今回のお話の主役は一夏ではありません。かといって香奈枝でもありません。
記念すべき100話に持ってくる話……ではないかもしれませんが。
皆様の応援あって、100話までたどり着きました。その事に深く感謝を捧げると共に、無茶苦茶遅れてしまったことをお詫びします。
突然自分が死んでしまった時、人はどうするのか。それは、人それぞれだろう。
死因やそれまで生きてきた人生にもよるのだろうけれど。……私は、呆然とするしかなかった。
「私は死んだ……の?」
<そうよ。貴女は死んだの。覚えて、いないの?>
目の前の存在が、私は死んだのだと告げる。私は確か、誰かと一緒にバイクに乗っていて。
それで、確か……あれ、ここから先が思い出せない。誰と一緒に乗っていたのか、それさえも。
<なら、それでも良いわ。私は、仕事を果たすだけだから>
目の前には、何かのアニメで見たような……ど忘れして名前も思い出せないが、小学生くらいの女の子がいた。
白衣と緋袴という巫女さんの格好をして。手には、えっと確か農具の一種で……。
名称を忘れたけれど、棒の先にフォークを折り曲げたようなものがついている道具を持っている少女だった。
「仕事、って何なの?」
<転生。貴女は、生まれ変わるの>
「生まれ変わる……?」
<そう。貴方は転生し、罪を償わなければならない>
「罪? ……あああああああああああっ!?」
何の事かと言おうといた瞬間、私の頭をまるで万力かプレス機で締め上げるような痛みが襲った。すぐに収まったけど、身体の震えが止まらない。
「な、何、今の痛みは……?」
<思い出す必要は無い。それを見つける事、それも貴女の贖罪>
贖罪、ってなんだろうか。私の、罪って……?
<そういえば、貴女――インフィニット・ストラトスという番組を見ていたのね?>
「インフィニット……ああ、ISね」
名前も思い出せない誰かに薦められて、そのアニメを見ていた。原作も読んでみた。でも、一体……?
<じゃあ、その世界に転生させるから>
「え?」
あ、アニメの世界に転生? 何よそれ。誰かが、ネット上にそんな二次創作を書く人がいるって教えてくれたけれど。
「な、何で転生なんてさせるの?」
<それは、貴女には教えられない。その代わり、貴女に特殊な能力をあげる。後は……IS関係の記憶の保持、くらいはあげるわ>
「そんなのはいらない! アニメの世界に転生させるくらいなら、元の世界に――」
<それは出来ないの。――でも、もしも奇跡が起こるのなら。それはかなうかもしれないわね>
何処か皮肉を込めたような、だけど違う何かもあるその言葉を最後に。私の意識は、途切れた。
(ごめんなさい、私の所為で遅れちゃって)
「良いのよ、もう」
私は今、某国の山間にある町にいた。だけど私は、そこから自分の意思で動けない。なぜなら。
「ねえ、今日は入れ替わるの?」
(別に、必要はないと思うわ)
私は今、この町で育った一人の少女の身体に宿されていた。あの時、神と名乗る存在と別れ。気がつけば、私は五歳の少女の身体に宿っていた。
最初は、気が狂いそうだった。自分の身体の感触がなく、何処かおぼろげ。自分の意思だけでは、指一本も動かせない。
そんな状況の中、私がまだ狂わずにいれたのは。この少女のお蔭だった。
「遠慮しなくても良いのよ?」
(そうじゃないわ。私、昨日もあなたの身体を使わせてもらったばかりだし)
彼女は、自分の身体を私に使わせてくれる。そうすればおぼろげな感覚もなくなり、自由に動ける。
最初に入れ替わった時には、思わず自分が使っている身体を抱きしめてしまったほどだ。
「ふうん。私の苦手な授業だから、入れ替わって欲しかったのに」
(あなたね……)
ただ、今の彼女との関係は共生とでもいうべきものだった。同じ身体を共有していながら、私達は決して同一ではない。
例えば精神的疲労は入れ替わる事で解消されるし、体を使う事が嫌いではない私に対して彼女は机での勉強を好む。
思考も嗜好も違うし、彼女が嫌いな物を食べなければならないときには入れ替わったりもする。
ある意味ではルームシェアならぬボディシェア、というべき関係だった。でも、私は決して普通の人間ではない。
「ねえ、ペーシ。貴女って、何者なのかな」
(答えられないわ)
ペーシ、とは私の仇名だった。ISというライトノベルの原作知識は残っていたが、何故か自分自身に関する個人的な記憶が殆ど消されていた。
日本語が理解できる事、私の中の常識が日本っぽい事から、多分日本人、だと思うんだけど。
唯一覚えていたのが、正確な誕生日も覚えていなかったけど、自分がうお座である事。だからペーシ――うお座なのだ。
どうしてこれだけを覚えていたのか、良くわからない。今さっき言った嗜好なんかも、前世による物なのかもしれないけど……。
「ま、いいか。さ、あと一ヵ月後にはIS訓練校への受験だから、頑張らないとね!」
「そうね」
そして、私の知識の影響からか、あるいは世間の流れからか。この少女もまた、IS搭乗者への道を歩んでいる一人だった。
「でも、パラレルワールドって本当にあるのね。びっくりしちゃったわ」
(そうね)
無事、IS訓練校へと合格して三年後。今度は、日本にあるというIS学園への受験を目指して私達は頑張っていた。
ちなみに私が宿る彼女がこれを理解したのは、10歳になるかならないかだった。それまでは、目に見えない天使様とでも思っていたらしい。
今では私の事を『ISというものが実際に存在しない世界』から来た幽霊だと思っている。……たぶん、それで間違いないはずなんだけど。
「さあて、今日も頑張って勉強しよう! IS学園の受験まで、もう少しだしね!」
(……本当に、良いのかな)
本当にIS学園に向かう事が良いのかどうか、私には分からない。とはいえ、他に何か手立てがあるのかと言われれば――ない。
「でもさ、ペーシ。あなたの記憶って、ISに乗ると戻るみたいじゃない」
(そうなのよね……)
どういう理屈かは分からない。だけど、訓練校に行って、ISの実機に初めて乗った瞬間。私の中の『欠けていた記憶』が戻ってきた。
自分が幼い頃やった事、自分の好きだった食べ物、何処かの街の風景。そんな記憶が、ほんの少しだけど戻ってきた。
ただ、肝心な名前だとかが思い出せない。――私は、どんな人間だったんだろう? そして、どうしてISに乗ると戻るんだろう?
「まあ、もしもIS学園に合格できれば日本に行けるんだし! ISの実機に乗る機会も増えるし! 将来も明るくなるし! 頑張ろう!」
(……そうね!)
この娘は、本当に明るい娘だった。彼女は年下だけれど、もしも同い年くらいだったのなら、きっと生涯の友人になれただろう。そう思えた。
(日本って、こんな感じの国なのね。何か、思い出した事ってある?)
「ううん。やっぱり、ISに乗らないと記憶は戻らないみたいね……」
(そうなのね……)
色々とあったけれど、何とか私達はIS学園に入学できた。そして今、入れ替わって身体を使わせてもらっている私は、久しぶりに日本の地を踏んでいる。
あれから入学試験も含めて何度かISに乗れたけれど、それ以外で記憶が戻る事はなかった。
そして戻った記憶も、子供の時にペット(※節足動物)を飼った記憶だとかハッキリ言ってどうでもいいものだったし。
「あ、そろそろ皆が待ってるわね。急がないと」
同じ国からIS学園に合格した仲間達と共に。私達は、学園へと向かうバスへと乗り込むのだった。
「ここが、IS学園かぁ。凄い設備なのね」
(そうね。……アニメで見るのと、自分の目で見るのとではまた違うけど)
「そこの貴女。少し、宜しいかしら?」
何処かで聞いたような声に振り向くと、そこにいたのは。
(か、彼女って……セシリア・オルコット!?)
「え!? 彼女が、セシリア・オルコットなの!?」
「……? あら。失礼ですけど、何処かでお会いしましたかしら?」
目の前に、私の前世の記憶そのままのセシリア・オルコットがいた。透き通ったブルーの瞳、特徴的なロールを先端に施した金の髪。
そして、左耳に光るイヤーカフス……ブルー・ティアーズ。間違いない、彼女だ。前世の知識の中にもあるし、今世ではISの情報誌で見た事もあるし。
(ごめん、入れ替わって誤魔化して!)
「あ、ちょ、ちょっと!?」
「あの、どちら様ですの? あと、どなたかいらっしゃるのかしら?」
「あ……ご、ごめんなさい。私は、貴女に会った事は在りません。ただ、写真で見て知っていただけです」
私達の入れ替わりを目撃したセシリアが、怪訝そうな顔をする。
何とか誤魔化してみたけど……自分を知っている、と言ったのが良かったのか、彼女の態度も和らぐ。
「ああ、そういう事ですの。それでは初めまして、ですわね」
「え、ええ」
そういうと、彼女は手を差し出した。やや慌てて握り返したけど……その態度は、まぎれもない上流階級のものだった。
(本当に、お嬢様なのね……)
(そうね……)
「貴女も今からクラス分けを見るのですか?」
「そ、そうです」
それにしても……まさかいきなり原作の重要人物に出会うとは思わなかった所為で、ちょっとドキドキしている。
「ふふ、そんなに緊張なさらずともよろしいですわ。これから同じ地で学ぶ仲間なのですから」
あれ、何この人当たりの良いお嬢様。入学直後のセシリアって、確か……。
「もしも同じクラスになれたら、わたくしが貴女に指導してさしあげますわね」
「え?」
「この入試首席、そして英国代表候補生の上に専用機まで持つわたくしの指導、きっと貴女の為になりますわよ」
……上から目線も記憶のままだった。まあ、指導してくれたら助かるのも確かなんだけど。
「ああ、一つ忘れていましたわ。貴女、お名前は何と仰いますの?」
「私は……」
「おっとそこ行くお二人さん。ちょっといいかな?」
(黛――薫子!!)
私の言葉を遮ったのは、キャラデザインのある二年生の内の一人。新聞部副部長、黛薫子だった。
原作では最初はイラストは無かったけど、アニメではしっかりと出ていたので覚えている。
「おや、そちらはセシリア・オルコットさんだね! 一枚写真を良いかな?」
「……その前に、名乗ってはどうですの?」
「おっと失礼、私は新聞部副部長、黛薫子だよ! よろしくね!!」
「そうですの。――写真、でしたかしら。よろしくてよ」
気取ったポーズをとりながら、写真に撮られる気満々のセシリア。ふう。さっきの事は何とか誤魔化せた、かな?
「そういえば二人とも、例の話題の男子――織斑一夏君には会ったかな?」
「いいえ、別に」
「私もまだ会っていませんけど。先輩は会ったんですか?」
「残念だけど、ちょっとタイミングが合わなかったんだ。でも彼に話しかけている女子がいたから、彼女とは話をしたよ」
彼に話しかけている女子? ……篠ノ之箒かしら?
「あら、お知り合いでもいたのかしら?」
「織斑君は『宇月さん』って言ってたね。宇月香奈枝っていう、同じ中学出身の女子らしいよ?」
「宇月……香奈枝?」
そんなキャラ、居たっけ? 一組の生徒には、原作者が名前を付けたらしいけど……っていうか、同じ中学出身って事は凰鈴音とも知り合いだったりするの?
まあ、クラスメートの名前は全員分は明らかになってないし……。私の知識も、完全だとはいえないのよね。だって、原作者が明らかにしていない部分が多すぎだし。
モンド・グロッソの出場者だって、優勝者と準優勝者しか明らかにしていなかったし。まあ、驚かされたのはそのうちの一人が、私の――。
「おっと、そろそろ入学式の時間だね! 二人とも、頑張ってね!」
黛薫子は、そういうと走り出した。本当、凄いバイタリティーね。
「あら、オルコットさん。こんばんわ」
「……あら。こんばんわ」
夕食時が終わった時刻。何故か、私を見るとセシリアはいらついた表情を見せた。私は、何もしていない筈なのに……。
「どうかしたの? 織斑君とのこと?」
「いいえ、そうではありませんわ。……まあ、貴女にならお話しても良いかもしれませんが――」
……それははっきり言って、私の予想外の展開だった。彼女を怒らせる日本人が、もう一人出た事。そしてそれが……。
(……どうしようかな)
既に『宇月香奈枝』という人間が迷い込んできた事で、私の知る『インフィニット・ストラトス』とは異なっている。
それは理解できたけど、その相違点がこんなに早く出てくるとは思わなかった。まあ、知識通りにいくなんて美味い話はないだろうけど。
「……良いの、それで。積極的に関わっていくべきじゃないの?」
(私達は、普通の少女だし。あまり、関わるべきじゃないと思う)
「私としては、関わりたいんだけどな。だって……何か、面白そうだし!」
それってどうなの、と言いたくなった。でも、この身体はあくまで彼女のもの。なら、それに従うとするかしら。
「……そうなんだ?」
「はい、そういう事なんです。だから、先輩のお役には立てそうもありません」
ある日。私は、自室にやってきた黛先輩と話をしていた。彼女が、つい先日終わったクラス代表決定戦について、聞きたい話があるからということだったけど。
「……ねえ、不躾な質問で申し訳ないんだけど。最後に一つ、良いかな?」
「何ですか?」
「貴女って、本当は何歳なの?」
「!?」
「ごめんね、変な事言って。……何か、あなたと話していると一つ下の後輩と話しているとは思えなくて。
まるで、成人した女性と話しているような感覚を受けたの」
「酷いですよ、先輩。私が老けて見えるって事ですか?」
黛先輩の思いがけない一言。だけど私は、何とかポーカーフェイスを保ち誤魔化す。……これも、約17年の研鑽の賜物だ。
「そんな事ないって。ごめんね、変な事言って」
先輩は、もう一度謝ると去っていく。……ふう。洞察力なのか直感なのか知らないけど、ちょっとドキッとした。
でも、あの先輩とは良い関係を築いていきたい。原作の知識とかは抜きで、そう思う。何故なら……。
「あ、ここにいたんだ! 大変よ!」
その時、クラスメートが知らせてくれた情報。それは私の知識にもない、あるアクシデントの勃発だった。
――その時以来、私は『彼女』から目を離さないことにした。
「~~~~♪」
その日。私は、朝からシャワーを浴びていた。お風呂も好きだけど、流石に朝から風呂というのは無理なのでシャワーにしている。
ふう、寝ぼけた頭が少しずつ覚醒していく……。
(それにしても、いよいよこの日がやって来たのね……)
「そうね。でも、どうなるのかな……?」
(全く分からないわね)
クラス代表決定戦から先の思い出を回想するけど。それからは、私の知識と違う点がどんどん出てきた。
凰鈴音さんの転入は知っていたが、その直後に二人目の男性操縦者の安芸野将隆君がやってきた。
少し気になったのだけど、悪い人間じゃ無いみたいで安心した。まあ彼には、別の意味で驚かされたけど。
クラス対抗戦のときはゴーレムの情報を流したりもしたけど、何処まで役に立ったんだろう。ちょっと怖かったので、アリーナには行かなかったし。
ルームメイトが活躍してたから、本当は行きたかったんだけどね。
「トーナメントの時は、もう全然違ってたわね」
(そうね)
更に約一月後、シャルロット・デュノアさんとラウラ・ボーデヴィッヒさんの転入後も問題だった。二人が同じ日に来てからというもの。
10歳のIS操縦可能な男の子とその付き添い。ドールの操縦者。多分だけど、転生者。そんな人間がどんどんやってきた。
「これから、どうなっていくんだろう……って思ったっけ」
トーナメントは一回戦、二回戦と順調に消化され。結局、準決勝までで終了した。中断、っていう噂もあるけど、どうなるのかは分からない。
……ちなみに私は、一回戦負けだった。専用機持ちになれる人間の実力を、つくづく思い知らされたって感じだった。
「……あ」
シャワー室の外から、ルームメイトが呼んでいる。今日は七月六日、今から、学園を出て臨海学校に出発する。
そこには多分あの世界で一番有名な女性が、そしてあの事件が待ち構えている。織斑君達がどうなるのか、悪い予感はある。
だけど、きっとやってくれるだろうと私は信じている。――さて、行こうか。
いつまでも、大事なルームメイトであり……この学園で出来た、一番の友達を待たせていては、良くないし。
「どうしたの、まだシャワー浴びてるの? 早く行くわよ――フランチェスカ!!」
「ごめん、香奈枝! 今行くわよ!!」
「宇月さん、フランチェスカ、まだかー?」
「わー! 織斑君、フランチェスカがシャワーを浴びてるんだから今開けたら駄目!」
「げ!? ご、ごめん!」
「い、一夏貴様……!」
「お、俺は覗いてなんてないぞ、箒!」
そんな騒がしさを快く感じながら、私はシャワーを終える。さてと、向かおうか。……何が起こるか解らない、未来へと。
「……ん?」
七月七日。篠ノ之束は、何かを感じ取った。何かが、自分を捉えた。だがそれは、彼女にとっては別に興味を引く物ではなかった。
だから彼女はそれを無視する。それが自分を捕捉する糸――オベド・沖屋敷・カム・ドイッチのものである、と知りながら。
「……暇だねえ」
篠ノ之箒に紅椿を渡し、銀の福音にその紅椿と白式――箒と一夏を向かわせてから、彼女は千冬達の元を離れた。
追っ手など、通常ではありえなかったが。それを覆すように、束の前に二人の男が現れる。
それは、下劣な哂いを顔に浮かべる、鎧を纏った男。そして、ローブを纏い額に逆三角形のサークレットをつけた怒りをあらわにした男だった。
「篠ノ之束だな? 俺は、フィッシング。お前のご主人様となる男だ」
鎧を纏った男が、開口一番に下劣な欲望をあらわにする。だが、束も傍の男も反応しない。
「……」
「それにしても、身体だけは大した物だな。今までは宝の持ち腐れだったが……今日からは俺が有効活用してやるぞ」
フィッシングは束を見て舌なめずりをする。――女性であれば九割方が嫌悪しか感じない表情だったが、篠ノ之束はその中には入らない。
「……」
「だんまりか。まあいい、すぐに快楽をその身体に叩き込んでやろう!」
束を押し倒さんと、フィッシングが飛び掛る。それは、人間の反応速度では対応できないほどの速度だった。……そう、人間の反応速度では。
「……」
「が、はっ……」
束が、無言でフィッシングを見下ろす。そのフィッシングは、ぼろぼろになって倒れていた。鎧は破損だらけで、取り出したと思しき刀も根元から折られている。
「ば、馬鹿な……! こ、この俺の剣が、通じないだと? この剣術は、最強ともいわれた剣術だぞ!?」
「……剣術に最強も何も無いだろ、馬鹿。お前程度が使うのなら、ISだって雑魚にしかならないさ」
束が初めて口を開いた。だが、既に呆れさえ混じっている。
「おいフィッシング。俺が交代した方が良いのではないのか」
「う、煩い! 貴様は黙って俺のヤることを見ておけ!」
そういうとフィッシングが、あらゆる言語に該当しない言葉を口にする。それが終わると、赤・黒・青・白の柱が立った。
そしてそれらはフィッシングを中心とした東西南北、百メートルの位置に正確に位置していた。
「フィッシングめ、切り札を切ったか」
「――ひゃあははははははっ! これでお前の能力は殆ど封じられる! この秘術、四神結界呪法によってな!」
「……」
狂笑するフィッシング。それに対し、束はため息をつく。そのため息に込められた感情は――落胆。
「こんなもので、束さんをどうこうしようとしたのかい?」
「何?」
「……よっと」
「な、に……?」
束が一歩踏み出すと、四つの柱が、ほぼ同時に崩れ落ちていった。そして同時に、結界も消えてしまう。
「ば、馬鹿な……! この結界の柱は、気化爆弾級の攻撃でなければ破壊できないのだぞ!? それを、何故!?」
「喋るな」
「がぼっはああああ!?」
束がフィッシングに声を掛けた時、勝負は決していた。
「何かお前みたいなやつ、昔の漫画で出たね。まあ、あのキャラは自分の寿命を削る覚悟くらいはあったけど、お前にはそれさえ無いか」
何処か懐かしげな顔をしながら、束はフィッシングからヤヌアリウスへと視線を移す。
だが、そこには何も無い。警戒も、敵意も、愛着も、歓喜も、憤怒も、悲嘆も。何も、なかった。
「茶番は終わったか。まあ、お前の力の一端を見せてもらっただけでもフィッシングには感謝するとしよう」
一方。感謝など欠片も感じられぬ口調で、ヤヌアリウスが動き出した。一旦は冷静であった口調。だが、次の瞬間それは一変する。
「篠ノ之束……。お前に、復讐する!」
その憎悪にまみれた言葉と共に、ステルスマントを纏っていたドール部隊が出現した。もっとも、束は最初から見抜いていたので驚きなどは無い。
ただ、ヤヌアリウスの言葉にやや怪訝そうな視線を向けた。
「復讐?」
「そうだ! お前のせいで、俺の両親は死んだ!」
「死んだ? ふうん、何で?」
珍しくも、束が反応していた。先ほどのフィッシングに対する物とは違う態度だが、ヤヌアリウスは気付かない。
「俺の両親は、ISに反対する過激派テロリストの爆弾テロに巻き込まれて死んだ! それも、お前がISなんて作ったからだ!」
「……」
束は、その言葉には無反応だった。千冬、箒、一夏以外のIS学園関係者に対してもほぼ同じ対応であったのだが。
「あの過激派は、その直後に対テロ部隊により消滅した。だからこそ、ISというものが生まれた根本的原因である貴様は俺が殺す!」
「あっそ」
わずかに、今までにない何かを込めた言葉を漏らすのだった。
「死ねえええええええええええええええええええ!」
狂おしい絶叫と共に、フィッシングと配下のドール部隊が束に襲い掛かった。――だが。
「こんなオモチャで、どうにかなるわけないだろ」
束は、その全てを一瞬でスクラップに変えた。もはや、敵にさえならない。
「あとさあ、お前――復讐とかいってるけど。関係ない人間を巻き込むのって、復讐者としてはどうなのかな?」
ドール操縦者は、全てが地に落ち伏せていた。その中には「わ、わしは違うんだぁ……」などと呻いている者もいる。
束には、それが無理矢理乗せられているにすぎない人間であることは理解していた。
「ISに関わっているのなら、俺の復讐対象となるのは当たり前だ!! 殺されてないだけ、ありがたいと思いな!!」
「ありがたい?」
「そうだ! 俺にとって、ISに関わる全ての人間はゴミ……。せめて道具として扱ってやるのが当然なのさ!」
「……」
束の表情は、変わらなかった。だが、もしもその場に千冬や箒、あるいは束の両親などがいれば気付いただろう。束が、不快感を強くしている事に。
「ISを嫌っているのにISを使うのか。馬鹿だね」
「はっ、こんなもの所詮は兵器にすぎん! それに――こいつらは、しょせん露払いだからな!」
そういうと、ヤヌアリウスは自分のISを展開した。これもまた、ゴウのオムニポテンス同様に神に貰ったもの。
「おや。それはドイツの第三世代型についてるワイヤーか。それに、イギリスの自立機動兵器も入ってるみたいだね」
「そうだ。このネロは、様々なISの長所を持ち合わせた完成系……究極のISなんだ! 展開装甲なんぞ、これでぶっ潰す!」
それはシュバルツェア・レーゲン、ブルー・ティアーズ、ラファール・リヴァイヴをごちゃ混ぜにしたような奇怪なISだった。
これは『各専用機の長所を得たISが欲しい』という願いに呼応して与えられたためである。
(このネロで、いずれ俺は全てのISを破壊してやる。篠ノ之束の痕跡なんぞ、この世から全て消してやる!)
ちなみにドールに関しては『IS喪失の空白を埋める必要なもの』と考えているのだか。
自身のISに関しては『神より貰った物=篠ノ之束謹製ではない物』として残す気でいた。……人はそれを、ダブルスタンダードと呼ぶのだが。
「へえ。お前『も』展開装甲の事を知ってるのか。……まあ、どうでもいいけど寄せ集めで勝てる気かい?」
「ふん、ネロの力はただの寄せ集めではないぞ! ……命割幻(めいかつげん)!!」
その瞬間、ネロの姿が幾重にも増えた。名前が『命』を『割』ったがごとく精巧な『幻』というだけあり、その精度は相当な物であった。
レーダーにも、センサーにも違いは見受けられない。御影のステルス機能のように、機械の目では見極められない。
「分身の術、かあ。まあ、発想としてはありふれてるよね。しいていうなら――他者にかぶせる幻影と、本物の幻影を織り交ぜてある所かな?」
この『偽者』には二種類がいた。実体のない幻と、ネロの映像をかぶせられた、操作されたドール達の二種類。
「おやおや。まだ動くんだ?」
「あらかじめ、こいつらのドールには仕込みをして置いた。壊れても、ゾンビのように戦える機能を……な!!」
そういうと、二機のドールが襲い掛かる。束には当たりはしなかった。――だが。
「ぎゃあああああ!! う、腕があああああ!!」
「痛い、痛い、痛いいいいいいい!」
束は何もしていないにもかかわらず、ドール操縦者が絶叫した。
「おやおや。シールドエネルギーはゼロ。慣性制御も出来ていないのか」
「ゾンビだと言ったはずだ。こいつらは攻撃のみ。守備など考えず、殴りかかるだけだ!」
すなわち、本来ならばシールドバリアや慣性制御などで防ぐべき物を、操縦者が100%受ける事になる。高速で移動すれば、その加速性が。攻撃すれば、その反動が。攻撃を受ければ、その衝撃が。操縦者に襲い掛かるのだ。
「……仕方がないなあ。うるさいし、黙らせようか」
そういうと、束は腕を振る。――それだけでドールは完全に沈黙し、操縦者達も意識を失った。
「ば、馬鹿な……! ドール内に仕込んでおいたゾンビ・ナノマシンを全除去しただと……!」
「ナノマシンで無理やり機体を動かす。ロシアの機体に似たようなのがいたっけ? あっちは水で、こっちは機体って事だね」
「……! ええい、まだ終わらん!」
ヤヌアリウスが腕を振ると、ドールの機体が操縦者から分離していく。そしてネロとヤヌアリウスと共に渦巻きのような空間に吸い込まれ、一つの存在として出現した。
「どうだ! このネロの真の姿……超化ネロだ!」
「やられそうになって、巨大化……三流悪役だね」
それは、巨大化したネロだった。腕は六本になり、ヤヌアリウス自身は胸部にいる。そしてその上には、三面の顔があった。
仏像としても有名な、八部衆の一人、阿修羅像とも似た外見へと変化している。
「受けろ、超化ネロのちか……」
「もう飽きたよ、ワンパターン」
その言葉と共に、超化ネロは解体された。操縦者であるヤヌアリウスには傷一つつけず、機体が分解されていく。
「ば、馬鹿な……この超化ネロが生身の人間に……!? い、いや、ISを使っているのか?」
「……」
束は、もはや言葉も発しない。ただ、生身になったヤヌアリウスを感情のない目で見ているだけだった。
(馬鹿め……俺の貰った能力は、それだけじゃない!! あらゆる薬物を、自分の体の中で精製する能力もあるんだ!!)
ヤヌアリウスは、最後の札を切る覚悟を決めた。それは、ヤヌアリウスの最大の能力といってよかった。
自身のイメージのみで薬物を精製する能力。それは、彼のイメージの限界以外の制限がない強力な能力だった。
(貴様に相応しい毒をくれてやる!)
注入された人間の自我を永久に失わせ、基礎代謝などを除きヤヌアリウスの『言葉通り』に動く毒……。勿論、あらゆる抗体もワクチンもきかない。
この世界で実用化されているナノマシンでさえも治癒不可能。そんな毒をイメージし、即座に完成させる。
(くらえ、スレイブ・ポイズン!!)
爪を伸ばし、その先端より毒を注入する。
爪からの注入のほか、呼気を毒ガスと化したり手のひらに錠剤(あるいは粉末剤)として出現させる事も出来るのだが、もっとも迅速に出来るのがこれだったのである。
この間合いであれば、絶対に命中させる自信があった。それは、ただ一つだけの間違いをのぞけば完璧な策だった。
「――毒、かあ。まあ、その程度の発想しかないんだよね、凡人には」
自分の爪が、何かに激突した。そしてそれが、自らが利用した機体のうち一体の、装甲板……。
それも、ここに存在する金属の中でも最硬を誇るブラックメタル合金の装甲板であることに気付いたのは、激突した次の瞬間だった。
そんな硬度を誇る金属、そんなものと衝突した爪が無事なはずもなく――すべて折れていた。
「ぎゃああああああああっ!?」
まるで素人のような叫びをあげるヤヌアリウス。その攻撃のタイミングも速度も、常人に避けられる筈のないレベルだった。
だが、ヤヌアリウスは見誤っていたのだ。篠ノ之束の、肉体的能力を。それが、ただ一つだけの間違いだった。
フィッシングとの戦いで束の身体能力を理解していたつもりだったのだが。――それは、一を知っただけのことだったのだ。
「爪を伸ばしたのかあ。成長剤の一種だね、まあ大した事ないけど」
その手に折られた爪の一本を、指を使って持ち上げる。――その毒は触れても効力を発する筈なのだが、束には通用しない。
「これに含まれている毒は、どんな物だったのかな? それじゃ、試してみようか」
「へ?」
そんな声と共に、自分の折られた爪――毒をたっぷりと含んだそれが、手首に突き刺さった。
それがヤヌアリウスが理解した、最後の事象だった。自分には効かないようにワクチンを作っていれば、結果は違ったかもしれないが。
怒りと復讐を遂げる事への愉悦、執着心……それがヤヌアリウスから冷静さを奪っていたのである。
「……」
「やっぱり、意識を失わせる毒かあ。見ただけで解るなんて、単純なタイプだね。――まあいいや、ほおっておこう」
篠ノ之束は、興味を失ったように七夕の星空を眺めていた。
「何人目だったっけ、コレ。……まあいいか」
うめく人間達を無視して夜空を眺める束。
その興味は、少し離れた海上での銀の福音の二次形態移行発動と、そこへ向かう赤い軌跡を目撃するまで。その視線は、星空から離れないのだった。
その数時間後。急行したカコ・アガピの面々が見たものは。
半死半生で転がるドール操縦者達。粉々に砕かれ、コアを抜き取られたドールの装甲や武器の破片。
長時間空気に触れた事で変質した毒素――全くの無害な液体に濡れた爪。未だにうめいているフィッシング。
そして意識を永久に失い『言葉による指示すら出せずに』植物のように生き続ける運命となったヤヌアリウスの姿だった。
――ここは、今まで語られたのとは別の世界。ある人物の、もしもを語ろう。
「須々山先生!」
ある、大病院。その一角にある研究棟の中でそう呼ばれたのは、別の可能性では、カコ・アガピの刺客となり、ヤヌアリウスと名乗っていた青年だった。
端正な顔立ちや白衣を着こなすその姿は、密かな女性ファンも多い。――だが彼を慕うのは、そういった人間ばかりではなかった。
「見ろよ、須々山先生だ!」
「ノーベル医学・生理学賞の連続受賞、間違いなし、だってよ!」
「そりゃそうよ。だって、アスクレピオスの再来だもの」
アスクレピオス――ギリシャ神話に登場する、太陽神アポロンの血を引く、死者さえ蘇らせた医師――の再来とさえ謳われ。
そのアスクレピオス(蛇遣い座)の杖をシンボルマークとするWHO(世界保健機関)のメンバー全ての憧憬を集めている。そんな人物だった。
「……まあ、これもチート能力なんだけどな」
そんな賞賛を受けても、彼はくすぐったいような感覚しかない。何故ならそれは、自分で得た力ではなかったがゆえに。彼は、それを誇ろうとはしなかった。
「まあ、いいか。――さて、次はどんな薬を作ろうかな」
彼は、自身の能力を生かして薬剤の製造に専念していた。……薬剤の製造とは、つまるところ成分の選択と調合にある。
どんな材料の、どんな成分を、どれだけ含ませるのか。その大小によって、薬の効力は変わっていく。
ここに他の薬との飲み合わせ、一回の服用量など。そして、一日に何度服用するか、いつ服用するか――食前・食中・食後等――が関わってくる。
だが、実物さえあればそれらも本来よりもはるかに早く解決する事が出来る。そして彼は、人外の力をもって確実な成果をあげていた。
救った命の数は、篠ノ之束以上といわれる最高の薬剤師になったのだった。
「須々山先生! アフリカより、エボラウイルスの撲滅に成功しつつあるという情報が届きました!」
「中東で猛威を振るっていたMarsウイルスも、先生のワクチンが効いています!」
「ジガ熱も、蚊の体内での殲滅を確認!」
こんな知らせが、世界中から届いていた。それを聞いて彼の顔に浮かぶのは、安堵。
「俺の能力に、こんな道があるなんて、な」
両親がテロで亡くなった時、彼の知人は、あるカウンセラー……当時、某競技の日本代表のメンタルトレーナーでもあった人物にカウンセリングを依頼した。
今まで語られてきた世界においては、それをボイコットし『同類』を求めてカコ・アガピへとたどり着いたのだが。
『君の力でISを倒すのではなく、見返すこと。それもまた立派な復讐なんじゃないのかな?』
そう言われた彼は、自身の力を使ってみる事にした。ためしに末期癌の患者を救ってみると、神のごとく感謝された。
篠ノ之束のようだ、といわれた時には若干腹が立ったものの。薬剤製造のベンチャー企業を立ち上げ、難病へのワクチンを次々と開発させ。
一つの薬剤を作るのに多大な時間と費用、試作品を必要とする薬剤の世界において、文字通りの神となった。
報酬などで一生遊んで暮らせるだけの金銭を得ているが、今の彼の目標は金ではない。そして、篠ノ之束への復讐でもなくなっていた。今の彼は。
「あ、先生! 先生の薬で助かった方からの感謝状が、また届いていますよ!」
「ありがとう。まだやる事があるから、置いておいてくれるかな」
末期癌の患者を最初とする、患者からの感謝の言葉だった。それが彼の心を癒し、救ったのである。
彼の薬は多くの患者の命を救ったが、彼もまたその言葉により救われたのだ。そして、件のカウンセラーはこうも言っていた。
『力は、どう使うかが一番重要だ。――私の力は言葉だが、これは人を生かしもすれば殺しもする。死ぬ間際に後悔の無いように、力を使いたいものだね』
もしもあの時、その言葉をちゃんと聴いて立ち止まっていなければ、今の自分は無かった。彼は、そう考える。
「……父さん、母さん。俺は、元気でやってるよ」
手紙を見ながら、亡き両親に話しかけるヤヌアリウス……否、この世界での名は本名である須々山悠衣と名乗っている人物。
それは、ヤヌアリウスとはまるで違う、優しい笑顔を浮かべていた。
「さて、と。今日はあちら方面の薬剤を開発するか」
今の彼は、心療系の投薬治療に眼を向けていた。双極性障害、統合失調症、心的ストレス外傷などを薬物で治療する方法。
投薬過多や副作用などの問題もあった投薬治療だが、彼の薬物でそれらはかなり抑えられていた。結果として、それによる自殺者もかなり減っていた。
これは、両親を失ったテロを実行したテロリストが心神喪失の状態にあったことも無縁ではなかったが。
「神に与えられた力、頑張って使うとしよう」
白衣を羽織り、彼は研究室へと戻る。その顔には、一点の曇りもなかった。
――これは、一つの可能性。選ばれなかった、一つの可能性だった。
さて、最後に語ろう。この文章の視点は――。
……というわけで、フランチェスカ・レオーネは憑依型二重人格タイプ転生者でした!! だから今まで彼女の視点の話は無かったのです。
『ペーシ』というのもイタリア語で、意味は作中にあったとおり魚座です。
フィッシングやヤヌアリウスのモデルは、最近某スマホゲームとコラボしているジャ○プの昔の漫画のキャラです。リアルタイムで見ていた人は多分30歳以上でしょうね。
……記念すべき100話の最後は、一発キャラのIFを書くという展開でした。誰が喜ぶんだ、と言われる事間違いなしの展開ですが、これは書かざるを得ないシーンですので入れさせて頂きました。
なぜなら、この文章は一人称ですが。誰の一人称なのかというと――。