一夏たちが乱入者との戦いを始めた時。アリーナの管制室では、突如の乱入者への対応に追われていた。
「お、織斑先生! い、いくらなんでも危険すぎます!」
「だが、観客が避難するにも時間がかかる。連中には、それまでの時間を稼いでもらわねばならない。
初手から施設内部への攻撃を仕掛けず、連中の戦いに乱入したことからしても、目的が連中である可能性は高い」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「それよりも現在の状況を把握できたか? 報告しろ!!」
「通信回線、ほぼ全面遮断されました! その他も、こちらの操作をほぼ受け付けません!!」
「……システムをほぼ乗っ取られたか。対応班はどうしている!!」
「三年の精鋭が、こちらと共に解除活動に入っているでしょうが……。まだ、押され気味です!」
そう言って必死で乗っ取りを解除すべくキーを打ち続ける職員だが。それは、進んでいなかった。
「客席の避難は?」
「隔壁が、避難ルートの物まで強制閉鎖されている為、進んでいません!」
「そこまで乗っ取られたか……。最悪、ISを使っての隔壁破壊も止むなしだ。日本政府に援軍を要請したか!?」
「それはぎりぎりで間に合いました!!」
「外部状況は把握できるか?」
「出来ません! アリーナ外部に配置したIS部隊への連絡も、阻害されています……!!」
「ブルー・ティアーズも、解放回線(オープンチャネル)が使用不可能になっていますわ……」
「ちっ……。ここに一機、特化使用のISを置いておくべきだったか……」
ここにはブルー・ティアーズがあるが、それのオープンチャネルをもってしても外部との連絡は叶わなかった。
その装備を通信関連に特化したISならば、あるいは叶うかもしれないが。
あいにくと学園のISはほとんどが戦闘仕様で周辺警備に回されており、管制室まで配備する余裕が無かったのである。
「……先生、質問があります」
「後にしろ」
「いいえ。――もしかして、あの乱入者の事を事前に知っていたのでは無いですか?」
「何を言っている。今回のクラス対抗戦は、専用機のみということもあって各国から来客がある。
だからこそ、例年よりも大掛かりな警備体制を組んでいただけの話だ。まあ、それを上回られた以上は大きな口を叩けんがな」
「……」
「それよりもオルコット。クラス代表たちと個人秘匿回線(プライベートチャネル)での交信は出来るか?
オープンチャネルは使えないようだが、プライベートチャネルなら使えるだろう?」
「それは、一夏さんとでしたら既に回線を繋げた経験がありますから、何とか。……! 通じましたわ!」
苦々しさを隠さず告げた担任に、セシリアも黙る。そして、そのまま指示を実行に移した。
一般回線と近いオープンチャネルと違い、IS同士が実際に回線を繋いだ経験が無ければ使えないプライベートチャネル。
それならば、と周囲の期待も集まる中……セシリアは、笑顔の回答を返した。
「よし。それで、今はどうなっている?」
「は、はい! ……!! 戦闘が始まったようですわ!! え……? 乱入者は、一機の……IS!?」
「一機だと……?」
「それと先生。乱入者は呼び掛けにも何も答えないようです……」
「そうか。……そういう、事か」
千冬は、この乱入者の目星をつけた。それは混乱する管制室では、誰にも聞き取られなかったが。
「先生、わたくしに出撃許可を! あの四人は対抗戦で消耗していますわ! わたくしが――」
「……通信系が断絶していなければそうしたい所だがな、それにこれを見ろ」
「アリーナのシールドレベル……4!?」
「お前のブルー・ティアーズでは火力が足りまい。アリーナ全体はシールドバリアーに覆われているのだからな。
あの乱入者並の火力が無いと、援軍を送り込むのは無理だ」
「で、ですけど……」
「それに、唯一奴らと連絡の取れるお前をここから出すわけにもいかん。情けない話だが、他の通信機器は全滅に近い状況なのでな」
「で、ですが! このままでは、一夏さん達を見殺しにしてしまいますわ!! ここは、通信の重要性を無視してでも侵入者を――」
「奴らの力量が足りねばそうなる。……だが、奴らはそれぞれ研鑽を重ねてきた奴らだ。少しは信じてみろ」
「そ、それはそうですけど……あら?」
「どうしました、オルコットさん?」
「いえ、この場に近づいてくるIS二機の反応が、コア・ネットワークによって……でも、これはIS学園所属の信号を……?」
「……来たか」
その存在に心当たりのある千冬がそう言った時。管制室の閉ざされたドアが、水によって切り裂かれた。
「っと!!」
俺達は、乱入者との戦いを始めていた。俺と織斑が前衛、凰と更識が後衛。
だが、相手が速くて一撃を簡単には当てられない。
「全身装甲のくせに、素早い奴だな。てっきりスーパーロボット系だと思ったのによ」
「スラスターの配置バランスと出力が、かなり高い。ゼロ距離からの回避も出来るみたいだし」
「そうなのか。で、どうすればいいと思う?」
「普通なら、タイミングを合わせた飽和攻撃。でもそれだと、回転攻撃にやられる」
「そうなんだよなあ」
さっき、実際に四方向から零落白夜、衝撃砲・龍咆、岩戸、荷電粒子砲・春雷による攻撃をしかけたものの。
回避不能と判断したらしい相手は独楽のように回転し、回避とビーム攻撃とを同時に行ってきた。
それで俺と織斑は距離をとらざるをえず、二方向が開いたために龍咆と春雷も『回転したまま』で回避された。
長い腕を振り回しながら回避する姿は少しコミカルだったが、それで攻撃を潰された俺達は笑うどころじゃない。
同時攻撃可能角度の増加の代償に、ビームの威力が落ち射程が短くなっているのは不幸中の幸いだろうけど。
「というか、ステルス機能もあまり使えないしな……」
御影の長所であるはずのステルス機能が、使いづらくなっていた。今までは全員敵だったので問題は無いのだが、今は敵は一人。
あの乱入者にも効かないわけではないが、回転攻撃で弾幕を張られて無効化&こちらが逆にダメージを受けたり。
あるいは、俺がこっそりと一撃を加えようとしたら衝撃砲やミサイルが掠めたり。
他の奴らにもステルス機能が有効なので『俺一人で攻撃を仕掛ける場合』でない限り、巻き込まれかねないのだ。
なにせさっきまで戦っていた奴らである以上、ステルス機能の範囲外にするなんて器用な真似は出来ないわけで。
結局俺は、岩戸と小烏をメインに戦うしかなくなっていたのだった……が。
「今のままじゃ、遅すぎるんだよな」
俺自身が未熟なせいで、攻撃を仕掛けても回避されてしまう。学習したのか、最初以外はまるで当たってくれない。
ステルス機能で近づいて解除→攻撃も仕掛けてみたんだが、それすらも回避された。というか、相手が速すぎる。
「……だったら、俺がやる」
「織斑? 何か切り札があるのか?」
「ああ。さっきまでの戦いじゃ、機会が無くて出せなかったが。とっておき、お前らに見せてやるよ!!」
織斑の白式にも、岩戸のような新武装があるのか?
「鈴! 更識さん! あいつの足を止めてくれ!!」
「足を……?」
「解ったわよ! 何する気か知らないけど、ちゃんとしとめなさいよね!!」
それ同時に龍咆が、少し遅れてミサイルが乱入者を襲う。だが、あいつはその全てを避け……反撃、とばかりに腕を突き出した。
「動きが止まった……今だ!!」
その声と共に、織斑がまるで瞬間移動したように消えた。な、い、今のは!?
「瞬時加速……! まさか、使いこなせるの!?」
俺や更識の驚きと共に、侵入者の間近に移動した織斑が、腕を突き出したままの奴の胴に零落白夜を向ける。
その光が、乱入者のシールドを削り……
「なっ!?」
「う、嘘でしょ? 何よあの反応……今の一撃なら、あたしだってクリーンヒットを受けてるわよ……」
とろうとしたと同時に、こちらもまるで瞬間移動したように乱入者がその間合いから退避していた。
自信家の凰が青ざめるほど、今の反応はとんでもなかった。織斑が戻ってくるが、その顔色も冴えない。
「だ、大丈夫か織斑?」
「大丈夫、じゃねえな。怪我は無いけど、エネルギーを使っただけだし」
「そうか。しかしあいつ、零落白夜も回避するのかよ。一体どうすれば――」
「零落白夜を発動した状態で、攻撃を仕掛けるしかない」
俺の言葉を遮ったのは、更識だった。発動状態で、攻撃? どういうことだ?
「今のは、間合いに入ってから動きが止まって、零落白夜を発動するまでの僅かなタイムラグで回避された。
だから、あらかじめ零落白夜を発動させた状態で相手に攻撃を仕掛けないと回避されると思う」
更識の言葉は冷静だが、わずかに動揺が混じっているのが解った。なるほど、なあ。
「って事は、ますます、使いどころを考えないと駄目って事か」
織斑のほうは、納得できたようで雪片をじっと見ている。それにしても。
「更識、お前、詳しいんだな」
「当たり前。零落白夜は、元日本代表の技なんだから」
あ、そうだった。零落白夜は織斑の技であると同時に、元日本代表・織斑先生の技。
なら、その後輩――日本の代表候補生である更識が詳しく知らないわけは無いんだ。
「何とか、瞬時加速と零落白夜を……っと、セシリア? え、救援?」
と、織斑にプライベート・チャネルが入ったようだ。救援、だと?
「皆、朗報だ。今、救援が来て避難とかが進みだしたらしい」
「そりゃ良かったわ。あたし達がここで戦ってるかいもあったってものよね」
少し落ち込んでいた俺達に、僅かであるが高揚が戻ってくる。そして乱入者を睨みつけるが……。
俺達の話を聞いた筈の奴は、何の反応も返さない。奴にとっても、重要な話題の筈なのだが。
「それにしても変な奴だな、今は攻撃を仕掛けてこないし……かといって、俺達を舐めているわけでもないような……」
乱入者は、俺達が会話を交わす時には仕掛けてこない。まるで俺達の会話に興味でもあるように……って、んなわけないか。
「……もしかしたら、無人機なのかもな」
「無人機?」
織斑が、意外な事を口にした。……あ。
「そういや、俺も気になってたんだが……」
「何よ?」
「あいつ、さっきから使ってくるのは腕からのビームと肉弾攻撃だけだ。武装の展開を、まったくやってこないよな?」
武装の展開をやってこない。そうではなく『やれない』のだとすれば? その理由は、無人機だからだろう。
展開も収納も、エネルギー切れ等の特殊な状況でないかぎりは、人間の意志無しではできないのだから。
「量子変換した武器を温存している、って可能性は……?」
「それも考えたんだけどな。いくら連携が完全に出来ているわけじゃない俺達相手だって、四対一。
ここで武器を使われたら、かなりやばいぞ」
「でも、量子変換用の拡張領域を『何か』に使ってる可能性もあるわよ。一夏の白式みたいにね」
「それもあるなあ。ううむ……」
「でも、私も変だと思う。……相手の行動パターンが一定すぎる。人間なら、僅かでもブレが出来る筈なのに……」
ここで、更識が自分の考えを主張した。大きく展開されたディスプレイに出したのは、相手の行動パターン。
それにはあまりにも、変化が無い。ダメージを受けた後の反応などにも迷いが無く、まるで機械の如き正確さだった。
「なるほど、ね。でも、ISは人がいないと動かない筈なのに――」
「だけど、それは今までの事。前例が無いからといって――」
「ストップストップ。今はそんな事言ってる場合じゃないだろ」
何かヒートアップし始めた凰と更識を止める。こういうポジションは織斑だろ、と思わなくも無い。
「……で、アレが無人機だとして。遠隔操縦か、独立稼動か。それによっても違うんだけど……更識、あんたはどう思う?」
「あの反応速度からすれば、多分自立起動の方。さっきのテンポの一定さからしても、その可能性は高い。
どこまでファジーな反応が出来るのかは解らないけど、ある程度は組まれたプログラム通りの動きなんだと思う」
「そう。まあ、妥当な判断ね」
それを見た凰も、自分の考えを改める。……つまり、モビ○ドールとかと同じって事か?
「だけど、無人機なら零落白夜のフルパワーを出せるな。瞬時加速との併用で……」
何やら織斑は怖い笑みを浮かべている。そういえばこの技、物理的破壊力はどうなんだろうか。
対抗戦に向けて都築や加納が集めてくれた情報を見る限りでは、充分にあるらしいけど。
「ところで織斑、その瞬時加速って速度は上昇できるんだっけ? 今より速い速度で仕掛ければ大丈夫じゃないか?」
「いや、速度は……ん? 待てよ、確か千冬姉が……」
俺の質問に対し、織斑が何やら説明ウィンドウを開く。戦闘中に何やってるんだ、と思わなくも無いが、相手は動かないしな。
そしてそのウィンドウを閉じた織斑が、自信に溢れた表情になった事からして……何やら、思いついたようだ。
「なあ、ちょっと聞いてくれるか? ――ってやり方を思いついたんだが」
「……え?」
織斑の作戦。それは、乱入者が『ある位置』で止まった瞬間を狙うというものだった。
だけどその為に、かなり危険な事をしなければならない。……少しだけ、その意図を危惧する類の作戦だった。
「零落白夜を発動させたまま、か。でも何でわざわざ……?」
「そっちの方が『速い』んだよ」
「それには同意するけど。……シールドは、大丈夫なの?」
「問題ないさ」
「……まあ、しょうがないわね。やってやろうじゃないの」
「やる価値は、あるかも」
まず凰が同意して、更識も同意した。……はあ。
「解った解った。それじゃ、何とかやってみるか」
今ひとつ『位置』を決める意味が解らないが、俺に対案があるわけでもない。なら、やるしかないよな?
「いやー、こんにちわ、織斑先生。ご機嫌如何ですか?」
「最悪に近い。お前達の掴んだ、現在の状況を報告しろ」
「はい。現在、IS学園の領域内への侵入者は一機のみ。その他の戦力の投入は認められません」
「こっちに配備したISを回そうとも思ったんですけど……陽動の可能性もあるので、今の所は隔壁破壊用に数機だけ回しました」
「ご苦労」
やって来たのは、生徒会長・更識楯無と会計・布仏虚であった。
楯無は専用機らしい青いISを、そして虚が通信関係に特化した装備のリヴァイヴを纏っている。
「あの……こちらは、どなたですの? 二年生と三年生のようですけれど……」
「生徒会会計、布仏虚です。こちらは生徒会長、更識楯無」
「自己紹介はそれでいい。それで更識、布仏が全体の統合管制の『それ』を持ってきたという事は……」
「はい、虚ちゃんが、総合管制として加わります。
万が一増援が来た時は、彼女を経由して外からの状況が伝わる事になっていますから」
「ご苦労。……オルコット!!」
「は、はい!!」
「布仏が来た以上は、お前にもアリーナに向けた出撃許可を出せる。
プライベート・チャネルでの通信により、クラス代表たちと連携。侵入者を撃破しろ!」
「は、はい!」
「それと、織斑に『鍵』を貰うのを忘れるなよ」
「鍵? ……! は、はい!!」
そういうと、セシリアは走り出した。残されたのは、生徒会と教師のみ。
「さて、織斑先生。侵入者についてなんですけど、心当たりはあります?」
「現時点では何も言えん。この乱入による被害を見てから、だな」
半ば確信に近い物を感じながらも、千冬は答えない。すると、別の質問が飛んできた。
「セシリアちゃん、大丈夫ですかね? 話を聞く限り、彼女のISは対多数には強いけれど。連携は、大丈夫でしょうか?」
「今、アリーナでは連携どころかまともに訓練を受けなかった二人の男子が僚機と戦っている。
あいつも代表候補生で専用機を預かる身だ。やっていないとはいえ、多少の連携をこなしてもらわねばそれこそ話にならん」
そこには、何処か突き放したようでありながらも生徒への信用があった。
ただし、その言葉は『敵』の目星がついた事も理由の一つではあったが。そして、足音が一つ廊下に向かいだす。
「何処へ行く気だ、更識」
「いやー、ちょっと気になりまして。何かありましたら、虚ちゃん経由で話が出来ますから。それではっ!」
言うが早いか、楯無はそのまま去っていった。既に慣れっこの面々は、呆れすらわかないが。
「布仏。二・三年の代表候補生に動きはあったか?」
「いいえ、全く。幾人かには、協力を要請しましたから動いているでしょうが……」
「お、織斑先生!」
その時、会話を遮って山田真耶の慌てた声がした。そして千冬も同時に気付く――ここから、もう一人いなくなっている事に。
「し、篠ノ之さんが――いません!!」
「……やった! 隔壁が切り裂かれたわ!!」
ここはアリーナ内部、第三通路。隔壁に阻まれて避難不可能だった私達の前で、その隔壁が切り裂かれていく。
「皆、ここからルート2を使ってアリーナ外へ! けっして、押し合ったりしないでね!! フランシィ先生の誘導に従って!!」
そこへ顔を出した榊原先生が、打鉄を纏って助けに来てくれた。いつも部室棟を管理している時には見ない、厳しい表情。
剣道部所属の私・戸塚舞にとっては面識のある人。でもこんな状況だからこそ、その言葉はいつも以上に頼もしく感じる。
「先生、一体何があったんですか?」
「今は説明できないわ。さあ、早く!!」
そして私達は、榊原先生が開けてくれた隔壁を通って避難していく。……あれ?
「今のは……?」
私達とは逆の方向に駆けていく、一人の女生徒を見た。あの髪型……。それにあの顔立ちは、見た事がある。
「何をやってるんだろう、彼女は……?」
「ちょっと舞、どうしたの?」
「あ、ごめんマリア」
少しだけ後ろ髪を引かれながらも、私は彼女の事を忘れ避難を開始した。
「アリュマージュさん、宇月さん。そっちはどうですか?」
「駄目……。全然受け付けてくれません……」
「こちらも同じですね」
私とアリュマージュ先輩、そして新野先生はアリーナの中継室に閉じ込められていた。
乱入者らしきISを見たけど、その直後に隔壁が全て閉じていき。それだけならまだしも、通路まで全部ロックされたようだった。
外部が今どうなっているのか、全く解らない。先輩や先生と協力して、何とか扉だけでも開けようとしたのだけど……無駄だった。
「まあ、外でも織斑先生達が何とかしてくれている筈だから。焦らずに待ちましょう?」
「そうですね」
やや作り笑顔だが、先輩に合わせる。……ん?
「あの。何か、ドアの向こうで音がしません?」
「うん、聞こえるわね。ドアに何かをぶつけているような……」
「でも、金属じゃないような……?」
ひょっとして救援だろうか。しかし、ぶつけているというのがおかしい。レーザーカッターとかで閉じた扉を切り裂いたり。
あるいはプログラムを弄くって強制解放させようとしているのだとしても、ぶつけているような音なんて出る筈――。
「……」
「ひいっ!? Diable(※フランス語で悪魔)!?」
「へ!?」
その時、扉が不意に開いた。そこにいたのは、息の荒い篠ノ之さん。木刀を持ち、殺気を振りまいている。
それを見たアリュマージュ先輩は完全に腰をぬかしていたし、新野先生は呆然としている。見慣れない人なら当然……。
いや、見慣れている私でも怖いくらいだ。ま、まさかとは思うんだけど。さっきの『何かをぶつけているような音』って……。
「……マイクを、貸してもらおう」
「は、はいっ!!」
完全に怯えている先輩が、慌ててマイクを差し出す。それを受け取った篠ノ之さんは、防護シャッターを解除……って!
な、何で今まで何もできなかったのに、こんな時に操作を受けつけるのよ!?
「防護シャッターが解除……! それに、他の機能も回復しているみたい……」
新野先生の言葉が本当なら、今のは回復した直後に篠ノ之さんの操作を受け付けて扉が開いたって事。
タイミングの悪さに涙が出そうになる。そして薄いガラス越しに映し出されるのは、五機のIS。
クラス代表たちと、乱入者だ。幸い、全員が無事みたいだけど……。そんな中、篠ノ之さんはスピーカーの音量を上げた。
「一夏ぁっ!」
やっぱり、織斑君絡みなのね。――そうか。多分、ジャミングか何かをされていて通信が通じてないから。
スピーカーを通じて直接アリーナの織斑君達に話の出来るここから、先生の指示か何かを伝える為に――。
「男なら……男ならそのくらいの敵を勝てなくてなんとする!」
……はあ!?
『ほ、箒!?』
『な、何やってんの、あの子ぉ!?』
『おいおい、何なんだ一体!?』
『か……格好いい』
クラス代表たちも、唖然としている。……約一名、別次元の感想を持っていたような気がするけどスルーしよう。
「……え? 警告音? ――! な、何でこうなるのっ!!」
その時唐突に鳴り響いた警告音。織斑君達への応援が気に食わなかったのか、別に何か理由があるのか。
何を考えているのかは解らないけど、乱入者のISがその太い両腕をこちらに向けてきた。
アリーナのセンサーは、ここがロックオンされた事と腕からの高エネルギー反応を伝える。……つまり、ビームを撃たれるって事だ。
「に、逃げないとっ!!」
幸い、ドアは開いているので逃げられる。腰を抜かしているアリュマージュ先輩を、先生と一緒に何とか外へ引っ張り出して……。
「って! 何やってるのよっ!!」
篠ノ之さんは、棒立ちだった。もしかしたら逃げようとしていないのかもしれないけど、解らない。
背を向けられている私ではどちらかなんて判断がつかないけど、そもそもそんな事に意味は無い。
「――危ないっ!」
一緒に先輩を引っ張り出した新野先生が彼女を慌てて引きずり出そうとするけど、間に合う筈もない。
こんな事なら、打鉄が借りられなかった日に篠ノ之さんにアリーナの操作手順なんて教えるんじゃなかった。
こんな事なら、解説なんて引き受けるんじゃなかった。こんな事なら、彼女にマイクを貸そうとするんじゃなかった。
そんな後悔が私の心を覆ったその時。展開されたままの上面モニターに『白』が突っ込んでいくのが見えた。
箒の思いがけない行動。それは、クラス代表たちの行動を速める結果になった。
本来は足止めとして将隆と簪を動かす予定だったが、それでは間に合わない。
「箒っ! ……鈴、撃てっ!」
「……あぁっもう! 行くわよ!」
一夏の声に呼応し、鈴が全力の衝撃砲を放った。それをまともにくらいながら、同時にそのエネルギーをIS内に取り込む。
瞬時加速発動に必要な分のエネルギーが充填し。そしてそれと同時に、自らの身を削りながら零落白夜が発動する。
瞬時加速は本来は自分のエネルギーを放出、それを再度取り込み圧縮し放出、その際に得られる慣性を利用して加速する。
だがそこに、もう一つ、隠れた特性がある。それは『圧縮したエネルギー量が大きければ大きいほど、速度は速まる』ということ。
衝撃砲のエネルギーを取り込む事により、通常の瞬時加速よりも大きなエネルギーを取り入れられ。その分、速度は上昇するのだ。
「…………!」
そして、同時に青白く輝く刃が雪片弐型から現れた。その形状は今までのよりも更に一回り太く大きいもの。
手加減など無く、全てのシールドエネルギーを費やさせる為の一撃。そのための刃だった。
(俺は……箒を! 鈴を、皆を……守ってみせる!)
次の瞬間、一夏が零落白夜を発動したまま瞬時加速し、乱入者に向かう。
箒への攻撃態勢に入っていた乱入者がその脅威に気付き、同時に一夏が自らの間合いに入り雪片弐型を振り下ろした。
「よしっ! 右腕を斬りおとしたぜ!!」
右肩からの斜め――逆袈裟、といわれる種類の斬撃を受け、乱入者の右腕が断ち切られた。
無人機であるとの仮説を証明するように、その腕からはオイルや潤滑油の類は漏れ出しても生物の血液反応は無い。
そして、右腕だけではなく右肩から左脇腹に達する大きな斜めの傷跡が入り。シールドエネルギーも削られつくしていた。
その一撃の余波は大きく、アリーナのシールドをも切り裂く。
「シールドエネルギーゼロ、か……。やったわね、一夏」
「ふう……」
「――! おい、まだそいつ動こうとしてるぞ!?」
「一夏!!」
「織斑君!!」
将隆の声と同時に、隻腕となった乱入者が一夏の頭を掴むと、そこにエネルギー集束が始まる。
密着状態でのビーム攻撃。それを見た箒と香奈枝の声が重なるが……一夏は、笑っていた。
「タイミングは?」
「完璧ですわ」
そしてこんな時にも上品さを忘れない声と共に、蒼と金に彩られた騎士から分かたれた雫が光を放つ。
そして四つの光条が、乱入者の身を打ち砕く。シールドバリアーを張れぬ身の上ではそれを防げず、五体を砕かれて乱入者は地に堕ちた。
「あれは英国代表候補生の、ブルー・ティアーズ……!?」
「ちょっと……何であんたがここにいるのよ? そもそもアリーナのバリアは!?」
「客席に出ているように言われましたの。隔壁を突き破るのを待つのは少々辛い事でしたが」
「待つ? ……!! じゃ、じゃあ今の零落白夜は……!!」
「ええ。敵のシールドを削るだけではなく、わたくしが入り込める『穴』を作っていただく為でもありましたのよ。
この話を織斑先生から聞かされ、プライベート・チャネルで確認した時には、どうなる事かと思いましたが……」
セシリアより語られた一夏の策に、他の三機も納得するが。それと同時に、呆れ顔も浮んでくる。
「というか織斑、お前意外とアイディアを巡らせるんだな」
「同感……」
「ったく、無茶するわねアンタ。ほっとんどシールド残ってないじゃない。判定じゃ、アンタが一番下よ?」
「意外と、ってなんだよ。それに乱入者相手に消費したのは無しだ……ろ?」
一夏の言葉が不自然に途切れ、その視線の先にある甲龍へと全力で突っ込み。
「鈴! 危ない!」
「え?」
甲龍が跳ね飛ばされた一瞬の後……白式を、光が包んだ。
「……えっ?」
「っ!?」
「な……!?」
「う、嘘でしょ……!?」
「一夏ぁぁぁぁぁぁ!?」
「……い、一夏? 一夏ぁぁぁぁぁっ!?」
そして。声が響くと共に、次なる乱入者がその場へと参上したのだった。
おまけ :現在のアリーナ状況の補足
避難 :隔壁がISにより破壊され、少しづつ進みつつある。
連絡 :ISを使った通信、しかもプライベート・チャネル以外はほぼ不通。
現在のアリーナとの連絡は、布仏虚の纏うリヴァイヴを経由した物のみが可能。
乗っ取り:解除された? 詳細不明。
というわけで、ゴーレムは退治され。めでたしめでたし……だと思ったか? 的な話でした。
ちなみに零落白夜に関しては、ちょっと皆さんとは違う意見を出してみました。
よく「零落白夜を発動させたまま突っ込むのは間違いじゃないか?」なんて意見があります。
確かに、その分シールドエネルギーを多く消費します。しかし、動作的に考えると。
発動したまま: 瞬時加速、突撃する → 攻撃
発動しない : 瞬時加速、突撃する → 発動 →攻撃
と一手間かかってしまうのです。今回、最初の瞬時加速→零落白夜コンボが避けられたのは、その一手間分の時間で回避されたから。
真剣で喩えると「抜刀したまま突撃する」のと「納刀したまま突撃、そして抜刀する」のでは攻撃の命中までにかかる時間は違います。
居合い、っていうのもありますが両者が同レベルなら抜刀したままの方が早い。というわけで発動したままの攻撃となりました。
衝撃砲を瞬時加速の為のエネルギーに使ったのと同様で、同様に速さを高める為なのです。
さあ、次回はいよいよ『奴』の登場です。プロークルサートル戦闘シーン初公開!!
……問題は、これを何処まで書けるかだ。