その日は、ただの一日だったけれど
※今回、衣替え絡みの為に時間が一週間飛びました。
少々人間関係が変わっておりますが、ご容赦ください。
「……クー姉。お休み」
「お休みなさい」
僅かに目を細め、年下の少年の寝顔を眺める一場久遠。――そしてその目が机に向けられた時、それに込められた感情が変わる。
机の上には数枚のレポート用紙があり、その表紙には[織斑一夏に関する考察]とあった。
「……」
それを開くと。
[織斑一夏は、やや周囲の変化に疎い部分がある。歓迎会があったにもかかわらず、私と初対面のような態度を取る]
[交友関係には、幼馴染みだという篠ノ之束の妹、英国と中国の代表候補生、最近は同室になったフランスの男性操縦者も含まれる]
[ドイツの代表候補生とは険悪な仲。織斑千冬が関係していると思われるが、詳細不明]
[単一仕様能力・零落白夜に関しては詳細なし。学園・倉持技研共に掴んでいる様子なし]
等の文章が書かれていた。そして、それを見ていた久遠が溜息を吐くと同時に学生用端末では無い、別の端末への着信があった。
それを手に取ると、女性平均よりもやや高い声が聞こえてくる。その声を聞いた久遠の顔が、僅かに歪んだ。
『クオン・イチバ。ロバート・クロトーの様子はどうですか?』
「現在の所、問題はありません。先ほど、就寝しました」
『そうですか。それと、彼の機体についてですがようやく調整が付きました。
そちらで行われる予定の、学年別トーナメントには間に合わせる事が出来るでしょう。貴女の専用ドールも含めて、です』
「!? ま、待ってください。ロブを、トーナメントに出すつもりですか? 専用機を預けても、稼働時間が……」
『イチカ・オリムラのケースがあります。ロバート・クロトーがそうではないと言い切れますか?』
「しかし、織斑君とは異なりロブはまだ子供です。幾ら何でも――」
『クオン・イチバ』
「!!」
冷徹な声に、やや感情を表に出していた久遠もその無意味さを悟る。
……この相手の前では、自分は何を言っても無駄なのだと、既に嫌というほど知り尽くしているからだ。
『貴女の使命は、何ですか?』
「……ロバート・クロトーの身柄を守り。来るべき時まで、その操縦者としての力量を磨く手伝いをすること。
そして……男性操縦者の存在の謎を解き明かす為、織斑一夏や他の男性操縦者に近づく事」
『そうです。マサタカ・アゲノ、そしてイチカ・オリムラの隣人であるカナエ・ウヅキと親しい貴女をそこに送り込んだ理由。
それを忘れてはいけませんよ。一年生唯一の米国代表候補生であるマリア・ライアンはトランスの派閥に属する為に使えない。
だから貴女の働きが大事なのです。貴女を代表候補生扱いとし、不合格だったIS学園への道を開かせた恩を忘れてはいませんね?』
「……解っています」
久遠の声に、乱れは無かったが。通信機器を持っていない方の手が、硬く握り締められた。
『我がアメリカ軍が、あの忌まわしきタバネ・シノノノに最強の座を奪われてより十年……。
ISの解析という面において、欧州連合に遅れをとっています。だからこそ、使える[モノ]は何であれ使わねばなりません』
「……」
『ロバート・クロトーのガードと成長、情報集め。それが貴女のやるべき事です。それを理解していますね?』
「勿論です」
『では今回の通信はこれで終了します』
一方的に言い切ると、通信は終わった。久遠が今使用したのは、アメリカ軍の使用する最新鋭の特殊端末。
IS同士のプライベート・チャネルには劣るものの、かなりの高性能な通信端末。
それを預けられた意味を思い出し、その重さがまるで十倍にも百倍にもなったような錯覚を起した。
「……どうして、なのでしょうね」
約一ヶ月前――IS学園ではクラス対抗戦の準備をしていた頃。ロバート・クロトーがIS適性を持つ事がアメリカで解った。
勿論彼は米国政府に保護されたが、その際に精神的なケア要員として彼にとっては親しい姉のような存在……久遠も保護された。
そして政府の決定によりIS学園に編入される事となり、二人はかつて育った――あるいは訪れた事のある国・日本へとやって来た。
通信相手が言ったように、IS学園を受験して不合格だった久遠にとっては、まさに起死回生だったのだが。
「スパイ行為、ですか……」
まるで素人の彼女に、何を期待しているのかと言いたくなったが。
情報よりも、むしろ『織斑一夏・安芸野将隆との接点作り』を期待されているのだ。だがそれは。
「既に凰さん……中国には見抜かれているようですがね」
以前の朝の一幕以来、何も言ってこない。とはいえ、久遠の転入目的のほとんどは中国政府には見抜かれていると言っていいだろう。
更に久遠にとって不利なのは、そこに英国代表候補生――セシリアがいた事だ。
彼女経由で、英国→欧州連合にも情報がまわっている可能性がある。
「……もう、冬服を着ることは無いかもしれませんね」
冬服をしまってある、洋服棚を見て、そう呟く少女。その目には、僅かに光る物があった。
「さて。ISは宇宙での作業を想定して作られているので、操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいる。
また操縦者の生体機能を補助する役割があり、ISは常の操縦者の肉体を安定した状態に保つ。
これは心拍数・脈拍・呼吸数・発汗量・脳内エンドルフィンなどがあげられる。ここまでは解っているね?」
我が三組の本日の最初の授業は、古賀先生によるIS理論だった。もっとも、今言ったのは復習の辺りだが。
「では、ISコア内部についての理論に移る。篠ノ之博士が提唱したIS理論によると、コア内部には意識のような物が存在する。
これは現在地球上に存在する、あらゆる生物の存在とも異なる……かといって、人工知能とも少々異なる存在であると考えられている。
一説には、先ほど言った操縦者の生体機能補助のデータを使用しているという話もあるが……」
「生体補助機能のデータを? ――先生、それってどういう事ですか?」
赤堀が質問したが。確かに、俺も気になる。
「これはまだ推論上の話だが。生体機能補助により、ISは人間を理解している。どういう仕組みで人間が『生きているのか』を。
どういう状況が人間に最適かを学習している。これらのデータをも自己進化の糧としているという説だ」
「……つまり、ISが人間を知ろうとしているという事ですか?」
「端的に言えばそうなるな。ISはただの機械ではなく、パートナーとして扱ってくれ。――少なくとも、ただの兵器では無い」
ライアンの言葉に、古賀先生は深く頷いた。とんでもない人だが、今日の授業は至極真面目だ。
そして今の言葉も凄く重々しい。……恐らく、あの時のゴウの発言に対する先生の意見なんだろうけど。
「じゃあ、ドールはどうなんですか?」
「あ、それは私も気になります」
「――あいにくと、ISのようには出来ていない。あくまでこいつは、兵器さ」
いつもの軽口を、少しだけ重い物を交えながら放つクラウス。……いつもは三枚目だが、こういう時は二枚目になる。
いいなあ、イケメンで。そういえば、ハッセ先生は『今日は休み』らしいけど。どうしたんだろうな。
「そもそも、篠ノ之博士がISを作った理由というのも不可解だしなぁ」
「え? 宇宙開発のためだったんじゃないのか?」
「だとしたら、白騎士事件が不可解すぎる。そもそも、ミサイルの発射システムを利用する事が非合理的……。
何らかの『裏』があるという説にも、一定以上の説得力が見られるのはその為。ただ、篠ノ之博士がISを作った経緯。
およびその後の国家間の動きを見る限り、不自然な何かがあるのは明白である為に立証は困難。
三年前の失踪、およびその後の消息不明に関しても同様。その他にも……」
「バース、話は解ったからその辺で止めようぜ。授業中だしな」
俺の言葉に対し説明を始めたのはアメリカ出身の金髪少女、マリカ・バース。何かと説明が好きで、一度喋り出すと止まらない。
席が近い俺が止める事が多いが……今ひとつ解らない奴の一人だ。
「というか、君達も雑談はそこまでだぞ。授業中だ」
古賀先生に言われて、俺やクラウスも口を閉ざした。……うん、人の事をとやかく言えないな。
「ねえ、安芸野君。さっきの話――どう思った?」
「やっぱりあれって……彼の話に対して、だよね?」
授業終了後。歩堂や数人の女子が俺の席にやって来た。彼女達とは、かなり話せるようになったなあ……。
「……俺は、よく解らないな。それに俺は、自分や織斑、シャルルとロブとドイッチだけ動かせるのかが気になってるし」
ちょっとだけ、誤魔化した。……自分の足首にある御影が。安奈さんや麻里さん達が作ってきたこいつが、兵器。
それは否定は出来ない事なんだろうけど、やっぱりどこか肯定も出来なかったからだ。
「まあ、確かにね。それを解けたら、多分ノーベル生理学賞間違い無しだね」
「あれ、医学賞じゃないの?」
「……生理学賞、だと思うけど?」
「というかISの発明自体が、ダイナマイトやニトログリセリン以上に世界を変えてるよね……」
「それは同意。ISのスピンオフ技術が及ぶ範囲だけでも、かなりの分野に上る。ISスーツ技術はスポーツ業界や服飾業界に。
ハイパーセンサー技術はセンサー業界だけでなくカメラやテレビを中心とする映像技術関連の業界に。
そして操縦者保護技術は、医療界などにも僅かではあるが影響を与えている。その他にも影響を受けた業界は多い。
まだブラックボックスが多いけれど、本当に全ての技術が解析されたのなら……世界は、もっと大きく変わっていく」
「だからバース、だから少し脱線は控えような?」
「……」
バースは軽く頭を下げると、また自分の端末『二つ』の同時操作へと入った。
最初見た時は驚いたが、当人曰く『この位、呼吸よりも簡単に出来る』らしい。最大だと十個くらいは楽に扱えるらしいが……。
「よ、将隆」
「一夏?」
そんな事を考えていたら、一夏がやって来た。はて、何の用事だろうか?
「これ、ありがとうな」
そういえば昨日、参考書の一つを学校に忘れた一夏が、それを貸してくれと言いに来たんだった。すっかり忘れてたぜ。……あ。
「お前も夏服になったんだな」
俺より二日遅く、一夏の服も夏服になっていた。俺は一昨日したばっかりだが。
「ああ、今年は少し暑くなるのが遅かったからな。今日からだぜ」
「そうなのか」
地元出身である一夏や凰達がまだ冬服だったから、この辺りはこういう気候なのかと思ったが。今年だけであるらしい。
「シャルルの奴は、五日前くらいには衣替えしてたな」
「ああ」
一般的に、日本の学校では衣替えは一斉にやるものだが……この学園においては、個人の選択に任されている。
いないだろうけど、一年中夏服だったりその逆も可能なわけだ。
ここの学生は色々な国・地域から来てるから、快適な温度がバラバラであり。だから、自由なんだろうな。
「千冬姉も三日前から夏用のスーツになったからな」
「それ、昨日も聞いたぜ」
何でも、今月の頭に実家に戻った際に夏用のスーツを出して織斑先生の所に持っていったらしい。
それをようやく着てくれているのが嬉しいんだろう。……やっぱりこいつはシスコンだな。
「それはともかく……将隆、何か今度お礼するぜ。パンか何かでいいか? それとも、何か作ってやろうか?」
「良いって」
感謝の意を最大限に表しているであろう一夏に、こっちの方が恐縮してしまう。まあ、こいつがこういう奴だって事は知ってるが。
「しかし、忘れ物なんて珍しいな。どうしたんだ?」
「いや……。ちょっと、な」
珍しく口ごもる。……うーん。
「お前、何かやらかしたのか?」
「お前もかよ!?」
お前も、とはどういう意味だろうか。
「……いやな、最近シャルルが少し俺を避けているような気がするんだ」
「シャルルが?」
「ああ。何か余所余所しくなったって言うのか……とにかく、何か変なんだよ」
「へえ」
クラウスの問題では俺の方が大変だと思っていたが。一夏も色々とあるらしい。
「まあ、何かあったら相談に来いよ。俺が解決できるかどうかは解らないけど、話し相手くらいにはなるからさ」
「さんきゅ」
そういうと、一夏は笑みを見せながら去っていく。うーん。やっぱり俺(とロブ)以外はイケメンだな。
「シャルル、今日はどうするんだ?」
「うん。僕は第四アリーナが取れたから……射撃訓練かな」
放課後。俺は開口一番に、右斜めのシャルルに話しかけた。ちなみにその前の席である宇月さんは、もういなくなっている。
シャルルも、すぐにでもアリーナに向かいそうな空気だった。ここで逃げられたら、会話への足掛かりがなくなる。――よし。
「射撃訓練か……じゃあ俺はそれを見て、参考に――」
「ならば今日は、私と一緒に剣道部に来い!!」
「ほ、箒?」
気がつくと、箒に引っ張られ。俺は、剣道場に連行されていた。
「おいおい箒、引っ張るなよな。制服が皺になるだろ」
「何を言っている! お前はもう、三日も剣道場に来ていないだろう!
剣の道は、三日欠かせば七日を失うというのに!! だから、私が引っ張ってきたのだ!!」
「そりゃ解るけどなあ……」
出来れば、シャルルとの溝を埋めたかったんだが。同じ男で、ルームメイトなんだし。
「……そ、それにデュノアばかりに構っていないで……わ、私にも……」
「ん? 何て言ったんだ、聞こえないぞ?」
「ひ、独り言だ!!」
箒が独り言とは、珍しいな。剣道で声を出す関係上、ハキハキと喋るタイプなのに。……箒が、掃き掃き。
「……くだらない事を考えているな、一夏?」
「そ、そんな事は無いぞ!」
流石は幼馴染み。こういう洞察力は、箒も鈴も高いな。
「99……100っ!!」
着替えた俺は、箒や他の一年生部員と並んで素振りをしていた。といっても、剣道部を利用する時の練習内容は、基本的に自由。
個人個人が自分で考えた練習メニューを組んでいる。これを聞いた時には、かなり緩いなあと思ったが……。
「999……1000っ!!」
「ふう……じゃあ次は、打ち込み50本っ!」
それぞれが、かなりハードなメニューを組んでいる。中には、ここに来る前に一周五キロのグラウンドを二周走る人もいる。
……中学時代に帰宅部だった俺には、最初はかなりギャップを感じたな。
「ねえねえ織斑君! 前にも言ったけど、剣道部に入らないの?」
そんな事を思っていると。三年生の……確か、九重夢羽美先輩……だっけ? 唐突に、そんな事を言い始めた。
ぷっくりとしたほっぺが特徴的で、二つ年上なのに俺達よりも下に見える顔立ちだが、剣道の腕はこの中でもトップレベルだ。
以前、一度だけ試合をやった事があるけど……あっという間に一本を取られた。速さだけなら、同じ頃の千冬姉レベルな気がする。
「篠ノ之さんも何か言ってよー」
「わ、私がですか!?」
「そうだよ? どうやら織斑君を剣道部に誘うような事はしていないようだしね?」
別の先輩も、そんな事を言い始めるが。俺を誘うように言われてた?
……そういえば、前にそんな事を言われたような言われなかったような。お、素振りを止めた箒が面を外してこっちに近づいてくるぞ。
「……そ、そのだな一夏。は、は、は、入りたい、のか?」
「うーん。白式は剣一本だから、剣道の訓練も無駄じゃないんだけどなあ。剣道部に入るっていうのは……」
「ど、どっちなのだ! は、はっきりしろ!!」
「そう言うなよ。俺だって、覚える事が多すぎてパンクしそうなんだよ」
ISの基礎用語を覚えたり、三次元躍動旋回(クロス・グリッド・ターン)だとかの技術を実際に身体で覚えたり。
あるいはシャルルやセシリア・鈴達とそれらを実戦で使ってみたり。もしも部活に入ったら、今以上に剣道に時間を費やす事になる。
整備の事を教えようか、とのほほんさんに言われた時もそうだったが。これ以上、回せる余力が無いんだよなあ……。
「まあ織斑君もどちらかと言うと嫌みたいだしね? これ以上の勧誘は止めようか?」
「え? い、いえ。別に、嫌ってわけじゃあ……」
「じゃあ、剣道部に入部してくれないかな。――それとも、どうしても嫌なの? はっきりと答えを出して欲しいんだけどなぁ」
「そうそう? 昔のドラマで見たけど、男らしいっていうのは明確に答えを出す事なんだよね?」
「い!?」
うーむ、こうまで言われてはっきりと答えないのでは、男が廃る。……よし。
「……俺としては、剣道の訓練も大事だと思ってます。ただ、部活に入ってそれに専念して過ごせるような状況じゃないし。
ましてや、俺は男だから大会とかに出られるわけじゃないし。まあ、俺の個人的な我儘なんですが……。
今の感じで使わせてもらえるとありがたいです。勿論、駄目って言うならそれはそれで当然ですけど」
「ふっふっふ。問題ないよ!!」
思っている事をとりあえず全部言った俺に対し、九重先輩が左腕を高く……剣道場の天井を指差すように掲げた。な、何だ?
「まあ、出来るなら毎日来て欲しいんだけどそれは無理だしねぇ。そもそも、私達だって毎日来られるわけじゃないし」
「そうなんですか?」
「そう。剣道も大事だけど、やっぱりアリーナの予約が出来ればそっちが優先だしね。
だから『毎日部活に出られない事』は気にしなくていいよ。というか、ほぼ全員がそうなんだしね?」
「は、はあ」
やっぱりここはIS学園、ってわけか。まあ進学校とかでも、部活よりも勉強優先なのだろうけど。
「あと、大会なら団体戦は無理だけど? 織斑君が望むなら、個人戦での出場もあるよ?」
「あ、そう……ですね」
考えが及ばなかったが、個人戦もあるような。……まあ、出るのかどうかはさて置き。
「良いんですか?」
「まあ、他の男子達も来るなら少し考えないといけないけど……。今の所、織斑君だけだしね」
「更衣室に関しては、織斑君が着替える時に私達が使わなければ良い話だし? ……まあ、ロッカーの鍵はかけておくけどね?」
確かにシャルルや将隆達はここには来ないが。しかし……。
「でも、そんな……。俺一人の為に、部員に迷惑をかけるような……」
「大丈夫よ。今までだって、特に問題なかったんだし。正式に入部したからって、別に何が変わるわけじゃないし」
「じゃあ聞いてみようか? 織斑君の剣道部入部に賛成の人は、挙手して?」
その途端、俺以外の人間がいっせいに手を挙げた。さっきまで試合をしていた筈の人達まで、一瞬で試合を中断して手を挙げている。
剣道の礼儀的にはどうなんだろう、と思わなくも無いが……シャルルの高速切り替え(ラピッド・スイッチ)もびっくりの速さだ。
「べ、別に反対する理由は無いからな!!」
いや箒、何でそんなに真っ赤になって手を挙げてるんだ?
「じゃあ織斑君? よろしくね?」
何だかんだの内に、俺は剣道部員(扱い)になってしまった。まあ、これで剣の稽古を公式にできるようになったし。
何が変わるわけでもないし、いいかな?
「じゃあさっそく、新入部員の織斑君への質問コーナーだ!!」
「はいはいっ!! 織斑先生とは、どんな姉弟関係なんですか!?」
「どんな女子が好みですかっ!?」
「白式は剣一つだけど、他の武装を使ってみたいとか思いませんか!?」
「いっ!?」
……うん、変わったな。今まで何処か遠慮がちだったんだ。それが嫌でも理解できた。
「へー。そうなんだ。それは面白い情報ね」
私がフランチェスカと第二アリーナに向かっていると。端末で誰かと話をしていたフランチェスカが驚きの表情を浮かべた。
「うん、じゃあ私はこれからアリーナだから。……ばいばい」
「どうしたの、フランチェスカ。面白い情報って……?」
「それがね。織斑君が、剣道部に正式に入部したらしいのよ」
「え、そうなの?」
意外だった。まあ、確かに彼は剣道部に何度か足を運んでいるけれど。正式に入部するとは思わなかった。
……これでますます私との接点が減り。そして同時に、私の心労も減る。うん、最近……なんかいい感じかも。
「でも、まさか部活に入るとは思わなかったわねー」
フランチェスカはとても驚いた表情をしている。まあ、私も同じだけど。
「そういえば、私も部活に入ってないわね」
「ああ、そうね。まあ青春を楽しむ為にも、何か部活に入ったほうがいいかもしれないけど……」
部活、かあ。新聞部に誘われた事はあるけど。でも私は黛先輩達との訓練もあるし、今は余裕なんて無い。
まあ、その先輩達はしっかりと部活と両立させているようだから。不可能では無いのでしょうね。
「部活動、か……下らんな。確かにトレーニングは必要だろうが、スポーツトレーニングはISとはまた別種のものだろうに。
ましてや新聞作成や料理作成、美術関係などのISとは無縁の事にまでうつつをぬかすとは……な」
「「!?」」
気が付くと、ボーデヴィッヒさんが後ろにいた。私達を尾行する理由なんてないだろうから、偶然だろうけど。
「部活動だって、大事よ?」
「何の必要がある。その時間をISの学習や訓練に当てれば、少しはマトモな人材が育つだろうに……」
……うん。解ってないわボーデヴィッヒさん。何でこの学園で、部活動なんて物があるのか。それは、大きく分けて二つの理由がある。
まず一つは、学年・国籍の枠を超えた交友関係を得る為。どうしても同じクラス、同じ国の人と話してしまいがちになる。
でも部活では、違うクラス・学年・国の人とも同じ目的の場所に集う事になる。これで、交友関係を増やす事。
それは、ISにおいても決して無駄にはならない。ISの情報交換や指導は、部活の先輩・後輩という関係でも出来るからだ。
実際に黛先輩は、整備の情報や技術を新聞部の現在の三年生からも学んだと言ってたし。
私に見せてくれたデータの持ち主である九重先輩や田先輩とは、部活の取材を通して知り合ったらしいし。
そしてもう一つは、ストレス解消だ。自分の好きな事を部活の名目でやる事で、ストレスを緩和させる目的もあるらしい。
料理部だったら美味しい物を作って皆で食べたりもするそうだし。吹奏楽なら、演奏でストレスを吹き飛ばすらしい。
勿論、部活だけがストレス解消手段じゃないだろうけど。やっぱり、IS関係の事『だけ』を詰め込んでいても駄目なんだろう。
……まあ、私も黛先輩から聞いた話ばかりだからあまりボーデヴィッヒさんを偉そうには言えないんだけど。
あと、一部の人はモンド・グロッソ芸術部門の為に部活をやっているとも聞いた事がある。
フィギュアスケートや新体操だとかと同じ要素を持つモンド・グロッソ芸術部門。それに必要な音感だとかを鍛えるのに吹奏楽を。
あるいはダンスを学んで、それを応用している先輩もいる……らしい。まあ、これはあくまで例外だろうけど。
「人の話を聞いていないとは……やはり、基礎的なことさえ出来ていないな」
「え?」
「どうしたのよ香奈枝、ぼーーっとして。彼女の言葉を無視したりして」
気が付くと、呆れたような目で彼女が私を見ていた。フランチェスカの言葉からして、どうやら私は自分の思考に没頭して。
ボーデヴィッヒさんの言葉を、聞き流してしまっていたらしい。……うわあ、やっちゃった。
「ご、ごめんなさい。ちょっとぼーーっとしてて」
「謝罪など必要ない、とっとと失せろ」
「わ、私達を雑魚扱いすると痛い目見るわよ!」
そう言いながら、フランチェスカは私の後ろに素早く隠れた。ボーデヴィッヒさんが、ちょっと睨んできたのが原因だけど。
……ねえ、フランチェスカ。私、貴方と友人として付き合う事をちょっと考え直したいんだけど?
あとボーデヴィッヒさんも、そっちから話しかけて「失せろ」っていうのはどうかと思うんだけど……あ。また睨んできた。
「!」
「……」
背中のフランチェスカが、ぎゅっと私の制服を握り締める。……怖いんだろう。勿論、私だって怖い。
ただ、更識会長に鍛えてもらったお陰で少しは耐性がついていたらしく。少なくとも、足が竦んで動けなくなるような事はなかった。
「ほう。吼える事さえ出来ずに尻尾を巻いて逃げた犬が、逃げ出さないようには出来るようになったか」
「だ、誰が犬よ!!」
フランチェスカ。それは同意なんだけど。言うならちゃんと前に出てきてよ。
「だが所詮、一般人と殆ど変わらん……。やはり貴様らなどが教官の教えを受ける必要などないな」
以前、盗み聞きした話のような事をまた言っている。……少しだけ、イラッと来るけど。我慢、我慢……。
さっき彼女の言葉を聞き流しちゃったのは、私が悪いんだし。
「そうかしら。少なくとも、零落白夜を引き継いだ織斑君は、その必要があるような気がするんだけど」
言いたい事は解るんだけどねフランチェスカ、だから私の後ろに隠れて言わないでよ。
「引き継いだ、だと……? あの男は引き継いだのではなく、どういう理屈かは知らんが、コピーしただけだろう。
弟というだけで、あの偉大なる技を使えるなど……腹立たしささえ湧いてくるがな」
いや、ワンオフアビリティーなんてコピー出来ないでしょ。出来たら、世界がとんでもない事になるわよ?
「……ああそっか、なるほど、ねえ。そうなんだ」
その時フランチェスカが、何かに気付いたような声を出した。え、何に気付いたの?
「……ねえボーデヴィッヒ。貴方、織斑君に嫉妬してるんじゃないの? 貴方が尊敬する織斑先生の『特別な』存在である織斑君に」
「フランチェスカ?」
今、ボーデヴィッヒさんからの殺気が五割増しになったんだけど? あと、そこまで言うならいい加減に前に出てきてくれない?
「そのくらいにしておけ、イタリア女。……誰が、誰に嫉妬するだと?」
「あれ、違うんだ。じゃあ、何でコピーしただなんて言うの? 少なくとも、織斑先生はそんな事は思ってないわよ?」
「馬鹿が。あれでは引き継いだ等とは言えない。あの男の技は、とんだ紛い物だ。
今のあの男の使う零落白夜は、完璧なる教官がモンド・グロッソで見せた完璧なる技の足元にも及ばない紛い物だ」
かすかに恍惚の色を見せながら、ボーデヴィッヒさんが反論する。完璧、と二回も言った事からしても相当な思い入れ。
まあ確かに、織斑君の技が先生のそれよりも未熟である事は間違いないだろう。彼も努力してるけど、それは当然だ。だけど……。
「完璧、ねえ?」
弟に下着を洗わせる女性が、完璧だとは思えないのだけど。……もっとも、これを彼女に言う事は出来ない。
スイカ級ブラジャー鷲掴み事件(Byフランチェスカ)の際に知ったこの情報、漏らせば確実に制裁が下りそうだし。
「そんな事も理解していないのだな。……やはりお前達のような出来損ないどもが教官の指導を受けるなど、不相応にも程がある」
「私達のどこが出来損ないだっていうのよ!?」
「そうだろうが。ISという力に触れる機会を得ながら一般人と変わらぬ精神しか持たない輩など、あの人の教えを受ける資格などない。
正しく現実を理解し、戦況の変化に瞬時に対応できる判断力も能力も持たない惰弱な輩……。それがお前達だ」
ドイツ出身なのに不相応、なんて単語を知っているのね。
「へー。だったらここにいる香奈枝は、そうじゃないわよ?」
「何?」
「へ?」
……え、何でそこで私の名前が出てくるの?
「香奈枝は、自分の限界まで努力して。――あの織斑先生がそれを認めたくらいなんだから!」
「な、何っ!? 教官に、認められただと……!?」
「あ、あのー、フランチェスカ? それは過大評価だと思うのだけど?」
何か既知感!? 前にもこんな事があったような!? 具体的には、クラス代表決定戦の翌日に!!
「おまえが、教官に認められただと……?」
あの時――授業前に織斑先生と会話していた時のように、感情を露わにするボーデヴィッヒさん。
いつも冷たい表情しか浮かべていない彼女には、珍しい対応だけど。というかフランチェスカ、何でわざわざ火に油を注ぐような……
「こんな場所で……モンド・グロッソの栄光を再度目指すわけでもなく、我がドイツに戻ってくださるわけでもなく……。
ただ日々を無為に過ごすだけのようなこんな場所で、教官が認めた存在がいるだと……!?」
「この学園の生徒は全員そうだけど、日本語上手なのね……あ」
変な事に感心していると、その時唐突に、私は気付いてしまった。会長の謎の一言に、そして――彼女の言葉の矛盾に。
「ボーデヴィッヒさん。……いったい貴女は、誰のために怒ってるの?
織斑君がどうだとか、私達が織斑先生の教えを受けるのに相応しくないだとか、ドイツに帰ってきてくれだとか……」
「誰のため、だと? 決まっているだろう! それは教官の、そしてその名誉の復活の為に――」
「そんな事、織斑先生は一言も口にしないんだと思うんだけど? ……ううん。多分、思ってすらいない気がする」
「っ!!」
やっぱり、か。入学から今まで織斑先生に色々な事を教わってきた。それは、決して長い時間とは言えなかったかもしれないけれど。
あの人が、名誉だとかの為に動く人じゃないのは解る。そして、矛盾とは。
「私がそうなのかどうかは知らないけど。この学園に先生が認められるような生徒がいたら、何か貴女に不都合なの?」
「……」
最初に『織斑君を弟とは認めない』と言ったボーデヴィッヒさん。彼女が、何故そんな発言をしたのかは解らないけど。
彼女は多分……自分で勝手に思い込んだ『織斑千冬』というイメージを、本人に勝手に押し付けているだけなんだろう。
そのイメージに織斑君が相応しくないと思ったから、弟とは認めない……なんて口にしたんだろう。
私達が先生の教えを受けるのに相応しくない、というのも同じ。そして、彼女からの返事は無い。
「……でも、織斑先生に織斑君が何か迷惑をかけたのは事実……なのかしら? それとも彼女の一方的なイメージ?」
声に出してしまったけど、ボーデヴィッヒさんの反応は無かった。まあ、仮に本当だとしても。
先生がそれで弟を責めたりするような人じゃないのは、数ヶ月の付き合いの私にだって解る。
むしろ、本当だとすればそれを気にしていそうなのは……織斑君の方じゃないのかしら。
「あ、そっか。ボーデヴィッヒが勝手にくだらない事で騒いでるだけなんだ」
一言で言えばそうなんだけど。フランチェスカ、もう少し言い方があるわよ。あと、いい加減、前に出てきて欲しいんだけど。
「な、なんだと!? モンド・グロッソ二連覇の名誉を、くだらないなどと……! あの男の為に、教官は……」
「私たちからすればそうだろうけど。聞いた話からすると、織斑先生はその名誉よりも『弟』を優先させたのよね?」
「!」
具体的には何がなんだか解らないけど、フランチェスカの言ったそれは事実なんだろう。
だからこそ、ボーデヴィッヒさんも口を歪ませる。……織斑先生とモンド・グロッソ二連覇っていうと『アレ』よね?
それに、織斑君が関わっている……って事なのかしら? それとも、ボーデヴィッヒさんの勝手なイメージ?
でもよく思い出してみると、あの自分が納得できない事には馬鹿みたいに拘ってしまう織斑君が、何も言っていないし……。
「ねえボーデヴィッヒさん。モンド・グロッソの事を本当に気にしているかどうか、織斑先生に聞いてみればいいんじゃないかしら。
『貴女の弟がしでかした事が許せませんか』って」
「なん、だと……?」
「まあそうよね。名誉が大事なら、大事な決勝戦を放り出していかないだろうけど。
でも……そもそも、先生自身がそんな名誉に拘る人には見えないし、放り出した後で文句を言うような人にも見えないし。
ただ、本人が納得してるのに、赤の他人が勝手に怒ってるだけ……っていうのはおかしいと思うわ」
「……っ!!」
フランチェスカの追加――彼女はどうも、事情を誰かから聞いたみたい――も加わり、ボーデヴィッヒさんは黙った。
以前の織斑先生の言葉と同じくらい卑怯な言い方だけど、ボーデヴィッヒさんは、どちらとも返せないだろう。
織斑先生がモンド・グロッソの一件をもしも許せない、と答えるのであれば先生はそういう人だ、という事になり。
そして許せる、と答えるのであればボーデヴィッヒさんの行動は全て自己満足だということになる。
「お前達は解っていない! 世界最強、なのだぞ!? その名誉を――」
「その名誉をほしがるかどうかは、人それぞれでしょう。織斑先生は、多分欲しがらないタイプじゃないかと思うけど」
世界最強、それは確かにとても名誉な事なんだとは思う。だけど、人の価値観なんてバラバラだし。――ただし、一つだけ。
少なくとも、自分がこう思うから他人もこうあるべきだ、という価値観の押し付けだけは私としては好まない。
まあ、これも一つの価値観なんだし。これを他の誰かに正しい事として押し付けようなんて思っていないけど。
「ねえボーデヴィッヒさん。繰り返しになっちゃうけど、もう一度、先生と話をしてみたら――」
「やはりあの男だ……あの男がいるからだ!! あの男が……あの男がいるから教官は、あのような事を私に言ったんだ!!」
……あれ、ひょっとしてあの時の会話? ……なんかまた、逆鱗に触れちゃったみたいね。
イギリス、日本に続いて三人目の代表候補生の逆鱗に。何で私って、気付いたら地雷を踏んじゃうんだろう。
「おのれ……! おのれ……!!」
歯軋りが聞こえるほど、歯を食いしばるボーデヴィッヒさん。……でも、どうしてだろう。それが泣きそうな表情に見えた。
「あの男がいるから、ドイツに戻ってきてはくれないのだ……だから……っ!」
恐らくだけど、今の彼女に私達は認識されていない。あの時、先生にきつく言われたようだけど……。
それで溜め込んでいた感情の蓋が開いたんだろうか。少しだけ開いていたそれを、私達がおそらくは全開にしちゃって。
多分、私達に言うべきじゃないような事まで口走っている。――そしてようやくそれに気付いたようで、慌てて口を閉ざした。
「この娘が、ここまで心の底を曝け出すなんて……」
まだ後ろにいるフランチェスカの言葉だけど、私も同じ気持ちだった。――ふと、私はある事を疑問に思う。
「ボーデヴィッヒさん。貴女にとって、織斑先生との思い出は――楽しかった、の?」
「何……? 楽しかった、だと?」
「そう。織斑先生と過ごした時間。貴女にとっては、それこそが一番楽しかった時間だったんじゃないの?
だからそれを取り戻したくて、織斑先生と一緒に過ごしたくて、日本に来たんじゃないの?」
前にも、ドイツに戻って云々とか言ってたし。更識先輩に確認したように、以前にも先生の指導を受けていたようだし。
イメージの押し付けだとかはあるけど。多分、彼女が織斑先生に戻ってきて欲しいと思う気持ちは……本当なんだろう。
「……」
待っていたのは、初めて見る、彼女の戸惑ったような表情だった。楽しくなかった、のかしら? でも……
「貴様らに、私と教官の事などわからん……!」
そう言い捨てて、彼女は去っていった。……そして。私は緊張が解けたあまり、ちょっと立ちくらみがした。
「か、香奈枝!? 大丈夫!?」
「う、うん」
我ながら、勢いに任せてかなり大胆な事を言ってしまったような気がする。……前にオルコットさんと部屋で会話をした時。
あるいは、クラス対抗戦なんて関係ないって言った時の更識さんとの会話のように。……進歩無いなあ、私。
「香奈枝、大丈夫だった?」
「ええ、何とかね……」
それにしても、彼女があそこまで私達相手に感情を見せるなんて思わなかった。……ああ、また何か厄介事に首を突っ込んだ気がする。
「ボーデヴィッヒも、楽しかったのかしらね」
「え? ああ、さっきの話?」
「うん。でも――無駄なのよね」
無駄?
「……人ってね。楽しかった時間が失われた時、それを取り戻したいって考える物なのよ。
でも、絶対に時計の針は戻ることなんて無いのに。それこそ、神様にでもお願いしない限りはね……」
それは今まで見た事がない、フランチェスカの乾いた笑いだった。何かあったのかしら……?
「まあ、確かに時計の針は戻る事なんてないわよね」
もしも戻るなら。とりあえず、クラス代表決定戦の前――織斑君とオルコットさんの訓練絡みで関わった事を無かった事にしたい。
まあ、無理なんだけどね。実際、あそこで関わった事で更識さんの機体建造に携わる事になり。虚先輩からの教えも受けられたんだし。
決して、マイナスだけじゃなかった……わよね?
「ああっ! それよりも急ぎましょう!! もう時間が無いわ!!」
「あ! 本当!!」
気がつくと、アリーナの使用開始時間が迫っていた。私は整備コース志望だけど、実技評価もあるために最低限の操縦技術取得は必要。
だからこそ、実際にISを纏って訓練する事も必要だった。……なのに、また遅刻しかけてる。うう、我ながら情けないわ。
「急ぐわよ、香奈枝!」
「うん!」
……さっきはああ思ったけど。今は、時間を10分……いや、5分で良いから巻き戻して欲しい。そう思った。
「ふう……。やっぱりモニタリングや整備と、実際に動かすのとじゃ違うわね……」
「ロミ、ニエトさん、ありがとうね。模擬戦の相手もしてもらって」
「いいよ~」
「構わないよ」
クラスメートのロミーナ・アウトーリと共に、私――ロサリオ・カノ・若江・ニエトがアリーナを使用していると。
噂の宇月さんとその友人、フランチェスカ・レオーネさん――こちらは、ロミーナとは同郷の友人――が、模擬戦の相手を頼んできた。
彼女は色々と噂の絶えない人物だから、私としても少し興味があった。織斑君や凰さんの中学時代の同級生であり、隣人であり。
更に安芸野君やクロトー君達とも幼馴染み。一組でありながら四組の更識さんの機体建造に関わり、その完成に貢献し。
全校生徒から人気の高い、あの生徒会長達とも親しく。生徒会会計の三年主席からの教えを受けた経験もあり。
更には織斑先生が少しだけ優しくなったのも、彼女が関係していると言われている。……とにかく、話題に上る娘だったが。
「一組の良心だとか、織斑ガールズのストッパーだとか言われてるけど……。普通の女の子だな」
三組には日本人も多数いるが、殆どが特徴的な人物揃いだった。アニメ好き、噂好きコンビ、双子の姉妹など。
私も母方の祖母が日本人であるため、日本についてはある程度詳しいつもりだったが。
日本の少女は没個性的だと聞いていたのに、そんなタイプはいなかった。むしろ、宇月さんが私の聞いていた日本人像に近い。
「んー。でもフランチェスカが言ってたけどねー。あれで物凄い頑張りやさんらしいよー」
休憩中の楽しみと言っていたストロベリーシェイクを飲みながら、ロミーナがそんな事を口にした。そう、なのか?
「すっごくがんばりやさんでー。打たれ強いって聞いてるけどねー」
「そういえばさっきも、ずっとガードを固めてたが……中々有効打を与えられなかったな」
私は近接戦闘タイプであり、宇月さんと同じく打鉄を使用していたのだが。彼女のガードの固さに、中々手こずらされた。
これでも母国・アルゼンチンのIS専攻中学では、学年主席だったファティマ・チャコン以外なら大抵は倒せる腕があったのだが。
「必死でガードを固め、こちらが隙を見せればしっかりと狙って攻撃してくる……。厄介だな」
隣のロミーナの『雪崩』のように、その防御さえ打ち崩すような攻撃力があればともかく。私はまだそこまで至っていない。
「んー。でもー。仮に学年別トーナメントで戦ってもー。私なら勝てるかなー」
ふと、ロミーナがそんな事を口にした。元クラス代表のマリア・ライアン辺りならともかく……珍しいな。
「どうしたんだ、ロミーナ。君がそんな事を口にするなんて、何かあったのか?」
「何も無いよー?」
いつものように、その青い瞳がとろんとしている。……大した事では無いのだろうか?
「……運動反応がやっぱり少しずれてる。整備が悪いんじゃない、私自身が慣れないと駄目ね。
この感覚……忘れないようにしないと。トーナメントには出ないけど、授業でも必要だし……」
一方、宇月さんが今の自分の戦いを分析している声が聞こえてきた。
随分と離れてはいるが、ハイパーセンサーなら声を捉えるのも簡単だ。そういえば、整備コース志望だと聞いていたが。
「ふう。やっぱり私じゃあ『スフィダンテ』は遠いかなあ……? ……うん。解ってたけど」
一方、その隣にいるレオーネさんは、何やら落ち込んでいた。スフィダンテ……? 何のことだ?
翻訳機能によると、イタリア語で『挑戦者』を意味するらしいが……? む? 二機のISが、近づいてくる?
「ニエト、模擬戦は終わったの……?」
「あの、もしよろしければ私達の訓練にも付き合ってくれませんか?」
今アリーナに入ってきたらしい新顔……クラスメートのマーリ・K・カーフェンとパリス・E・シートンが話しかけてきた。
ふむ……。私達の時間は、まだある。ロミーナにも……と思ったが。
「くーーーー」
「寝ているな……」
彼女を起こすべく、私はリヴァイヴに近づいて……ん?
「おや? 何やら、観客席が騒がしいですね?」
「何か、変……」
確かに、一斉に観客席を離れてアリーナ内部に走っていっている。まさか、クラス対抗戦の時のような……?
いや、緊急放送がないから違うか。ハイパーセンサーで拡大するか……第五アリーナ? 一日早い……?
私は、他の一組の生徒と共に第四アリーナに向かおうとしていた。そこには今日、一組の貴公子・デュノア君がいる。
機体予約はとれなかったけれど、せめてその練習振りを見学……もとい、参考にさせてもらおうという事。
「あれ? 何なんだろう、あれ?」
谷本さんが気付いたけど……生徒が第五アリーナの方へ走っていく。何があったんだろう? あ、あそこにいるのは鏡さんだ。
「鏡さん、どうしたの?」
「そ、それが大変なのよ!! 第五アリーナで、四組のゴウ君と更識さんが戦ってて……」
「え? それって、明日じゃなかったの?」
「よく解らないけど、そうなってるんだって!!」
「……急ぐわよ、皆!」
「うん、清香!!」
ハンドボール部の相川さんが走り出したのをきっかけに。私達も、第五アリーナへと目的地を変えた。
「ゴウ君が勝っちゃった……」
「何なのよ、これ……」
――私達が第五アリーナに到着した時、既に勝負はついていた。……ゴウ君の、勝利という結末で。
慌てて来たらしいフランチェスカは、真っ青な顔だった。私も、顔色はそこまで変化しなかったけど同じ気分だった。
「打鉄弐式・黒鉄が……負けた……」
仮にも代表候補生である更識さんが、専用機を持っているとはいえ負けた。
その機体を整備したという宇月さんも、ショックを隠せないでいる。
「これが、本当のISバトルだ」
直接見たわけじゃないけど、そう言い放ったゴウ君は結構容赦ない戦いぶりだったらしい。
……話してくれた三組の子は、少し怯えてさえいたから。多分、相当なものだったんだろう。
実際、打鉄弐式はかなりボロボロだった。殆どの装甲に傷があり、ミサイルポッドなども破損している。……ここまでやったの?
「――まあ、今回はここまでにしておこうか。やはり打鉄弐式も、まだまだ改良の余地が大きいようだしね」
だけどゴウ君は、試合が終わればノーサイド……なのか、更識さんに手を差し出した。
その変わり身の速さは高速切り替えのようで、少しだけ、その調子のよさに嫌悪感を覚えないではなかったけれど。
「だが、そんな機体でここまで戦った君も強かったよ。……これからも、一緒に頑張ろう」
「え、ええ……」
それを見たアリーナからは、まばらな拍手が轟いていた。ただ、その拍手は……何の感情を込められた拍手なのだろうか。
そして私は……その言葉の端々に、説明できない悪寒を覚えてしまった。
私にとっては全く見知らぬ男子、オベド・岸空理・カム・ドイッチ――通称ゴウ。それが何故ここまで悪寒を齎すのか。私には……解らない。
『そうか。やっぱりあいつは、恐らく……』
何処かその声が遠くから聞こえるほど。私は、自分を見失っていた……。
少し長めですが、これでも簪VSゴウをカットしたのです。
そして次回も、このほぼ同時刻から話が始まり一日が終わらない……予定。ああ、早くシャワーシーンを書きたい。