「二組と四組に男子の転入生、か」
一時間目の授業が終わり。三組中を、先ほど前後――二組と四組から聞こえてきた歓声の正体がメールや会話で伝わってきた。
「しっかし、つい最近デュノアやブローンやニーニョが来たばっかりだってのに。もう次の転入生か」
話によると、今回は二組に男子と女子が。四組に男子が来たらしいが……。
「どっちかは、例のアメリカで見つかった男か? フランスはシャルルだろうし……」
「あ! あれですよ、二組に転入して来た少年と女子生徒とは!!」
自衛隊にいた頃に聞いた話を思い出していた俺は、加納の指す方に視線を向け……そして固まった。
何故なら、そこにいたのは俺の昔馴染み。すっかり変わってはいたが、俺にとっては忘れられない二人だった。
「マサ兄!! 噂では聞いてたけど、本当にマサ兄もISを動かせたんだね!!」
「お久しぶりです、将隆君」
「え……? 安芸野君、あの二人とも知り合いなの?」
「ほう。それはそれは興味深いですね」
「まるで織斑君と篠ノ之さんと凰さんみたいだね!!」
クラスメート達は更に盛り上がるが。結局、次の授業が始まるまで混乱は収まらないのだった。
「……頭痛え」
頭が痛い。というか、俺は一夏じゃないのに何なんだこのラブコメのような展開は。
いや、普通に再会するだけなら問題は無かったんだ。……カナちゃんと再会した日、織斑の部屋での会話を思い出す。
『いつか来た久遠の手紙に「タカ坊と付き合うことになった」って……』
あの時は久遠がここに来るなんて思いもしなかったから、そのまま忘れてたけど。どういう事だよ。
「ああ、頭痛え」
「ほう、風邪か? いかんな、それは」
――! 慌てて俯いていた頭を上げると、古賀先生が『眼を輝かせて』俺を見下ろしていた。やっべえ。
「私の開発した風邪薬があるのだが、飲んでみてはどうだね。快適に過ごせるぞ?」
「お断りします!」
俺は慌てて無自覚な悪魔による善意の誘いを断った。……古賀先生は、いわゆる万能型の天才タイプで様々な分野に精通している。
そして、開発技術も凄まじくISの装甲や武装から始まり操縦者用の栄養ドリンクまで自分で作れるのだが……。
いかんせん、そこに『安全性』『コスト』『日本における一般常識』っていうのが欠けてる場合が多々あるらしい。
これはたまたま話を聞いた三年の先輩からの情報だが、去年や一昨年も色々と騒動があったんだとか。
今朝も『ストレス解消の為に、これを使ってはどうだね!』と渡されたのは等身大の女性フィギュアだった。
そういえば、それを見たブローンが『こ、これがHENTAI国家・日本の名産品、等身大フィギュアか!!』と興奮してたな。
……ああ、本当につくづく思う事なんだが。今までに頭に浮かんだのか、数え切れないほど何度も考えた事なんだが。
「何ていうか、普通の人間がいないクラスだよなあ……」
「そのクラスのクラス代表である事を忘れないでね、安芸野君」
後ろで古賀先生の授業を見守っていた新野先生のツッコミ。
それが、ノーマルリヴァイヴで俺をパーフェクトKOした時のアウトーリの突きよりも鋭く、俺の心を抉った。……ふう。
「……安芸野君は何であんな事を言ってきたのかしら?」
私は昼休み、一人で屋上へと向かっていた。織斑君経由で伝えられた情報によると、二組の転入生を私に会わせたい……らしい。
「……」
少しだけ痛む胸の傷を無視しながら、私はゆっくりとドアを開ける。そしてそこにいたのは、安芸野君……ではなく。
日本人と思しきショートヘアの女生徒と、私達よりもやや幼い……デュノア君のような金髪の男の子、そして凰さんの三人だった。
この女生徒と男の子が二組の転入生なんだろうけど、あれ? 何処かで見たような……?
「久しぶりですね、香奈枝」
「あ、カナ姉だ!!」
「え……? 久遠? それに、ロブ?」
久遠と、ロブ? え? な、何でここに? え? え? えええええええっ!?
「そ、そうなの。ロブが、ISを動かして……それで、ここに来る事になったのね」
「ええ。しかしまさか、香奈枝までこの学園にいるとは思いませんでした」
久遠の声は、私よりもやや低く。知人で喩えるなら虚さんに近いかもしれないけど、それよりもずっと冷たい声だった。
「ところで宇月。あんたこの二人と、どういう知り合いなのよ? 安芸野と幼なじみらしいけど、あんたもなの?」
「え、ええ……まあ。その、何と言うのか……昔馴染みと言うのか……。貴女と織斑君みたいな……いや、ちょっと違うかな?」
我ながらどうも歯切れが悪い返答だけど、二人の案内役としてついてきたらしい凰さんにそう答える。
いや、私もまだ混乱している部分があるから歯切れ云々とは関係無しにうまく言えないけど。それにしても……目の前の女子が久遠?
「全然、性格が変わってるじゃない……」
昔の久遠は、どちらかというと大人しい子だった。髪型なんかは、今と同じだけど。
私も盆とかに遊びに行くだけだったから詳しくは知らないけど、いつも大人しく本とか読んでる子供だったらしい。
私が一緒に遊んでいた頃も、一応は追いかけては来るけど……自分からは積極的に動こうとしないタイプだったのに。
「……よう」
「マサ兄!!」
「ああ、安芸野君。先ほどはどうも」
そして、安芸野君も何処か落ち着かない様子で屋上にやって来た。……え。久遠、もう彼には会っていたの?
「へえ。そんな事があったんだ」
「またマサ兄達と、シュークリーム30個早食いとかやりたいね!」
「いや、流石に早食いは無理だけど。まあ、あのシュークリームは美味かったよな」
そして、過去の話題で盛り上がりだしたのだけど……それはやめて。私はアレでシュークリームが嫌いになったんだから。
シュークリームの食べすぎで3日間お腹を壊してた、なんて絶対に知られたくない過去なんだから。
「そういえば香奈枝。貴女、織斑一夏君と親しいと聞いたのだけど?」
……ぎく。突かれたくない、治りかけの傷口みたいな箇所への指摘に、僅かに動揺する。
「……ただ単に、クラスメートで寮内の部屋が隣同士なだけよ」
そのあたりは強調しておく。せっかくクラス代表補佐の任を解かれたのに、また巻き込まれたくは無い。平穏が一番だ。
「そうですか。できれば、彼とも面識を持ちたいのですが。仲介をお願いできませんか?」
「……」
入学直後の苦労再び、だった。よりにもよって昔からの知人まで、とは。もっとも、理解できないわけじゃないけど。
「そういえば、織斑君の隣という事は……香奈枝は1026号室なのですか?」
「そうだけど?」
「そうですか、ちなみに私とロブは1024号室です。よろしく」
……ちょっと待って! 誰ですかこの部屋の割り当てをした人は!?
「あんたら、一夏のお隣さんなの? あそこの部屋って転入生用に空けられてたんだけど……」
そうだったわね。……お陰で最初の頃、彼への自己紹介の苦労が私に集中してきたのだけど。
「そうですよ、凰さん」
「ふうん……」
凰さんの眼には、織斑君の隣室に新たな女子が来る事への警戒心があった。……いや、そこまで気にしなくてもいいと思うのだけど。
「ねえ、ファーさん」
そんな事も関係なく、ロブが話しかける。……凰さんに、何を話しかけるんだろう?
「……あたしはファーじゃなくて凰(ファン)なんだけど。で、何?」
「織斑一夏、ってどんな人?」
「「「へ?」」」
凰さんだけでなく、私と安芸野君も呆気に取られる質問だった。な、何でロブはそんな事を聞くの?
「あ、あいつはその……鈍感で、唐変木で、何かとすぐ女を惹きつけて。
素人のくせにあたしを置いて逃げられるわけないだろとか言って、でも……」
「ああ、なるほど……」
凰さんの不満なんだか惚気なんだか解らない言葉に、久遠が納得したような表情になる。……うん、解りやすかったわよね。
「約束も一応思い出してくれたし……ん? メールだ」
「お。俺もだな」
「私もですね」
「私も……?」
「オレも!!」
その時、五人全員にメールが来た。端末を開いてみると、一年生への一斉送信メールだったらしい。内容は……。
「……え゛?」
その内容を理解した途端。……このメールに書かれたイベントの発案者であろう人の、霧のような笑いが思い浮んだ。
「生徒会主催、ようこそIS学園へ! ……か」
全校集会に使われるという大講堂に集められた全校生徒がざわめく中。生徒達は、今か今かと開始を待っているようだった。
はあ……。まさかこんなイベントまで用意されるなんて、思ってもみなかったよ。
「――それでは、生徒会主催・転入生の歓迎会に入りたいと思います」
進行役らしい三年生の声と共に、僕を先頭に、最近転入して来た生徒・教師達が壇上に出てきた。それを見た途端、女子の――。
正確には二・三年生の方から歓声が響く。やっぱり男の子って珍しいのか、僕や二人の男子に向ける声が大きい中。
「皆さん、こんにちわ。初めまして、の人もいるわね。私は更識楯無。生徒会長をやらせて貰っているわ」
いつの間にか、扇子……だっけ? それを持った二年生の女子が壇上に上がっていた。……あ、あれ?
さっきまで、壇上には進行役の三年生しかいなかった筈なんだけど。この人、いつの間に登場したの?
「……こいつが、更識楯無か。なるほど、只者では無いな」
あ。僕の後ろにいるボーデヴィッヒさんの声で思い出したけど、この人は――ロシアの国家代表だ!!
「本日は、生徒間で要望の高かった、転入生達の紹介の為にこのイベントを設けました。
さて、まずは一年一組の貴公子、シャルル・デュノア君から自己紹介をどうぞ」
き、貴公子って……。……。……仕方、ないよね?
「――こんにちわ。フランス代表候補生、シャルル・デュノアです。本日はこのような企画を設けていただき、ありがとうございます」
笑顔の仮面をかぶり。――僕は、全校生徒を騙す為に口を開くのだった。
「……」
自己紹介は着々と進み、今は三組に転入してきたドイツの男の子――クラウス・ブローン君が自己紹介を始めようとしている。
……彼はこの学園の中で、唯一ISを『動かせない』生徒。なのに、あんなに堂々としている。……本当に、僕は。
「初めまして、クラウス・ブローンです。この美少女・美女だらけの天国に来れた事を、人生最大の喜びだと思っています。
だからこそ、この機会にぜひ、ハーレムを作りたい。というか……嫁、募集中です!」
……え゛? ぼ、僕の受けた日本語教育はおかしかったのかな? 今、この場で言うべきじゃない言葉が聞こえてきたような?
「俺のこの熱いトリーブ(※ドイツ語で本能)を、皆で受け止めてく――へぐっ!?」
……え゛え゛え゛!? な、何で織斑先生が横に立ってるの!? し、しかもブローン君が気絶してるし……。
「流石は教官。我が国の恥さらしに瞬時に接近し、雷光の如き一撃を叩き込まれるとは……」
ボーデヴィッヒさんには見えたようだけど、僕には全然見えなかった。でも、恥さらしっていうのは言い過ぎじゃ……。……。
「……それは僕、だね」
「何がだ?」
「!?」
独り言のつもりの言葉に返答があって、視線を向けると気絶したブローン君を片手で担ぐ織斑先生がいた。
な、何で男の子――それも、身長は一夏達よりも上で大柄な体格――を片手で担げるんだろう、この人……。
「最後はドイッチ、お前か。――始めろ」
「はい」
そういうと、最後の一人。――欧州の男性操縦者、オベド・岸空理・カム・ドイッチ君が自己紹介を始めるべく立った。
それにしても。オベドとドイッチは英国の名前なのに、カムっていうのはフィンランドの名前、そして日本の苗字も入ってる。
なのに、国籍はフランス(扱い)になってるらしい。そして所属は欧州連合。……彼は一体、何者なんだろう? あれ?
「僕の方を、みた……?」
気のせいか、彼が僕を見たような気がした。……どうしてだろ?
「さて、最後になりましたが……オベド・岸空理・カム・ドイッチといいます。国籍はフランス、所属は欧州連合。
ISを動かす事が出来、この学園の一員となりました。皆さん、よろしくお願いします。
学園内で出会う事があれば、気軽に声をかけてください。その時は名前が長いでしょうから、ゴウとでも呼んで下さい」
そういうと、彼は一礼した。確かに長いけれど、何で『ゴウ』なんだろう?
「さて、この場を借りて俺は表明したい事がある」
……あれ? 彼の気配が変わった?
「このIS学園は、ISの事を学び、ISの腕を磨く学園だ。その為に、切磋琢磨しあう必要がある。
そこで、さし当たっては……俺の所属する一年四組のクラス代表、更識簪。君に、決闘を申し込む」
「……は?」
「……え?」
「「「「「「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」」」」」
その瞬間、講堂内が一気に静まりかえった。そして次にきたのは、驚きの声が共鳴して起こった大振動。
三桁の人間の驚きは、途方も無く大きい波となって耳を震わせた。……そ、それにしても、彼は何を言い出すの!?
彼女は確か、日本の代表候補生じゃなかったっけ? 僕は彼女の実力は知らないけど、それは無謀な気が……。
「俺の『オムニポテンス』と君の打鉄弐式、どちらが強いのか見てみたいという声があってね。
今更クラス代表を賭けて、でも無いが。是非一度、雌雄を決したいと思う」
でも、彼は自信満々だった。多分彼は、編入前に欧州連合のIS関連施設で訓練を受けてきたんだろうけど……。
「そもそもISは兵器であり、殺人の道具だ。――その為には、少々甘すぎる思いを持つ一部の生徒へ現実を知らしめる必要がある。
仲良しこよしで作った急造品ではなく、本当の意味で作られたISの使い方というのを見せてみる事を宣言する」
そのポーズはまるで映画スターのように決まっていたけど、言っている事はとんでもない事だった。
ほんの数ヶ月だけ動かした男の子が、年単位で訓練しているであろう代表候補生に喧嘩を売るなんて……。
それに、かなり微妙なライン上にあるISという存在について、あそこまでの発言をするなんて……。
「ほう。この学園にも、少しはまともな男が来たのか」
「……」
「「……!」」
僕と同じく壇上にいる転入生は、対応は様々だった。ボーデヴィッヒさんは感心したような様子だったけど。
三組のスペイン代表候補生の転入生・ニーニョさんは冷たい表情。そして同じく三組に来た先生二人は、やや苦々しげな表情だった。
「ねえクー姉。あの人は、何であんな事を言ってるの?」
「さあ……」
二組に来たという年下の男の子・クロトー君はちょっと解らなかったようで、隣の一場さんに聞いていたけど。
「……どうなるんだろう」
この学園に来てまだ数日の僕にも、これが異常事態である事は解る。ひょっとしたら、学園が混乱するかもしれない。
本当の意味で味方のいない僕には、その混乱が望ましくもあり。そして、望ましくも無いという事が解った……。
「む~~」
「どうしたんだ、のほほんさん?」
初めて見た四組の男子転入生、オベド――長いので、当人の希望通り『ゴウ』と呼ぼう――の発言があった紹介イベント後。
のほほんさんが、珍しく気難しそうな表情を浮かべていた。……とはいっても、彼女だからそれほど険しくは無いけど。
「あのね、おりむー。さっき『ISは兵器だ』っていう言葉が出たよねー?」
「ああ」
「おりむーは、どう思ったのー?」
俺、か? 意外な質問に、自分よりも20センチくらいは小柄な彼女を見返してしまう。
いつもとろん、と夢見心地な感じを受ける目が、僅かに引き締まっていた。
「俺は、まあ……兵器っていうのも間違いじゃないと思うぜ」
「そうなんだー。……私とは、違うねー」
「違うのか?」
「んー。ISはただの兵器じゃないと思うんだよねー」
「……どういう意味なんだ?」
「あのね。これは、前にお姉ちゃんが言ってたんだけどねー。ISって、ねー?
いっぱい手をかけてあげたら、きちんと『応えて』くれるんだよー。兵器が『応えてくれる』なんて事は無いよねー?」
そういうものだろうか。まあ、漫画とかゲームならよくある話だけどな。
「でも、マシンガンとか刀とかあるわけだし……」
「それはそうだけどねー。でも、金属バットや包丁でもそうじゃないかなー? ……言葉だって、使い方を間違えればそうだよー?」
むむ、確かにそうだな。しかし、何でのほほんさんはそんな事を言い出したんだろうか?
「何かあったのか?」
「んー、ちょっとねー。あの発言が、凄く嫌な感じがしたんだよー」
嫌な感じ、か。まあ確かに、唐突過ぎる発言ではあったけど。あの時クラウスを撃沈させた千冬姉が、何もしなかったし……。
「まあ、それに関しては良いんじゃないか? あの決闘申し込みを、更識さんが受けるかどうかは気になるけど……」
彼女とはクラス対抗戦では競い合い、乱入者と戦った仲だ。全く気にならないわけじゃあない。
「でもでもー。打鉄弐式は、今の所、組み直ししてるんだよー」
そうなのか? てっきりあれで完成だと思ってたんだが。
「あれはあくまで、対抗戦に間に合わせる為の応急処置だからねー。かんちゃんが本当に作りたい機体はまだまだだよー」
「そうなのか。俺にはよく解らないけど……」
「んー。それじゃあおりむーも、かなみーみたいに整備の事を学んでみる~~? 私、教えてもいいよー?」
「……う」
いや、それも必要なんだろうけど。今はもう、実動とその他で手一杯なんだけどな。
「ちょっと布仏さん! 一夏さんには、わたくしというコーチが付いていましてよ!!」
……セシリア、何処から出てきたんだ? あと、何でそんなに怒ってるんだ?
「それに今の一夏は、整備まで学ぶ余裕は無いだろう。複数の事を同時にこなせるほど器用ではないからな」
箒、その俺への評価は確かにその通りだと思うんだが。お前も何故怒っているんだ?
「んー。それじゃあ気が変わったら呼んでねー」
しかし、暖簾に腕押し、のほほんさんにプレッシャー。セシリアや箒の語気を荒げた言葉にもまるで怯まず。
余った袖をぶらぶらとさせながら、のほほんさんは自分の席――廊下側から二列目の最後尾――に戻っていく。しかし……。
「何で、のほほんさんはあそこまで反応したんだろうな」
嫌な感じ、とはあったが。嫌な感じ一つであそこまで……というのは、いささか奇妙な感じだ。
「確かにそうだな。いつもおっとりとしている布仏には珍しい態度だった」
「布仏さんは更識さんと親しいようですが。その関係なのでしょうか? ……そこまで深入りする事ではないかもしれませんが」
まあ、セシリアの言葉には一理ある。俺も気にはなったが、触れない方が良いかもしれない。
シャルルの家の事とかみたいに、触れて欲しくない箇所なのかもしれないし。
「ところで一夏さん、箒さん。日本では岸空理、という名前は良くある名前ですの?」
え? 何を言い出すんだ? 岸空理……って、ゴウの苗字だっけ? 色々あって、よく解らないけど日本の苗字のようだし。
「いや。多分、珍しい苗字だと思うけど?」
「そうだな。……私達が言えた義理では無いがな」
そりゃそうだ。織斑とか篠ノ之とか、他に聞いた事は無いな。織『村』とかならまだしも。
「どうかしたのか、セシリア。何かあったのか?」
「いいえ。わたくしと『あの方』には何もありませんわ。出会ったのも、学園が初めてですし」
そうなのか。……お、いけないいけない。全校集会の後は、授業が待ってる。急がないとな。
『ISは兵器であり、殺人の道具だ』
『ISって、ねー? いっぱい手をかけてあげたら、きちんと答えてくれるんだよー』
放課後。俺の頭からは、ゴウとのほほんさんの言葉が離れなかった。今日は、シャルが少し用事があるので別行動。
箒やセシリア、鈴もそれぞれ用事で一緒にはいなかった。……最近には珍しく、一人だな。
「ほう。珍しいものだな」
「あら? お一人ですか、織斑君」
「ち……織斑先生、山田先生」
声に振り向くと、千冬姉と山田先生がいた。いつのまにか、職員室の近くまで来ていたようだ。
「何やら心ここにあらず、だったように見えたが。どうした」
「何か、心配事ですか?」
「いいえ、実は……」
のほほんさんとした会話を、千冬姉達に説明する。やはり相手が相手だからか、二人とも意外そうな表情になった。
「ほう。布仏がそんな事を言っていたか」
「まあ……」
「……で、お前は悩んでいたというわけか?」
「悩んでいた、というか。どうなんだろうなあ、っていうか。……先生達は、どう思うんですか?」
「――ふむ。まあ、確かにISは兵器だ。それも、機動性・攻撃力・制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ代物だ」
じゃあ、ゴウの方が正しいのか?
「……だが、だからといって殺人の道具であると断定するのは早計だろう。現状は……そうだな。
兵器ではあるが、モンド・グロッソのようにスポーツに当て嵌めている……というような言い方が正しいか。
以前聞いた解釈を借りれば……ライフル競技には銃器を使用するが、あれを殺人の道具だという輩はいないようなものだ」
む、確かに。
「……しかし織斑。この問いに正解など無いだろうが、お前は既に自分の答えを持っていると思っていたのだがな?」
え?
「答え……?」
「覚えているだろう? 私が教えた事を」
……そうだ。
「刀は振るう物。振られるようでは、剣術とは言わない。人を殺す力を持つ刀、それを何のために振るうのかを考える事。
それが強さ……だよな。この間、零落白夜の危険性を教えてくれた日にも言ってたよな」
そうだ。答えは既に、俺の中にあったんだった。……なっさけねえ。この間、自分の信念がしっかりしていないって叱られたのに。
全然進歩してないじゃないか。押し潰す前に主人公に倒された、壁の形をしたボスの気分だ。
「……解ればいい。――さて、山田先生はどうですか?」
「わ、私ですか? わ、私は……ですね」
すっかり傍観者になっていた山田先生は、千冬姉の言葉に驚いていた。
いつものように眼鏡をずり上げると、心を落ち着けるためか一息吐く。
「私は……ISがどういう存在であるべきなのか、断言できるような立場じゃありませんけど。――私自身は、ISを兵器だとは思っていません」
はっきりとした回答だけど。……じゃあ、何なんだろうか?
「布仏さんが、お姉さんから教わった言葉と似てますけど……ISはただの機械ではなく、パートナーだと思ってます。
だから布仏さんのお姉さんが言ったように『ISが応えてくれる』んですよね」
「パートナー……」
「ISは…………人がいないと動きません。ISは、人が必要なんです。それと同時に、人にとってもISが必要なんだと思います」
ん? 変な間があったけど、何でだろうか?
「……。まあ、布仏が憤るのも当然だろうな。――あんな事を言われては、誰でも怒るだろう」
「当然?」
「何だ、聞き逃したか? もう一度、ドイッチの言葉の最後の方を思い返してみろ」
えーーと。あの言葉の最後の方は……あ!!
『仲良しこよしで作った急造品ではなく、本当の意味で作られたISの使い方というのを見せてみる事を宣言する』
って言ってたな。更識さんの持つIS、打鉄弐式。それはのほほんさんや宇月さん、更には黛先輩達も協力して作ったという機体。
それを、仲良しこよしで作った急造品、と……。ゴウは、確かにそう表現していた。
「……そうか。そりゃあ、のほほんさんだって怒るよな」
俺だって、そんな言い方をされてはいい気分にはなれない。おそらく、鈴や将隆だって同じような反応だろう。
「織斑。何故ドイッチがわざわざ更識を挑発するような真似をしたのかは知らんが、あまり口を出すなよ?
ドイッチと更識が戦うのかどうかは、奴らの問題だ」
「う……」
「お前は人の事を気にするよりも、自分の事を考えろ。そんな事では、学園別トーナメントに参加しても初戦負けだぞ」
思わず拳に力がこもった事を見抜かれたのか、思い切り釘を刺された。……学年別トーナメント、か。
確か、希望者のみでやる学年別の大会。箒も『優勝したら付き合って欲しい』と言ってたし、この大会の優勝を目指してるんだろうな。
そういえは付き合って、と言われたが、何処に行くんだろうか? またレナンゾスかな?
「ふう。慣れん言葉を使うと、肩が凝るものだな。私は、弁舌よりも刀の方が性に合う」
一夏が去ってから。千冬は、珍しくも溜息を漏らした。当人の自覚どおり、慣れない言葉を使った事による気苦労だが。
隣にいる真耶は、微笑ましげに千冬に視線を向けていた。
「……山田君。何か言いたい事があるのか?」
「いいえ。織斑先生も、変わられたなあ、って思ったんです」
「そうか?」
「はい。……あ、あの、変な意味じゃないですよ?」
(それを言うと、かえって逆効果に聞こえるのだがな……)
あたふたとする後輩に、苦笑する。だが、いつまでも苦笑は浮かべてはいない。
千冬には、先ほどの真耶の言葉の中に、どうしても指摘しなければならない点があったからだ。
「ところで山田君。さっきの間は、対抗戦の時のアレ絡みか? 確か今は、古賀先生が解析しているのだったな?」
「す、すいません……。布仏さんの話題に摩り替えることで、私のミスをカバーして頂いて……」
「なに、織斑の奴はどうせ気付かんさ。――ただ、以後は気をつけてくれ」
それだけを言うと、千冬は真耶とは別方向に歩き出した。
今から二人は職員室に戻る予定だったのだが、このままでは学生寮の方に向かう事になってしまう。
「どうされたんですか? そっちは……」
「少々、野暮用でな。――すぐに戻る。先に、職員室に戻っていてくれ」
「は、はい!」
そして一年一組担任と副担任は別行動になるのだが、それを見ていた女生徒が一人いた。真耶は気付かず。
千冬は気付いたが、それよりも優先させるべき事があった為にその女生徒へ関心を向けなかった。――だが。
「やはり……教官は変わってしまわれた……あの男の為に!」
その女生徒――ラウラ・ボーデヴィッヒにとっては。今の光景は『あってはならない』物だった。
『お待たせしました、織斑教官』
「ああ、すまんなハルフォーフ」
『いいえ、貴女からの連絡とあれば万難を排してでも駆けつけます』
真耶と別れて十分後、寮長室では、千冬が遠く離れたドイツとの通信に入っていた。
ISの絡みでは無い長距離の通信だが、タイムラグが殆ど無い軍事用にも使われる回線を使用しての通信だった。
『それで、一体何の御用でしょうか? そちらには我ら【シュヴァルツェ・ハーゼ】の隊長がお世話になっていますが……』
「いや、今回の事はボーデヴィッヒがらみでは無い」
千冬は、かつてドイツで教官をしていた時期があった。その時の教え子の一人がラウラなのだが。
そのラウラは、現在は『シュヴァルツェ・ハーゼ』という特殊部隊の隊長を務める身分であり。
その副官でもあり、ラウラ同様に千冬の教え子の一人でもあるのが、このクラリッサ・ハルフォーフなのだった。
「単刀直入に言うが。こちらに来た欧州連合所属の男子、オベド・岸空理・カム・ドイッチの事だ。
日本にいる私では調べづらいのでな、協力を仰ぎたい。……ただし、あくまでこれは私の個人的な要望だ。
お前の所属するドイツ軍に不利益が大きいならば、断っても構わんが……」
『何を仰いますか。まあ、数日はかかるでしょうが【渡せる】情報は全てそちらにお渡しします』
「……すまんな、迷惑をかける」
千冬自身も自覚はしているが、これは少なくとも軍人に頼めるような用事ではなかった。
それを過去の関係だけで承諾してくれた相手に、感謝の意を述べる。そして通話が終わるが。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……やれやれ、今年はいつもにも増して苦労が絶えんな」
女豹のようにシャープな身体を伸ばし、苦笑する。研ぎ澄まされた刃のような気配はいつも通りだったが。
その中に、何処か柔らかさが混じっていた。