前書き
皆様のお陰をもちまして、前話にて10万PVを突破しました。
このスローペース作品をそこまで多くの方に見ていただいた事は、とても光栄です。
本当に、ありがとうございます。そしてこれからも宜しくお願いします。
「……あ」
俺は気がつくと、ベッドの上だった。以前、宇月さんが倒れた時に運び込まれたような部屋……って事は。
「俺、倒れたんだな」
何処か他人事のように考える。そういえば、セシリアに手を貸してもらったような記憶が……。
「何だ、もう気がついたのか」
「千冬姉」
そこへ、タイミングを計ったように、千冬姉がやって来た。そこには僅かだけど安堵の色がある。……すぐに隠したけどな。
「織斑先生、だ。――で、気分はどうだ?」
「ああ、大丈夫。……敵は、どうなったんだ? それに、皆は――」
「乱入者は全員撤退、あるいは破壊された。学園側の被害者は、戦闘終了後に倒れてここに運ばれた一人――お前だけだ」
そうなのか。
「しかしお前も無謀な事をするものだな。……凰の衝撃砲を受けた時、絶対防御も切っていただろう?」
え、そうだったのか? よく解らなかったけど。
「でもあれは、途轍もなく素早い一機目に……」
「解っている。衝撃砲のエネルギーを吸収・圧縮・放出する事により、瞬時加速の速度を上げる為だろう?
瞬時加速は使用するエネルギーが大きければ大きいほど加速可能なシステムだからな。
その戦術自体は、あの相手に対してやむを得ない手段だった。それは理解してやる。
――だが、お前はまだまだ未熟だ。それが実力以上の無理をすれば大事に至る事もある。それは忘れるな。
……まあ、結果として私達の『準備』は乱入者撃退にはほとんど役に立っていなかったからな。あまり、大口は叩けんな」
珍しいな。千冬姉がこんな弱気な顔を見せるなんて。
「まあ、何にせよ無事でよかった。家族に死なれては寝覚めが悪いからな」
「……おほん。お前の容態だが、白式がお前の痛みを消していた部分もあるようだ。しばらくはきついぞ」
「げ」
名誉の負傷、とはいえ。やっぱり代償は小さくないようだった。
「――さてと。入って来い」
「あれ……箒?」
呼ばれて入ってきたのは、箒だった。千冬姉が連れてきたようだけど、何で箒だけなんだろうか?
「……」
「おい、何を黙っている。言ってやりたい事があるんだろう?」
「は、はい……そ、その、一夏。ぐ、具合はどうなのだ?」
千冬姉に促され、ようやく口を開いた。二度手間になるんだけどなあ。
「大丈夫だよ。……それより箒。何でお前、あんな事したんだ?」
「!」
「いきなりお前の声が聞こえてきた時は、驚いたぞ。そうしたら一機目が、お前を狙い出すし」
「……や、やはり邪魔だったか」
いや、邪魔とかそういうのじゃなく。
「そもそも、何で――」
「その辺で止めておけ。こいつも衝動のままに突っ走っただけだ、それ以外の何物でもない。――さて行くか」
「はい……」
行く?
「今から、こいつには説教を食らわせねばならんのでな。――行くぞ」
うわあ、千冬姉の説教か。それで箒だけ連れてきたんだな。……ご愁傷様だ。
「い、一夏。た、戦っていたお前は、その……か、か、か、か……格好……」
と思ったら、何かを言い出したが。……郭公? 鳥がどうかしたのか?
「な、何でもない!」
「……まったく。あいつも、つくづく天邪鬼だな」
そういうと、箒は逃げるように去ってしまった。そして千冬姉も、それを追うように去る。
……何だったんだろうか、箒は。まあ、いいか。……ふああああああ。
「眠く……なってきたな……」
睡眠導入剤でも入っているのか、急に眠気が来た。……ぐう。
「……?」
起きたら、目の前に鈴がいた。いや、いること自体は不思議じゃないんだが。俺の顔を覗きこんでいたのか、10センチも無い距離だ。
「い、一夏!? め、目が覚めたの!?」
「あ、ああ。……何か焦ってないか?」
「べべべ、別に焦ってなんかないわよ!!」
いや、どう考えても焦っているように見えるんだが。
「そ、それはともかく。――あのさ、対抗戦とあたし達の賭けの事だけど」
「ああ」
すっかり忘れてたが、そういえば対抗戦で負けた方が勝った方の言う事を聞くっていう勝負があったんだ。
そもそも対抗戦って、どうなったんだろう。さっき千冬姉に聞いておけば良かったが、聞きそびれたし。
「試合自体は無効になるみたい。再戦は不明。まあ、結構予定が詰まってるらしいしね。で、あたし達の勝負だけど――。
今回は、あたしの負けよ。あんたが庇ってくれなかったら、あたしが落とされてた。だから、あんたの勝ちって事にしてあげる」
鈴はあっさりと言い切ったが。はっきりいって、予想外だった。
「良いのかよ?」
「あたしが認めてるんだから、それで良いのよ。それで、何かある? ――あたしにやってもらいたい事」
鈴が負けを認めたわけだから、これ以上は言わない方が良さそうだ。しかしそうは言われたが、さてどうしよう。
これは鈴の方から言ってきた事だし、そして訓練に忙しくて何をさせるかなんて考える余裕は無かったし……。
鈴……。中華料理。セカンド幼なじみ。小学校からの同級生。中華料理屋……あ。
「そういえば、前に聞きそびれたけど……親父さん達、戻ってきたのか?」
鈴の親父さんの料理、美味かったしなあ。出来るなら、もう一度食べたいぜ。そうだ、親父さんの料理を奢ってもらうのも……。
「あ……。その、お店は……しないんだ。帰ってきたの、あたしだけだし」
「え? そうなのか?」
と思ったが、それは不可能のようだった。中国でやってるだろう店が、忙しいのか?
まあいくら隣の国とはいえ、旅行なんかとは違うんだから帰ってこれなくても当然だろうけど。
「それにね、あたしの両親。離婚しちゃったから」
……え?
「じ、実はあたしが国に帰ることになったのも、そのせいなんだよね」
その時になって、俺は鈴が帰ってきた日の宇月さんとの会話を思い出した。――すっかり忘れてたが。
「昼間、食堂で鈴の親父さんの事を聞いたら、何か変だったよな?」
「そうね。……確かご両親が元気かどうかを聞いたら『お父さんは元気だと思う』だったかしら」
「ああ、そんな感じだったな。まるで、最近会ってないみたいな言い方だった。戻ってきてるとも来てないとも言わなかったしな」
あれは、こういう理由だったのか?
「い、今は一応、母さんの方の親権なのよ。ほら、今ってどこでも女の方が立場が上だし、待遇もいいしね。だから……」
あの頃のように、鈴は何かを隠すように明るく振る舞おうとしている。俺もあの頃、鈴に何かがあったとは気付いていた。
だけど……こんな事だとは、気付いていなかった。もしも解っていたなら、少しは違ったのかもしれない。
離婚云々をどうにかできるわけは無いけど、大変だっただろう鈴の心労を和らげる事くらいは出来た筈だから。
「だ、だから別に、父さんがいないからって問題はないのよ!? ほら、あたしって代表候補生だし!!」
無理に明るく喋ろうとしても、気持ちを隠し切れず、鈴らしからぬ話題しか出ず。
「それで、親父さんとはどうなってるんだよ?」
「……父さんとはね、一年くらい会ってないの。多分、元気だとは思うけど」
声のトーンは、だんだんと沈んでいく。そっか。あの時の反応は、そういう意味だったのか。
「……家族って、難しいよね」
「……ああ」
そうは言ったが、千冬姉だけが家族である俺は、両親の離婚なんてあまり実感が湧かないものだった。
俺は、鈴に何を言えば……。いや、そんな事決まってるか。
「――鈴」
「何よ?」
「賭けは俺の勝ちなんだよな? ……じゃあ今度、皆で一緒に遊びに行こうぜ!」
「……しょうがないわね。あたしが負けを認めたんだから、付き合ってあげるわよ」
「よし! じゃあ久しぶりに盛り上がろうぜ!!」
「……うんっ!」
鈴の悲しみを本当の意味で解ってやる事なんて出来ないんだから、こういうことしか出来ない。――だけど、鈴は笑顔で頷いてくれた。
「一夏さ~~ん、お具合は如何でしょう? わたくしが……」
と、ドアが開いてセシリアがやって来た。しかし、鈴の顔を見たとたんに機嫌が悪くなる。
「どうして貴女がここにいますの!!」
「何よ。ここにあたしがいちゃいけないって事?」
「一夏さんは一組のクラス代表ですわ。二組の貴女が――」
「一組だろうと二組だろうと、あたしは一夏の幼なじみなんだから良いのよ!!」
……結局、セシリアと鈴は迎えに来た新野先生――安芸野達の担任らしい――によって保健室から連れて行かれた。
何でも、今回の一件について色々と書く書類があるらしい。……体が治ったら、俺も書かないといけないみたいだけどな。
「簪様」
「う、虚さん……」
所用がある、との事で遅れていた凰さん・オルコットさんと入れ替わりに、私は、書類を書いていた会議室から出た。
そこに待っていたのは、本音の姉で姉さんの従者――虚さん。彼女も、管制として参加していた筈だけど。
もう終わったのだろうか、いつものようにファイルを持ちながら立っていた。
「何故、あのような真似をなさったのですか?」
咎めるというよりは、不審がるような視線だったが。それはある意味、咎められるよりも辛かった。
「理由を、話してくださいませんか?」
「そ、それは……戦術上で、必要だったから……」
「それはそうかもしれませんが。他の方との連携を乱してまで行ったのは?」
「う、打鉄弐式のエネルギーも残り少なかったし……。あそこで飛び出さないと、後はじわじわと削られていくだけだと思って……」
「なるほど。ですが、勇敢と無謀さは違いますよ」
虚さんは淡々と、しかし正論を並べていく。……会議室での、新野先生の対応よりも辛かった。
「まあ、今回はこの位にしておきましょう。しかし簪様。どうか、無理をなさらないで下さいね」
「は、はい。でも、どうしてあの時、私にあんな事を話したんですか?」
虚さんにしては、珍しい事だった。本音に対しては厳しく、姉さんに対してはあくまで主従のポジションを保つ虚さん。
私にとっては『本音の姉』か『姉さんの従者』という立場が多く、直接私と話す事はあまり無かったのに……今日はこれで二回目。
一回目はアリーナの管制室からISを介して、そして今。
「私も、木石ではありません。大事な方の妹を、妹の友を。そして幼い頃より妹のように思ってきた方に何かしたいと思う事もあります」
そこで虚さんは言葉を置いた。珍しく、何か言いよどんでいるような表情だけど……?
「簪様。……お嬢様と、話をしてみる気はありませんか?」
「!」
思いもよらぬ人から、思いがけない言葉を投げかけられた。私が、姉さんと……?
「いかが、でしょうか」
私達の経緯は当然知っている虚さんだから、気遣うような不安そうな目で見ている。
ただ――彼女がどういうわけだかは解らないけど、私達の仲を取り持とうとしている事は間違いない。……うん。
「……まだ、駄目かも。でも、いつかは……してみようと、思う」
そして数分黙った末に返した答えはそれだった。少し前までの私なら、こんな事は言えなかった。
でも本音や皆に手伝ってもらって打鉄弐式を何とか形に出来て。そして対抗戦で戦えて。少しだけ、勇気が出てきたから。
だから、あの人自身は見えなくても。あの人の影をしっかりと見据えるくらいはできるようになった。
「それは結構な事です。――では、また」
そういうと、虚さんは立ち去る。まだ少し、不思議だったけど……言っちゃった、よね。
「姉さんと、話をしてみる……」
もう長い事、二人で話をした事なんて無かった。不安は大きいけど、でも自分で言った事だから。
それは、彼女が教えてくれたことだから。……私は、会話を拒もうとは思っていなかった。
「ふう、ようやく終わりましたわね」
「あー、くたびれたわ」
わたくしや凰さんは、今日の一件での事後処理と書類記入を終えて寮に帰ろうとしていた。そんな中。
「それで、あんたはこれからどうするのよ?」
「本国への連絡がありますわ。貴女もでしょう?」
「まーね。面倒くさいけど、しょうがないか」
面倒くさい……。どうも凰さんは、国家代表としての自覚に欠けているような気がする。
そういえば彼女は何故ISの道を選んだのだろうか。わたくしのように、何かあるのだろうか。
「それじゃまたね」
「ええ、御機嫌よう」
……。そして本国への通達も終わり、わたくしは自機のチェックに来ていた。
「ふう……。少々被弾しましたが、修理は早く片付きそうですわね。この子にも、無理をさせてしまいましたけど」
実は制服姿のままブルー・ティアーズを展開したことにより、かなりのエネルギー消耗があった。
対抗戦から戦い続けていた安芸野さん・更識さんほどではないにせよ、ブルー・ティアーズもあれ以上の連戦は酷だった。
ただ……今回の一件で、母国が何か言ってくることは無いだろう。
日本や中国の最新鋭機との戦闘はなかったにせよ、未知の高性能ISとの交戦経験を得られたのだから。
「それにしても、何処の国のISなのでしょう……?」
謎の四機のIS。名称も一機目が『ゴーレム』四機目が『ティタン』という他は解らない。
プロテクトがあるらしく、武装などの名称も解らなかった。
「一機目は無人機だとしても……一体、誰が?」
解らない事だらけだった。ただ、それを知りたいとは別に思わない。誰も怪我する事のなかった幸運、これを喜ぼう。
「どう? 調子は?」
「あともう少しです……」
私は、アリュマージュ先輩と一緒に状況説明の書類を書いていた。何せ、あの一機目の乱入者を直接見てしまったから。
更には、織斑君を撃った閃光(多分、荷電粒子砲)と二機目も見てしまったから当然なのだけど。
ちなみに実際に戦った面々は、別の部屋で書いているらしくここにはいなかった。
「ふう……」
記憶を穿り出して書いているのだけど、あと少し残っている。疲れたし、喉も渇いたし……早く終わらせたい。
「はあい、二人とも」
「こんにちわ」
「更識会長……!」
「布仏さんも……」
そこへ、お茶を持った会長と虚先輩がやって来た。そして、そのお茶を飲むけど……とても美味しかった。
「どう、書類は。もう終わりそう?」
「は、はい。何とか」
「アリュマージュさんは……流石ですね」
「ええ、布仏さん。見落としは無いでしょ?」
そして、先に書類を書き終えてアリュマージュ先輩が去った。別れ際に『とんでもない事に巻き込んでごめんね』と言われたけど。
「宇月さんは、どうですか? さっきアリュマージュさんも言っていましたが、大変な事に巻き込まれましたが」
「今は……ちょっと落ち着きました」
実際に目にしている時はそれどころじゃなかったけど。安全な場所に避難した途端、恐怖が一気に襲ってきた。
特に一機目の攻撃。あれを受けていたら……。私達四人は、多分……。
「それにしても、まさかアリーナの施設を直接狙うなんて、ねえ?」
「そうですね。それまでは全然そんな反応がなかったですから、驚きましたよ」
今になって考えてみれば、何も解らない状況で一機目の攻撃を受けた可能性もある。……うう、また寒気がしてきたわ。
「あの……ところで。怪我人とかは、いなかったんですか?」
ただ、やっぱり気になるのは怪我人の事。クラスメート達も観戦していただろうし、その中にはフランチェスカもいただろうから。
「今の所は、一人を除いて軽傷者の報告もありませんね」
「そうそう。まあこの学園の生徒だし、Vipにはお付の人もいるしね。人的被害はほぼゼロよ」
「一人?」
「織斑君よ。まあ衝撃砲を受けてそのまま戦い続けたんだし、無理も無いけど」
何の事かと思ったけど。先輩達によると、あの時……一機目にとどめをさした時の加速の事らしい。
「……あの、一つ聞きたいんですけど。この事件は」
「悪いけど、誰にも喋ってはいけない事件ね。まあ、織斑君達にならいいかもしれないけど」
やっぱり、そうなりますか。
「さて、これはお詫び、ってわけじゃないけど。香奈枝ちゃん、良かったらこれを使ってみてくれるかな?」
「これは……アロマキャンドルですか?」
「そう。心理的ショックや恐怖を和らげる作用を持った物なの」
それは、ゼリーカップ程の大きさの赤い蝋燭だった。アロマキャンドルは使ったこと無いけど……。
「これって、火を付ければいいんですか?」
「ああ、それはね……」
使い方を教わり、私はキャンドルを受け取る。部屋で使うなら、フランチェスカにも配慮しないといけないけど。
ありがたく、使わせてもらいます。
「……全く。馬鹿だとは思っていたが、ここまでだとは思わなかったぞ」
「も、申し訳ありません……」
私の前では、篠ノ之さんが正座して織斑先生のお説教を受けていました。その理由は……言うまでも無く、あの応援。
気持ちは解らなくはないんですけど、敵ISの攻撃を招いて自分や宇月さん、マリュアージュさんや新野先生の命の危機を呼び込み。
そして織斑君達の戦闘を乱した……というのが理由です。織斑君への面会後、なのはせめてもの慈悲らしいですけど。
「お前の無謀な行いで、宇月や新野先生、アリュマージュが死の危険に晒された。それは、理解しているな?」
「はい……」
「ISを持たない身で、アリーナのシールドを突き破る攻撃力を持つ敵の一撃を受けてみろ。人間の身体なんぞ一発で跡形も残らん。
全く、衝撃砲を絶対防御無しで背に受けたあの馬鹿よりも無謀だ。だいたいだな……」
それからも織斑先生の説教は続き。そして一時間ほど経って、ようやく篠ノ之さんは解放されました。
「……もう良いだろう。篠ノ之、帰れ」
「はい……」
かなり辛かったのか、少しフラフラとしていますが……。何とか彼女は立ち上がり、教官室を出ていきました。……お疲れ様です。
「全く。例の機体の解析、生徒からの事情聴取、その後には乱入者に関する会議もあるというのに、とんだ道草だったな」
「あ、あはは……。それにしても、篠ノ之さんや宇月さん達が無事でよかったですね?」
話題を変える為の言葉でしたが、私は、思わず言葉をそこで止めてしまいました。
その時の織斑先生の顔に、何か奇妙な表情が浮かんでいたからです。それは――。
「織斑先生……?」
「……まあ、不幸中の幸いだったな。さあて、事後処理はまだある。今夜は徹夜だぞ」
ううう……。ここのところ、徹夜が増えたけど。またなんですかぁ……?
「私は寮内の見回りがあるので、先に解析を頼むぞ」
……え?
「解析面に関しては、君の腕は私よりも上だ。――では、また後ほど」
それだけ言うと、織斑先生は部屋を出ました。うう……。でも、信頼されてるってことですよね、これは!!
「が、頑張りましょう!」
自分で自分の意気を高めると、私は部屋を出ました。……そして、解析の結果。
あの一機目『ゴーレム』は無人機である事。そのコアは現存する467のコアどれにも当てはまらない事。
それらの事実が明らかになったのでした。ただ……四機目の攻撃により、その残骸の多くが激しく損傷し。
結局どんな組織が送ってきたのかは、分からないままでした……。
「じゃあ、報告をお願い」
「はい。まず乱入者一機目を、二機目の言葉から『ゴーレム』というコードネームで呼ぶ事にしました。
そして二機目を『レッドブラック』三機目を『ブラック』四機目は同じく二機目の言葉から『ティタン』と呼称します。
このうちレッドブラックに関しては、ゴーレムとの関連性は極めて大であると推測されます」
生徒会室では、虚ちゃんによる報告が始まっていた。この後先生方も含めて話をするけど。
その前に、私達だけで少々意見をまとめておく必要があったからだ。
「ブラック、ティタンのゴーレムとの関わりは?」
「ブラックに関しては、ゴーレムとは関わりなしかと思われます。
ティタンに関しては、データが少なすぎて回答不能かと。あの一撃のみのデータがあるだけですから」
私も報告を受けるまでは錯覚していたのだけど。あの時、一夏君が鈴音ちゃんを庇って受けた一撃――。
あれはどうも、レッドブラックの一撃ではなくティタンの一撃だったらしい。そしてその狙いは……。
「あれはゴーレムの残骸が狙いだった、ということね?」
「はい。射撃地点と射線から考察した結果、あの一撃は証拠隠滅の可能性が高いとの事です」
証拠隠滅、か。って事はゴーレムとティタンは繋がってるって事かしらね?
かたやユダヤの土人形、かたやギリシャ神話の古代神。コードネームにもあまり共通点が無いような気もするけど。
「まあ、ISの名称なんてそんな物よねぇ」
私のミステリアス・レイディはロシアの機体だけど名前は英語、武器は北欧神話、そしてそれを預かる私は日本人だし。
ラファール・リヴァイヴはフランス製だけど、その武器は殆どが英語だし。ああ、名称といえば……
「オールドー(秩序)にインペリウム(支配)……。レッドブラックの武装の名称だけど。やっぱりラテン語かしら?」
「はい。おそらくはそうかと」
「ラテン語の武器、ねえ。珍しい事だけど」
ヨーロッパ圏の言語の先祖といえるラテン語。だけど、これをISの名称に使用した機体は殆ど無い。
欧州連合所属となっている一部の機体くらいだけど……。まさか馬鹿正直にここが絡んでいる可能性は無いだろう。
「それと、アリーナの機能剥奪に関しては、ゴーレムの撃破と共に『ほぼ』解除された事が確認されました」
「そっちはやはり篠ノ之博士なのかしらね?」
私達や先生達が必死で立てたクラス別対抗戦の防衛計画。それを、たった一機であっさりと破るIS。
そんな事が出来るのは、博士しかいないだろう。正直、博士が関わってくるなんて想定外だった。自分の浅はかさに腹が立つ。
「IS学園には不干渉の筈だったんだけど。結局『天災』の思考を読みきれていなかったのかしらねぇ?」
「そうですね。ですが『サンダーレイン事件』や『神隠し事件』に比べれば、まだ損害は軽微です」
ああ、アレね。裏の世界、というか政治家の世界では有名な事だけど。――篠ノ之博士は、不干渉主義者ではない。
主としてISの実戦投入計画だとか、コアの強奪がらみだとか。理由は色々だけど、コアを奪ったり莫大な被害を与える事がある。
……実は博士の行動というのは、私とミステリアス・レイディにも少し関わっていたりするのだけどね。
「私も正確な事は知らないけど、世界で30個以上のコアが行方不明なんて話もあるのよねえ」
アメリカや中国など奪われた国も多いけど、勿論、奪われていない国もある。
国、というわけじゃないけど、このIS学園もその一つ。だからこそ、このIS学園に専用機+代表候補生が送り込まれるのだけど。
「これって、まずいかしら」
「そこまで心配する必要は無いかと。現在の所、各国政府は博士よりも敵対国の仕業ではと疑っているようですし」
そうね。ただ……私達にも確信は無い。90%博士の仕業で間違いないと思うんだけど、100%じゃない。
「篠ノ之博士だとするならば、おかしい点があるのよね。コアを破壊されてもいい状況に追い込んだ事もそうだし。
何よりもクラス代表たちの証言とも矛盾する、ある行動がね……」
そう。それが、私達がゴーレムを博士の使いだと断定できない点だった。コアをまるで使い捨てにするようなやり方もそうだし。
そして『あの時』の行動は、博士の指示だとしても奇妙だとしか言いようがない。それは――。
「まあ、その辺りはさて置いて。……『彼女』の事なんだけど」
「はい。調べた結果、彼女が最初にいた管制室から中継室までのロックされていた扉は五ヶ所。
その中でお嬢様が破壊した物が管制室の扉を含めて三ヶ所ありました」
ちょっと気になったので調べてみたんだけど。あの時強制ロックされていた隔壁により、アリーナ内部は寸断状態だった。
その中で、ただ一人自在に動いた人物がいた。――その名は、篠ノ之箒。博士の妹で、織斑君の幼なじみ。
何故彼女だけが、と思って調べてみたんだけど……。そのうち三箇所は、なんと私自身が管制室に向かうのに壊した扉だった。
つまり管制室を飛び出した時のように、私達が到着した後、私が壊した扉を逆から辿っていった事になる。
いやー、乗っ取られてたから物理的破壊が一番手っ取り早かったからだけど。……ただし、それでも疑問は残る。
「残り二ヶ所は?」
「中継室の扉と、A-05階段の扉ですね。このうち階段の扉は、どうやら電源の回線を破壊し手で抉じ開けたようです」
「回線を破壊? ちょっと待って、そんな事できるの?」
「どうやら停電用の手動システムが作動したようですね。電源の回線を破壊する事により、停電状態と同じ状況に扉がなったようです。
そして手動で開けられるようになった扉を、手でこじ開けたようです」
……確かに、プログラムが正常に働いていようが乗っ取られていようが電力で働いている事には変わりは無い。
喩えるなら、クラッキングされたPCなどを物理的に破壊することでクラッキングを阻止するような物。
そして電力が落ちれば、エレベーターとかにも備わっている、手動で扉を開けるシステムがある。
ただ回線は、そう簡単に破壊されるものじゃないはずなのに……?
「それで、中継室の扉は? それも同じなの?」
「これはプログラムを調べてみないと解りませんが……『何かをぶつけるような音がした後、扉が開いた』そうです」
「……ぶつける?」
「ええ。手動であけたのでは無いようですが……それよりも気になるのは、彼女が操作をしたと同時に、中継室の機能が回復したことです」
「それ、本当?」
「ええ。宇月さん、アリュマージュさん、新野先生が証言しています。
防護シャッターが解除され、その他の機能も回復していったと……」
……まさか、博士なのかしら? 中継室への入室もそうだけど。
「他の場所は、どうなってたの?」
「測定した結果、中継室だけでなくその時『同時に』他の機能も一部解除されていました」
……え?
「どういう事? さっき、ゴーレム撃破と同時に機能乗っ取りが終わったって聞いたけど?」
「はい。殆どの機能は撃破と同時に解除されたのですが。先んじて、幾つかの乗っ取りが解除されていたようなのです」
ああ、そういえば『ほぼ』って言ってたわね。そういう事だったの。
「……不思議ねぇ。乗っ取りを先行して一部解除した理由って、何なのかしら?」
中継室だけだと怪しまれるから、カモフラージュなのかしらね?
……ふう、天災(←誤字じゃないわよ)博士だとするなら。本当、あの思考は解らないわね……。
――だが、盾無の推測は間違っていた。
「あーあ、少しグダグダだったなー」
ここは、誰も知らない世界の闇の場所。至る所に機械の備品が並び、ケーブルが樹海の如き様相を成す部屋。
そこにいるのは――その姿を見たならば、誰もが我が目を疑う女性であった。
「まあ、これでいいか。どーせ実験だしねえ」
人間は一人しかいない部屋で、女性は呟く。年は20代半ばか。すらりと伸びた肢体と豊かな胸を持つ美女であったが。
彼女を目にした者は、その服装センスから正気さを疑うであろう。その服装は、中世ヨーロッパの貧しい家の子供のような服装だが。
男の子用と女の子用の服が交じり合ったような奇妙な服だった。例を挙げると、スカートの下からズボンが覗いているのだ。
その上、その服とは不似合いなほどカラフルな、お菓子の形をしたアクセサリーが所々に飾られている。
頭には魔女が被るような黒いとんがり帽子に、噴き出す炎までデザインされたカマドのアップリケが付けられていた。
「それにしてもびっくりしたよー。まさかああ終わるとは予想してなかったからね。まあ『あの子』も焦っちゃったんだろうね。
一部解除してまで『正体』を探ろうとしたんだから。開けてびっくり玉手箱、だねえ」
その時視線をふとそらすと、彼女が今もっとも力を入れて製作中のあるものが映った。その途端、表情が変わる。
「そうそう、それよりも今は『この子』だね!!」
その女性は楽しげに笑っていた。先ほどまでの事は、既に頭にないようだ。
「ふふふふふ~~ん♪ さーってと。理論もばっちりだし、早く組み立てないといけないね!!
この分だと六月末までかからないかな。流石は私だね!!」
上機嫌の女性。――だが、その顔に思案の色が混じる。
「うーん、それにしてもどうやって渡そうかな。学園に乗り込んでいってもいいけど、もう少し劇的に渡したいなあ。
確か『あの日』はIS学園は……うん。じゃあ渡す日は『あの日』にしよう。スケジュールも合うしね!!」
寝不足で深くクマの入った目をらんらんと輝かせながら、作業を再開する女性。ふと、その表情が変わる。
「お、お、お! いいアイディアを思いついたよ!! これで次の『ゴーレム』はパワーアップするよ!!」
子供のような笑みを浮かべて、その女性は一機目の乱入者の名前を呼んだ。――そう、この女性こそ、ゴーレムの製作者。名は――。
私は寮の見回りを終え、ある場所に向かっていた。やはり寮内は騒然としており、生徒は浮き足立っている。
……山田君には悪いが、彼女にはこういう時に生徒を大人しくさせる役目は向いていないからな。
それに、ついさっき布仏姉から連絡のあった、篠ノ之の行動の一件についての調査もあるからな。
「だが、今回は少々わからない事が多すぎるな……」
あの四機の乱入者達。特に一機目――二人目の乱入者の言葉を借りるならゴーレム、というらしいそれ――は。
やはり、束の使いなのか。だが、束のやり口にしては、二機目の乱入者が奇妙だった。
「……待てよ?」
私は今まで、ゴーレムと二機目を同じ存在が仕掛けてきたものだと思っていた。――だが。
もしも、一方がもう一方の計画に便乗したのだとしたら? ……しかし、それにしては不自然だった。
ゴーレムが束の使いであるとすると、二機目は何処に当たるのか。……考えられるラインは、あそこくらいか。
「亡国機業……」
私達とも因縁浅からぬ組織。……だが、奴らにしても引っかかる。退却を手伝ったという二機も含め、何処の国の機体とも違うIS……。
それを連中に開発できるだけの能力があるのだろうか。……それに、デザイン的にはゴーレムと二機目に共通点があった。
楯無も、あれを同型機の有人機仕様と無人機仕様ではないか、と推測していたが。
「……」
ゴーレムと、二機目。それが同一人物によるデザインだとするならば、束が『誰か』にISを与えた事になる。
……それが、解せない。奴が興味を持つような人間が増えた、というのか。だが、ログを見る限りではそのような人間には見えなかった。
破綻っぷりではあいつと近いような気もするが……。
「……いや、それも早計か」
束。あいつの仕業だと判断した時点で、私の考えが狭まっていた。それ以外の可能性、それも否定は出来ない。
事実、ドールという存在を作った輩もいる。それ以上がいない、などとは断言できない。
「それに、三機目と四機目もあるしな……」
応援としてやってきた二機。こいつらが二機目と同時に撤退した以上、仲間であると考えるのが適当だろうが。
四機目が、ゴーレムの残骸を証拠隠滅のために攻撃した可能性もあるという情報が出てきた。ならば四機目も束と……?
「まだ、情報が少なすぎるな」
パズルで喩えれば、互いに接さぬピースばかりで全体像がつかめない。……いや、だからといって止まる事はできんな。
「あの時のように、既に手遅れ――などという状況にさせるわけにはいかんからな」
十年前。私が、今の一夏達と同年代だったあの時の事件。もしもあの時に戻れるのならば、当時の私にこう言うだろう。
『束から……何より、あいつから目を離すな』と。しかし、それは不可能。だからこそ、もう繰り返させない。
○補足説明
今回の一件に関して説明しますと。箒が管制室から中継室に移動できたのは。
まず六割(※五ヶ所中三ヶ所なので)は、管制室に『扉を破壊しながら』やってきた盾無のお陰です。
盾無が破壊した扉を逆行する事で、箒はアリーナ内部を駆け巡れたのですね。
そしてもう一ヶ所、今度は局地的に停電させる(回線を切る)事で手動で動かせるようにしたわけです。
この辺りは、停電時のエレベーターを想像していただけると解り易いかと思います。
そしてラスト。中継室の扉は、箒が来ると同時に解除されました。しかしそれは束ではなく、ゴーレムの自主的判断だったのです。
……何故ゴーレムがそんな判断をしたのか。時系列で判断すると。
1.ゴーレムがアリーナの全機能を乗っ取り、掌握する。この後、乗っ取りを続ける。
つまりゴーレムは現実の戦闘と電子戦闘を同時にこなしていた事になる。
2.一夏たちと戦う。その最中、コア・ネットワークで『ある情報』を知る。
3.早く戦闘を終わらせる為、掌握していた機能の一部を解放。戦闘に集中する為。
4.が……恐れていた事態が起こる。
5.倒され、解放されていなかった機能も復活する。
さて、ゴーレムは何を恐れたのでしょうね?
○オリジナル事件解説
・サンダーレイン事件
ISが世に出て間もない頃、アメリカ軍で『ISを投入して某国反米ゲリラを一掃しよう』という計画が実行されようとした。
しかし現地に輸送途中だった5機のISが全て奪われる。ホワイトハウスには「ISで人殺しするなよ」と手紙があったという。
全てのデータを押さえられたアメリカは、黙るしかなかった。これを機に、アメリカはアラスカ条約に調印する事になる。
ちなみにサンダーレインとはその計画の名称。
・神隠し事件
某国所有のコアを、コア無しの国が奪おうとした。しかしその国の所有するミサイル・戦闘機・戦車などが八割『消され』る。
『もし実行したら残り二割も消すよ? 奪ったコアも私が奪うよ?』と脅されたらしく、計画は中止に追い込まれた。
現在その国は、大穴を空けられた軍事部門を増税により補おうとした為に政権崩壊寸前らしい。
なお『破壊』ではなく『消滅』だったが、その手段は不明。目撃者によると『整備していた戦車が目の前で消えた』らしい。
……インフィニット・ストラトスはラブコメの筈なのに無茶苦茶重たい話になった。何故だろうか。
次回は……すいません、シャルロッ党・ブラックラビッ党の皆様、もう暫くお待ち下さい。年内には、年内には!!