「宇月っ!?」
……その時私は、箒さんが何故叫んでいるのか、何が起こったのか一瞬解らなかった。
立ち上がった宇月さんが一度フラッとなさったかと思うと、そのまま引かれるように後ろに倒れこみ。
無防備なまま床に叩きつけられようとした彼女を、一夏さんが間一髪救い出した……と解ったのは、全てが終わった後。
「おい、宇月さん!?」
「か、かなみー?」
どうやら、気絶なさっているご様子。これは……
「一夏、あまり動かすな! これは……完全に、気を失っているな」
「そうですわね。急いで運び出しましょう」
そして担架に宇月さんを乗せ。私達は、最寄の保健室に彼女を運んだ。
「あれは、過労だろう。無理をしすぎたようだな」
「そうですわね」
私達は、保健室の外で治療が終わるのを待っていた。箒さんも私も、同じ判断。そして、彼女の事を布仏さんに事情を聞くと。
「無茶苦茶だろ、それ……」
一夏さんの言葉が、それを聞いた私達の感想だった。私達と同じ授業を受けた後は、布仏さんの姉から特別授業を二時間。
夕食や風呂を終えた後は、その復習と予習、そして宿題。場合によっては、特別授業の延長もあったとの事。
慌てて駆けつけたレオーネさんによれば、授業の予習復習も可能な限りやっていたらしく。睡眠時間は、4~5時間ほどだったとか。
わたくし達、国家代表候補生の訓練と同じ……とまではいかなくとも、かなりのハードスケジュール。
「無茶をするな、と言ったのに……そこまで根を詰めていたとはな……」
「ええ。本人の承諾があったとはいえ、今まで一般の学校に通っていた宇月さんにはオーバーワークだったのでしょう」
「貴方達よね、今の彼女を連れてきてくれたのは。――もう大丈夫よ、二日くらい安静にしていれば、体力は戻るでしょう」
そこへ保険教諭の許可が下り、わたくしたちは、競うように部屋の中に入った。
「……ごめん、皆。迷惑かけちゃった」
宇月さんは、ベッドに横たわって点滴をうけていた。まだ意識が覚束ないようで、言葉にも力がない。
「何言ってるんだよ。俺なんか、そっちに何倍も迷惑かけてるぜ?」
「それにしても、怪我が無くてよかったな」
「ええ。ですが宇月さん。努力するのはよい事ですが。限界と言うものを知るべきですわよ」
そうしなければ、結果的に努力が無駄になる事もあるのだから。
「……そうね。今回は、少しやり過ぎたわ」
ふう、と息を吐く宇月さん。まったく……。まあ、何事も無くてよかったというべきか。
「――あれ? のほほんさんと更識さんはどうしたんだ?」
そういえば、先ほどまで姿の見えていた二人が見当たらない。一体何処へ……?
「……」
「ねー、かんちゃん。戻らなくて大丈夫なのかなー?」
簪と本音は、保健室の前で立っていた。香奈枝の意識が戻ったと聞き、一夏達と共に入室したのだが。
フランチェスカや本音の事情説明が終わった所で、簪が退室し、本音がそれに続いたのだが。
「……本音」
「んー、何ー?」
「どうして、彼女はあそこまでやるのかな……?」
「んー。先生に任されたからとかも、あるだろうけどねー。一番の理由はー、前も言ったけどー。
……かなみーは、自分でやるべき事はきちんとやりたい人だからだねー」
簪の問いは、震えるような声だった。そんな幼なじみに、本音はいつものようにのほほんと、優しく返す。
「それは聞いたけど。でも、何で、あそこまで……」
「うーん。ヒーローが、人々を守るために命がけで頑張るみたいなものだよー」
「ヒーロー……」
(んー、こう言ったらかんちゃんには解りやすいと思うんだけどなー。解ってもらえないかなー?)
本音は、幼なじみである彼女に何とか香奈枝の事を解って欲しいと思うが。中々、よい言葉が浮ばなかった。
言葉で思いを伝える事の難しさ、それを実感している。……相変わらず、外見はのほほんとしているが。
「ねえ、本音。……ヒーローって、どんな人かな?」
「え? ……うーん」
思いもよらぬ問いに、また頭を悩ませるが……ふと、答えを思いつく。
「周りの人をー、自然に励ませるような人じゃないかなー?」
それは昔、簪と一緒に見に行った映画で、映画の登場人物が言っていた事だった。
それが唯一絶対の正解では無いだろうが、今の簪にとっては最も相応しく、最も苦い答えであった。
「私には、無理だね……」
「んー。半分正解だけど、半分違うと思うよー?」
「はん、ぶん?」
「かんちゃんだって、そうなろうと思えばなれるよー。……だからー、もう泣くのはやめよ?」
「え……?」
その時になって、簪は自分が泣いているのに気がついた。この涙はなんなのか。悲しみか、あるいは――。
「かんちゃん、一人で頑張るのもいいけどー。……一人だけだと、かなみーみたいに倒れちゃうかもしれないよ?」
「でも、あの人は――」
「楯無お嬢様がー、私やお姉ちゃんを生徒会に入れたのもー、力を貸してもらうためだよー?
それに、あの機体だってー、黛先輩やーお姉ちゃんの力もあったからこそ出来たんだよー? かんちゃんが力を借りても、当然だよー」
「……」
幼なじみの言葉に、簪の心は揺れていた。淀んでいた心が大きく波立ち、その波が別の波を招く。
硬く閉ざされていた心の殻が、少しづつひび割れ――。
「お前達、話は済んだか?」
「え……お、織斑先生!?」
「すまんが、宇月に話がある。通らせてもらうぞ」
唐突に出現した教師に呆然とする簪達を尻目に、千冬は保健室へと入っていく。
そして一夏達も退室させられ、廊下には微妙な空気で待ち惚ける生徒達が取り残されるのだった。
「お、織斑先生……」
「倒れたそうだな。――私が何を言ったのか、覚えているな?」
皆を退室させた織斑先生は、いつもどおりの口調で話しかけてきた。
「……はい。無理、しすぎちゃいました」
「そうだな」
また、怒られるかなと思っていると。先生は私の目の前に座り――え?
「……すまんな、宇月」
「え……えええええええええええええええええええっ!?」
わ、私の目は変になっちゃったの!? あ、あの先生が!! モンドグロッソ第一回優勝・第二回準優勝の『ブリュンヒルデ』が!!
わ、わ、私に向かって頭を下げている!? 何これ!? 幻覚!? 更識会長辺りが作った悪戯の立体映像!? それとも夢!?
「どうした、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「い、いや、その……何といいますか……」
同じ体験をしたら、多分世界中の人が今の私と同じ反応をすると思うのですが。
「では、何故両耳を引っ張っている?」
「い、いえ。それはその……」
本当なら両方の頬を引っ張りたいんですけど、それをやると物凄くまずいので耳を代わりに引っ張りました。
「そ、それよりも。ど、ど、どういうことなんでしょうか、今のは」
「お前を追い込みすぎた事への謝罪だが?」
……落ち着こう。目の前にいる人は、織斑先生。そうだ。そのはず、だ。……多分。誰かの変装、なんて事は無いはず。……うん。
「……お前、少々混乱していないか? 頭部検査では、問題なしだったはずだが……実は頭を打ったのか?」
「い、いいえ。大丈夫です」
倒れて床に身体をぶつける前に織斑君が守ってくれたので、肉体的な怪我は無かった……らしい。後でお礼を言っておこう。
「あ、あの。ところで、追い込みすぎた……って、どういう事ですか?」
「……」
少し落ち着いた私は、先ほどの先生の言葉への疑問を口にする。すると先生は、珍しくもばつの悪そうな表情を見せた。
「あの時――お前が更識に叩かれ、私に呼び出された時の事を覚えているか?」
「ええ。馬鹿かお前は、と言われましたしね」
「……やはり『お前は』気付いてなかったのか」
……? 何がでしょうか? お前は、って事は布仏さんは気づいていた事なのかしら?
「私がお前の事を馬鹿と言ったのは、馬鹿正直に当人に事情を尋ねたことによるものだ」
ああ、馬鹿かというのは『馬鹿正直』の方なのね。でも……。
「いや、だって当人に事情を聞かないと解らないで――」
「更識の事情ならば、何故その前に布仏に聞かなかった? しかも、明らかに言い辛そうにしていたらしいな?
ならばどうすれば良かったのか……解るな?」
「……あ」
そう言われて、ようやく織斑先生が言いたい事が解った。更識さんが、何故自分のISを自分だけで作ろうと思ったのか。
それは当人にわざわざ聞かなくても、専属メイドだという布仏さんに聞けばよかったのかもしれない。
もし教えてくればよし。そうでなければ「教えづらい事情」だというのは解っただろう。必要以上に更識さんを刺激した事、それが。
「先生が『馬鹿』と言った事であり。そして『喧嘩を売る』という意味だったんですね」
「そうだ。外堀を埋めず、無策に人の傷口に手を突っ込んだ事。まあ、普段ならばその程度では何も言わないのだがな。
――お前、前にも似たような事をやらかしただろう?」
「……う゛。な、何でそれを?」
「クラス代表決定戦の開催が決まってから数日、オルコットのお前を見る目が険しかったからな。
そんな事だろうとは思っていたが……更識に言った言葉からして、オルコットにも『正直に』伝えたのだろう?」
「……はい」
まさか、あの件がばれているとは思わなかった。オルコットさんの態度に怒り、やや厳しい言葉をかけた事。
あの時の直後にも、自己嫌悪に陥った。……進歩が無いわね、私。
「どうすれば良かったのか。解る、な?」
「はい。つまり私の犯したミスは、更識さんに直接聞く前に布仏さんあたりにある程度事情を聞いて置けばよかったんですね」
そう。思い返してみれば、最初の訪問時に布仏さんに『更識簪とはどういう人物なのか』を聞いたのに。
肝心要である『何故、専用機を一人で作ろうとしているのか』を聞かなかったのは、間違いなく私のミスだ。
「それともう一つ、これは私の側のミスだが。お前に、少々誤解をさせてしまったようだな。」
誤解?
「お前に言った言葉を覚えているか?」
えっと……
『まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に「代償」を払わせてやるか』
……あ。
「たしか、何とかして更識さんと仲直りしてISを形にしろ。責任放棄は許さない――でしたっけ?」
「……やはり、か」
あれ? 何故か先生は溜息をついている。何処か間違えてた? 織斑君じゃあるまいし……
「一部、抜け落ちている。……私は『自分で無理そうだと判断したら教師を頼れ』と言ったはずだが?」
「あれ……? えっと……あ゛」
『まあいい、更識と仲直りして奴の専用ISを何とか形にして見せろ。もし自分達だけで不可能だと思えば、我々に言え。
ただし……もしも責任を放棄するつもりならば、お前に直々に「代償」を払わせてやるか』
そう言われてようやく、正確な文章が思い出せた。織斑君の事を言えないほどの忘れっぷりだ。……あれ?
「えーーっと、これって?」
「今更、と思うだろうが。私は、お前達がここまでやるとは思っていなかった。ある程度まで進むかもしれないが、限界はある。
そこで我々教師が更識の専用機に関わる。――まあ、こんな流れになるだろうと思っていた。
だがお前達は布仏虚に指導を願い出て、その上、奴の合格を貰った。――はっきり言ってしまえば、予想外だった」
「……はあ」
どうも先生の言いたい事がつかめず、気の抜けた返事をしてしまう。……何がいけなかったんでしょうか?
「『責任を放棄するつもりならば、お前に直々に『代償』を払わせてやるか』という言葉の意味が解っているか?
あれは、もしもお前達が『自分達だけでは不可能であると解っていながら何も手を打たなければ』制裁を加えるつもりだったのだが」
「え、それは駄目だったら制裁っていう意味じゃないんですか?」
「……根本的に違う。たとえば、明日までに宿題を出したとする。だが、それをやりきれなかった場合はどうなると思う?」
……駄目なんじゃないんですか? 出席簿アタックが下るような気がしますけど。
「居残りか、補習ですか?」
「ふむ、50点の回答だな。――それをやるのは、不十分であった場合だけだ。最初からやっていない場合、忘れた場合などは制裁を下す」
「そうなんですか……あれ?」
今の話を当て嵌めてみると、宿題(=更識さんの手伝い)をやりきれなかった場合(=中断、時間切れ)は居残りか補習(=先生の指示)で。
やっていない場合、忘れた場合は制裁(=罰)って事は……この二つの違いは。
「責任の放棄……つまり、やらなきゃいけないことに対して、何の手立ても取らなければ駄目だ……って事ですか?」
「そうだ。――まあ、私の言い方に問題があったのだがな。もう少し、言葉を選ぶべきだった」
「い、いやあ。私が誤解しちゃっただけですから。先生が本気で怒っているように見えましたし」
私は慌ててフォローすると、先生は怪訝そうな顔になる。……今の会話の、どのあたりに怪訝そうにされる部分があったのかしら?
「何だお前、あの時の私を本気で怒ったと思っていたのか?」
あれ、違うんですか?
「……ふむ。まあお前達の前では本気で怒った事はないからな」
そうなんですか? ……というか、アレより怖いんだ。間違えても、それの対象にはなりたくないわね。
「まあ、このあたりの事情はさておき。お前、何か私に聞きたい話は無いか?」
……その言葉の裏には『少しなら、今回の話の事情を話してもいい』というニュアンスが含まれている気がした。
だけど、それは私には必要ない。そもそもこのニュアンス自体、私の直感なのだから。それに――。
「いいえ、結構です。今の私がこれ以上難しい話を聞いたら、知恵熱が出そうですから」
「そうか。それにしてもお前は、事情だとかを聞きたがらなかったな。何故だ?」
「知らなければいい情報がある事なんて、私でも知っていますから」
「……ああ、そうだったな。お前は既に守秘義務書類にサインした事があるのだったな」
オルコットさんの情報もそうだし、この学園には「一般生徒が触れない方が良い情報」があることくらい解る。
最初は疑問に思ったけど、まあ情報を得てもメリットよりデメリットの方が大きそうだし、と割り切った。……あ。
「それじゃ、一つだけ聞きますけど。更識さんに協力するように言われたあの日。
『四組代表の機体が完成しなければ、貴様らの評価に影響する』っていうのはどういう意味だったんですか?」
「……あれか。完成しなければ、とお前達に告げることで危機感を出す狙いもあったのだがな。少々、やりすぎたようだ」
なるほど。評価に影響する、となれば諦めた生徒でない限りは何かの手立てを取ろうとする。
織斑先生の狙いでは『教師陣への協力要請』だったのだけど、私達は虚先輩への協力要請に走っちゃったものね……。
「他に質問は無いか? ――では最後に聞いておくが、お前は、まだ手伝う気か?」
「はい。体調が良くなり次第、復帰するつもりです」
「そうか、ならば話はここまでにしておこう。しっかりと、休めよ」
「はい」
そして織斑先生は去り。私は、ベッドに横たわると意識を手放すのだった。
「……」
更識簪は、自室でヒーローアニメを見ていた。だが、楽しみだった筈のそれが今一つ頭に入らない。
あるのは、何処かモヤモヤとした不完全燃焼の思い。保健室から退室させられた直後、生徒会に呼ばれた本音と別れたのだが。
気がつけば部屋に戻っていた。そしてアニメが終わり、視線が自分の机の上に置かれた握りつぶされた紙束へとうつる。
「……嫌だった。でも、捨てられなかったのですね」
「……! 石坂、さん……」
いつの間にやらルームメイト・石坂悠が戻ってきて、その紙束を手に取り眺めていた。
「……凄まじい物ですね。これを私達の一つ上の人間が書いたとは、信じられません」
それは、更識楯無の作った打鉄弐式の作成プラン。打鉄のパーツを流用し、近接・ガード型の機体を遠距離型へと改造する設計図。
スラスターの配置バランス、コア出力の配分、武装の取り付け位置、展開時の装甲配置バランス……。
それらがギリギリのラインで配置された、まるで一つの交響曲のように整った図面であった。それを見た感嘆の声も、当然であった。
「うん。……私には、こんな事は出来ない」
「だったら、これを操る事を目指せばよいでしょう?」
「――え?」
「この機体、100%以上使いこなせたのならば。きっと、貴女にしか成し得ない『何か』が出てくるのでは無いですか?」
思いもよらぬそのアプローチに簪は視線を向けるが、彼女は何事でもないかのように口を開いた。その言葉が指し示すのは。
「まさか……単一使用能力(ワン・オフ・アビリティー)や第二形態移行(セカンド・シフト)の事……?」
「ええ。それは、貴女の姉がどうしようと出来る事ではありません。貴女自身の力で、切り開ける道のはずです」
「で、でもそんな事……」
「出来ないかもしれません。……ですが、出来ないと確定している事でもない筈です。それと、状況発生数で言うなれば。
『一人でISを作った人間』よりは『第二形態移行をやり遂げた人間』や『単一使用能力を発動させた人間』の方が多い筈ですが?」
「……」
それは、今まで考えもしなかった『姉を乗り越える手段』であった。
二つともが専用機が出来てからの話になるので、考えるには早すぎた為であるが。
「……わたし、は」
「かんちゃーん」
簪が口を開こうとした瞬間、部屋のドアがいきなり開かれた。……ノックとほぼ同時、である。
「ほ、本音? ど、どうしたの……?」
「用事も終わったしー。まだちょっと時間があるからー、今日のデータの見直しなのだよー」
「データ……あ」
そこで彼女はようやく、自分の機体のデータ取りの事を思い出した。
その為にアリーナまで行ったというのに、それを完全に忘れていたのである。
「わ、解った……」
「……ほんと、力って、どう使うかが大事だと思うんだよねー」
「……え?」
文脈が繋がらない言葉に、自身の端末で今日のデータ見直しの準備をしていた簪の手が止まる。
そして本音は、その名の如く『本当の音』を奏で続けていく。
「ヒーローの中にだって、力に溺れる人がいるしー。誰が作ったかじゃなくて、どう使うかが大事なんだよねー」
「ほう。興味深い言葉ですね? しかし、整備コース志望だと聞いていた貴女がそれを口にするのは意外な気もしますが……」
「整備コースだから、だよー。私たちがちゃんとしないと、ISは動かないんだしー」
「なるほど、そうですね。力は所詮力、それで何を成すのかが異なるだけです。それにしても、何故いきなり?」
「さっき、嫌な事があったんだよー」
珍しくも不機嫌そうな顔になった本音は、保健室から生徒会室に行く間に自分の出くわした女子生徒達の言葉を告げた。
曰く。更識簪に無駄にISを預けるよりも、もっと有意義な使い方をするべき……と会長に進言するべきだと。
四組はいっそ恥をかく前に棄権するべきだと。簪は硬直し、悠は唖然とし、本音は長い袖を振って怒るほどの言葉であった。
長い付き合いの簪でさえ殆ど見たことの無い口調で憤る本音の、半分閉じられたような目がいつもより僅かに大きく開いている。
「ISっていうのは借り物なのにー、まるで自分がISを作ったみたいな言い方だったよー」
「借り物、ですか?」
「……だってー。IS自体だってー、私たちの力じゃないよー? 篠ノ之博士が作った力を『借りてる』だけだよー?」
「なるほど」
「……それ、誰の言葉? もしかして……姉、さん?」
悠に返した何処か本音らしくない言葉に、簪の心が揺れる。――だが。
「かんちゃん、勘違いだよー。姉は姉でも、私のお姉ちゃんだよー?」
「え……虚さんが?」
それならば、と簪は納得した。いつも落ち着き、物事を円滑に進められる二つ年上の幼なじみ。
『生徒会の良心』『更識楯無が走り始めた時の唯一のブレーキ』と仇名される彼女ならば。
三年主席の彼女ならば、それを口にしても不思議ではない。そしてその納得により生じた間隙を、専属メイドは見逃さない。
「かんちゃんは、どうして専用機を一人で作りたいのかなー」
「……え?」
何を今更そんな事を聞くのか、と視線を向けるが、本音はいつものように笑っているだけだった。そして――。
「専用機を作って、どうしたいのかなー、って思ったのだよー」
「どう……?」
「倉持技研が遅れてるけど~~。かんちゃんは『自分の専用機を使って』何をしたいのかなー?」
意外な事を聞いてきた。普通ならば『クラス代表として頑張る』『日本の代表候補生として頑張る』などと言うのだろうが。
簪には、それらを口に出来なかった。姉が自分の専用機を自力で作ってから、また積み重なった姉との差。
白式の影響で自分に宛がわれる筈だった弐式の開発中断を逆に好機と捉え、自分も己の専用機を作ろうという思いが心を埋め。
それで何を成すのか、といったような事が色々と抜け落ちてしまっていたのである。
「じゃあじゃあ~~。かんちゃんは、ヒーローになってよ~~」
「「ヒーロー?」」
そして、答えの返ってこない幼なじみに本音が自らの答えを渡す。ルームメイト同志が呆気に取られる中、言葉は更に続く。
「人より譲り受けた力を、正義の為に使いこなす~~。その名は仮面ライ○ー~~」
「ぷっ」
その雰囲気とは全く似合っていない、ヒーロー物のようなポーズに簪の口から笑いが漏れた。そして、漏れたのは笑いだけではなく。
(……何でだろう。凄く、気が楽になった……)
姉の事や、限界まで努力した同級生の事でうじうじと悩む自分。それに対する嫌悪感などもまた、少しだけ消えていった。
「……」
そして、先ほど悠が見ていた設計図を見直す。それは確かに完璧だといえるものだった。だが、それはあくまで設計図。
これを実際に組み立て、使いこなすのは自分なのだと。――当たり前のことなのに、気付かなかったことに気付く。
「……こんな私でも、そんなヒーローにまだなれるかな?」
「なれるよー。かんちゃんが、なりたいのならー」
にっこりと笑う幼なじみに、簪は一度深呼吸をすると向き合った。まるで戦場に赴く武士のような、緊迫した表情。
「――本音。お願いが、あるの」
「んー、何かなー?」
「打鉄弐式の完成に、力を貸して。……努力を無駄にするなんて、嫌だから」
語尾が震えている言葉。だが、それは嫌々だから等ではない。
今まで本音や香奈枝を拒んできた自分が、掌を返したように協力を頼む事への嫌悪だった。
「んー、そうだねー。……でもね、かんちゃんは『誰の』努力を無駄にしたくないのかなー?」
「……皆の。ここまで仕上げてくれた倉持の人達、指導をしてくれた虚さん、その指導を頑張って受けた貴方達の……」
「じゃあじゃあー。頑張らないとねー」
「うん……!」
だが、彼女は言い切った。スカートをぎゅっと握り締め、真っ直ぐに向き合い。自分の思いを告げる。
「じゃあじゃあ、さっそくやるのー?」
「ま、待って。今日はデータ整理もあるし……。それに、本当に作ろうと思えばまだ人手が必要だし……」
「ほう。そうなのですか? 私は気付きませんでしたが……」
「作るだけなら、三人でも間に合うけど……。動かしたりしようと思えば、少しだけ余裕がほしいから……」
「なるほど、先輩達にでも協力要請をするのですか?」
「……心当たりは、少しだけあるから」
そういうと、簪は自室を飛び出していく。――その目には、先ほどまでに無かった強い光が見て取れた。
「……コレで宜しかったのですか、布仏さん」
「ばっちりだよー」
簪の退室後、本音と悠が向け合っていた。その顔は、満足げに笑っている。
「更識さんの説得に力を貸してくれ、と言われた時は何事かと思いましたが。上手くいってよかったです」
「そうだねー。いっしーには感謝だよー」
「それはどうも。ただ、少々性急ではないかと感じましたが?」
「んー、かんちゃんも頑固だからねー。荒療治、だよー」
ある意味では、出来レースである。ただし、その根底にあるのは紛れもなく簪を案ずる心だった。
「それにしても、貴女は思ったよりも饒舌でしたね。貴女らしからぬ言葉もありましたが」
「うーん、さっき、必死で考えたんだよー?」
「女子生徒の件(くだり)もですか?」
「ううん、本当にいたんだよー。かんちゃんにISを使わせるなんて無駄だ、って言った娘がーー」
「なるほど」
袖を振って怒りを思い出す本音。だが、どうにも迫力に欠ける怒り方であった。悠も、どこか微笑ましそうに見ているが。
「いっしーの爪の垢を煎じて飲ませたいよー。かんちゃんの為に必死になってくれたしー、良い人だよねー」
「なあっ!?」
ちなみに本音が頼んだのは『簪説得の手助け』であり、言葉の内容は指定していない。
つまり、悠の発した言葉は自身の物である。当人としてはそれほど深く考えた言葉ではなかったのだが。
「そ、そんな事はありません! か、からかわないでくれますか!?」
「またまたー。素直になっても良いんだよー?」
「し、失礼です! 私の行為はルームメイトを案ずるだけであり、また、自己の性格的傾向を満足させる為の行為でしかなく……!」
「それじゃー、そういうことにしておこうかー。私はデータ見直しがあるから帰るねー」
「ま、待ちなさい! 布仏さん!! ちょっと! 私の説明を聞きなさい!」
(んー、しののんとせっしーを足して二で割ったような感じかなー)
背後で慌てる悠を尻目に、彼女にツンデレ+ちょろいの判定を下す本音であった。
は、話が全く進んでない。本来なら香奈枝とあのキャラの意外な再会も書く気だったのに。
うん、マジでやばいわ。
そしてモブだった筈の石坂悠が目立つ目立つ。何故こうなった。
追伸:ISに関して打ち切りとの情報が出ていますが、私自身はマイペースで続けていくつもりです。
よろしければ、どうかお付き合い下さい。
2013/04/13 追記:思えばこの話を書いた頃はIS再起動なんて思いも寄らなかったなあ……。