「……」
うん、どうしようか。俺は周囲を見回し、そう思った。
「お昼暇? 放課後暇? 夜は暇?」
「織斑君、好きな食べ物って何?」
「ISだとどんなタイプが好き? やっぱり千冬お姉様の『暮桜』みたいなタイプ?」
新しい生活が始まって、二日目。一時間目の終了と共に、クラスの女子が俺の席を取り囲んだ。
どうやら昨夜俺の部屋に乗り込んできた女子の事を知って、乗り遅れまいとやってきたらしい。
箒か宇月さんに助けを求めようと思ったが、文字通りの人垣で姿も見えない。
朝はギリギリだったので、こんな事は起きなかったんだが……うーん。少しは質問に答えるべきなんだろうか?
「ねえねえ、千冬お姉様って家ではどうなの?」
「え、案外とだらし――」
ない、と言おうとした瞬間。フェザー級ボクサーの速さと、ヘビー級ボクサーの重さを兼ね備えた鉄拳が降って来た。
「授業を始めるぞ」
その一言で、女子の人垣は瞬時に消える。……と言うか千冬姉、いつのまに戻ってきたんだ。
「ああ、織斑。月曜日の代表決定戦だが。お前にも専用機が与えられる事になったのでそのつもりでいろ」
専用機?
「本来は国家や企業に属する人間だけが専用機を所持できるのだが。
お前の場合はデータ収拾の意味もあって、特別に用意される事になった。いいな」
……つまりは、モルモットか?
「えーー!? もう専用機が出るの? いいなー」
「私も欲しいなー。専用機をゲットするなら、この学園が一番確率が高いわけだし。スカウトされたーい」
「でも、超難関みたいだよ。二年生と三年生の専用機持ちだって、五人いないらしいし」
皆は盛り上がっているようだが……。専用機、といわれても今ひとつピンと来ない。
「……織斑。全世界でISは限られた数しかない。その数と理由は知っているか?」
「は、はい。467機、それだけしかコアが無いからです」
昨日、箒と一緒に勉強した所だったな。
「よし。そしてその467機あるISのうち、一部だけが専用機として扱われている。つまりISに関わる者でも、専用機を持てるのは僅か。
その座を巡り、熾烈な争いがあると言うわけだ。その内の一機なのだから、大切に扱うように」
「はい。それで先生。その機体はいつ来るんですか?」
「今の所は未定だ。月曜日までには間に合わせるが……。
最悪の場合、教員用のリヴァイヴか打鉄を使う事になるだろうから『ISが無くて戦えない』と言う心配だけは無いと思え」
「はい」
……うーん。よく解らないが、できれば早く来て欲しい。
俺の専用機となるISがどんな物かまだ解らないが、少なくとも時間があれば、訓練くらいは出来るだろうから。
「ねえねえ織斑君、昼食を一緒に食堂でとらない?」
「あー、ずるい! 私も私も!」
「お弁当持ってきてるけど、良いよね?」
昼休みになると、俺が立ち上がる前に昼を誘いに来る女子で再び人垣が出来た。前回よりは薄いけど。
「……宜しいかしら。ランチの前に、貴方に言っておきたい事がありますの」
その人垣を割って、いつもの腰に手を当てたポーズでセシリアがやって来た。
「何の用事だ?」
「安心した、と言うことですわ。技量差を考えないとしても、わたくしと訓練機で戦うなんて、あまりにも酷すぎですから」
「それだと、何か不味いのか?」
「ふふふ……。まあ、まだ知らないのも無理はないでしょうから教えてさしあげましょう。
わたくし、セシリア・オルコットは知っての通り英国代表候補生。そしてわたくしはその中でも更に優れたエリート。
そう、専用機を既に持っていますのよ!!」
ああ、そう言えば『国家や企業に属する人間だけが』って千冬姉が言ってたな。
代表候補生だからか。でも、何で髪を梳き上げて左耳を見せるんだろうか。イヤリングがついてるけど。
「……何か反応はありませんの?」
「何で?」
耳を見せられて、どんな反応をしろというんだよ。綺麗な耳だな、とでも言えばいいんだろうか。
「日本の殿方と言うのは、随分と鈍感ですわね。ISの待機形態にも気付かないなんて」
待機……形態?
「ISは、使用しない時は色々な形になってるんだよねー。指輪とかー」
「そう! そしてわたくしのIS待機形態は、このイヤーカフスなのですわ!」
昨日、最後に訪ねてきた女子……えっと……。のほほんさん(仮名)に相槌を打つ形で、セシリアが説明した。へー。
ISって、そんなコンパクトに収まる物なのか。たまりにたまった時の千冬姉の洗濯物も、あれくらいコンパクトに畳めたらなあ。
ボタン一つで手のひらサイズにとか、羨ましいぞ。後それ、イヤリングじゃなくてイヤーカフスって言うんだな。
「……あなた、何を考えていますの?」
「千冬姉の……いや、何でもない。そんなふうに使えたらなって思っただけだ」
成人した姉の洗濯物を弟が洗っている……と言うのは流石にまずいだろう。
「織斑先生の? 使う? ……っ!? ま、まさか貴方、暮桜を使う気ですの!?」
だが、とんでもない方向に彼女は誤解してしまった。……暮桜。千冬姉が日本代表として戦っていた時のIS。
現在は何処にあるのか知らないが、ひょっとしたら千冬姉がまだ持っているのだろうか。……あ。
「お、織斑君が暮桜を使うの!? そ、そんな事、できるの?」
「で、でもでも、姉弟ならひょっとして……」
「こ、この目で暮桜を見れちゃうのかな!? 確か暮桜って、千冬様の引退後は公式の場に出てこないけど……」
や、やばい。これはやばい。幾らなんでもこの誤解はやば過ぎる。
俺に与えられる専用機がどんな物かは知らないが、暮桜では無い……だろう。な、何と言えばいいだろうか?
「飯時に、何を馬鹿騒ぎをしている」
……うん、鬼教師の登場だ。流石に皆も黙るけど、俺とセシリアに視線が集中する。
「おい、織斑。オルコット。何があった、説明しろ」
「え、ええと……その……」
「あ、あの……」
……。結局俺に与えられるISは暮桜では無いと判明し、誤解も解けた。
ちなみに俺達は『馬鹿な誤解を広めかけた罰』として出席簿五連撃をくらう事になった。
「くうっ……わ、わたくしの頭をポンポンと……」
「オルコット、流石は英国代表候補生だな。まだ足りんか」
「い、いいえ! 結構ですわ!」
そして俺は、セシリアから思いっきり睨まれた。無言だが『貴方のせいで……!』って言うオーラが感じられる。
このオーラが弾丸になったのなら、大和も一撃で轟沈間違い無しだろう。
「さてと、しっかりと昼食はとっておけよ。あと、授業には遅れるな」
そう言って、千冬姉は去っていった。……そう言えば今は、昼食の時間だった。セシリアの来襲で、すっかり忘れてたぜ。
「……」
食堂に行くか、と立ち上がった所で箒と視線が合った。不機嫌そうだが……何でだ? お、そうだ。
「なあ箒、昼食はとったか?」
「……まだだ」
「なら、一緒に行かないか?」
「……」
だから、何で睨むんだよ。怖いぞ。
「なあ、皆も一緒に行かないかー?」
周りに呼びかけてみると、次々と参加者が出てくる。おお、凄いな。食べる途中の女子を除き、5~6人はいる。
「なあ。皆もいるし、行こうぜ。遅くなったけど、皆で行けば怖くない……なんてな」
「っ!」
少々強引に腕を組み、連れて行こうとする。こいつにはこういうのが有効――なのだが。
「い、痛え……」
次の瞬間、腕を肘の辺りを中心に曲げられ、投げられた。それを理解して数瞬後、痛みが襲ってくる。
「お、織斑君を投げ飛ばした?」
「IS使ったわけじゃない……よね?」
「確かあの娘、剣道で日本一だったってミカが言ってたけど……柔道もできるの?」
まずい、周囲の女生徒がドン引きだ。ちなみに今のは柔道ではなく、古武術だな。
「わ、私達、やっぱり教室で食べるね!」
「も、もう時間遅いし! 食堂もいっぱいだろうし!!」
あ、女子が蜘蛛の子を散らすように去って行く……。ったく。しょうがないな。
「箒。お前、日替わり定食でいいか?」
私は、一夏に連れられて食堂に来ていた。……私の手を無理矢理に引っ張る、と言うかなり強引なやり方ではあったが。
「べ、別に何でもいい」
「お前なあ、少しは愛想良くしろよ。すぐに孤立するんだからな。せっかく打ち解けさせようとしたのによ」
……言われなくても、私をクラスの皆に打ち解けさせようと言う意図は理解できる。正直、私を気にかけてくれるのは嬉しいのだが。
「わ、私は別に……頼んだ覚えは無い!」
正直に言うのは気恥ずかしく、こんな反応しか返せない。
先ほどまで女子に囲まれていたのを見ていた時の感情が、まだ尾を引いていると言うのもあるが。
さ、誘うならば昼一番に誘って欲しかった……と言うのが贅沢なのは解っているのだが。
「俺だって頼まれた覚えはねえよ。でもな、箒だからしてるんだぞ俺は」
「な、何だそれは……」
と、というかだな、周りの女子が見ているのに気づけ。さ、さっきからずっと手を握ったままだぞ。そ、その……い、嫌では、ないが。
「篠ノ之のおじさんやおばさんには世話になったし、幼馴染みで同門なんだ。このくらいのおせっかいは焼かせろ」
……。どうしてこいつは、こんな事を自然にやれるのだろうか。昔からそうだったが、今も変わらないのだな。
「そ、その……ありが」
「はい、日替わり二つお待ち」
「ありがとう、おばちゃん。おお、うまそうだ」
……き、貴様。人が礼を言っているのだから聞いておけ!!
「おお。この鯖の塩焼き、脂がのってて美味いな」
「……そうだな」
「ISの授業って、難しくないか?」
「まあ、容易くは無いな」
向かい合いながら、私達は日替わり定食を食べていた。……何か話題は無いだろうか。黙って食事というのも、悪くは無いが。
さっきから一夏が話しかけ、私が少しだけ相槌を打つだけだ。――そ、そうだ。放課後に剣道場に誘おう!
「そ、そのだな一夏――」
「ねえ、貴方が織斑君?」
何とか口を開いたが、横から口を挟まれた。リボンの色から察するに、三年生のようだが。
「ええ、そうですけど?」
「貴方、英国の国家代表候補生と戦う事になったんですって? 私が、ISの事を教えてあげようか?」
な、何だと!?
「あ……。気持ちはありがたいんですけど、ISを教えてくれる役目はもう先約が。同級生なんですけど」
よし。よし。よく断った。えらいぞ!!
「ふーん。でも一年生じゃ、そんなにISを動かした経験は無いでしょ? ISって稼働時間がモノを言うの。
一般生徒同士ならまだしも、代表候補生相手だときついわよ?」
「なるほど……」
三年生の言葉に、やや揺らいでいる一夏。――き、貴様、ぶれてどうする!
お前から私に『箒に、どうしてもISの事を教えて欲しい』と言ったのだろうが!
※一部、脚色されています
「……お言葉ですが、一夏には私が教える事になっていますので。結構です」
先輩なので、一応敬語を使う。
あちらも私を睨んできたが、その程度の眼力、千冬さんや師にして父・篠ノ之柳韻に比べれば気にならない。
「あら、貴女が教えるの? でも、私の方が上手く教えられると思うけどなあ?」
さて、どうやってこの先輩を撃退した物か。……。一つ思い浮かんだが、これは……。
「貴女、別に代表候補生ってわけじゃあないんでしょう? だったら……」
「……私は、篠ノ之束の妹ですから」
「え……篠ノ之って……ええええっ!? そ、そう。それならしょうがないわね」
思わず言い終わった後に少しだけ後悔したが。効果は絶大だったようで、その先輩は尻尾を巻いて逃げ出した。
……自己嫌悪が、私を包む。あれだけ姉を嫌っていながら、必要な時にはその名前を口にしてしまう自分に……。
「……箒?」
「な、何だ」
「大丈夫か? 何かすっげえ辛そうな顔してるけど」
「し、心配はいらん。それより一夏、今日の放課後に剣道場に来い」
「剣道場? 何処あるか知らないぞ?」
何を不思議そうな顔をしている。そもそも、お前も剣の道を志す者なのだから道場の位置くらいは自分から聞くべきだろうに。
「私が連れて行く。今のお前がどれほどの腕前なのか、試してやる。いいな、忘れるなよ!」
「……と言う事ですので、場所と竹刀、それと防具をお借りしたいのですが」
放課後。私は着替え終わると、一夏との試合の申し込みに行っていた。
私は既に入部届けを出しているので問題ないが、一夏は無理だ。部外者と剣を交える以上、許可は必要だからな。
……しかし一夏め、急に寮生活が決まったのだから仕方が無いとは言え。防具や竹刀は常に持っておくべきだろうに。
「んー? まあ、織斑君の腕前って言うのを? 見たくもあるね? じゃあ更衣室で着替えてきてもらおうか?
籠があったから、その中に入れておけば良いよ?」
しかし何故この人の語尾は、全てが疑問形なのだろうか。……まあそれは良いか。
「では一夏、そこで着替えて来い」
「わ、解った」
……ふふ、どれほど強くなっているのか楽しみだ。以前は私を上回る腕だったが、私も力量は上がっている。
……久しぶりに、気分が高揚する試合だな。
「……」
私は、目の前が信じられないでいた。一夏と剣を交えるのは、転校してしまった日の前日以来。
あの頃から数年間、私は剣道に打ち込んできた。まだまだ未熟ではあるが、腕はかなり上がっただろう。――だが。
「どういう、事だ」
一夏は、私になすすべなく敗れた。それも、一夏も腕が上がっていたが私が上回っていたと言う物ではない。
防具や竹刀が合っていなかったと言う物でもない。剣を、かなり長い事握っていないのが明白だった。
「どうしてここまで弱くなっている!!」
「……受験勉強していたから、かな?」
「そんな代物ではないだろう! 剣道部で何をやっていた!!」
「いや、俺は剣道部じゃなくて帰宅部だ。それも、三年連続皆勤賞」
……なん、だと?
「……なおす」
「え?」
「鍛えなおす! よもや剣を捨てているとは! あれほど打ち込んでいたというのに!」
「そういわれても、なあ……」
「!」
その態度が、また私の怒りを煽った。……そして私は、気がつけば剣道場を出て寮にむかっていた。
「まったく……! 何なのだ、あの体たらくは!」
「篠ノ之さん。ちょっと、良い?」
「……何だ」
そこに現れたのは、隣室の生徒・宇月だった。何の用事だ。私は今、友好的に対応する余裕が無いのだが。
「織斑君の、部活に関してなんだけど。中学時代の同級生としては、少し補足しておきたい事があって」
……補足だと? 今更、何を補足するというんだ。そういえば見学者が多くいたが。彼女も見ていたのか。
「どうやら、貴女はクラス分けの時の女子の輪にいなかったみたいだから知らないのも無理は無いけど……」
……まあ、私は一夏と視線が会った時、情けない話だが駆け出してしまったからな。
女子の輪と言うのは……一夏の事を聞かれたのだろうが。確かに私は、その内容を知らない。
「中学時代、ずっとバイトしてたらしいわよ」
「バイト……だと?」
そんなに生活に困窮していたのだろうか?
「……ここから先は、貴女だけにする話よ。絶対、人には言わないでね」
「あ、ああ」
何処か気圧される物を感じて、私は頷いた。
そして私達は、1026号室にいた。聞かれたくない話だから、と言う事だが。……彼女は、一夏のことに詳しいのだな。
「さて、と。織斑君と貴女は幼馴染みだって話だけど……。じゃあ、彼の両親が居ないことは知ってるわよね?」
「……ああ」
「じゃあ、お姉さん……織斑先生が、弟を養ってきた事も?」
「ああ」
私達と出会った頃は兎も角、ISの日本代表になってからは恐らくそうであったのだろうと推測できる。
だが、何故一夏がバイトをする必要があるのだろうか。私も正確な事は知らないが、国家代表がそんなに低い給料だとは思えないのだが。
「貴女も彼の性格を知ってるから解ると思うけど。織斑君は、お姉さんの世話になりっぱなしの状況に甘えるような性格かしら?」
「いや。あいつの事だから、千冬さんの助けになろうと――っ!?」
まさか……そういう事、なのか?
「そういう事よ。もっとも、お姉さんは弟の稼ぎに手を付けずにいたみたいだけどね」
「……」
……。私は、自らの愚かさを呪った。一夏は、剣道を捨てたわけじゃない。――そんな余裕が、消えていたんだ。
……。そして宇月の言葉はなおも続いた。一夏が中学を出たら働こうとしていた事。そしてそれを千冬さんが止めた事。
ならば、と学費が安く卒業後の進路も万全だと言う私立・藍越学園を受けようとしていた事。
そしてその受験会場を間違えた事でISへの適性保持……つまりは動かせる事が発覚し、今に至ると言う事を。
それは、ニュースなどでも報じられていない真実だった。報道規制があるのかも、とは宇月の言葉だが。
「……」
そしてそれを聞き、自分の顔が青くなるのが鏡を見ずとも解った。わ、私は……!!
「辛い事言って、ごめんなさい。でも、誤解したままじゃお互いに良くないと思ったし。
織斑君じゃ、貴女にだってこんな事はあまり打ち明けないと思うしね」
「いや、ありがとう。よく教えてくれた」
お互い、素直に頭を下げた。……彼女には正直、私の知らない一夏を知っていると言う事で少し悪い感情もあった。
だがそれは、今霧散した気がする。だがそれと同時に、少し羨ましくもあった。
「……もしも私が一夏や宇月と同じ中学だったのなら、そんな事情も分かり合えたのだろうか」
思わず、そんな言葉が漏れた。自分自身のことに手一杯だった私。そんな自分が、途端に小さく思えてきたのだ。
「さあ。私も、今の情報の幾つかは又聞きだし。中学三年の時にクラス委員長じゃなかったら、先生から相談もされなかったし。
受験勉強で忙しかったから、織斑君の事情に関わる事も無かったと思うけど。まあ貴女がいたらどうなるか、なんて解らないわ。
だけど――もしも貴女がいたら、貴女は織斑君のために必死になった、とは思うわね」
そういいきる彼女は。透き通るような、笑顔だった。
「ありがとう、宇月。では、これで」
「ほ、箒!?」
「い、一夏……!」
「お、おう」
彼女に礼を言い、1026号室のドアを開けると、すぐそこに一夏がいた。な、なんというタイミングだ。
「そ、その、一夏。あの、だな」
「なあ、箒」
謝罪を口にしようとしたが、一夏に機先を制される。な、何だ。
「俺を、鍛えなおしてくれないか」
「……な、何?」
鍛え……なおす?
「今更、か」
ああああ、どうして私は! こんな事を言いたいわけではないのに!
「まあ、長い事剣を握っていなかったって言うのは確かだから、確かに今更だな。だけど、このままじゃ男として情けないからな」
……そ、そうか! 剣を握っていなかったとは言え、気概までは失っていなかったのだな!
「うむ! ならば、明日から鍛えなおしてやる! 放課後は、ちゃんと空けておくのだぞ」
「おう! ……あ。でも、箒の方は良いのか? 剣道部に入ったんだから、あまり俺の事に感けてると……」
「いや、それは気にするな。次の月曜日にはオルコットとの一戦なのだからな」
「そうか。じゃあ、よろしく頼むぞ!!」
「任せておけ!」
決意を込めた笑顔で笑いあい。私達は、自室へと入るのだった。
「……ふう。何なのよあのラブコメ幼馴染みコンビは」
幼馴染み達の仲直りを聞き終え、二人が自室に入ったのを見て私は部屋を出た。
「というか、何でフォローしてるんだろう。私……今度は、当事者じゃないけど」
……ちくん。もう癒えたと思った幼い頃の傷が、少し痛む。……さてと、コーラでも買ってこようかしら。
「あれ、売り切れ?」
自販機を見ると、売り切れマークが出ていた。この学園のことだからすぐに補充が来るだろうけど、少し悔しい。
「ねえねえ貴女、ちょっと良いかしら」
「あ。あの時の先輩?」
「あら、貴方はあの時の。……そう言えば、私の名前はまだ教えてなかったかしら。私は黛薫子、二年生よ。よろしくね」
この人、クラス分け発表の時に織斑君が何故ISを動かせるのか? って聞いてきた人だ。
そして渡された名刺には、IS学園新聞部副部長とあった。そういえば、インタビューとか手馴れている感じはしたけど。
「黛先輩、ですか。……今日は、何を?」
十中八九、織斑君の事だろうけど。私に聞くくらいなら、彼に直接聞いた方が良いような。
「うん。織斑君が、英国代表候補生のオルコットさんと代表決定戦をやるって聞いてね。今、その為のインタビューを集めてるのよ」
「インタビュー?」
「そう。どっちが勝つと思うか、どっちに勝って欲しいかって言うインタビュー」
「はあ……」
どっちが勝つか……。なら、ほぼ100%オルコットさんだろう。と言うか、織斑君が勝つ方法が見えない。
織斑先生が特別訓練をするとか、そういった事でもしなければ無理だろう。
「で、で。織斑君の中学時代からのクラスメイトである貴女は、どちらが勝つと思うの?」
「オルコットさんです」
その途端、先輩は面白く無さそうな表情になった。
「うーん、皆回答はオルコットさんね。織斑君って言う人は、一人もいないわ」
あー、やっぱりね。まあクラス中に聞いても多分……あ、一人はいるか。でも他の皆はオルコットさんって言うでしょうし。
「あ」
「あら」
用事があると言うフランチェスカとは無理な為、一人で食堂に向かった私が出会ったのは、オルコットさんだった。
トレイの上に乗せられているのは……。ちょっとよく解らない。イギリス料理なのかもしれないけど、パンとローストビーフと……。
普通とは色の違うプリン――いや、イギリスだからプディングと言うべきかしら? それくらいしか判別できなかった。
「宇月さん、こんばんわ。あの男の手伝いは、よろしいのかしら?」
「こんばんわ、オルコットさん。いいえ、私はもう別に彼を手伝う気は無いから。彼の幼馴染みが、しっかりやってくれるでしょう」
それなりにちゃんと挨拶をされたから、丁寧に返す。私は彼の専属スタッフでも何でもないのだけど。
いつの間にか彼女の中では、私は織斑君の仲間になっているらしい。
まあ本意ではなかったとは言え、彼と女生徒との仲介までやったのだから誤解するのも無理もないわね。
「ふふ……。まだ私と競い合う気なのかしら。男のくせにISを使うだけでも生意気だと言うのに……。
私に恥をかかせた分も、きっちりとお返しさせますわ」
「……」
正直、今の言葉はムッとした。私が一番嫌なのが○○のくせに、と言う奴だ。
それに正当な理由でもあれば兎も角、今の彼女の言葉には侮蔑の意識しかない。暮桜の誤解だって、織斑君がそう仕向けたわけじゃないし。
「オルコットさん。貴女、織斑君に必要以上に敵意を抱いてないかしら?」
何とか怒りを抑え、話題をそらす。ちゃんとした答えが返ってはこないでしょうけど……
「……宇月さん。その答えを聞きたいんですの?」
気のせいか、さっきまでの傲慢さは消え。目からも、強い意志を感じ取れるようになった。……え、何か不味い事を聞いたのかしら?
「貴女は確か1026号室でしたわね。――夕食後、寄らせていただきますわよ?」
「え……?」
それを決定事項のように告げ。彼女は去っていった。
「……どうぞ」
「ありがとう」
夕食後。宣言どおり、オルコットさんは私の部屋に来た。フランチェスカはまだ戻らず、二人きり。
今は、食堂から持って来たフルーツジュースを出した所。流石に、イギリス人相手に紅茶を出せるほど度胸は無い。
「……さてと。私が、あの男に敵意を抱いているか、と言うお話でしたわね?」
「ええ」
正直、ちゃんと答えが返ってくるとは思っていなかったんです……とは言えない雰囲気だった。
「敵意、と言う言葉は適切ではありませんわ。――ただ、あの男は自分の境遇についてあまりにも不勉強なので」
不勉強?
「ISについて事前に学ぶわけでもなく。自己紹介があったにも拘らず知らないと言ったように、周囲の人物に対して気を配るでもなく。
その上、部屋ではルームメイトと痴話喧嘩をしていると聞いています。そのような男に、敬意を表す意味はありますの?」
……言葉どおりに受け止めれば、そうなりそうだけど。まずは検証してみよう。
「事前に学んでない、と言うのはある程度しょうがないけど。必読と書かれた参考書を捨てた、って言うのには耳を疑ったわね」
「そうでしょう?」
間違えて捨てた事に気付いたなら、再発行してもらえば良かったのに。
まあ、色々ありすぎてそこまで頭が回らなかったのかもしれないけど。それとも、何とかなるかと楽観していたのもあるのかもしれない。
それなら、受験で苦労してきた私達一般入学生からすれば、甘すぎるけどね。……さて、次はと。
「周囲の人物については、それどころじゃなかったみたいよ。織斑先生の事も、知らなかったみたいだし」
「何ですの、それ。姉の職業を、知らなかったと?」
かなり疑わしそうに見るが、それも仕方が無い。むしろ、何をして稼いでいたのかと思わなかったのだろうか。
これについては部屋を案内している途中に聞いたのだけど、嘘を言っているようには思えなかったし……。まあ、次に行こう。
「最後だけど。痴話喧嘩、って言うよりは空回りといった方が適切な気がするわね」
とは言え、篠ノ之さんにも問題はないわけじゃない。竹刀を持ち出すのは、やりすぎだろう。
「……随分と、肩を持ちますのね」
「そういうんじゃないんだけど……。代表候補生である貴女から見れば、歯痒く感じるのも無理は無いわね」
と言うか、何で私がここまで巻き込まれないといけないんだろうとは思う。
「ふふ、お分かり頂けたようですわね。大体、わたくしの話に耳を傾けないというのが不思議ですわ。
わざわざ仰々しく話しかけたと言うのに、反応なしだなんて」
ちょっと待った、アレ演技だったの? イギリス人の貴女が仰々しく、なんて言い回しを使ったのにも驚いたけど。
と言うか、わざわざ反応を確かめたかったの?
「やはり男と言うのは、あの程度の物なのでしょうか。世界最強の女性の弟とは言え、所詮は極東の島国の生まれですし……」
……あ、駄目だ。収まったと思ってた怒りが、爆発した。
「そういえば宇月さん。一応聞いておきますが。貴女は来週のクラス代表決定戦、どちらが勝つと思っていますの?」
「……まあ、確かに織斑君が勝つとは思えないけど」
「ふっ……。当然ですわ」
自分の実力を認められていると思ったのか、彼女の態度が柔らかくなる。……だけど。
「ただ私は、貴女よりも好ましい性格をしている彼に勝って欲しいと思ってます。あくまで願望ですが」
「なっ!?」
丁寧に言い終わってから少しだけ後悔したが。でも、吐いた言葉はもう戻せない。
「どういうことですの、それは……」
「私も日本人ですから。極東の島国呼ばわりは、ムッときたんです」
「そ、それは……! あ、貴女はそれだけであの男の方がクラス代表に相応しいと言いますの!?」
それだけ、じゃないんだけどね。まあ、そもそも……。
「実力的には、貴女の方が相応しいでしょう。搭乗時間、専用機を持っているという事、国家代表候補生であると言うこと。
貴女の言葉を借りるなら『素人』の織斑君よりは、貴女の方が相応しいです。
まあ織斑君が、鈍感で唐変木の、事前知識もないIS初心者なのは否定はしませんが」
「わ、わたくしはそこまで言っていませんわよ!?」
あれ、そうだったかしら?
「ただ、オルコットさん。一人の男性を見て、一人の日本人を見て、それだけで男性や日本人の印象を決め付けるとは。
英国代表候補生は、随分と狭い視野をお持ちなのだなと思われますよ?」
「……一人の男、ではありませんわよ?」
怒るわけでもなく、苦しげな……なんともいえない表情になるオルコットさん。
彼女の男性観を決めた、何かがあったのかしら? 友人関係か、兄弟……あるいは父親か。
「そうですか。――ただ、貴女の左耳にあるイヤーカフス……ブルー・ティアーズ。
それの中枢たるコアを作った人は誰なのか、何処の国の人なのかは思い出して欲しいと思います」
「え……あ!?」
気付いたようだ。この辺りの速さは流石は代表候補生、と言った所か。
「あ、貴女はわたくしの失言をもって相応しくないと言いますの!?」
「勘違いしないで下さい。少なくとも、彼は貴女がイギリス人であろうと日本人であろうとそれについて何か悪し様に言う事は無い。
それが私にとっては好ましいと言うだけです。それ以外の何物でもありません。
それと、多種多様な人種・国籍の生徒からなるIS学園のクラスの纏め役としても、相応しいと思うだけです」
まあ、彼にも欠点がないわけじゃないが。少なくとも、こう言う事は言わないだけ私にとってはマシだ。
「……よく解りましたわ。せいぜい、あの男の勝利を祈っていればよろしいでしょう」
……正直な話、これらは私の個人的な考えであり、他人に押し付ける気など更々無いのだけど。
オルコットさんはそう捉えなかったようで。笑顔で、しかし目は笑っていないまま私達の部屋より去った。
「……はあ、またやっちゃった。あの時、決闘に乗った織斑君を笑えないわね」
ドアが閉まると、溜息が出る。自分でも自覚する悪癖に、苦笑するしかない。だが。
「こうなったら、意地でも織斑君に勝って貰わないとね」
あそこまで言ってしまった以上、彼女は私を敵視してきそうだし。……エゴイスティックだが、織斑君に勝って貰わないとね。
「……あのー、まだ検査ですか?」
「あと心電図と、消化器検査で終わりです」
ISを動かせる事が解って数日、俺は検査漬けだった。織斑一夏もそうだったのだろうか。……すげえ、よくこなしたもんだな。
「女性親族の遺伝子データは? 他のIS操縦者との共通項をチェックしておけ!!」
「骨格データ、原寸大模型できました! 織斑一夏との比較できます!!」
「血液検査データ、どこ!? 他の男性との比較データ取るのに必要なのに!!」
……そして周囲も、喧騒に包まれていた。医学者やら生理学者やら、ISの研究者やら。
人体とISに関する、色々な分野の科学者が一同に介しているらしい。男女・分野・年齢を問わず、熱意に溢れている。
「……何か、凄いですね」
「君の存在は、ある意味では世界を変えてしまうのだからな。無理も無いさ」
心理療法士の海原(うなばら)、って名乗ったおじさんが話しかけてくる。
ストレスが溜まりがちな俺の話をよく聞いてくれる人だが、自分から話すのは珍しいな。
「何で俺が? 織斑一夏なら、兎も角。俺は二番目ですよ?」
「ああ、だが織斑一夏の場合は特殊だ。姉が、あの織斑千冬なのだからね。しかし君は違う。身内にIS操縦者も関係者もいない。
全くの関係ない所から現れた、IS操縦適性を保持する男性だ。何故、君が選ばれたのか。それが判明すれば……」
「男もISを扱えるようになる、と?」
「ああ」
男もISを、か。もしそうなれば。
「空を自由に飛べたらな、か」
某ネコ型ロボットの歌を、少しだけ変えて歌ってみる。俺も、空を飛ぶ事に興味がなかったわけじゃないが。
実際に何度か試験飛行と言う名目で飛んでみると、想像以上にワクワクした。今までは、女性だけの特権だった『ISで空を飛ぶ』事。
それが、男性にも出来るなら。この試験や検査の山も、まあいいか……という気分になるな。
「心電図、とりますよ!! その後は消化器検査!!」
「すいません、脳波検査追加!! あと各種ホルモン分泌の再検査も追加!!」
「IS装着時と非装着時の脳波データ比較、各種運動試験も追加!!」
「ハイパーセンサーとのリンクデータ、もう一度取って!! 何処かデータがおかしいの!!」
……前言撤回。俺の頭には、そんな言葉が浮かんでいるのだった。