「あ……こんにちは」
「こんにちは」
いつものように整備室に行くと、偶然にも更識さんと一緒になった。
珍しいわね、最近だとほとんど一緒にならなかったのに。
「今日は先輩たちはどうしたの? 確か、彼女を手伝うって言ってたけど……」
「今は、部屋で組んでおいたプログラムをインストール中だから、あそこで別の人を手伝ってる」
ああ、なるほど。視線の先を見ると、他の生徒のIS整備を手伝ってる先輩たちがいた。
「貴女は、どうしたの?」
「私は、整備の訓練って所かな」
「ああ、学年トーナメント用の整備課補助候補生を目指してるの?」
ぼかした言い方をしたつもりなのに、一瞬でばれた。
「知ってたんだ?」
「うん、虚さんから聞いた事があるし。黛先輩たちも、去年はそうだったって言ってた」
なるほど、考えてみれば当然の話だった。むしろ彼女が知らないわけはなかったんだ。
「そういえば、本音さんはそういうのを目指しているの?」
「本音は……本人は特に気にしないかもしれないけど、虚さんがいるから多分――」
「目指すよー」
ああ、やっぱりね。まあ、こちらも考えてみれば当然の話……あれ?
「本音……いつの間に来たの?」
「今さっき、だよー。かんちゃんとかなみーがお話してたから、こっちに来たんだよー」
やっぱり。それは兎も角。
「貴女も目指すんだ?」
「当然だよー」
文章はいつもと同じでも、気のせいか、いつもよりやる気と気迫を感じられる言葉だった。
どうしたんだろう? 合格したら、お菓子が待っているとか……そんな理由なんだろうか?
「……かなみー、今何か物凄く失礼なこと考えなかったー?」
「そんな事ないわよ?」
めずらしく、本音さんがじっと見つめてくる。……本人としては、睨んでいるのかもしれないけれど。
「かなみーには、負けられないからねー」
私に? どういう事なんだろうか。更識さんの一件でもそうだったけど、今は私の方が下なのに……。
そういえば、候補生の枠って幾つなんだろう。本音さんが目指すということは、一つ席が埋まるという事で……。
「あら香奈枝ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちわ、黛先輩。もうあっちのリヴァイヴは終わったんですか?」
「ええ。調整を少しだけ、だからね。プログラムのインストールは……まだ終わっていないみたいね?」
打鉄弐式から『インストール終了まであと5分』というウィンドウが表示されていた。
ただ、5分じゃこれから誰かを手伝うのは無理だろう。……いや、極簡単な整備ならやってしまうかもしれないけれど。
「んー。じゃあ香奈枝ちゃん。ちょっとお話をしようか?」
「え?」
「最近無理しすぎていないか。チェックしないとね」
「う」
前例があるので、ぐうの音も出ず。私は、少し離れた場所に連れてこられた。
「へえ。最近は、ドラマも見てるんだ」
「はい。勉強にも、ようやく余裕が出てきたので」
聞かれたのは『最近の余暇の時間はあるのか、何をしているのか』だった。
無理しすぎていないか、というのだろうけど。
「確かコメディーが好きなんだっけ? じゃあ『突っ走れ! 大江戸大激走!!』とか? あれは深夜番組だけど」
「それも録画してます。……他には『マジカルアップル!』とか」
前者は江戸時代にタイムトラベルした現代人が主人公。最近では、蛸の絵を描くおじさん――実は葛飾北斎――が登場した。
そして後者は、知恵を使って小さな事件をコメディーチックに活躍する、数年前の魔法少女アニメの実写版だ。
「マジカルアップル、かあ。元はアニメで、主人公の『絶対に、大丈夫だよ』っていう台詞が有名よね?」
「あれ、先輩もご存知なんですか?」
「私の姉が出版社に勤めてるんだけどね、そのアニメがドラマ化する時、その特集をやったことがあったから」
ああ、なるほど。
「へえ。紅葉饅頭を本音さんから貰ったの?」
「うん……。良かったら、食べて」
整備の訓練や打鉄弐式の再組み立てを終えた私たちは、偶然時間が一緒になったので共に寮への道を歩いていた。
もう暗いため、そろそろ石畳のこの道もライトアップされる時間だろう。
ちなみに本音さんは、やって来た虚先輩によって『今日は、猫や本音の手も借りたい状況です』と言われて連れ去られた。
「紅葉饅頭か……チョコとか色々変り種はあるけど、やっぱり基本の餡子が美味しいのよね……」
「そんなに好きなの?」
「紅葉饅頭が、というよりは和菓子全般が好きなんだけど」
意外と、話が弾む。今日は部屋に戻ったら、フランチェスカと一緒に貰ったお饅頭を食べようかな……。
「あら、あの娘たち……」
「本当だ……」
気がつくと、私達の後ろから来ていた声がどんどん近づいてきた。振り向くと、そこには三人の女子。タイからすると、二年生。
「あの、私達に何か御用ですか?」
「用っていうか……そっちの娘が一年四組クラス代表の更識簪さんで。
貴女が『織斑ガールズのストッパー』で、一年一組の宇月香奈枝さんなのよね……って、あれ? どうしたの? 頭を抱えて」
私は、いい加減消えて欲しい呼称がまた出現したことに頭を抱えるしかなかった。……ああ、早く七十五日間が過ぎないかしら。
「二年生でも噂になっている娘のうち二人も見かけたから、少し話をしてみたくなっただけ。ちょっと、良いかな?」
「はあ……」
入学当初の織斑君じゃあるまいし。更識さんは兎も角、私に何を聞きたいんでしょうか?
もう、織斑君絡みの情報は殆んど出したんですけど。今更話す事なんて……まあ、無いわけじゃないですけどね。
「打鉄弐式の事なんだけど。あれって、貴女のお姉さんが考えた建造案だって……本当なの?」
あの、先輩方。何か、いきなり地雷を踏んじゃったような気がするんですけど。
「……そう、です」
「姉? ああ、会長の事ね」
「そうだったんだ……」
質問した先輩とは別の二人の先輩が、納得の表情になる。……あの、その一件に関してあまり彼女を刺激しないで欲しいんですが。
「じゃあさ。――どうして貴女は生徒会に入っていないの?」
「……え?」
更識さんが、驚いたような表情になる。……それは、私も同じだった。
「いや、布仏先輩の妹が生徒会に入ったって聞いて。てっきり貴女も入るのかと思ってたんだけど、そうじゃなさそうだし。
疎遠なのか、あるいは互いに手出し無用の関係なのかとか、色々と、二年生の間で噂はあったんだけど……」
そんな噂が、二年生の間であったんですか? 黛先輩達からは、聞いた事もなかったのに。
「お姉さんは貴女に手助けをしているのに、貴女はただ自分の機体の事だけ……っていうのもおかしいなと思って」
「せ、先輩。それは多分、更識さんが日本の代表候補生として忙しいからじゃ――」
「でも貴女、布仏先輩に指導を受けたのよね? 先輩の妹と一緒に」
「は、はい」
フォローしようと思ったら、こっちに飛び火した。あれ、どうしてこうなるの?
「だったら、同じように『更識会長が更識さんに指導をしても』良いんじゃないの?」
そ、それはそうなんですけど。更識姉妹の間には、色々とあるようなんですよね。
目の前の先輩達はその事に関しては知らないのか、思い切り地雷を踏んづけているんですけど。
「……」
あ、あれ? 更識さんが、何か暗くなってる?
「ごめんなさい、これで失礼します」
「す、すいません、失礼します!!」
珍しく語気を荒げると、更識さんは一目散に寮へと向かってかけていった。
私も先輩達に頭を下げつつ、向かおうとして――。灯り始めたライトの側に、背の高いズボンをはいた影を見た。
だけど、更識さんの事が心配なのでそのまま前を向いて走り出したので。それが誰か、などとは解らなかった。
ただ、髪の毛がライトに照らされて――二色に光っていたような気がした。
「更識さん!」
寮内へと入った彼女を探して歩くと……。談話室近く、誰もいない場所にポツンと立っている彼女を見つけた。
「あ、あの、更識さん。……きょ、今日はご飯を一緒に食べない?」
彼女が何故走り出したのか、何といって良いのか解らなかったのでそんな言葉しか出てこない。返事は、期待できそうも――。
「……本音の手も、借りたい」
ない、と思っていたら謎の返事が返ってきた。本音さんの手も借りたい? ……あれ、それって。
「さっき、虚先輩が言っていた事?」
「……うん。生徒会には、虚さんも本音もいる。……だけど、私はいない」
「それは、貴女が代表候補生として――」
「解ってる。それは本音からも言われた事があるし、気にしていない」
……え? じゃあ、何が問題だったの?
「……私は、結局何も『返せて』ない」
返せて? 何を――って、あ。
「会長に、返せてない……って事?」
以前、何故打鉄弐式を自分の力だけで作り上げたいのかと聞いた時には頬を叩かれたけど。
それと同じような雰囲気があった。ただし今度は頬を叩かれることなく、頷いて肯定された。
「でも貴女は、打鉄弐式をクラス対抗戦に間に合わせられたじゃない。それは――」
「それは、出来て当然の事だから。……アイディアを貰ったのに遅れました、じゃ駄目」
そ、それはそうだろうけど。
「あの人に対して……私は、何も出来ていない。……何も、出来ない」
俯き、拳を硬く握り締める更識さん。……彼女の心を占める感情は、自分への情けなさなのだろう。…………でも。
「それは、違うわよ。――半分だけ」
「……え?」
半分だけ、と言われた事が意外だったのか、彼女はこちらを向く。……ようやく、だ。
「確かに今は、まだ何も出来ていないのかもしれない。だけど『これからも』何も出来ないなんて決まっていないわ」
「でも、あの人は何でも出来る。私の世話を、片手間に出来るくらいには。……ほとんど完璧、だと思う」
そ、それもそうかもしれないけど。うーん……あれ? 完璧、といえば。
以前、ボーデヴィッヒさんの事を生徒会室に行って聞いた時に――。
「……でもね。前に生徒会室で、こんな事を言われた事があるのよ。
『私、そんなに完璧じゃないわよ? ……だって、簪ちゃんとの仲は、自力で修正できてないもの。
貴方にも、虚ちゃんにも本音ちゃんにも迷惑をかけてるしね』って」
その言葉を聴いた彼女は、鳩が豆鉄砲で撃たれたような表情だった。
「え? お、お姉ちゃん、が……?」
……すいません、更識先輩。私、貴女の気持ちを勝手に言っちゃいました。
それにしても、姉妹の仲ってここまで拗れる物なんだろうか。私は一人っ子だから、姉だとかは解らないけど。
そういうのはそれこそ織斑君か、篠ノ之さんに聞いた方が良いような気がする。
他国にさえ名の知れ渡っていた姉を持つニーニョさんだと、どういう反応を返すだろう……?
……でもまあ確かに、あの人が姉だったら色々と大変だろうとは思うわ。周囲からは比較され続けるだろうし。
何より、何かとからかわれやすいような気がするし……。虚先輩並じゃないと、心労でダウンしそうだ。
「……織斑君は、どうなんだろう」
え? 何故ここで、彼の名前が出るんでしょうか?
「何度か話をしたけれど、どうしてあそこまで割り切れるんだろう……。私は、何度も何度も陥っちゃうのに……」
ああ、確かにそう。すぐに落ちこんでしまうネガティブな更識さんからすれば、不思議なのだろうけど。
「今度こそ、追いつきたいって思ったのに。自分だけの何かを生み出したいって思ったのに。
私は辛い事があると、すぐに落ち込んじゃう。……なのに、彼は」
「多分……何か、辛い事を乗り越えたからじゃないかな」
あの時。篠ノ之さん、オルコットさん、凰さんと話した第二回モンド・グロッソに隠された事件。
それを乗り越えたから、強いのかもしれない。そういえば当時、直後の『大事件』があったっけ。
だから私は『それどころじゃなかった』為によく覚えていないんだった。……あれからもう3年になるのよね。
「乗り越えた……か。でも……私は」
「もしも一人で駄目なら、一緒に乗り越えていけば良いじゃないの?」
「い、一緒に?」
「本音さんとか、貴女のルームメイトの石坂さんとか。……私だって、もし力を貸せるのなら協力したいわ」
更識さんの打鉄弐式は、私にとっても縁深いISだし。今は余裕がないしクラスも違うから協力できない部分もあるけど。
もしも、もう一度力を貸せる機会が巡ってきたら――その時は、以前のように困惑することなく力を貸せる。
「少なくとも、あの頃の『一人でやるから手を出さないで』って言っていた代表候補生は、ここにはいないわ。
だから――絶対に、大丈夫だと思う」
さっき話に出たコメディードラマの『絶対に、大丈夫だよ』という主人公の言葉が思い出されたのでそれを使ってみた。
ドラマ、しかもコメディーから引っ張り出した言葉で人を勇気づけるのもどうなんだろう、と思わないではなかったけど。
「ありがとう……」
更識さんは笑顔になれたし。良し、としよう。
「でも……その言葉の元ネタは『マジカルアップル!』だよね?」
うわ、しっかりとばれてた!! ……慌てる私を、更識さんは笑顔で見ていた。
自分の顔は、鏡を見なければわからない物だが。
「……そんなに、爽やかな顔だったのだろうか」
今日は、そんな事が口に出るほど皆から色々と言われた。まず、夕食時に会った一夏とデュノアには
『何か箒、いつもよりさっぱりした顔しているな』『何か、良い事でもあったの?』と言われ。
大浴場で一緒になったセシリアには『いつもよりも穏やかな顔つきになっていますわ』と言われ。
先ほど廊下で出会ったレオーネには『いつもの鋭いイメージが和らいでるわね』と言われた。その原因は。
「やはり、海原さんとの会話か?」
久しぶりに出会った人との会話。以前と同じように穏やかな表情で、私の話を聞いてくれた。
……ついつい、一夏との事も話してしまったのは赤面したが。あの人は、以前のようにニコニコと話を聞いていた。
あの人との縁の始まりは、数年前に遡る。その時は、重要人物保護プログラムにより『保護』されていた私。
ささくれだっていた私の前に、あの人がやって来たのだった。
最初は話などしなかったが、千冬さんの話を皮切りにして気がつけば色々なことを話していた。――そして。
『――どうだろう。剣道の大会に、出てみる気はないかい?』
そういえば、あの人がきっかけだったな。私が『篠ノ之箒』に戻れたのは。
実名で出た、中学の剣道大会への出場。まさかそれを、一夏に知られるとは思ってもいなかったが。
だが、せっかく戻った『篠ノ之箒』として参加した剣道大会の結果は……。
「駄目だな……やはり一人だと、ろくな考えが浮かんでこない。鷹月が、彼女がいれば違うのかもしれないが」
現在のルームメイト・鷹月静寐は、私には最適のルームメイトだった。姦しい他の女子とは異なり、私にほとんど干渉してこない。
それでいて真面目でしっかり者であり、気が利く。その配慮に助けられたのも、一度や二度ではない。
一夏と別の部屋になり、女子と同室になると聞いた時はややそれを心配した事もあったが……。杞憂だった。
「よし……もう一度、軽めに剣を振ってくるか」
結局、いつもと同じパターンだったが。何処か、いつもよりも軽い足取りであった気がした。
「……ん?」
私が部屋に戻る途中、少し外れた場所で見知った顔――宇月を見かけた。何をしているのか、と見てみると……。
その横には更識がいて、彼女となにやら話をしているようだった。
一夏の名前が出た所で、むむ!? と思ったが、どうやら私の想像するような事態では無いようだ。
その後も断片的にしか聞こえなかったが、どうやら更識とその姉に絡む話だったようだった。
更識の姉というのは、この学校の生徒会長を勤める二年生であり、ロシアの国家代表であるらしい。
私はクラス対抗戦の際に、宇月達のいた部屋にやって来た時に出会ってはいる。
が……直接には、後は一夏や宇月と共に会った時くらいしか知らない。話によると、文武両道・才色兼備の手本のような人間で。
そして更識は、その姉と色々と比べられたりとしたようだ。それがどうやら、以前の『脱走』にも関わっているらしい。
「私は、そういう事はあまりなかったがな……」
年が離れているせいか、私には更識のような苦労は無かった。……もっとも、それ以外での苦労はあったが。
「それにしても宇月は、やはりああいう言葉がすっと出てくるタイプなのだな」
絶対に、大丈夫……か。私もあのような言葉を、自然に一夏に向けられたのなら。少しは、変われたのだろうか。
私は同じ言葉を一夏に言おうとしても、生来の意固地さが邪魔をして、きつい言葉になってしまう。
海原さんのような話術もなく、宇月のような暖かさもない。レオーネに『鋭い』と言われたが、まさにその通りなのだろう。
……たとえば以前、鈴が部屋替えを要求してきた時のこと。宇月は鈴の要求と私の要求を、それぞれきちんと聞き。
そして至らない点――教師の許可を得ていない事を指摘し、鈴を押し下がらせ、その要求を止めた。
私達三人だけだったら、多分あそこまで穏やかには解決しなかっただろう。
後(のち)に鈴が、一夏の勉強を見てやると言い出した時のように、何か、更なる揉め事を起こしていたかもしれない。
……いや、鈴との約束を忘れていた一夏の事があるから、結末は同じだったかもしれないが。
あの人には望むべくもない事だが、ああいった態度は年上の女性――まるで『姉』のようにも見えた。
「姉……か」
「ふうん。お姉さんの事、気になるのかしら」
「!?」
独り言に返事が返り、慌てて振り向く。そこには、一年生らしき女子がいた。
鈴が転入してきた時に浮かべていたような不敵な笑みを浮かべ、その物腰には隙が少ない。やや長めの黒髪を流した容姿。
顔立ち等からすれば日本人のようだが、重心の取り方などからすれば、どうも剣の心得があるのではないだろうか?
「ちょっと良いかな、篠ノ之さん。聞きたい事があるんだけど」
聞きたい事、か。……姉がらみならば断るが。いや、そもそも――。
「その前に、一つ良いか」
「何かしら?」
「いや、すまないが……誰だ?」
そう言った途端。相手は、雪の降った日に道で転ぶように転倒した。……だ、大丈夫か?
うん。少しだけ格好つけて話しかけたら『誰だ?』と言われるとは思わなかったわ。……しょうがない、自己紹介しよう。
「私は一年三組、戸塚舞。一応、私も剣道部所属なんだけど? 貴女が入学初日に剣道部に顔を出した時にも、自己紹介してるわよ」
「な、何だと!? ……す、すまなかった、忘れていた」
正直に、心底申し訳無さそうに謝罪する。それを見て、私の事を忘れていた事に関してはこれ以上追求する気は失せたけど。
そもそも私も他の勉強とかで忙しく、剣道部で私達が一緒になった日なんて、片手の指で足りる日数なんだし。
「それで、何を黄昏てたの? いつも織斑君たちと一緒にいる貴女が、一人でこんな所にいるなんて……」
「べ、別に黄昏ていたわけではない。す、少しばかり考え事だ……」
「ふーん」
以前のクラス対抗戦の日の事も気になるけど。さて、どう切り出そうかな……?
「そういえば最近は織斑君、何かとデュノア君にべったりらしいものね。妖しい関係じゃないかなんて噂もあるし……」
織斑一夏はホモである、なんて説まで流れてるらしいし……。
ただ、あの唐変木もそれなら説明つくのよねえ。私はそういうの、好きじゃないんだけど……。
ただ、実際にはデュノア君はゴウ君の方にべっとりらしい。男同士の三角関係、とかで盛り上がってる女子もいたけど……。
「い、一夏とデュノアが妖しい関係だと!? そそそ、そのような事は無い!!」
わざとやってるんじゃないか、ってくらい解りやすい反応が返ってくる。うん、ちょっと面白い。
「え、彼らが妖しい関係だったら篠ノ之さんは何か困るの?」
「そ、それは……ど、同門の男がそのような道に走るなど、あってはならないからだ!!」
「でも、昔の武家じゃ『そういうの』は当たり前だって聞いた事あるわよ?
武田信玄が恋人の男性に書いたラブレター、なんてのも残ってるし……」
「そ、それはそうだが……ち、違うといったら違うのだ!!」
「ふーん。でも、デュノア君は物腰も穏やかだし、織斑君もストレスがたまる中でその穏やかさに惹かれていったりして……」
「ば、馬鹿な……あ、ありえん! い、いや……しかし一夏は何かとデュノアに構うし。
そういえばこの間も、私が剣道の訓練に誘わなければデュノアと行動を共にしようとしていたし……」
何か、色々と思い当たる節があるようだ。さて……面白いけど、そろそろ止めておこう。
これ以上は流石に悪いし、忘れられていた分の借りはそろそろ返しただろうし。
「まあ、それはさておき。ちょっと、聞きたい事があるんだけど」
「な、何だ?」
「実は――」
「おい、戸塚舞」
フルネームでの呼びかけに振り向くと、そこにいたのはクラスメートのロサリオ・カノ・若江・ニエトだった。
日本人の血を引くアルゼンチン出身の子で、少し硬いタイプ。実力は確かで、今日は私と……あ。
「今日は勉強会だというのに、何故部屋に向かわないのだ?」
「ごめんなさい。今、行くわ」
こ、このタイミングで……なんて間の悪い。ちょっと織斑君関係で、遊びすぎちゃったか。
でも、悪いのは私だから謝るしかない。悪い事をしたら謝る、それは当然だから。
「そちらは……一組のサムライ、篠ノ之箒か」
「さ、侍か?」
「そう聞いている。後は、織斑一夏のファースト幼馴染だとも」
「そ、そうか……」
こうしてみると、何処か似ている所のある二人だった。……っと、そうじゃない。
「篠ノ之さん。もうちょっと話があるから、明日――道場で会えない?」
「道場で、か?」
とりあえず、アポイントメントだけは取っておこう。今日は無理でも、明日以降につなげられるし。
「道場か……。そういえば君は、アリーナの予約が取れない日は剣道の訓練をしていると聞いたが」
「そうだが……? 何かあるのか?」
「いや、整備士への道を進む気は無いのか? 君は、篠ノ之博士の妹だと聞いているが――」
「ちょ、それは不味いって!」
何でいきなり口を挟んできて、しかも地雷を踏んでるのよ! その上、一度別の人が踏んだ地雷を!!
「……そう、だな。……無理、だろうが」
あれ? 聞き間違いかもしれないけど『無理だろうが』って言ったような? ……何で?
女性でも、IS適性が低すぎて学園に進めないだとか、実力が及ばなくて代表・代表候補生になれないっての解るけど。
無理だろうが、っていう理由は……頭がついていかないから、とか? ……でも、今の顔は何か違うような気がする。
諦観だとかじゃなく、後悔に近いようなそんな表情だったけど……意味が解らない。
「これで失礼する。……今度は、忘れないようにするよ」
心なしか寂しげに、篠ノ之さんは去っていった。
「今更だが……不味かったのか?」
「あのねー。彼女は篠ノ之博士の妹である事を気にしてるの! 理由は知らないけどね!!」
なんでも、いきなり怒鳴ったらしい。理由は知らないが、触れられたくない部分だったのだろう。
「……しかし妙だな」
「妙?」
「無理、とはどういう意味だろうか?」
「……やっぱり貴女も気になる?」
「――そういう事ならば」
「お答えしましょう!!」
「「!?」」
いつの間にか、黒髪の少女と赤みがかったウェーブ髪の少女――情報通のブラックホールコンビが私達のそばにいた。
彼女たちの共通特技として『いつの間にか接近してきている』というのがあるが、今回もそれを発揮したらしい。
「篠ノ之箒……一年一組の注目生徒の一人で、あの篠ノ之束博士の実妹」
「剣道部に所属し、入学してから約一ヶ月間、織斑一夏と同室という事態になっていた女子ですね」
「彼とは約五年ぶりの再会で、どうやらその頃からの思慕の情を抱いている模様」
「しかし、彼に対しては乱暴すぎるほどの態度しか取れずに思いを伝えられないでいたようです」
「それが最近覚悟を決めたのか、彼に対して態度が積極的になり始めているという話」
「さあて、代表候補生さえ虜にするあの織斑一夏のハートをゲットできるのか!! ……といった所ですね」
やや演技過剰な様子で、つらつらと彼女の情報を交互に語っていくブラックホールコンビ。
……当人がここにいたらどんな表情をするのか、ちょっと見てみたい気もする。
「……都築、加納。それはいいんだが、何かを知っているのか?」
「ええ。とっておきの情報をゲットしていますから」
「クラスメート価格で教えるよ」
このクラスメート価格というのは、秘密を得るための情報料――その安めの水準だ。
この二人に情報を求めた場合、無料で教えてくれることもあるが、そうではない場合もある。
そういう情報は、たいてい危険な部分のある情報であり。お金だったりおやつだったり、あるいは情報を渡さなければ教えてくれない。
「……あまりお金は使いたくないから、情報で勘弁して」
「右に同じだ」
「ふむ。ではその情報を聞きましょう。その情報に見合った分だけの情報を、こちらも渡します」
……そして私は、以前聞いた『宇月香奈枝とラウラ・ボーデヴィッヒがにらみ合っていた』という情報を渡した。
この情報は、一緒にいたフランチェスカ・レオーネとかいう娘が三組のロミーナ・アウトーリに言った話を聞いたのだけど。
それを得たブラックホールコンビは『織斑ガールズのストッパーのトラブル巻き込まれ率は、流石ですね』と言っていた。
「では、こちらも情報をお渡ししましょう。――まずはこれをご覧ください」
「何だこれは、ISの個人用データ……っておい、これは」
「篠ノ之さんのデータ……いつの間に?」
「彼女が織斑君たちと訓練をしている時に、独自分析したデータです。ですから非合法な代物ではありません」
そ、そうなの? まあ代表候補生でもなければ、大丈夫……だとは思うけど。いや、やっぱりやばいかな?
「しかし、これがどうしたというのだ?」
「いえ、このデータですが。――奇妙すぎるのです」
奇妙?
「白式を預かる事になった織斑君と、打鉄で戦えているのですから。ランクCとしては、異常ですよ」
「……もしかして、彼女はISの操作時間が普通の生徒よりも長かったとか?」
博士の妹なら、そういう経緯で触れる時間は長かったのかもしれないけれど。
「それもありえるけどね。私達の推測はそこじゃないよ」
「ええ。もしかしたら、ですが。――彼女は博士の手伝いをしていた、という可能性は無いでしょうか?」
「て、手伝い?」
「そう。博士がどうやってISを作り上げたのかは一切不明ですが。
家族である彼女ならば、それを知っている可能性もある……というのがこの推論の根拠です」
「まあ、白騎士事件の時点では流石に無理だろうけど。その後、コアを量産する辺りは知っているのかもしれないという事だね」
「だが、それが無理という言葉とどのような関係があるというのだ?」
「そこなのですが。その時の途方も無い技量の差を見て、諦めたのがあの言葉の原因ではないか……と考えるのです」
「技量の差?」
「ええ。まあ当時はわからなかったでしょうが、今ならばその凄まじさを理解し。
仮に自分が整備士になったとしても、姉には遠く及ばない……だからこそ、無理という言葉が出たのではないか」
「そういう事だね」
ああ、なるほど。四組の更識さんが、姉に追いつくのを諦めちゃうみたいなものね。
「しかし良いのか? そんな事を軽々しく口にして」
「構いませんよ。これは、ほとんど私達の勝手な想像ですから」
「まあ、年齢的な視点から考えても殆ど的外れだとは思うけどね? それに、彼女にはもう一つ謎がある」
……謎?
「何だそれは?」
「それは……」
思わせぶりな口ぶりに、私たちは引き込まれる。ブラックホールコンビの目も光り……。
「「彼女は何故、あそこまで胸が大きいのか!!」」
「は?」
あ、珍しい。ニエトがポカンとしてる。
「とにかく、彼女の胸は大きかった」
「ええ、恐らくは一年生の中でもトップクラスでしょう」
「一度大浴場で見たけど。十五歳であのサイズはふつー、ありえないよ!
たまたま隣にいた軽空母ロミちゃんが、まるで駆逐艦のように見えたからね!!」
……このブラックホールコンビの目が光っている時、その言葉をマトモに聞こうとした私が馬鹿だった。
ちなみに軽空母というのは、この二人の胸の大きさ基準……らしい。ニエトは同じく軽空母、私はイージス艦らしい。
ロミことロミーナ・アウトーリは私(イージス艦)よりも確かに大きかったから、軽空母だというのも納得だ。
そのロミーナが駆逐艦に見えたのならば、一体篠ノ之さんはどのくらい大きいのか……。止めておこう、馬鹿馬鹿しい。
「そろそろ行こうか? 時間も迫ってるし」
「……そうだな」
まだ篠ノ之さんの胸について熱く語っているブラックホールコンビを置いて、私たちは安芸野君の部屋へ向かう。
……結局この時間って、何だったんだろう?
「また、一雨来るのか?」
本日の天気は曇り時々雨。そんな予報を思い出し、俺は放課後図書館から寮に向かっていた。
「それにしても……何か変な感じだったな、箒の奴」
今日は図書館で自主勉強をしていた俺と箒だが、箒の様子がおかしかった。みょうにおどおどして、そのくせ視線を合わせない。
無理やりに合わせようとしたら、殴りかかって……来たところで、慌ててその拳を収めた。何なんだろうか? 調子でも悪いのか?
「そういえば以前、熱があるのかと思ったらいきなり怒り出したな」
あれは、いくら幼なじみとはいえ男女で額を合わせてしまった俺のミスだったわけだが。……でも今回は、そんなことはしてないし。
「あ、織斑君! 今日は一人なんだ?」
「これって、チャンスかな?」
「あれ、谷本さんと相川さんか?」
声に振り向くと、そこにはクラスメートの谷本さんと相川さん。のほほんさんも合わせ、結構一緒にいることの多い二人だ。
「織斑君は、どうしてここに? 剣道場かと思ってたんだけど……」
「俺もそうだと思ったんだけど、箒の奴が『文武両道を目指さねばならないからな』って言って図書館で勉強してたんだ」
「残念だなあ。私達もそうすればよかったー」
そうか。じゃあ今度、一緒に勉強するか? ……とはいっても、俺の方が確実に下だけど。
そういえばシャルルは、そういった事が全くないな。俺や将隆より後のはずなのに、勉強面でも上だ。
ISを動かせるとかは関係なく、以前からISについての知識を取得していたのだろうか? 実家がIS関係の企業なんだし。
「あ、織斑君。数学の課題は終わらせたの? 明日までだけど」
「え、あれって明日までだったか!?」
やっべえ、すっかり忘れてた!! すぐに戻って片付けないと!! アリーナの予約が取れてなかったから、逆に助かったぜ!!
「あれ? デュノア君はやってなかったのかな?」
「……シャルルが?」
その事については、何も言っていなかったが。ルームメイトだとはいえ、100%全てを知っているわけじゃないから解らない。
優等生のシャルルなら、そういうミスはしないような気もするが……一応、聞いておくか。
「……出ないな」
端末に電話を入れたが、応答しない。帰ってくるのは『ただ今、電話に出る事が出来ません』というメッセージだけだった。
「メールでも残しておけば?」
「まあ、それで良いとは思うんだけどな……」
問題が問題だけに、忘れていた場合のリスクが高すぎる。やっぱりここは――直接会おう。
「シャルルにも聞いてくる!!」
「あ、織斑君。シャルル君なら確か第3アリーナだよ?」
「ありがと!」
谷本さんの声を聞きながら、俺は走り出した。……背後から「やっぱりデュノア君目当てなのかな?」
「それだと篠ノ之さんとかオルコットさんが……」とか聞こえてきたが、何の事だろうか?
「おわっ!!」
「きゃっ!?」
走る時は、前をよく見て走らなければならない。そんなことを実感していた。
アリーナへと急いでいた俺は、横の校舎から出てきた女子に気がつかず。危うく、激突してしまうところだった。
「わ、悪い! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……って、織斑君だ!」
「うわあ、珍しいなあ。デュノア君に会ったと思ったら、次は織斑君だなんて」
リボンの色と言葉から察するに、一年三組か四組の生徒のようだ。まあ、それはさておき。
「本当にごめんな。急いでいたんで、前方不注意だった」
「だ、大丈夫だよ。怪我はなかったっし」
頭を下げて謝罪する。相手より大柄な俺がぶつかってたら、怪我をさせてしまうかもしれないからな。
「本当にごめん! じゃあ、俺はこれで――」
「あ、あの織斑君! 待って!! じ、実は……しゃ、シャルル君に謝って欲しいんだけど!!」
「謝る?」
後ろから聞こえた声に、慌てて足を止める。はて、どうしたんだろうか?
「実はね、この娘。さっきシャルル君と話してたら、彼の制服に、クレープのストロベリーソースを零しちゃったんだ……」
「ソースを?」
「うん。制服にも結構付いちゃったんだ……」
そうなのか。それを謝る仲介をしてほしい、って事か?
「一応、自分で謝って許してもらえたんだけど……やっぱり、気になっちゃって」
なんだ、自分でもちゃんと謝ってたのか。なら、大丈夫だろう。
「シャルルは、そんな事は気にしないと思うけどな。じゃあ、俺からも改めて伝えておくよ」
「あ、ありがとう、織斑君! 宜しくね!」
返事代わりに腕を上げると、俺は再びアリーナに向けて走り出した。
紅いしみをつけた制服を見て、ため息が出た。……ただしそこには、安堵の気持ちもあった。
「やっぱり、ちょっとシミになってるね……でも」
さっき、ストロベリークレープを食べていた女子の相手をしていたらそのソースがこぼれて僕の制服に付いた。
拭き取ったのだけど、夏服で、生地が薄かったのが災いした。ソースの跡は制服を通り越し、その下まで染み込んでいる。
……少しだけ焦ったけど、どうやら僕の『秘密』が気付かれる事はなかったようだった。
「あ、デュノア君だ!!」
「え、本当!?」
「ふう……」
後ろから聞こえてきた声に、僕はそのため息を最後に笑顔の仮面をかぶる。そう、いつものように――。
「初めまして。私は二年の――」
何か紙袋を持った黒髪の、二年生を中心としたグループの相手を始める。だけど何の話をしたのか、よく覚えていなかった。
「じゃあまた今度ね、デュノア君!」
「ええ。プレゼント、ありがとうございました」
先輩達に挨拶をし、ようやく一人に戻れた。結構押しの強い人達で、アリーナの更衣室入り口にまで付き合ってきた。
流石にそれ以上押し進む気はなかったようなので、一安心だったけど。……でも、油断は出来ない。
「……これでよし、と」
更衣室に入ると、僕は『男子生徒でも入ってこられないように』ロックを実行した。これは、ゴウが教えてくれた手法。
何故そんな事を彼が知っているのか、気になったけど……。どうして教えてくれたのか、は解る。
「また一夏に入ってこられたら、ピンチだしね」
更識さんがゴウと戦った日、僕の使うはずだった更衣室には一夏と更識さんがいた。
使う前だったからよかったけれど、もしも『使用中』に踏み込まれたりしたら……秘密が発覚するかもしれない。
でもこうすれば、一夏や将隆が来ても扉は開かない。……さて、と。誰かが来て不審に思われる前に着替えないとね。
あ、でもその前にシャワーを浴びて汗を流そう。今日は僕にとっては暑かったから、結構汗をかいてしまったし。
「……」
マイナスの気分を洗い流すように、暖かいシャワーが僕に降り注ぐ。だけど、そんな事じゃやっぱり気分は流れない。
さっきの会話を交わした先輩にはプレゼントを貰ってしまったけど、それはロッカーの中に無造作にしまいこんだ。
紙袋を持っていた先輩が、わざわざ実家から届けてもらったという話の、美味しそうなお菓子。
……でも、そのお菓子は『シャルル・デュノア』にあげようと思ったのであって。僕には食べる資格なんてない。
「あ、そういえば一夏からメールが入ってたっけ。――後で、返事を出そう」
さっき端末を開くと、数学の宿題について心配する一夏からのメールが入っていた。もう下着姿だったから、後回しにしたけど。
この他にも、一夏は本当に親切にしてくれている。でも僕は、一夏に……。
ううん、ゴウ以外の皆に嘘をつき続けている。ここに来る前までの『灰色の生活』よりも重く、苦しい生活。
「……」
早く『目的』を達してしまえばいい。そうすればこの気分からは解放される。それは、解っていた。
でもゴウも動いてくれているらしいし、今僕がうかつに動けばそれさえも台無しにしてしまう。
だから、今の気分に耐えるしかなかった。――今までのように、流れに呑まれたまま日々を過ごすしかなかった。
「おーいシャルル。ボディーソープを忘れたんだが、貸して……く……れ?」
「……え?」
今、一体何が起こったのか。――それを認識した瞬間、僕は冷静さを失っていた。
「お、クラウスだ」
シャルルがいるであろう更衣室に入り、なにやら声がするので近づいてみると、シャワールームの近くにクラウスがいた。
訓練前にシャワーを浴びるのか? まあ、清潔にするのは良い事だけど……。
「きゃあああああああああああああああああっ!?」
「うっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
そんな事を考えていると、悲鳴が、開いている仕切りの向こうから聞こえてきた。な、何だ?
今の声、シャルルだったけど……何かあったのか? もう一人の声はクラウスだが。
でも、両方ともなんでそんなに慌ててるんだ? シャルルは、女みたいな悲鳴だし。
「し、し、し、シャルルゥゥゥゥゥゥ!?」
「な、何でクラウスがここにいるの!? ……え?」
「え? シャル……る?」
「……い、いち、か?」
……えっと、これは何だ? 誰かがシャワーを浴びていて、何らかの理由――クラウス絡みで仕切りを開けて飛びだした。
多分、逃げ出そうとしたのだろうか。そして俺は、そのシャワー室の近くにいた。だからバッタリ対面した。
そして今日ここは男子専用更衣室で、このアリーナを使っていた男子はシャルル。それと、ギリギリで変更したらしいクラウス。
で、仕切りの近くにはクラウスがいる。だからクラウス以外の誰かがシャワールームから飛び出してくるなら、シャルルの筈。
そこまでは解る。問題は……俺の眼前にはシャルルではなく、金髪の裸の女の子がいるという事だ。……え?
「……」
何で女の子がここにいるんだ? 金髪の、見覚えのあるような無いような女の子。
「おんな、のこ?」
「――っ!!」
棒読みな俺の言葉に反応し、女の子が胸と股とを隠す。……って、見ている場合じゃない!! え、えーーと。
「は、裸の女子っ! 神様ありがとうございます! これは彼女と結ばれろという事ですね!!」
「~~~~~~~~!?」
「ひゃっはあああああああああああああああああああ! 裸の女子ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ま、待てっ、クラウス!」
「え、ええええっ!?」
今まで硬直していた(?)のか、動きが止まっていたが……明らかに危険な目つきに変わったクラウス。
まるでバッタか何かのように、女の子に向かって飛びかかった。――俺はとっさに女の子を抱きかかえ、横に飛ぶ。
「ふぎゅっ!」
「「……あ」」
当然ながら女子をめがけて飛びかかったクラウスは目標を見失い、そのまま床に頭から激突した。……だ、大丈夫か?
「ふへへへへっへ……裸、ばんざーい……」
「大丈夫そうだな」
いつものクラウスだ、問題ないだろう。
「あ、あの、一……夏?」
「……!」
――大丈夫じゃないのは、俺の方だった。思わずとっさに抱きしめたが、相手が裸だった。
女子をここまで近距離で抱きしめた経験はあるわけないし、その上、相手が裸だ。相手の匂い、感触、声、体温。
そういった物がダイレクトで五感に届く。俺より頭半分ほど低い背丈であるため、抱きしめると彼女の体がすっぽりと俺の懐に入る。
俺を見上げてきたせいで、濡れた金の髪、白い肌、そして紫色に近い瞳と桃色の唇が俺の視界に入ってくる。
「い、一夏……あ、あの……」
おいおい俺、冷静に分析している場合か!? っていうか、は、離さないとまずいだろう!!
「す、すまん!」
「きゃっ!?」
あわてて、女子を離す。……ちょっと乱暴すぎた、反省。
「……え、えーーと。着替えて、くれ」
「――っ!!」
少女は自分が裸である事をようやく思い出したようで、慌ててシャワールームに戻っていく。
そして俺も、そちらに背を向けた……けど。今のは一体、どういうことなんだろうか。
ここは男子専用になっていて、男子に与えられているカード以外では開かないようになっていた。
そしてこのアリーナを使っていたのはシャルルだけ、だからシャワールームにはシャルルがいる筈だ。なのに、実際には女子がいた。
まさか、あのシャルルが女子を男子専用になってるこの部屋に連れ込んだのか? そしてその女子がシャワーを浴びていて……。
「でもあれ、シャルル……だよな?」
声も瞳もシャルルだったし。髪の毛は解いていたが、シャルルも本来はあの位の長さだろう。なのに、女子だった。
「どうなってるんだよ、これ……」
俺が混乱していると、しばらく衣擦れの音がして、背後の仕切りが開く音がして。もういいよ、と声がかけられて。
「……」
振り向くと、そこにいたのはシャルル……だった。
おまけ:何ゆえドアは開かれていたのか
「さて、と。着替えて訓練に入るとするか」
その日。クラウス・ブローンはシャルルのいる更衣室に数分遅れでやって来た。偶然にも出来た『空き』を運良く得られた為の訓練。
その為に着替えを行おうとこの更衣室にやって来たのだ。その変更が直前のものだったため、シャルル自身は知らないまま。
「ここが今日は男子用に宛がわれているのか。シャルルが着替えているから、らしいが。
――俺としては、女子が使用中の更衣室が良いんだがなあ。勿論、女子生徒が着替えている最中ならなお良しだ」
許されるわけはないことを吐きつつ、ロックを解除するためカードキーを通す。クラウスは男子であり、開く――はずだったのだが。
「ん? 鍵がかかってるな。何で男子用なのに開かないんだ?」
扉は、開かなかった。……一夏や将隆であれば、アリーナの職員に連絡をするであろうが、クラウスは懐を探り出す。
「仕方がない、時間もないし抉じ開けるか」
学生用とは違う、自身の端末――本来はドールのプログラム調整用に、と渡された物――を取り出すと、プログラムに介入した。
慣れた手つきでコマンドを入力し、プログラムに介入する。
「普段の鍛錬が、こんな形で役立つとはな」
普段から更衣室や部室棟、大浴場の鍵をクラックして開けている経験が役に立った。
決して褒められることでは無いのだが、シャルルがゴウから教えてもらったロックを解除するのには役立った。
「それにしても日本は暑い……。始める前に、シャワーを浴びていくか。不潔にしてたら、俺の恋人達が逃げてしまうからな」
この辺りは、とても小まめな男だった。ちなみに、落とした女性は未だゼロである。
「しかし男子更衣室に入ってもなぁ。どうせなら、男装している女子でもいればいいのになあ、まったく」
まさにその条件どおりの女子がシャワーを浴びている事など知らないクラウスは、ゆっくりと更衣室に入っていく。
――それが、ある男性の目論見を木っ端微塵に砕く事になるなど夢にも思わずに。
ボディーソープを忘れた事に気づいた彼が、シャルルがいるであろうシャワールームの扉を開けるまで、あと20秒だった。
何か、簪の声が三森すずこさんじゃなくて緒方恵さん(約10年経っても14歳の少年)に聞こえてきそうな話でした。
成長フラグを立てる→圧し折られるのパターンに嵌りつつある。……いかん。
そして色々ありましたが……やっと(本来の)シャワーシーンが書けたぞ!!
そしてシャルロッ党の皆さん、お待たせしました。いよいよシャルの一人称が(明るい場面での)出番開始です。
ゴウが誑かそうとしていたシャルですが、次は主人公・一夏の出番です!! 主人公・一夏の出番です!!
主人公・一夏の出番です!! 大切なことなので三度言いました!!