数ヶ月もの間、投稿を停止していて申し訳ありませんでした。
リアル事情につき説明は出来ませんが、お待たせした方々に謝罪します。
「っ!」
「おい、どうした?」
古賀水蓮が『仲間』のところに来ていたその時。そのうちの一人が、突然頭を抱えてうずくまった。
「11番目の封印が、解かれたようだ。リュカ・デュノア……。それに、ロゼンダ・デュノア……」
「その名前は、デュノア社の社長と正夫人じゃないか。どうかしたのか?」
「――古賀水蓮。君の世界では、インフィニット・ストラトスは完結していなかったのだね?」
「ああ。だが、君の世界では完結していたのだろう? 何かあったのかね?」
「違うのだ」
「違う?」
その人物は、古賀水蓮と同様の転生を経験した人物だった。
しかし元いた世界は『インフィニット・ストラトス』というライトノベルが完結している世界だった。
つまり、最も多くの『知識』を保有しているのだが、その記憶に何故かリミッターが掛けられていた。
それは一巻ごとにではあるが、突然に解除されていく。それが今の瞬間、唐突に外れたのでだ。
ちなみに前回外れた際は、第二回モンド・グロッソ優勝者の名前が『原作』と『この世界』で同じである事などが判明している。
「本来の歴史であれば、デュノア社の社長はアルベール・デュノアというはずだ。そして彼と本妻に……子は、いない筈だ」
「何? ……ならば、この少年はなんだ?」
水蓮が開いた空間ウィンドウには、リュカ・デュノアとロゼンダ・デュノアの息子である少年の名があった。その名は――。
「まさか、俺たちと同類だとでも言うのか? それに、リュカ・デュノアの存在は何だ?」
「いや。リュカ・デュノアを調べてみたが特に怪しい痕跡は無い」
「ということは、本来の歴史であるアルベール・デュノアとこの世界におけるリュカ・デュノアは同一人物であるという事か」
「そうなるな。だが、ただ一点が違う。正妻であるロゼンダ・デュノアとの間に、子を成しているかどうかという点が」
「……本来は存在しない子供、か。ならばやはり、この子供というのは」
「可能性はあるな。……カコ・アガピの手が伸びる前に、調べてみるべきか?」
「とはいえ、近すぎる。――さて、どうなるかな?」
水蓮達がそんな会話をしている中。そのカコ・アガピでも、動きが見られた。
「……ようやく回復したんだね、アケノトリ」
七月七日、ティタンにより大ダメージを受けていた炎の鳥――アケノトリが、ようやく目覚めようとしていた。
主たる宋麟栄の眼前で、繭の中から炎の鳥が羽化していく。
「オノレ……! てぃたんメ! 我ガ邪魔ヲスルトハ!」
「落ち着きなよ、アケノトリ。……あいつにはいずれ、この借りをしっかりと返してもらうから。今は、休みな」
「ハイ……。シカシ、こくーんもーどデアレバアノヨウナ手に屈シナカッタモノヲ……」
アケノトリのコクーンモードとはレッドキャップの紅の繭(クリムゾン・コクーン)同様に、大半の攻撃を防ぐ事が出来る。
勿論コクーンモードであれば海水を防げたのだが、あの展開・解除には若干の時間がかかり。それゆえに、ティタンの策に嵌ってしまったのである。
そしてアケノトリが自身の内へと戻り。宋麟栄の思考は、IS学園で再開される学年別トーナメントへと向いた。
「学年別トーナメント、か。本来ならば一日で終わった筈の物が、長々と無駄に続いているだけの無用の長物。……ムカつくなあ」
「宋麟栄」
「……ん? 何だ、新入りか。どうしたんだ?」
「面白そうな話を聞いたのでな。実は……」
そこにやってきたのは、カコ・アガピに最近加わった『天選者』だった。その顔は端整ではあるが、品は無い。
「へえ。ズーヘが動いたんだ。あのレッドキャップは役立たずだったけど、あの魔女に七頭龍を預けるのなら、少しは面白くなりそうかな」
「ああ。いい加減、あの男――白式をただ使っているだけの男を正さねばならないからな」
「……まあ、そうだね」
新入りは、一夏への敵意を隠さずに吐き捨てる。宋麟栄も一夏に対する好意などは無いが、ここまであからさまではない。
そして、そんな人物達によって。欧州連合さえ無視できない大企業は、その道を歪められていくのだった。
「クリスティアン様。ドクトル・ズーヘより新規作成コアが届きました」
「ご苦労。――しかし、もう少し急げないものかな」
会長室では、クリスティアンがだらけきった姿を見せていた。仕事などは秘書兼ペットのマオに任せきりであり、クリスティアンが何かをする必要は無い。
だからこそ、時間と金と物資を浪費するのが今のクリスティアンの生き様となっていた。
「残念ながら、これ以上急がせては質が堕ちる危険性があるとの事でした」
「まあ、あいつしか『ISコアに似た物』を作れる奴がいないんだからしょうがないか。しかし、何故ドクトル・ズーヘはあのような能力を得たんだ?」
「確か、クリスティアン様は……」
「ああ、以前に俺の能力を試してみたが通じなかった。――って事は、転生による特典じゃないって事だろ」
「……やはり生来の能力、つまり『ISコアを作れる能力』というのがこの世界においては篠ノ之束以外にも存在した。そう考えるのが適当ですね」
「そうだな。しかし、ドールコアを初めて作ったときには驚いたものだが」
ドクトル・ズーヘは天選者さえ無理だったISコアの模造品を、あっさりと作り上げたのだった。
そこからカコ・アガピの躍進も始まり、今や欧州から中国まで勢力を築きつつある。
「だが、気を抜くな。あいつは俺達の道具や傀儡にはなっていない。――ドールコアの作成方法も、何とかして探り出せ」
「心得ております」
クリスティアンの命令は、珍しくも正当だった。だが、彼は自分が何かをやろうとは思わない。転生してからの自堕落な生活が、彼から根気だとか自助の精神だとかを、奪い去ったのだった。
それもまた『神』により生まれ変わった者の一つの形なのだった。
「あ、ゴウ君だ! こんばんわ。もう大丈夫なの?」
「こんばんわ。ああ、大丈夫だよ」
「良かったね。でも、怪我したって聞いたけど……」
「平気だよ。心配してくれて、ありがとう」
臨海学校からややその行動を大人しくしていた少年、ゴウ。彼もまた、動き出していた。
そんな彼を心配してくれる女子に対し、にこやかに微笑み、そして感謝の意を述べる。
それが上辺だけの微笑みであり、感謝はただの挨拶でしかなかったが。女生徒達は、それを見抜けなかった。
(馬鹿女どもが。まあ、こんな馬鹿どもに『隠れ身の笑顔(インヴィジブル・スマイル)』は破れる筈も無いか)
隠れ身の笑顔。それはゴウの『特典』の一つであり、嘘の表情を浮かべてもばれない、というものだった。
勿論どんな嘘でもばれないわけではないし、極めて鋭い人物には見破られるのだが。
「ねえねえ、ゴウくんはトーナメント、どうなると思う?」
「……!」
思わず、顔を顰めかけた。打鉄を纏っていた箒に敗北した事は、ゴウにとっては学園に来て最大の汚点だったのだ。
「さあ、ね。普通に考えれば、専用機の中でもトップクラスの高性能機であるシュバルツェア・レーゲン。そして紅椿が優位――なのだろうけれど。
勝負というのは、やってみるまで分からないものだからね。ああ、そういえば欧州連合から来た話なんだが――」
そういうと、話を切り替えた。そのままでは、隠れ身の笑顔でさえもその中にある黒い感情を、隠しきれなかった故に。
「いよいよ、明日だねー」
「ああ」
学生寮の一室では、安芸野将隆と赤堀唯が明日の打ち合わせをしていた。場所は、唯の部屋。
同居人は、今は席を外している。男女が部屋に二人きり、というシチュエーションだが。
「俺達の相手は、一夏とシャルルになったわけだが」
「まあ、こうなるとは思わなかったねー。更識さん達だとばかり思ってたよ」
「まあ、な。……あの子は、ちょっと可哀想だったが」
「うん。マルグリット・ドレさんだよね。まあ、あの子の分まで頑張ろうか」
「……それはどちらかというと、一夏達の方じゃないのか?」
色気などは、まるでなかった。
「唯~~、いる~~?」
「あ、ロミだ」
「アウトーリか?」
ロミーナ・アウトーリ。将隆達のクラスメートであり、二回戦で一夏らと戦った少女が、そこに立っていた。
「んー、約束のものだよー」
「ありがとう。今夜、約束どおりイチゴパフェデラックスを奢るわね」
「わーい!」
精神年齢が外見年齢より5歳近くは下じゃないのか、と思わせる返答だったが既に慣れている将隆には違和感すらない。
もっとも、飛び上がった事で特定箇所が大きく揺れたことには目をそらしたが。
「それ、何なんだ?」
ロミーナは、奇妙な物を持ってきていた。それは学生寮備え付けの机の半分はあろうかという大きな電光掲示板。
A5、D4,W3というふうに、アルファベットと数字が書かれている。
「これはね、こう使うんだよ」
スイッチを入れると、掲示板のあちらこちらがランダムに点灯する。それを、ロミーナがタッチしていった。
「これは……武装の切り替え速度を早めるため、か?」
「その通りだよ!」
イタリアで「雪崩」の訓練に使われている、という本物である。ロミーナも、部屋の中での訓練に使用しているという代物だったのだが。
「私の部屋でも、使わせてもらう事にしたんだ。ロミの部屋で使わせてもらってたんだけど、今日、ようやくイタリア政府の許可が下りたんでね」
「イタリア政府?」
「あのねー……」
ロミーナが将隆にした話は、彼にとっては想像もつかないものだった。この機械はイタリア政府がIS操縦者の訓練に使っている物であり、かなり機密度の高い物であり。
いくら学園内とはいえ、他国の人間には易々と使わせられないのだという。だから今までは、ロミーナの部屋のみで使っていたのだ。
「そんな大層なものだったのか。で、これを極めたのが、雪崩か」
「そういう事だねー」
「B3、C4、A1、D6、G8、H4……!」
そうする中でも、唯は修行を続けている。今夜は唯の同居人は別の部屋で泊まることが決まっており。
今夜の彼女は、ひたすらこれでの修行に励むらしい。
「じゃあ、俺はこれで」
「私も、さよならだねー。唯、がんばってねー」
「ありがとう。二人とも、お休みなさい!」
「……あいつも、頑張ってるんだな。俺も、何かもう一踏ん張りするか?」
「んー。まあ、それも良いと思うけど、ねー」
夕暮れ時の寮に、将隆とロミーナの影が伸びていた。そんな二人に、近づく影。
「おい。貴様が一年三組、ロミーナ・アウトーリか?」
「お前はっ……!」
「んー? 一組のー。ラウラ・ボーデヴィッヒさん、かー」
「私は、対近接戦闘訓練を必要としている。協力しろ」
「んー。何で私~~?」
眠たげな目を、かすかに傾ける。もっとも、ラウラからすればそれは大したことではなかったが。
「お前と、あの男に化けていた女との戦いは中々だったからだ。喜べ、お前はまあまあ見込みがあ……」
「くーーーー」
「か、会話中にいきなり眠りだすだと……!? ふざけているのか、貴様ぁ!?」
流石の彼女も、会話中に立ったまま眠られる、という体験はなかった。無論、ロミーナにふざけているつもり等は無いが。
相手からすれば、それは自分に対する侮辱であると受け取っても仕方の無いことだった。
「おいボーデヴィッヒ、こいつはふざけてないぞ」
「日本のステルス機の男か。……失せろ、邪魔だ」
「そういうわけには……!?」
「どうした。見えなかった、などと言うつもりか?」
将隆の視界からラウラが消えたかと思うと、懐にいた。そして、相手の腹に何か鋭いモノを突きつけている。
(ま、まさかナイフか何かか!? だけど……)
「ISを展開すれば平気、等とは考えるなよ? この間合いならば、その前に……」
「……試してみるか? お前が早いか、俺の展開が速いか」
将隆は、ラウラの声にあえて逆らう。こんなところで自分を傷つけはしないだろう、という勝算もあった。ただ、その声が少し震えるのは止められなかったが。
「ほう。度胸だけはあるか」
銀髪の少女が手にしていたモノをに見せる。それは……。
「し、新聞紙ぃ!?」
将隆がナイフだと思っていた物は、三角形に折り畳まれた新聞紙だった。
「ナイフか何かだと思ったか? ISを動かせる『だけ』の男など、これだけで圧するには充分だ」
「……」
嘲笑うラウラだが、将隆は反論できなかった。――なお。
「ほうほう。珍しい組み合わせですね」
「ボーデヴィッヒさん。良いですか?」
「「!?」」
ブラックホールコンビが、ラウラの察知さえ凌ぐ接近で近づいていた事には、両者とも気付いていなかった。
「貴様ら、一体――」
「ボーデヴィッヒさん、織斑先生からの伝言ですが。――久しぶりに格闘訓練をつけてやる。武道場まで来い、との事でしたよ」
「何っ!? 教官が!?」
「はい。急いだ方が宜しいかと……って、もういませんね」
「流石だねー、彼女は」
脱兎の勢いでラウラはその場を離れる。あとには事態の推移に唖然とする少年と、笑っている二人の少女だけが残された。
「……それにしても、タイミング良く織斑先生が呼び出してくれたもんだな」
「いえ、今から頼むのですが?」
「まあ、事後承諾って奴だね」
「はあ!? お、お前ら織斑先生をダシに使ったのかよ!?」
何という命知らずな、と驚愕する将隆。しかし、二人の少女は動じない。
「大丈夫です。織斑先生にも借りはありますので、それを返してもらうだけですよ」
「借りって事は、お前らに織斑先生が情報を求めたって事か?」
「そうそう。言っておくけど、何の情報かは知らないほうが良いよ。命が惜しいのなら、ね」
「絶対に聞かないぞ。……っと、そうだ」
わずかに顔色を青くした将隆が、この状況で未だに立ったまま寝続けている少女へと視線を向ける。穏やかに眠っている少女は、幸せそうだったが。
「おい、おきろ。――苺パフェ奢ってやるから」
「苺パフェ!?」
一瞬で目を覚ますと、将隆へと歓喜の表情を見せた。
「本当、だよねー?」
「おう。……あと都築と加納もどうだ? 奢るよ」
「おやおや、それは嬉しいことですね」
「では、ご馳走になるよ」
「ありがとーね……くーー」
「ちょっと、ロミさん! 立ったまま寝ては駄目です!!」
「また寝ちゃったよ……」
「……いやホント、こいつが織斑やデュノアといい勝負をした人物と同一だとは思えないぞ」
三組の面々が繰り広げる騒動。これもまた、日常の光景になりつつあるのだった。
「……にしてもさあ、なーんか最近、ゴチャゴチャし過ぎだと思うのよ」
「鈴さん、唐突過ぎますわよ」
「でもさ、臨海学校からこっち、何か変じゃない? あの一日もそうだけど、簪の機体が襲われたり。
学年別トーナメントが再開されたと思ったら、一夏とシャルロットが復活したり」
「確かに色々あったのは同感ですけれど。――口に物を入れたまま喋るのは、マナー違反でしてよ」
ったく、細かいわね。せっかく食堂で出会ったんだから、一緒に夕食でも食べようかって誘ったのに。
「……ごくん。で、あんたはどうなると思う?」
「どう、とは?」
白々しい。解ってるでしょ?
「一夏達と安芸野達、どっちが箒達と当たるのかって事。で、その結果どうなるのかって事よ」
「……勝敗は時の運でしてよ。どちらか、などとは断言できませんわ」
いつもながら、まどろっこしいわね。
「――じゃあさ。……お客さんは来ると思う?」
「!」
セシリアが、その綺麗な眉を潜めた。お客さん――つまりは、乱入者だ。クラス対抗戦のときの連中、トーナメント開催中の夜に来た連中。
あるいは、銀の福音戦の途中で割り込んできた連中のようなのが来ると思うか、という話。
「その為の準備は必要でしょうけれど。――鈴さんは、どう思われますの?」
「あたしは、たぶんいると思うのよね。――そっちは、何か知らないの?」
本国からの情報を交換しよう、って言ってるんだけど。
「いいえ、何も。――ところで鈴さん、何故私の胸に視線を集めていますの?」
いけないいけない。ついつい、視線がいったわ。だって……。
「ごめんね。いや、あんたの胸が何か大きくなったように見えたから。錯覚だったわ」
「あら、それでしたら錯覚ではありませんわね。この間測った時、前回よりも少し大きくなっていましたから」
……え?
「スタイルという物は全体のバランスが大事なので、胸だけが大きくなるのはあまり望ましいとは言えないのですが。……あら、鈴さん?」
……胸だけが大きくなるのはあまり望ましいとはいえない? ……。……。
「よし、殺そう」
「何故ですのっ!?」
あたしの逆鱗に触れてしまったセシリアとの騒動は、千冬さんが収めるまで続いた。……なお、もしかしたらあたしも! と測ってみたところ。
結果は、まあ、その。未来に期待しよう。……ちくしょう。
「あ。織斑君だ」
「おう。久しぶり」
俺が剣道場に向かうと、そこには先客が一人いた。三組の、戸塚さんだ。
「織斑君も、ここで稽古をするのかな?」
「ああ、一応剣道部員だしな」
最近は色々とあったが、やっぱり剣を振るうのも大切だし。こうして、時間が出来たのでここに来たのだが。
「あ、そうだ織斑君。また、私の剣を見て欲しいんだけど」
「俺にか?」
「うん。どれだけ先生に近づけたか、弟視点で言って欲しいんだ」
「ああ。俺でよければ、見させてもらおうか」
「ありがと」
そういうと戸塚さんは、竹刀を振るい始めた。――ふむ。
「どう、かな?」
「ああ。かなり熟練してると思うぜ?」
まだ追いついているとはいえないが、以前見たときよりも確実に進歩している。彼女が真面目に努力してきた結果なんだろう。
「……ねえ、織斑君。織斑君はドイッチ君のやり方を怒ったって言うけど、私も駄目なのかな?」
ドイッチ? ……ああ、あの時のことか。
「いや、そんな事はないよ。ドイッチみたいに挑発とかが目的だったら、あるいは猿真似だったら怒るけど。
ちゃんと、千冬姉への敬意とかしっかりとした思いがあるんなら真似したって良いだろ。俺が別に著作権とか持っているわけないしな」
そういえば剣に著作権があるとすれば、それは著作剣、ってなるんだろうか。
「織斑君、今のジョークはつまらないよ」
え、何で分かったんだ!?
「でも猿真似、かあ。織斑先生への敬意は持っているつもりだけど、私の力量的にはまだまだ猿真似かもしれないね」
「……」
彼女の言葉を聞いて俺の脳裏に浮かんだのは、映像で見たVTシステムとかいう物の事だった。千冬姉の真似をしたというボーデヴィッヒ。
それは、どう考えても猿真似だった。シャルは『シュバルツェア・レーゲンが、銀の福音にやられそうになっていたから発動したんだろうと思うよ。
もしかしたら、自動的に発動するようになっていたのかもしれない』とか言っていたけど。
何故シュバルツェア・レーゲンの中に、禁止されているアレがあったのか、そしてボーデヴィッヒがそれを自分の意思で使ったのかは分からない。
まあ、正直な話あまり好きにはなれそうにも無い代物だった。
「織斑君、何か考え事?」
「え? あ、いや。何でもない」
「ふうん……」
この一件は銀の福音にも関わってくるため、あの戦いに参加したメンバー以外には絶対に教えるなと言われてるからな。言うわけにはいかない。
「じゃあさ、もうひとつお願いがあるんだけど。ちょっと手合わせをお願いできるかな? ――本気で、ね」
彼女の目は、今までの会話とは違って真剣そのものだった。ならば、俺も。
「おう、良いぜ。真剣に、付き合うぞ」
「……織斑君は、もう少し言葉選びを考えた方がいいと思うよ」
なぜか呆れたような顔になる戸塚さん。あれ、そんなに変だったか?
「……っ。参りました」
「ありがとうございました」
チャンバラルールでの戦いだったが、何とか俺が勝つ事が出来た。ただし、彼女もかなり強くなっていると思う。
以前よりも踏み込みのスピードだとか、体重移動だとか、切り替えの早さだとか……。全てがレベルアップしていた。
先に彼女の剣を見せてもらわなければ、あるいは勝敗が逆転していたかもしれない。
「ふー。やっぱり凄く強くなってるねえ」
「そうか?」
俺もここには、ちょくちょく足を運んでいる。まあ、多少は強くなったと思うけど『凄く強くなった』と言われると、そこまでかなと思う。
強くなったとしても、それは彼女もそうだし、お互い様だろう。
「うーん、私もまだまだ努力が足りないかな。……ありがとうね、鼻っぱし折ってくれて」
「……それ、お礼をいわれることなのか?」
「まあ、私が言いたいから言っただけだし、気にしないで」
けらけら、と笑う戸塚さん。何ていうか、サバサバしてるな。鈴と近いかもしれない。
「おや。織斑君と戸塚さんか。珍しい組み合わせだね」
「九重先輩」
そこに剣道部の先輩部員、九重先輩もやってきた。小柄だがとにかく強く、何度か試合をしたがボロ負けだった。
「織斑君、戸塚君だけではなく、私と久しぶりにどうかな?」
「……お手合わせ願います」
「っ!」
「へえ、この位なら避けられるんだ?」
試合開始早々、九重先輩の攻撃が炸裂した。先輩の持ち味はスピードだが、何かまた速くなったような気がする。
今、突きからの横薙ぎという連携攻撃を受けたのだが、それでもギリギリだった。
「へえ、じゃあこれならどう!」
「!」
先輩の姿が、一瞬ぶれたような気がして。気がつくと俺は、剣道場に倒れていた。
「試合開始20秒で決着、かよ。――強いですね、先輩」
「そんな事無いと思うけど? 最初の一撃で決められると思ってたから、少し焦ったよ」
「……というか先輩。さっきの織斑君を倒してのって、何だったんですか? 私も見えなかったんですけど」
何とか立ち上がったが、戸塚さんの言うように何をされたのかさえ見えなかった。マジで。
「今のは、単純な切り上げからの唐竹割りだよ?」
切り上げとは下からの上に向けた攻撃。唐竹割りとは上から下への攻撃。つまり、
下から切り上げ、その上に持っていった竹刀をそのまま振り下ろした――っていう事なんだけど。
「……マジですか。俺、二回も喰らったんですか」
衝撃が、一度しか感じられなかった。つまり、それだけ早くて『認識さえ』出来なかったってわけか。本当、まだまだだな、俺も。
「一夏! だ、大丈夫、だったか?」
「あれ、箒?」
俺が剣道場を出ると、箒が話しかけてきた。何やってるんだ、こいつ?
「お前、今から訓練か?」
「い、いや、そうではないのだが……。そ、それよりも、さっきの九重先輩の一撃は、大丈夫だったのか?」
「九重先輩? え、見てたのかよアレ」
一撃でやられた所を見られたらしい。うーん、情けない所を見られたな。
「あー、完敗だったな。……ん? アレを見てたのなら、何で入ってこなかったんだ?」
あそこには俺と先輩、戸塚さんしかいなかったはずだが。箒は何処で見ていたんだろうか?
「べ、別に他意はない! ……い、一夏! あ、明日は勝つのだぞ! 待っているからな!」
そういうと、箒は剣道場へと入っていった。……何だろう、あいつ?
「でも、明日は勝つのだぞ、か」
明日は、いよいよ学年別トーナメント再会の日。俺とシャルが、将隆達と戦う日だ。
そして勝ち上がれば、待っているのは箒とボーデヴィッヒ。紅椿とシュバルツェア・レーゲンだ。
「……待ってろよ。将隆、箒!」
天の川が見える七月の夜空は、星が多く輝いていた。その夜空に手を伸ばすように。俺は、拳を突き上げたのだった。
「織斑。ギリギリだな」
「すいません」
剣道場から戻った時、寮の門限がギリギリだった。危ない危ない、無断で門限を破ったら何をされるか……。
「お前は明日、安芸野や赤堀達と戦うのだ。体調を万全にしておけ」
「はい」
そうだな。明日は大事な試合だし。今日は男性の入浴できる日じゃないから、シャワーを浴びて寝るか。
「織斑」
「はい?」
「……いや、何でもない。早く休めよ」
何だろうか? 何かを言いかけてやめる、なんて千冬姉らしくないな。
「まあ、何かあるならまた言ってくるよな」
そう結論付け、寮の部屋へと入る。……さて、寝るか!
「やあ、ボーデヴィッヒさん」
「貴様か……」
門限近くに呼び出された私の前に現れたのは、欧州連合所属の男性操縦者、ドイッチだった。銀の福音の一件以来、あまり関わってくる事は無かったが……。
「何の用事だ?」
「俺を負かした相手への激励、かな?」
「……ふん、白々しい。お前に勝ったのは、篠ノ之束の妹だろうが」
私は、こいつに負けた。雪片壱型のレプリカを使われ、平静さを失った私は実力を発揮できずに負けた。
試合としては勝ち上がったが、私が敗れた事は間違いない。まあ、明日の試合であの男が勝ちあがってくれれば面白くはなりそうだったが。
「それにしても、君の相手は二次形態移行した相手になりそうだね」
「……」
あの男と、デュノア社の娘の相手は先ほどのステルス機と一般生徒だ。となれば、間違いなくあの男達が勝ちあがってくるだろう。だが。
「何がいいたい?」
それをわざわざ私に告げる意味があるのか?
「いや。もしかしたら、これも篠ノ之博士の仕込みなのかなと思っただけさ」
「……篠ノ之博士の?」
織斑一夏は、篠ノ之束から話しかけられていた。篠ノ之束が一部の人間以外をまともに相手にしていないのは、私も知っている。
「……白式の二次形態移行が篠ノ之束の仕業である可能性はゼロではない、か?」
私の理性は、それを否定できないと囁く。否定しきれるものではない、というレベルだったが。
「ああ。それも、織斑先生が頼んだのかもしれないがね」
「!?」
ドイッチの続く言葉を聞いた瞬間、その考えは吹き飛んだ。
「馬鹿な! 教官は、そのようなえこひいきをされる方ではない!」
以前、私達に訓練をしてくださった時も。指摘や注意などは当然ながら個別に行っていたが、訓練内容そのものに差は無かった。
訓練を受けた者の中で最も伸びた、と言われたのは私だったが。
「だが、彼に零落白夜などの使い方を教えたという話もあるよ? まあこれは、君や俺が編入する前の話だから、知らなくとも無理は無いけれどね」
「くっ……」
それは確かに、以前押収した情報に入っていた。教官が、零落白夜の使い方を教えたという話。
確かにそれは、あの男『だけ』に必要な情報だっただろう。
だが、それ以外の事をあの男だけに。ましてや、篠ノ之束に頼んであの男の機体を、二次形態移行させただと……!?
「……そこまで……そこまで、あの男が大事だと言うのですか……教官!?」
「まあ、やはり弟は可愛いのだろう。だからこそ、第二回モンド・グロッソの決勝を。
アリーシャ・ジョセスターフとの再戦を蹴り、弟を救いに向かったのだからな」
事実を述べるゴウだが、その声色や口調には揶揄が含まれていた。それはラウラの傷口を抉る蝿だった。
そしてゴウが去った後も。その傷口は、じゅくじゅくと膿んでいたのだった。
数時間後。ラウラは、ある人物を呼び出していた。呼び出し先は伝えられていたが、使う事はまずないと考えていた相手。
「ボーデヴィッヒさん。それで、頼みというのは何なのかな?」
「貴様に、依頼したい事がある」
不適な笑みを浮かべるその相手は、単刀直入なラウラの言葉に驚きを浮かべながらも。すぐに、再び不敵な笑みを浮かべるのだった。
「おや、山田先生でしたか?」
「ど、ドイッチ君」
門限を破っている生徒がいないかどうかを見回りに出ようとしていた山田真耶。彼女の前に現れたのは、ゴウだった。
彼は門限以降の外出許可を得る申請を出しているので、真耶が気にするべき対象ではないが。
「以前のお話は、考えていただけましたか?」
「……。臨海学校のときの、ですよね?」
「ええ、それと今日は別のお話もありまして。お時間を宜しいですか?」
「え? で、でも私は見回りを――」
「それは心配ないよ、山田先生。私が代わろう」
「ゴールディン先生……」
ゴウの後ろから現れたのは、一年二組担任のフローラ・カーン・ゴールディン。
そして彼女が見回りを代わるという事になり、真耶がゴウと共に去る。そんな二人を見ていたゴールディンは。
「……まあ、彼女を襲うことは無いとは思うが。――これでいいんですか、古賀先生?」
「ええ。十分です>
ステルスマントを纏った古賀水蓮の専用機、ドッペルゲンガーに話しかけ。そしてドッペルゲンガーは、ゴウと真耶を追跡するのだった。
「――山田先生。ヨーロッパはお好きですか?」
「ヨーロッパ?」
「はい。我々欧州連合としては、優秀な教員を募集しています」
「……ドイッチ君、今のはそこまでで聞かなかった事にします。だから今日はもう、部屋に戻ってください」
「では、独り言を言うとしましょうか」
真耶の拒絶も無視し、ゴウは言葉をつむぐ。獲物を絡めとらんとする、邪な網を。
「単刀直入に申しますが、貴女が欧州に来るのを望むのであれば、専用機を用意しても構わないと我々は思っています。ドールではなく、ISの専用機です」
「あ、ISの!?」
いきなり切った、最大の手札。その威力は、真耶すら一瞬忘我させた。
「ええ。かつて日本代表候補生、そして学生時代には『銃央矛塵(キリング・シールド)』の異名を取った貴女。
そんな貴女に、今現在我々が預かるコアのうちの一つを提供しましょう」
「で、でもそんな……私なんかに、そこまで」
「いいえ。ISコア一つと高額の報酬を払ったとしても、貴女には招く価値がある。我々としてはそう考えています」
ゴウの言葉は嘘ではなかった。実際にISコアを準備もしていたし、高額の報酬も支払う用意があった。
それは元代表候補生であった彼女のIS操縦者としての価値を認めている。それも確かに間違いではない。
――ただ、クリスティアンのIS付き私設護衛という任務があり、その中に『夜のお勤め』というのもあるが。
それは書類の中で上手く飾られ、事細かい文章の中に埋もれていた。
「それとも、先行して専用機だけを差し上げましょうか?」
「そ、そんな事は出来ません!」
「しかし、必要になる時がくると思いますよ。今年に入ってからのイベントで多発する乱入者の相手、だとか」
「……それは、通常のリヴァイヴでも十分です」
「確かに。しかし、貴女に専用機があれば更なる迅速な対応も可能です。織斑君や俺のように、怪我をする生徒が出る可能性を低下させられるのでは?」
乱入者の一部に関わっている身でありながら、ゴウはぬけぬけと言い放つ。しかしその言葉は、真耶にとっては重いものだった。
「あるいは、織斑先生が暴走した時。貴女自身の力でとめることが出来るのではないでしょうか?」
「お、織斑先生は暴走なんてしません!」
「そうでしょうか。篠ノ之博士の一件といい、あの先生にはどうも何かがあるような気がしているのですが」
「ど、ドイッチ君。あまりそういう事を言うようだと、先生だって怒りますよ?」
「それでは今宵はこれまで、としましょうか。もし宜しければ、貴方に用意する専用機のデータをご覧ください。では」
一方的に言い切ったゴウは、真耶にデータファイルを渡して去る。
そのデータには、四菱の楯を四つ装備した、リヴァイヴ系と思しきISの姿があったのだった。
「……はう」
真耶は、ゴウからの申し出を悩んでいた。確かに専用機があれば、迅速な対応が可能になる。
だがそれは、欧州連合に所属するのと同義であり。真耶にとっては、選べない道だった。
「おや、こんばんわ山田先生。見回りではなかったのですか?」
「う、海原さん……、どうしたんですか?」
「いえ。何か悩みでもおありなのか、と思いましてね」
「……いいえ、ありませんよ。海原さんは、生徒を診てあげて下さい」
「そうですか、もしも何かあれば力になりましょう。……たとえばIS委員会からのお達しが来た時、などにね」
「!?」
率直な正解に、真耶の身体が電撃でも浴びせられたかのように震える。
ついでにその大きな胸も上下に揺れたが、裕はそれを視界に入れながらも反応は無い。
「ど、どうして……」
「おや。正解でしたか? 私の直感も、今宵は冴えているようですね」
「!」
穏やかに笑う海原裕。だが真耶にとって、その笑みは底知れぬ深い何かを感じさせる笑みだった。
「なるほど。以前に、織斑先生を見張れと言われたのですね?」
「は、はい」
談話室――以前、デュノア社の社長、リュカ・デュノアも使用した部屋に、裕と真耶はいた。
「そして、ドイッチ君から欧州連合の誘いを受けた、と。」
「はい……」
裕にすべてを話した真耶は、塩をかけられた青菜のようにうなだれていた。
その胸が机に当たり柔らかく潰れていたが、それも気になる様子ではなかった。
「私は、この学園の教師です。ですから、欧州連合の誘いは受けられません。
……でも、もしも私に専用機があれば。織斑君やドイッチ君、ボーデヴィッヒさんのように戦って怪我をする生徒を無くせるかもしれません」
「なるほど。……一つお聞きしたいのですが。貴女は、純粋に専用機が欲しいと思った事はありますか?」
「え?」
「たとえば、篠ノ之箒さんがそうですが。――どうも彼女は、姉に対して専用機を欲したと耳にしましたので」
「……篠ノ之さんに関しては、そうみたいですね」
「では、貴女はどうですか?」
「私は――無いとは言い切れない、かもしれません。私だってISの勉強をして、訓練をして、その中で専用機を欲したのは事実です。
ですけど、今の私は教師です。自分の考えだけでは、動けませんから」
真耶は、そう言い切った。それを聞いた裕は、彼女への言葉を決める。
「そうですか。ならば貴女のやりたいようにすれば良いでしょう」
「え?」
「貴女が本当にやりたいこと。――それは、何ですか? それを覆したのならば、どのような道であれ、それは地獄への道でしょう」
「私が……本当にやりたい、事?」
「何がやりたいのか。専用機を得るのは目的ではなく、それを得て何をするのかという手段にしか過ぎないはずです。
そして本当の目的を見つけるために、自分で考え、そして自分で決める事。それが、一番大事です。――私から言えるのは、それだけですね」
「……そう、ですね」
その言葉を聞いた真耶は、自身の仕事を片付けるべく職員室へと向かった。その目は先ほどまでとは違い、しっかりと前を見据えた目だった。
「お見事、です>
「古賀先生の専用機さんですか。もう少し心臓に優しい登場をしてくれると、助かるのですがね」
真耶の退室した部屋の天井から、ステルスマントを解除したドッペルゲンガーが出現した。
そもそも裕を呼び寄せたのも彼女なのだから、そこにいるのは当然なのだが。
「それにしても見事な口車でしたね>
「いいえ、あの程度なら口車でも何でもありませんよ」
「どういう意味ですか?>
「彼女は、心の何処かでもう決めていましたからね。私はそれを掘り起こしただけ、ですよ」
「そうですか。しかし、彼女の胸はとにかく揺れて潰れていましたね。貴方も、あれには欲情したのではないのですか?>
「……? 何故私が、妻以外の女性の胸に欲情するのですか?」
「え>
からかいの疑問を純粋な疑問で返され、古賀水蓮(というか、ドッペルゲンガー)は絶句した。
「いや、いくら貴女が妻を愛しているとはいえ。あれだけの胸に目を奪われるのは、男の本能ではないのですか?>
「確かに仰るとおり、女性の胸に男性の視線が集まるのは本能だという説があります。
猿の頃は尻に惹かれていたものが、二足歩行になって尻ではなく胸に惹かれるようになった、という説でしたか。――しかし」
目を見開き、裕は口を開く。彼にとって、絶対的真理(と書いてのろけ、と読むもの)を口にする。
「私にとって魅惑的な胸というのは、勇未の胸以外にありえない。大きさ、形、質感、そして(以下40行省略)。
……お分かりいただけましたか?」
「もう、結構です>
古賀水蓮(というか、ドッペルゲンガー)は、ほうほうのていで逃げ出した。
なお、彼が女の園であるIS学園入りを許されたのは『妻以外の女性に手を出す可能性がゼロ、というかマイナス』という点があったりする。
もはや何も言える立場ではありませんが、ただ一言。
読んでくださって、ありがとうございました。