「それにしても、晴れてよかったな」
「そ、そうだな」
「日本での買い物、と言うのは初めてですわね」
「私も、生まれて初めてね」
「あたしにとっては、一年ぶりよ」
「私も久しぶりね……」
対抗戦が終了した次の日曜日。痛みもようやく癒えた俺は、外出許可を取って皆と買い物に出かけていた。
メンバーは俺、箒、セシリア、鈴、宇月さん、フランチェスカの六人。
安芸野や更識さんも誘ったのだが「俺は訓練があるからいい」「機体のセッティングをする」との事だった。
許可を出してくれた千冬姉曰く『対抗戦の疲れを癒せ』という意味もあるらしいんだけどなあ……。
「まあ、仕方がないか」
「仕方が無いって……ああ、安芸野や更識の事ね」
「まあ、次に機会もあるでしょうから。その時を楽しみにすればよいではありませんか」
「楽しみねー、日本でのショッピング!!」
「はいはい。はしゃぐ気持ちも解るけど、大人数なんだからはぐれないでね」
フランチェスカを諌める宇月さんだけど、委員長体質なのか、俺よりもクラスの纏め役が似合ってるんじゃないだろうか?
彼女か、あるいはしっかり者の鷹月さん辺りにクラス委員を譲った方がいいような気さえしてくる。
「とりあえず今日は、ショッピングモールまで行って各自ショッピングを楽しむわけだけど……織斑君?」
「ん、何だ?」
呼ばれたので、クラス委員に関する考えは止めておく。さて、何だろうか?
「貴方はどうするつもりなの?」
「俺? んー、適当にぶらぶら……」
「それじゃ、今は9時半だから……まず凰さんと10時半まで付き合って。その後は篠ノ之さんと一緒に1時間くらい行動してね。
11時半過ぎには、食堂街で落ち合いましょう。昼食の後は私やフランチェスカと少し付き合ってもらって、その後はオルコットさんとお願い。
待ち合わせ場所は大噴水前が解りやすくて良いと思うから、そこで最終的に落ち合いましょう」
「……ちょっと待ってくれ。なんだそのスケジュール」
俺の自由時間は何処にあるんだ!?
「貴方の本日の予定。順番はこっちで決めたけど、希望でもあったの?」
「いや、俺に一言の相談も無しでか!? ひどくないかソレ!?」
「多数決で決まったの、ごめんなさい」
「いやー、やっぱり民主主義って良いわよね。うん」
「おい!?」
宇月さんと鈴がいうが。……どうやら、俺に行動の自由は無いようだった。何か最近、こんなのばっかりな気がするなあ。
「さ、一夏! グズグズしてたらあたしの時間が減っていくんだから、さっさと行動するわよ!!」
「お、おい待てよ鈴!」
鈴に腕を引っ張られ。俺は商業モール『レナンゾス』に入っていくのだった。
「あー、何かなつかしいわ。この空気。一年いなかっただけで、結構変わってるわねー」
「そうだな……」
中学時代は鈴や弾達と何度も来ていたが、鈴がいなくなり、俺達も受験勉強で忙しくなってご無沙汰していた。
だけど、やっぱりこの空気は何かワクワクする。
「で、何処に行くんだ? 箒が次みたいだし、テキパキ行こうぜ?」
「……」
あれ、何で不機嫌になるんだよ。時間を守るのは大切なんだぞ?
「まあ良いわ。最初はここね、久しぶりに覗いてみたいし」
「ああ、この小物屋か」
案内板を見ると、指さしているのは聞き覚えのある店だった。そういえばこの店には、中学の頃もたまに付き合わされたっけ。
「じゃ、行くわよっ!」
「おいおい引っ張るなよ!?」
「ねえ一夏。これとこれ、どっちが良いと思う?」
「またかよ……」
この質問、さっきから18回目だ。品物はそれぞれ違うが、いい加減選ぶのに疲れてくる。
俺の意見なんか聞かずに自分の好きなほうを選べば良いのに……と以前言ったら殴られたので、言わないけどな。
「あー、そうだな。そっちの青い方がいいと思うぞ」
「そう。――じゃあ、とりあえずこの店での買い物は終わりね」
この店で、って事は。まだ続くんだろうなあ……。
「……」
私は、集合場所に指定された、大噴水前という場所で一夏を待っていた。
私もこの施設に来た事が無いわけではないが、離れていた所為で随分と店の並びや種類も変わっていて、別の場所のようだった。
迷わない為、という事で先ほどまでは宇月達がいたのだが、今は離れている。配慮はまあ、その……助かるのだが。
肝心の一夏がまだ来ていなかった。何をしているのだ、あいつめ。もう10時40分だぞ。
「ねー、彼女。一人ー?」
不幸な時には不幸が重なる物か。見るからに軽薄な男が声をかけてきた。顔立ちはいいのだろうが、私は用などない。
「いい所知ってるよ? 付き合わないかい?」
表情は笑顔だが、視線が卑しい。隠そうとはしているが、私の胸に向いているのが解る。下劣な、獣のような視線。
そもそも、何故こんな男に声をかけられねばならんのだ。これだから、この大きすぎる胸は……。
「待ち人がいる。すまんが、他を当たってくれ」
「えー、いいじゃんいいじゃん。俺の方が、きっと楽しい時間を過ごせるよ?」
最大限の譲歩をしてやんわりと断るが、男には通じなかったようで近づいてくる。……投げ飛ばしてやろうか、この男。
「な、な? 行こ――」
「箒、悪いっ! 待たせたっ!!」
軽薄な声を切り裂き、一夏がようやく現れた。息を切らして、僅かに汗をかいている。急いで来てくれたのが解ったが。
「遅い! 何をしていたのだ!!」
「わ、悪い。ちょっと鈴の買い物が長引いてさ。あいつはまだあるみたいだから、ここには来なかったけど」
「なら行くぞ! 時間が無いのだからな!!」
「ちょ、引っ張るなよ!!」
私は一夏の手を引き、噴水前から離れた。……誰かいたような気がするが、まあどうでもいいだろう。
「で、箒はここか」
「そうだ」
私達は、大噴水前の二つ上の階にある、大きな本屋に来ていた。少々買いたいものがあるからだが……。
ここに着く前に、少しだけ迷ってしまった。一夏が、その……腕を引っ張って連れてきてくれたのだが。
「ふ、不満か?」
「いや、そんな事は無いけど。でも箒と本屋っていうのが、繋がらなくてな」
「わ、私だって本くらい読むぞ!!」
「そうだな。じゃあ、俺は適当にぶらついておくから、好きな本を――」
「ま、待て! べ、別に一緒に本を選んでもいいだろう!!」
そう言って、一夏の手を引っ張る。……さ、先ほどもやった事だ、はしたないかもしれないが。
――わ、私はこの本屋には詳しくないのだからな。一夏の補助が必要だからだ、うん。
「それにしても大きな本屋だな、ここは」
「そうだな。市内でも、大きい方なんじゃないか?」
何冊か本を選び、私達はレジへと向かっていた。一夏の好みの本も知る事が出来たし。
料理の腕をあげる為に、洋食や中華の本も買ったし……お、おほん。
「お。ISコーナーだってさ」
「む」
レジ近くの前に、IS関係の本をまとめたコーナーがあった。写真集、専門誌、漫画、さらにはDVDまである。
『IS学園受験参考書は、参考書のコーナーへ』という札があったが、それを含めるとかなりの面積になるのではないだろうか。
「へー。こんなに増えたんだな。前は、こんなコーナー無かったけど」
「そうなのか。――っ!」
通し見していた私の視界に『篠ノ之束』という文字が入った。……それを見た途端、どうしようもない感情に縛られる。
「お。この本『ISの全動作を解りやすく解説! 解説者無しでモンド・グロッソが楽しめる』だってさ」
一夏が話しかけ、私はややぎこちなくそちらを向いた。そこには、週刊の漫画雑誌ほどの大きさの本がある。
「き、教科書があるだろう。そんな本、買う必要があるのか?」
「いやー、結構解りやすかったぜこれ。あ、でも結構高いな」
予算が無いのか、本を戻そうとする一夏。――その手を、思わず握ってしまった。
「ほ、箒?」
「わ、私が買う」
「え、でも――」
「い、一緒に読めば良いだろう」
「じゃあ、買ってもらうか。今度、何かで返すぜ」
一夏から本を奪い。自分の選んだ本の上に乗せた。……気がつけば、先ほどの感情は消えていた。
「ふう……ご馳走様」
私達は、食堂で昼食をとっていた。バラバラな皆の嗜好を満たせる、ファミレスのような何でもある店。
……学食の味に慣れていたせいか、少しだけ味が不満に感じたりする。まあそこは、空腹という調味料が補ってくれたけど。
「まあまあ美味かったな、ここ。流石に学食には劣るけど」
「そうね。去年オープンしたばっかりらしいけど、いい店じゃないの。ラーメンも美味しかったし」
「さあて織斑君! 私や香奈枝に付き合ってもらうわよ!!」
「その次は、わたくしですわよ」
「……」
午前中の二人でグロッキーなのか、織斑君は疲れた表情をしていた。私達を含めてあと二組いるから、頑張ってね。
「まずは私の服屋で、次が地下一階……香奈枝の和菓子屋だっけ?」
「そうね」
店の配置を考えたら、そっちの方が効率的だ。この後に待つオルコットさんとは、和菓子屋近くの紅茶専門店で合流できるし。
「それじゃそろそろ、出ましょうか。けっこう混んできたし、長居したら店にも悪いし」
「そうね。じゃあさっき決めた通り、私が払っておくから。皆は先に出ていて」
「悪いな。すぐに返すから」
自分の分は自分で、という事になったのだけど、それぞれ自分の分を出していては面倒くさい。なので、まず私が纏めて払って。
その後、皆から自分の食べた分を私が貰うという支払方法にした。……ポイントカードの存在があった事は、秘密にしておく。
最初に黒いカードを取り出したオルコットさんに皆が引いちゃう場面もあったけど、それはそれで一つの思い出になった。
「うわー、可愛い。白兎を模してるね、このお菓子」
フランチェスカの用事も終わり、私達は和菓子屋にいた。色とりどりのお菓子が、宝石箱のように煌びやかに並んでいる。
白兎を模した細工菓子、水晶のような綺麗な葛きり、一般的な和菓子とは一風変わった創作和菓子……。
中学の時は、お父さんやお母さんがここで買ってくるお菓子が何よりの楽しみだったわね。
「しっかし女子って、買い物好きだよな。男には、ついていけない世界だぜ」
私達の買った服を持ってもらっている織斑君が、疲れた声を出した。荷物を持ってもらうのは正直心苦しいけど。
『いつもお世話になってるから、これ位はさせてくれ』と言われたので厚意に甘える事にした。
彼は傍若無人に「持て」と言われたら反論するけど、世話になっている人には自分から持とうとするタイプ。この点は、美点だと思う。
「ふう……」
珍しく、溜息を漏らす。まあ午前中は凰さんと篠ノ之さんに付き合っていたのだから疲労感があってもしょうがないけど。
これからまだまだ残っているのに、それじゃ……ああ、そうだ。それならこうすればいいわね。
「そこの休憩コーナーで休んでたら? 私達は、もう少し見てるから」
「ああ、ありがとうな。服は持ってるからさ、ゆっくりと選んでくれ」
休日に家族サービスをするお父さんみたいな感じで、織斑君は休憩コーナーに去った。さて、思う存分、命の洗濯といきましょうか。
「でも香奈枝、私まで誘ってくれてありがとうね」
「いいのよ。せっかくのチケットを無駄にしちゃったし、そのお詫びよ」
「ああ、あれ? ……実はココだけの話、二枚とも転売しちゃったんだよね」
……はあ?
「いやー、三組の代表候補生のライアンさんがチケットを求めてるって話を聞いてね。……だから、ね」
……本当、ちゃっかりしていると思う。まあ、チケットが無駄になるよりはいいけど。
「あれ? じゃあ、フランチェスカ自身は試合をアリーナで見なかったの?」
「うん、だって――直接アリーナで見たら貴女の解説が聞けないじゃない」
「……」
ニヤニヤと笑うルームメイト。……だけど、私は笑顔も皮肉も返せなかった。
「どうしたの、香奈枝。やっぱり怪我してたんじゃないの?」
すると不思議に思ったのか、フランチェスカが問いかけてくる。
そういえば対抗戦の当日、怪我してないか聞かれたっけ。寮内で、怪我人が大勢出たってデマが飛んだからだけど。
「う、ううん、何でもないわ。……あ、これが私のお勧めなんだけど」
「……」
フランチェスカは何やらじっと考えている。イタリアには無いだろうお菓子だから、不思議なんだろう。
「……何これ。打鉄の刀の、持つ所にそっくりね」
「そうよ、それは『きんつば』って言ってね。ここの店は、元々それの専門店から始まったらしいから……」
「じゃあこっちは何? 朱鷺みたいな形をしてるけど」
「それはね……」
そして、うってかわって子供のように目を輝かせてお菓子を眺めるフランチェスカ。
私も、そして彼女も。とても楽しい時を過ごせたのだった。
「よう。セシリアは、紅茶専門店からだったな?」
「ええ。一夏さんにも、是非イギリスの紅茶を楽しんでいただきたいと思いまして」
宇月さん、レオーネさんと別れた一夏さんはわたくしの待つ紅茶専門店にやってきた。
本国でも有名なこの店が日本にも幾つか支店を持つ事は知っていたけれど、その一つが学園から近かったのは幸運だった。
そろそろ本国から持って来たのも使い果たしたし、ここで買えば問題ない。
「試飲コーナーもあるみたいだな。俺、紅茶には詳しくないから楽しみだぜ」
「そうですの。でしたら、是非色々と知ってくださいな」
そ、そしていずれは、本国で……きゃーー! チェルシー、い、一緒のベッドは早すぎますわ!!
「……セシリア? どうしたんだ?」
「はっ! ――い、いいえ、何でもありませんわ!!」
少々飛躍しすぎた思考を止め、一夏さんと店に入る。ああ、何て至福の一と……
「てめえ、さっきの!?」
「……ん? 誰だっけ?」
「とぼけんなっ!! 朝に、大噴水前で俺のナンパの邪魔しやがったくせによ!?」
「大噴水前?」
「……一夏さん、こちらはどなたですの?」
「いや、知らない奴だな」
すると、なにやら邪魔をする男性が現れた。友人、ではないご様子。むしろ、絡まれている……?
「へっ、この外人と、あの胸の大きな女と二股かけてるのかよ。とんだクズだぜ」
「箒との事か? 別に、二股かけてるわけじゃないぞ。……というかお前、いいがかりもいい加減にしろよ?」
胸の……ああ、一夏さんも解ったようだけど箒さんの事……。そして、一夏さんも怒り始めているご様子。
好意を寄せられているのに気付かないのですから、まあ、確かに二股……ではない。人数でいえば、むしろ三股に……お、おほん。
「どうやら、貴方は勘違いされているようですわね?」
私と一夏さんの時間を邪魔されたくは無いため、穏便にお引取りいただく事にし。わたくしは、冷静に言葉を紡ぐ。
「貴方の仰る方と、私と。そしてこの方とは、クラスメートでしてよ。邪推も、いい加減になさい」
「なっ……!?」
「うわ。ナンパ失敗して言いがかりとか、情けねえ奴……」
「みっともなーい……」
女性であるわたくしから二股を否定されたためか、男は真っ赤になる。場の雰囲気も、私達の味方。
「くそっ!」
そして一夏さんをにらみつけると、そのまま逃げ去った。……情けない男、自分の過ちを謝る事も出来ないなんて。
まるで……と『わたくしの日本人観を決めてしまったある人物』を思い出してしまい、慌てて打ち消した。
あのような人物、思い出す必要もない。事実、ここ最近では思い出す事はほとんど無かった。
そしてに今ではあの事がきっかけで日本人男性のイメージを決めてしまった事を、密かに恥じているのだから。
「悪いなセシリア、変な奴に絡まれちゃって」
「一夏さんのせいではありませんわ。さあ、時間もありませんし続きを――」
「あれ? 一夏じゃん?」
「おお! 弾!?」
ま、またしても……。こ、今度は誰です? 和らいだ一夏さんの口調から察するに、お知り合いのようだけれど。
赤みがかった茶色の髪、という日本人には珍しい方。頭には、バンダナを巻かれている。
「何だ、お前もここに来てたのかよ。電話くらいしてくれよな」
「悪い悪い、今日は鈴が帰ってきたお祝いなんだけどさ。まあ……色々あったんだよ」
「そっか……って誰だ、この外人さん? お前の同級生?」
「ああ、紹介するぜ。俺のクラスメートで、英国代表候補生の――」
「初めまして、セシリア・オルコットと申します。一夏さんとは親しくさせていただいています」
「あ、え? ――あ、ああ、どうも、初めまして。俺は、五反田弾っていいます。一夏とは、中学時代によく遊んだ仲です」
先ほどの男とはまるで違う、やや慌てたような感じで私に礼を返す五反田さん。友人と会われた、というのは良い事ですが……。
「いやー、まさかここで弾に会えるなんてな。どうしたんだよ、こんな所で。もう少し上の階ならまだしも……」
「いやな、ここに寄ったついでに、蘭に菓子を買ってきてって頼まれたんだが……。まさか一夏と会うとは思わなかったぜ」
「ああ、そうなのか。そういえば蘭は元気か? 俺達の一つ下だから、今年は……あ、エスカレーターだから関係ないか」
「そうだよ。それにしてもお前、メールばっかりで……」
すっかりわたくしは仲間はずれ。友人との久しぶりの再会に会話が弾む、というのは解る。ですが、わたくしがいるのに……。
「――っと。悪い、俺、用事があるからさ。行くわ」
「え、もう行くのかよ?」
「また、メールくれよな。それじゃっ!」
私の方をチラリとみた五反田さんは、会話を打ち切るとそのまま立ち去られた。もしやあの方、わたくしに気を使って……?
「何だあいつ、たまーにあんな態度とるんだよな。鈴と一緒の時とかもそうだったし……」
……なるほど。どういう理由かは解りませんが、あの方は一夏さんに好意を持つ女性を応援しているご様子。
ただ、知り合いであろう鈴さんは兎も角、初対面のわたくしにまで配慮する理由は……?
「そういえば一夏さん。今日の事、あの方には伝えていませんでしたの?」
「ああ。本当は伝えようと思ったけど……。中学の連中まで加わったら大変だから、って鈴にいわれてな」
「そうですの」
一夏さんとの時間が減るのを恐れて、がその本意なのだろう。あまり褒められた事では無いけれど、私もその気持ちは解る。
「では一夏さん。また、ショッピングに付き合って貰いますわよ」
「ああ、解ったぜ。――それにしても、セシリアも変わったよな?」
「変わった?」
「『極東の猿』だとか『男が代表なんて』だとか言っていた頃と比べると、だいぶ変わったと思うぜ」
「あ、あれは、その……」
あれは、今思い出すと恥ずかしい事だった。日本語では顔から火が出そう、という言い方だったか。
「でもまあ、俺は今のセシリアの方が好きだぜ?」
「――!?」
突然の一言に、本当に顔から火が出そうになる。い、い、い、い、一夏さん?
「それに箒も、だいぶ丸くなったし。名前で呼び合うようになったしなあ」
「……」
どうしてそこで箒さんの名前を出すのか。わたくしだけを見てほしい、そう言いたくなるけれど。
「……そうなったのは、貴方のお陰でしてよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も」
小声で呟いたこの言葉。いつか、きちんとお伝えします。
「ただいまー」
「おう、弾。戻ったか」
「お帰りなさい、弾」
爺ちゃんと母さんが迎えてくれた。夕食時にはまだ早いから、二人は仕込みの真っ最中。……早い所着替えて、手伝わねーとな。
「あ、お帰りお兄。買ってきてくれた?」
「あ、ああ。これで良いんだろ?」
ぐるりと回って二階に上がり、買ってきた菓子を、蘭に渡す。一夏と会った事なんて言えるわけないから、このまま……。
「……で、お兄。何かあたしに言う事ない?」
「へ? べ、別に何もねーぞ?」
思わず口ごもり、慌てるが。蘭が俺と一夏が会った事なんて知る筈がないので、何とか誤魔化す。
「ふうん。さっきさ、近所のおじさんが店に来て。……お兄が地下街で『誰か』と楽しそうに話してたって聞いたんだけど?」
「あ、ああ。数馬だろ? お前も知ってる、御手洗数馬。あいつとだな」
「すっごいイケメンで、女子と一緒だったって聞いたんだけど? しかも外人さんらしかったって」
「……」
「そのおじさんも当然、一夏さんの顔は知ってるからね。まあ、ニュースで見たってだけなんだけど」
……失敗した。蘭から感じる視線には、これ以上の嘘を許してくれる気配を感じられない。……はあ、しょうがないか。
「で、本当に偶然出会ったのね?」
「それは本当だ! いや、マジで!!」
何とか、偶然会ったという事だけは信じてもらえたようだ。その視線から険しさが消えるが。
「まさか、あそこに一夏さんが来るなんて……ううう、ついてないよう……」
「いや、しょうがないだろ。自分で行かなかったんだし……」
「だってだってだって! 宿題が山のようにあるんだから!!」
……そうだった。蘭の学校は大学の付属中学だけど、やっぱり勉強はしなくちゃいけない。
そして今日は偶々宿題が山積みとかで、遊びにいけなかったんだった。
「うううう……。何でよりにもよって、今日なのよ……」
「……あー、今度、一夏の奴もうちに寄るって言ってたぞ?」
落ち込む蘭が見ていられなくて、思わずそんな事を口走った。……やべえ、と思った時には後の祭り。
「ほ、本当に!? そ、それで、いつ? いつなのよ!?」
「い、いや、その辺は詳しく決まったら俺にメールするって言ってたぞ。あいつも忙しいだろうし……」
「そ、そう。……じゃ、じゃあ、連絡があったら絶対に教えてよね!」
喜ぶ我が妹だが、俺は冷や汗を止められなかった。だって、今言ったのは全部嘘。一夏とそんな話なんてしていない。
「……こりゃ、約束を取り付けなきゃ半殺しじゃ済みそうにないなあ」
「何か言った?」
「な、何でもねーよ!!」
なぜ唐突に……と思われるかもしれませんが、実はこの日は、原作では一夏が五反田食堂に行った日……の一週間前です。
……ここにSSを掲載させてもらうようになって一年以上たってまだ二巻にも行かない。いつになったら終わるんだろう。