「……一本! そこまで!!」
「ふう……」
「くそっ、後もう少しだったのにな……」
私の前では、胴への後の先の一撃を受けた一夏が蹲っていた。……確かに一夏が言うように、今の攻防は危なかった。
最後に一夏が繰り出した一撃は、ほんの僅かだが私よりも早かった。あと少し、私の最後の反応が遅れていれば。
あるいはもう少しだけ一夏の回避が速かったのならば、ここに蹲っていたのは私だっただろう。
今までの修行で、ほんの少しではあるが昔の強さを取り戻しつつあるようだ。それが嬉しくもあり……少し、寂しくもある。
「立て、一夏! まだまだ時間はあるぞ!!」
今日は修理だとか持ち回りだとかの都合で、私は打鉄を借りる事が出来ず。
更にセシリアも、英国代表候補生としての用事の為に参加不可能であり。IS実機を使った訓練は出来ず、剣の訓練のみになったのだった。
……け、けっして嬉しいとか、そういう事は無い。剣の道は『見』に通じるのだからな、必要なのだ、うん。
「おう……じゃあ、もう一本……!」
「おっと? それはオーバーワークじゃないかな?」
そこへ、審判役をして下さっていた先輩が会話に入りこんできた。その独特の雰囲気に、私達の剣気も削がれる。
「二人とも、ずっと休んでないんだよ? 少し無理のしすぎじゃないかな?」
「それはまあ……そうでしょうが」
「少し休憩しないかな? 皆も話をしたいしね?」
「ぐ……」
現在この学園に在籍する数少ない男子生徒ということもあってか、一夏に視線が集中している。
一夏の集中は妨げられていないようだから、まだいいが。特に私達と触れ合う事の少ない二年生や三年生は、その視線が強い。
「では……休憩しましょうか」
「ん、お許しが出たよー?」
その声と共に、剣道部員がいっせいに一夏に近寄っていく。ぐ、ぐぬぬ……。
「織斑君、タオル使って! 買ったばかりの新品だから!!」
「常温のスポーツドリンクあるよ、飲んで!!」
「汗の臭いを消すスプレーあるから、使ってもいいよー」
「あ、あははははは……ど、どうも」
一夏はたじろいでいるようだ。……お、男ならもう少し毅然とした態度で臨まんか!!
「んー? 織斑君は、年上の女性に弱いのかなー?」
「んなっ!? そ、そんな事は――っ!」
思わず、先輩にくってかかってしまった。……い、いかんいかん。
「んー、大変だねえ? 篠ノ之くんも?」
「う……」
にこにこと微笑む先輩の顔が、見られなかった。
「へー、やっぱり凄く筋肉あるなー」
「男の子、って感じだよね」
「ねえ。織斑君ってISの専用機持ってるんでしょ? 今度、見せてよ!!」
「え? い、あ、えーっと……」
そして一夏は、部員達に囲まれている。……はあ。どうしてあいつは、もっとしっかりと出来ないのだろうか。
「そういえば織斑君ってさ、部活には入らないの?」
「え? え、ええ。今は白式に慣れるのと、勉強に追いつくのとで精一杯だし。部活をやれる余裕は無くて……」
「えー、剣道部に入ればいいんじゃないの? 白式って剣しか無いんだから、きっと役に立つと思うよ?」
「あ、それナイスアイディアじゃない! うんうん!!」
「授業とかの内容なら、二年生や三年生でも教えられるし!!」
……待て。いつの間にか、聞き捨てならない話になっているぞ? ……い、一夏が剣道部に?
「は、はあ……。か、考えておきます」
……。結局、その話は途中で打ち切りになってしまった。……だ、だが一夏が剣道部に、か。……わ、悪い話では無いな。
先輩達にも言われたが、わ、私が誘うべきだろうか? ……だが、私はそういう事が苦手だ。ど、どうやって誘えばいいのだろうか。
「……箒? 何をぼーっと突っ立ってるんだ? 食券買う人が、並んでるんだが……」
「い、いや、何でもないぞ!!」
慌てて食券を買い、食事にする。……その日の夕食は何を食べたのか、どんな味だったのか解らなかった。
「今日は装甲の形成の実戦授業です」
虚先輩の特別授業を受け続けて一週間。今日は生徒会室を飛び出し、整備室での授業だった。
居残っている生徒もいるらしいが、個人用(国家機密である専用機を取り扱ったりするらしい)なので人はいない。
……ちなみにゴールデンウィークの最中なのだけど、私には去年・一昨年に続いて無縁の存在である。
「……お、重い」
そして打鉄に使われているIS用装甲を渡されたのだけど。……物凄く重たかった。一人で持ちあげるのは、かなりきつい。
前は布仏さんがいたから二人がかりで持ち上げられたけれど、今日はいないし。
彼女は私よりも一歩前に進んでいて、今日は更識会長指導の別メニューを受けているからね。
「ああ、持ち方にもコツがありますよ」
そういうと、虚先輩はあっさりと装甲を持ち上げる。その手には、殆ど力が入っていないように見えるのに。
親戚で引越し屋をやっている人が『重い物を持つコツがある』って言ってたけど、同じような物かしら?
「ここに重心をかけて……持ち方は……。それと、姿勢が……」
……うわ。本当にさっきと同じ物を持っているのか、って位に感じる重さが違う。
「さて、形成に入ります。まず、サイズを定め……」
そしてこの日も、相変わらずの超実践授業だった。
「……ふむ、形成に関しては問題無しですね。何か経験でもあるんですか?」
「い、いいえ。でも、製図や裁断等は昔から得意でした」
目の前には、実際に使えるように形成できた装甲板が並んでいた。……緊張のあまり、少し息が荒くなってきたけど。
いや、0.00000001ミリのずれも許されない世界なんて緊張するに決まっている。
裁断してくれるのは機械だけど、形成の入力やらをやるのは私自身だし。それがずれたら、全部が駄目になるし。
セットしたり、あるいは角度を変えたりする時なんてもう……。冷や汗や脂汗をかいたのも、一度や二度じゃないし。
「そうですか。では、今日は少し先に進みましょうか」
「先って言うと……」
「実際に形成した装甲を、ISの本体に取り付ける作業です。ああ、それと配線についても学んでもらいましょうか。
ちょうど、第二整備室にクラス対抗戦の練習に使われて大破した打鉄がありましたから……」
……あのー、過程を飛ばしすぎじゃないかと思うんですけど?
「それでは、しっかりと見ていてくださいね」
「はい」
配線と設置については、一応学び。実機に装甲を取り付ける段階に来ていた。
更識さんのISが『打鉄弐式』なだけに、重要だ。許可を得て、録画用にカメラもセットしてあるし。そして――
「さて、と。終了です」
「……」
私は、自分の目が信じられなかった。虚先輩の手が、見えなかった。先輩の手が動くたび、今まで繋がっていなかった回線が繋がれる。
取り付けられていなかった装甲板が、機体の一部になる。止められていなかったネジが止められる。
――まるで、途中作業をカットした映像のように。瞬時にそれらは行われていった。
「まずはスロー再生してみてください」
「は、はい……」
近くの端末で虚先輩の作業をスロー再生し、手本であるそれを目で追っていく。
多角度撮影を可能にした特殊カメラにより、様々な角度からその行動は見る事が出来る。だけど……。
腕、指、腰、足、そして視線。その全てが、とにかく早い。こ、こんなのどう真似しろと……?
「本来ならば、もう少しゆっくりした速度で指導したいのですが。時間が無いので、最高速度の作業を見せました」
……そうですか。でも小学生の選手にプロの技術を最初から見せるのって、意味あるのかしら……?
いや、ここは先輩を信じてみよう。私の知っているIS学園の上級生の中では、一番マトモそうな人だし。
「かなみー、どう~?」
と、緊迫したムードを一瞬で霧散させる布仏さんの声がした。
「ああ、布仏さん。今は打鉄の取り付け作業を――あれ?」
返事をした途端、少し不機嫌そうになる。擬音で表現すると『ぷんすか!』って感じだろうか。
「本音、って呼んでねって言ったよ~~?」
「あ……。そうだったわね」
あれは、最初に虚先輩の授業を受けた後だったか。彼女の事を『これからは、本音、って呼んでよ~~』と言われたのだけど。
今まで布仏さん、と呼び続けていたせいか、どうも苗字の方で呼んでしまっている。
「ごめんなさいね、本音さん。――更識会長の授業の方は、済んだの?」
「うんっ! ばっちぐー、だよ~」
てひひー、と笑いながらVサインをする本音さん。……一緒に勉強しはじめてから知った事だけど、彼女は意外と秀才肌だ。
スローペースな行動や言動に隠されがちだけど、生徒としてはかなり優秀な方に入る。
整備の事も、入学以来独習をしていたようだし。私とは、この一件に関わり始めた時点でレベルが違うようだった。
「……更識さんも、こんな感じだったのかしらね」
姉にコンプレックスを持っているという彼女。自分が努力しても、更に上を行く姉。まあ、このケースとは違うだろうけど。
「お嬢様が、どうかしましたか?」
「あ、え?」
あ、しまった。声に出してしまっていた。
「……その、こんな事を言っていいものかどうか悩むんですけど」
……。私は、自分が抱いた感想を先輩に話してみた。……不味かった、かな?
「なるほど。――根っこの部分では、似通った部分があるのかもしれませんね」
と思ったら。意外にも、賛同した。
「そう、なんですかね?」
「人という物は、平等ではありえません。能力も、境遇も。そして同じように努力をしても、見出せる成果も異なります」
……確かに。受験勉強とか、その最たる例だし。
「それを、割り切れられれば良いのですが。――簪お嬢様は、まだまだ割り切れていないようです」
「そうですね……」
まあ、彼女が割り切れていないから今ここに私がいるのだけど。
うーん。……入学してからこっち、他人の影響で苦労を背負い込み続けているような気がするわ。
「さて、と。まずはゆっくりとで良いので配線と接続に慣れて下さい」
「はい」
気分を切り替え、接続作業へと戻る。――結局この日、整備室を出た時には午後10時を回っていた。
「かなみー、大丈夫~?」
本音さんが、心配そうに覗きこむ。部屋に戻る途中なのだけど、何度かフラッとしたからだ。
「大丈夫よ。……それより、何とかして作業速度を速めないとね……」
一応の配線作業は覚えたのだけど、かなりスローペース。このままでは手伝っても間に合いません、というレベルらしい。
「……んー、心を空っぽにすれば上手くいくって聞いたことあるよ~~?」
「空っぽに?」
「そう。意識するんじゃ無くてー。自然と出来るようになれるんだってー」
「うーん……」
言いたい事は解る(ような気がする)けど。私はまだまだ、その域には届かないような……。
「反復あるのみ、だよー」
「そうね……」
とりあえず、今日は復習をして。それから……あー、頭が痛いわ……。
「……」
俺は、自室で呆然とテレビを見ていた。といっても、周りにいるのは箒だけではない。セシリアとフランチェスカ。
それに谷本さん、相川さん、夜竹さん、鷹月さん、岸原さん、四十院さん、神楽さん……。クラスメートが大勢集まっていた。
いや、最初はセシリアくらいだったんだが。フランチェスカと谷本さんが、クラスメート達を集め出してこうなったんだよな。
「あれ、フランチェスカもこっちにいると思ったら……何でここに皆が集まってるの?」
「何言ってるの香奈枝、ドールよドール!!」
「ドール?」
そこに現れたのは、宇月さんだった。疲れているようだが、フランチェスカの言葉に呆気に取られている。
「ISと同じような能力を持つ、パワードスーツなんですって!!」
「ええっ!?」
『繰り返しお伝えします。日本時間の午後9時、欧州連合はパワードスーツ【ドール】の開発に成功したと発表しました。
発表によりますと、このドールはISと同じくPIC・量子変換技術などの能力を有し――』
ニュースでは、そんな事を言っていた。恐らく、学園中が――いや、世界中がこのニュースを見ているだろう。
「ドール……人形、かあ」
「何でそんな変な名前にしたんだろうね?」
「しっ! また新しい情報が出てくるよ!!」
谷本さんの声に皆が黙り。そしてテレビに注目が集まる。
場面は情報を伝えるアナウンサーから、有識者という人たちの集められた場所に切り替わり。
『なお、開発責任者であるドクトル・ズーヘによりますと【ドール】はほぼISと同じ装備を使う事が出来る他……。
男性にも使用できるとのことですが。国際政治学専門の、永田先生。今後どのような影響が出てくるのでしょうか?』
『そうですね。欧州連合としては、ドールはアラスカ条約に抵触する物として扱っていくそうですが……。
ドールの利点である生産性の高さ、そして男性にも扱えるという汎用性の高さからしても、中々揉める事になりそうです』
『初期ロットとして、既に数十機を生産完了したとの事ですが……?』
『ええ、とりあえずはコアの配分で多少もめるかもしれません。特に欧州連合としては、これを……』
と、そこでアナウンサーに追加の情報が入ったのか。永田、という人からカメラが切り替わる。
『たった今、新しい情報が入ってきました。欧州連合によりますと、ドールは特殊なレアメタルを使用する為……。
現在の生産限界数は、約3000機ほどになると想定されるそうです。コア生産は、一月数百体ほどで……』
……どういう事だ?
「でもさっき、キルレシオは1:5って言ってたよね? IS一機で、五機のドールを相手に取れるって事だけど……」
「3000機なら、427体のISに勝てる戦いが理論上は出来るってことよね……」
なにやら皆、難しい話をしているが。――ただ一人、気になる表情をしているのは。
「セシリア? どうしたんだ?」
「ええ、少し、気になりまして」
「気になるって?」
「このドールという物の開発情報……。わたくしは、全く聞いておりませんでしたの」
……国家代表候補生なのに、か?
「ドクトル・ズーヘと言う人物は、名前から察するにドイツ人のようですが……。今まで耳にした事もありませんわ」
「でも、篠ノ之博士だって――あ」
「……そうだな。ISの時も、いきなり発表だった。今回も、そうなのかもしれんな」
フランチェスカが、思わず口を塞いだが。……箒は、普通に返すだけだった。おお、箒が成長しているぞ!!
「……一夏、貴様よけいな事を考えていないか?」
「な、何もな――」
「――何をやっている、貴様ら」
と、騒ぎを聞きつけたのか千冬姉がやってきた。……まずい。
これだけの人間が集まると、やはり騒ぎにはなる。ただでさえ、俺達の部屋は騒ぎが多いのに……。
「いくら世界的ニュースだとはいえ、一生徒の部屋に集中して集まりすぎだ。自室に戻れ」
鶴の一声で、箒以外の女子は皆自室に戻っていく。ただ、やはり皆落ち着かないようだ。
「……織斑先生。先生は、このニュースを知っていたんですか?」
と尋ねたのは、宇月さん。去ろうとした皆も、視線を向けるが。
「噂は聞いていた、とだけ言っておく。……まあ、お前達が動揺するのも無理はないが。
今すぐこの学園がどうなる、というわけでもない。しっかりと学び、しっかりと力をつけることだけを考えておけ」
そういうと、千冬姉はさっそうと立ち去っていった。……そして、俺と箒だけが残された部屋には静寂が訪れる。
二人の人間がいるとはいえ、さっきまでの喧騒とは比べ物にならないほど静かになっているから、そう感じるのかもしれないが。
「……何か、凄い事になったみたいだな」
「まあな。だが千冬さんの言う事も、その通りだ。お前はクラス代表なのだから、ちゃんと力をつけなければな」
「そうだな。……じゃあ今日は、予習だけして寝るか」
もう動揺が無い、といえば嘘になる。特に俺や安芸野の場合、男でISを動かせるというのが理由でこの学園に連れて来られた。
だけど、男でも動かせるISと同じような存在が出てきた以上、俺達も無関係ではいられないだろう。
どうしても、それを考えてしまった。……まあ、俺が考えた所でどうなる事でもないだろうけど。
「にしても、千冬姉は妙に優しかったな。いつもなら出席簿アタックをくらわせる所なのに」
「そう……だな」
うーん、何でだろう?
「……じゃあね、安芸野君」
「お休みー」
「おう。じゃあ」
安芸野将隆は、クラスメート達(と他クラスの生徒数人)を見送っていた。
テレビをつけておらず、ニュースを知らなかった彼の部屋にも、世界的ニュースを一緒に見ようとする女子が来て知る事になり。
そして織斑一夏の部屋に集まった一組女子と同じく、寮長の鶴の一声で解散となったわけだが。
「男にも動かせる、ISと同じパワードスーツか……。まさか、そんな物が出てくるなんてな」
世界中で呟かれているであろう言葉が、彼の口からも漏れた。
「……そういや、ISのコアのブラックボックスを何とかして解析しようっていう人達はいたんだよなあ」
彼は、自衛隊にいた頃の事を思い出していた。あれは御影を受け取り、数日後の事。
『では、基本制動については以上だ。何か質問はあるかね?』
『はい。この【空中における急加速行動と方向転換】なんですけど――』
将隆は、岩元安奈からISの基本制動の授業を受けていた。
何とか授業についていける程度ではあるが、元々ISの事を素人なりに僅かではあるが知っていたのがここに来て役に立っている。
『では質問は以上だな。さてと、次は――』
『あのー、質問ってわけじゃないんですけど。麻里さん、今日はどうしたんですか? いつもは二人で教えてくれるのに』
『ああ、麻里はコア解析の手伝いだよ』
『コア解析?』
『そうだ。ISコアにはブラックボックスが存在し、それが量産や研究を阻んでいる。それは知っているな?』
『ええ』
開発者である篠ノ之束しか解らないブラックボックス。自衛隊では、それの解析作業も行っていたのである。
もしもそれを解析すれば、篠ノ之束以外でもISコアを製造できるようになるのだが。あいにく、現時点ではまるで進んでいなかった。
『コアの解析、ですか?』
『そうだ。一部だけでも……たとえば、量子化技術だけでも解析できれば、世界は大きく変わるだろう』
『量子化技術? ISや武器を収納するんですよね? その技術に何か凄い事があるんですか?』
『まず、輸送面での対費用効果が上がる。何せ人間一人を運ぶ重量で、戦車並の火力を運べるのだからな。更に凄い研究もある』
……何が凄いのだろうか? そんな表情を浮かべた将隆に対し。
『この技術を突き詰めていけば。――四次元ポケットのような収納物が作れるかもしれない』
『凄え!!』
安奈は、わずかに興奮して答えを出した。日本人ならほぼ100%が知るSF(少し、不思議)な代物に、将隆もその可能性が理解できる。
『ただ量子化技術もコア依存技術……すなわち、現時点では世界で500に満たない数しか出来ない代物だ』
『うーん。なんで篠ノ之博士はコアを作るのを止めたんですかね? もっと作ってくれればいいのに』
『さあな。天才の考える事など、解らんさ』
今度は僅かに苦笑して答えを返す安奈。そして将隆も、日々の多忙さと覚える知識の多さにそんなやり取りは忘れていたのだが。
「……作れるのかな、四次元ポケット」
どこか、ずれた思いに耽っていた。
「虚ちゃん、本音ちゃん、ご苦労様。――ようやく、発表してきたわね」
「ええ、そうですね。後は、スケジュールどおりに事が進むかですが」
「大変だねー」
生徒会室では、更識楯無が布仏姉妹を迎えていた。部屋では世界中と同じニュースが流れているが、三人に驚きは無い。
生徒では、この三人だけが事前にドールの情報を知っていたのだが……。
「とりあえず、連中のバックを調べてもらったけど。――亡国機業とは、関係ないみたいね?」
「ええ、どうやら男性の復権を目指すグループが共同で開発したようですね。ただ、気になるのは……」
「ええ。手回しが良すぎる、という事ね」
世間にはまだ公表されていないが、ドールのコア分配は既に決まっていた。ISコア保有国は、コア保有数×5機。
ドールのコアを生産が出来次第、各国に引き渡し。それ以上のコアは、ISコア未保有国家に渡されるという事になっている。
――これが、わずか数週間で決まったのだ。ありえないほどのスピードだった。
「そのあたりの流れはつかめたのですか?」
「うん、大まかなあたりは、ね。でも気になるのは――ドクトル・ズーヘと名乗る人物の事ね」
その机には、顔を仮面で覆い、全身が黒ずくめの怪しすぎる人物に関する書類があった。その人物こそドクトル・ズーヘ。
ISコアのブラックボックスを一部とはいえ解析し、ドールを作り上げた人物であった。
「ズーヘ……ドイツ人だとするならば、スペルはSuche、でしょうか」
「そうねえ。多分、本名じゃないんでしょうけど。ドイツ語で『探索』なんて、ねえ?」
この人物が更識家の情報網に上がってきたのは、数ヶ月前。織斑一夏の騒動発生の、少し後である。
欧州連合でも進められていた、ISコアのブラックボックスの解析作業。全く進展のなかったそれを進めたとして、注目を集めた。
だが、経歴その他は一切不詳。よくもまあここまで、と楯無が感心するほど情報がない人物だった。
「まあ、篠ノ之博士よりはまともな人間みたいだけどね? 確か、ごくわずかな人間にしか興味を示さないらしいし」
「ええ。――会長、何か危惧でもあるのですか?」
「……もしかしたら、だけど。白騎士事件みたいなデモンストレーションを行うとしたら、どうなるかしらねえ?」
楯無の顔は、いつも通りの笑みを浮かべていたが。幼なじみの虚には、それ以外の感情も混じっているのが解った。
そして回答を聞き、虚もその危惧の正体に気づく。
「白騎士事件では、ミサイルや航空母艦・戦闘機などを制する事によりISの力を見せ付けましたね。ならば――」
「ドールの力を見せるには、ISを倒せば良い。そして、ISを倒そうとするなら――この学園が、狙われる可能性もあるのよね」
現在、ISを持っているのは、国家・大企業とこの学園に限られる。
そしてこの学園は何処からも不干渉を貫けるが、それを可能にしているのもISの力である。
「国家や企業だと後々余計なゴタゴタが残るけど。ここはあくまで『学園』だものねえ?
国家代表候補生に怪我させたり、所有ISを壊したりしたら問題になるだろうけど。勝ったなら、その問題も減るしねえ?」
「男性復権グループからすれば、この学園は女性優遇のシンボルみたいなものですし……」
「んー。でもでもー、本当に仕掛けてくるのかなー?」
「まあ、絶対ってわけじゃあ無いわよ本音ちゃん。でも『想定』を色々と考えておくのが『上』の仕事だからねえ?」
「ええ。――それに、本音。今の貴女の仕事は、宇月さんと共に簪お嬢様の助けになる事ですよ」
この中では唯一の一年生の発言に、上級生二人も僅かに表情を崩した。
虚の方は言葉は同じようではあるが、僅かに温かさが混じっている。もっとも、楯無もそれは理解しつつも指摘はしなかったが。
「――まあ、もしかしたらクラス対抗戦の乱入予定者も、ドールだったりしてね?」
それはドールの情報と同じく、生徒では生徒会に所属する三人しか知らない機密事項だった。クラス対抗戦への乱入予告。
それ故に、クラス対抗戦がバトルロイヤルへと変更されたのだった。これが更識簪の専用機完成を急がせる一因ともなり。
結果、その余波は宇月香奈枝にまで及んでいたりする。――しかし、これもまた奇妙すぎる出来事だった。
「IS委員会が何に怯えたのかは知らないけど、ねえ」
「どの戦いに乱入してくるかは解らない。なら、一戦で全ての決着をつけるバトルロイヤル方式……という事でしたが。
中止は出来ない、というのは兎も角。下手をすると、弱ったIS四体が狙われる可能性もあります」
タイミングによっては、混戦でボロボロのIS四機がいる時に乱入者が来る可能性がある。
そして、IS学園に乱入するという事は。襲撃にも、複数のISが投入される事が確実視されていた。
「私も会場警備に回されちゃうしねえ。専用機はほとんど完成しているとはいっても、まだ慣れていないのに~」
『準備不足』と書かれた扇子を広げ、苦笑する。ロシア代表である、更識楯無の専用機。
まだ起動経験の足りないそれを投入する、というのは彼女の本意ではなかった。とはいえ、こうなった以上はやるしかない。
「会長。もしも不安でしたら、クラス代表以外の代表候補生を動員しますか?」
セシリア・オルコット、ファティマ・チャコン、マリア・ライアン等のように対抗戦に出場しない代表候補生は幾人かいた。
殆どが専用機を持っていないとはいえ、それでもISを十分に扱える人材ばかりであり。警備には申し分ないが。
「止めときましょうか。そもそも、代表候補生の洗い出しさえまだ100%じゃないんでしょう?」
「ええ、九割は終わっているのですが」
「万が一、その中から情報漏れが起きたら大変だわ。まあ、三年生への協力要請は出来てるんでしょう?」
「はい。私が信頼できる人間には『警備補助』として頼んであります。電子戦も同様に、有志を集めておきました。
今年は、例年以上に対抗戦への観戦希望者が多く……。世界中から重要人物が集まってきますからね」
「オッケー。私も、薫子ちゃん達に『修理補助』を頼んであるから。――まあ、20機くらいのIS相手なら何とかなるでしょう。
織斑先生達も、動いてくれているみたいだしね。代表候補生達は……所在をしっかりと確認しておいてね。
もしも必要なら、観戦キップを優先的に回して。いざという時は、訓練機を使ってもらうっていう手もあるから」
「了解しました」
そして、生徒会の会議は終わった。この時の彼女達は、自分の立てた対策が100%ではないにせよ、ほぼ万全だと考えていた。
三年生の有志+教師陣による警備。整備課の面々による、弱ったISの修理補助。各種伝達の徹底化。
その他諸々の対策はしっかり立てていた。20機のISの襲撃にも耐えられる、と計算されていた。
参考までに挙げておくと、ドイツは10機のISを保有しているので、ドイツ中のISを借り出しても耐えられる計算になる。
――だが。生徒会も教師達も、そしてIS委員会も一つだけ忘れていた。世界に一人だけ、そんな警備を簡単に破る人間がいる事を。
そして、今までIS学園に不干渉であった為にノーマークであった『彼女』が関心を抱く人物。
その中でIS学園に在籍する者が、今年から三人に増えたという事を――。
……話が進まない、何故だ。一巻終了時点で20話超えるのは確定。
他の方と比べる事じゃないんだけど、アニメ終了時点までに何話費やす事になるんだろう。うーん。