出したのは、シャルル自身だった。戸惑ったような目で、俺達を見回す。
「僕は、君達を騙してたんだよ? そんな事をわざわざする必要なんて――」
「違うぞ、シャルル。必要があるからじゃない。俺達がやりたいからやるんだ」
「……どうでもいいが将隆、いつの間にか一夏の発言が『俺達』になってるぞ」
「まあ、俺達もさっきの直談判に反論しなかったしな」
どうやらクラウスや将隆も、俺の方に付いてくれたようだった。だけど、シャルルはまだ戸惑っている。
「で、でも――」
「だって、ここで知り合った大切な友達だろ? だったら、守りたいんだ」
「で、でも……! このままじゃ、フランス政府やデュノア社だって黙っていない……!! それに、学園側だって……」
「あ、俺もそういえば思い出した。この学園の規則の一つで……特記事項第二十一、だったか?」
「ああ。本学園における生徒は、その在学中ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。
本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする……だな」
「どういう事になるんだっけ、将隆?」
「つまり、本人の意思如何では守ってくれるんじゃないかな、って事か?」
二人が、いつの間に手帳を開いて調べていたのかフォローをしてくれた。……助かったぜ、ありがとうな。
「……なあ、シャルル。もしもお前が、このままフランスに帰りたいって言うなら引き止めはしない。
でも、もしもここにいたいなら――いても、良いんじゃないのか?」
「まあ、そういう事だな。どうするかは、一夏が織斑先生に直談判してからまた考えるしかないだろうけどな」
「現時点でも、具体的な解決策はない事には変わらないが。やはり俺としては、美少女が一人減ることには反対したいな」
「将隆、クラウス……君達まで……」
「シャルル。――お前は、ここにいたいのか?」
「ぼ、僕は――」
俺の問いにシャルルがそのまま口篭り、部屋の中を沈黙が包む。
「で、でもこんな僕がいたって、皆に迷惑を掛けるだけじゃ――」
「俺達の事は関係ない。今は、シャルル。――お前の気持ちを聞いているんだ。自分の思いを、俺達に言ってくれ」
「自分の、思い……」
……そして一時間くらいに感じる長い時間が過ぎて。
「ぼ、僕はここに……ここに、いたい! ここにいたいよ!!
出来るなら、一夏や皆と一緒に、学生生活を送りたい!! フランスには、帰りたくない!!」
「――よし。じゃあ、ここにいろよ!!」
「う、うん!」
涙ぐみながらだけど、はっきりと、自分の意思を告げてくれた。ちょっと強めの調子で言ってみたけど。
シャルルはさっきの壁殴りの時みたいに怯えることなく、俺の言葉を受け止めてくれた。
「これにて一段落、か?」
「いや将隆、まだ第一楽章の第一小節が終わっただけ――って感じだけどな」
本当は何も解決していないんだけど。部屋の中には何か、少しだけ明るいムードが漂いだしたような気がした。
「あれ、もうこんな時間か」
「そうだね。将隆やクラウス達と話してたら、結構時間が経っちゃった」
将隆やクラウスが帰り、改めて時計をみると現在時刻は7時40分。食堂が閉まる時間が迫っているな。
「しょうがないな、今日はゆっくり食ってる時間もなさそうだし。食堂から飯を取ってくるか」
「あの、一夏。僕は、今日はいらないよ」
え? 何でだ?
「……色々な事が一杯あって、食欲がないんだ」
それもそうか。じゃあ、しょうがないかな。
「一夏ぁ!! 何ですぐ来なかったのよ!!」
「げ、鈴!」
食堂では、鈴が怒髪天を衝くがごとき様子で待っていた。そのサイドアップテールが、まるで龍の髭のようにうねっている。
甲龍を預かっている鈴だけに、まさに相応しいといえよう。
「……あんた、下らないこと考えてるでしょ」
何故ばれるんだ。
「それよりも、何でこんなに遅いのよ! せっかく一緒に夕食をとろうとしたのに!!」
「悪い、ちょっとゴタゴタしててな。――じゃあ俺はこれで。夕食を取って戻って食うからな」
「は、はあ!? どうせ持って帰って食べるなら、あたしの部屋で一緒に――」
「いや、シャルルが待ってるし」
さすがに、今の状況で一人ぼっちにするなんて出来ない。待ってくれていた鈴には悪いが、また今度ということで。
「……なんで男に負けなきゃいけないのよ」
「ん? 何か言ったか?」
「そ、それより! デュノアはこっちに来ないって事は、もう食べたんでしょ? なら――」
「いや、あいつ食欲がないらしくてな。だから――」
「ふん! 食事は基本じゃないの。ちゃんと食べないと、元気が出ないじゃない!!」
「……」
鈴自身は何気なくいった言葉だろうけど。俺の心には、意外な重さを伴って響いた。
「そうか。そう、だよな。ありがとうな、鈴」
「え? あ、え、うん、ま、まあね!」
「じゃあ俺、シャルルに食事を持っていくから! また今度な!!」
「え、あ、ちょ、ちょっと一夏!? 一夏ぁ!?」
まだ鈴は何か言っていたが、俺は慌てて食事の引渡し場所に戻り。二人分を受け取るのだった。
……やはりというべきか。二人分の夕食を見たシャルルは、怪訝そうな表情になった。
「一夏、僕の分は良いって」
「やっぱり、ちゃんと食べないと元気が出ないだろ。少しでも良いから、食べてみろよ」
「で、でも――」
「食事は基本だ。ちゃんと食べないと、元気が出ないからな。大事なんだぞ、食事は」
押し付けがましいが、やっぱり食べるという事は大事だからな。ここは鈴の言葉も借りて押しの一手で行こう。
「う、うん」
よし、これで――と思ったとたん、新たな問題が発覚した。
俺のミスだが、シャルルは上手く箸を使えないのに焼き魚定食を持ってきてしまっていた。当然食べられず。
「あ、あれ? つ、掴みにくい……」
箸で挟むも、零れ落ちるばかり。ただ単に焼き魚をほぐしているだけだった。
「……しまったな」
メニュー選択をミスったようだ。さて、フォークは何処だったかな? 無かったら、学食までひとっ走り……。
「あ、あの、一夏。……一つ、お願いしても良いかな?」
「おう、何だ?」
シャルルがお願い事とは、珍しいなあ。俺に出来ることなら、何でもやるぞ?
「食事は大事だ、って言ったよね? ――じゃ、じゃあ、食べさせてくれないかな?」
「え?」
た、食べさせてやるのか?
「駄目、かな? このままじゃ、上手く食べられないし……」
それはまるで、雨に濡れている捨て犬のような目だった。……う、これでは断れない。
食事は大事だと言った手前、何もしないでいるわけにもいかないだろうし。
「や、やっぱり甘えすぎだったかな? ご、ごめ――」
「い、いや構わないぞ! 食べさせてやるから、ちょっと待ってろ!」
僅かに落ち込んだシャルルが見ていられなくて、慌てて手を洗いに行く。
あのシャルルが自分から要望した事だ、何としてもやってあげたかった。
「じゃ、じゃあ――行くぞ?」
うん、なんだろうかこの緊張感は。今まで女子と食事を交換した経験が無いわけじゃないが、妙に緊張する。
「……」
まるで親鳥から餌を与えられるのを待つ雛鳥のように、シャルルが待っている。……よし、やるぞ!!
「この位で良いか?」
「う、うん」
少しだけご飯を掴み取り、シャルルの口に運ぶ。……そしてそのまま、ご飯がシャルルの口内に消えていく。
「どうだ?」
「う、うん。凄く美味しいよ」
そうだよな。ここの食事は、どれも美味いぜ。
「次は、おかずにするか? 焼き魚か、それとも和え物か?」
「じゃ、じゃあ和え物で……」
「よし来た」
こんな感じで、いつもと違う食事は終わった。シャルルも何だかんだで7割は食べてくれたし。元気になると良いな。
「あと30分弱、か」
食事が終わると、千冬姉が帰ってくるという時刻まで30分弱だった。
正直色々とありすぎて眠たいが、このまま寝るわけにはいかない。シャルルの事を直談判しないといけないからな。
それにしても……とシャルルを見てみても思う。女子だ、という話だしそもそもあの時裸を見てしまったが、今のシャルルは。
「……男子にしか見えないよな」
「え、ええええ!?」
し、しまった!! ついうっかり口に出してしまったあ!?
「男子にって……えっと、その」
シャルルは自然と胸へ視線を落とした。……うん、正解だ。
「あ、あはは。上手く男装してるよなシャルルは! 胸とか、どうしてるんだ!?」
「そ、そう? む、胸はサポーターで隠してるんだ」
「そ、そうなのか」
「……と、とっちゃおうか?」
「へ?」
いかん、慌ててしまって言ってはいけない事を言った気がする……と思ったら、シャルルは更に予想外の事を言い出した。
「な、何か嘘をつき続けているみたいで、嫌だし……どうしようか?」
「し、シャルルが決めるといいと思うぞ俺は?」
いや、サポーターを取るとか取らないとか。俺にはよく解らないし、決める権利があるわけないしな!
「じゃあ、と、取っちゃうよ?」
そしてシャルルは後ろを振り向き、同時に俺も反対側を向く。そして更衣室の時のように声がかけられ、振り向くと。
「……」
そこには、ジャージ越しでもはっきりとわかる膨らみがあった。
さっきの目測からも考えると……少なくとも、Cカップはあるんじゃないか?
「そ、そんなに胸ばっかり見ないでよ……」
「い!? そ、そ、そういうわけじゃないぞ!? べ、別に見たいわけじゃないし!!」
「そ、そうなの? やっぱり、僕の胸じゃあ駄目なのかな。クラウスは凝視してたけど……」
「そ、そういうわけじゃない! いや、俺だって見たくないわけじゃないけどな!! 別に、嫌いってわけじゃないし!!」
って、何を言ってるんだ俺は!?
「じゃあ、見たいの?」
「そ、それはだな……」
シャルルがじっと見つめてくる。俺は視線をそらす事さえ出来ず、蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を流すだけだった。
「やっぱり胸を見てる……一夏のえっち」
いっ!? え、冤罪だぁ!! べ、弁護士は! 弁護士は何処だぁ!!
……結局、部屋の中ではサポーターは取るということになった。
当然ながら、鍵をしっかりとかけておく事も同時に決めた。箒の時よりも少しだけ厳しくなったが、まあ、当然だろう。
「行かなくて、良かったのかな」
僕は、一夏と自分の部屋でベッドに寝ていた。一夏は今、姉である織斑先生の所に向かっている。
本当なら、当事者である僕も行かないといけないのに。
「……まずは千冬姉と俺だけで話をつけさせてくれ、だっけ。一夏らしいなあ」
織斑先生が気づいているのかどうかは知らないけれど。僕の事情説明を僕に聞かせたくない――あるいは言わせたくないから。
事情を説明しないといけないし、と言った途端に僕の同行を強く拒んだから、そういう事なのだろうけれど。
「……どう言い繕ったって、僕のやろうとした事はスパイ行為でしかないのに」
織斑先生とは、あまり親しくはなかった。万が一にも僕の狙いが解ってしまったら大変だから、あまり近づかなかった。
他の生徒達とも、表面上は仲良くしていても実際にはそんなに親しくなろうとは思わなかった。勿論、男子達とも。なのに――。
「いきなりゴウに正体が知られて。そして今日は他の皆にも知られて……」
普通なら、すぐに捕まって放校処分――なんて事態でもおかしくないのに。今僕は、自分の部屋で寝転んでいる。それに。
「……凄く、気持ちが楽になっちゃったな」
何も解決したわけじゃないのに、凄く気持ちが楽になっていた。……これって。
「話したから、かな?」
昔、お母さんから聞いた事がある。つらい事や悲しい事も、人に話す事で和らぐ事があるって。
「……」
お母さんが死んでから、僕は誰にも本音を打ち明けられなかった。ゴウにさえ、自分からは話さなかった。
でも一夏や将隆に話せて……少しだけ、楽になれた気がする。……でも、もう一つ不思議なのは。
『ここにいろよ!!』
「どうしてだろうね。……同じ言葉なのに、一夏のほうが暖かく感じたのは」
ほとんど同じ言葉のはずなのに。ゴウにはあの後にも何度か「君はここにいて良いんだ」と言われたのに。
一夏にさっき言われた時の方が、より強く――そして暖かく感じた。
「あの、織斑先生。ちょっと話がありますが、宜しいですか?」
寮長室付近で、俺は千冬姉を見つけた。帰ってきたばかりの千冬姉に、すぐに話を持ちかけるのもどうかと思ったけど。
やっぱりこういう話は早い方がいいだろうし。
「ああ。しかし何だ織斑、改まって。気味が悪いな」
そうは言われたものの。俺は、そのまま寮長室に通された。――よし、ここからだ。
「で、話とは何だ。手短に頼むぞ」
スーツ姿の千冬姉の前で、座布団の上に正座する。正座自体は苦にならないが、やはり告げる事が告げる事だけに……。
「は、はい、実はシャルル・デュノアの事なんですが」
「あいつがどうかしたのか? 見たところ、問題もなさそうだったが」
「実は、その――」
……う、やばい。今になって緊張してきた。単刀直入に言う気だったけど、言葉がつっかえてる。
「――そういえば織斑。デュノアの正体は知っているのか?」
「!!」
心臓を鷲掴みにされたような衝撃が襲った。冷や汗、動悸、硬直。返事を返す事さえ出来ない。
「ああ、もう解った。――知っているのだな?」
「……はい。その、シャルルはどうなるんですか?」
「――どうにもならん」
「へ?」
思わずきょとん、としてしまった。どうにも、ならん?
「ここIS学園は、外部の如何なる干渉をも考慮しない特権がある。また逆に、あらゆる風俗・習慣・境遇・事情に配慮し。
基本的には、生徒を無条件で受け入れなければならない。少なくとも、男に変装していたからといって学園を追い出す気は無い」
「じゃあ――」
「ただし、明らかなスパイ行為などは別だ。あるいは、他の生徒に危害がある場合などはな」
や。やっぱりか。
「でも、シャルルは自分の意思でやろうとしたんじゃ……」
「データは取ってない、と言ったのか? それに、デュノアだけとは限らんぞ?」
「え? ど、どういう事だ……ですか?」
睨んできたので敬語に直す。どういう意味なんだろうか?
「フランス出身者が『デュノアにも秘密で』奴の監視などをしている可能性もある。お前も少しは頭を使え、錆びるぞ」
「えーーと」
……つまり、シャルルが裏切るかもしれない可能性を考えて。シャルルに対する見張り役がいる……って事か?
「自分に置き換えて考えてみろ。顔も知らなかった親にいきなり異国に渡りスパイ行為をしろ、と言われて。唯々諾々と従うか?」
そりゃあ従わない、な。実際、シャルルもしないって言ってたし。
「命じられた方はそれで良いが、命じた方はそれではすまない。だからこそ、監視役が必要になる」
……じゃあ、誰かがシャルルを監視してるっていうのか?
「まあ、これは推論の一つに過ぎない。お前は、せいぜいばれないように気をつけ……るのは無理だな。
奴のフォローをしてやれ、色々と助けてもらっているんだろう? 少しでも恩を返せ」
「は、はい! じゃ、じゃあシャルルとは――」
「現状維持で構わん。……奴にも、そう伝えろ」
「はい!」
意外すぎる展開だったが。何か、凄くいい感じに纏まったような気がする。物凄く、俺達にとってはプラスの展開だったな。
『そうか。現状維持……か。良かったな』
「ああ。お前やクラウスにも迷惑掛けたな、悪かった」
千冬姉との会話の後。結果を電話で伝えてくれ、と言われていた俺は、将隆に電話をかけていた。
『いいよ、そんなのは。まあ、まずは一歩前進か?』
「そうだな。あ、三組のお前らに聞いておきたいんだけど……四組のゴウ、ってどんな奴なんだ?」
『ゴウか? まあ率直に言うと、欠点が見当たらない奴だな。イケメンだし、勉強も完璧だし、ISの技術も俺よりも上だし』
「そうなのか。あいつとも、協力した方がいいのかな?」
『まあ、シャルルの正体を知ってるようだしな。まあ、話はまた明日にしようぜ。じゃあ、そろそろ切る。ご苦労さん、一夏』
「ああ。ありがとうな」
「一夏……本当にありがとう」
俺が電話を置くと、シャルルが近寄ってくる。その様子は、飼い主に甘える子犬みたいだった。
のほほんさんが動物を模したフード付きパジャマを着ている事があるが、シャルルが犬の耳を付けても似合いそうだった。
「よせよ。将隆も言っていたけど、一歩前進しただけだし。まあこれからは、俺達もフォローに回るぜ。
何かあったら、さっきみたいに遠慮なく言ってくれ! ……IS関係以外で」
「ふふふ。じゃあ、その時になったら頼らせてもらうね」
以前の屋上での昼食と同じような会話になったが、その笑顔は、今まで見た中でも最高の笑顔だったと思う。
そして色々とあって疲れた俺達は、シャワーだけ浴びるとそのまま眠ってしまったのだった。
弟が自室から去った後。千冬は、一枚の書類を眺めていた。その表情は苦々しく歪んでいる。
「……これは、一夏には見せられんな」
それは『シャルル・デュノアと名乗っている少女』に関する書類だった。彼女は性同一性障害であり。
ゆえに男装し、男子として送り込む。学園には、特殊な事例への配慮を求める。――という三文芝居の書類だった。
障害を偽りの隠れ蓑にした、最低最悪の下種な芝居。書類を受け取った千冬が、それを物理的に握りつぶしかけたほどだが。
その中にこっそりと忍び込まされた『ある人物』からの手紙を見て、それはギリギリで止めた。
「思い出すな。……第二回、モンドグロッソのことを」
その懐古と共に、千冬はふと思った。――もしも自分が『ある人物』と同じ立場ならば、どういう対応を取っただろうかと。
「電話を聞く限りでは、どうやら上手くいったみたいだな。良かったな」
「ああ」
一夏との電話も終わり、俺達の間にも安堵の空気が広がった。
俺は部屋に戻ってクラウスに言われて気づいたが、織斑先生がシャルルを強制送還すると言い出す可能性だってあったわけだし。
「――しかし、妙だな」
「ん、まだ何かあるのか?」
「いや、あの娘が広告塔云々とか言っていたが。――意味ないだろ? 数ヶ月で『いなくなる』人間が広告塔だなんて。
勿論帰国してからも広告塔として使う気なら別だが、そんなヤバイ橋は渡らないだろうし」
「……そうだな」
ちなみに俺の事は、いまや結構なニュース……らしい。世間的には二人目、ということで少しトーンダウンし。
ゴウのことも含めて報道規制が敷かれているみたいだ……とはブラックホールコンビの談だったが。
「何かまだ裏があるような気がするんだよな、彼女には」
「あの娘が、一夏や俺達にも黙ってる事情がまだあるってことか?」
「というよりも、彼女自身が知らない事情……かもしれないが」
どういう事だろうか?
「まあ、そもそも彼女の言ったことが嘘八百って可能性もあるんだよな」
「おいおいおい!?」
それって割と洒落にならないぞ!?
「シャルルが嘘をついたって事か?」
「可能性として、だよ。俺もそういう風には思えなかったが。それは『俺が見抜けなかっただけ』って可能性もあるんだからな」
「……」
言いたい事は解ったが。あのシャルルの表情や言葉が全部嘘なら、俺は人間不信になりそうだ。
「クラウス、でも何であそこでそれを言わなかったんだ?」
意外と重要じゃないかと思うんだが。
「あのな、あそこで言ったら一夏がどんな反応を返すと思ってるんだ?」
「一夏が?」
……想像してみよう。
『シャルル、お前の言っていることは全部でたらめじゃないのか?』
『え……!?』
『おいクラウス、何を言い出すんだよ!? シャルルは――』
『証拠が無いだろ? 言葉だけで信用してくれ、っていうのは虫が良すぎる』
『そ、そんな、僕は……』
『クラウス、いい加減にしろよ! お前はシャルルが信用できないのか!?』
……駄目だ、荒れるのが目に見えている。
『証明したいなら、そうだな……裸になって身の潔白を証明してもらおうか』
『!?』
『お、おいクラウス? 話がそれてないか?』
『どうせ一度見られたんだ、二度見られても減るもんじゃないだろう? ――脱げよ』
『い、一夏……』
『……脱げよシャルル、それでクラウスが納得してくれるなら良いだろ』
『そ、そんな!?』
逃げ道をふさがれたシャルルは、しばらく躊躇っていたがゆっくりと自分のジャージに手を伸ばし……。
「だあああああああああああああ!?」
「うわ!? い、いきなり叫んでどうしたんだ!?」
「い、いや何でもない」
な、何なんだ今の想像は。昨日クラウスに見せられた『陥れられた少女――底なしの○獄』が混じってしまったぞ、おい。
……駄目だ俺、どうやら少し冷静ではないようだ。落ち着こう。Be Cool,be cool……。
「なあ、溜まっているのか? 何なら、昨日よりも少しハードな奴を……」
「見せなくて良い!! というか何でそんな物を持ってるんだ!」
「ふっふっふ。日本語でも蛇の道は蛇、と言うじゃないか。ゲルト姉から……」
「そうか、ハッセが供給元か。ならば、根を絶てば止まるという事だな?」
……俺達が錆びついたロボットのように振り向くと。そこには、織斑先生がいた。
冷たい表情で俺達を見下ろすその有様は、鬼もかくやだ。一夏が言っていた意味が、よく解った。
「……ブローン、一度しか言わん。その供給元は、ゲルト・ハッセで間違いないな?」
「はい!」
「よし。――今回だけは見逃してやろう」
それだけを言うと、織斑先生は去っていく。五分ほど経つまで、俺達は息もつけない有様だった。
「……なあ、あの先生って本当に何者だ?」
「俺に聞くな、それこそ一夏に聞けよ。でも、ハッセ先生は大丈夫なのか?」
「……ゲルト姉は、尊い犠牲になったと本国には伝える」
うわ最低だこいつ、従姉弟を見捨てやがった。……まあ、相手が相手だけに仕方が無いか。
「それこそシャルルの一件だって、どうしてもヤバくなったら見捨てるケースも出てくるぞ」
「……」
こいつのシリアスモードとおちゃらけモードの切り替えが解らない。
それこそ、シャルルの使う高速切り替えの方がまだ解りやすいぞ。
「まあ、これ以上俺達にはどうする事も出来ないさ。――これはな」
今度は、何処かさばさばした表情のクラウス。いつもはとんでもない発言ばかりを口にし、予想外の行動ばかりして。
昨日は更衣室への侵入を試みようとしていたので、御影を使って止めたほど色々とぶっとんだ奴だが。
その表情は、まるで別人のようだった。――そして、その表情に皺が走る。な、何だ。まだ何かあるのか?
「なあ。今、とても大事なことに気がついたんだが」
「何だ?」
「確か織斑は、シャルルの前も女子と一緒だったんだよな? あの巨乳の、篠ノ之博士の妹と……」
「あ、ああ」
俺が最初に挨拶にいった日にも一緒に勉強してたな、確か。というか、最初に身体的特徴がくるのかお前は。
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
何か唸ってるが、どうしたんだ?
「何であいつだけが、二連続で美少女と一緒の部屋なんだ!! 神はここまで不公平なのか!! 人は神の下に平等じゃなかったのか!!
こんちくしょおおおおっ! マルクス主義はどうした!! 俺もあんな境遇になりたいぞぉぉぉぉぉぉっ!!」
ああ、俺も今、神は不公平だと思ったよ。……お前がルームメイトな事が、な。
「……」
目が覚めると、まだ日付が変わったばかりの時刻だった。隣を見ると、熟睡した一夏がいる。
「……本当に、思いもよらない一日になったね」
もう過ぎ去った昨日は、本当に思いもよらない一日だった。まず、クラウスにシャワーを覗かれて。
僕が女であることがばれて、そして将隆も含めた三人が僕を庇ってくれようとして、一夏は先生に直談判をしてくれて。
とりあえず、現状維持でいることが許されて。僕はまだ、この部屋にいられる。
ほんの数時間前、僕はこの学園を去る決意をしていたはずなのに。それが、今は……。
「不思議な人だよね、一夏達は」
知り合って一ヶ月にもならない僕のために、ここまで動いてくれた。……その事が、物凄く嬉しかった。
嵐のような強引さで物事にあたったのに、今はまるで嘘のように穏やかに眠っている。
さっきの話では、明日ゴウとも話をつける気でいるらしいし。
「でも……今のままじゃ、僕は結局、流され続けているだけだよね」
ゴウも色々と動いてくれているらしいし、一夏達にも迷惑を掛けているだけ。……そういえば以前。
この子――ラファール・リヴァイブカスタムⅡ――を仕上げる時に、整備の一人がこんな事を言ってたっけ。
『ったく、こいつのお陰で残業続きだ。――疫病神だぜ』
もしかしたら、彼らにとって僕の存在こそが疫病神なのかもしれない。……だけど、そんな事は絶対に嫌だった。
「僕も……一夏達みたいに、何かをするべきだよね」
胸元のアクセサリー……リヴァイヴの待機形態を握り締める。それだけで、少し勇気が湧いてくる気がした。
「シャルル……」
「!!」
起こしちゃったのかと慌てて一夏を見るけど、単なる寝言だったらしい。……ぼ、僕が夢に出てきているのかな?
「シャルル……駄目だ……そんな、大胆すぎるぞ……そんな格好で……」
ええええええええええええっ!? だ、大胆!? ゆ、夢の中の僕はどんな格好をしてるのさ!?
「大胆すぎるぞ……千冬姉の授業で居眠りだなんて……せめて、起きている風に見える格好で……」
うん、こういう事だろうと思ってたよ。篠ノ之さんやオルコットさんや凰さんのアプローチに気づかない一夏だもの。
それと、僕は織斑先生の授業で居眠りするほど大胆じゃないよ。それはむしろ、一夏の方じゃないかな?
「ふふ」
でも、一夏の夢の中では僕は『IS学園の学生』でいられているのだろう。それが、凄く嬉しかった。
「……ありがとう、一夏」
もちろん返事はなかったけれど、僕はそのまま自分のベッドに入る。
今夜は、学園に来てから一番良い夢が見られそうな予感がした。
※今回のある設定で不快感を覚えられた方へ。
最初に一言。シャルの設定について、性同一性障害……を装って学園に特殊扱いを求める、というオリ設定を使用しました。
もしも不快感を覚えられた方がいたら、申し訳ありませんでした。
本来なら理由にさえならない事象ですが。……詳しくは、千冬の受け取った「手紙」を書くまでお待ちください。
ここで書くと、色々とややこしくなってしまいますので。