「……え? 安芸野君と宇月さんが?」
「ええ。寮内ではほぼ全員が知っているようで。二・三年生にも噂が広がっているようですよ」
早朝。一年生寮の寮長室には、一組副担任・山田真耶と三組担任・新野智子がいた。話題は、香奈枝と将隆の事である。
本人達すら気付かなかった意外な接点に、担任達も座視は出来なかったのだ。
「でも、安芸野君の交友関係は徹底的に調べられた筈です。どうして解らなかったんでしょうか?」
「なんでも、幼少期に季節限定で遊んでいた友人関係、といった所のようですよ。流石にそこまでは手が回らなかったのでしょう。
それと彼女の方ですが、安芸野君の苗字が変わっていた為に気付かなかったようですね」
「なるほど。しかし、また宇月か……」
この部屋の主である千冬は、思わず溜息をついた。自分の受け持つ生徒の中でも、何かとトラブルに巻き込まれる少女。
今度は思いもよらない所からトラブルが発生したのである。
「政府の一部には、織斑君と安芸野君との共通点発見……と考えている人たちもいるそうですよ」
「まあ、それは気にしなくても良いでしょう。織斑君達の『次』が見つからなくて焦っているだけですから」
そういうと、二人の教師は頷いた。織斑一夏と安芸野将隆。同じ学年、日本人であるという事くらいしか共通点のなかった彼ら。
それに、新たな共通点が見つかったのだ。もちろん、香奈枝の存在が二人がISを動かせる理由と繋がっている、などという事ではないが。
「今も行われている男性IS操縦適性保持者の発掘……。三人目がアメリカで見つかったとか欧州で見つかった、とか噂は流れていますが」
「希少な男性操縦者を、そう易々とは明かさないという事ですね。……織斑先生、どうしましょうか?」
そういうと、真耶は担任でもあり寮長でもある千冬へと視線を向けた。だが。
「どうという事はない。もしも宇月に干渉する輩がいれば兎も角、現時点では動きようがない。
今のあいつは、更識の機体製造で忙しいのだし」
「それは……そうですけど」
それで、話は終わった。そしてまた一日が始まるのであった。
「……おはよう」
私は、恐る恐る教室に入った。理由は二つ、休んでいた事と――安芸野君の事。
「あー、宇月さん!!」
「おはよう!! もう大丈夫なの?」
「ええ、心配をかけてごめんなさ……な、何、何これ!?」
教室の真ん中には『宇月さんお帰りなさい』と立体ディスプレイに映し出されていた。
はっきり言えば、かなり恥ずかしい。勿論、皆に悪意があるわけじゃないのは解ってるんだけど……。
「え、えーっと、これって?」
「いやー、クラス対抗戦に向けてクラスが団結しだしてるからねー。けっこうノリが良くなったのよ」
とはフランチェスカの言葉。……良すぎじゃないのかしら。
「それで。三組の男の子とはどういう関係なの?」
……鞄を置こうとした途端、予想通りの質問が来た。しかし甘い、私にとっては予想通りだ。
「昔、少し遊んだ仲っていうだけの話よ。懐かしさはあるけど、何処かの誰かさん達みたいな感情は無いわ」
……少しだけ嘘をつき、単刀直入に返す。私を見ている『何処かの誰かさん』のうちの一人は全く解っていない表情だったけど。
「でも、愛称で呼び合ってたわよね? 『カナちゃん』『タカ坊』って。結構親しかったんじゃないの?」
と更に追求してきたのは相川さん。ハンドボール部だからか、打ち込んできた直球のような質問。――でも、それも予想の範疇。
「子供の頃だからね。今はもう、そんな呼び方はしないわよ」
「へえ、そうなんだ。でも――他に何かあるんじゃないかしら?」
……あれ? この声は?
「ま、黛先輩? 何でここに?」
「いやー、噂の二人目の男子と貴女が知り合いだって聞いてね。インタビューに来たのよ♪」
……まさかここまで話が動くとは思わなかった。でも、ある意味で納得。この人には、入学初日に織斑君との事を聞かれたし。
「というわけだから、早速――」
「一年生の教室で何をしている、黛」
「……お邪魔しましたー!!」
マイクを持ったまま静止した先輩は、次の瞬間には脱兎の如く駆け出していた。……凄いわね、真似したくは無いけれど。
「さて、HRを始めるぞ。席に着け」
その声と共に、喧騒の教室は一気に静寂へと変わる。――そして、今日も授業が始まるのだった。
「……では基礎理論の授業を始める」
ある意味で一番辛い、昼食直後の授業が始まった。しかも俺にとって数ヶ月前まで知識ゼロだった、ISの基礎理論。
まあ、最近ではようやくついていけるようになったけど。今日は山田先生ではなく、千冬姉だった。
「……」
教科書五冊を、全体の速度に遅れないように開く。千冬姉らしく説明は少なめで、しかも早い。皆は遅れてはいないようだが……。
「――織斑。ISの機能制限について述べてみろ」
「は、はい! えっと……ISには、アラスカ条約により機能制限がかけられています。
コア出力、PICの稼動限界、ハイパーセンサーの感知可能領域など、基本的機能の多くに制限がかけられています。
これらは篠ノ之束博士が設定したものであり、基本的には解除する事が不可能となっています」
「よろしい。では、次にいくか」
ふう。なんとか間違えずに済んだな。このあたりは皆であれば中学時代に既に学習済みなので、間違えない。
周回遅れである俺にはつらいが、元々が電話帳と間違えて捨てた参考書に書いてあったことなので自業自得だ。
「では織斑、シールドエネルギーと絶対防御の関係について説明しろ」
げっ! また俺か!?
「このクラスでこの事が唯一解っていない可能性があるのがお前だからな。……答えてみろ」
「え、えっと。シールドエネルギーはISの耐久力をポイント化したものであり、これがゼロになると敗北認定を受けます。
そして絶対防御とは操縦者を守る防御機構であり……」
「そこまででいい。では、絶対防御が働く場合と働かない場合は? 具体的な例を挙げて説明してみろ」
ちょ! 回答している途中で別の質問かよ!? せっかく頭の中から引きずり出したのに! 顔が引き攣るぞ!!
「え、えーーーっと。バリアーを貫くような攻撃を受けても、操縦者が大丈夫であるとISが判断した場合には絶対防御は発動しません。
本人と直接繋がっていない非固定浮遊部位への攻撃時などには、これが多く見られます」
俺とセシリアが戦っている時が、この好例だ。ブルー・ティアーズ(※武器の方)を破壊しても、絶対防御は発動しないんだよな。
「それに対し、実体ダメージを受けていて装甲が破損している箇所への攻撃などには絶対防御が発動しやすくなります」
これは主に俺がやられる方だ。セシリアは勿論、箒にもこれをやられて負けた事が何回もある。……我ながら情けない。
「よし、理解はしているようだな。もしも答えられなければ、放課後に補習でもやってやろうかと思っていたのだが」
実は解答の時こそが最大のピンチだった、と今になって気付く。さっき思ったように顔が引き攣るが、それは千冬姉に対してだけじゃない。
「千冬様の補習授業……受けてみたいかも」
「ああん、お姉様……」
何処からともなく聞こえてきた、クラスメートの声に対しても引き攣っていたのだった。
「ねえねえ聞いた? 四組の機体、本格的に作り出したって話よ?」
「本当? 確か、一人で作ることに固執してたから対抗戦までには絶対に間に合わないって話じゃなかった?」
「何か、宗旨替えしたみたいよ。例の織斑君の同級生が関わってるとか、四組の子がクラス代表の子に掛け合ったとか噂があるけど」
「そういえば織斑君の同級生の娘って、安芸野君とも知り合いだったんだって?」
「そうそう。しかも仇名で呼び合ってるとか……」
その日の話題は四組代表の機体建造開始と、宇月と三組の男子の事で二分された。宇月の事は、意外だけどまあどうでもいい。
四組の機体の方は、自他共に認める本命であるあたしにとっては、注意すべき話題なんだろうけど。
「何を黄昏てるのよ?」
「……ファティマ」
ラテン系のノリであたしの背中をばんばん、と叩くファティマ。でも、あたしの気分は晴れないままだった。
「クラス対抗戦、かあ。まあ、鈴にとっては早い所終わって欲しいのよね?」
「まあね」
せっかく一夏と同じ学校にいるっていうのに、ろくに話も出来ていない。たまに食事を一緒に取る時にも、絶対に連れがいるし。
あたしが転校する直前は『ある事情』があったから殆ど生返事でしか会話できなかったけど、それよりも悪い。
二組はそれほど変な奴はいないから、過ごしやすくはある。けっして、不幸だとか言える状況じゃないのは解ってるけど。
本当ならあいつと同じクラスが良かったけど、専用機があるばっかりに専用機の無いクラスへの編入を余儀なくされた。
イギリスの方はどうなのよ、と思ったけどあいつの場合は一夏よりも前に専用機を支給されているので仕方が無かった。
まったく、甲龍がもう少し遅く完成してればあるいは……イギリス代表の立場に、あたしがいられたかもしれないのに。
「……まあ、今更言ってもしょうがないわよね」
人間、どうしても避けられない事態に直面する事はある。たとえば……。
「あー、止めやめ!! 今は対抗戦!! うん!」
変えられない過去は諦め、どうにでもなる未来へと考えを移す。クラス対抗戦、それに勝てば一夏と……えへへへ。
「ねえ凰さん、何考えてたの?」
「わわわっ!?」
気がつくと、エリスがあたしの顔を覗きこんでいた。その顔は、面白いものでも見つけたように綻んでいる。
「な、何よ?」
「どうせ織斑君の事でしょ? 何せライバルは同室やクラスメートなんだしね~~」
「べ、別に関係ないわよ、そんなの」
「男女七歳にして同衾せず――だっけ?」
「違うわよアナルダ、席を同じくせず、でしょ? 言葉は正しく使わないとね」
アナルダとエリス――ドイツ人とアメリカ人がそんな会話をかわしてたけど、あれ、どうだっけ?
元々、これは中国の礼記(だったっけ?)が出典なんだけど……いや、待て。
『席を同じうせず』っていうのは『男女の別を付ける』っていう意味。一夏達だって、その位は解ってる……筈。
だったら原典とは間違ってるけど、言葉としては『同衾』でいいのかな。
でも『同衾せず』だと、男性と女性は七歳以上になったら一緒に寝ちゃ駄目だっていう事になるよね。…………。
「ど、どうしたのよ鈴。顔が怖いわよ?」
「ナンデモナイワヨ?」
篠ノ之と一夏が一緒(の部屋)に寝ているのを想像して、キレかかったわけじゃないわよ?
だからティナ、引き攣った顔しなくても大丈夫だってば。
『お疲れ様、安芸野君。今日の訓練メニューは、全部消化したわよ』
「……ふう。今日もありがとうな」
俺は、ようやく終わった特訓に溜息を付いた。今日は、カナちゃ……宇月の事を根掘り葉掘り聞かれた。
カナちゃん、と呼ぶとかなり不味そうなので、他の女子のように苗字で呼ぼう……と思うくらいには。
『おっと待った。訓練メニューは終わったけど、まだあるのよ?』
「まだある? ……ん?」
何のことだと思っていると、ラファール・リヴァイヴが一機こちらに近づいてきていた。
「アウトーリ……?」
「そうだよ~~?。最後は、私が相手をしてあげる~~」
今更誰だ……と思い搭乗者データを見ると、相手が何とも間延びした口調で呼びかけてくる。――ロミーナ・アウトーリ。
イタリア出身のクラスメートで、肩口まである金髪・白い肌・青い瞳というヨーロッパ人のイメージそのままの少女なのだが……
「くー」
「また寝てるのかよ!?」
何かとよく寝る奴だった。授業中でもたまに居眠りをし、休み時間は半分くらい寝ている。話している途中でも眠り出す。
以前、寝ながら食事をしているのを見たし、噂では風呂場で眠って溺れかけた事もあるらしい。よくこれでIS学園に入れたな、と思う。
「ほらロミ、試合を始めるから起きてよ」
「むみゅう……」
「イチゴのデザート、無しにするわよ」
「おはよう」
そして、無類のイチゴ好きでもある。食事には常にイチゴのデザートを注文し、無ければ自分で買っていて。
ルームメイトであり、今日の俺の訓練相手もしてくれていた歩堂は、毎朝イチゴを使って起こしてるんだとか聞いた。
「今日最後は、ロミとの模擬戦よ。――始めて」
「……お、おう」
そうやってアウトーリの方を見る。……そして二秒後、彼女の顔がすぐ側にあった。けっこう美人だし、スタイルもいい。
数ヶ月前の俺なら、こんな女子が顔を近づけてきたら硬直していたであろうが――。そんな暇は無かった。
「――おわっ!? ちょ、ちょっと待った!!」
「待たない~~」
敵機接近を判断とほぼ同時に、ラファールの装備するブレード、ブラッド・スライサーによる攻撃が来た。
近接ブレード『小烏』を展開させるが、相手のブレードが早過ぎて防ぐ事さえ出来ずに弾きとばされる。
「斬る斬る斬るぅ~~~~」
「う、うわあああああああああああっ!?」
……俺が最後に見たのは、分身したかのようなスピードで襲ってくるブラッド・スライサーだった。
「……パーフェクト・ゲームだね」
「お、鬼だあいつ。というか剣先が殆ど見えなかったぞ!?」
俺は、相手に一撃も与えられないうちに自分のシールドエネルギーを全て削り取られて敗北した。な、何だあいつは。
ハイパーセンサーでやっと捉えきれる剣速って、何者だよ!?
「せめて、一撃くらいは入れてほしかったなあ?」
「いや、あれは無理だろ。というか、あそこまで削り取られるなんて……」
「でも、織斑君は一撃でこれをやりかねないよ?」
「……! 零落白夜か……」
零落白夜。元日本代表で第一回モンド・グロッソ優勝者『ブリュンヒルデ』織斑千冬の技。
実弟である織斑は、何故かそれを使えるのだという。そしてそれは、一撃で英国代表候補生との戦いを引き分けに持ち込んだ。
実際に見たことは無いが、話だけでも恐ろしい技だと思う。……というか反則じゃないのかそれ、と思わないでもない。
「ねー、まだやるのかなー?」
「……ああ。もう少し時間があるし、頼む」
「おっけー」
ふにゃっとした笑顔を浮かべるアウトーリ。そして、一瞬で消え――。
「ねー、歩堂さんー。後で、そのイチゴゼリーを分けてよ~~」
「あ、後でね」
「……おい」
アリーナ横でISを纏ったまま見学していた歩堂に、ゼリーをねだっていた。
餌や玩具を持っている主人にじゃれつく子犬みたいな感じで、微笑ましく見える光景なんだけど……。
「犬並みの鼻だな……」
「イチゴ限定だけどね。前に実験した時は、100m先のイチゴの匂いを嗅ぎつけたわ」
「……やっぱり、三組には変わり者しかいないなあ」
つくづく、そう思う。女子だからとかいうのではなく、石を投げても普通の人間には当たりそうもない。
それが、我が一年三組だ。……クラス分けをした人にじっくり問い詰めたいぜ、まったく。
「え、何を言ってるのよ。世界で二人しかいない内の一人である貴方以上の変わり者なんて、うちのクラスにはいないわよ?」
「……」
歩堂の適切すぎるツッコミに、疲労感が倍増したのを感じた。……いや、確かにその通りなんだが。
「ちょっと宜しいですか、更識さん」
「……石坂さん?」
「この二人が、貴女に話があるそうです」
更識簪がいつものように整備室に入ろうとすると、彼女を呼び止める声がした。
振り向くと、そこには授業以外では見た事のないISスーツ姿の悠がいて。そして、彼女の後ろから二人の女子が出てくる。
一方は黒髪を腰辺りまで伸ばして途中で纏めた中国人の少女、もう一方は赤髪を三つ編みにした欧州人の少女。
そのどちらも気弱そうな表情が共通し、簪から見れば『名前は覚えてはいるが殆ど会話もしたことのない』仲だった。
「あ、あの……えっと、その……」
「わ、私達、その……更識さんを、手伝いたくって」
「――え?」
だからこそ、その言葉に思わず忘我した。
「……一組の子が、倒れるまで付き合ったって聞いて。同じクラスなのに、任せっぱなしじゃ情けないとか部活の先輩に言われて……」
「い、今更って思われるかもしれないし……あ、足手まといだけど……協力させてくださいっ!」
「ちょうど良い機会なので、便乗して私もお手伝いしようかと思いました。
荷物運びぐらいしか出来ないでしょうが、私達三人に貴女の機体建造を手伝わせてくれませんか?」
そういうと、三人の女子は頭を下げた。今までの簪ならば、一瞥だにしなかったかもしれないが。
「……じゃあ、先に整備室に入ってるから。これを、持ってくれる?」
「心得ました。では行きますか、周さん、ドレさん」
「う、うん……」
「はい……」
ウィンドウを開き、用件を頼むと少女達は資材室へと向かう。それを、信じられないような目で見る者達もいたが。
「……」
自らやる事を決めた簪は、気にせずに整備室へと入るのだった。
「こ、これで良い?」
「う、うん。それはそこに……お願い」
「こんにちわ……あれ。そこの三人も、手伝ってくれているの?」
「いっしーも手伝ってくれるんだー? あれ~~? 四組の生徒だったっけ~~?」」
資材を取りに行った三人と簪が整備室で作業を始めようとすると、香奈枝と本音がやってきた。
HRが長引いた為に合流が遅れたのだが、二人とも予想外の人物に驚いている。
「そうです。私は更識さんと同室の、石坂悠と言います。こちらは四組の周雪蘭さんとマルグリット・ドレさん」
「こ、こんにちわ……」
「初めまして……」
「こちらこそ、初めまして。一組の、宇月香奈枝です」
「同じく一組の、布仏本音だよ~~」
――カシャ。五人が自己紹介すると同時に、そんな音がした。少女達が音のした方向を見てみると。
「やっほー。こんにちわ♪ 手伝いに来たわよー」
そこにいたのは新聞部副部長・黛薫子であった。簪が協力を要請した為にやって来たのだが、ISスーツ姿でもカメラは手放していない。
「必死で頑張る姿って、綺麗よね。というわけで、一枚撮らせてもらったわ」
「……先輩、朝も思ったけど相変わらずですね。というか作業前なんですけど」
「おや。宇月さんは、黛先輩とも親しいのですか?」
「ええ。親しいっていうか……。以前、ある情報を貰うのに協力してもらったの」
「そうだったわねー。それでそれで、今から始めるの?」
「は、はい……。お、お願いします」
「こちらこそ。それと、そっちの子達もよろしくね。私は新聞部副部長、黛薫子」
「こちらこそ」
「「よ、よろしくお願いします」」
(相変わらず元気な先輩ね……)
そのバイタリティには、香奈枝も呆れ半分であった。四組女子達も、やや圧倒され気味である。
「あと、今日は私だけだけど、明後日からもう二人応援に来るからね。それで、今日は何から? スケジュールって、どうなってるの?」
「こういう予定……です」
と同時に、建造予定が表示されたウィンドウを展開する。
だが以前と違い、データをただ渡すのではなく、彼女自身が協力者達に向き合って見せていた。
これもまた、彼女の心境変化を表すものであり。本音は、のほほんとした表情の中に嬉しさと共に別の感情をのぞかせている。
「宇月さんと本音は、スラスターの位置変えの手伝いをお願い……。石坂さんと周さんとドレさんは、こっちの資材を持ってきて……。
黛先輩には、装甲形成をお願いします……」
やや慣れない様子ではあったが、何とか指示を出し。そして手伝いの少女達は、それぞれ指示通りに動き出すのだった。
「あれ、スラスターの位置を変えるの?」
「う、うん……まずは、今の位置から外さないといけないから……」
「解ったわ」
簪が自分のISである打鉄弐式を展開する。そこには香奈枝が倒れた日に取り付けたスラスターがあったが、それを取り外す。
「装甲とかは? スラスターの位置変えるなら、そっちも変えないといけないんじゃないの?」
「そっちは、もう作ってあるから。ネジも、さっき持ってきてもらった」
「そう。――あれ、ネジが16番から18番になってるの?」
「打鉄パーツを流用するから、強度的には問題ない」
「解ったわ」
そして、スラスターの取替えから始まり。打鉄のパーツのそのままの流用、更には適性チェック。
そして武装の取り付けと進んでいく。唯一の二年生である黛薫子が腕を振るいながら指示を出し、香奈枝と本音がそれに従い。
悠・雪蘭・マルグリットの三人は、頼まれたパーツを取りに奔走していた。そして、張本人の簪はというと。
「エネルギー・バイパス・オペレーティング・システムシュミレーション終了……。シールドバリアー制御システム、プログラム開始……」
空中に浮遊しながら、システム全般の構築を行っていた。両手両足を使った入力システム。声による音声入力。
さらには視線やボディ・ジェスチャーによる入力システムまで使用し、様々なプログラムを構築していく。
そして入力システムも、特注の球形の空間投影型キーボードを上下に配置し、一つの動きで上下のキーを押すというやり方であり。
合計八枚のキーボードと多種多様な入力方法を同時進行させるそのやり方は、薫子と本音以外は呆気にとられるほどだった。
「さあさあ、更識さんに見とれてないで。私達も仕事仕事っ!!」
「は、はいっ!」
――そして、七人となった打鉄弐式の建造はその日、遅くまで続いたのだった。
「じゃあ、今日はこの辺りにしておきましょうか」
「そう……ですね」
「お、お疲れ様です……」
薫子の言葉と共に、四人の女生徒が突っ伏した。本音と簪は兎も角、他の女生徒にはオーバーワークだったようである。
「もう、香奈枝ちゃんったら。だから無理しないでって言ったのに」
「大丈夫、です。限界ギリギリまではもう少し余裕がありますから……」
「本当に? また倒れちゃったら、今度こそ織斑先生の雷が落ちるわよ?」
「それは勘弁です」
そう言いつつ、香奈枝は汗を拭う。先ほど持ってきてもらったタオルだが、既にかなりの汗を吸い取っていた。
一方、薫子の方は涼しい顔。一年間をIS学園で過ごした者の強さか、まだまだ働けそうであった。
「香奈枝~~」
「あれ、フランチェスカ?」
「中々帰ってこないから、お弁当を頼んでおいたんだけど……。何か人数増えてない?」
そこへ、フランチェスカが三人分の弁当を持ってやってきた。それを見た途端、少女達の食欲に火がつく。
集中していた為に忘れられていた空腹が、弁当を見たとたんに存在表明を始めたのだ。
「あはは、ちょっと長引きすぎたかしらね。まあ整備課だとよくある事なんだけど」
「よう、ずっちん! 夜食持ってきてやったぜ!」
「こんばんわ~~」
「あ、京子、フィー! ナイスタイミング!!」
更に、薫子の同級生の二人もやって来る。そのまま、来訪者三人も含めた打鉄弐式建造メンバーは、隣の休憩室へと移っていった。
二年生三人と、一年生七人という大所帯だったが、幸いにも他に人はおらず。問題なく夜食と弁当を広げていく。
「それにしてもここが休憩室ですか。入るのは初めてですね」
「整備で長い時間がかかった時に、一時休憩を取る時の部屋だからね。まあ一年生のうちで使うのは滅多にないわよ」
「確かにこういうのも、得難い体験ですね。普通ならば、服を着替えなければならないのでしょうが」
整備という物の性質上、どうしても機械油や金属粉などの汚れがある。今も少女達は手は洗ったが、ISスーツには所々に汚れがある。
更に普通であれば隣室から独特の臭いが漂うのだろうが、空調が完全であるこの部屋では臭いは無かった。
「んじゃ、ずっちんも一年生も食ってくれよ。疲れた時には良いもんを持ってきたからな」
「ええ。それじゃ、いただきます」
薫子が手を伸ばし、そして一年生も続いた。
「美味しいですね、このおにぎり」
「塩加減も、握り方もちょうどいい……」
「だろ? 整備課定番の一つなんだぜ」
「香奈枝、お弁当はどう?」
「うん、美味しいわよ。ありがとう」
「うまうま♪」
「美味しいですね~~」
(本音とフィー先輩……波長が合ってる?)
数時間前のアリーナとは別種ではあるが、同じように微笑ましい光景が広がっていた。
「……あら」
「お」
「む」
私が一夏さんをお見かけし、夕食を共にとお誘いしようとすると。横から現れたのは凰さんだった。
「一夏さんもこれからですの? よろしければ一緒に――」
「一夏、行くわよっ!」
「おわっ!?」
「い、一夏さんっ!?」
わたくしを置き去りにし、連れ去ろうとする凰さん。あの方は二組だから、わたくし達と比べて二人きりの時間が取りづらい。
だからこそこんな強引な方法に出たのだろう。……とはいえ、ライバルに容赦する所以は一切無い。今宵は、大事な話もあるのだし。
「ちょっと、何であたし達の横にいるのよ」
「空いているどの席に座ろうと、自由の筈ですが?」
わたくしは、一夏さんの隣に座っていた。反対側には凰さんがいるが、聞き流す。
「鈴、良いじゃないか。セシリアも一緒に食べればさ」
「何よ一夏、こんなコロネ頭の方があたしよりも良いわけっ!?」
「そ、そういう事じゃないだろ!? ってか、何でそうなるんだよ!!」
なっ……!?
「誰がコロネ頭ですの!?」
コロネ――たしか、布仏さんが以前食べていた日本のパン。このわたくしの髪型を、そんな表現をするなんて!!
「あんたに決まってるでしょ、英国代表候補生!!」
「なんですって!? あなたこそ常日頃から肩を剥き出しにして、はしたない! 恥じらいを知りなさい!!」
「はんっ! これがあたしのファッションなのよ! ガッチガチの服装しかしない国には解んないでしょーけどね!!」
「い、言いましたわね……!」
よりにもよって、我が国のファッションを揶揄するなど!!
「決闘ですわ! わたくしとブルー・ティアーズが、その思い違いを正してさしあげます!!」
「クラス代表でもないあんたと、今の時点で決闘する理由は無いわね。一夏となら別だけど」
「おわっ!?」
と言うと同時に、彼女は一夏さんの右腕を自分の方に引き寄せる。以前、篠ノ之さんとも同じような状況になったけれど。
「あら、一組の代表は一夏さんですが。決闘するのはクラス代表でなければ駄目というわけではありませんわ。お逃げになるの?」
あの時とは違い、先手を取られたが。負けじと、左腕を自分の胸に抱きしめるように引き寄せる。
同時に体全体を傾け、体重を一夏さんに預ける。こうなると女性の柔らかさ、というのが一夏さんも意識してくださるのは実証済み。
……少しばかり大胆かもしれないけれど、この位やらなくてはこの方には通じそうもないのだから。
「戦うまでもないからよ! ……っていうか、真似しないでよね!!」
「あら、真似ではありませんわ。あなたの小さな胸よりは、感触はよろしくてよ?」
篠ノ之さんには負けるけれど、彼女には負ける気がしない。
「うわ、ヤバい!!」
「な……い、言ったわね……!! 言ってはならない事を言ったわね……!!」
凰さんが慌てる一夏さんの腕を自分の左腕で取ったまま、怒りに震えだす。何かを仕掛けてくる気なのか。
とはいえ、わたくしも退く気は無い。一夏さんは間でオロオロしているけれど、もはや止められ――。
「おい。食事は大人しく取れよ?」
「「!?」」
ない、と思った瞬間にそれを止める唯一の方が現れた。それは、言うまでもなく織斑先生。それにしてもいつの間に。
周囲からも「い、いつの間にあそこまで移動したの!?」「み、見えなかった……」などと囁く声がする。
「大体の事情は察したが、今日のところは一緒に食え。解ったな?」
「は、はい……」
こうなってはどうする事も出来ず、私達は食事を再開する。すると、出汁巻卵定食を取って来た先生が一夏さんの眼前に来た。
「お、織斑先生?」
「宇月というストッパーがいなければ、どうなるか解ったものでは無いからな。これ以上の説明が必要か?」
結局。織斑先生の反対側に一夏さん、その両隣にわたくしと凰さんという組み合わせでの夕食となった。
「……じゃ、ちょっと用事があるからあたしはここで別れるわ」
……そして夕食後。食堂入り口で凰さんと別れ、一夏さんと二人きりになった。嬉しいのだけど、一夏さんの顔色は優れない。
「……セシリア、ちょっとまずかったな。知らなかっただろうから無理もないけど、鈴は胸が小さい事を凄く気にしてるんだ」
「そうでしたの。でも……」
元々は、あの方がわたくしの髪型を揶揄したのが原因。先に謝る気はない。
「解ってるよ、鈴の方が最初に突っかかってきたんだしな。……あいつも、何であんなに怒ってるんだろうな。
あいつとも長い付き合いだけど、あんなのは初めて……あれ、待てよ?」
一夏さんが、訝るような表情を浮かべる。どうなさったのだろう?
「以前にもあったっけ。あれは確か、転校していく前に……」
どうやら、以前にもあのような事があったらしい。とはいえ、その時は一夏さんと別れるのが辛かったのだろうとしたら。
今はそのような状況ではない筈だから、理由が同じであるはずは無い。一体……? ……あ。
「……一夏さん。実は、お話ししたい事がありますの」
そもそも、これを言う為に夕食にお誘いしたのだった。本人の前で話せるわけは無いので、食堂では口にはしなかったけれど。
「ようやく届きました。彼女の使う中国製第三世代型IS、その情報が――」
あと数話でクラス対抗戦。……長い。