・2012年度一発目の投稿です。今年もよろしくお願いします。
……といっても修正が多くてそうは見えなかったりしますが。
・作者のせいで勘違いした人がおられるようですが。このSSの主人公は一夏です。香奈枝ではありません。
……本当ですってば(汗)
織斑一夏と出会った翌日、俺は一年三組の教室に向かっていた。隣には、担任の新野智子先生がいる。
落ち着いた雰囲気の、20代半ばほどの教師で。長いストレートの黒髪と豊かなボディラインが、大人の魅力を感じさせる人だ。
「うちのクラスは少々アクのある生徒もいるけど、基本的には皆良い子です。安芸野君も、すぐに受け入れてくれるでしょう」
中性的、っていうのか。あまり女性っぽくない声の新野先生。まあ、問題児は入学できないでしょうからね、この学校。
「では、私が呼んだら教室の中に入ってくれるかな?」
「はい」
そう言い残して先生は教室に入り、俺は残される。……う、やばい。独りになったら緊張が顔を擡げてきた。
「じゃあ、中に入ってください」
先生の声に誘われたが、俺はすぐに動き出せない。初体験の転入という出来事だけでも緊張するというのに。
入学してから今までを一緒に過ごしてきた集団、それも全員が女子というクラスに途中から加わるのだから。
担任の事を差し引いても、織斑のいる一組の方が良かったかなとも思ったが、今更そんな事を思っても何もならない。――よしっ!
「……」
うわあ。今朝食堂で会った織斑に『女子クラスに一人だけ加わる男の、初顔合わせの心構え』を聞いたのだが。
あいつが言ってたとおり、視線が一気に集中する。そしてひそひそと話す声も。……ふう、と息を吐き。
「それでは安芸野君。自己紹介をお願いします」
「はい。△▼県の○■高校から来ました、安芸野将隆と言います!
このクラスには途中から参加する事になり慣れない事も多いと思いますが、よろしくお願いします!!」
自衛隊でさんざんやらされたのと同じような堅苦しい挨拶を、何とか詰まらずに言い切って深く一礼する。
……あれ? 何だこの沈黙? 何か、失敗したのかな? ……織斑は自己紹介の時、名前しか言えなかったらしいが。
「それでは、質問を――」
「はいはいっ! 安芸野君は、専用機を持っているって本当ですか!?」
新野先生が質問を許可するや否や、廊下側から二番目の最前列の女子が質問する。い、いきなりそれか。流石はIS学園。
「は、はい。自衛隊から、専用機を預かっています」
【おお~~~~~!】
クラス中が、一斉にどよめいた。
「不確定な情報だったけど、これで確定したわね。――安芸野君は、ISにはどの位乗った事があるのかしら」
今度は中央の列の三番目の女子が立ち上がって質問を投げかけてくる。えっと……。
「一日8時間乗るのを、数週間やってたから……160時間は越えてると思います」
「よっしゃ! だったら織斑君には勝ってる!!」
「これでデザートパスへの希望が出て来たぁ!!」
「――ならば、貴方の実力を見せていただくとしましょう。私、アメリカ代表候補生マリア・ライアンが勤めていたクラス代表。
それを任せられ、クラス別対抗戦を勝ち抜けられるのかを……見極めさせてもらいます」
さっきの中央の列三番目の女子が、自分の名を名乗ると俺の前に出てきて。手を差し伸べてきた。
赤毛のショートヘアで、可愛らしい顔立ちだが……。目力というのか、そういった雰囲気が凄い。
とても、同年代の女子だとは思えないほどだ。これは……自衛隊で出会ってきた人達と同レベルだな。
「まあ、それはともかく。――ようこそ、IS学園一年三組へ。私達は、貴方を歓迎するわ」
「あ、うん。――宜しく」
ちょっと戸惑ったが。俺は、気圧されまいとしっかりと手を握るのだった。
「それでは、最初の授業は――まあ、延期しましょう。安芸野君への質問コーナーということで」
「おー! 流石は新野先生!!」
「じゃあ質問がある人は、手を挙げてください。ああ、良い機会だから自己紹介も兼ねて名前も言ってくださいね」
その途端に手と『はいはい!』というアピールの声がクラス中からあがる。昨日もそうだが、凄いエネルギーだな、おい。
「では、戸塚留美さん」
「はい、戸塚留美です! 将来の夢は、国家代表のISの整備をやる事!! ――だから、安芸野君の専用機を見せて下さいっ!」
質問コーナーのトップバッターは、分厚い眼鏡をかけた娘だったが……は、はあ!?
確か、専用機持ちだからってISを勝手に展開したら……。というか『だから』が前の文章と繋がってないんじゃないか?
「戸塚さん、気持ちは解りますがそれは放課後まで待ちましょうか。――まあ、待機形態くらいならいいかもしれませんが」
そういうと先生が俺に視線を向けてくる。……じゃあ、ちょっと失礼して。
「先生、椅子を貸していただけますか?」
「ええ」
皆に見えるように、先生の椅子を借りて足を乗せた。上履きや靴下も脱いだので、裸足だが。その足首には。
「アンクレットだ……」
「あれが、専用機の待機形態なんだ。いいな~~」
御影の待機形態であるアンクレットが輝いている。デザイン的にはシンプルで、銀色の輪にISコアが付いたような代物だ。
足を同年代の女子達に晒す、というのは少し気恥ずかしいが。
「やっぱり憧れるよね~~」
「ちょっと、見えないよ~~」
後ろの席の人が前に出てきたりと、まるで珍獣になった気分だった。……いや、珍獣なんだろうけど。
「じゃあ他には……」
「はいはいっ!!」
「では、赤堀さん」
「赤堀唯(あかほり ゆい)ですっ! 座右の銘は『全弾持っていけ!』『倍返しだぁぁ!!』『パワー充填120%!!』です!
安芸野君は、どんな武器が好きですか?」
今度はちょっと赤い髪の毛の、パワフルな印象を受ける娘だった。また予想斜め上の質問が来たな、おい。
と彼女、ファイルにスパ○ボのデコレーションシールを貼ってるぞ。座右の銘も、何処かで聞いた事のあるような台詞だし……。
「……ビーム砲、かな? 白騎士の使っていたという荷電粒子砲とか、使えたらいいなって思います」
他もあるが、自衛隊で見た映像を思い出したのでそう答える。何せ、あれが世界を変えたんだからなあ。
いや、本当は言いたい事が両手両足の指よりも多いんだが。そこまでいうと普通の女子にはひかれそうだしな?
「なるほど、ビーム派か……。じゃあ次は●ケットパンチかワイヤー○ンチかを聞いてみようかな……。それとも……」
「はい、赤堀さんは自分の世界に入ってしまいましたね。それでは次の質問をどうぞ」
スルーしたぞこの人。いいのかな。
それからも、色々な質問が出てきた。たとえば
「アンネ・エーベルト、ドイツ出身です。安芸野君は、何が得意ですか? 私の得意な事は、刺繍と遠距離射撃ですが」
「得意……っていうほどの物は無いですけど。まあ、人からは『小器用』だって言われてました」
「汎用タイプということですね。心得ました」
何か違う気もするが、そういうことにしておこう。
「春井真美です。安芸野君の趣味って何ですか? ちなみに私はダンスとサンラ○ズ系アニメです」
「ゲームとか漫画とか、まあ男子一般です。……あと、ガ○ダムとか」
「なるほどー。ちなみに私は高火力高機動の、翼の生えたガン○ム01が好きですね。特に『お前を殺す』とか」
おお! こんな所にも同好の士が。……腐女子じゃない事を、心から祈るけどな。
「戸塚舞、先ほど質問した留美とは双子の姉妹です。好きなものは日本刀。安芸野君は、近接戦闘はこなせるのですか?」
「ええ、自衛隊で鍛えられました。一応、専用機『御影』にも振動ブレード『小烏』が量子変換されて入ってます」
「ふむ……。今度是非、小烏の刃紋を見せてくださいね」
刃紋? ……たしか、刀の刃についている文様だっけか?
「サラ・ディークシト、インド出身です。安芸野君は何か武術などを心得ているのですか?」
「そのあたりは、あまり。一応、自衛隊で身体も鍛えられたんですけど」
「そうですか。私はカラパリヤットを少々使えます。今度手合わせを……」
……この辺りは、まだよかったんだが。
「都築恵乃(つづき えの)といいます。趣味はネットサーフィン。女性の好みはありますか?」
「え゛? えーっと」
あれ、都築さんがそう言う質問するって珍しいね? なんて声も聞こえてくるが。……えっと。
「優しい女性です。優しい、っていう字は優秀の『優』でもある……っていう言葉が好きで、えー。その。……そんな所です」
俺は本当は巨乳好きなんだが、まさか明かすわけにもいかないのでこう言う。
いや、優しい女性がタイプなのも間違いじゃないんだが。新野先生は、たぶんDかもう少し上で……っと、それはさておき。
「解りました。――じゃあ空、あとは任せます」
「任されたっ! 加納空(かのう そら)です! ――このクラスの女子で、パッと見ていいなーって思った女子はいますか?」
「ぶっ!?」
一瞬、我を忘れた。男同士の会話なら兎も角、そういう話題が女子なのに出るとは。どうなってるんだ? そういうものなのか?
ちなみにこの質問をした加納って女子はそれほど胸が大きい方ではなく、その前の都築って女子はまあまあ……いや、止めておこう。
「加納さん、流石にそれは止めておきましょうか。安芸野君が困っていますからね」
先生のフォローが、とてもありがたかった。
「では、この辺りにしましょうか。それでは次に――」
「どうしたの、宇月さん。少し遅れているようだけど」
「すいません、今書き終わりました」
「じゃあ、授業を続けても良いかしら?」
「はい。お願いします」
食事が終わり、私達は虚先輩の特訓を受けていた。約二時間の、IS整備に関する授業。
それはある意味で楽しく、ある意味で拷問だった。虚先輩の教え方は物凄く上手で、面白い。するすると頭に入る。
受験勉強の時にもしも先輩に習っていたのなら、模試の時に出る学園の合格率も上がっていただろう。
でも、やはり一日の終わりに二時間の授業は辛い。その上、数ヶ月かけて覚えるべき学習内容を短期間用に圧縮しているのだ。
代表候補生の学習でもここまで詰め込んではいないんじゃないか、と思えるレベルだ。
「次は、ISのジェネレーター出力についてです。まず基礎を確認しますが……。
ジェネレーター出力が高いほど性能は向上しますが、当然ながら、出力調整が困難になります。
またその出力を何に当てるかによっても事情はまるで違ってきます。それはどのような違いですか?」
「えっと。ブースターとかに当てれば機動性や加速性能が、武器に当てればそれだけ高出力の武器を使用できます。他にも……」
「この辺りは理解したようですね。では次に、出力調整の実践をもう一度行いましょうか」
そう言って取り出されたのは、PC。その仲には様々なデータが並んでいる。
「設定された加速性能・機動性を出せるだけの出力調整を行ってください。
反重力制御は、次回の課題としますのでこの場合は考えない事。では――始めてください」
そして私は、教科書と参考書とを両側に置き。必死でプログラムを組んだ。
「えっと、スラスター出力計算は……こっちの加速性能がこうだから……」
「機動性の計算は、これでよし~~。次は~~」
……そして。
「出来たよー」
「で、出来ました」
基本的に、課題は5分間でこなすように言われている。……三回目のタイムは4分49秒、だった。
「ふむ……。出力調整は、かなり慣れてきたようですね。これならば、もうこの範囲は教えなくても大丈夫でしょうか。
では次に、これを反重力制御やシールドバリアーとの相互干渉も組み込みましょうか」
「は、はい……」
一難さってまた一難……いや、三難くらいの感じだった。
「……さてと、そろそろ終わりにしましょうか」
それから10分ほどして、今日の先輩による特別授業は終わった。ちなみに布仏さんは隣で片づけ中。
生徒会室での授業なんだけど、いつもよりも真剣そうに見えた。……相変わらず、雰囲気はのほほんとしてるけど。
「……」
しかし私は身体を起こせず、机に突っ伏す。……ここで寝ちゃ、不味いのに。
「んー、疲れちゃったのなら私が……」
「結構ですっ!!」
『爆笑』と書かれた扇子を掲げた会長が手を伸ばしてきたので、跳ね起きた。……何故か? それは。
「もー、つれないなあ。元気にしてあげようと思ったのにー」
「笑い死に、なんて言う死に方だけは御免です」
会長の悪癖の『一つ』に、人をくすぐると言うのがある。……昨日やられたけど、本気で涙が出た。
「では虚先輩、今日もありがとうございました。では、これで失礼します」
何とか立ち上がり、教科書そのほかを纏めて生徒会室を出る。……さ、流石にきついわ。
「でも……乗りかかった船、だものね」
……。それから私の記憶は、一部消し飛んでいる。フランチェスカによると、部屋に戻ってシャワーを浴びて。
着替えた時点でベッドに腰掛けて、そのまま眠ってしまったらしい。
それから布団をかけて、横にしてくれたのが彼女だったらしい。……ありがとうね。本当、迷惑かけたわ。
「あ」
「あれ」
……あたしが昼食を取ろうとしていると。そこに居たのは、宇月だった。一夏達はいないみたいね。……ちょうどいいかな?
「……ごめん皆、ちょっとこの娘と話があるから、今日は外れるわ」
クラスメイトのティナ、神月恵都子(かみづき えつこ)、アナルダ・フォルトナー、エリス・ゴールドマンと別れ。
宇月とあたしは、皆から少し離れた席に着いた。少し遅い時間のせいか、あまり人は多くないし。話を聞かれる心配は無さそうね。
「どうしたのよ、凰さん。――織斑君の事?」
「うん、例の勘違いの事。……あの事があった次の日、一夏が自分の誤解を謝りに来たのよね。……何を言ったの?」
一夏があたしが言った約束の正解と、本当の意味に気づいてくれた事。それはそれで嬉しかったけど。
宇月にヒントを出した、って言ったのが少し引っかかっていた。こいつが、気付いているのかどうかも含めて。
「……私が言ったのは『あの言葉を、少し言い換えてみて』って事だけよ」
「言い換える?」
言い換える……ってどういう意味よ?
「そう。あの言葉、正解は多分『料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べさせてくれる』か『作ってくれる』って奴なんでしょう?」
……やっぱりこいつも気付いてた、か。まあ、話の内容からすれば当然だろうけど。
「正解は『食べてくれる?』だったけどね。……で、一夏は言い換えて正解にたどり着いたって事?」
「多分、ね。それで、織斑君は約束の意味にも気付いてくれたの?」
「あ、え? ……ま、まあそこは掠める程度だけどね? ……ありがとうね、宇月」
「いいのよ」
――宇月のおせっかいは、本当に助かった。あいつだけだと、ずっと気付かないか。気付いたとしても、相当時間がかかりそうだし。
……だけど、わがままだって自分でも思うけど。一夏だけの力で気付いて欲しかったな、という思いが起こるのは止められなかった。
「――そういえばさ、あんたが四組代表の機体新造の手伝いに回されたって聞いたけど。何で?」
「事情は聞いていないわ。どうせ、一般生徒が聞いていい事情じゃないんだろうし」
話を変える為に宇月の方の話を切り出したけど……割り切ってるのね、こいつ。
でも確か、四組代表は日本代表候補生だって聞いたのに……四組の生徒は何で誰も手伝ってないんだろう。
四組の代表は、自分の機体を一人で作ろうとしている、とかいう噂も聞いたけど。ありえないわよね、それ……。
「ふーん。あたしだったら、絶対に納得しないと無理だけどな」
「そうかもしれないけど。……データ集めのために、守秘義務書類にサインしたしね。そういうのも解るようになったのよ」
なるほど、ね。英国代表候補生のデータを漏らさない為、か。――そういう意味では、こいつもヤバイ立場じゃないんだろうか。
まあ当人に自覚は無さそうだし、わざわざやばそうな話題に入る事も無いから言わないけどさ。
「――それにしても、まさか貴女とここで再会するとは思わなかったわ」
宇月がうどんを啜りながらそう言ってくる。……まあ、確かにそうよね。
「私達一般入学生からすれば。マラソンで走ってて、ずっと後からスタートした人に追い抜かれたのよね」
ん……。まあ、宇月から見ればそうなるかな。あたしだって、一夏や弾と遊んでいた頃にはこうなるなんて夢にも思わなかったけどさ。
「鈴ー。そろそろ授業だよー」
「あ、ごめんティナ。今行くーー。――じゃあ宇月、またね」
「ええ」
そういうと、あたしは席を立った。……あいつ、何か疲れてない? 大丈夫なの、本当に?
『そろそろ時間よ』
鷹月さんの声と共に、わたくしと一夏さんの。ブルー・ティアーズと白式の動きが止まった。
「ふう……」
「お疲れ様ですわ、一夏さん」
それは、わたくしと一夏さんとの最高の一時が終わるという事。時間の流れの違いを感じる。
放課後までは、あんなにゆっくりと流れているように感じるというのに……。
『オルコットさん? どうかしたの?』
「おいおい、大丈夫かセシリア。無理するなよ?」
「――! い、いいえ、何でもありませんわ」
一夏さんが近づき、心配そうにわたくしを見る。心配そうに見る、その眼差し。
ああ、本当の事を言わなければならないのに。どうしても、沈黙という名の嘘をついてしまう。……いけませんわね、わたくし。
『一夏!! 何をボサッとしているのだ!! お前も早く降りて来い、オルコット!!』
「お、おう!」
「……」
打鉄が借りられなかった箒さんが、怒号を浴びせて一夏さんは慌てて降りていった。
「もう……」
「はい、これ。いつも通りのデータが取れている……筈よ」
「悪いな、鷹月さん。宇月さんの代役を頼んで」
「いいのよ、山田先生に殆ど教えてもらっていただけだから」
「あら。そう言えばその山田先生は何処にいらっしゃいますの?」
宇月さんが四組代表の機体の手伝いに行った為、わたくしたちのデータ集めの代役を捜す必要が出てきて。
山田先生が、希望者に日替わりで教えていました。ちなみに今日は鷹月さんの番なのだが、先生がいない。
「用事があるらしく、先に戻ったぞ。――それより、夕食後は私と勉強、その後に剣の稽古を積むのだからな。忘れるなよ」
「へいへい。解ったよ……」
篠ノ之さんの持つ同室というアドバンテージは、やはり大きい。
わたくしと一夏さんの二人だけの時間というのは殆ど無いのに、彼女は部屋に帰れば幾らでも作る事が出来る。
わたくしもお邪魔する事はあるけれど、あまりに多すぎると、その……。嫌がられるかもしれないし。
「じゃあ、セシリアや鷹月さんも一緒にどうだ?」
「ええ! 勿論ご一緒しますわ!!」
「ん……。私はいいわ、先約があるし」
一夏さんからのお誘いに、一も二も無く承諾する。篠ノ之さんが恨めしげな目で見ているけれど。私は、それを受け流した。
「……そう言えば、もう入学してから一月以上経つんだよなあ」
「そうだな」
一夏と再会し、同室で暮らして一月以上か。早いものだな。
「それなのに、まだ苗字なんだな」
「……何?」
「え?」
一夏が私とオルコットの二人を指し示す。……ああ、呼び方の事か。確かに、私もオルコットも互いに姓で呼び合っているが。
「何か他人行儀だし。いい機会だし、名前で呼び合ってみるのは同だ?」
「名前で……」
「呼び合う、だと?」
……ふむ。まあ、別に姓で呼び合わなければならないわけでもない。事実、名前同士で呼び合っている者もいるのだし。
レオーネと宇月など、初日から名前で呼び合っていたな。
「箒……さん?」
と、あちらに先を越された。呼びなれないためか、少々口ごもっているが。
「……なんだ、セシリア」
それは私も同じだった。……私もそれほど友人が多いわけではない。むしろ、孤独な場合が多かった。
今の状況を入学前の私に見せたら、さぞかし目を丸くするだろう。
「何かお前ら、硬いなあ」
しかたないだろう、これが私の地だ。布仏のように初日から仇名で呼べるほど、私は社交的ではない。……だが。
この学園に来て一夏と再会し、そしてセシリアや宇月達と出会って。……少々戸惑うが、決して嫌ではない日々だったな。
「……あ」
「む?」
「あら?」
一夏が何かに気付いたようなので、私達も視線を追うと。そこにいたのは、宇月だった。
「あら……。貴方達も、今なの?」
「ええ。――宇月さん、大丈夫ですの?」
確かに。授業中などにも思っていたことだが、少々顔色が悪い。布仏は自分が宇月と共に特別講習を受けている、と言っていたが。
その布仏と比べても、少々調子が悪そうに見える。無理のしすぎなのでは無いか?
「大丈夫よ。……そっちこそ、大丈夫なの? 喧嘩とか、してない?」
「だ、大丈夫だ。――な、なあセシリア?」
「え、ええ。そうですわよ。わたくしと箒さんの事は、何の心配も要りませんわ」
流石にこんな状態の宇月に心配をかけるわけにもいかないので、親密な態度を演出する。……少々わざとらしかったか?
「……まあ、名前で呼び合うようになってるくらいなら大丈夫かしらね。それじゃ、私はこれで……」
「え、食べていかないのか?」
「私は幕の内弁当にしたから。――それじゃあね」
そういうと、宇月は弁当を受け取りに行く。幕の内弁当、か。この学園では整備作業などで徹夜する生徒もいる。
事前に申し込み、食堂の時間内に取りにいけば。そんな生徒の為に、使い捨て容器に詰めた弁当を出してくれる、とは聞いていたが……。
「……なあ、彼女、無理しすぎてないか?」
「そうだな……」
最近では、レオーネとも疎遠になっているし。隣同士なのだし、たまには私から入浴や食事に誘うか?
それと、オル……セシリアも名前で呼ぶようになったし。宇月やレオーネの事も、名前で呼んでみるべきだろうか。
「織斑先生。宇月さんの事なんですけど……」
「……」
私が職員室に入ると、織斑先生が困ったような表情を見せた。時間が遅いため、もう誰も居ないから見せたのかもしれませんけど。
鉄拳制裁、厳しい言葉の多い織斑先生には珍しい表情。……余計な事を言えば制裁が下るのは解っているので、何も言いません。
「宇月か……。山田君は、ここに来て何年になった?」
「わ、私ですか? えーっと……」
どうしたんです、いきなり?
「そうか。……宇月のようなタイプは、これまでに何人見た?」
「似たようなタイプの人は見ましたけど……?」
「そうか。――私自身は、意外と少ない。千冬様とかお姉様だとか言ってくる輩ばかりだったからな」
「あ、あはははは……」
乾いた笑いで返すしかありませんでした。今年も、そういう人は多いですしね……。
「自分から目標や課題に向かって努力するのは当然だ。……だが奴は、その努力の匙加減を知らん」
「そう……ですね」
倍率一万倍以上のこの学校では、受験勉強だけでも大変です。それこそ、中学時代……いえ。
小学校高学年から、三年生の冬までの全ての時間を費やして専門コースに進まないと、ほとんど合格できない程に狭き門です。
それを考えると、専門コースに進まなかった宇月さんはどれだけ努力したのか。間違いなく、死に物狂いだったでしょう。
「奴の経歴を調べてみたが、中学入学時に専門コースを志望したものの、12歳時のIS適性が低すぎたせいで落ちたようだな。
それを、中学の三年間で埋めたわけだが。おそらく、今の奴の性格もその辺りが由来だろう」
自分の限界を超えるほどの努力をしてしまう。――それが、宇月さんの長所であり欠点でもあるわけですね。
受験勉強のときは、それがプラスに働いたのでしょうけど。
「……やっぱり、どうにかした方が良いんじゃないでしょうか?」
織斑君・篠ノ之さん・オルコットさんの仲介に関しては兎も角。更識さんのIS手伝いについては、彼女の手に負えないような……。
「ああ。正直な話、深入りし過ぎだ」
「だったら――」
「だが。今更、奴の手出しを止める事などできん。布仏姉に聞いてみたが、それなりにモノになりつつあるらしいからな。なおの事だ」
ああ、確かにそうですね。無理そうなら『無理そうだから、後は私達が引き継ぎます』と干渉できるんでしょうけど。
「……この学園の生徒は、大概がランクB以上だ」
「ええ」
「そして、専門のコースがある中学を経てきている。国籍は違えど、そういった連中がほとんどだ。
――だが奴は違う。ランクこそBまで伸びてはいるが、一般中学からの入学者だ。その分、どうしても劣る」
「本当なら、部活に入ってくれれば良かったんですけどね」
「ああ。アレは、学年の垣根を越えた交流のためにあるのだからな」
卒業後もISに乗れるのは、ほんの一握りだけ。だからこそ上級生がISや学園やその他の色々な事を詳しく教え、将来の事を考えさせる。
部活で汗を流し、学生として良い経験を積ませるだけではなく。この学園の部活には、そういった狙いもあります。
実際、部活によっては整備課への勧誘なども行われているそうですけど。
「宇月さん、私達を頼ってくれれば良いんですけど……」
「……少し厳しくしすぎたか?」
「え?」
「いや、な。ついさっき、定期連絡を寄越した布仏虚に、更識簪の一件で宇月に言った言葉をそのまま伝えたのだが。
奴に『幾らなんでも、厳しすぎです。彼女に真意が伝わっていない恐れがありますよ』と言われてしまってな」
「……それは仕方の無い事だと思いますよ」
その時私の脳裏には、あの入学式の日の事が浮かんでいました。織斑君の自己紹介の途中、先生が入ってきて。
そして織斑君が先生の弟さんだとわかった直後。
『諸君、私が織斑千冬だ! 君たち新人を、一年間で使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。私の言う事をよく聴き、理解しろ。
出来ない者は出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳まで鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな』
と言えば。
『キャ――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!!』
『ずっとファンでした!』
『私、お姉様に憧れてこの学校に来たんです! 北九州から!』
『あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!』
『私、お姉様のためなら死ねます!』
と返って来て。
『……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それともなにか? 私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?』
と言えば。
『きゃあああああぁ!! お姉様! もっと叱って! 罵って!!』
『でも時には優しくして!』
『そしてつけあがらないように躾をして~』
でしたからね……。どうしても、ああなるんですよね。
「うむ……。生徒に対しては、もう少し優しくするべきだろうか?」
「優しく、ですか?」
『皆さん、私が織斑千冬です。貴女達を、一年間で立派な操縦者にするのがお仕事です。しっかりと学び、努力し。
解らない事があればどんどん聞いて下さい。――それでは一年間、一緒に頑張っていきましょう!』
「……ぷっ」
織斑先生が最初に言った言葉を、私なりにやさしく言いなおしてみたんですけど。
その似合わなさに、思わず吹き出してしまいました。……それがどれほど愚かで致命的であるのかを理解したのは、その直後。
「……山田君。最近、太ってきたのではないのかな?」
「え? い、いいえ! む、胸が大きくなった他は、去年と同じで――」
「いや、腰周りや足。首周りにも脂肪がついている。――武術組み手で、発散させてあげようか」
「し、失礼しましたっ!」
そう言うが私は、職員室から一目散に逃げ出しました。……あ、危なかったです。
カットした部分を慌てて引っ張り出してきた、の巻。……まさかこんな形で必要になるなんて思わなかった。
そして主人公視点が無いでござる、の巻。どうしてこうなった。前書きだけが空しい。(A.100%、作者の責任)