※今回は一夏視点のみの話となっております。主人公視点(←強調)のみです。
授業が終わって昼休み。俺とシャルルは、昼食をとるべく屋上へと向かっていた。
午前中の授業中に、箒『達』と一緒に昼食をとることを約束したからだが……
「お、安芸野じゃないか」
階段を上がる途中の安芸野と出会う。こいつにも屋上で昼食を取る事は言ってあるから、合流するか。
「よう、織斑――と、そいつか、例の転入生っていうのは」
「あ、彼が二人目の操縦者なの?」
「そうだぜ。安芸野、こっちはシャルル・デュノア。今朝来た、三人目の男子操縦者だ。
で、シャルル、こっちが安芸野将隆。俺達と同じ、男子操縦者だ」
「よろしくね」
「ああ、こちらこそ。……しかし、こっちもこんな美形なのかよ。俺以外は皆そうじゃないか……」
へ? いや、シャルルはともかく俺は普通だぞ? ……あれ?
「そういえば安芸野。三組にもう一人、男子の転入生が来たって聞いたんだが。そいつは一緒じゃないのか?」
「いや、あいつは三組の女子が案内してる。今頃は歓喜の涙を流してるんじゃないのか?」
「ふうん。でも、お前は誘わなかったのか? 俺、さっき昼飯の事をメールしたよな?」
「一応はあいつにも聞いたさ、だけど『一組の男子達と一緒に食事しないか?』って言ったら断られた」
「何でだ?」
「あいついわく『なんで美少女達との食事を断って、男と食事をする必要があるんだ!!』だそうだ」
ふうん。
「そうなのか、変わった奴だな」
こっちにも箒・セシリア・鈴がいるんだけどな。まあ、いいか。また会う機会もあるだろし。
「……確かにアイツは変わった奴だが、お前だけには言われたくないと思うぞ」
何でだ?
「……どういうことだ、どうしてこうなった」
「ん?」
「どうしてこうなったと聞いている!!」
昼休みの屋上に着いたのだが、なぜか箒が怒っていた。ちなみに高校の屋上は立ち入り禁止の場合もあるが、IS学園では違っている。
それどころか誰でも入れるように開放されており、花壇には綺麗に配置された季節の花々、欧州を思わせる石畳が設置されている。
そしてそれぞれ円テーブルと椅子が用意され、晴れた日の昼休みには女子達で賑わう快適な場所だ。
普段なら、結構ここで昼食をとる女子もいるんだが。シャルル目当てで学食に向かったと思われるので、ここには誰もいなかった。
「天気がいいから、屋上で食べるって話だっただろ? さっき、実習中に約束したじゃないか」
「そうではなくてだな……!」
チラッと箒が睨むかのように俺を見た後、近くにいるセシリアや鈴、そして安芸野やシャルルに視線を送る。
「私は、午前中の授業が終わってから一夏さんに誘われたからですわ」
「あたしも同じね」
「いや、俺は『そういう』状況だとは知らなかったんで……すまん」
「ぼ、僕も」
何か女子二人は得意げに、男子二人は気まずそうにしているな。――うん、気まずそうなのは良くない。
「箒。せっかくの昼飯だし、大勢で食った方がうまいだろ。それにシャルルは転校してきたばっかりで右も左もわからないだろうし」
「そ、それはそうだが……」
俺の台詞に箒はまだ何か言いたげにしながら持ち上げた拳を握り締めた。その傍らには弁当が二つ置かれている。
「ところで箒。それ、もしかして俺の為に作ってくれたのか?」
「! そ、そ、そ、そうだ!!」
さっき、何も買うなと言っていたのはこの為か。IS学園は全寮制だから、弁当の生徒の為に早朝のキッチンが使えるようになっている。
俺も見た事はあるが、そのキッチンはプロが使ってるような器具ばかりだ。見るだけで、使われてる金の桁が違うってのが良く分かった。
「あら、箒もなのね。あたしも、今日は酢豚を作ってきたのよ。――はい一夏、アンタの分」
そう言って、鈴がタッパーを俺に向かって放る。おい、食べ物を投げるなよな。
「お、美味そうだな!」
「約束してた酢豚よ。中学の時と一緒にしてたら、腰を抜かすんだからね!」
蓋を開けると、酢豚だった。前に鈴と約束した酢豚。やっと食べられる機会が出来たわけだな。
「コホンコホン。一夏さん、実はわたくしも、今朝はたまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして。
こういうものをまた用意してみましたの、よろしければおひとつどうぞ」
……そして、セシリアも『また』サンドイッチを用意したようだった。
セシリアが弁当を作ってくるのは箒・鈴とは違い初めてでは無い。だけど……何というか。……うん、不味いんだ。
「きょ、今日は何なんだ? 前のとは違うみたいだけど……」
「今日はBLTサンドですの。きちんと『本の通り』に作れましたわ!」
……この『本の通り』というのが曲者で。確かに外見は、料理本に載っている写真とそっくりなのだ。
だけどセシリアはその為に、レシピにない調味料を付け加える。それが、味を大きく狂わせているのだ。
その事を知っているシャルル以外の三人も、顔を背けている。……くそう、援軍は無しか。
「皆、お弁当を作ってきてたんだね。……ええと、本当に僕が同席してよかったのかな?」
俺と安芸野の間にいるシャルルが、気まずそうに言う。確かに、転校初日でいきなりこんな展開になるとは予想外だったんだろうけど。
「俺が誘ったんだから、良いに決まってるじゃないか。それにしても、さっきのは見事だったよな」
「も、もうやめてよ一夏……」
じつはシャルルと俺がここに来るまでには、かなり面倒な事になっていた。
三人目の男子とお近づきに、と更衣室からここにくるまで大勢の女子が押し寄せてきた。
そんな女子達にシャルルは、実に見事としか言いようのない対応でお引取り願っていたんだ。えーと、確か。
『僕のような者の為に、咲き誇る花の一時を奪う事はできません。
こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから』
とか言ってたな。手を握られた三年の先輩、失神してたし。
「へえ、そりゃ凄いな。まあデュノア、俺と織斑と、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力してやっていこう」
「そうだぞ、わからないことがあったら何でも聞いてくれ。――IS関係以外で」
「アンタはもうちょっと勉強しなさいよ」
「してるって。多すぎるんだよ、覚えることが。お前らは入学前から予習してるからわかるだけだろ」
「ええまあ、適性検査を受けた時期にもよりますが、遅くてもみんなジュニアスクールのうちに専門の学習をはじめますわね」
そんなに早くから、か。そういえば宇月さんも中学の頃はひたすら勉強してたっけなあ……。
「おー。おりむー達だー」
「え……こ、ここに、いたの?」
声に振り向くと、のほほんさんと更識さんが屋上にやって来た。この二人もこっちに来たのか?
「あら、布仏さんと更識さんも来られたんですの。では、ご一緒にいかがですか? ……構いませんわよね、箒さん?」
「構わん。……今更、布仏や更識だけ断れるわけが無いだろう」
不満そうに箒が答えるが。……何でセシリアは箒だけに聞いたんだろうか?
「……おお」
箒から渡された弁当箱を開けると、そこには色々なおかずと御飯が並んでいた。
鮭の塩焼きや唐揚げ、ほうれん草の胡麻和えなど……オーソドックスな献立だが、一つ一つが手の込んだ物のようだ。
「これは凄いな」
「か、勘違いするな。たまたま、作り過ぎてしまっただけだ」
「そうだとしても嬉しいぜ、ありがとう」
さて、と。まずは唐揚げを……と。
「ど、どうだ……?」
「……うん、美味い! これは、下味に醤油と生姜……あと、何だ……?」
「胡椒をあらかじめ混ぜたおろしニンニクだ。後は隠し味に、大根おろしを適量だ」
「ふむふむ。やるなあ」
「……そ、そうか? 本を買った甲斐があったというものだ……」
嬉しそうに言う箒は、自分の弁当箱を開く……あれ?
「箒の弁当箱には、唐揚げは入ってないのか?」
「いや、私はその……ダイエット中なのだ」
「ダイエットぉ?」
……お前、どこにそんな必要があるんだよ。
「ど、何処を見ているんだお前は!?」
「ど、何処って、体だぞ?」
「じょ、女性の身体を凝視するなんて、紳士ではありませんわよ!?」
「何を堂々と女の子の胸を見てるのよ、エッチ!!」
「ぎ、凝視ってわけじゃ……いや、胸を見てるわけじゃないぞ!?」
「んー、でもおりむーの視界にしののんの胸は入ってたと思うけどなー?」
「何で、本音も篠ノ之さんも、同じ日本人なのに……」
「いや、入ってはいたけど……って、何で更識さんは落ち込むんだ!?」
すると、何故か女子がヒートアップする。……何でこうなるんだ?
「と、とにかく箒。お前も、食ってみろ!」
話題を変えたくて、強引に箒に唐揚げを押し付ける。そして、唐揚げが半ば箒の口の中に入った。
「っ!?」
「「あぁーーーーっ!?」」
何故かセシリアと鈴が悲鳴をあげる。そして唐揚げを咀嚼し、飲み込んだ箒は……何故か、真っ赤だった。
「なっ、何をするのだ……!?」
「いや、せっかく美味く出来たんだから、勿体無いだろ?」
「そ、そうか……で、では……も、もう一度良いか?」
「おう」
餌を求める小鳥のように口を突き出す箒に、もう一つ唐揚げを渡す。しかし、何で赤くなるんだろうか? 辛かったのか?
「……うん、良いものだな」
「だろ? 美味いよな、この唐揚げ!」
「いや、唐揚げではないが……うん、実に良い」
「……?」
唐揚げじゃなかったら、何が良いんだろうか?
「あっ、これが日本のカップルがするっていう『はい、あ~ん♪』ていうやつなの? 二人とも仲が良いんだね」
「はぁっ!? 何でこいつらが、カップルになるのよ!?」
「そ、そうですわ! やり直しを要求しますッ!!」
と、シャルルの一言で何故か鈴とセシリアがヒートアップした。……何でだ? というかセシリア、どうやり直せというんだ?
「じゃ、じゃあ……皆のおかずを一つずつ交換する、ていうのはどうかな?」
「さんせーだよー♪」
「……パンしかないけど、それで良いなら」
「……まぁ、それでも良いけどね」
「皆さんがそう仰るなら、それでも構いませんわ」
ほっ。シャルルの一言で、何とか皆が落ち着いたか……。
「じゃあ一夏っ! ほら、あたしの作った酢豚、とっとと食べなさいよっ!」
「一夏さん! 私のサンドイッチを、どうぞっ! 私が食べさせてさしあげますわ!!」
……前言撤回。全然落ち着いてなかった。
「おりむーは鈍感さんだねー……」
「……同感」
「何か俺、自分がここにいるのが凄く場違いに感じるんだが……」
「そ、そんな事は無いと思うよ?」
「カップル……カップル……」
そして他の皆は助けてくれる気配はなさそうだった。……ああ、ここに宇月さんを呼んでいたら良かったなあ。
「そういえば、シャルル。お前って、どの位ISに乗ってるんだ?」
皆で弁当を分け合う(※ただし、全く手を付けられていない物がある)中。安芸野が、シャルルに疑問を投げかけていた。
「ど、どの位って?」
「だってよ。俺や織斑よりも後なら、せいぜい数ヶ月だろ? なのに、もう代表候補生なんて……おかしくないか?」
「そ、それはその……。に、日本で言う囲い込みっていうことだよ」
囲い込み?
「ああ、なるほど。フランス政府が、希少な男性操縦者を逃がさない為に自国代表候補生とした……と言うことですのね?」
「まあ、デュノア社のお坊ちゃんだもんねー。一夏や安芸野とはちょっと違うケースだし」
……。シャルルを逃がさないようにする、って事か。政治が絡む、少し嫌な話だと思ったが。
千冬姉がドイツに行きっぱなしになったら困るから、日本に戻ってきてもらう為に何かするような物と言われたら納得した。
「あんたって、やっぱりシスコンね……」
とは、俺の回答を聞いた鈴の言葉だが。何でだろうか。
「シャルルは、代表候補生なのか。……じゃあ、俺や織斑はどうなるんだろうな」
「日本政府が弱腰だからねー。案外、トンビに油揚げ掻っ攫われるんじゃないの?」
鈴が酢豚を食べながら言うが。……うーん。
「……二人は、日本代表になりたいの?」
と聞いてきたのは、自分の買ってきたパンを食べている更識さん。……あ、よく考えてみれば彼女は日本の代表候補生だった。
「俺? 別に日本代表になりたい、ってわけでもない。かといって他の国に行きたいってわけでもないけど。織斑は?」
「俺も……かな」
千冬姉が日本代表だったからそれを目指す……っていうのも一つの目標なんだろうが。それ自体には今は興味は無い。
……ん? 気のせいか、箒はホッとし、セシリアと鈴が怒っているような? ……話題を変えるか。
「そういえば、他の皆はどの位で代表候補生になったんだよ?」
「どの位?」
「だって、少なくとも鈴は一年経ってないだろ? 転校するまで、ISに関わってなかったし」
「確かにあたしは、一年かかってないわね。適性検査受けて、訓練して、去年の夏ごろには代表候補生に選ばれてたっけ。
甲龍を貰える事になったのは、まだ後だけど。セシリアの方は?」
「わたくしは……一年弱ですわね。IS適性検査でA+ランクを出し、更にその後測った、BT適性も高かった事からですが」
……なあ、さっき『遅くとも小学校の内に学習を始める』とか言わなかったか? 凄く短いじゃないか。才能って奴なのかなあ。
「シャルルは、どうなんだ?」
「え、え、えーーっと。僕の場合は、四月に見つかって。それからずっとISの訓練だったよ」
「へえ。俺と似たような物だな。俺の場合は自衛隊だったけど、シャルルはやっぱりデュノア社なのか?」
「そう……だね」
シャルルの顔が曇った。朝、授業前に着替えた時に『良い所のお坊ちゃん』とか俺が言った時のような表情だ。
親と何かあるのだろうか? ……親のいない俺には、想像も出来ないけど。
「ご馳走様だよー」
と、のほほんさんのマイペースな声がした。自分のパンを半分ほど分けた彼女は、かなり旺盛な食欲を見せていたような気がする。
「本音、食べ過ぎ……」
「えー、だって午前中は実習だったから、おなかが空いたんだよー。持ってきたお菓子も全部食べちゃったしー」
「それでも。それにお菓子を食べ過ぎないように、虚さんからも言われてたのに……」
「呆れましたわね。体重管理は重要ですわよ、布仏さん?」
今度はのほほんさんが集中攻撃を受けているようだった。……まあ、確かにお菓子の食べすぎは良くないぞ。
「そういえば、のほほんさんはダイエットしないんだな。体重とか気にならないのか?」
……俺がそんな事を言った瞬間。何故か、皆から白い目で見られた。
「はあ。何で男ってダイエット=体重を減らす事なのかしらね?」
「本来ダイエット(Diet)とは、健康維持や減量の為の規定食の意味もありますから、全くの見当違いではありませんが……」
「……」
「一夏も、少しデリカシーが足りなかったね」
あれ、俺が悪いのか、今のは? シャルルまでそんな事を言うなんて……。
「安芸野、俺が悪いのか?」
「俺も良く解らんが、女子からするとそうなんだろうな」
うーむ。シャルルは女子の気持ちがわかってる、って事だろうか。
「ところで皆さん、サンドイッチはまだまだありますわよ」
『ご馳走様』
「何故ですのっ!?」
セシリアとのほほんさん以外の全員が唱和したが。……仕方がないよな、これ。
「そういえば、皆はどうして仲良くなったの?」
食事の後始末をしている中。シャルルが、そんな事を聞いてきた。
「どうしてって……俺と箒、鈴の場合は幼なじみだよ」
「え? 三人とも幼なじみだったの?」
「いや。俺と箒、俺と鈴が幼なじみで、箒と鈴はこの学園で会ったんだけど。いやあ、再会した時は驚いたぜ」
「そうなんだ。それで、オルコットさんとは?」
「そういえば、その辺りの事情は俺も詳しく聞いた事無かったな。更識は?」
「わ、私は本音から聞いた事があるから……」
なるほど。まあ、あまり良い出会いじゃなかったけど……。……。
「……というか、何回聞いてもあんたがアホよね」
「解ってるよ……」
事情を説明した後、そんな事を言われた。まあ確かにあの時の勝利は、零落白夜が偶然命中したからに過ぎない。
『俺がハンデを付ける』発言は、今ではとんでもない発言だったと自覚してるんだ。
実際、その後に模擬戦をするようになっても殆どセシリアには勝てないし。代表決定戦は、ビギナーズラックだったのだろう。
「代表候補生にハンデ、か……」
「安芸野、そう繰り返さないでくれ」
「あれ? そういえば、安芸野と一夏はまだ苗字で呼び合ってるのね」
まあ、そういえばそうだな。
「何となく、そのままになってたな。シャルルも来た事だし、俺達も名前で呼び合うか? 数少ない男同士なんだしな」
「まあ、そうだな。いい機会だし、それにいいだろ」
「ああ。――んじゃ、よろしくな、将隆」
「こちらこそ、一夏」
そういうと、がっしりと握手をしあう。……ただ将隆は微妙な表情で、箒・セシリア・鈴は警戒するような表情だったが。
「何でだろうな?」
「……俺の口からは言いたくない」
なぜか将隆は目を背けていた。更識さんは微妙な表情だし、のほほんさんはいつもどおり笑っていたから別に悪い意味じゃない筈だが。
「そういえば将隆。今日は一緒に訓練できるのか?」
「悪い、今日は俺が予約取れなかった。だからクラスの連中と、座学と剣道の訓練をやる事になってる」
「またか……。対抗戦の怪我が治ってからは、一緒に出来るようになったのにな」
また将隆と訓練する機会を得られなかった。また、まさたかと……なんちゃって。
「対抗戦の怪我? ……一夏、怪我してたの?」
「……!」
しまった。ついうっかり口にしたが、ここにはあの時あの場所にいなかった人間――シャルルがいたんだった。
「……そうよ。うっかり対抗戦で敵であるあたしに向けられた攻撃を受けて怪我しちゃったのよ」
と、鈴が上手くフォローに入ってくれた。よし、俺も話を合わせよう。
「まあ、男が女を守るのは当たり前だからな。名誉の負傷、って奴だ」
「そうなんだ。――そういえば一夏は、今日の訓練の予定とかあるの?」
少しわざとらしかったが、シャルルは納得してくれたようだった。……それはともかく、今日の訓練は。
「セシリアだけアリーナが取れたんだっけ? じゃあ俺は、将隆と同じく座学とかを鍛えるか」
「そ、それならば私も付き合うぞ!!」
「あ、あたしもよ! 幼なじみなんだからね!!」
すると、即座に箒と鈴が反応する。……何で座学に付き合うのに幼なじみが関わってくるんだろうか? わけがわからん。
「ぐ、ぐぬぬ。な、ならば私もアリーナでの訓練を終えた後にお付き合いいたしますわ!!」
セシリアも悔しそうにしてるし。……うーん、何でだろうな?
……。俺と将隆は、一緒に階段を下りていた。シャルルが、何故か一人でアリーナに向かったからだ。
何かまずい事をやったかな、俺? 心当たりが全く無いんだが。
「そういえば将隆、三組にきた男子って、どんな奴だったんだ? ドイツ人だって噂を聞いたんだが」
「……説明しづらいな」
「嫌な奴なのか?」
「そういうのじゃないな。……色々とぶっ飛んだ奴だ。シャルルとは同じヨーロッパ人でも、全然違うな」
ぶっ飛んだ奴、か。そう言われると、逆に会ってみたい気もするが……。
「あ」
「よう」
すると、件の転入生がやってきた。顔を知らなくても、この学園に現在男子生徒は四人。
俺、シャルル、将隆以外の男子生徒は一人しかいないから、顔を知らなくても解る。
「お、そっちが例の世界初の男性操縦者――ラッキースケベ・織斑一夏か」
へ?
「ラッキースケベ、って何だよ!?」
しょ、初対面から失礼な奴だな。
「いや、俺と同席した一組女子から聞いたんだが。幼なじみの風呂上りを見たりとか、胸を触ったとか聞いたぞ?」
「そ、それは……嘘じゃあ、ないが……」
誰が言ったのかは知らないが、酷すぎるな……。いや、事実なのは認めるが。言い方というか、何というか……。
「? あれ、何で嫌な顔をしてるんだ?」
「嫌っていうか、あまりいい話題じゃないだろ」
「そうか? だって俺は、織斑が羨ましくてたまらないぞ?」
「「は?」」
俺と将隆は、二人一緒に目を丸くした。……何が羨ましいんだ?
「美少女の幼なじみが二人、しかもそんなイベントまであるとは! 俺は十六年生きてきたが、そんなイベントに遭遇した事は無い!!
そんなイベントにこの短い期間で遭遇するなんて……きっと織斑は、神の祝福を受けているのだとしか思えないぞ!!」
何やら大仰な身振り手振りで目の前の男は述べるが……俺達はついていけなかった。確かに、色々とぶっ飛んだ奴だ。
「というかブローン。いいかげん名乗ってやれよ」
「おお、そうだな。世界各国より芽生えた麗しき華達との会話の回顧にあけくれて、男に自己紹介する精神的余裕が無かったんだ。
……俺は、三組に転入してきたクラウス・ブローン。宜しくな」
「あ、ああ。俺は織斑一夏。一組だ」
うって変わって、握手のために手を差し出してくるブローン。確かにシャルルとは全然違うタイプだが、まあ、悪い奴では無さそうだ。
「そういえばブローン。お前って、ドールと一緒に来たんだって?」
「ああ。ドールのデータ収集と、実際にISと訓練する事による性能向上のためにな。まあ、モルモットだな」
「……」
軽い調子で言ったが。人間をモルモット、なんて表現は俺は嫌だった。当人が言っている以上、俺が口出しする事じゃないが。
「なんか難しい顔をしてるが……むしろ、俺としては喜んでるんだぜ。何せ世界から美少女が揃うIS学園に来れたんだからな」
「……そうなのか?」
しかし、それ以上に解らないのがこいつの言動だった。……二言目には美女、美少女といった単語が出てくる。
確かに弾たちも『彼女欲しい』とか言っていたが、それでもこいつほど頻繁じゃなかった。
「そんなに羨ましいのか?」
「いや、俺から言わせてもらえば、何でお前はそんなに枯れてるんだと言いたいぞ」
俺は別に、枯れているわけじゃないんだが……。
「でも確かに、織斑は女子に対して淡白だけどな。やっぱり姉があれだけ美人だからじゃないのか?」
「……なるほどな。確かに、そういう場合もあるかもしれないが」
三組の二人がそんな話をしているが。そういえば最初に安芸野と会った時にも、同じような事を話したな。
「おお! あそこに見知らぬ女子が!! これは、声をかけねば!!」
と、ブローンは走り去っていった。……って、あれは二年の黛先輩か!?
「……あの先輩、確か新聞部の人だったよな?」
「ああ。話が相当あるみたいだし、先に行くか」
そして授業開始も近づく中。三組の教室、なぜか将隆が人気(ひとけ)の無いここに俺を留めた。どうしたんだろうか?
「なあ、一夏。名前で呼び合う事になった直後にこんな事いうのも……いや、やっぱり不味いか」
「何だよ、言いたい事があるなら言ってくれていいぞ? ただ、次もグラウンドでの授業だから手短にな」
「なら、言わせて貰うが……お前、さっき『男が女を守るのは当たり前』って言ったよな?」
「ああ」
やや口ごもっていたが、ゆっくりと口を開く。確かに、怪我の事を誤魔化す為にそう言った。
しかし、それがどうしたんだろうか。古臭い、とか思ったのか? まあ、最近じゃ少なくなったらしいけどなあ。
「……お前、女を見下してるのか?」
「なっ!?」
――かと思ったら、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「いや、だってそうだろ。女っていうだけで守るっていうのは。『女は、男に守られるべき』って決め付けてる事にならないか?」
「そ、そんなんじゃないぞ!! 俺は、その……男は、女を守るのが当然って言うだけであって……」
……だが、俺は上手く反論できない。俺にとっては、当たり前だった考え。それが他人にとってはそうじゃないのは当然だ。
だけど『安芸野に』そういう風に解釈されるとは思わなかった。まるで『あの時』のように。
「勿論、か弱い女性もいるし守らなくちゃいけない女性もいるだろうよ。だけど、女性ってだけで守るかどうかを決め付けるのは……。
それってまるで『女は弱い。だから強い男(おれ)が守らないと』って聞こえるんだ。そんなつもりじゃないのは解ってるけどよ」
……。
「なあ、一夏。お前確か、以前俺に『千冬姉を守れるくらいにはなりたい』って言ったよな?」
「あ、ああ」
安芸野と初めてあった日の夜――寮内で、そんな事を言ったな。
「仮に、だけどよ。織斑先生が姉じゃなくて『兄』だったら。――守りたい、って思わなかったのか?」
……千冬姉が、兄、だったら?
『諸君、私が織斑千冬だ! 君たち新人を、一年間で使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。
私の言う事をよく聴き、理解しろ。出来ない者は出来るまで指導してやる。
私の仕事は弱冠十五歳を十六歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな』
『専用機を受領したからには、これからは訓練もしやすくなる。――精進する事だな』
『馬鹿者』
……。うん。駄目だこりゃ。
「ど、どうしたんだ織斑。頭抱えてるけど、何かあったか?」
「い、いや。違和感が無さ過ぎて困った」
「違和感?」
いや、本当にあの言動はそのまま男に流用しても使えるんだよな。……嫁の貰い手とか、本当に心配になってくるぞ。
そういえばあの人も、別の理由で千冬姉と同じく嫁の貰い手が心配そうだしなあ。類は友を呼ぶんだろうか?
「!!」
「どうしたんだ、安芸野。顔を真っ青にし……!!」
て、と言おうとした瞬間、嫌な予感がした。人の悪口を言っていると、高確率でその当人が出てくる。いや待て。
そんな漫画みたいなパターンが、現実に起こりうるはずがない。安芸野は、体調が優れないから顔を蒼くしたんだ。
そうに決まっている。そもそもこれは悪口じゃない、ただ弟としての、当然の心配なんだ。
嫁の行き先が普通の人よりも確実に少ないであろう千冬姉を、心配しているだけなんだ。だから――。
「面白そうな事を思っているな、織斑?」
「……」
絶望。それしか言葉は見当たらなかった。今、俺は振り向く事が出来ない。何故なら――。
「よりにもよって、私をあいつと一括りにするとはな。――いい機会だ、教えてやろうか」
「な、何をでしょうか?」
後ろに、千冬姉がいるからだ。声だけで、どういう状態なのか解る。敬語になるのも、仕方がない。
怒れる斉天大聖を目の前にしては、関羽でも呂布でも太刀打ちできない。うん。
「私がなぜ世界最強となったのかだ。――さあ、来い」
「……安芸野」
「な、なんだ?」
「……また会おうな?」
「お、おう。生きてたら、また会おうぜ」
顔を硬直させる安芸野が、引っ張られている俺からは遠ざかり。代わりに、地獄が近づいてくる足音を俺は聞いた。
「……さて、と。で。何故お前は人食い熊でも見かけたような顔をしている」
俺達は、校舎から少し離れた木陰にいた。人食い熊……というか、人食い熊の群に囲まれたような感じなんだけどな?
「……お前は馬鹿か。口実も解らんのか?」
「へ?」
「女を見下している、か。まあ安芸野の言い分もわからないでは無いな」
「――! そこから、聞いてたのか……?」
「そうだ。――まあ、お前ははっきり言えば阿呆だからな」
ぐは。はっきり言われると、ダメージが大きいんだが。
「そうだな、例えば――オルコットともめた時の事を覚えているか?」
「セシリアと?」
「そうだ。……お前は何故あの時『自分がハンデを付ける』などと発言した?」
「……俺は、男だから」
そう。あの時俺は、セシリアとの戦いの際に『俺がハンデを付ける』と言い出した。代表候補生のセシリアに対し、素人の俺が。
当然クラス中から笑われ、宇月さんにも窘められたが。その理由は、俺が男だからだった。
「そうだな。まあ、お前も自覚があるようだしこの点についてはとやかく言わん。そもそも、女を見下すかどうかなどは二の次だ」
どうやら、俺達の考えていたような事態では無いようだが……? どういう意味だろうか。
「お前は、安芸野の言葉に動じているのか?」
「あ、ああ……」
「そうか。――お前の思いは、そんな物か」
「!?」
「安芸野の、異なる意見を持つ人間の言葉一つ程度で揺らぐ思いなど、どんな物であれ脆すぎる。
思いというものは、糧にもなれば足かせにもなる代物だ。だが、一つだけ言える事がある。
言葉一つで揺らいでしまうほど安定しない物など、糧になるわけは無いという事だ」
……。それは、重い一言だった。自分の信じていた『思い』の軽さ。それを思い知らされた。
拳骨よりも、出席簿の一撃よりも、竹刀や木刀よりも、ISの攻撃よりも。はるかに、衝撃があった。
「ふう……。せめて『馬鹿者』と言われる位にはなれ」
「馬鹿者?」
「多少間違っていても、強き想いくらい持てないようでは話にならん。少々短気ではあるが『馬鹿』の方がマシだ」
「そう……なのかな」
「さてな、私が言った事も絶対では無い。自分で考え、決めてみろ。――すくなくとも『あいつ』はそれをやったぞ」
あいつ? ……あ、まさか。
「もっとも、私の言葉が足りずに誤解を招いた上に、少々あいつを精神的に追い込みすぎた。
追い込んだのも誤解をさせたのも私自身なのだから、私にも反省すべき点だらけだがな……」
倒れるまで、の言葉で千冬姉が誰を指して『あいつ』と言ったのか解った気がした。
それにしても『追い込んだのは』って……。宇月さんは、千冬姉からプレッシャーを受けたのか。そりゃ倒れもするよな。
なにせ千冬姉のプレッシャーなんて受けたら……そりゃ熊だって倒れる。くまっちゃうなあ、って所か。
「ぎゃんっ!? な、何で今殴られるんだ……?」
「失礼であり、同時につまらないことを考えただろう?」
何で解るんだよ……。
「それにしても、何か、意外だったな」
「何がだ?」
「千冬姉が、あそこまで自分の思いを話すなんて珍しいよな」
はっきり言ってしまえば、予想外だった。内容もさることながら、その濃さも。普通なら、もっとあっさりと終わらせる筈なのに。
「私は『何故私が世界最強となったのか』教えてやる、と言ったはずだぞ。――さて、急ぐか。そろそろ午後の授業だぞ」
「は、はい!」
準備があるのか、千冬姉はグラウンドとは別方向に向かった。それにしても。
「何か千冬姉も変わったよな」
不思議に思いながらも、午後の授業があるグラウンドへと急いだ。……そして到着した途端、皆が俺を幽霊でも見るような目で見た。
箒やセシリア、それにシャルルや鈴もやってきて幽霊じゃないかどうか確認してきたし……噂って、本当に広がるのが早いんだな。