「ふー。くたびれたなあ」
セシリアとの買い物を最後にし、俺達は学園に戻った。学園に通じるモノレールの中には、俺達と同じ目的らしき生徒がいて。
そして、事務の人らしい姿もある。
「お疲れ様、織斑君。少しは息抜きできたかしら。そういえば、五反田君に会ったって聞いたけど」
「ああ、まさか弾に会うとは思わなかったぜ。それにしても、皆買い込んだなあ……」
箒はやや少なめだが、宇月さんは袋三つ。他の三人に至っては、袋が数え切れない。
俺もある程度は持っているが、何せ俺を除いても三人分なので限界はあった。そういう事なので……。
「あたしも中国でIS学園の事は知ってたけど、カートを貸してくれるとは思わなかったわね」
荷物運搬用のカートを、駅で借りた。後日返しに行かなくてはいけないが、その手間は仕方がないだろう。
「……ふー」
夕食も終え、部屋でのんびりとお茶を飲む。箒は隣室の二人と一緒に入浴中なので、今はいない。……ん? ノックがしたぞ?
「開いてるぞ、どうぞー? ……え?」
ドアを開けて入ってきたのは。のほほんさん、更識さん、そして安芸野だった。……どういう組み合わせだ?
「いらっしゃい。……どうしたんだ、三人とも」
「いや、俺は部屋の前でばったりと会っただけだ。ちょっと織斑に話があったんでな。で……」
「私達もー、同じだしー。色々と話そうと思ったのだよー」
なるほど、な。
「じゃあ、ベッドにでも座っててくれよ。お茶、出すからさ」
お湯を沸かして三人分のお茶(温め)を淹れていくと同時に、紙コップを取り出す。
俺の部屋は物珍しさからか来訪者が多く、お茶を出そうにも、茶碗が足りない時があるのでこうやって紙コップを使っている。
勿論、自分用のコップや茶碗(+飲み物)を持ってくる人もいるんだけどな。
「それで、話って何だ?」
温めのお茶を啜りながら、のほほんさんが持ってきたクッキーを齧る。
俺と安芸野は俺のベッドに、更識さんとのほほんさんは箒のベッドに腰掛けながらの雑談だ。
「俺の方は、クラス代表としてのやり方をちょっと聞きたくてな。更識も四組の代表だし、ちょうど良かったんだが……そっちは?」
「……あ、あの。……乱入者の事について、少し」
「お、おいおい!? その話は……」
安芸野は、のほほんさんを見て慌てていた。……あー、そうか。こいつは知るわけないんだ。
「安芸野、大丈夫だ。のほほんさんは、事情を知ってる。鈴が俺を抱えて戻った時、ピットにいたからな」
「え? ……そ、そうなのか?」
書類を書かされた時も、のほほんさんや黛先輩達は俺達とは別室だったし。安芸野は知らないのも無理はないが。
「乱入者の事だけど。あれは……何だったんだろう、って思って」
「そうだよなあ。IS学園に乱入者なんて、思いもよらなかったぜ」
「確かに、な」
「そーだねー」
「一夏、帰ったぞ……む?」
と、その時箒が帰ってきた。何やらしかめっ面になるが、安芸野がいるとそれが和らぐ。
「客人か? 布仏と安芸野に、そちらは……四組代表の更識、だったか? どうしたのだ?」
「ああ、ちょっと話をな」
あ、箒はいいんだろうか? 乱入者の事は知ってるけど……。
「そういえばー。かんちゃんが言ってたけど、しののんは凄い事やっちゃったんだねー」
「う……」
「ああ。あれか。いや、驚いたぜ。いきなり箒の声がしたんだもんなあ」
「……ちょっとだけ、格好よかったけど」
「いや、私自身もあれは軽率だったと思っている。蛮勇だったよ」
千冬姉に絞られて、箒も反省したようだ。……話題を変えてみるか。
「そういえば、俺は殆ど話せなかったけど。俺達が戦線離脱してる間に来てた更識会長って、更識さんのお姉さんなんだっけ?」
事後処理の時にほんの少しだけ話をしたけど、扇子を持っている独特のセンスの人だった。
「……おりむー、それはつまらないよー」
何で解るんだ!?
「う、うん。あの人は……わ、私の姉」
「確か生徒会長だろ? って事は、あれが学園最強の生徒かよ。俺達と一つ違いなんて、到底思えないぜ」
「え、そうなのか?」
「私も知らなかったな……」
「って、何で俺より早くからこの学校にいるお前らが知らないんだよ」
あの人が生徒会長、っていうのは聞いたような気がするが、最強の生徒だとは俺も箒も知らなかった。
……いや、ISの訓練だとか色々な出会い&再会だとかで、それどころじゃなかったし?
「……」
すると、更識さんが何やら思いつめた表情になった。のほほんさんも、隣から心なしか心配そうに見ている。
「どうかしたのか、更識?」
すると意外なことに、箒が声をかけた。珍しいな、箒がそれほど親しくない人間に声をかけるなんて。
この二人、宇月さんが倒れた日に出会った後はそんなに会ってない筈だが。
「だ、大丈夫! な、何でもない……」
すると、彼女にしては珍しく大きな声が返ってきた。うーん。
「そういえば、更識先輩ってロシアの国家代表なんだってな?」
「そ、そうだけど……」
へー、ロシアの国家代表……え?
「候補生じゃなくて、か?」
「らしいな。俺のクラスの情報通が、そんな事言ってた。あいつらの人格はともかく、情報の精度は確かだぜ?」
何か凄く酷い事を言ったような気がするが、驚いたな。じゃあ、昔の千冬姉と同じって事か……。
「凄い姉なんだな……って、織斑や篠ノ之もそうか」
「そうだな。……あ、のほほんさんも姉がいるんだよな?」
「そうだよー。織斑先生ほどじゃないけど、厳しいお姉ちゃんだよー」
「え。じゃあこの部屋に今いる人間で姉がいないの、俺だけか?」
そうなるんだろうな。宇月さんやのほほんさんを指導したという、彼女の姉。どんな人なんだろうか。
のほほんさん曰く『千冬姉ほどじゃないけど厳しい』人らしいが。
「……まあ、それは別にいい事では無いか。国家代表だろうとなんだろうと、関係は無い。更識がどう思うか、だ」
すると、箒が無理矢理話題を変えた。そういえば以前、束さんが箒の姉だと判明した時。
何か箒は『関係ない!』って叫んだけど、箒と束さんって仲が悪かったっけ? えーーと……。
「私の姉は……完璧で、凄い人。……でも、いつかは追いつきたい」
「……かんちゃん?」
ぼそっ、と呟いた更識さん。だがそれを聞いたのほほんさんが、信じられないような表情で彼女を見ていた。
今の言葉、そんなに意外だったのか? 別に、変な所は無かったように感じるんだけど……。
「追いつきたい、か」
俺は千冬姉の場所にいつかは追いつけるのだろうか。……まあ、更識さん達よりも更に距離を空けられてるけどな。
「あ。そういう意味では、俺と一緒、だな」
「……え?」
「織斑と更識が、一緒?」
「ああ。姉の後を追いかけて。追いつこうとしている所がだよ」
「なるほどなあ。まあ更識のほうが先に追いつくかもしれないけどな」
「わ、私が……?」
「そりゃそうだよ。こいつなんて目標があの織斑先生だぜ? 一体どうやったら追いつくって言うんだよ?
元・世界最強の『ブリュンヒルデ』に追いつくなんて、今の織斑じゃ夢のまた夢だぞ?」
「安芸野、はっきり言うなよ。……凹むぞ」
俺がちょっとおどけて言った途端、皆が微妙な表情になった。……あれ、外したか?
「そ、そういえば、前から気になってたんだけど。本音のことをのほほん……とか言っていたけど。
本音も貴方の事を『おりむー』とか呼んでるし。あだ名で呼び合ってるの?」
話題を変えるように更識さんが尋ねてきたが。まあ、あだ名だよな。でも……。
「いや、最初は本名知らなかったし。そっちの方が合ってるから、何となくそのまま……」
「え~~~~!?」
お、驚いた。あの、のほほんさんが! いつもの様子からは想像できないほど大声をあげた!!
「酷い~~! あだ名で私を呼ぶから、私の事が好きなんだと思ってた~~!!」
な、何だそれ!? そ、そうなのか? っていかん、のほほんさんが涙目に!?
「本音、嘘泣きは止めて」
「えへへ」
って、嘘泣きだったのかよ。本音なのに嘘泣き、とはこれいかに。
「……布仏も一夏も下らん冗談はよせ」
と箒に突っ込まれる。何故解るのか、そして何故睨まれなければならないのか。
「逆鱗すれすれのギャグだったな、今のは」
逆鱗? なんで今のギャグで怒る奴がいるんだよ、安芸野?
「またまたこんばんわだよー、おりむー」
「のほほんさん?」
しばらく話をしていた三人が去ってから一時間ほどして。俺達が勉強をしている最中に、のほほんさんが戻ってきた。……忘れ物か?
「おりむー。もうちょっとー、かんちゃんとお話してほしいんだー」
「更識さんと?」
「……お願い、おりむー」
のほほんさんは、さっきの嘘泣きの時とは別人のように真剣だった。その時、ふと部屋に設置された時計を見ると。
「お、おいおい。消灯時刻が近いぞ? そろそろ戻った方が……」
「だいじょーぶだよ」
そういってダボダボの袖から取り出したのは、一枚の書類だった。
「何だこれ……えーーと、談話室使用延長許可書? あ、千冬姉の判子とサインもあるな」
「少し遅くなっても、許可を取ってあるから大丈夫だよー」
千冬姉の許可を得ているのか、なら問題ないな。――しょうがないな、まあ急いでやるわけじゃないし。
「解ったよ、じゃあ行って来る」
「い、一夏! べ、勉強はどうするのだ!」
箒がなにやら慌てた様子で俺を止めるが。……なんで慌てる必要があるんだろうか?
予習とかは終わっているし、後は今日必ずやらなくてはいけない、って勉強じゃない筈なんだが。
「まあ、しょうがないだろ。わざわざ千冬姉の許可まで貰ってるんだし。無駄には出来ないだろ?」
「ぐ、ぐぬぬ……。な、ならば私も――」
「ごめんねしののん、おりむーだけにしてくれないかな。かんちゃんにとって、大事な話なんだよ」
「の、布仏……?」
のほほんさんが、完璧ともいえる礼で箒に謝る。彼女らしからぬ態度からは、並々ならぬ真剣さが窺え。
「……分かった、私こそ短慮だった。一夏、行ってこい」
「ああ」
箒も折れたのだった。しかし、のほほんさんがここまでの態度をとるなんて意外だったが。
「それで、肝心の更識さんは何処なんだ?」
なぜか、本人がいなかった。俺とは親しいわけじゃないけど乱入者とは一緒に戦った仲だし、もう少し仲良くしたいんだが……。
「えっとねー。談話室だよー」
「連れて来たよー」
「……ありがとう、本音」
談話室。初めて入るそこは、テーブルと落ち着いたインテリアに囲まれた洋風の部屋だった。
「それじゃー。後は若い二人に任せるよー」
「お見合いかよっ!?」
それじゃごゆっくりー、と言いながらのほほんさんは去って行く。……ふう。
「それで、更識さん。話って、何だ?」
「あの……その……お、織斑先生の事なんだけど」
もしかして彼女も、千冬姉のファンなんだろうか。彼女は日本の代表候補生――千冬姉の後継者(候補)になるわけだし。
「お、織斑先生って凄いけど……。嫌、じゃないの?」
……え?
「いや、って?」
暴力的だから嫌だとか、あるいは家事全般が全然駄目なのが嫌だとか、って意味か? そんな事は無いけど。
「く、比べられたりとか……その……」
ああ、そういう事か。実際、そういう事が無かったわけじゃないけど。
「だ、だから秘密だったんじゃないの……?」
実際、千冬姉が俺の実姉である事はごく一部の友達以外には秘密だった。宇月さんでさえ、知らなかっただろうからな。
だけど、そういうのとは違う。俺が千冬姉と姉弟である事を隠していたのは、別の理由がある。……口には出せないけど。
「まあ、嫌じゃないよ。それに俺が織斑千冬の弟、っていうのは変わらないわけだし。逃げられないわけだしな」
「逃げ……られない?」
「ああ。仮に千冬姉が結婚しても、俺と戸籍上の縁が切れたりしても。今までの姉弟って関係が無くなるわけじゃないしな」
「でも、完璧な姉っていうのは――」
完璧? 千冬姉が? ……ぷっ。
「な、何がおかしいの?」
少し険しい目つきになった。しまった、ここで笑うのはいくら何でも『更識さんに』失礼だったな。
「わ、悪い。でも、千冬姉は完璧なんかじゃないぜ?」
「え?」
学園内ではピシッとしてるみたいだけど。実家じゃ本当にぐうたらな一面がある。
下着さえ自分で洗わないし、そのくせ下着が他の洗濯物と混じって痛んでいたら怒るし。
「で、でも、織斑先生は……」
俺の思いがけなかったであろう一言に困惑する更識さん。まあ、無理も無いけど……。
「ここから先は、絶対に秘密にしてほしいんだが」
「……?」
「俺、実は家では千冬姉の下着を洗ってたんだ」
「……は?」
何を言い出すのか、といった表情の簪さん。それも当然だろうけど、もう少しだけ聞いてくれ。
「……そう、だったの」
全く予想外だった千冬姉の一面の『一部』を話しただけで目を丸くする更識さん。まあ、それはそうだろうけど。
「あの千冬姉だって、そんな所があるんだよ。俺は千冬姉は大好きだし、尊敬してるけど。完璧だ、とは思わない」
「……」
意外そうな表情で俺を見る更識さん。うーん、彼女達の事は知らないけど、そんなに比べられたりしたのか?
まあ姉弟と姉妹、あるいは九歳差の俺達と年子(※お姉さんが二年生らしいから)の更識さん達で違うのかもしれないけど。
「お姉さんって、完璧なのか?」
「う、うん」
「まあ俺は更識会長の事は全然知らないけどさ、千冬姉みたいな所あるんじゃないのか?」
「……」
思いつかないようだった。……本当に完全無欠なのかな? それとも、思いつかないだけなんだろうか。
「……あ、編み物」
「編み物?」
「お姉ちゃん……編み物、苦手」
「そうか、会長は編み物が苦手なのか……。じゃあさ、編み物を得意にすれば良いんじゃないのか?」
……我ながら発想が単純だが、出てしまった唾は飲み込めない。これでどうだ、と言った事なんだが。
「……発想が単純」
「ぐはっ!」
予想通りの答えが返ってきた。ただ、ショックはでかかった。
「……そういえば、俺も更識さんに聞いてみたかったんだけど。乱入者と戦ってる時、通信なしでいきなり突撃したよな。
あれって、何でいきなり突撃したんだ? 俺も安芸野も、多分セシリアや鈴も結構驚いたんだけど」
「あ、あれはその……必要、だと思ったから。それに、限界が見えてきてたし……」
「限界って……あ、エネルギーか?」
俺の言葉に、更識さんは頷く。そうだよなあ、更識さんや安芸野はずっと戦いっぱなしで、俺や鈴のように補給をしてなかったし。
あの時も安芸野が『そろそろ、限界なんだよなあ』とか言ってたしな。
「それじゃ仕方ないか。でも何か、ヒーローみたいだったぜ」
「ひ、ヒーロー?」
何か妙に食いついてきたが。……どうしたんだろう?
「ああ。一か八か、皆の為に血路を開くヒーロー……って感じかな?」
「……そう」
心なしか、更識さんが嬉しそうだった。……何でだろう? 彼女の喜ぶツボがこれだったのか?
そういえば以前、弾が『お前は何で、無意識の内に女子の喜ぶツボを突くんだ!?』とか言ってたけど。こういう事か?
「あ、貴方も、ヒーローみたいだった……よ?」
「……誰が?」
「あ、貴方が」
……俺が?
「そんな事ないぜ」
「え?」
「俺は、ヒーローなんかじゃない」
もし俺がヒーローなら。箒を危険に晒したり、二機目の乱入者に倒されたりしなかった。それに――。
「俺がヒーローなら、更識さんだって、皆だってそうだろ?」
「ど……どういう事?」
何をいうのか、といった表情。あれ、気付いてないのかな?
「俺や更識さんだけじゃなく、鈴や安芸野やセシリア……会長も、一緒に乱入者と戦ったじゃないか」
何とかレンジャーとかいう、五人組のヒーローシリーズみたいに。……あれ、あの時の俺達は六人だから人数合わないかな?
ああいうのって五人って決まってるんだっけ? 例外もあるんだろうか。俺が見たことある奴は五人組だったけど。
一機目の無人機は四人で戦って、最後にセシリアが加わって五人になって。これは五人組で戦ったって言えるのかな?
二機目の時は俺と鈴が途中から合流して、戻った時には会長が加わってたから……。合計六人か?
でも実際は俺達VS二機目、更識会長VS三機目って感じだから……。駄目だ、その手の番組に詳しくない俺にはこれ以上解らない。
「人数は合うのかな?」
「人数?」
「ああ、更識さんが知ってるかどうかは解らないけど……」
……。俺は、自分の疑問を口にした。
「……ぷっ」
やっぱり、変な疑問だっただろうか?
「戦隊ヒーロー物は、五人が基本だけど、六人だったりする時もある。最初は三人で、途中から二人加わったりとかする場合もある」
「へえ。その手の番組に詳しいのか?」
「別に、そういうのじゃない、ただの基礎知識。私の見る番組は、アニメが多いし……戦隊ヒーローとはちょっと違う」
なるほど。俺はあまり詳しくないけど、どうやらアニメと戦隊ヒーロー物にも違いがあるらしかった。
そして更識さんは、アニメを好むらしい。
「織斑君は、アニメとか見ないの?」
「うーん。あんまり……というより、テレビを見ないよな」
だから、最近流行の歌手だとか言われてもさっぱり解らない。俺達の世代では、少数派なのだろうが。
「まあ、それはともかく。じゃあ、更識さんもヒーローだな」
確かああいうのは○○戦隊、○○レンジャーとか言うんだっけ? じゃあIS戦隊……。なんだろう。
「……ううん、やっぱり私はヒーローじゃない」
えー。そう……
「今は、まだ。でもいつかは、なってみたい」
かなあ、と思っていたら。……そういう事、か。
「そうか。なら、お互いに頑張ろうぜ」
「……そう、だね」
そう言いあって、俺達の話は終わった。ドアの傍で待っていたのほほんさんが心配そうに見ていたが、更識さんの顔を見ると笑顔になった。
何かよく解らないけど、少しだけ親しくなった……ような気がした。
「……以上で、今日の報告を終了します」
「ご苦労様。織斑君達、少しは気晴らしになったのかしらね?」
「ええ。更識や日本政府の警護が付けてありましたが、大きなトラブルは無かったとのことです」
生徒会室では、更識楯無に布仏虚が今日の報告をしていた。
一夏たちが学園に戻る際に見た『生徒』や『事務の人』の中には、全員では無いが警護がいたのである。
「そう、良かったわ。ただ、三組の安芸野君は良かったのかしらね?」
「運悪く、予約が降りた後に話が出てしまいましたから仕方が無いでしょう。クラスメート達にも迷惑をかけますし。
宇月さんのように、オーバーワーク気味であればそれを理由にも出来ますが」
裏で動く者達は、自らの仕事をやり終えた感触に浸っていた。――だが、
「それと……簪様についてなのですが」
「どうか、したのかしら?」
平静を装っていたが、微妙にどもる楯無。何かあったのか、と案ずるが。
「先ほどの本音からの報告では、織斑君に話を持ちかけたようです。共に戦い、少々打ち解けたようですね」
「簪ちゃんが? へえ、それは良かったじゃない」
「ええ。織斑君の女子誑しオーラに惑わされかけてるのかも、とは本音の分析でしたが」
「……ふうん、そうなの」
一見は平常であったが。その手にした扇子が、音を立てて折れた。普通の扇子ではなく、鉄線を仕込んだ代物なのだが。
「……虚ちゃん、路線変更。織斑君に近づくのに、香奈枝ちゃんを使うわよ」
その目は、紛れもなく暗部に生きる者の目であった。……もっとも、その根底にある物がシスコンでは虚にも苦笑しかないが。
「宜しいのですか?」
「元々、そのつもりだったんだしね。……まあ、悪いようにはしないわよ」
一つ年下の主君を、いつもと同じく落ち着いて眼差しで見る布仏虚。だが彼女は、ここで爆弾を落とす。
「それと、対抗戦の後の話なのですが……一つ、報告していない事がありましたのでお伝えします」
「ん、何かまだ新しい情報でもあったの?」
「いえ、そちらではなく。――実は、簪様に『お嬢様と話をして見る気は無いか』と尋ねたのです」
「……へ? え、えっと。……簪ちゃんに?」
「はい」
「……私と話をしてみないか、って虚ちゃんが言ったの? い、いつ?」
「そうです。対抗戦の乱入騒ぎが終わった少し後、誓約書を書かれた簪様の元に参り自分の意見をお伝えしました」
その時の楯無の顔は、付き合いの長い虚でさえ見た事が無いほど引き攣っていた。それもすぐに隠れるが。
「そ、それで、回答はどうだったの?」
「無理だと仰っていました。……今は、まだだと」
「……そうなんだ」
その回答を意外に感じつつも、その変化を嬉しく思う姉。だが、それを素直に喜ぶだけの楽天家では無い。
「虚ちゃんから見て、どうだったのかしら?」
「変わろうと、もがいているようにも見えました。良き事だとは思いますが……まだまだ、不安定です。
何か変事が起きれば『悪い方に』変わる可能性もありえます」
「……」
色々と想像はするものの、結局彼女は現状維持を選ぶのだった。……それが、悪い方へと変わるとも知らずに。
「ん……? 何か寒気がするな」
「……な、何今の。風邪ひいたのかしら?」
ちなみにその時、一夏と香奈枝は強い寒気を感じていたという。さもありなん。
……月曜日の放課後。私は、更識さんに呼び出されて彼女の自室に来ていた。同室だという石坂さんは、席を外している。
「それで、何の用事なの?」
黛先輩の補助で、リヴァイヴの修理に参加させてもらう約束があるので。出来れば手短にお願いしたいのだけど。
「あ、あの、宇月さん。これ、今までのお礼……」
「え? 眼鏡?」
彼女が差し出したのは、眼鏡だった。……あいにく、視力にも視野にも問題はないんだけど?
「これは、眼鏡じゃなくて、デバイス……」
「そうなの?」
眼鏡型のデバイスの事は、知っているけど。でも、こういうのって買うと結構高い。下手をすると六桁の値段になるし……
「で、でもこんな高い物、貰えないわよ。それに、私だけじゃないでしょう? 四組の皆とか、布仏さんとかは? あと、先輩達とか」
「先輩達は、昼御飯を奢ってくれれば良いって言ってた。本音は、ケーキが良いって……。クラスの三人は、勉強を見てくれって」
先輩達や四組の人達はいいけど……また? 布仏さん、太るんじゃないかしら。
「……だから、貴女にも何かあげないと」
「気にしなくても良いわよ。――うーん」
これを貰っていいものだろうか。いや、本当は欲しいけど、流石にこれは貰う物としては高すぎる。
私は、こういうのが目的で手伝っていたわけじゃないし……。でも……良い品物なのよね。
「……私のお古じゃ、やっぱり駄目かな」
「え?」
これ、更識さんのだったの? ピカピカだから、新品かと思ってたわ。
「本当なら、新品を買うべきなんだろうけど……。他の人との兼ね合いもあるから」
それはそうね。昼食の奢りはそこまで高価ではなく、布仏さんはケーキの奢り。
そしてクラスメート達が勉強のサポートなのに、私が六桁の値段のデバイスを貰ったら不公平にも程があるわ。
「じゃあ、私も良い経験をさせてもらったお礼って事で、何かをあげるわ。特撮ヒーローグッズとか……」
「そういうのは、別に……。それに、私はアニメ派だし……」
「……あれ?」
何か、微妙な齟齬を感じるんだけど。
「特撮番組とか好きって、そう聞いてたんだけど」
「……それ、本音から聞いたの?」
「え、ええ」
……あれ?
「……仕方が無い、か。あの娘に、アニメ物と実写の特撮ヒーローの違いを説明できる筈ないし……」
どうやら、微妙な情報のずれがあったらしい。……まあ、私もアニメと特撮の違いなんて説明できないけど。
せいぜい、実写であるか否かくらいだ。興味のない事に対する違いの説明なんて、出来るわけが無い。
「……じゃあ、レンタルって事じゃ駄目?」
「レンタル?」
「貸し出し期限は、貴女と私が卒業するまで。代金は、もう払ってもらってるから」
……レンタル、かあ。
「じゃあ……お言葉に甘えて、借りておくわね」
ちょっとだけ、欲望に負けてしまった。……この位、良い、よね?
「ありがとうね。じゃあ、早速――」
貰った眼鏡型デバイスをかけてみる……う。
「慣れていないと、少し辛いかも。ただ、きっとあなたの役に立つと思うから」
「ありがとう。――後は、私が使いこなせれば良いってことね」
借りるだけとはいえ、私が使いこなさなければ貰おうが借りようが変わりは無い。三年間で、しっかりとこれを使いこなさないとね。
「それにしても布仏さん、デザートパス持ってるのにケーキの奢りなの?」
「本音は、ここのケーキだけじゃないから……」
ああ、学園外のケーキね。それはそうだわ。――そういえばデザートパスってクラス対抗戦の賞品だったんだけど。
無効になった対抗戦に乱入者が介入した時点で四機とも健在していた状況を鑑み、引き分けという事になり。
デザートパスに付いては、クラス別に一月半分を支給する事になったんだっけ。半年分だから、四分割して一ヵ月半。
ちなみに各クラス代表への反応は。
『そ、その……よくやったな!!』
『充分ですわ!!』
『ごめんね、半年分取れなくて……』
『良いのよ、悪いのは乱入者だから! それが無かったら鈴は買ってた!!』
『生き残れただけで充分よ。代表候補生二人、それと互角に戦った人一人と戦ってたんだから!!』
『ありがとう。自分の希望する機体の開発を一時中断してまで、この戦いに出てくれて!!』
とまあ、こんな感じで四クラスとも上手い具合に収まったようだ。情報源は女子の噂だけど、特に悪い話は出なかったらしい。
「じゃあ私、先輩に呼ばれてるからこれで。――このデバイス、使いこなさせてもらうわね」
「うん」
そして私は、また一歩を踏み出した。……出来れば、これからはもう少し平穏になるといいなと願いながら。
そして学園でも、新たな動きは出始めていた。
『……SH計画は、第一段階を終えたようですね。如何でしたか?』
「問題は無いようですよ。第二段階へむかいますか?」
『いいえ、その前にもう一節挟む事にしました。かなり改善したようですが、聞く限りではまだまだでしょう』
「そうですか。では、こちらでそのようにしましょうか」
『はい、お願いします』
「それと。貴方自身は、まだこちらに来られませんか?」
『頃合を見て、お伺いしますよ。一人、知り合いも増えましたしね』
「そうですか。ではいつものように、御菓子とお茶を用意しておきましょう」
『ああ、彼女のお茶ですか。楽しみですね。今は、三年生になったのでしたか?』
「ええ。生徒会の会計と良心の役目を、しっかり果たしてくれています」
『そうですか。ではまたお会いしましょう。――轡木理事長』
そう言って電話を終えた相手に、総白髪の用務員姿の男性――轡木十蔵は目の前の相手に視線を移した。
この学園の名目のトップは彼の妻であるが、実権を握るのは新入り用務員という名目である彼である。
そしてそこにいるのは――生徒会長・更識楯無。傍らには、無言で布仏虚が立つ。
「例の方ですか?」
「ええ。例の事について、少々」
「ああ、なるほど。それと、これが織斑君達の外出時の報告です」
「ご苦労様です。更識君にも、苦労をかけますね」
「この位はなんとも。……それと、例の件ですが」
「ええ、乱入者のうち『レッドブラック』『ブラック』『ティタン』に関してですね。どうでしたか?」
「……現存するISの公式データには該当はおろか類似する機体はゼロでした。これは、やはり……」
「そうですか。では――」
「その可能性を検討すべきです。……あの時の一件以来、関係は最悪なのだと思っていましたが」
生徒の長と学園の長、二人の長の表情が曇る。そんな中、温かい紅茶が差し出された。
「どうぞ」
「おやおや、これはありがたい。頂くとしましょう」
「ええ、冷めないうちに味わわないと」
紅茶を味わい、二人の曇りもほぐれる中。話題は、別の事へと移った。
「なるほど、転入生ですか。それも、これだけ纏めてとは」
「一年二組の凰鈴音、三組の安芸野将隆ら数名が既に転入していますが。更にこれだけ、とは思いませんでしたね」
「このうち、シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは一年一組でよろしいのですね?」
「ええ、フランス政府とドイツ政府から是非に、と言われたそうです。ただ、どちらも一筋縄ではいかないようですが」
「はっはっは、更識君が言うと説得力があるような無いような……」
「いやですね、十蔵さん。……私としては、他の方も気になりますけど」
そういって視線を移した中には、人種も年齢もバラバラの転入者がいた。
「特に、一年三組に加わるこの二人――大丈夫ですか?」
「ええ、休職中だった古賀先生がようやく戻ってこられそうですから。問題は無いでしょう」
「そう、ですか。古賀先生が……」
「虚ちゃんも、お世話になった人だものね」
本当は別件を聞きたい楯無ではあるが、別の話題を口にする。その本意は、一年四組への転入生。それは――。
ようやくシャル&ラウラの名前が本編で出ました!! ……何か出る出る詐欺になってきた気がしますね。うん。
早く書こう、自分。