もはや何もいえない身ですが。ただただ、読んでくださる方に感謝いたします。
「さあ、いよいよ再開されました学年別トーナメント一年生の部、準決勝第二試合!
解説は私、黛薫子と! 対戦する二人の男子生徒とは浅からぬ因縁を持つ、宇月香奈枝さんでお送りします!」
「……どうも」
どうしてこうなったんだろう。今朝、いきなり黛先輩に連れられてきたら、ここ――アリーナの解説席だったんだけど。
「では宇月さん。この試合の行方を、どう見ますか?」
「やっぱり、織斑君とデュノアさんが有利だと思います」
それは、間違いなかった。二次形態移行した白式&リヴァイヴカスタムに対し、御影と打鉄。
機体の性能なら圧倒しているし、操縦者の力量で言えばデュノアさんが最高だろうし。とは言っても……。
「ただ、彼らはどうも苦戦気味ですからね。もしかしたら安芸野君や赤堀さんが、下馬評を覆すかもしれません」
「ありがとうございます。それでは――試合まで十分! 両者の、これまでの試合を振り返ってみましょう!」
そして黛先輩が、それぞれのペアの試合を振り返っていく。とりあえず私は『渡された』台本をチェックしておこうか。
「おはよう、安芸野君。少し、良いかな?」
「海原さん?」
試合の行われるアリーナの入り口で将隆を待っていたのは、海原裕だった。
約束があったわけでもないのに、彼が自分に用事という事は。
「俺に、話でもあるんですか?」
「ああ。ちょっと戦いの前に、メンタルケアをと思ってね」
「俺だけ、ですか?」
「今日は君だけだね」
いつものような、人の警戒心を解いてしまうような笑み。そして。
「――最近、織斑君とはどうなのだね?」
その笑みを浮かべたまま、急所を貫かれた。
「どう、って。どういう意味です?」
「いや、仲よくやれているのかという意味だよ。――同じ男子同士、ライバル意識などがあってもおかしくはないのだからね」
アリーナ内の個室に移動した二人は、対照的な表情になっていた。裕は笑みを浮かべたままだが、将隆の表情は何処か引きつっている。
「別に、そんなのは無いんじゃないですか? 普通に話しかけてきますよ?」
「そうかい、それはよかった。では――織斑君から話しかけるのは普通だとして。君の方から話しかけるのは、どうなのかな?」
「……はあ。やっぱり、誤魔化せないですか」
笑みを浮かべたままの裕に、将隆はとうとう白旗を上げた。もっとも将隆には、自分には最初から勝ち目など無かったのではないかという思いも過ぎったのだが。
「あの。七夕の日の事は――」
「ああ、銀の福音と乱入者の一件かい? 知っているよ」
「そうですか。なら、誤魔化す必要も無いでしょうけど……銀の福音の時のゴタゴタで、何か毒気を抜かれた気持ちなんですよ」
「毒気?」
「俺は、正直言ってあの日……七月七日の朝まで、正直一夏にドロドロした物を少し持っていました」
「ふむ。そうなのかい」
裕は、ある意味では意外そうに表情を変えた。もっとも、それを予想していても顔に出すわけはないが。
「だけど、あいつが怪我してそんな状況じゃなくなって。ドールの部隊が来たり、乱入者がどんどん来たり、白式が二次形態移行したり。
俺のちっちゃいストレスとか、もう吹き飛ぶような出来事だらけで。それに、俺も三組の面々のトラブルが多くて。
何か、どうでも良くなったんです」
「そうか。忙しさというものはストレスを溜め込む原因にもなるのだが。その逆に、ストレスの原因から離れる事も出来る。そういう事だね」
「そう、ですね」
「では、彼の事はいいとして。他になにか、無いのかね?」
「いえ、別に……」
「そうかい? 君の幼なじみが関わっているようにも思えるのだが、ね」
「……何のことですか?」
またしても急所を貫かれた将隆は、ポーカーフェイスを貫こうとする。だが、そんな事が裕の前で出来る筈も無く。
「おや、二組の一場久遠という少女が君に好意を抱いているという噂を耳にしたのだが。知らなかったのかい?
君のクラスにいる情報通のコンビから得た情報だったので、てっきり君は知っているのかと思ったよ」
「あいつら……」
何処にでも現れる少女達を思い浮かべ、頭を抱えるしかなかった。
「まあ、その情報を知りたがったのは私の方なのだから彼女達を責めないでやってくれ。――その代償として私と勇未の過去を少しだけ話したのだからね」
「……」
その時将隆は、数日前の夜にフラフラだった二人の少女達のことを思い出した。呼びかけても上の空で、何事かと思っていたのだが。
(ああ、あの惚気話を聞かされたのか)
久遠の情報を教えたという不満も吹き飛んでいった。
「――おや。君に、客人のようだね。私はこれで下がるとしようか」
「え」
それだけを言うと、裕は退席した。狐につままれたような将隆の前に、代わりに現れたのは。
「やあ」
「麻里さん……!」
鴨志田麻里。自衛隊時代に、彼にISの基礎を叩き込んだ女性だった。
どうなってるんだ、一体。裕さんの次は、麻里さんまで。千客万来、って奴か?
「どうしたんですか、今日は。また新武装でもあるんですか?」
「ああ、だかそれだけではない。――激励もかねて、だな」
「貴女もですか」
「貴女も? ……ああ、そういえば海原裕さんが君と話していたようだったね。心の急所でも突かれたのかい?」
「ええ。思いっきり急所を貫かれましたよ」
裕さんとの話を麻里さんに話すと。麻里さんは、さもありなん、という表情に変わった。ただし、久遠との事は話していないが。
「なるほど、な。まあ、世界に四人しかいない存在だ。比べられるのも、当然の結果だろう」
そうでしょうね。
「だがこれは、逆に言えばチャンスでもあるな」
「チャンス?」
「相手は二次形態移行した専用機と、そうではないにせよ専用機持ちだ。勝てば、君の金星といえるだろう」
「……簡単に言ってくれますね」
心なしか棘のある言葉になってしまった。だが、麻里さんは表情を変えない。
「まあ、やれれば儲け物といったところだ。それに、何だかんだで君は準決勝まで勝ちあがってくれたのだ。
こちらとしては、御影の十分すぎるアピールになっているし、な」
「組み合わせが良かったからですよ」
ちょっと失礼だったかな、と思い同時に思い出した。頼まれごとを、全然やっていないことに。
「あの、安奈さんの事なんですけど。――何も、出来ていません。すいません」
「ん? ――ああ、君が気に病む事ではないよ。私も、何も出来ていないのだからね。今の君は、今の君に出来る事を成せ。それが、私の願いだ」
「……はい」
本当に気にしていない表情の麻里さん。彼女にしてみれば、俺から情報が入れば儲け物――って感じだったのだろうか。
「勝ってこい、男の子」
初めて見る、彼女のVサインにも。どこか、乾いた感じしか受けなかった。
一方。アリーナの格納庫では、準備の済んだ赤堀唯が一人黙想をしていた。その手は、腰の辺りで掌を宙に向けて差し出しており。
まるで、何かが握られているようにも見える。
「このトーナメントで、初めてこの力を出す時が来たようだね」
赤堀唯が、一人しかいない更衣室で専用機持ちたちが量子変換した武装を取り出すように何かを出現させる。
それは、漢字が書かれた珠を繋げたネックレスだった。全ての珠の字が違っており、一つたりとも同じ物はない。
「さて、と。思い切りやろうか」
『そうだな』
彼女は、自らのうちに宿る別人格に話しかける。
「唯、準備はいいか?」
「うん!」
外からのパートナーの声に答え、赤堀唯は動き出した。――後に今回のトーナメントにおいて『最も記憶に残る闘い』と称される闘いを始めるために。
「……あれ、御影がまた変わってない?」
「まあ、な。今回、また御影の装備が一部変更になったんだよ。というか、土壇場での装甲転換とかマジで止めて欲しい。
「必要なのは高性能だけど安全性が確立されていないシロモノじゃないんだ、多少弱くても安全性の高い枯れた技術なんだ!
偉い人にはそれがわからないんだ!」
「あ、それって機動○士ガン○ムのパロディ作品、機舞戦闘士ガングルのネタだよね?」
……もっとも、当人達はそんな未来など知るよしも無かったのだった。
「シャル。俺は先に、将隆よりも赤堀さんを狙った方がいいと思うんだけど……どうだ?」
アリーナの格納庫で合流した俺達は、今日の戦術を話し合っていた。シャルは、三組の古賀先生に頼んで何か変わった武器を量子変換していたが。
とりあえず俺は、正攻法で行こうと提案してみる。
「悪くは無いと思うよ。戦力を少しでも早めに削減するのは、王道だし。将隆のステルスは、僕なら対応武器も持ってるし」
「なら、それを狙ってみるか」
「そうだね。――ただし、それは相手も解ってると思う」
「……やっぱりそうか? 俺に考え付くくらいだから、相手もそうかもしれないってちょっと思ったんだけど」
俺って、結構単純だからなあ。シャルに任せておいた方が良いかな?
「そんなに自分を卑下する事は無いと思うけど、その可能性は当然考えるべきだね。でも、その戦術が一番だと思うよ」
「じゃあ、やっぱり俺が瞬時加速で一気に接近して、赤堀さんを撃破するか?」
「うん。僕が先に将隆を抑えておくから。一夏は、隙があれば赤堀さんを倒す事を優先させてくれればいいよ」
「分かった」
よし。これで後は、俺がちゃんと自分の仕事を出来るか、だ。……このトーナメントでも、出来ていない事だらけだしな。
「――って思ってるよね、向こうは」
ピット前で、私達はそんな会話を交わしていた。彼らの狙いは、確実に私狙いだろう。弱い方を狙う、当然の戦術だ。
「たぶんな。だから、出来る限り俺は一夏を――」
「安芸野君にはデュノアさんを倒して欲しいな」
「……え?」
私の言葉に、将隆君は虚を突かれたような表情になる。いや、それはやって欲しいんだけどな。
「でも、お前が一夏に倒されないようにしないと」
「反論に反論で返すけど、君の相手はシャルロット・デュノアさんだよ?
基本はリヴァイヴだけど、第三世代機とそんなに変わらないスペックの機体だし。操縦者としての力量なら、たぶん一年生でトップクラスだし」
「……だが、一夏だって最悪レベルの攻撃力を持ってる。二次形態移行したことで、攻撃力や加速性能は更に向上してるぞ?」
「うん、そうだね。だけど、私じゃたぶんデュノアさんに切り切り舞いさせられるだけ。まだ特化タイプの織斑君のほうが、何とかできると思うんだ」
「……出来るのか?」
「出来る出来ないじゃない。――やるかやらないか、だよ」
大真面目な私の一言に、将隆君はふうとため息をついた。最近彼、ため息が増えたような気がするなあ。大丈夫かな?
(※作者注:その数パーセントは赤堀唯が原因です)
「それにデュノアさんだって無敵じゃない。ロミが『雪崩』で突き崩したように、パリス達が速度で翻弄したように、一点突破に意外と弱いんだし」
「……で、今度は何をたくらんでるんだ?」
あ、酷いなあ。
「企んでるだなんて、人聞きが悪いよ。勝つための手、だよ」
「……解った、任せる」
将隆君は、ようやく納得してくれたようだ。良かった、良かった。
(……呆れたのか、諦めたのかどちらかじゃないのか?)
心の中に響くその声は無視して。私は、ピット解放のサインを出した。
「試合――開始!」
「将隆あっ!」
「……俺か!」
試合開始の合図と同時に、ステルス機能を発動させるまえに相手を奇襲せんとする一夏。二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)は即座に間合いを詰める。
「だが、それは!」
反応した将隆と御影が、IS三機のセンサーから完全に消失する。ステルス機能。
ISのセンサーやコアネットワークさえごまかし、完全に消滅したかのように姿を消す機能だが。
「!」
だが、白式は御影の消えたエリアの直前で方向転換し――その背後で攻撃の機会を窺っていた打鉄へと向かった。
それは、二段階瞬時加速の二連発。倉持技研の第一研究所において、アッシュにさえ痛打を与えた時に取得した技である。
「っ……!」
(騙されたっ!)
ステルス中の将隆は、叫びそうになる自分を抑えていた。ステルスモードに入っている以上、背後から攻撃が出来ないわけではない。
だが、彼を散弾が襲う。それを放つのは、一夏のパートナーであるシャルロット・デュノア。
「君の相手は、僕だよ!」
「くそっ!」
既にステルス機能は無意味と悟り解除する将隆。そのパートナーには、開幕KOの危機が迫っていた。
「――貰ったぜ、赤堀さん!」
(くそっ! 解っていたのに、やられた!)
一夏の速度はアッシュをも捉え、その一撃は銀の福音でさえ痛打を与えられるレベルである。それが、専用機持ちでない唯に向かう。
そして二次形態移行してから上昇した白式の加速力は、トーナメント準々決勝までとはまるで違っている。
それを理解していた筈なのに、防げなかった。自身のパートナーは最悪、一撃でKOされる。そこまで想像した将隆の目に飛び込んできたのは。
「……え?」
「な!」
将隆も観客達も、誰もが零落白夜の命中を予測した。――だが、零落白夜の一撃は唯には当たらなかった。
雪片弐型の刃が『まるで魔法のように』打鉄には当たらなかった。それを一夏が理解した瞬間。
「この距離、貰った!」
「ぐっ!」
打鉄の拳が、白式の腹部装甲に命中していた。白式は二次形態移行し攻撃力や加速力が飛躍的に進化したものの、装甲はそうではない。
零落白夜のシールド・霞衣の出現によりビーム兵器などへの防御力は上がっていたが、装甲はほとんど変化はなかった。
故に――今までと同等の、あるいはそれ以上のダメージを白式に与える事に成功したのだった。
「い、今のはカウンター、ですか!?」
「情けない男だな。専用機持ちでもない女に当てられなかったばかりか、反撃を許すなど」
「一夏……!」
アリーナの監督室では、思わぬ一幕に教師達も驚きを隠せないでいた。
既に決勝に駒を進めているラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒――当人達は知るよしもないが、保護対象――の二人が対極的な表情を見せる。
そんな中、負に落ちない様子を表情に混ぜているのは織斑千冬。
「どういうことだ……?」
「織斑先生、どうかしたのですか?」
「いや。赤堀は、あそこまで回避が上手かったのかと思ってな。今の織斑の一撃は、代表候補生レベルでなければ避けられるとは思えなかったのだが。
同じ三組のシートンやカーフェンなら兎も角、あいつにあそこまでの回避力はあったか?」
「確かに。彼女はどちらかと言えばガード型だったはずですよね」
「古賀先生。あの機体は、貴方が整備したと報告にありましたが。何かやりましたか?」
「攻撃面に関してはともかく、回避面に関しては特に何もやっていないのだが、ね」
問われた古賀水蓮も、千冬と同様の表情を浮かべていた。
(……まさか、彼女は?)
声に出さす、水蓮は呟く。そうするうちに、一夏と唯の攻防は入れ替わっていた。
「見よう見まね、雪崩っ!」
「!」
唯が二本のブラッド・スライサーを呼び出し、突き技を繰り出す。一夏にとって、それは忌まわしい記憶を呼び起こすものだった。
トーナメント二回戦、ロミーナ・アウトーリが繰り出してきた連続高速突き。シャルロットさえ撃破したそれは、恐ろしい速度での二刀の一撃だが――。
「その位なら!」
「うひゃあ!」
ブラッド・スライサーが雪片弐型(通常モード)により両方切り裂かれた。本物ならばともかく、未だ唯の力量は未熟。
数々の戦いを経ていた一夏には、切り裂けるレベルのものでしかなかった。
「やっぱり剣じゃだめかな!」
「悪いけど、すぐに落とさせてもらうぞ!」
そしてまた、攻防は入れ替わる。織斑一夏と赤堀唯。性別も機体も、そして『素性』もあまりにも対極的な二人は、目まぐるしく攻防を入れ替えていた。
「うーん、まだまだだねー」
観客席では、本家『雪崩』使いであるロミーナが、100%苺シェイクと苺ジャムパン(※赤堀唯の奢り)を手に渋い表情をしていた。
彼女も唯に指導をしたものの、如何せん時間が足りなかった。それを惜しみつつも、手にした物の味を堪能する事は忘れない。
「でも、さっきの織斑君の突撃はすごかったよね」
「確かに。今の彼と当たったのならば、私達も避けられなかったかもしれませんね」
その一方で、トーナメント三回戦で一夏らを苦戦させた回避名人のマーリ・K・カーフェンとパリス・E・シートンがその機動性を評価する。
だが、その一方で拭いきれない矛盾も出てきた。
「でも唯って、あそこまで回避が上手だったっけ?」
「あの子は、ムラッ気があるのよね。米国代表候補生の私と互角に戦えたかと思うと、凡ミスをやらかすし」
「手抜きじゃないはずなんだけどね。何でだろ?」
赤堀唯のぶれ。それは手抜き、ではなかった。そもそも赤堀唯という少女にとって、手抜きは全く無縁のものだった。
織斑一夏に女心の理解、篠ノ之箒に素直、布仏本音にお菓子絶ち、宇月香奈枝に安寧、赤堀唯に手抜き。
これらが『IS学園一年生において、最も縁遠い物』と喩えたのは、ブラックホールコンビであったが。
なお、四番目には誰もが涙したという。……閑話休題。
「ですが織斑君は、赤堀さんの得手を封じる手に出たようですよ」
そして一夏と唯の戦いは、ある意味で誰もが予想しない展開になっていた。
「うっひゃあ!」
白式の新武装・荷電粒子砲が、打鉄を狙っていた。大口径荷電粒子砲は、下手をすれば一撃で打鉄を撃墜できるほどの威力を持つ。
しかしその操縦者は、射撃を得意としない筈……だったのだが。
「まさか織斑君が、遠距離戦を仕掛けてくるなんて! しかも、狙いが厳しいね!」
「俺も、いつまでも同じじゃないんだ!」
一夏は、射撃能力は決して高いとは言えない。だが、彼には心強い仲間がいた。
常に周囲に気を配り、自身が相手と戦いつつも、パートナーに適切なアドバイスを出来る賢い少女――シャルロット・デュノアが。
『一夏、狙いは常に先を呼んで! 赤堀さんの回避力は、それほど高くない! さっきの回避は偶然だよ!』
『おう! 山田先生達のときと比べれば、いけるぜ!』
そして、授業において布仏本音や山田真耶達と戦った経験も生かされていた。
赤堀唯の回避能力は、元代表候補生である真耶には遠く及ばない。副担任と戦った経験が、荷電粒子砲の狙いを正確にしていた。
「うわっはあ! これじゃ、エネルギー切れも望めないかな! エネルギーはまだあるみたいだし、それに……!」
一夏は、あくまで冷静に敵を追い詰めている。そして唯には、もう一つ警戒しなければならない事があった。
射撃からの瞬時加速。一夏が彼女のクラスメートであるパリスを撃墜した時のやり方を知っている唯としては、決して気を抜けない。
加速度でも機動性でも勝っている相手からの射撃戦は、彼女の神経を削っていく。
「もう少しだけいい……もう少しだけでいい……。もう少しだけでいいから、ね!」
唯は空中で位置を変えながら一夏の攻撃を避け続ける。彼女の狙い。それは彼女の相手が一直線上に並ぶ位置、だった。
「くっ!」
「行かせないよ、将隆!」
そしてもう一方では、シャルロットが将隆の動きを完全に封じていた。常に散弾系の武器を準備し、ステルス機能を有効に働かせない。
一夏に射撃のアドバイスを送りながら、自身の敵への対処をこなすという器用さを見せる少女。それを知った将隆は、思わずこう呪ったという。
(ここまで不公平な状況での闘いとは、な!)
だが、元々このトーナメントは公平ではない。専用機持ちとそうでない人間が共に戦う場であり、人生の縮図であった。
しかし、その中でも大番狂わせは多くあった。――だが、今の自分にはそれを出来そうに無い。
「まったく、うまく行かないもんだな!」
半ば負の感情の発散、半ば本心の叫びが漏れる。目の前の少女の力量の高さを、改めて思い知らされた。
(こうなったら、距離をとって迂回して……な!)
「甘いよ、将隆!」
先手を取ったリヴァイヴの手に、消火器のような物が現れる。――否、それは消火器そのものだった。ただ、違うのは。
「うわ! な、何よあの量!」
「あれ、知ってるよ! デュノアさんが古賀先生に頼んで作ってもらった、ステルス破りの『影消し』だよ!」
消火器サイズとは思えないほどの白い液体が飛び散ったのだった。そしてそれをかいくぐる、御影の姿もハッキリと浮かび上がってしまう。
「これで――どう!」
「げ!」
瞬時加速で詰められた間合いから放たれるのは、楯殺し(シールド・ピアーズ)だった。防御の要である岩戸も間に合わず、それの直撃を食らってしまう。
「がはっ……!」
その一撃により、御影のシールドエネルギーの大半を、削られてしまう。
専用機が一方にだけいる試合では、専用機のシールドエネルギーを半減させるルールになっていたが、それであれば一撃で撃破されるほどのダメージだった。
「ここまでかな?」
「うーん、安芸野君も唯も頑張ったんだけどねえ……」
三組の生徒達でさえ、自分たちのクラスの唯一の生き残りの敗北を覚悟し始めたその時。逃げ惑っていた赤堀唯が、ようやく好機を得た。
「よし、好機到来! ここで切り札を切るしかないかな! ――おいで!」
「え?」
「何だあれ?」
それは、棺桶のようにも見えた。それが二つ、打鉄の横に浮かんでいる。大きさは打鉄の肩アーマーよりも更に大きく、唯の打鉄がその中に隠れられるほどだった。
『あれは、非固定浮遊部位……?』
『銃器か、あるいは篠ノ之さんや宇月さんのように地雷でも仕込んでいるのでしょうか?』
解説の二人がそんな事を呟き。それに合わせるように棺桶が開き、中にしまわれていた物が出てくる。それは――無数の腕だった。
「え゛?」
それは、誰の声だったか。呆然とした声が妙に静まり返ったアリーナに響いた次の瞬間、それらが一斉に飛び出していく。
それと共に叫ばれる、その武器の名は。
「行くよ、これこそ私の切り札! 雪崩ロケットパンチ、だよ!」
『おおっと赤堀選手、切り札とは無数の腕でした! 手数を増やせないのならば手の数を増やす! という事ですね!』
「そ、そんなのありかあ!?」
解説の黛薫子の声と共に出現した冗談のような光景に、一夏も絶句した。というよりも、アリーナ中で絶句していない人間のほうが少なかったが。
「な、何だあの武装は!?」
「……古賀先生、あれは貴女ですね?」
「ああ、勿論だ」
ラウラも呆然としていたアリーナの監督室では、元凶である事を確信して尋ねた千冬が、ドヤ顔の古賀水蓮を呆れた目で見ていたという。
「古賀先生に頼んで作ってもらった腕の数々! 味わってね!」
切り札を放った唯の脳裏には、これを頼んだ時の事が思い出されていた。
『それで、君はどのような改造を望むのだね? ああ、一応断っておくが君自身を改造というのは駄目だぞ。流石に倫理規定に引っかかるからな』
それはつまり倫理規定に引っかからなければ可能な技術力と、それを絶対にやらない良心の欠如という事なのだが。
『手の数を増やしたいんです!』
それを気にしない生徒の一言に、水蓮はニヤリと笑った。
『なるほど。つまり、副腕の追加か。何本ほどほしい?』
『先生の技術力の及ぶ限りを、お願いします』
『よし。――その願い、承ったぞ!』
そして、教師と教え子により『専用機持ちでさえ破る』という無数の腕が生まれた。
なお、この費用を見た某生徒会の会計の三年生は呆れ、その上司たる二年生の生徒会長は笑っていたという。
「そんなもの、くらうかよ!」
ロケットパンチ――ミサイルのごとく飛んでくる拳が、まるで冗談のような数となって襲ってくる。
だがそれは、例えばセシリアのBTレーザー、簪の荷電粒子砲、ラウラのレールガンのような絶対的な速度を持った物ではなかった。
一夏はその攻撃を瞬時加速で上昇回避し、ロケットパンチの嵐は、一夏の直下を通り過ぎる。
そして将隆を追い詰めていた、シャルロットへと。全ての拳が向かっていったのだった。
「「――え」」
「私はこれを切り札だと言ったけど。誰も、織斑君を狙うなんて言ってないよね」
完全に虚を突かれたシャルロットと、悪戯っ子のような笑みを浮かべた唯。
彼女の狙いは――最初から、彼女のパートナーを封じ込めていた、シャルロットだったのだ。
「……!」
その彼女は、一瞬にも満たない時間で判断を下した。あれだけの飛行物体(というか飛んでくる腕)を打ち落としたり防御する事は不可能。
ならば、一夏同様に回避するしかない。そして、同時に気付いた。何故か、気付いた時にはロケットパンチの嵐が眼前に迫り。回避は、不可能であると。
「しまっ……!」
そしてロケットパンチの嵐が、ラファール・リヴァイヴカスタムへと向かっていく。
オレンジ色の疾風に、黒い拳の嵐がぶつかっていく。元々機動性を高めるために軽量化されていた装甲がひしゃげ、凹んでいく。
……それはまるで、冗談のような光景だったが。まぎれもない、現実だった。
「シャル!」
一夏はとっさにパートナーに向かってくるパンチたちに向けて、荷電粒子砲を一斉射する。
幾つかは撃墜できたものの、その数はあまりにも多く、全ての撃墜は出来なかった。そして一夏は、その瞬間完全に忘れていた。
ロケットパンチとは、シュバルツェア・レーゲンのワイヤーブレード等とは異なり。本人は、普通に動けるという事を。
「貰ったあ!」
「!」
相手の隙を見つけた本人――赤堀唯が、追加ブースターを駆使して瞬時加速にも並ぶスピードで突撃してくる。
とっさに荷電粒子砲を向き変え、迎撃しようとすれば。
「それも覚悟の上だよ!」
「!」
唯は防御も回避も選ばず、更なる加速を持って間合いを詰めた。荷電粒子砲の砲口と、打鉄の機体が密着し、閃光が放たれた――その瞬間!
「うぐっ!」
「くうっ!」
大爆発が、二機を包んだ。そして、その爆発の煙が晴れた時、アリーナの観客の目の前に現れたのは。
「くそっ……」
「ふう……」
荷電粒子砲の砲口が吹き飛ぶ大ダメージを受けた白式と、半分ほど装甲が吹き飛んだ打鉄だった。
ダメージの割合としてはほぼ互角だが、操縦者の力量や機体の性能、シャルロットにも痛打を与えた事からすれば、唯の会心の攻防であるといえた。
「あらあら。まさかあの拳の嵐が、白式ではなくリヴァイヴに向けられた物だったとは。あの少女、中々やりますね」
「……」
来賓席の一角では、目を見張るような笑顔の美少女と不機嫌そうな顔をした男が座っていた。
美少女の方は、IS学園の制服を纏い、その制服の色と同じような純白の肌と、白絹糸のような髪を持つ豊満なスタイルの少女。
不機嫌そうな男は灰色のスーツに身を包み、わずかに重心を崩して戦いを見ていた。
だが、来賓の中にも気づいていたものはいた。男が、スーツの中に銃器を数丁は隠している事に。
美少女の表情が、笑いの中に『何か』を含めている事に。
この二人は『予定よりも一日早く来たので』学園のトーナメントを見物しに来たのだが。周囲からの注目は、それを含めての物だった。
「それにしても、あれを実現化する技術があるとは。――ドクトル・ズーヘ級の技術者がいるという事ですね」
「ふん、くだらねえな。あんなママゴトで戦うなんざ、所詮は戦場を知らない素人だ」
「それはそうでしょうね。ほとんどは徴兵制もない国から来た少女達なのでしょうし」
「ドイッチも大口を叩いた割りにはあのザマだ。――だからこそ俺が、こんなメスガキの巣窟まで出張る事になるんだからな」
「ご機嫌斜めですね」
「当然だ。――特に今は、お前のような『魔女』が隣にいるせいでな」
「あらあら」
男からの侮蔑と嫌悪視線を向けられた少女はそれを受け流す。その目には濃青のバイザーがあり、視線はどこにあるのか分からない。
そしてそのバイザー……。自身の専用機であるドール、ウェネーフィカ(魔女)の待機形態の縁を手で撫でながら、その少女は笑う。
それは、竈で茹でられる生贄を見る魔女の目だった。
「な、何なんですか、あれ!」
「さあ。古賀先生がやってあげたみたいだけど、まさか腕を増やすなんてねえ」
アリーナの解説席では、宇月香奈枝が絶句していた。一年の長を持つ黛薫子は、面白そうに見ているが。
「あんな改造、ありなんですか?」
「特に今年の一年生には専用機が多いんだけど。それに勝つためには、あそこまでしないといけないのかもしれないわね」
「……まあ、そうかもしれませんけど」
自身もラウラ対策として対人地雷や閃光弾を仕込んだ楯、なる物を準備した香奈枝にとってはそれは反論できる言葉ではなかった。
だが、後輩を優しげな目で見ていた薫子の表情も、曇りだす。
「でも、それにしてもやっぱり妙ね?」
「どうしたんです、黛先輩?」
「ちょっと、気になった事があってね。――あとで、ちょっとデータを見てみようかな?」
その時、黛薫子と同じ疑念がアリーナの監督室でも生じていた。
「白式の機動性、リヴァイヴカスタムの回避力が低下していた?」
「はい。さっきの零落白夜の回避、そして今のロケットパンチの嵐。普通ならば、命中率はそれぞれ98%と5%でした」
つまり、一夏は普通ならば確実に当たるであろう攻撃を避けられ。シャルロットは、ほぼ避けられたであろう攻撃を受けてしまったのだという事になる。
2%の成功と5%の成功。偶然、とはいえ出来すぎだった。
「……奴らの機体に、不調でもあるのか?」
千冬の脳裏に浮かんだのは、甲龍の事例だった。甲龍もまた試合中に衝撃砲に不調をきたし、金星を配給する事になったのだが。
白式とリヴァイヴカスタムも、そうではないのか。そう、考えたのだった。
「白式とリヴァイヴの状態は?」
「特に問題ない、はずなんですけど……」
「そうか……」
困惑気味の山田真耶の声も、同じ事を考えているようだった。他の教師達も戸惑う中、唯一正解に近づいていたのは――古賀水蓮。
(もしも彼女が私と同類であるとすれば。――何らかの、ISの機動を阻害する能力でも得ているのか?)
それは、正解であり不正解でもあった。赤堀唯が、古賀水蓮と同類であるのは間違いなかった。だが、その能力は――。
「……くそっ、まさかシャルを狙ってたなんてな」
「ごめん一夏。僕も、自分が狙われている事に気づけなかった。赤堀さんが、僕と一夏が一直線上になるように動いていた。
それを見抜けなかったなんて――代表候補生失格、かな」
互いにダメージを受けた一夏とシャルロットが一時合流する。珍しくもシャルロットが、悔しそうな表情を浮かべていたが。
「でもよ、シャル。……俺達って、結構こんなパターンだらけだよな。だから、今日もここから逆転するぞ!」
「そうだね。アウトーリさんと春井さんの時も。シートンさんとカーフェンさんの時も。こんな感じだらけだったっけ」
思い人の言葉に、その悔しさも小さくなる。その根底にあるのは、絶対的な信頼。
「将隆のシールドエネルギーはシャルが削ってくれてるし。まだまだ、十分逆転できるぜ!」
「うん!」
「俺達は勝つ。勝って、決勝で箒とボーデヴィッヒを倒して……簪とドレさんに、優勝と同じ栄誉をあげようぜ!」
「……。……。……うん」
確かに、自分達の担任はそんな事を口にしていたが。今ここでそれを言わなくても良いんじゃないかなー、と思ってしまったシャルロットであった。
「まったく。お前、またとんでもない物を準備してたんだな」
「いやあ、それほどでもないよ」
「褒めてねえよ!」
嵐を呼ぶ幼稚園児とその母親のようなやり取りだったが。共にかなりの損傷を受けていながらも、まだまだその表情は明るかった。
「まあ、これでまだまだ勝機は見えてきたよね」
「ああ。……ったく、俺も情けねえな」
「え?」
不思議そうな顔をするパートナーを、将隆は見ていられなかった。機体性能や力量差だけで、この試合の勝機は薄いと感じていた自分。
だがパートナーは、そんな現実に囚われず、勝機を狙っていたのだ。
「あいつらには俺達のクラスメートが何人も撃破されたからな。……仇討ち、といこうぜ!」
「うん!」
そんな少年の再起に、少女は笑顔を見せる。――だが彼女も、無邪気に勝利を狙っているだけではない。
『無茶をするな、お前も』
(だって、そうしないと流石に勝てないじゃない)
『それはそうだが……。しかし、代償も小さくは無かったな』
(ふう……もう『閃』と『見』を使い切る、なんてね)
自身の内部に宿る人格との会話。そしてその腕の、彼女にしか見えない数珠の中には既に空白の珠があった。
『最短の『閃』のチャージ時間は数分とはいえ、回避力がこれで落ちるだろう。……まあ、白式を相手にしているのだ。無理もないさ』
(そうだねえ。まあ、幾つか使えないのがあるのが痛いんだけど。――流石に疑われるだろうし、ね)
『だがこれで、少しは勝機が見えてきたんじゃないのか?』
(うん。……私達が負ければ、ある意味では『正史』に戻っちゃうからね。――変えて見せるよ、君のためにも)
唯一専用機を持っていない少女。だが、この戦いに込めた意志の強さは他の三人にも劣ってはいないのだった。