あたしは、一瞬何がなんだか解らなかった。無人機かもしれない乱入者を倒した事。
そしたら一夏があたしを突き飛ばし、その直後に荷電粒子砲が一夏を直撃した事。
そして――その一撃からあたしを庇った一夏が地上に落ちていく事。そこまで理解できた。
≪ゴーれむヲ倒しタ程度で調子に乗ルカらだ。くズメ≫
「第二の……侵入者!?」
「今度は有人機か!?」
声に導かれるように上空に視線を向けると、そこにさっきまでの奴とよくデザインのISがいた。
背中から変な筒みたいなのが生えてたり、頭上に楯状の非固定浮遊部位が浮いてたり。
黒や銀、赤に彩られていてカラーリングが違うけれど、多分、同じ系統に位置するであろう機体。
ただ全身装甲という意味では一体目と同じだけど、そいつからは生物の気配を感じる。
その声も、高かったり低かったりと異常だが、まぎれもない感情の込められた声だった。だけど……それよりも。
「一夏! しっかりしてよ、一夏!」
白式を纏ったまま地上に落下していく一夏に呼びかける。どうやら気絶しているだけのようで、呼吸はしているけど。
怪我は……見た感じ、無い。機体維持警告域(レッドゾーン)ギリギリって所だから、最悪の事態には至っていないみたい。
「凰さん、一夏さんを安全な場所にお連れしてください。それと、貴女のシールドエネルギーの補充も同時に」
「ええ、解っ……て、な、何を言ってるのよ? 一夏のことはともかく、私だけエネルギーの補充に行けって言うの?」
「凰さん、この中では貴方が一番シールドエネルギーが少ない。……補給は必要」
「オルコットや更識の言ってる事が正論だぜ。織斑を安全な場所に連れて行って、ついでに補給して、急いで戻ってこいよ」
「そうですわ。それに、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーは100%。あのような乱入者など、わたくし一人でも充分でしてよ」
更識、安芸野、そしてオルコットが言う。――確かにここは、グズグズしている場合じゃない。
一夏を、一秒でも早く安全な場所に逃がさないといけない。それは、間違いなかった。
「……解ったわ。一夏を安全な場所に避難させたら、すぐに戻ってくるから」
「じゃあ、織斑の事は頼んだぜ。こっちも、お前の出番は残しておいてやるからよ」
「早く戻ってこないと、わたくし達だけで片付けてしまうかもしれませんが」
そういうと、あたしはアリーナ入り口に向かって飛び始めた。この位置からだと、近いのは……。
『凰、聞こえるか?』
「千冬さん!?」
『状況はこちらでも把握した。戻るなら、東側のピットに戻れ。今そこで、エネルギー補給の準備をしている』
「……解りました!」
通信妨害が解除できたのか、千冬さんの声がした。冷静さを保っているけど、僅かに声が震えてる。
……そして背後では敵の足止めのための砲声が聞こえてくる中、一夏を抱え、あたしは東側のピットへと急いだ。
≪やラセルか……!≫
「おっと、お前の相手は俺達だぜ!」
「貴女のような輩がダンスの相手、など不愉快ですが。ここは、わたくし達がお相手しますわ」
「……」
二人目の乱入者――ケントルム――と三人の専用機持ちの戦い。それは、軽装甲の御影が前衛に出るという少々予想外の展開だった。
ブルー・ティアーズも打鉄弐式も遠距離攻撃特化の機体だから、選択肢は無いのだが。
≪うざッたイナ!≫
「ちっ!」
だからこそ将隆は、岩戸で戦うしかなかったのだ。だが、ただでさえ慣れない武装の上に対抗戦での破損もある。
やや、押され気味ではあったが。――幸いな事に、支援する二人は代表候補生だった。
「安芸野君、下がって!」
「おうよ!!」
僅かにタイミングを外す事が出来れば、様々なタイミングでミサイルを放てる簪と。
≪雑魚がうざッたイ……グあ!!≫
「わたくしがここにおりましてよ!!」
ブルー・ティアーズを『御影には絶対当たらない角度から』放てるセシリアがいる。仮にこれらに攻撃を仕掛けようとも。
「この野郎っ!!」
≪ぐア……!≫
今度は御影がその隙を逃がさない。少しづつ、敵のシールドが削られていった。
「このままっ……っ!?」
わずかに勝利が見えてきたその時、ケントルムの頭の上に浮んだ非固定浮遊部位から、ビームが発射された。
威力は一体目――無人機のビームよりもはるかに低いが、攻撃範囲が広い。
防御力の低い御影にとってはそれでも厄介なので、慌てて離れたが……。相手はまだ終わらなかった。
「な、何だあれ!?」
「サブアーム……?」
ケントルムの背中から、細い作業用ロボットのアームのようなものが出てきた。
そこに、マシンガン――ここでも使用されているIS用火器、レイン・オブ・サタディ――が展開され……そのまま発射された。
「げっ!! あ、あいつは四本腕なのか!?」
「っ!」
レイン・オブ・サタディにより生じた弾幕を、何とか回避する二人。……そう、二人しかいない。
≪……!?≫
「いきなさい!!」
ブルー・ティアーズがいつのまにか先程よりも更に上空に舞い上がり、そこからBT兵器による攻撃を仕掛けていた。
レイン・オブ・サタディが破壊されるが、ケントルムは慌てない。自らの纏うIS、プロークルサートル。
その中には、まだまだ兵器が詰まっている。そして、背中に背負った筒状部位からビームが発射された。
「対空ビーム砲!?」
筒状の部位の反対側は、機体の進行方向に加速するブースターだったが、それに対空ビーム砲を繋げたのである。
「だったら、地上から――なっ!?」
今度は打鉄弐式が動こうとしたが、既に先手は打たれていた。
実体化したのは、IS無しでは扱えないような超巨大火器。その口径は、主力戦車の主砲口径をも上回る大きさだ。
「だ、大口径の荷電粒子砲!?」
その情報が届くと共に、荷電粒子砲――インペリウム――が発射された。
それは何とか避けるものの、アリーナのバリアーに命中し激しく粒子が飛び散る。
≪マだまダ一発目だ。逃げ切レるかな?≫
「……おいおい、冗談じゃないぞ。あんなのまともにくらったら、一発KOだぞ」
先ほど一夏の受けた一撃よりは威力が小さめのようだが。それでもISを一撃で戦闘不能に追い込める威力だった。
≪ほらホラ……!!≫
「このっ……!」
≪当たルか!≫
戦闘の流れが変わりつつあった。非固定浮遊部位・エクェスからのビーム攻撃が、敵機を近づけさせない。
遠距離から攻撃しても、高い回避能力で避けられてしまう。
「くっ、ビットが!!」
副腕・ミーレスからの銃撃も厄介だった。マシンガンを展開し、銃撃する。
その精度は高く、ブルー・ティアーズを牽制していた。
≪次は、こレダ……!!≫
「なっ……!?」
その時。上空にしか撃てないと思っていたビーム兵器が、いきなり正面の方向からやってきた。
「な、何だあれ!?」
気がつけば、対空ビーム砲だったはずの筒状部位に新たに砲身のような物が取り付けられていた。
そこから、あのビーム砲が発射される。
「砲身を追加する事により、攻撃可能角度を変化させるという事ですわね」
「な、何だそれぇ!?」
「でも、最初からあの追加砲身を取り付けていなかった理由はあると思う、そこが狙い目……」
≪死ネ!≫
「!」
「っ!!」
対空ビーム砲だったデーポルタティオから、様々な角度への攻撃を可能とするビームが放たれる。
上空から狙うブルーティアーズと、地上から狙う打鉄弐式・黒金が同時に狙われた。
「ちっ……やらせるかよ!!」
≪甘イな!!≫
岩戸での電撃攻撃が放たれようとするが、それを防いだのは首や肩から下がるマント状部位・オールドーだった。
まるで別の生き物のように動き、電撃を発する部位が命中する寸前で岩戸を抑えている。
(俺の、鎮腕みたいなものか!?)
≪むン!!≫
「ぐふっ!!」
攻撃を失敗した御影へ、パンチが叩き込まれる。装甲の薄い御影にとっては、それも結構なダメージだった。
「な、何なのだ、あれは……?」
箒と香奈枝は、自分達が置かれている状況の変化を掴み取れないでいた。
解っているのは……二人目の乱入者の出現、そして織斑一夏が撃墜されて凰鈴音が連れて行った事だけ。
「貴女達!! 何をぼさっとしているの!!」
新野智子が腰を抜かしたアリュマージュを外へと出し、残る二人へと呼びかける。
それをみて、香奈枝は現状を思い出した。今の自分達に出来る事は、逃げる事だけという事を。
「篠ノ之さん、ここは逃げて!! 早く逃げないと、さっきみたいに狙われるかもしれないわ!!」
「ぐっ……! し、しかし!!」
「篠ノ之さん! 今の私達じゃ、応援も出来ないわよ!!
織斑君は凰さんに運ばれていったし、後は専用機持ち三人に任せるしかないでしょ!!」
「そうそう。ここは、皆に任せるしかないわよ。私も来たし、ね♪」
「……え?」
「ちゃお♪」
香奈枝の後ろから何とも気の抜けた、しかしこの場においてはとても頼りになる声がした。
≪まズハ、奴ヲ狙うか……≫
「やべっ!」
クラス代表達を翻弄する中、一気に加速するケントルム。
それが向かうのは、鈴や一夏の入っていった東側の入り口。クラス代表達も反応するが、間に合わない。
「そうはさせないわよ?」
≪ぐぁア!?≫
だが次の瞬間。……何が起こったのか、ケントルムがランスによって弾き飛ばされていた。
「……ランス?」
「あ、あのISは……!」
そこに、新しいISが参戦していた。その装甲は、青。しかしブルー・ティアーズのような青ではなく。やや薄い……水の青。
御影同様の軽装甲ではあるが、その全身を水のヴェールで覆われた華麗な機体。
そして同時に送られたデータが、クラス代表達やセシリアに彼女が誰なのかを教えてくれた。
学園の生徒会長にして最強の生徒、そして学生でありながら自由国籍を持つ、ロシアの現役の国家代表。名は――。
≪何で……何デ、オ前がコこで乱入しテクる……更識楯無ぃ!?≫
「あら、ご存知だったかしら? まあ、別に覚えてほしくも無いけどね」
不敵な笑みを浮かべ。苦戦する代表達にとっては頼もしすぎる増援がやってきたのだった。
……ん? ここは、何処だ? 鈴が、すぐ近くにいる……?
「鈴……? あれ、何で俺……」
「目が覚めたの!?」
「あれ……俺は……」
「あんたは、二人目の乱入者からあたしを庇ってボロボロにされたのよ。――ありがとうね、守ってくれて」
「いいって……って、二人目の乱入者!? どういう事だよ!」
そういえば、鈴を上空から狙ってる『白い』ISに気付いて。慌てて、その位置から遠ざけたんだっけ?
「ちょ、動かないでよ! あんた、気絶してたんだから!!」
「え……?」
その時になって気がついたが、俺は白式を纏った状態で鈴に抱えられていた。どうやらピットに戻る途中のようだが。
「今向かってるから、少し静かにしてなさいよ。千冬さんもいるみたいだしさ」
「あ、ああ」
……そして、そこで俺達を待っていたのは、意外な人物だった。千冬姉の後ろにいるのは。
「のほほんさん? それに、黛先輩も?」
何故この二人がここにいるのか、そして俺の知らない女子も二人いた。
タイの色から察するに、黛先輩と同じく二年生だろう。あと、リヴァイヴを纏った俺の知らない先生もいた。
「おりむー、りんりん、お帰りっ~~」
「さ、エネルギー補給と簡易修理やるわよ!!」
「おうよっ!!」
「はい~~!」
しゅ、修理?
「ま、待ってくれ、先輩。セシリア達が戦っているんだ、あまり時間は……」
「心配御無用っ! エネルギー補給の時間で、できる限りしてあげるわよ」
黛先輩は、自信満々に工具類や予備パーツを取り出した。更に、のほほんさんや知らない女子二人も続く。
「ちょっと一夏、あんたまだ戦う気なの!?」
「だって、乱入者がもう一人いるんだろ? セシリア達だけに任せて置けないぞ!!」
「だからって、弱っちいアンタが行ってどうするのよ!! さっき撃墜されたの、もう忘れたの!?」
ぐ……。倒された以上、反論できない。
「そこまでにして置け。……織斑、お前も出ろ」
「は、はい!!」
「ちょ……ち、千冬さん!?」
「凰、お前の心配も当然だが、二人目が出てきた以上は更なる増援の可能性もある」
「だったら外部からもっとISを呼べば――って、無理……か」
「そういう事。だって、ここへの攻撃自体が陽動だという可能性があるから」
鈴は、自分の言葉の途中に納得したようだった。俺の知らない先生の言葉も、それを裏付ける。……それにしても。
「……早い」
俺は、唖然としていた。先輩達と、のほほんさんの修理速度――それは、俺の想像をはるかに超えていた。
俺達が言い争っている間にも、白式と甲龍の補給が進んでいく。
「甲龍の装甲破損は、とりあえず打鉄用のチップパーツで応急処置~~!」
「駆動システム、問題無しですね~」
「各種プログラム、問題なしだぜ!」
「スキャナーデータ、オールグリーン。……エネルギーチャージも完了したわ!!」
最後の黛先輩の声で、エネルギー補充が済んだ事が解ったが。それまでに、殆どの処置も済んだらしい。
「そっか。……じゃあ、鈴。行くか。乱入者を倒して対抗戦が終わったら、またいつもどおりに戻ろうぜ」
「……うん。あんたも、もう無茶しないでよね」
「おう」
とはいっても、もしも機会があれば俺は躊躇う気は無いけどな。
「――織斑」
「は、はい?」
「お前はくれぐれも、冷静になって戦え。仲間を庇うのも良いが、お前が怪我をしては奴らも悲しむ。
誰のために戦うのか、どういう結末を望み戦うのか。それだけは忘れるなよ」
「……はい」
千冬姉には、お見通しのようだった。……ふう、と一息ついて心を落ち着けさせる。
白式は装甲破損もあったが多少なりとも修理されている。……全力とはいえないけど、俺もこれでまた戦える。
「とりあえず、応急処置はしておいたわ。虚先輩がいたら、もう少し出来たんだけど……」
「仕方ないよー。お姉ちゃんは、通信管制の仕事があるんだしー」
虚先輩って、たしか宇月さんが勉強を習ってた……。そういえば、のほほんさんの姉だって宇月さんが言ってたな。
「紹介してあげるからー。……ちゃんと帰ってきてねー」
どうでもいいが、俺は口には出さなかった筈なんだが……。
「よっしゃ、行って来いヒーロー!」
「がんばってきてくださーい」
「ふれー、ふれー、おーりーむー! がんばれがんばれりーんりん!!」
「京子やフィー、私や本音ちゃん達の出番はここまで。後は、貴方達に任せるわ。――良い写真撮らせてよね!」
「ありがとうございましたっ!」
「……どうでもいいけど『りんりん』はやめてよね」
京子さん、フィーさんというらしい先輩二人に、そしてのほほんさんと黛先輩に。俺は感謝の意を込めて手を上げ。
万が一の乱入を恐れて閉ざされていたゲートが開くと同時に一気に加速し、再びアリーナへと戻っていった。
≪どウせマダ、その機タイは未完成ダろウが!≫
「あーら、ごめんなさい。急ピッチで完成させたのよ?」
ロシア国家代表の機体、ミステリアス・レイディの増援。それは客観的に見れば、私達にとっては望外の増援だった。
さっきまで三人がかりでやや押されていたにもかかわらず、今は第二の侵入者相手にほぼ一人で互角の戦いをしている。
もう、あの機体一人で良いんじゃないかって思うくらい。連携の無さだとか、各種エネルギーの消費だとかを考えても。
私達の間に存在する実力の差が、どれだけ大きいものなのかを実感させられてしまう。
「……やっぱり、違うのかな」
専用機ミステリアス・レイディを駆る姉さんを見て。また、私のコンプレックスが目覚め始める。
打鉄弐式と、ミステリアス・レイディ。これに差があるのではなく、私達に……。やっぱり、私じゃあの人には……。
「何をしていますの、更識さん。集中しなければ、倒されますわよ?」
「お、オルコットさん……」
初対面、というわけではないけれど彼女には気後れする。それは、彼女の自信溢れる眼差しが私の自信の無さを刺激するから。
そして入試の際に主席を彼女に取られた事で、色々と言われてしまったから……。
「貴女は、生徒会長の目を見ていないのかしら?」
「え……?」
オルコットさんに言われて、ハイパーセンサーで捉えたのは……いつもの飄々とした目とは違う、必死な目。
「乱入者とISで戦うあの方の目……。必死で、今自分にできることを行っている方の目。素晴らしいですわ」
それは、苦しいけど否定できない事だった。どういう経緯で援軍に来たのかは知らないけれど、今は必死で戦っている。
更識家だからか、生徒会長だからか――あるいは別の理由だからか、それとも複数の理由なのか。
ただ私と一つだけ、雲泥の差があるのは。迷い無く、この戦いに望んでいるという事。
「わたくしにも、憧れる人はいました。ちょうど、今のあの方のような目をなさった方でした」
……?
「ISを得たとはいえ、追いつけはしません。もしかしたら、生涯をかけても無理なのかもしれません」
一体、何を……?
「貴女とお姉さんの仲のことは、わたくしは存じませんが……。自分のやるべき事をやらない者に、勝利などありえませんわ」
「……!」
彼女は、気付いていたのだろうか。私が『何に』悩んでいるかに。そして『何を』やるべきかを。
「……オルコットさん。一緒に、援護をしよう」
「ええ。かつて1923年に失効した英日同盟再び、と参りましょうか」
ミサイルを使い切ったポッドをパージし、春雷のエネルギーを確認する。……まだ、いける。
「簪ちゃん……!」
私は、冷静であらねばならない戦場で高揚を押さえきれなかった。あの子が、立ち上がろうとしている。
こんな状況でなければ、虚ちゃん辺りと祝杯(※ノンアルコール)を挙げたい所なのに。
「無作法な人ね。感動に溺れる所なのに戦場に溺れさせるなんて」
≪黙レ……小娘……!!≫
ふむ、人を小娘呼ばわりするって事は年上なのかしら? 普通に考えれば当然なんだけど、織斑先生の例があるからね。
ただ、感情の制御が出来ていないところを見ると、それほどバックは良い組織じゃないみたいなんだけど。気になるのは……。
≪マサか、そノISがもウ完成していタトはな……!≫
目の前の敵は、明らかにこの霧の淑女の事を知っている。だけど、詳細は知らないみたい。
まるで『このISが今ここにある事がおかしいような』発言をしている。……それが本心なのは、変声機越しだって解る。
「一体貴女は、何処から来たのかしらねえ?」
≪……≫
おや、黙っちゃったかしら。ただ、仮にもこのIS学園に乱入してきた狼藉者……。捨て置くわけにはいかないわね?
「っと、危ない危ない」
円月刀を避け、同時に副腕の持つアサルトカノン『ガルム』の弾丸をナノマシンにより形成される水のヴェールで防ぐ。
さて……あらあら。
≪うざったイ小虫ガ!!≫
簪ちゃんとセシリアちゃんが、楯状の非固定浮遊部位を狙ってきた。当然そちらからの攻撃が途絶えるから、助かる。
接近戦だから、あの追加砲身の武器も使えない。後、私が注意しなければならないのは……。
(さっきから私の攻撃を防いでいる、この対近接戦闘用装備よねぇ?)
自動防御を可能とするらしいこの装備のせいで、中々シールドを削れない。ふむ、どうした物かしら。
(あら?)
上空で機を窺っていたセシリアちゃんが、何かを仕掛けようとしているわね。……ふむ。
≪サて、そロソろ止めだ……む!?≫
その時、上空からブルー・ティアーズが接近してきた。手には近接戦闘用のショートブレード・インターセプターを構えている。
ビット兵器は本体に戻り、スターライトMarkⅢも収納されている。
「お、オルコット!? お前が前に出てどうするんだよ!!」
≪小娘が……馬鹿メ!!≫
迎撃せんと、デーポルタティオとエクェスが砲門を向ける。――だが!
「引っかかりましたわね」
≪!?≫
次の瞬間、インターセプターが収納されてブルー・ティアーズは急上昇する。その時、別角度からミサイルが迫っていた。
≪打鉄……弐式!!≫
とっさにエクェスでミサイルを迎撃せんとしたが、それまでだった。
簪自身が直接操作するミサイルはデーポルタティオ付近で爆発し、その威力でビーム砲を破壊した。
≪ぐ!!≫
「砲身が大きくなれば、被弾率もあがるのは当然……」
「それに、速射性も落ちていたようですわね。先ほどのわたくしへの対空攻撃よりも、遅かったですわよ?」
そう。デーポルタティオの追加砲身のデメリットは、長大化による被弾率の増加と、速射性能の低下だった。
砲身を追加した状態では、コアから供給されるエネルギーが装備中間ではなく、元々の砲口付近で集束される。
その分の時間や、砲口付近で行う事への冷却時間の増加に伴い、速射性能が低下するのだった。
≪オノレ……!!≫
「あーら、よそ見している余裕なんて無いわよ?」
水のヴェールが一瞬消えて、一瞬でプロークルサートルに纏わりついた。そして――爆発する!
「清き熱情(クリア・パッション)の瞬間発動タイプ……急流の熱情(トレント・パッション)とでも名付けようかしら。
どう、アクア・ナノマシンの爆発は?」
≪ぐ……!≫
楯無の駆るミステリアス・レイディの特色は、極小の機械――ナノマシンにより水を操作する事にある。
今のは、それを一極集中し。ISから発生したエネルギーを、水のヴェールを構成していたナノマシンに伝達。
そしてナノマシンから放出された熱エネルギーを使用した爆発攻撃を仕掛けたのだ。
「さてと、後は――っ!!」
その時、アリーナ上空から『何か』が降り立った。土煙がやむと、そこには黒色の装甲をした、刀剣を持つISが立っている。
全身装甲ではないが、かなりの重装甲であることは外見からも窺える。頭部もヘルメットとバイザーに覆われまるで解らない。
爪や牙を模した装飾を全身に配置したその姿は、まるで獣のようでもあり、その漂わせる気配もまるで獣のように荒々しい。
「増援のISかしら?」
≪……情けナいな。あレだけ大口を叩いテ、この有様とハ≫
≪五月蝿い! 何故貴様がココに……!!≫
≪手助け、だ。――では、参ル≫
そういうと、黒いISは盾無に斬りかかった。日本刀が、鞭のように撓る蛇腹剣ラスティー・ネイルと斬り結ぶ。
≪ほう。こノ分徒(わかち)の斬撃ヲ受け止メルトは≫
「あいにく、これでも生徒会長を――っ!?」
だが次の瞬間、分徒が収納され、瞬時に別の刃が出現した。分徒が日本刀なら、こちらはグレートソード。
2m近い大剣が振るわれ――閃光と衝撃がミステリアス・レイディを襲う。
「っ!? ら、高速切り替え(ラピッド・スイッチ)!? しかも今の、エネルギーの斬撃!?」
≪……≫
「これ以上はさせませ……っ!?」
黒いISは楯無に続けざまにエネルギー斬撃を放つ。それに対し、セシリアが黒いISに攻撃を仕掛けようとするが……。
≪俺を忘れチゃ、困ルな……≫
プロークルサートルが再び動き出した。……そして戦いは、楯無VS黒いIS。
そして一年生VSプロークルサートルへと移っていったのだった。
「……」
楯無は、黒いISの攻撃を受けながら後退していた。防戦一方のようにも見えるが、直撃は無い。
ナノマシンにより再度形成された水のヴェールで分徒を受け流し。あるいは、エネルギー斬撃を弱体化させていた。
≪ほう。……持久戦ニ持ち込ム気か≫
「さあて、どうかしら。……それに、貴女の正体も探さないとねえ? その太刀筋、とかからね」
≪……!?≫
僅かに、黒いISが動揺を見せた。国家代表たる更識盾無相手に、その動揺の代償は大きい。
「はい、そこ」
≪!!≫
ラスティー・ネイルから突撃槍――ランスへと攻撃を切り替え、黒いISの肘部の裏側を攻撃する。
装甲に覆われていないここならば、かなりの痛打となり。シールドエネルギーを、かなり消耗する事となった。
≪小賢しイな……≫
「いやあ、貴女の近接戦闘力はとんでもないものねえ。……一体、何処の誰なのかしら?」
≪……≫
それには答えず、黒いISが動き出した。今いるよりも更に上空……バリア有効範囲ギリギリに近い辺りへと移動する。
「あらあら、お帰りかしら?」
≪コの一帯ダケ、湿度が異常に上昇シた。……何カを仕掛ケタようダな?≫
「ちぇっ、見破られちゃったかぁ。……もう少しだったんだけどなあ?」
口調は悔しそうではあるが、楯無は油断無く相手の動向を見守っていた。――その下では。
≪アレは……!!≫
「こっちも戻ってきたみたいだし。……さあて、もう少し私と遊んでもらうわよ?」
『簪様』
「……!?」
打鉄弐式に届いたプライベート・チャネル。それは、管制室にいる布仏虚のリヴァイヴからの物だった。
『ど、どうして貴女がこの番号を――! ……本音から?』
『申し訳ありません。万が一の為と思い、私からあの子に伝えさせました』
『……それで、どうしたんですか?』
『管制室からの情報をお伝えします。……現在確認されている乱入者は、そこにいる二機のみです。
それとたった今、全ての非戦闘員の避難が完了したとの連絡が入りました。故に、流れ弾などを気にする必要はありません。
それともうすぐ、一組・二組の代表も戦線復帰するでしょう。……もう一つ、これは個人的な事なのですが』
そこで一息つき。更識簪にとって、意外な一言が告げられた。
『私も本音も、貴方達姉妹が同じ場所で戦うことを、この上なく喜ばしい物だと思っています。
乱入者を倒すのも大事ですが……どうか、怪我などなされぬように』
『う、虚さん……』
そして。管制室の布仏虚は、纏ったリヴァイヴでの通信を閉ざした。そこには、ピットから織斑千冬が戻ってきている。
「布仏、貴様も物好きだな。わざわざ更識に、プライベート・チャネルとは」
「更識家に仕える者として、少しばかり差し出がましい真似をしただけです」
「だが、奴はある意味吹っ切れたようにも見えたが?」
「ええ。ですから、今だからこそ薪を火にくべたのです。燃え始めた火が、消えないように」
「……珍しい事だな。お前が、そのような対応をするのは」
こちらも珍しく、驚きを露わにする。更識姉妹の不和に関しては、布仏虚は不干渉であった筈なのだが。
「私も、木石ではありませんから。それよりも、ピットの方は?」
「一応私が赴いていたが、ゴールディン先生もいたしな。……杞憂だった」
「それも必要ですよ。備えが無駄に終わる事は、望ましい事なのですから」
それで、二人の会話は終わり。千冬は事態の総合判断、虚は各ISからの情報統括に入る。
乱入者と実際に戦うわけではないが、ここでもまた乱入との戦いが続いていたのだった。
更識会長と黒いIS――乱入者三号が上空で戦い始め、俺達と乱入者二号が再び戦い始めようとした時。
ピットから、織斑達が戻ってきた。
「一夏さん、大丈夫なのですか!?」
「ああ、待たせたな。……って、あれ? あっちの二人はなんだ?」
「俺達の助っ人と、あっちの助っ人だ。……それよりも、今はあいつだぜ」
さっきまで会長に散々にやられていた乱入者二号。だが、まだまだ戦えるようだった。
「そうか。なら、さっきの分も返してやるぜ」
≪ふッ……≫
織斑が、静かに。だが怒りを込めて言うと……乱入者二号が、鼻で笑った。
≪更識楯無にはヤラれタが……お前らみタイなガキに、負けるカ≫
……確かに、更識会長が来る前の俺達は少し押され気味だった。
だけど、今は織斑と凰がいる。……数が多ければ、っていうわけでもないだろうけどな。
「ふん、代表候補生三人を相手して勝てる気?」
≪さあて、ナ? ……ダけドナあ、足手マといガイちゃア勝てねえよ!!≫
「!!」
左のサブアームから対IS用特殊徹甲弾を装填した大口径砲が展開し。それは、更識を狙っていた。
「っ!!」
かなりの弾速を持つ必死で見極めたのだろう、打鉄弐式が回避する――が。
≪ザこが、手間取らセルなっ!!≫
今度はあの大口径荷電粒子砲を展開した。――!
≪……なっ!!≫
「織斑!?」
更識に向けられた荷電粒子砲を消し去ったのは、織斑だった。
瞬時加速で距離をつめ、零落白夜で攻撃を消し去ったらしい。あいつ、一瞬で敵の狙いが更識だと読みきって。
彼女の前に向けて、加速したって事か? それに零落白夜って、シールドを消すだけじゃないのか。初めて知ったぞ?
「大丈夫か、更識さん!!」
「う、うん……あ、ありがとう」
何かあいつ、またフラグ立てたんじゃないか? まあ、今更驚かないけど。
≪ちっ、雑魚一匹庇ウノに零落白夜か。エネるギーを消し去れルトはいえ、勿体ねえ事ダ≫
乱入者は、嘲笑うような口調だった。って……あれ? 何か今、違和感があったような……?
「何がおかしい!」
≪ウっセえあァ、唐変木のフらグ乱立ヤローガ≫
「誰が唐変木だ! あと、フラグって何だ!!」
……多分俺と、あと何人かが『お前だ!』ってツッコミ入れてるな。だけど……
「無茶すんなよ、織斑。冷静になれ」
人を侮蔑するような野郎……いや、女か? それよりは、天然のフラグ乱立ヤローの方がマシだ。
「お、おう。……それより、まだいけるか?」
ちらり、と目をやるとオルコットと凰が一緒に足止めを開始していた。ブルー・ティアーズっていう兵器と衝撃砲。
共に左右をきめて攻撃しているらしく、誤射は無い。それに対して相手は対エネルギー兵器用シールドを展開させて防いでいる。
一機目みたいな回転攻撃はいないらしいな。……このまま、押し切れそうか? だが……
「そろそろ、限界なんだよなあ」
「うん……」
俺と更識はほぼ戦いっぱなしだ。御影のシールドエネルギーもかなり削られてるし、その他のエネルギーも少ない。
更識の方だってミサイルはかなり消費しているだろうし、あの小口径荷電粒子砲だってエネルギーは無限じゃない。
……俺達も織斑のように補給にいくという手もあるが、さっさと片付けた方が良さそうだよな。……なら。
「織斑、俺が一撃を加えたら零落白夜でぶった斬ってくれるか?」
「ああ……え!?」
「なっ!?」
「ちょ!? いきなり、何やってるのよ!!」
「更識さん!?」
俺達が少し打ち合わせをしていると、今まで隣にいた更識が、いきなり突撃していた。な、何でだ!?
鳳やオルコットもいきなりの行動に驚いて、手が止まっちゃったじゃないか!?
「ごめん、虚さん……!」
≪ちッ、雑魚ガ抗ウな!≫
乱入者二号は、荷電粒子砲を更識に向ける。――だが彼女は避けようともしない。被弾覚悟で突撃か……?
誰かに謝罪をしているようだけど、自分が狙われるであろう事を逆手にとった、囮って事か?
「――アーマーパージ!!」
その瞬間、打鉄弐式の装甲が強制排除された。部分展開も可能なISで、これは普通ありえない。
だが、これの利点は一瞬で全身の装甲を排除できる事。そして機動性や加速力を損ねていた重い装甲が無くなれば、どうなるか?
――言うまでもない、それらが防御力と引き換えに急上昇するんだ。
「全武装展開……フルバースト!!」
≪グ!!≫
必殺の一撃を避けられ、その上飽和攻撃かというほどの大量のミサイル。更に小口径とは言え荷電粒子砲。
そんな攻撃を喰らったら、流石にただではすまない。奴もさるもの、その攻撃を受けつつも大口径荷電粒子砲を展開したが……。
「……その隙、貰ったぜ」
≪い、イむペリウむガ!? お、オノれ!≫
更識が突撃した事でオルコットと凰の攻撃が止み、俺がステルス機能を使える隙が出来た。
そして隠れて近づき放つ小烏の一撃は、大口径荷電粒子砲のトリガー付近から砲を貫く。
イムペリウムというらしいその粒子砲の構造はよく解らなかったが、小さな爆発を起こして使用不能になったようだ。
「なあ、俺達に構ってていいのか? ――忘れてるだろ?」
≪!!≫
気付いたようだがもう遅い。俺と更識に気を取られたのが命取り。――結局は『足手まとい』でも『雑魚』でも無かったな?
ハイパーセンサーの捉える、空間圧作用の確認。甲龍より感じられるそれが、乱入者をロックオンし。
「フルパワーッ!!」
さっきの乱入者一号を撃破した時の織斑加速用と同レベルの衝撃砲が、乱入者を穿つ。コイツを喰らえば……!
≪こ、こノ程度で!!≫
だが、しぶとい事に奴は倒れない。――だけど、俺達の攻撃はまだ終わってない!!
「織斑、決めろおおおっ!」
「おうっ!」
≪お、オーるドーが……! あノ雑魚ドモめ、こレを狙ッテいタノか!!≫
突っ込んできた織斑の零落白夜が、乱入者二号を横なぎに一閃し。奴のシールドエネルギーを加速度的に削っていく。
さっき俺の一撃を止めた対近接戦闘用兵器、それは更識や凰の今の攻撃で破壊された為に用を成さない。
「ギリギリまで、削り取ってやる!」
「っ!」
零落白夜の光が、相手のシールドエネルギーを削り取る。そして機体へとその攻撃の威力が通達され、IS自体にダメージが行く。
さっきの織斑がそうだった機体維持警告域を通り過ぎ、ISが強制解除されてとうとう乱入者二号の正体が明らかに――。
「――! 皆、下がって!」
上空からの更識会長の声と共に、俺達は全員とっさに下がった。そして直後、俺達のいた辺りを高出力の荷電粒子砲が薙ぎ払う。
……イムペリウムよりも、威力は上だ。御影のセンサー測定が間違いじゃないなら、織斑を撃ったのと同じ……じゃあ……!?
「な、何だ!? 増援か!?」
≪お前ハ……!? 『ティタン』だト!?≫
織斑の声に上空を仰ぎ見ると、そこに四機目の乱入者のISがいた。巨体を持つ、何処か一機目に似た雰囲気の全身装甲の白いIS。
今の荷電粒子砲はその手に備え付けられた物からだったらしい。どう考えても俺達の味方ではなかった。
……というか、今あいつ、何処から出現したんだ!? 出現したタイミングが解らなかったぞ!?
≪下がるゾ≫
≪チッ……!≫
白いISが乱入者二号に話しかけると、会長が相手をしていた奴が、フルフェイスヘルメットを被った女を回収する。
乱入者二号の正体であろうそいつを含めて三人が集まって……って、何だあれ?
「黒い、穴?」
まるでブラックホールのような黒い穴が、空中に出現していた。そしてその中に、侵入者達は逃げ去る。
そして黒い穴が消えるまで、30秒足らず。……散々大口叩いていたわりに、逃げ足は速いな。
「ふう。何とか、終わったわね」
そう言いつつも、更識会長はまるで気を抜いていないようだった。
自衛隊で武術訓練の時に習った『残心』って奴なんだろうか。今なお警戒は解いていない。
「まさか、ここまで苦戦するとは……! い、一夏さん!? どうなさったのですか!!」
「だ、大丈夫だ。ちょっと、な」
ぐらり、と倒れかける織斑をオルコットが慌てて支える。……悔しいが、その様子は随分と様になっていた。なってはいたんだが。
「ちょ、ちょっと何してんのよ! 一夏を渡しなさいよ!! 一夏はあたしの幼なじみなんだから!!」
「そんな事は関係ありませんわ! だいたい貴女は先ほど一夏さんを運んでいったのですから、今度はわたくしの番ですわ!!」
「アレはアレ、これはこれでしょ!? ええい、渡さないって言うんなら……」
「あらあら」
「おいおい……何やってるんだよ、二人とも」
「……」
どうすんだこれ。収拾つけられそうな会長は笑ってるし、張本人の織斑はフラフラだし、更識は呆れてるし。俺がやるしかないのか?
『おい馬鹿娘ども。こちらにも聞こえている事を忘れるなよ?』
ああ、いたんだな。この場に収拾をつけられる人物が。オルコットも凰も、ついでに織斑と更識と俺も無茶苦茶ビビっている。
『オルコット、今から東ピットに来い。織斑を回収する。残った者達は、念のため警戒しておけ』
「了解です、先生」
「はい……」
そして結局、警戒が解けたのは一時間後。……はっきり言って、かなり疲れた。
俺以外――凰と更識姉妹――はまだまだ元気そうだったが、これが代表候補生の実力って奴なのかな。
「ぐっ……まさかあそこで、更識楯無が出てくるとは、な……!」
乱入者二号――ケントルムは安全な場所へと逃げ帰っていた。そこには救出相手であるアッシュ、ティタンがいるのだが。
それらへの感謝の言葉も無いようだった。
「驕るな、ケントルム。私達が出なければ、どうなっていたのか解らないぞ」
「……ちっ」
アッシュの言葉に歯軋りをするが、ここで暴れない程度の分別はある。ただ、懐中時計の鎖が僅かに歪んだ。
「それと、先ほどスコールの方から連絡があった。マルゴーが近日中にIS学園に行く事が正式に決まったらしい。
仲良くしろとは言わないが……あまり目立つなよ」
「……解ってる。で、マルゴーのクラスは何処だ? まさか一緒だとは言わないよな?」
「ああ。あいつの加わるクラスは……一年四組だ」
「あのウザい根暗眼鏡のクラスか。せいぜい引っ掻き回してやれよな」
混乱を予期してかすかに溜飲を下げたのか、ケントルムが笑った。
フルフェイスヘルメットを脱ぎすて、体型変化機能付きのISスーツを脱ぎ、最近になって着慣れたIS学園制服、それに身を包みながら。
「……これで、良かったのよね」
IS学園食堂近くでは、ある女子生徒が溜息をついていた。突然の対抗戦中断に騒然とする中、そっと場を離れたのだが。
(でも大丈夫かしら。……まあ、四人もいるんだしゴーレム一機なら何とかなるわよね)
――実は彼女も、学園側に襲撃予告をした一人だった。だが、彼女は知らなかった。
乱入者はゴーレムだけではなく、他にもいた事に。通報者も一人ではなかった事に。――そして、彼女の行為が齎す波紋の大きさを。
何故か将隆視点が増えた。何故だろう、主役よりも多いのは。
とにかく、これにてクラス対抗戦は終了。長かったなあ……。とはいえ後始末があと一話分あるけど。
しかしその後も長そうだ。いつになったら二巻や三巻の話が書けるやら。