2012年2月1日追記:昨日の朝、1月31日にSSの一部が未完成のまま投稿してしまうという前代未聞なミスをやらかしてしまいました。
書き上げたつもりでそうではなかった、という自分の愚昧さが原因です。
昨日の投稿から現在まで、今までの最悪の出来である未完成品を読ませてしまい、申し訳ありません。
このような事態が二度と起こらぬように、以後いっそうの努力を積んでいきたいと思います。
2014年7月追記:2014年上半期、この話だけが抹消されていました。
半年間ほどこの状況が続いており、この期間に読んで下さった皆様には大変ご迷惑をおかけしました。
たいへん、もうしわけありません。
2015年1月追記:零落白夜のシールドエネルギー関連に関して20倍としていたのを5倍と修正しました。
……もはや弁解の出来ないミスです。申し訳ありません。
翌日。クラスの話題も、やはり『ドール』だった。それはいいのだが、私にもちらほらと視線が向けられてくる。
……耳を澄まさなくとも解る。ドールに、篠ノ之束――私の姉が絡んでいるのかどうかが気になるのだろう。
昨晩のニュースでは何も言っていなかったが、ずっと離れている私にそれが解るわけもない。解りたくも、ないが。
「――HRを始めるぞ。席に着け」
千冬さんが来ても、やはり皆の視線は落ち着かない。そして。
「昨日のニュースは、全員が知っているようだな。――件(くだん)のドールについては、学園にも配備される事になった。
もっとも、早くて一学期末だ。まだまだ先の話になる」
「先生、それは訓練機として扱われる事になるんですか?」
こういったのは、クラスでも真面目な部類に入る生徒・鷹月だった。その質問は皆も聞きたいらしく、一気に視線が集中する。
「そうなるだろう。まあ、お前らはまず基本制動を身につける所から始めろ。まだまだ、お前達自身が未熟なのだからな。
それでは、授業に入るぞ。今日はまず――」
それに対する千冬さんの返答はやや厳しいものだったが、目は何処か優しくなっているような気がした。
そして今日もまた授業は始まり、クラスに、ノートや筆箱・教科書や参考書を開く音がした。
「やっぱり、学園にも来るんだねー」
「そうだね。昨日、3000機くらい作るって言ってたけど。どの位来るんだろ?」
「ISコアと同じ比率だったら、えーーっと。476機のうち数十機だから……200機以上は来るんじゃないかな?」
「えええっ! だったら、生徒2人につき1機以上じゃない!? すっごいすっごい!」
休み時間。クラスの話題はやはりドールだった。まったく、騒々しい。
さっきも言われたように、今すぐ来るというわけでは無いだろうに。むしろ、今重要なのは一夏の参加するクラス別対抗戦の――。
「でもさあ、ドールって男でも使えるんだよね? じゃあ織斑君とか三組の男の子って、どうなるんだろ?」
「!?」
いきなり、私の関心の範疇に話が飛んできた。思わず、視線を向けるが。……そこにあったのは、ニヤニヤとした笑い。
「あれー? 篠ノ之さん、急に関心が出てきたみたいだよー?」
「やっぱり気になるのかなー?」
田島とリアーデが、面白そうな物を見るような目で私を見ている。そ、そういうわけでは……!
「ですが、一夏さんやもう一人の方にとってはむしろ良い事かもしれませんわよ?」
と、セシリアの漏らした一言に皆が注目する。……どういう意味だ?
「ねえねえセシリア。どういう意味?」
「一夏さん達が男性でありながらISを動かせるのは、確かに希少価値の高い事ですが。ドールの開発は、その価値を押し下げてしまうでしょう?」
「あ……そっか。ドールが男性にも動かせるんだから、ISを男性が動かせなきゃいけない必要性が薄れて来るんだ」
「そう。一夏さん達が将来を縛られる可能性が薄れるという事ですわ」
……なるほど、な。私で例えると、姉以外でもISコアを作れるようになり。監視やら何やらが無くなるという事か。……だが。
『篠ノ之。ちょっと良いか?』
『何でしょう』
私は今朝、朝食後に千冬さんに呼び出された。何かと思ったが。
『ドールの事は、知っているな。これで、ISコアは束の独占では無くなった――と思ってはいないか?』
『……いいえ』
そもそも、そんな事は別にどうでもよかった。その可能性を、言われて初めて気付いたほどだ。
『そうか。――あのドールという存在があるとはいえ、ISコアに即座に取って代わる物ではない。
……残念だが、お前達につけられた監視などもすぐに無くなる物ではないだろう』
『……』
それは、まだ両親が実家である神社に戻るという事は叶いそうにないという事だ。ここを卒業する頃には、叶って欲しいものだが。
『そうしょげるな。あいつが心配するぞ?』
『べ、別に私は一夏のことなど!!』
『そうか、まあいいが。――オルコット達と共に、あいつの事を頼むぞ』
『え……あ、は、はい!』
今朝の会話を思い起こす。……やはり、千冬さんは優しくなったような気がする。何故だろうか?
「ですから。一夏さんが仮にイギリスに来る事になっても、妨害する輩は減ったという事ですわ!!」
……まてそこのイギリス代表候補生。何を寝ぼけた事を言っている。
「一夏は、別に日本を離れる気は無さそうだぞ?」
「ええ、今はそうかもしれませんが。将来はどうなるかなど解りませんわよ?」
……。互いに、強い意志を込めた視線が相手に向けられる。セシリアとは呼び捨てにしあう仲になったが、これに関しては別だ。
「おいおい、何を睨みあってるんだよ。今はそれよりも、クラス対抗戦だろ?」
……確かにその通りなのだが、一夏だけには言われたくなかったぞ。
「なあ箒。朝のことなんだけど、なんで千冬姉に呼ばれたんだ?」
昼食後に、一夏から今朝の事を問われた。一緒に食事を取っていたのだから、一夏が疑問に思うのも当然なのだが。
「いや、別に何でもない。お前の事を言われただけだ」
最後の方だけ、一夏に教える。これも、嘘ではない。
「――なあ、嘘つかないでくれよ。わかるぞ?」
「!?」
だが、隠した事はあっさりと看破される。な、何故だ?
「これでも幼なじみなんだからな。――あ」
僅かに怒ったような表情になった一夏が、急に気まずい表情へと変わる。――察した、か。
「……ひょっとして、束さんの事か?」
「……ああ」
こうなっては仕方がないので、白状した。
「そう、か。千冬姉は、なんだって?」
「すぐに世界が変わるわけでは無い、ということだった。まあ、特に私自身が気をつける事でもないが」
一夏には、私の一家が監視生活にある事は告げていない。あの時の転校の理由も、手紙を返せなかった理由も。
千冬さんが話しているのかもしれないが、そうだとしても自分から確かめる勇気はなかった。
「……何か、また世界が変わりそうだな」
「かもな……」
あの人は、絡んでいるのだろうか。どうでもいい筈のその事が、何故かしばらく頭を離れなかった。
「さて、今日は何をするんだ? 急加速訓練か? それとも展開と収納の訓練か?」
恒例となった放課後の特訓。今日は、セシリアから教わる順番の日になっている。
彼女から教わる基本制動のうち、半分くらいはモノに出来た。……逆に言うと、半分はまだまだなんだけどな。
「それも重要ですが。……今日からは、零落白夜の使い方を考えるべきですわ」
「うむ、それでだが。――居合い抜きのようにすれば良いと思うぞ」
「ああ! 今わたくしが言おうとしていた事ですのに!!」
「こう提案したのは私だ。セシリアは、零落白夜の本質の説明が役目だろう」
「う……そうでしたわね。……一夏さん。cost efficiencyという言葉をご存知ですか?」
コスト……なんだって?
「たとえば、零落白夜で自分のシールドエネルギーを10消費するとしますわね。それで、どれだけ相手のエネルギーを削れるかという事ですわ」
「えっと……確か、自分の消費するエネルギーの五倍くらいだっけか?」
セシリアや箒と何度か模擬戦をして解ったが。だいたい、俺のエネルギーが10消費する攻撃で相手は50消費するようだった。
「ええ。少々揺らぎがあるようですが、だいたいはその変換効率のようですわね」
「だが、たとえば零落白夜を発動し、当てるまでに5秒かかったとする。一秒につき10使うなら、5秒では50。一撃を当てたとしても――」
「……相打ち、って事か」
「単純に計算すればそうなる。ましてや当てるまでに相手からの攻撃に当たれば、更にダメージは溜まる」
……つまり、二人が言いたいのは。さっきの『居合い』も含めて。
「ギリギリの所まで、零落白夜は使うなって事か?」
「そうなりますわね。そして今度の対抗戦。四組のように、相手がどのようなISを使うのかは解らない部分もありますが。
今の時点でも確定している事が、二つありますわ」
二つ?
「一つは、一夏さんの零落白夜がどんなISにも脅威となる事。そして、敵ISは白式のように近接戦闘特化ではないだろうという事ですわ。
つまりは。一夏さんが、最初に遠距離から狙われる可能性もあるということです」
「うぐ……」
確かに俺の白式には、遠距離攻撃が無い。零落白夜は強力だが、如何せん間合いは普通の刀と変わらないんだ。
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだ?」
「決まっているだろう。お前が、間合いをつめるしかないんだ」
「間合いか……」
それはそうなんだけど。相手だって、俺にわざわざ接近を許さないだろうし……。
「そう。そのための技術こそ――瞬時加速、ですわ!」
「イグニッション……ブースト?」
何だっけ?
「千冬さんも、モンド・グロッソで使われた技術という話だ。一夏と白式には、最適な戦術だと思う」
「千冬姉が!?」
「ああ。この技術で一気に近づき、零落白夜を叩き込む。それが、千冬さんと暮桜の必勝パターンらしい」
「必勝パターン……か」
俺と白式の戦術については、千冬姉と暮桜がとっていたであろう戦術が最も効果的だろうとは言われていた。
ただ、その映像はまだほとんど見ていない。何せ俺はまだ素人だから、基本制動を身につけてからにするべきだと言われていたからだが。
「今になってそれを言う、って事は」
「ええ。基本制動が、ようやく形になり始めたのです。そうでなければ、いきなり瞬時加速を習っても使いこなせるものではありません」
「剣を振るうにも、まず足腰などを鍛えねばならんが。ようやく剣を振っても問題ない足腰が出来始めた、といった所だな」
「なるほどな」
納得したし、わずかなりとも成長した事が他人によって認められて嬉しかった。……ただ、ちょっと気になるんだが。
「それにしても、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「「え?」」
「いや、箒とセシリアが仲がいいのは俺も嬉しいけど。なんか、急に仲良くなったような気がしてさ」
「……まあ、目的は同じだからな」
「ええ」
微妙な表情になって視線を合わせる二人。……まあ、いいか。仲良くしてくれるのなら、俺が文句を付けることじゃないし。
……。わたくしは、昨日の会話を思い出していた。それは、午後の授業の合間。
どうしても宇月さんの事が気になり、レオーネさんに頼んで休み時間に彼女と話す機会を設けてもらったのだけど。
『化粧をなさって誤魔化しているようですが、顔色が悪いのは明白ですわよ?』
『幾らなんでも、無理のしすぎではないか?』
『大丈夫よ。これくらい、この間までの受験勉強に比べればどうって事ないわ』
だけど、彼女は笑うだけだった。――それどころか。
『それより、貴方達二人こそ、仲良くしてよね。私は織斑君の勝利にほとんど貢献できないだろうから、貴女達二人が頼りなんだから』
『むう……』
『そ、それは当然ですが。――宇月さん、貴女の方こそ大丈夫ですの?』
『……無理のしどころなのよ、今は』
『だが、無理をしすぎて倒れでもしたら何にもならないぞ?』
『そのあたりの見極めはついてるって。さてと、次の時間の予習しないと。昨日は眠たくて出来なかったし……』
そして、彼女は教科書を開き始める。予習の邪魔をするわけにもいかず、この話はここで打ち切りとなった。
『……ふう。意外と強情なのですね、宇月さんは』
『そうだな』
『それとも、誰かに命令を受けているのでしょうか? たとえば、織斑先生とか』
『いや。千冬さんは、そんな人では無いぞ』
『そう、なんですの?』
箒さんは『少なくとも、限界以上の無理をさせることは無い』と続ける。まあ、それは当然だろう。
……一夏さんは『人間の限界を知っている分、悪魔よりも性質が悪い』と言ったらしいけれど。
『まあ、ああいう人だから誤解を受ける場合が無いわけではないが……。後は、一夏のことだな』
『……そうですわね。今回はバトルロイヤルとの事ですが。……わたくしに一つ、心当たりがありますわ。
おそらく、一夏さんと白式にとって最適の戦術が。これを覚えれば、勝ち目は見えてくるはずです』
そろそろ時期的にも、力量から鑑みても教えられる筈の瞬時加速。それを箒さんに説明すると、彼女は手を差し出した。
『これは?』
『……セシリア、お前と私とで一夏を支えねばならん。宇月は、四組の機体で忙しいしな』
『休戦、という事ですわね。――よろしくてよ。私と貴女とは、求める【者】は同じですが。
そのためには、一夏さんにクラス対抗戦で勝って欲しい、と言う点では同じですもの』
日本語では確か、呉越同舟……という言葉。元々は、中国の故事らしいけれど。
『それと、この技能はまだわたくしも不慣れですの。如何せん、格闘特化の技能ですので』
『そ、それでは絵に描いた餅ではないのか?』
『……その言葉の意味はよく解りませんが、心配は無用ですわ。これを得意とする方をわたくし達は知っていますもの』
瞬時加速を多用し、尚且つ白式と同じような仕様の機体を駆る元世界最強――織斑先生に指導を願い出て。
後日、指導をしてくださるとの約束を取り付けた。……あら? あそこから出てきた、ラファールを纏っているのは……?
「「レオーネ(さん)?」」
ピットから出てきたのは、わたくし達のクラスメートであるレオーネさんだった。
「どうしたんだよ、フランチェスカ?」
「いやー、最近、香奈枝も頑張りすぎだし。ここは私が、香奈枝の代役として貴方達に協力しようと思ってね」
「貴方が、ですの? それなら、言ってくださればよかったのに……」
「うん、そうなんだけどね。キャンセルが出たのを、運良くゲットできたの」
なるほど。訓練機の貸し出しは予約制ですが、稀に体調不良や怪我などでキャンセルが出る事もある。
キャンセル待ち、というのもちゃんとあるそうだけど。専用機を持っているわたくしには無縁の存在だったから、思い当たらなかった。
『あのー、レオーネも訓練に参加するの?』
『クラス中が一つになるって、素晴らしいですね!』
データ収集を手伝ってくれている神楽さんが戸惑ったような声を、それを指導している山田先生が嬉しそうな声を漏らす。
「これでも、射撃は得意なのよ? ……まあ、実機でやるのはほとんど初めてだけど」
そういえば、一夏さんがわたくしとの戦いに向けた特訓で、彼女のモデルガンを使用したという話も聞いた。それは理解できる、けれど。
「……」
わたくしと箒さんは、顔を見合わせた。たしかにレオーネさんの提案は、一夏さんの為になるだろう。
三人が相手、というのは本番のクラス対抗戦と同じ組み合わせになる。わたくしのブルー・ティアーズだけでも出来ないわけではないが。
他のクラスと組むにせよ、一人一人を撃破するにせよ、まったく違う人物三人を相手にするという意味では、より実践的な訓練になる。
……だけど、微妙に警戒心が混じってしまう。宇月さんの方は一夏さんに興味は無いと公言し、その素振りさえない事から安心出来る。
でも彼女は……というと。隣室でもある所為か、箒さんや宇月さんを介してよく一夏さんと食事を共にしたりしている。
これが、正しくないのは解っているけれど……。
「まあ、たまには他の皆も関わらせてみてよ? 皆、何だかんだで織斑君の事を心配してるんだよ。
二組の凰さんは実力者みたいだし、三組も専用機になったんだし。……実はもう、クラス中に話が回ってるんだよね」
そして彼女は私達二人にこっそりと告げた。昨夜、一夏さんの部屋に集まった面々を中心とし、クラス中に話が回り。
昼休み、一夏さんとわたくし達が昼食をとりに行っている間に、勉強に忙しい宇月さん・布仏さんを除く全員が集まって作戦を考えたらしい。
「……仕方ありませんわね。既にチェックメイトされていたようですわ」
「そうだな」
わたくし達は、苦笑するしかなかった。……そしてその日から、特訓に新しい顔ぶれが加わっていったのだった。
一組の結集は、瞬く間に学年中に知れ渡った。二組はそれを特に気にせず、三組も訓練への傾倒を強めたが。四組は、というと。
「ねえねえ。一組の生徒、何かやってるみたいだよ。昨日昼休み、織斑君と数人を除いて誰も食堂に来なかったんだって……」
「聞いた聞いた。もしかして、クラス対抗戦の……?」
「多分ね。あーあ、いいなあ。専用機がちゃんとあるクラスは……」
「二組と三組も、対抗戦に向けて訓練してるんでしょ? ……なんでうちのクラスはあれなのよ」
ムードがかなり悪化していた。自力での専用機完成に拘るクラス代表と、それに対し不干渉を決め込むクラスメート達。
「だいたいさあ、何で専用機が作れないわけ? 織斑君の機体が大事なのは解るけど……」
「何かが、倉持技研の中であったって噂もあるけどね。でもさ、悪いのはあの娘じゃん」
「そうそう。お姉さんに力を借りるとかさ、それ位したってバチは当たらないよね」
「これは噂なんだけど。あのお姉さんが自力で専用機を作ったから自分も……って思ってるらしいよ」
「何それ。自分の意地の為にクラス中に迷惑かけてるの?」
そして、不満が愚痴となり。愚痴は悪意を撒き散らし。クラス全体の雰囲気を、更に悪化させていった。
(……まずい、ですね。このままでは、クラス全体の雰囲気が悪くなるばかりです)
無論、それを案ずる者もいた。たとえば、更識簪のルームメイトである石坂悠は廊下の一角で思案に耽っていた。
生来の負けず嫌いである彼女には、クラス別対抗戦での自分の所属するクラスの敗北など受け入れられないものだった。
だからこそ入学してからは自分のクラスの代表を目指し、また密やかに他のクラス代表の情報を集めていたのだが……。
(専用機を持っている生徒がいる以上、譲るべきだと考えましたが……。早計でしたね。
それに二組のファティマ・チャコンや三組のマリア・ライアンがクラス代表を譲ったのも、予想外でした)
こうなった以上、更識簪を勝たせるしか彼女に納得できる道は無い。とはいえ、更識には協力を断られ。
そして一組の生徒二名が協力をする為の特訓をしている現状では、彼女が割り込んで出来る事はなかった。
(いっそ、私も特訓とやらを受けてみるべきでしょうか? ……ん?)
思案にふける彼女を、ある生徒が覗き込んでいた。その名は――。
「どういうご用件ですか? ――布仏本音さん?」
「……おめでとうございます」
ドールのニュースから数日後。私は、虚先輩からお祝いの言葉を貰っていた。
「えっと、それって」
「とりあえず、力を貸せるだけの段階に達した事を認定します。よくここまで努力しましたね」
穏やかに微笑む虚先輩。……。……。…………。
「や……やったあ……」
ガッツポーズでもとりたい所だけど、あいにくとそんな元気さえなかった。
「今日はゆっくりと休んでください。明日から、お嬢様をお願いします」
「はい。ありがとうございました」
「良かったねー、かなみー」
数日前に合格を貰った本音さんが拍手をしてくれる。……彼女も、待たせてしまったし。
「これから、費やした時間を取り返さないとね」
「お~~」
のんびりと腕を挙げて袖を振る彼女と、手を合わせ。私は、達成感に包まれていた。
「宇月。……やり遂げたようだな」
「織斑先生……」
部屋に戻ると、織斑先生がいた。先輩から連絡がいっているのだろう、私に(僅かではあるけど)笑顔を向けてくる。
「……正直な話、ここまでやるとは思わなかった。お前を、甘く見ていたようだな」
「いや、それも仕方が無いですよ。まあ、間に合ったのは先輩の指導が上手だったからですけど」
「……それで、明日から参加するのか?」
「はい。これが、約束ですから。もっとも、クラス別対抗戦までそんなに時間は無いですけどね」
実際、あと僅かで本番だ。多分、実際にISが完成したとしても動かす機会はほとんど無いだろう。
「そうだな。――まあ、お前は自分に課せられた事をやり遂げたのだから堂々と更識を手伝って来い。
この経験、整備志望のお前にとっては決してマイナスにはならない筈だ」
「はい……!」
私の返事を聞くと、先生はそのまま部屋を出て行った。はっきり言って、予想外だった。
かなり厳しい言葉や態度の多い織斑先生が、あそこまで生徒を褒めるなんて。弟の織斑君なんて『人の皮を被った鬼』とか言ってたのに。
「……今、なにか考えたか?」
「何でもありませんっ!?」
そんな事を考えていたら、当の本人が戻ってきた。開いた扉の向こうに見える顔は笑顔だけど笑っていない。
世界最強の教師は、超能力でも持っているんじゃないだろうか。以前の『大人への階段』事件といい、今回の事といい……そう思う。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
そして以前のトラウマがフラッシュバックしているらしいフランチェスカは、ベッドで丸くなっていた。
意外と気に入ってくれたらしい日本茶を淹れて上げたら落ち着いたけど、暫く二人とも震えが止まらなかったのは、当然だった。
「こんにちわ、更識さん」
「……」
翌日。私達は、更識さんに向き合っていた。打鉄弐式は、前よりは進んでいるけど。
設定・資材運び・加工・設置など、一人でこなしている以上はその歩みは決して早くはなかった。
「配線に関しては、何とかできるようになったわ。装甲と火器の取り付けも、何とか合格点貰えたから。
――約束だから、付き合ってもいいわよね?」
「かなみー、すっごい頑張ったんだよ~~?」
「……解った」
先輩から話がいっているのか。渋々、と言った感じで更識さんは頷いた。そして、無言でウィンドウを向けてくる。
「なるほど、今日はスラスターの方ね。実際に試験稼動はしてみるの?」
「一応」
「それじゃあ、取り付けよー」
……。更識さんが指示を出し、私と布仏さんが機材を調達し。そして、配線や取り付けなどをこなしていく。
今までスラスターが半分くらいしかなかったISが、どんどん動ける形になっていく。それは、とても達成感のあるものだった。そして……
「これで……よしっ!!」
「やったね~~」
数時間後。最後のスラスターを取り付け終え、私は布仏さんとハイタッチをした。少しテンションが高めだけど、まあこの位は……ね。
「……じゃあ、試験稼動に行く」
「じゃあじゃあ~~。私達はコントロールルームでデータスキャナー使って支援する~~」
「解ったわ」
ようやく、私が本来望まれていた役割がこなせる事で少し嬉しさが漏れてしまい声が弾む。
一方、更識さんは打鉄弐式を待機形態である指輪に戻し。私達は彼女の向かう第六アリーナへと向かった。
「あれ、宇月さんにのほほんさんか? えっと、そっちは……?」
「……何やってるの?」
その途中、織斑君に出会った。それはいいのだけど。
「いや、その……何ていうか」
「あら宇月さん、ごきげんよう。一夏さんに、エスコートをしてもらっているのですわ」
「……」
織斑君の左腕をオルコットさんが。右腕を篠ノ之さんが絡めとっていた。
どちらが先かは知らないけど、一方が織斑君の腕を絡めたのを見て。もう一方が反対側から絡めてきた、って所かしら。
いや、篠ノ之さんの方からやれるとは思えないから。多分、オルコットさんの方からかしら。
「そ、それにしても二人は何をしてるんだぁ?」
「私達は、四組代表の試験稼動に向かってたの」
……織斑君、何か語尾が震えてるわね? 何で……ああ、そうか。腕、ね? 腕に二人の……。これ以上は、言わないでおきましょうか。
「では、そちらの方が?」
「そうだよ~~。四組代表の、かんちゃんだよ~~」
「……かんちゃん?」
篠ノ之さんが不思議そうな顔をしているけど、更識さん。早く自己紹介しないと、三人の中で貴方の名前が「かんちゃん」で固定されるわよ?
「……更識、簪」
「そ、そうか。俺は、織斑一夏だ」
「英国代表候補生、セシリア・オルコットですわ」
「……篠ノ之箒だ」
そして、少し微妙な空気ながらも自己紹介は終わった。……あー、もう。何で自己紹介だけでこんなに疲労するのかしら。
「じゃあじゃあ~~。おりむー達も一緒に見ていようよ~~」
「「「「「え?」」」」」」
……そのとき、布仏さん以外の全員の声が調和したのは言うまでも無かった。
「更識さん、準備は良い?」
『……大丈夫』
第六アリーナのコントロールルームに来た私の合図とともに、更識さんのスラスターの試験稼動が始まった。最初はゆっくりと。
でも、だんだんとスピードが上がっていく。
「……うん、問題ないわよね」
織斑君達相手には何度もしたことだけど、今回は自分自身がスラスターを整備した機体。
だからだろうけど、いつもよりも緊張が高まっていくのが自分でも解った。何度も呼吸を落ち着けようと深呼吸をするけど……落ち着かない。
「更識さん、調子はどう?」
『……問題、ない』
そのまま、タワーの方へと上昇する更識さん。それは、未完成機とは思えないほどスムーズな飛行だった。
「……なるほど。中々の機動力ですわね」
「ああ。だが、一夏の相手ではあるまい」
「……おいおい、二人とも、堂々とスパイするなよ」
腕を解放された織斑君が言うけど、今回はそれほど問題じゃない。今はスラスターがきちんと動くのか、設置バランスは良いのか。
あるいは、シールドエネルギーなどとの相互干渉はどうなっているのか……。簡単に言うと、初歩のテストだ。
ハッキリ言えば、見られてもどうということはない部類に入る。このデータを元に、更に機体を煮詰めていくのが目的なのだから。
『試験稼動、終了……』
「あ……うん。じゃあ、戻ってきて」
打鉄弐式が、ややスピードを上げながら降りてくる。いわゆる、急加速降下。まさか、いきなりスラスターが爆発したりしないわよね?
「……」
布仏さんでさえ、無言で機械を弄っている。それだけ緊張してるんだろうけど……
『……着地、完了』
「「……ふう」」
更識さんが着地したのを見て、私達二人は思わず安堵の溜息をついた。……さてと、次は。
「……あれ?」
立ち上がった途端、目の前が真っ暗になった。ちょっと、停電? だ れ か あ か り を
はい、今度の展開が予想できる終わり方でした。そしてドールイベントが前に来た所為で展開が変更になり。
本来書くはずだった千冬と香奈枝の絡みの後半分が次回へ。予定よりも、一話分さらに延期になりました。申し訳ありません。