俺は、今日もブルー・ティアーズに向けたエアガンを使った三方向からの攻撃用特訓を受けてきた。
「……よしっ! 今回は避けられたぞ!!」
最初に比べれば、それなりに回避できるようになってきた。とは言え。
「んじゃあ、次行くわよー」
「行くぞ、一夏!」
「っと!」
「はいそこ」
三人の方も、コンビネーションを組んできて。例えば箒とフランチェスカが最初に撃ち、それを回避した先に残った宇月さんが撃つ……
なんて事もやって来た。これがとにかく辛く、一度避けた先に来るものだから避けるのが難しい。
上体反らしだとか、しゃがむだとか。そういう姿勢変更でしか避けられなかった。
「……くはっ」
そして、今まさにその攻撃を避けようとして、しゃがもうとしたのだが……。あいにくと避けきれず、しかも疲労が限界に来た。
足から崩れ落ち、尻餅をつく。これでも、箒との稽古のお陰で体力はまあまあ戻ってきたのだが。
「ふむ……。今日は、ここまでにしておくか」
「そうね。織斑君も限界だし」
「いつも、ありがとうな」
「いいのよ。さ、帰りましょう香奈枝」
二人が帰り、俺は一息つくが。
「一夏。――シャワーを浴びたら、勉強に入るぞ」
「おう!」
まだ終わりではなく、箒との勉強が待っているんだからな。俺は自分の頬を叩き、気合を入れるのだった。
「箒。ここなんだけどな……」
「そ、それはだな……」
これは勉強を一緒にやりだして、初めて解った事だが。箒はそれほどISの知識が無いようだった。
IS適性ランクが高かったのか、あるいは、俺と同じく入学『させられた』のかもしれない。そして、その理由は多分……。
「どうした一夏。呆けている場合では無いぞ!!」
「あ、ああ。解ってる」
――まあ、それは良いか。今は勉強の方が先だな。
「……あ、来た来た」
「本当なのかしら、あの話……?」
「でも、確かに一緒だし……」
その日。俺達が登校すると、クラスがざわついていた。何でだろうか。
「なあ、何かあったのか?」
「……」
「わ、私か?」
隣席の宇月さんに聞いてみるが。彼女は何も答えず、俺の後ろ……箒を指差した。
「ねえねえ篠ノ之さん。貴女って、篠ノ之博士の妹なの?」
「!!」
そして、一人の女生徒(たしか……谷本さん?)が箒に質問に来た。……あっちゃあ。ついにばれちゃったのか。
まあ、篠ノ之って珍しい苗字だしなぁ。俺と千冬姉がそうである以上、いつかは発覚するだろうと思ってたけど。何処からばれたんだ?
「……」
しかし箒はムスッとしたまま答えず、そのまま自分の席に着いてしまった。その態度に、質問した谷本さん(?)も困惑する。
「箒。せめて、答えてやるくらいはしろよ」
そうフォローしようとしたが。
「うるさいっ! 私はあの人とは関係ない!!」
箒は、俺すら驚くほど大声で返した。お、おいおい。それじゃあ。
「何言ってるんだよ、束さんはお前の姉さんだろ。関係ないって事は無いだろ?」
「お、織斑君!」
宇月さんが、俺の袖を引っ張る。何で俺のを……あ゛。
「や、やっぱり篠ノ之博士の妹だったんだ!! 先輩の言ってた通り!!」
「すごいすごいっ! このクラス、有名人の身内が二人もいる!!」
「篠ノ之博士ってどんな人? 今、どうしてるの?」
「篠ノ之さんも、やっぱりISの天才なの? 今度、教えてよ!!」
しまった、俺がばらしてしまった。すまん、箒。あと、今思い出したけど。
『先輩の言ってた通り』って事は、俺に「ISの事を教えてあげようか?」って言ってきた先輩(あるいは、それを聞いた人)から漏れたみたいだな。
「……私は」
え?
「私はあの人とは関係ない! 教えられる事など、何も無いっ!!」
そしてさっきの声をさらに上回る、雷鳴のような大声。盛り上がったクラスの空気も、一瞬で沈静化する。
「ほ、箒?」
「っ! ……大声を出してすまない。だが、私に何を聞かれても困る。むしろ……」
むしろ、の後は声に出さない。俺も、箒が何を続けたかったのか解らない。それにしても、今の態度は明らかに不自然だ。
確かに箒は無愛想な奴だし、姉の事を自慢するような奴じゃない。俺もそうだし。とは言え、今の態度はまるで……
(束さんと箒って、仲が悪かったっけ?)
駄目だ。……その辺りの事もよく覚えて無いんだよな、俺。
「ふう……終わった」
一時間目の授業を終えた瞬間、俺は机に突っ伏した。剣道の稽古、対ブルーティアーズへの回避訓練、箒との勉強。
受験勉強よりも更にハードな一日に、流石にバテていた。かと言って、突然眠気が襲ってきたからって授業を寝るわけにも行かない。何故か?
ここの授業は、基本的に担任や副担任が全部行うんだ。……後は言うまでも無い。
「……あら、居眠りとは余裕ですわね。世界で唯一ISを動かせる男性は、訓練など必要ないのかしら」
俺がぐったりとしていると、セシリアがやって来た。……こんな時にかよ。悪いけど、相手できないぞ。
「聞けば、特例として与えられる事になった専用機もまだ届いていないという話ですけど。
織斑先生の弟とは言え、素人である貴方がそれでわたくしに勝とうなどとは、夢のまた夢ですわよ?」
「……」
「……。余裕ですわね。よほど強力な協力者がいるのかしら」
話すのも疲れるので返事も返さなかったが、この手のタイプはそれが逆効果だと言う事を忘れていた。しかし、返事をするのも面倒だ。
……強力な協力者、っ言うセシリアの無意識ギャグにも反応しないくらい。
「聞いていますの? ……それとも、私の言葉が理解できないのかしら」
いや、返事をするのも億劫なんだよ。……その辺、察してくれ。
「なるほど、それが貴方の喧嘩の売り方ですの?」
違うって。察しと謙譲は日本人の美徳……って、相手はイギリス人だった。
「おいオルコット、その辺にしろ」
そして、箒がやって来る。……あー、何か喧嘩になりそうな空気が。ただでさえ、朝の一件があるのに。
「あら篠ノ之さん、フォローに参りましたの? それにしても、幼なじみとは言えこのような男に肩入れするなんて。
世界的に有名なあの『篠ノ之博士の妹』とは言え、あまり賢い方ではないようですわね」
――!
「っ!? な、何ですの!? い、いきなり立ち上がって!」
気がつくと俺は、疲労も眠気も吹っ飛んで立ち上がっていた。椅子が倒れ、その音とセシリアの声で皆が注目する。
……乱暴だったかな、と思ったが。だけど、そんな事は後回しだ。
「今の台詞、訂正しろ」
「な、何ですって?」
「箒の事を言うのはやめろ。こいつは、幼馴染みとして俺に協力してくれているだけなんだからな。それと――」
この際だ。これだけは、ハッキリさせておく。
「箒は箒だ。……束さんの妹ではあるけど、別の人間なんだ」
「……。そうだね~~。しののんはしののんだよね~~」
「そうね。身内に偉大な人がいるからって、篠ノ之さん自身を色眼鏡で見るのは間違ってるわ。
私だって、誰かとの比較で自分の存在を説明されたら嫌だもの。篠ノ之さんは篠ノ之さん、だものね」
ここで相槌を打ってくれたのは、意外にものほほんさんだった。さらに、宇月さんも続けてくれた。
「確かに……そうよね」
「はしゃぎすぎちゃったかな、私達……」
場の空気が、明らかに俺達に傾いているのが解る。先ほどはしゃいでいた面々が、反省するような言葉も聞こえてきた。
「……。まあ確かに、無視をした男ならともかく、ただ協力している人を悪し様に言うのは良くありませんでしたわね。
わたくしとした事が、少々苛立っていたようです。……申し訳ありませんでしたわ、篠ノ之さん」
「……別に構わん」
セシリアが一応は頭を下げ、箒はそれを許した。……そうか。
「じゃあ俺も謝るぜ。セシリア、いきなり怒鳴って悪かった。それと、言い訳がましいが無視したわけじゃない。
疲れてて、返事するのも辛かったんだ。……まあ、俺が素人である事は間違いないしな」
これ以上、俺が口を挟む事じゃない。……疲れるし。
「は、はあ?」
俺が椅子を戻して座ると、セシリアは変な顔になる。何か、おかしかったか?
「変わった方ですわね、貴方は」
「そうか?」
「……。月曜日を、楽しみにしていますわよ」
そういい残し、セシリアは華麗にターンをして去って行く。凄くさまになってて……モデルみたいだな?
「あれ? どうしたんだ、箒」
「な、何でもない! だ、だいたい、幼なじみとして……では……」
何でもないならいいけど。嬉しさと悔しさの交じり合ったような表情してたら、気になるぞ? 幼なじみがどうとか言ってるし。
「織斑君、意外と鈍感?」
「そうねー、もろバレなのに……」
「おりむー、格好良いのと格好悪いのが混じってるねー」
あっちでは……えっと。谷本さんとのほほんさん、あと一人の女子(確か、夜竹さん?)が意味不明な会話をしていた。
そういえば、何故か知らないけどセシリアが箒の顔……いや、もう少し下を睨んでいたような気がするが。多分、気のせいだろう。
「だけど……俺も、出来る限りの事はやらないとな」
「え!? 一夏が、ISを借りられるんですか!?」
その日の夕食後。1025号室で、織斑先生からISとアリーナの使用許可が下りたと知らされた。
特訓協力者ということで、私とフランチェスカも呼び出されたのだけど。
「そうだ。整備スケジュールなどの関係上、生徒用は使用許可が下りなかった為に、教員用の予備機だがな。
借りられるのは打鉄だ。アリーナを借りられる時間は23:00~翌1:00まで。日時は土曜日だけだ」
「よ、夜の11時から1時までですか?」
「つまりは、深夜特訓と言うことになるな。合計2時間だが、ゼロよりはましだろう。いくら特例とはいえ、機体数にも限りがある。
お前の為だけに他の生徒を押しのけるほど余裕は無い。全ての生徒を、全員一人前にするのが学園の使命なのだからな」
なるほど。それはそうよね。
「先生。確かアリーナには、監督官が必要って聞いたんですけど……」
「それは私がやる。夜間残業という奴だな」
「……」
あ。織斑君が、凄く苦々しそうな顔になった。お姉さんに、先生に迷惑をかける事が嫌なんだろう。
自分から深夜特訓を申し出たと聞いたけど、彼にとっては結果的に苦渋の選択になったのかもしれない。
「うーん。ところで先生、それって何人くらい人手が要りますか?
織斑君と、戦う相手と、あと3人以上必要なら私や篠ノ之さん、フランチェスカ以外にも誰かに手伝ってもらわないといけないような」
「心配はいらん、データ収拾などは私がやってやろう。最小で、織斑。そして手合わせする1人だけでいい」
「そうですか……ごめん。流石にこれはパスしても良いかな? 時間、辛すぎだわ。日本のISには興味あるんだけど……」
フランチェスカが、少し申し訳無さそうに告げた。そう言えば、夜更かしはあまりしたくないと言ってたわね。
どうなのよそれ、と思わないでもないけど。
「打鉄、なら篠ノ之さんの方が向いてそうだし。私も、その訓練には不参加で」
……馬に蹴られたくないし、ね。
「ふむ、まあ仕方があるまい。篠ノ之、お前はどうだ」
「は、はい! や、やります!!」
「よし。では織斑、篠ノ之。土曜日午後22:30までに第三アリーナに来い。どちらかが遅刻すれば、特訓はキャンセルだ。解ったな?」
「「はい!」」
「ねえねえ香奈枝。貴女、ひょっとして気を使ったの?」
「……まあ、そういう事ね」
自室に帰ってすぐ。フランチェスカが、そんな事を聞いてきた。
「ふーん。貴女って、織斑君に興味ないの? 色々と知ってるんでしょ?」
興味、ねえ。中学で三年連続で同じクラスだったから、彼の事は結構知っている。
姉である織斑先生、幼馴染みだという篠ノ之さんを除けば、現時点では私が最も彼に詳しいだろうけど。
「別に興味は無いわ。恋愛対象としてもNG」
「えーー。どうしてどうして?」
「彼じゃ、私とはどうしても合いそうに無いから」
彼が悪い人間だというわけではない。だが、根底の部分で合わないのだ。
「うーん、それじゃあドラマにならないなあ……」
「ドラマって、ねえ……」
私もドラマは大好きだが、現実とは違う。ドラマなら、この後に織斑君を好きな女子が現れて……なんて事になるかもしれないけど。
……まあ、その可能性はゼロじゃないわね。ここが女子高である事と、彼の女子ひきつけ能力を考えたら。
「でもでも、何かエロチックじゃない? 深夜の秘密特訓、なんて♪」
何処からそういう発想をするのか、フランチェスカのテンションが上がっている。ちょっとだけ、呆れた。
「あのね。アリーナには、織斑先生もいるのよ?」
「だから良いんじゃない。姉にして担任である知的な世界最強の美女と、ナイスバディの幼なじみのサムライ美少女!
そして少年は、二人と共に大人への階段を……」
「ほう。面白そうだな?」
……。うん、私達の部屋よねここ? どうして、私とフランチェスカ以外の声がするのかしら。
「どうした、レオーネ。織斑が私や篠ノ之と共に、大人への階段をどうするのだ? 続けろ」
まるで凍りついたように、フランチェスカは硬直している。声のしてくる方を向けない。……私もだけど。
「そういえば、貴様の大人への階段は、地獄への階段になりそうだな? ――担任である私が、つきあってやろう」
そして、いつの間にか開いていたドアから入ってきた織斑先生は、フランチェスカを引っ張り。
「か、香奈枝~~! 助けてええええええええ!!」
「ごめん、無理」
「そ、即答!?」
「さあて、大人への階段とやらを上ってみような? ……ああ、地獄だから下るのかな?」
「あ゛~~~~!!」
……ドアが妙に重苦しい音で閉ざされ、二人はそのままいなくなった。……アーメン。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
……翌日戻ってきたフランチェスカは、少し壊れてたけど。先生曰く『数日で直るから放っておけ』との事だった。
……うん、織斑先生は絶対に怒らせちゃいけないわ。
「織斑、篠ノ之。教官室まで来い」
「え?」
金曜日。剣道場で剣の訓練(という名のシゴキ)が行われている途中、俺達は千冬姉に呼ばれた。
「ち……織斑先生。今すぐにですか?」
「そうだ。明日の特訓に向けて、ISを使用する事前準備があるからな」
「解りました。――では一夏、今日はここまでにするか」
「ああ。――ありがとうございましたっ!」
互いに一礼し、そして場所を借りていた剣道部にも礼をして。そして着替え終え、教官室に着いたのだが……。
「何ですか、この紙の束……」
そこにあったのは、紙の束としか形容できない物体だった。
「ISを借り出すために必要な書類だ。それと、パーソナルデータを取る必要もあるからな。それには……」
とりあえず、夕食はかなり遠のきそうだった。……食堂は八時で締め切りだし、何か買ってきたほうが良さそうだな?
「……これが、ISスーツか」
そして土曜日深夜。俺は、第三アリーナに来ていた。そして、ISスーツなる物を初めてつけたわけだが……
「き、着辛いな」
例えるなら、それはスキューバダイビングで使うスーツのような物だろうか。
全身を覆うそれは、かなり着るのに難ある代物だったのである。入試の時は、男子用が無いからって制服の上から直接つけたからなあ。
……って事は、コレ特注品か。勿体無いなあ、俺一人の為に。採算とか取れるんだろうか?
「入るぞ、織斑」
「え、千冬姉? へぐっ!?」
返事と同時に、出席簿が飛んできた。……待った、こんな時間にも持ってるのかソレ。
「今は就業時間だ、言わなくても解れ。ふむ、スーツはちゃんと着れたようだな?」
「は、はい。それで、ISは」
「隣室にある。ついて来い、初回起動は私が手伝おう」
「あれ、箒は?」
「篠ノ之なら、もう準備を済ませている」
なるほど。
「……やっぱり、日本の鎧みたいな機体だな」
あの受験の日にも乗った打鉄、と言う名のISの印象はソレだった。
刀そっくりの近接戦闘用ブレードが、大鎧の袖や脇楯のようなアーマーが、そう印象付ける。
「お前がもし借りる場合に使用するのも、打鉄だ。お前には、ある意味もっとも適切な量産型ISだろう。故障しても修理が容易いしな」
「え、修理のしやすさとかあるんですか?」
「……」
やべえ。鬼門だったか?
「時間が押している、説教は後日に回すぞ。――さて、起動させるか」
……結局説教か。
「では、始めるぞ」
「解った。……おお」
俺は背中を預ける感じで打鉄に体重をかけ。それと同時に起動が始まり、俺の感覚も広がっていった。
見えなかった物が見えたり、聞こえなかった音が聞こえていくような感覚……だろうか。
「気分はどうだ、一夏?」
「うん、問題ない。――受験の時ほどじゃないけど、似たような感覚だ」
「そうか」
実は動かせない、なんて事態にはなっていないようで安心した。それと、千冬姉も少し緊張していたようだ。
さっき自分で『就業時間』だと言ったにもかかわらず、俺を『一夏』と呼んでいる事からしても。
ハイパーセンサーで感覚が広がったせいか、こんな事にも気付いてしまった。ISって、凄いな。
「では、そのまま歩いてみろ。出来るか?」
「あ、ああ、何とか」
そのまま一歩を踏み出してみる。そのまま手を動かしたり、足を動かしたり……
「う、うん、結構思いのままに動く」
「そうか。――ならばアリーナに出ろ。始めるぞ」
「来たな、一夏」
「ああ、待たせた」
俺が打鉄を纏ってアリーナに出ると、そこには箒が既にISを纏って待っていた。
箒自身の雰囲気と打鉄の印象が合わさり、いかにもサムライって感じだ。
『よし、二人とも準備は良いな? 基本動作は授業で教えた。机上で学んだそれを実践できるかどうか、やってみろ』
「はい! 一夏、刀を抜け!」
「お、おう!」
そう言うと、箒は左腰の六角形のパーツからブレードを実体化させる。……えーっと、武器の実体化は。
「刀を抜く時の感覚……。あるいは、竹刀を取り出すような感覚だったかな?」
受験の時に、そして授業で教わった事を思い出し、目を閉じて集中する。……。……。……。
「よしっ!!」
今まで何も無かった空間に柄が現れ、それを一気に引き抜く。そして、俺の手には箒の握っている物と同じブレードが握られていた。
「よし。始めるぞ、一夏!!」
「おう!!」
剣道の稽古と同じような感じで、受験の時以来のIS実戦が始まった。
……。それから十分ほど、俺達は打鉄で戦っていたのだが。
『……もういい、中断しろ。お前達、何を使って戦っているつもりだ?』
突然の中断命令が出た。何を使って、て……。
「「ISです」」
『ならば何故、二次元戦闘しかしない。打鉄にも飛行能力はある。オルコットと戦うならば、空を飛ばねば話にならないぞ』
「でもなあ。空を飛ぶって言われても……」
『まずは跳躍しろ。ISには装着者のイメージのままに動く力がある。そこから、飛行するイメージを想像しろ』
「跳躍……飛行」
……とりあえず、思い切りジャンプする。……それと同時に、重そうな打鉄がふわりと浮き上がった。
「うわっ、浮かび上がった!」
「PICだな」
「ぴーあいしー……パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、だっけ?」
『そうだ。ISを動かす基本中の基本項目。慣性や重力を制御し、これによりあらゆる行動が可能になっているのだ』
ふう。たまたま昨日勉強した辺りで助かったな。
『さて、続けてみろ。――今のままでは、奴の前で的になるだけだからな』
そして、その後は基本動作を身体に染み込ませる事と。
箒との訓練で少しだけ取り戻した剣道の技術を、ISで実践する事を集中してやった。……これで、少しはまともになるのだろうか?
日曜日の朝。私は職員室に向かう途中で、織斑先生と出会いました。
「あ、織斑先生。おはようございます」
「ああ山田君、おはよう」
「昨夜は大丈夫でしたか? 織斑君と篠ノ之さん、遅くまで訓練をしていたんですよね? 先生も、それに付き合われたとか」
「ああ、私の方は問題ない。今日は休日だから特例として許可したが。今頃は二人で寝ているのではないか」
ふ、二人で……って! そそそそ、そういう意味じゃないですよね、うん!
「……山田先生。何か変な事を考えていなかったか?」
「そそそそ、そんな事はありません! そ、それより。織斑君の技術は、少しでも向上するんでしょうか」
動かさないよりましとはいえ。
たった二時間の訓練では代表候補生の上に専用機を持っているオルコットさんに対抗するのは無理のような気がしますし。
「さてな。案外、剣道の訓練だけしていた方が、あいつには向いているのかも知れん」
「そういう物なんでしょうか?」
「錆びついた剣の腕を取り戻すだけでも、代表決定戦の手助けにはなる。それにあいつは、一つの事だけを極める方が向いている。
ISも剣道も、とこなせるほど器用ではない。それだけに集中した方が、能率という点では良いのかもしれないという事だ」
「……なるほど」
ISを動かすのは、操縦者自身の想像力。ですが、その中でも自分自身に『剣を振るう感覚』があればより強くなれる。
そしてその剣を振るう感覚を、剣道の稽古で取り戻すって事ですね。……それにしても、弟さんの事になると目が優しくなりますね。
「そう言えば織斑君のISって、どんな機体になるんでしょうか。
倉持技研が回してくれるらしいですけど、もしかしてブルー・ティアーズみたいに遠距離戦使用とか」
「それはないさ。射撃には様々な要素が絡み合う。いくら動かせるとはいえ、ド素人に射撃重視機体を回すほど愚かではあるまい。
織斑自身に射撃の適性や経験でもあれば、話は別だろうがな」
「それもそうですね」
もしかしたら、織斑先生みたいな……いえ、それは別の意味でありえませんね。
ふと前を見ると、金髪の生徒が歩いてきました。あれは……
「あら、山田先生、織斑先生。御機嫌よう」
「おはようございます、オルコットさん」
「おはよう」
オルコットさんの挨拶は、イギリスの淑女らしい丁寧な礼でした。私よりも落ち着いて見えるような……って!
それじゃ駄目でしょう、麻耶!! だから生徒に色々なあだ名を付けられちゃうんだし!!
「明日はいよいよだな。準備は整っているか?」
「ええ。何でしたら、今すぐに始められるほどに」
「そうか、ならば良い」
「そう言えば織斑先生。昨夜、織斑さんが深夜特訓をしたと言うお話でしたが。少しは鍛えられましたの?
まあ、わたくしと戦うのですから、多少の贔屓は必要でしょうが」
「織斑から申し出があった為、私が『担任として』基本動作の取得に協力しただけだ。何なら、お前とも模擬戦をやろうか?
確かお前は、今日の四時から第二アリーナを借りていたな?」
「世界最強の『ブリュンヒルデ』からのお誘いは光栄ですが。クラス代表になった後に、日を改めてお受けしますわ」
これって、勝利宣言ですよね。うわあ、格好いい……。
「それでは、これで失礼させていただきますわ」
「……オルコット。一ついいか」
「何か?」
「数日前の朝の騒ぎは聞いている。篠ノ之は、篠ノ之束の妹だ。だが、別の人間だ」
騒ぎ……ああ、篠ノ之さんのお姉さんの事ですね。でも、何故今それを?
「そして、私からすればあいつも受け持つ生徒の一人でしかない。お前や織斑や、他の生徒達と変わる事は無い。
ただの、篠ノ之箒と言う人間だ。お前がここでは『オルコット家の当主』『オルコットの娘』ではなく。
セシリア・オルコット、という一人の人間であるようにな。――担任として、それだけは明確にさせておくぞ」
「はい。……お騒がせして、申し訳ありませんでしたわ」
「そうか、解ればいい」
「……先生と同じような事を、あの一件の時に織斑さんも仰っていましたわ。やはり、ご姉弟ですのね」
そしてオルコットさんは立ち去っていった。やっぱり、その動きには気品があります。
「オルコットがおとなしくなったと思っていたら、そういう事だったのか」
「ですね。最近は、日本出身の生徒とも話をしているみたいですし」
「それにしても、あいつが……か」
あの『極東の~』発言には少し危惧を覚えましたが。問題にはならなくて良かったです。
そして織斑先生の今の言葉は、探りを入れたって所だったんですね。……あら。
「ふふ。少し照れてますよ、織斑先生?」
「……私は、家族の事でからかわれるのを嫌う。覚えておくように」
きゃああああっ!? へ、ヘッドロック!? い、痛いです痛いです痛いです痛いです痛いです痛いですっ!!
「織斑先生。倉持からのデータが届いてましたよ。何でも、例の専用機がらみのデータだとか」
「ほう。データは届いたか」
「そ、そうですね」
職員室に入ると同時に、別の先生からそう伝えられました。……うう、まだ頭が痛いです。
「さて、どんな機体だろうな。……!」
「これは……」
データを開くと、画面に映し出されたのは無骨な白いISでした。名前は白式。
「初代世界チャンピオンの『暮桜』の後継者を目指した機体……ですか。ありえないと思ってましたけど……」
「客寄せパンダの意味もあるだろうが……。まさか、こいつとはな。それに……」
近接特化、高機動軽火力の機体。開発コンセプトには、そんな事が書かれていました。
織斑君の実姉で私の隣にいる、織斑先生がかつて世界大会で駆ったIS・暮桜。それと同じような機体を、弟さんに与える。
――どちらかと言えば、興行的な印象を受けます。初心者の織斑君には、使いづらい機体かもしれません。
そう言えばこの機体には、本来ISが第二形態になり、尚且つ操縦者との相性が最高潮にならないと発動不可能な特殊能力。
単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)を第一形態から発動させる事を目的とする……なんて噂もありましたね。
こっちは機密事項の上に、実際にどうなるか解らない物でしょうから、この情報にもありませんけど。
「でも、噂では開発がかなり難航していた、って聞いたんですけど。完成したんですね」
「完成していなければ、流石に送ってこんさ。もっとも、噂のアレが再現できるかどうかは織斑しだいだろうが」
それもそうですよね。単一仕様能力なんて真似したくても出来る物じゃないし……
「……まさか、あいつが動いたか?」
「え? 何ですか?」
「いや。何でもない」
囁くような小声で、何か言われたような気がしたんですけど……。まあ、大事な事じゃないんでしょうね。
「一人の、人間……」
わたくしは、織斑先生の言葉を思い返していた。それは、ある意味で自分にとってもそうである事が自覚できていたから。
『オルコットの娘』 『オルコットの当主』 『英国代表候補生』 『IS学園今年度主席入学者』
これらは全て、わたくしの肩書き。勿論、これをもつことに誇りはありますし、捨てようなどとは思わない。……ですが。
『織斑千冬の弟』 『世界唯一のIS適正を保持する男性』 『入学して間もなく専用機を得た存在』
これらの肩書きを持つ『彼』は、そのような事にこだわりは無いように思える。
あの時、わざと『世界で唯一ISを動かせる男性』『与えられる事になった専用機』『織斑先生の弟』と言ったにも拘らず、反応が無く。
目覚めた後も、それについて触れる事は無かった。それどころか、返事のできなかった事を謝罪した。
『彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い』
これは、宇月さんの言葉でしたが。彼の、肩書きに対する反応の一因を言っているのも知れない。……何故、なのか。
「……代表決定戦の後に、聞いてみるのも良いかもしれませんわね」
わたくしの事を、専用機持ちである事や代表候補生である事を特に気にしない。そればかりか、自らの境遇をも特に自負するでもない。
最近では、剣の稽古の他にも自室でなにやらわたくしとの戦いへの対策を練っているとも聞いた。
そんな彼に、僅かながら今までとは異なる何かが生まれてきたのが解る。代表決定戦の後にでも、聞いてみようかとさえ思う。
「まあ、敗れてもまだ同じ口が聞ければですが」
もしも敗北で態度を変えるような男ならば、それまで。もっとも、何故かわたくしにはそのような未来は決して訪れぬ事が解っていた。
次回はいよいよクラス代表決定戦! ……バトル描写、ちゃんとできるといいなあ。