『ねえ、かなえ。わたしね、まさたかくんがすきなの』
『え……そ、そうなの?』
幼い頃。久遠からそんな事を言われた。確か、あれは……お正月だったかしら。
いきなり『話がある』と言われて、久遠の家に呼ばれて。部屋の中で、そんな事を言われたんだっけ。
『うん……。バレンタインデーに、こくはくしようとおもうんだ』
俯きながら、だけどしっかりと話してくれる久遠。……そして、次に続く言葉も覚えてる。
「だから、香奈枝にも協力してほしいのです」
「え?」
何故か場面が急変し。IS学園に、今の私と久遠がいた。
「……うん、解ってたけどね。ベタ過ぎて、コメディードラマでも使わないような手だわ」
「ううううう……8が4枚で革命……」
私は自分のベッドの中で誰ともなしに呟いた。フランチェスカは今日もまだ夢の中。
昨日、相川さんや鏡さんが来て一緒に大富豪をやったので、その事を夢に見ているようだった。
「……起きよう」
夢というのは、起きると内容を忘れる事が多いけれど。しっかりと記憶に残ったまま、私は朝の準備に入った。
「フランチェスカ、急ぐわよ」
「うん、次は織斑先生の授業だからね! 遅刻は命に関わるわ!!」
私達は、アリーナへと急いでいた。皆は既にアリーナに入り、もう着替え終わっているだろう。
ちょっとフランチェスカの所用に付き合っていたら、随分と遅れてしまった。遅刻したらどうなるのか……考えたくない。
「あれ? あそこ、織斑先生と……」
「ボーデヴィッヒさん……?」
アリーナへと続く道を少し外れた場所に、織斑先生とボーデヴィッヒさんがいた。何やら二人で話をしているようだけど。
そ、それよりも早く行かないと……。
「何か重要な話かもね?」
「ちょっと!?」
こんな時にもかかわらず、フランチェスカは二人から見えないように、木の陰に近づいていく。な、何でこんな時に……。
「お願いです教官。どうかドイツに戻り、再びご指導を!
ISと同じ力を持つ新型パワードスーツ『ドール』の発展にも、教官の力が必要なのです!!」
え? ど、ドイツに戻る?
「ドール、か。――だがそれは、三組にやってきたゲルト・ハッセのような人間の役目だろう。私には、ここでやるべき役目がある」
「このような極東の地で、どんな役目があるというのです!? こんな場所では、貴女の能力は半分も活かされない!
こんな場所にいては貴女が衰えてしまう!! そもそもこの学園の生徒など、殆どが貴女の教えを得るに足る人間ではありません!」
「ほう、何故だ?」
「中にはそれなりに気骨のある者や能力の高い者もいるようですが。転入してきた者を紹介するだけであの騒ぎよう。
あのフランスで見つかった欧州連合所属の男が言ったように、大半は意識が甘く危機感に疎く。
ISを、まるでファッション用品か何かと勘違いしている。こんな程度の低い者達の為に、教官が時間を割かれるなど――」
「――そこまでしておけよ、小娘」
「っ!」
滔々と自分の意見を述べるボーデヴィッヒさんを、怒り混じりの声で止める先生。……うわあ。
「暫く見ない間に、随分と偉くなったものだな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは」
「わ、私は……」
「それと、自分が思ってもいない事を口にするな。ドールがどうした、だとか言っていたが。そんな言葉で、人は動かせんぞ」
「!」
「そもそもドールは、ISの登場により地位を追われた者達が開発した代物。ハッセを見る限り、女性を排除してはいないようだが。
ISの申し子、とでもいうべき私に関わられたくは無いだろう。――お前も、そっちを気にかけている余裕があるのか?」
「そ、そんな必要は……」
「それと今のお前は、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長なのだろう? これはドイツ政府の正式な命令としてやっているのか?
もしそうならば、ドイツ政府はIS学園の中立性を侵犯しようという意図があると判断せざるを得ないのだが」
「そ、それは違います! 私はただ、教官に戻っていただきたくて――」
「戻る、か。――それは、どちらの意味でだ?」
「え?」
ボーデヴィッヒさんがきょとん、となったけど私達も同じだった。どちらの意味で、って。ドイツに戻る以外にあるの?
「さっきお前は『こんな所にいては貴女が衰えてしまう』と言ったな。では、今の私はお前が知る過去の私よりも衰えているのか?」
「そ、それは……」
いや、その問いかけは卑怯だと言いたくなりましたよ織斑先生。だって口が裂けても『衰えています』なんて言えるわけないし。
かといって言わなければ、自分の発言に間違いが含まれていたことを認める事になりますし。
「では質問を変えるか。お前は何を根拠に『私が衰えている』と判断したのだ? ――もしや、一夏との一件か?」
「き、気付いて……!?」
「……織斑君の名前が出てきたけど。……何かあったのかな?」
「……そうね」
フランチェスカが言うように。何かあったのかな?
「……」
「どうした、黙っていては解らんぞ?」
……今の話を喩えると、撃った銃弾を思い切り弾き返されたようなものだろうか。
ボーデヴィッヒさんは、文字通りぐうの音もでないようだった。
「もう話は終わりか。……次はアリーナの授業だ。時間も無いし、これで終わるか。また、話をしに来い」
そういうと、織斑先生はアリーナの方へと向かっていく。わ、私達も急がないと……あ。
「……何者だ」
小枝を踏んでしまい、ボーデヴィッヒさんがこちらを向く。私達に気付いていなかったのだろうか。
それだけ織斑先生との事に集中していたのだろうけど、彼女らしからぬ対応だった。
「あ、あはは。ちょっと、聞いちゃっ……!?」
「ひっ……!?」
ボーデヴィッヒさんが睨んでくるけど……それは織斑先生とは、異質の怖さだった。
先生は、怖くてもその中に何処か厳しさがある。だけどこれは――。
「盗み聞きとは、教官の教え子とも思えない趣味の悪い女達だな。何か言わないのか?」
「ひっ……」
「……!」
怖い。飢えた肉食獣に睨みつけられているみたいに、体も口も動かない。
「……この程度の威圧で反論できなくなるとはな。やはりこの学園に通う者など、この程度か」
そういうとボーデヴィッヒさんは去っていく。こ、怖かったぁ……。
「か、香奈枝、大丈夫?」
「う、うん、何とか……」
まだ少し、体の震えが止まらないけど。
「そ、それにしてもあれが本物の雰囲気なのね……」
「本物? ……ああ」
そういえば、ボーデヴィッヒさんは本物の軍人だって噂だった。当人に確認はしていないけど、黛先輩らの話だと本当らしい。
「あそこまで怖い物なのね……」
「ええ」
二人で震えを押さえようとする。そして、数分後ようやく収まって――!?
「「……あ゛」」
チャイムが鳴った事に気付いた私達は、それこそ肺が潰れそうなくらい全力でアリーナに急いだ。結果、待っていたのは……。
「残念だな、宇月、レオーネ。お前達は真面目な生徒だと思っていたのだが、私の授業に遅刻するとはな……」
さっきのボーデヴィッヒさんより怖い表情の織斑先生と、絶対防御が欲しくなるほどに強烈なお仕置きだった。
「大丈夫か、宇月さん?」
「ええ、な、何とかね……」
今日の授業は、二組と合同で整備関連の実習だった。以前と同様に、代表候補生+αがリーダーになって授業が進んでいる。
以前の実習では俺も皆に教える側だったが、整備の知識も実際に整備した経験も殆どない俺は当然ながら教えられる側に入り。
その代わりに、宇月さんとのほほんさんと、一場という二組のアメリカ代表候補生の転入生が教える側に入っている。
ちなみに今回は五十音順ではなく、あらかじめ分けられた十のグループのどれを指導するかをリーダーがくじ引きで選ぶ形だった。
それにしても、セシリアと鈴が異様に燃えていて。そして宇月さんが俺のいるグループ番号を引くと二人とも落ち込んだのは何でだ?
そういえば、引いてしまった宇月さん自身も『何でこうなるのよ……』と崩れ落ちそうになっていたな。
そんなに、さっきの千冬姉のお仕置きが強烈だったんだろうか。まあ、遅刻をしたんだからしかたがないけど。……おっと。
「さて、次は打鉄の回線を繋げる作業に入るけど……織斑君、お願い」
「おう」
皆に見やすいように、打鉄の装甲板を持ち上げて回線の部分を露出させる。
こういう仕事は、女尊男卑でもやっぱり男の方が適している。……千冬姉辺りだったら、話は別だろうけどな。
「この場合、ここの回線とここの回線を繋げます。注意して欲しいのは――」
皆も、宇月さんの説明を真摯に聞いている。
まあ、さっきシャルルの班の女子が、シャルルの顔を見るのに夢中で説明そっちのけ状態だった時。千冬姉がやってきて……。
『ほう。お前達は説明を聞かなくても大丈夫のようだな? ならばグラウンドでも走って来い』
とグラウンドを走らされる羽目になったからなあ。無理もない。
「じゃあ、実際に回線を繋げる作業をやってみたいと思います。今度は――ゲイルさん」
「はい」
セシリアのルームメイトになったいう二組の生徒・ゲイルさんが出てきて、回線を繋げる作業に入る。……うう。
実はこれ、俺にとっては結構きつい。装甲板を持ち上げている関係上、作業に入る女子は俺のすぐ近くに来る。
ゲイルさんは鈴みたいな体型なので大丈夫だろうが、さっきの鈴の友人だという二組生徒・フォルトナーさんはやばかった。
……近すぎて、セシリアと同クラスの膨らみが俺の方に当たってきたのだ。……俺だって、男だからな。
「ふう、しんどかったぜ。頭も使うしなあ」
「お疲れ様、一夏」
授業が終わり、俺とシャルルは男子用に宛がわれた更衣室で着替えていた。ふう、頭も理性も使ったからなあ。
「それにしてもシャルルは、俺と着替えたがらないよなあ? 何でだ?」
「え、そ、そう?」
早くもシャルルは着替えていた。理由を聞くと、下に着込んでいるから……らしい。
だが、それにしても動作全般が速すぎる。まるで、一秒でも早く俺から離れたいみたいだった。……ひょっとして。
「なあ、シャルル。俺、何かやったか?」
「え? 何かって?」
「いや、何と言うか……距離を感じるんだ。俺、また無自覚に何かやったのか?」
「え、ええ!? いや、そ、そんなことはないよ?」
「じゃあ、どうしていつも一緒に着替えないんだ? まるで、俺と一緒なのが嫌みたいに感じるんだ」
「え、ええと……そ、その。ふ、フランスではあまり同性でも着替えを一緒にしたりはしないんだよ!」
「そ、そうなのか?」
しかしここは、法律上は日本……ではないかもしれないが、風土は日本と変わらない。よし、ここは少し強気に出よう!
「シャルル。日本には『裸の付き合い』という言葉があってだな、一緒にお風呂に入ったりして親睦を深める文化があるんだぞ?
それに比べたら、男同士で一緒に着替えるくらいは普通と言うかだな……」
「お、お風呂!? い、一緒に!?」
うお、何かやけに大きな反応が返ってきた。やっぱりヨーロッパの方じゃ、日本みたいに一緒に風呂に入らないのか?
「なあ。着替えがいやなら、今度日本流に、一緒に風呂にでも……」
「僕達、大浴場使えないよ」
「……そ、そうだったな」
今現在、俺達男は大浴場を使えない。男子が私達の後のお風呂に入って欲しくない、って意見があるらしくて使えないのだ。
じゃあ男子の後ならどうか、って思ったら二倍の拒否の意見が出たらしい。……ああ、大浴場が遠いぜ。
山田先生曰く、最近になって男子が何人も入ってきたので何とか調節中、らしいんだがな。
「それよりも、早くしないと。宇月さんとレオーネさんみたいに、出席簿で叩かれたくないでしょ?」
「そ、そりゃそうだが」
あの出席簿アタックは、できればくらいたくないからな。
「じゃ、じゃあ僕は先に行ってるからね!」
「……おい、何があったんだ? 今シャルルが、慌てて飛び出していったんだが」
シャルルは、まるで逃げるように去っていった。それと入れ替わるように、将隆がやってくる。
「一夏……お前、シャルルに何かしたのか?」
「いや、俺は何もしていない……筈なんだが」
やっぱり俺が、シャルルの実家の事のように、あいつが触れて欲しくない部分に知らないうちに触れてしまっていたのだろうか?
……しかし、心当たりがない。シャルルが顔を曇らせた所なんて、実家がらみの時くらいしか見たい事がないしなあ。
「将隆、お前なら何か解らないか?」
「いや、俺もサッパリだ」
「おい、何の話だ?」
すると、クラウスもやって来……って。
「な、何だそれ? 槍、なのか?」
クラウスは、大きな槍を持ってきていた。長さは3mに達しようかというヨーロッパ風の槍で、IS用の武器にも見える。
「ああ、これか? これが、俺の専用ドール・プレヒティヒ(華麗)の待機形態だよ」
「それがか!?」
「ああ。ドールはまだ、ISと同レベルまでには小さく出来ないんだよ。これだって、ゲルト姉とかが必死になって縮めたんだぜ?
しかも、一度展開すると数時間は経たないと待機形態に戻せないしな」
そうなのか。まあ、確かにISは待機形態時には凄く小さくなる。セシリアのイヤーカフスや更識さんの指輪がその一例だが。
それらに比べれば言うまでもなく、白式の待機形態――ガントレットと比べてもかなり大きく重いだろう。
「しかしそれ、かなり長いよな。持ち歩くの大変じゃなかったか?」
「ああ。まあ今さっき調整が終わった所だから、実際に持ち歩いたのはこのアリーナ内だけなんだが……」
そういうと、クラウスは槍を床に置く。……その時の音からして、かなり重そうだった。
「かなり重たくないか、それ?」
「まあな。この長さだからエレベーターにも入らなくて、階段だし。ちょっと将隆にも手伝ってもらった」
「そうなのか。知ってたら、俺も手伝ったのにな」
クラスが違うし合同授業も少ないから、いつでもは無理だろうが。手伝える時なら、手伝っても良かったのに。
「しかしそれ、持ち歩かないといけないのか?」
「ああ、この大きさだから持ち歩くのも大変なんだが。でも、磨り合わせの為に少しでもこいつに触れておけ、っていうお達しでな」
「磨り合わせ?」
「簡単に言うとコイツに俺のデータを注ぎ込む、って事だよ。長い時間触れ合う事で、少しでも分かり合う……ってわけだ」
その辺りは、ISと同じなんだな。
「あ。話もいいけどそろそろ戻らないとヤバイぞ、一夏」
「げ!」
時計を見ると、そろそろ戻らないと危険な時刻だった。さっきの宇月さんやフランチェスカみたいにはなりたくはない。
「じゃあ二人とも、またな!」
俺は挨拶もそこそこに、全力疾走するのだった。
「ああ、びっくりした……」
僕は、アリーナから教室へと戻る途中で少し休んでいた。でも一夏ってば、本当に強引だよ……。
日本の男の子って、皆あんな感じなのかな? でも将隆は違うし……。
事前に教えられた情報だと、草食系……だっけ? 大人しい男の子の方が多数派だって聞いてたんだけど……。
「おや、デュノア君か。――少し、良いかい?」
「君は、オベ……いや、ゴウ君? 良いけど、手短に頼むね」
あの四組の男子転入生・ゴウ君がいた。どうしたんだろう、アリーナの方へ向かうって事は、今から授業なんだろうか。
「いや、長い話じゃない。ただ単に、今夜、夕食でもどうかと思ってね。先約がなければだが」
「そう。いいけど、じゃあ一夏も一緒に――」
「いや、彼はいい」
……気のせいか、やけに力の篭った否定だった。それはまるで『あの時』のようで――。
「さて……ちょっと君に、今の一件とは別に話があるんだが」
「……うん、何かな?」
ゴウ君は辺りを見回すと、僕の方に近づく。そして――。
「単刀直入に言おう。俺は、君の正体を知っている。君の本名が、シャルル・デュノアではない事を」
「!?」
僕は、突然の一言に硬直した。耳元で囁かれたけど、まるでそこで轟音が発生したように動けない。
「ああ、心配しないでくれ。これを公表する気は無い。……ただ、協力したいだけだ」
「き、協力?」
「ああ。君が卒業後もきちんと暮らしていける為に、だ。一組と四組、クラスは違うが協力させてくれ」
「……どうして?」
「いや。単なる個人的好意だよ。――デュノア社がらみ、ではない。というか、あの会社がどうなろうと関係ない」
……もしかして、デュノア社と何か関係があるの? とは言えなかったけれど、察したようで。
ただ、予想外といえば予想外な答えだった。てっきり、僕を足がかりにデュノア社に絡むのかと思っていたから。
「――もう時間が無いが、これだけは言わせてくれ。君は、ここにいて良いんだからな。――じゃあ」
あっさりと言い放つと、彼は去っていく。硬直していた僕が動けたのは、それから少し経ってからだった。
「……驚いた、なあ」
本当に、驚くしかなかった。ほぼ初対面の男子から、自分の秘密を語られたのだから無理もない。
「でも……初めてだ」
デュノア社では、あんな事を言ってくれる人はいなかった。ISの知識を詰め込まれて、操縦技術を叩き込まれて。
餌を喉元に押し込まれるアヒルのように、温度のない、灰色の生活が繰り返される事に慣れてしまっていた。……だけど。
『君が卒業後もきちんと暮らしていける為に』
『君は、ここにいて良い』
……あれは、本当なのだろうか。……ふと僕は、昔聞いたおとぎ話の一シーンを思い出していた。
――それは、シンデレラの舞踏会の夜。継母や義姉に家事を押し付けられて、舞踏会にも行けない彼女の元に現れた魔法使い。
勿論おとぎ話だし、二年前の事がなくたってもう信じていない話だった。……だけど、もしもゴウ君が魔法使いなら。
「あんな事を言い出すくらいだから、厳しい人かと思ったけど……本当は、優しい人なのかな?」
「――シャルル! 戻るぞ!!」
「え? あ、うん!!」
着替え終わったらしい一夏が追いついてきて。僕は、ひとまず思考を打ち切り、教室へと戻った。
「……ふう」
シャルル・デュノアとのファーストコンタクトを終えた直後の授業中。ゴウは、アリーナで一息ついていた。
四組生徒の多くが色々と彼についての噂話をしているが、馬耳東風である。
(さて、四組に転入になったのは少々痛手だが……。まあ、悪い印象は与えていないだろうな)
「ドイッチ君。――では、ISを展開してもらえるか?」
「はい」
三組担任・新野智子の声と共に、ゴウは自らのIS――オムニポテンスを展開する。そして、ほぼ一瞬後には全貌が明らかになった。
特徴的なのは、背中に備え付けられた、リヴァイヴシリーズのそれとよく似た大きな多方向可変推進翼。
中世のスーツアーマーのような金色の装甲は胸部・腹部などをしっかりと覆うが、肩部と手首周辺を除く腕部はスキンアーマーだけ。
脚部もかなり装甲が削られているようであり、全体的に軽装甲高機動タイプであろうと推測できるフォルムだった。
「あれが……欧州連合所属の機体、オムニポテンス……」
「まさか男子生徒と共にここに送られてくるとは思いませんでしたね……」
生徒達も――いや、教師である新野智子や古賀水蓮でさえも興味を隠せない。――そして。
「すっかり興味が失われているようですが。――クラウス君、ドールを見せてあげなさい」
「おう!」
三組副担任補佐、ゲルト・ハッセの声と共にアリーナの地面に突き刺さった槍に、もたれかかるようにしていたクラウスが動いた。
その槍を掴み穂先を天に向け、自らのドール・プレヒティヒを展開した。その一瞬後、現れたのは。
「……ロボット?」
「……大鎧?」
三組のロボットアニメ好き少女・赤堀唯にロボットと形容され。同じく三組の戸塚留美には、大鎧と形容される代物だった。
「誰が纏っているんだか全然解らないな、それ……」
「確かに装甲は厚そうだけど……機動性は?」
三組と四組のクラス代表が、それぞれそんな感想を持っていた。――華麗、という意味のドイツ語であるプレヒティヒ。
だがそれは、名称とは真逆の無骨ささえ感じさせる灰色の外見だった。まず頭部はフルフェイスヘルメット型に形成され。
胴部に至っては臍部を中心にして突き出すように、戦闘機の先端部のような流線型の装甲が形成されている。
肩部と二の腕にはそれぞれ保護装甲が施され、肩部の上には大鎧の袖にも似た非固定浮遊部位も浮いていた。
腰部からは打鉄と同型のような大鎧の草ずりにあたる装甲があり、脚部にも重そうな重装甲が施されている。
全体的な印象は、まるで対抗戦の時の一機目の乱入者――ゴーレムにも通じるデザインのようにさえ感じる印象だった。
「なあゲル……ハッセ先生。やっぱり、もう少し格好いい方が女子には受けが良いんじゃないかと……」
「気持ちは解るけど、無駄よ。――さあ、新野先生。どうしますか?」
「そうだな。――まずはドイッチ君とブローン君で模擬戦をやってもらうか」
そして、同時期にIS学園に編入されながらもあまりに対極的なフォルムを持つ二機が空へと舞い上がった。
「では、始め!!」
「まずは、先に仕掛けさせてもらう」
最初に動いたのは、やはりゴウだった。軽やかに宙を舞い、巧みな機動でプレヒティヒに近づくと……。
「まずは挨拶といこうか」
右腕に六二口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』が展開され、即座にその引き金を引く。
面制圧力に秀でたそれから放たれる数多の弾が敵を襲うが……。その重厚さと被弾性能を重視した装甲は、それらを弾く。
「やはりこれでは通じないか」
「そういう事だ!!」
反撃、とばかりにクラウスが銃器を展開させる。――こちらもレイン・オブ・サタディ、しかも二丁同時の展開だった。
しかし今度その銃撃を喰らうのは、見るからに軽装甲であるオムニポテンス。
「穴だらけにしてやるよ!!」
二丁の銃口から、砲火が放たれ――るかと思った瞬間。オムニポテンスの姿が、クラウスの正面から消えていた。
「――うぐっ!?」
「甘いな。やはり『今の』ドールは玩具か」
瞬時加速並みの高速移動をしたゴウが、その背後からブラッド・スライサーによる攻撃を仕掛けてきた。
それは、プレヒティヒの重装甲の継ぎ目――関節部分を狙っての攻撃だった。
「いかに重装甲といえど、ここまで硬くする事はできないだろう? ――人型であるなら、な」
「ちっ!!」
クラウスも一応は修練を受けてきた身、反撃とばかりに手首に備え付けられた格闘戦用のショートブレードを展開したが。
それもオムニポテンスには避けられてしまった。
「さて、少々役不足だろうが。そのドールの性能テストの相手、このオムニポテンスがしてやろう」
(……やべえ)
その時、クラウスは自身の敗北を悟っていたという。――そして数分後。
「……嘘だろ、おい」
地上に落下して半壊したプレヒティヒの中で、クラウスが半分気絶していた。勝負の結果は、ゴウの圧勝。
だがそれは機体性能だけではなく、装着者の力量差もある事は明白であり、将隆の驚きも当然の反応であった。
「これが、本当のISの力だよ。……解ったか?」
それはゴウの独り言ではあったが、それを聞いた者は例外なく顔を歪めた。ただ、その感情は様々であり。
畏敬・恐怖・嫌悪・落胆・好奇・興奮などそれぞれだった。
「よし、そこまでだ。……それにしてもゴウ君は、何処でそこまで技量を磨いたのかな?」
「欧州連合所属のISパイロットに鍛えてもらいました」
「そうか、では次に……」
新野智子が、笑顔で――だが、目が笑っていない問いかけを投げかけたが、ゴウは平然と返した。
そのまま、じっと見据える三組担任だが、一息吐くとゴウから視線を外し、次の生徒への指示を出すのだった。
「おー、痛え痛え。あいつ、マジでやりやがったな」
一方。ボコボコにされたクラウスは、半壊したプレヒティヒを纏ったままクラスメート達がいる安全域にいた。
一夏にクラウス自身が言ったように、ドールは一度展開すると数時間は待機形態に戻せなくなる故の弊害だが。
「大丈夫、クラウス君?」
「これは少々やり過ぎのような気もしますが……」
「ああ、良いって。この位は覚悟してたからな。ただ……俺の心はズタボロだ」
「……ああ、来るわね」
「……?」
傍目からも落ち込んでいるように見えたクラウスだが、何故か三組の面々は平然としている。四組生徒が訝る中。
「だから俺には、美少女の膝枕とか『はい、あーん』のような薬が必要なんだ。というか、是非希望する!」
「……な、何を言い出すのですか、彼は?」
「理解できないわ」
装甲を纏ったままの腕を高く掲げ、選手宣誓の如く堂々ととんでもない発言をするクラウス。
更識簪のルームメイト・石坂悠やその隣の生徒・片桐香奈が唖然とした表情になっていた。一方。
「それにしても……ゴウ君の、圧勝だったね」
「確かにゴウ君、強いよね……」
「あのISも、格好いいよね」
「というか、何でオベドって名前なのにゴウ君なんだろ」
「あ、それ? あたし聞いたんだけど、ヨーロッパの映画スターの愛称と英語の『GO』からとったニックネームらしいよ?」
「相手がドールだから、まだ解らないけど……ひょっとして、更識さんより強いのかな?」
「だったら、クラス代表があんな娘じゃなくても良いんじゃないの?」
一般生徒がゴウの力量やニックネームについて語る中。四組に未だにいる更識簪に反感を持つ生徒が、そんな会話をしていた。
彼女への反感は打鉄弐式が間に合った事やクラス対抗戦での奮闘で一時は沈静化したが、完全に消え去ったわけでは無い。
クラスのムードが簪の奮闘を歓迎する方向に進んでいた為、それらが表に出なくなっただけである。
……そしてそれをハイパーセンサーで捉えていたゴウは、僅かに口元を歪ませるのだった。