「……ふーー。何か妙にくたびれたわ」
授業が終わり、私は寮にいた。今は大浴場だとかを確認する為、寮内を歩いている。
「それにしても……」
制服から春物のセーターとスカートに着替えてみたけど、ここの寮は空調も完備されていて過ごしやすい。本当、リッチだわ。
「「あ」」
そこに現れたのは織斑君だった。鞄を持ったままである事からすると、学校帰りなのかしら。そういえば、居残って勉強してたみたいだけど。
「こんばんわ、織斑君。貴方も寮に入るのね。今から部屋に?」
「ああ、予定よりも早く寮の部屋が用意できたからって、急遽今日からここに。確か、1025号室だったかな」
え、1025号室?
「じゃあ、お隣さんね」
「そうなのか?」
「そうよ。私は、1026号室だもの」
「そうか。――あ、じゃあ案内してくれないか?」
「案内?」
別にかまわないのだけど。こうやって会話している途中にも誰かにみつかりそうで怖いわ……。
「何アレ、なんであんなに親しそうなの?」
「うー、ずるいわよあの娘……」
……前言撤回、もう見つかってたわ。
……。私は、織斑君を伴って1025号室に向かっていた。彼は気付いていないようだけど、女子がチラチラ視線を向けてくる。
だけど彼に話しかけづらいのか、直接姿は見せない。うん、何とかして欲しい。
「なあ、入試ってIS動かす以外にも何かあるのか? さっき、試験の時の事を聞かれたんだけど」
「ああ、織斑君は特殊だったから何も知らないと思うけど……」
IS学園の入学試験には、大きく分けて二つある。一つは一般入学試験。これは、高校入試としては最もレベルの高い入試である事。
そしてISの実動試験がある事、受験地域が文字通り世界規模である事以外は普通の高校入試と変わらない。
私も受けたように、日本全国(および世界各地)でIS学園志望者が筆記試験+実動試験を含む試験を受けるというスタイルだ。
たいていはIS学園受験コースのある女子中学からの受験生だが、私みたいにそうじゃない中学から狙う人間もいる。そしてもう一つは。
「オルコットさんがいってたのは、彼女みたいな代表候補生が受けたであろう、特殊入学試験ね」
これは、ISの実動試験が最重視される特殊入試だ。ISをどれだけ動かせるか、それが合否を握る。
これには世界中から代表候補生クラスが集まってくるが、国家(あるいは大企業)による推薦が無いと受験すらできない試験らしい。
『ISを動かす以外に入試など無い』と言い放つ彼女には、一般入試なんて視界には入っていないだろうけど。
「ふーん、俺は筆記受けてないのに一般試験の方って事か。……箒は、どうだったんだろう」
「さあ……」
普通に考えれば、代表候補生ではないらしい彼女が受けたのは一般の方なのだろう。……周りに人は居ないわね?
「……ねえ、ちょっと気になってたんだけど。篠ノ之さんって、もしかしてISの開発者……篠ノ之博士の関係者なの?」
小声で、そう話しかけた。彼に唯一自分から話しかけた女子、篠ノ之さん。篠ノ之、なんて珍しい苗字だし。織斑君の事もあったし、
もしかしてと思ったのだけど。それに「一般入試じゃないかもしれない」と言う時点で、彼女に何かあると彼は知ってるようね。
「え……」
ビンゴ、と私は呟いた。と言うか織斑君、嘘が下手ね。そんな顔したら、一目瞭然よ。
「……まあ、その。箒は束さんの妹だよ」
個人情報を喋るのは良くないけど、と前置きして教えてくれた。……ごめん。私、貴方の個人情報を不特定多数の女子に漏らしたわ。
……あれ? 博士を「束さん」って呼ぶなんて。
「織斑君も、博士と知り合いなの?」
「ああ、千冬姉と束さんと、俺と箒と。四人で幼馴染みだったんだ」
「……」
彼は何気なく口にしたが、ある意味では私(※学生)レベルが知るには危険な情報を漏らされた気がした。
織斑先生と篠ノ之博士がそういう関係だったなんて……。
「あ、着いたわよ」
「おう、サンキュー」
ちょうど部屋に着いたので、これ幸いと話を打ち切る。さてと、変な誤解される前に部屋に……
「ありがとな。あ、お礼にジュースでも買ってくるぜ。さっき自販機があったし、部屋で待っててくれ」
「え? あ、ちょ、ちょっと?」
意外と話を聞かない所のある彼は、私の返事も待たずに買いに行ってしまった。
……しかたがない、ここの前で待っておくのもアレだし。さっき彼が差し込んだ鍵を回し、ドアを開け――って言うかもう開いてる。
「もう開けたのかしら。――おじゃましまーす」
この部屋は彼の部屋だから、ひとり部屋だろうけど。礼儀と言う奴だ。
「ふう」
とりあえずベッドに腰掛け、彼を待つ。……何かこういうと、妙なフレーズになる気がするけど。
彼が相手じゃ、過ちは100%起こらない。それにしても気になるのは。
「それにしても、ベッドは二つあるって事は、まさか……?」
「とりあえず、コーラとアクエリアスを買ってきたぞ。どっちがいい」
ある事を想定しかけた途端、彼が帰ってきた。……ふう、これでやっと帰れるわ。
「ありがと、じゃあ私は――え?」
その時、ドアの開く音がした。だがそれは、織斑君が入ってきた玄関ではない。シャワールームのドアだ。
「同室の者だな。これから一年間、よろしく頼むぞ」
……え?
「こんな格好で済まないな、シャワーを浴びていた。私は、篠ノ之――」
「ほ、箒?」
シャワールームから出てきたのは、ついさっき私達の話題の女子――篠ノ之さんだった。
バスタオル一枚と言う無防備な格好は、相手が女子だと思ったから。私がいたから、誤解したのかもしれない。
「い、一夏?」
「お、おう……」
とりあえず、今の二人の視界に私は入っていないようだった。……うん、とっとと逃げ出した方が良い気がするわ。
「っ! み、見るな!」
「お、おう!!」
数秒間硬直し、慌てて身体を隠す篠ノ之さん。そして慌てて回れ右をする織斑君。その様子は、ラブコメそのものだった。
……というか、凄いわね。篠ノ之さん。慌てて身体を隠す時に、腕で胸が押し込められるような格好になったのだけど。
その大きさは、私と同じ年とは思えないほどのサイズだった。
「……ど、ど、どういうことだ、これは?」
身体を隠したままの篠ノ之さんの視界に入ったのか、私に視線が向けられる。……えーーっと、説明しなきゃ駄目よね。
「実は……」
「な、なるほど。そういう事だったのか」
織斑君を一時シャワールームに追い出し、その間に剣道着に着替えた篠ノ之さんに説明をして。
ようやく、さっきの事態を納得してもらえたようだった。……何でこんな説明を、と思わなくもない。
「し、しかしどういうつもりだ! だ、男女七歳にして同衾せず! じょ、常識だ!!」
「同衾せず、って……。まあ確かに15歳の男女がどうせ……いや、同居ってのは問題あるよな」
そうね。
「……と、ところで一夏?」
「ん? 何だ?」
「お、お前から、希望したのか? そ、その……私と同じ部屋にしろ、と……」
……うわー。いきなり大胆な質問ね。
「そんなば」
「そういうのじゃないでしょ、先生が決めたんでしょう?」
そんな馬鹿な、と言いかけたであろう織斑君の言葉を制する。彼と三年同じクラスになったら、嫌でも身に付くスキルよね。
「まあ、俺が決めたわけじゃないぞ?」
「……そ、そうか」
篠ノ之さんの思いも、織斑君には全然通じてないわね。そして彼女は肩を落とすけど。
(でも……あれ?)
織斑先生の実弟で、ISを動かせる唯一の男子である織斑君。そしてIS開発者にして超国家法に基づき手配中である、
篠ノ之博士の実妹である篠ノ之さんが同室……と言うのは何かあるような気がする。まあ、コレは口には出せないけど。
「でもやっぱり、織斑先生辺りが『幼馴染みだから気心が知れてるだろう』って二人を一緒の部屋にしたんじゃないの?」
あの先生、寮長だってさっきルームメイトが言ってたから、こんな口実をでっち上げてみる。
「ああ、そうかもな。……まあ、そういう意味ではありがたいよなあ」
「そ、そうか? そうかそうか。うん」
私の口実と織斑君の反応に、彼女はぱあっと顔を明るくする。……あー、解りやすいわね。こういう反応、何処かで見たような――。
「あ」
この表情、中学の時の同級生の『あの子』と同じだわ。織斑君自身は全く気付いていなかったけど、彼に好意を抱いていたあの子。
傍から見れば丸解りだったけど、告白もしないまま中学二年の終わりに母国である中国へ帰っていった。……元気にしてるかしら。
「……それじゃ、私は部屋に戻るわね。コーラ、ごちそうさま」
「おう、案内、ありがとうな」
幼馴染みであるという二人を残し、私は1025号室を出た……が。
「ふー。やっと休める……わ?」
ドアを閉めると、私の周りに女子が集結していた。……正確に言うと、この部屋のドアの周りになんだろうけど。
「貴女、織斑君とこの部屋に入ったわよね……」
「彼、ここの部屋なの? まさかまさか、貴女がルームメイト!?」
……しまった。どうやら話が広がっていたらしい。
「え、えっと、私はこの部屋じゃありません。彼を、案内してきただけです」
何とか、それだけを口にする。丁寧語になったのは、雰囲気に押し潰されたからだけど。
「じゃあじゃあ、紹介してよ!」
「篠ノ之さんだけ話しかけたままじゃ、良くないからね!!」
「中学からのクラスメイトがいるんだし、話しかけやすそうだし!!」
「……ふう」
……だがそれは、導火線に火を着けただけだった。どうやら私は、織斑君へ会うための口実として狙われているようで。
そして私は、溜息をつきながら出たばかりのドアをもう一度ノックするのだった。
「大変だったわね、香奈枝。なかなか帰ってこないから、どうしたのかと思ったわよ」
ルームメイトであるフランチェスカ・レオーネがしみじみとした口調で私を迎えてくれた。
イタリア出身である彼女はとてもフレンドリーで、すぐに私にも打ち解けてくれた。いいルームメイトで、幸運だったわ。
「……ほんと、勘弁して欲しいわ」
私が部屋に戻れたのは、あれから一時間後だった。あれからも次々と女子がやって来て、篠ノ之さんは不機嫌になり。
張本人である織斑君は、来客を捌くどころか戸惑うばかり。結局、私が貧乏くじを引いて収拾をつけたのだった。
そして人波が途切れた隙を突いて、戻ってきたのけど。……ああ、疲れた。
「ねえ、夕食とらない? そろそろ、食堂も開くし」
「え、もうそんな時間? ……あら」
時間を見ると、もう日が沈んだ時間だった。それを自覚すると、お腹が減ったのも一緒に自覚してしまう。
「さてと、今日は何を……あ」
「お」
「え?」
「む……」
ドアを開けた途端、四つの声が重なった。上からフランチェスカ、織斑君、私、篠ノ之さん。……あ、何か嫌な予感する。
「宇月さん達も食事か? ……あ、一緒にどうだ?」
予感的中。フランチェスカは嬉しそうだけど、篠ノ之さんは反比例して不機嫌。……誰か、この唐変木を何とかして。
「ラッキー、香奈枝に紹介してもらう手間が省けたわ」
……。ああ、カエサル。ブルータスに裏切られた時の貴方は、今の私と同じ気持ちだったのね。
「うーん、美味いなここの食事。流石国立、力入ってるぜ」
「そうねえ。こんな美味しいリゾット、イタリアでも中々無いわ」
「うん……。スープも麺も美味しいわ」
「……」
IS学園初日の夕食は、四人で食事となった。ちなみに俺の隣に箒、前にフランチェスカ(※呼び捨て許可を貰った)、その隣に宇月さんだ。
メニューはと言うと、鯵の塩焼き定食、リゾットとパスタのセット、和風のスープスパゲッティ。そして俺は和風定食だった。
うわ、何だこの煮物の味。俺が作る物とは桁が違うぞ。料亭レベルじゃないのか、これ? 隠し味は……。
「ねえねえ織斑君、香奈枝とはどんな仲なの? それと、篠ノ之さんとも仲良さそうだし」
「仲って言われても……。中学一年の時から今まで、四年連続同じクラスってだけだよ。箒とは、幼なじみだし」
「ええ、そうね」
「……そうだな」
興味津々って感じで聞いてくるが、そうとしか返しようが無い。
箒の事にしても宇月さんの事にしてもだが、何でそんなに俺達の関係が気になるんだろうか。
「なるほど。――あ、香奈枝。それ、美味しいの? 日本独自のアレンジをしたパスタみたいだけど」
「ええ。本場の人にはどう感じるか解らないけど」
「じゃあ、少し交換しない?」
「良いわよ。直箸……じゃなくて、フォークでも良い?」
「ええ」
目の前の二人は、それぞれメニューを交換している。……良いなあ。
「なあ、俺も混ぜてくれないか?」
「「え゛!?」」
……あれ、何かまずい事言ったのか?
「お、織斑君……」
「わお、結構大胆なのね。日本ではこれって……」
宇月さんは金魚みたいに口をパクパクしてるし、フランチェスカはかすかに顔が赤くなっている。
「い、一夏! お、お、お前……」
「何だ、箒も混ざりたいのか? なら、四人で……」
その時、宇月がいきなりイスから立ち上がると慌てて去っていった。どうしたんだろう、と思っていると。
「……小皿、取ってきたわ」
何故か息をきらして、小皿を四枚持ってきた。そこに、手早く自分のスープスパゲッティを分ける。
「これで、良いわよね? 直箸じゃなくても」
「あ、ああ」
何か鬼気迫る様子に、俺は無言で頷くしかなかった。
「ふう。いやー、美味かったな」
「……」
食事から帰ってきても、箒はまだ怒ったような表情だった。
俺に鯵の塩焼きをくれるときは、少し赤くなっていたような気がするが……。うーん、さっぱり理由が解らない。
「……なあ、何で不機嫌なんだ?」
「そういうわけではない」
いや、あるだろ。明らかに怒ってます、と全身からオーラが湧き出ている。
「それにしても、随分と手馴れた様子だったな。お、お前はいつもああいう事をしているのか?」
ああいう事? ……はて、何だろうか。
「じょ、女子と食事を交換するとはな。ふん」
あ、その事か? いや、そりゃいつもってわけじゃない。
そもそもあの二人がやっていたから、ちょっとやってみたくなったのだが。でも、何で箒がそれで怒るんだろうか。
「……あ、そう言えば箒。頼みがあるんだが」
「な、何だ。今度は明日の朝食を交換してくれとでも言う気か?」
何だそりゃ。
「そうじゃなくて。ISの事、教えてくれないか? このままじゃ敗北確定だ」
入学前の参考書を間違えて捨てたせいもあるが、俺の知識はゼロだ。セシリアとの戦いも、一週間後だし。
箒の学力は知らないが、この学園に入っている以上は俺よりは詳しいだろう。束さんの妹でもあるわけだし。
「……ふん。下らん挑発に乗るからだ」
「んな事言っても、なあ」
極東の猿だの、文化的にも後進国だの。あれだけ言われて、黙っているわけにはいかないだろうに。
「しょうがないか、宇月さんを頼ろう」
「ま、待て!」
どうやら、箒は駄目だな。じゃあ、宇月さんに……と立ち上がろうとして、声をかけられた。
「ど、どうしたんだ大声出して」
「い、いや。その、何だ。……お、お前がどうしてもと言うのなら、お、教えてやらないでもないぞ?」
「え?」
何だ、教えてくれるのか?
「良いのか? じゃあ、頼む」
「う、うん。良かろう、そこまで頼まれては仕方が無い。うん、うん」
箒の豹変はともかく、教えてくれると言うのはありがたい。そして俺は教科書とノートを取り出し、机に付くのだった。
「……」
私は、平静を保っている……つもりだった。だが、内心まではそうはいかない。
い、一夏と共に勉学に励めるとは、な……はっ!?
「お、おほん!」
呼吸を落ち着けようとするが効果はなく、心臓の鼓動が早まり顔が熱くなる。い、いかんいかん。何を考えているのだ、私は。
「箒? どうしたんだ?」
「う、うわああああっ!?」
私の顔を、一夏が覗き込んでいた。ば、馬鹿者! ち、近すぎる!!
「あれ、何を驚いてるんだよ」
「な、何でもない。それより、何だ」
「ああ、この絶対防御って奴なんだけど……」
「そ、それはだな、ええと……」
正直な話、一夏に教えられるほど知識は無い。この学園にも入る気は無かったが、政府から強引に入学させられたのだ。
普通なら、この学園に入学する為に勉強をしてきた宇月という女子辺りに任せるのが筋なのだろう。
……だがそれだけは、どうしても選びたくなかった。……我ながら、子供じみた事だとは解っているのだが。
「んじゃ、次はえっと……お。白騎士事件についてだな」
「……」
「どうしたんだ、箒? 何処か苦しいのか?」
「……いや、何でもない」
白騎士事件。それは十年前、発表されたばかりのISの実力を世界に知らしめた事件だった。
操られて日本に向かってくるミサイル二千発以上を、一機のISが撃破し。そのISを拿捕せんとした各国の軍隊を手玉に取った事件。
その時のISこそ『白騎士』だ。そしてその操縦者は……まあ、それはどうでもいい。
そして私はそれに絡んで、私の人生を。――いや、世界を変えた原因である姉・篠ノ之束の事を思い出してしまった。
あの人の事を考えると、心がどうしても澱んでしまう。一夏にも、それは解ったのだろう。心配そうな顔で見ていた。
「熱は無い、よな?」
……その言葉と共に、一夏の顔が間近にあった。何が起こったのか理解できなかった。
額と額とを合わせ、熱があるのかどうかと見たと解ったのは一夏の顔が離れた後。だが、私の体温が上昇したのはそれからだった。
「こ、この不埒者ぉ!!」
「おわっ!?」
瞬時に取った竹刀を、上段から叩きつける。一夏は、それを白刃取りで受けた。おのれ、こういう技だけは残っているのか!!
「じょ、女子の額に自らの額を合わせるなど……暫く見ぬまに、軽薄な男に成り果てるとは!!」
「ま、待て! お、落ち着け箒! 俺はただ……!!」
「問答無用!! ええい、成敗してくれる!」
「さ、されてたまるか!」
上段から振り下ろす私と、一夏の力は拮抗している。おのれ、こうなれば……!
「鍵が開いてるわね。じゃあまた、おじゃまします……って、何やってるの?」
「わー、鍔迫り合いだー」
ドアへ目をやると、また一夏紹介の仲介に来たらしい宇月が、呆れた目をしていた。
「おりむー、デリカシーがないよー」
今度の客は、少々変わった女子だった。私達と同じクラスの布仏、と言ったか。
サイズが合っていないパジャマと帽子を身に纏い、喋り方は間延びしている。それは良いんだが、おりむーとは何だ。
「そうね。というか織斑君。善意でやったのはわかるけど、いきなり異性からそんな事されたら誰だって驚くわよ。
いくら幼なじみでも、ね。さっきの言葉じゃないけど、男女七歳にしてって奴。もう、子供じゃないんだから」
「そうだねー」
先ほどの一夏の行動について、宇月と布仏はいずれも一夏が悪いと判断した。……まあ、当然だが。
「でも篠ノ之さんも、防具を着けてないのに竹刀を持ち出すのはやりすぎよ。まあ、怒るのも無理は無いけど。
せいぜい平手打ちくらいにして置いた方が良いんじゃない?」
むむ……。ま、まあ確かに、そうか。
「悪かったな、箒。幾らなんでも、軽卒だったな」
「いや、もう良い。私の方も、少々激昂し過ぎたのだしな」
私達はそういうと、互いに頭を下げた。この話は、ここで打ち切ろう。
「一件落着だねー。さてとー、私は自分の部屋にもどるよー」
そういうと布仏は、ずれ落ちそうな帽子を修正しつつ、ゆっくりと立ち上がった。まるでスローモーションのようだな。
……それと、気のせいかもしれないが。帽子についた耳飾りが、動いているような気がするのだが?
「あれ、もう帰るの? ……珍しい反応ね」
「んー。今日はこれでいいよー。もう眠いしー……」
珍しい、から後を宇月は小声で言ったが確かにそうだ。今までの女子は、一夏に妙に甘えた口調で話したからな。
……まあ私としては、布仏のような方が助かる。食事に行こうとした直前の女子など、携帯電話の番号だとか趣味だとか……。
は、果ては『私は兄がいるからお嫁に行っても大丈夫よ』などと……。は、破廉恥にも程があるぞ!!
「あれー、しののんが不機嫌だよー?」
「お……どうしたんだ、箒?」
「篠ノ之さん? どうかしたの?」
「な、何でもない!」
三人が三人とも、私の顔を見ていた。と言うか布仏。何故目を閉じているにも関わらず気付く。心眼か。
……。それから、一夏も疲れたであろうという理由で今日は寝る事にした。
仲介役を担うであろう宇月にもその旨を伝えたので、大丈夫だろう。……一応、施錠はしっかりとしておこうか。
「ふー、何か一日の間に色々とありすぎたな。さてと、寝るか」
そういうと一夏は、シャツを脱ぎ捨て――ば、馬鹿者!
「お、おい! 私が居る事を忘れるな!!」
「あ、悪い悪い。俺、洗面所で着替えてくる」
「ま、待て。……その、だな。ベッドの間に仕切りもあるのだし、お互いが背を向ければ良いだろう。
わざわざ洗面所に行く事もあるまい。う、うん! それで構わんだろう、うん!!」
「え゛?」
……。そして私は、寝具として使っている浴衣に着替えていた。背後には、一夏がいる。
お、思わず言ってしまったが……。へ、変な女だと思われただろうか?
「ううう……」
いかん、動揺が隠せない。簡単に外せる筈の制服のボタンにも手間どり、着替え終わる頃には五分は経っていた。
「……も、もう良いか?」
「あ、ああ。待たせたな」
何処か変ではないだろうか。着崩してしまってはいないだろうか。……え、ええい、だ、大丈夫だ!
「……」
「……」
私が振り向くと、一夏は無言になった。……な、何故黙るのだ! や、やはり何処かおかしかったのか?
それとも一夏は、さっきの布仏のような姿の方が良かったのだろうか?
「似合うな」
「え」
い、一夏は今何と言った?
「やっぱり箒には、浴衣とか和服が似合うな。うん、ピッタリだ」
「そ、そうか!」
語尾が上がってしまったが、一夏は気にしていないようだった。……はっ、う、浮かれすぎだな。こほん。
「じゃあ寝るか。お休み、箒」
「あ、ああ」
互いにベッドに入り、電気を消す。疲れていたのか、間もなく寝息が聞こえてきた。だが。
「……」
私は、寝付けない。……隣に、一夏がいる。その事が、私を眠りへと誘(いざな)わせないでいた。
今日一日で一夏と交わした会話が、次々と思い起こされる。
「……おお。そういえば、まだ剣の腕を見ていなかったな」
全国大会優勝の事を知っていると告げられた事に絡んで、そんな事に気付いた。まあそんな暇は無かったのも事実だが。
この学校が女子高である以上、一夏が剣道部に入り大会に出場する……と言う事はまず無いだろうが、それ以外でも腕を鍛える事は出来る。
剣道の全国大会では見かけなかったが、さぞ強くなっているのだろう。……そうだな、明日は久しぶりに剣を交えると言うのも悪くは無い。
うん、そうだ。同門であるのだから、久しぶりに手合わせというのも自然だな、うむ。
「……」
驚愕。俺を含めた、その場にいた全員が持った感情がそれだった。
「まさか……本当にいるなんて……」
「一人目が見つかったのだから、二人目もいておかしくないけど……」
「すぐに政府に連絡! それと、開発部の連中にも!」
慌しく女性達が走り回る中を、俺は呆然と眺めていた。……インフィニット・ストラトス。通称IS。
女性にしか扱えない筈のそれは、俺、安芸野将隆(あげの まさたか)にも反応したのだ。
一ヶ月ほど前、世界的大ニュースになった世界初のISを動かせる男、織斑一夏に次いで二人目になってしまったのだ。
「俺が……ISを動かせる、のか」
今までは、どうせ俺も駄目だろうと半分諦めていた。織斑一夏の一件以来、世界各地で幾百、幾千の男がISに触れてきた。
しかし、ISは起動せず。織斑一夏の例は、突然変異かあるいは姉が世界最強のIS操縦者でだからなのではないかと思われていた。
しかし今日、二人目が見つかったのだ。……そして俺は。
「……」
まだ、現実が信じられないでいた。
「けっ、お前がスコールの言ってた『天選者』かよ」
俺の目の前には、秘密結社『亡国機業』の実行部隊の一員・オータムが居た。俺の知る通りの短気そうな口調。
あからさまに敵意を隠さない辺りは、本当に扱いやすそうな印象を受ける。
「そうだよ? まあ、よろしく頼む」
「けっ、冗談じゃねえぜ」
作り笑いを浮かべて挨拶したが、あちらは見もせずに去っていった。……ふん、アレにも負ける程度の雑魚が。
「あらあら、オータムったら。ご機嫌斜めねえ」
そこへ、オータムの恋人(?)にして暗躍する黒幕の女。スコールがやって来た。
それにしても、確かスコール・ミューゼルとか名乗ったが。これが表世界でも通じる名前なのか?
「朗報よ。貴方専用のISが完成したわ。それと、IS学園への入学準備が整ったわ」
へえ。だったら……いや、まだ情報を集めておくか。あの学園に『黒コンビ』が来たあたりにするか。
「これで、貴方の望みも叶うという事ね。ふふふ、面白そう。私も潜入してみようかしら。
流石に生徒では無理だから、教師になるのでしょうけど。オータムも教師なんてどうかしら?」
「か、勘弁してくれよスコール……」
一応会話になってはいるが、スコールは俺を見てはいない。と言うか、こいつだけはどうも本性がつかめない。
オータムや『アイツ』くらい単純なら楽なんだが。
「貴方の身分は政府に保証させたから、余計な事をしなければ、発覚する心配は無いわよ。それと……」
実際に喋ってみると、このスコールと言う女は非常に五月蝿い。耳障りで、話題が急に飛ぶ。いわゆるウザい女だ。
まあいいさ、せいぜい利用させてもらう。亡国機業も……そしてアレもな。
「くくく……」
俺は哂う。世界で唯一の存在たる特権、思う存分に利用させてもらう。僻む奴らもいるだろうが、あえて言ってやろう。
――有史以来、世界が平等であった事など一度も無いのだからな。