No.002『幼き魔女』
「……おかえりなさい。どうでした?」
「俺達を除く十四人が死亡だ。ったく、一日足らずでこの始末かよ。殺人ゲームに拍車が掛かっていやがるな」
懸賞の街アントキバのカフェの一角、其処には通夜じみた辛気臭い雰囲気が漂っていた。
一人は十人中十人が優男と評せるぐらい人の良い白髪長髪の青年、もう一人は真逆に凶悪な人相で眼さえ合わせ辛い目付きの悪い赤髪短髪の青年だった。
「他の奴らは怖がって誰一人来ない。こりゃ本格的に詰んだな」
「……完全に私のミスですね。グリードアイランドでの同胞狩りが此処まで苛烈なものとは、読み違えましたよ……」
彼等こそは六十人の同胞を集めた現実への帰還組のリーダーと、そのサブリーダーであり、自力でグリードアイランドから脱出出来る程度には腕の立つ実力者である。
――尤も、帰還組でそれを成せるのは彼等ぐらいであるが。
「お前の責任じゃねぇ、俺も甘く見ていた。考えて見れば、呪文カードと指定カードの情報を俺達は事前に知ってるんだ。実力云々は置いといて、そんなプレイヤーは邪魔でしかない」
それでも此処まで短絡的に殺しに来るとは思ってもいなかったがな、とやぐされながら愚痴る。
元日本人の良心と道徳観念は、この世界に生きている内に何処かに消え去ったようだ。
朱に交われば赤くなるように、脱皮しない蛇が滅びるしかないように、この何処か狂った世界に順応したのだろう。
「頭部を鋭利な刃物で穿たれる、全焼する、鋭利な刃物で切り刻まれる、馬鹿げた怪力で圧壊される。この特徴的な手口を見る限り、最低でも四人は手練のプレイヤーキラーがいるな。全員が全員、同胞とは限らんがな」
サブリーダーである彼が現実世界に一旦帰還した理由は仲間の死因を確認する為だった。少しでもプレイヤーキラーの手口を知れれば御の字と言った処だが、解った事は爆弾魔(ボマー)以上に汚物を消毒出来る念能力者が居る事と、趣味の悪い切り裂き魔がいる事ぐらいだ。
鋭利な刃物で穿たれた死体や馬鹿げた力で圧壊された死体は手口としてありふれ過ぎて余り参考にならない。
「安直に数を集めて呪文カードを独占し、指定カードを奪う作戦は最初の段階で頓挫ですね。問題が無かった訳でも無いですが」
「問題?」
「SSカード『一坪の海岸線』を自力で入手出来る組が居るか、否かです」
最悪の場合、十二年後の原作のGI編まで待たなければ居ないかもしれない。
レイザーに太刀打ち出来る実力者も少ないし、その実力者達が素直に協力するとも限らない。
自分達の組の他に二組クリアされる可能性を渡すようなものだ、原作のように仲良く三等分するとはとても思えない。
――或いは一組だけでの独占を企むかもしれない。
ゲームマスターであるレイザーとの戦いで疲弊した後を狙えば簡単に片付けられるかもしれないし、その可能性を考慮すれば、ますます組んで挑もうとするプレイヤーが少なくなる。
厄介事を押し付けて、入手直後に奪おうとする輩も恐らくは居るだろう。
「薄々気づいていたが。他人から奪う寸法は、指定カードが全部出揃うまでクリア出来ない。どうやっても後手に回るって事だよな」
99種類、全てのカードが出揃うまで一体何年掛かる事やら、と目付きの悪い男は溜息を吐く。
原作では十二年後、ただし、本当に十二年後に揃うかどうかの保証は何処にも無い。
『一坪の海岸線』と同等の入手難易度であろう『一坪の密林』が原作通り「宝籤(ロトリー)」で誰かが入手出来るとは限らないし、その時期が一年後か、或いは十二年後という可能性さえある。
「数を揃えられない今、俺達の勝率はほぼ無くなった訳だ。何か名案でも無いか?」
「どの道、グリードアイランドは突出したプレイヤーでないとクリア出来ませんからね。今の状態ではお手上げですね。暫くは静観し、事態が動くまで待ちますか」
気長なこったと目付きの悪い男は軽口叩き、まぁ仕方ないですよと人の良い優男は笑う。
指定カードが出揃った時に呪文カードを独占していれば、彼等の勝ち目は確実なものになる。それまで生存して、待てば良い。それだけの話なのだ。
「貴方はまた外に戻って実力者の同胞の勧誘をお願いします。私の方はグリードアイランド内の同胞の勧誘に専念しますから」
「……気を付けろよ。原作以上に論理も欠片も無い殺人野郎が多いからな」
「大丈夫ですよ、私の念能力はそういう事を回避するのに特化していますから。絶対に見誤りませんよ」
自信を持って優男は笑い、その反面、目付きの悪い男はやや心配気に顔を濁らせた。
「油断だけはするなよ。この世界に『絶対』は『絶対』に無いからな」
それは途方も無く巨大な大木だった。
外の世界なら樹齢何千年級の代物だが、此処はグリードアイランド、自然物ではなくて具現化された可能性もある。
桜色の着物を羽織る銀髪碧眼の少女ユエはその巨大さに圧倒され、寝ぐせで髪がぼさぼさな黒髪黒眼のコージがはしゃぐ中、今日は気分でツインテールの髪型にしている金髪翠眼の少女アリスは覚めた眼で冷静に眺めていた。
「どうだい、でかいだろ? この大木にだけ棲むという伝説のキングホワイトオオクワガタ、普段はコロニーの奥深くにいて姿さえ見せない。捕獲の方法は唯一つ! 奴が唯一姿を現す夕方に木をぶっ叩いて落とす!」
恐らくは叩いた瞬間にその威力で虫をドロップさせる仕組みなのだろう。よじ登っても徒労に終わるか、とアリスは退屈気に分析する。
「叩くポイントは此処! 派手に揺らそうと思ったら半端な力じゃ駄目だぜ? まぁ頑張ってくれや、初の挑戦者さんよぉ」
樹の根元に予め用意された打撃ポイントを指差しながら、管理人らしきヒゲもじゃの男は完全に舐め切った表情でハンマーを手渡す。相変わらずNPCとは思えない人間味である。
そのハンマーを真っ先に受け取ったのはアリスの予想通りユエだった。
「うっし、此処は私に任せなさいー!」
「……まぁ、強化系のユエがベストだよな」
ユエは得意げな表情で意気がり、やや納得の行かない表情でコージは見送る。アリス自身の系統は変化系、不貞腐れるコージは放出系なので妥当な選択と言える。
それにユエは日頃から大鎌を獲物としているので『周』の練度は三人の中で一番高い。男女の筋肉さなど修行次第で幾らでも覆せるのがこの世界の特徴でもある。
足場を確かめ、ユエは精神集中してから全力の『練』を行う。迸るほど練り上げた全オーラをハンマーに回し、大きく振り被る。
「ちぇいさー!」
掛け声と共にハンマーによる『硬』の一撃を樹木に叩き込み、木を大きく揺らす。
葉のざわめきが激しくなり、雨の如く大量の虫が落下してきた。見上げていたアリスにとって、少しトラウマになりそうな光景だった。
「おー、大漁だな。どれどれ、キングホワイトオオクワガタはー?」
カブトムシやらカマキリなどの虫を物色しながら目的の虫を探す。
もしかして、此処に普通サイズのキメラアントはいないよね、と疑心暗鬼に陥りながら、アリスも恐る恐る探すが、一向に目的の虫は見当たらない。
「あるぇー? キングホワイトオオクワガタはぁ?」
「……いねぇな。ユエ、お前力不足だったんじゃねぇの? オレがやろうかぁ?」
「んな!? アタシで出来ないならアンタも無理よ! もう一度やれば多分出るよ! 今度は手加減しないから!」
顔を真っ赤にしてむきになったユエは『練』でオーラを練り込むのに更に時間を掛け、先程よりも強力な一撃を樹木にお見舞いする。
渾身の一撃で先程より揺れが大きく、それに比例して落ちてくる虫の量も多かった。
「お、あったあった! 『キングホワイトオオクワガタ』一匹ゲット! この調子でカード化制限まで集めようぜ!」
「えー、もう嫌よ。慣れない獲物で『硬』するの、結構骨なのよ?」
ぐてーっと疲労感を漂わせながらユエはハンマーを番人の男に突き返す。
それと入れ替わりに、意気揚々とコージがハンマーを奪い取って素振りする。
「それじゃオレが一発やってやるぜ!」
「放出系のアンタじゃ無理よ」
「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ!」
アリスの横に来たユエが冷ややかに煽る中、コージの挑戦が始まった。
全力で練り上げた『練』のオーラ量はユエの『練』と遜色無いが、それがハンマーへの『周』及び『硬』になるとオーラが乱れて荒が目立つ。
それでも構わじとコージはハンマーを振るった。アリスの眼からも、オーラを整えるより、霧散する前にぶちかました感が強かった。
「うらぁ!」
同等のオーラ量、されども劣る練度、それプラス強化系による100%の強化と放出系による80%の強化、それがハンマーでの打撃力に眼に見える形で現れた。
先程より揺れは少なく、落ちてくる虫は斑だった。その中にお目当てのキングホワイトオオクワガタは残念な事にいなかった。
「あれぇ、どうしたのぉ? キングホワイトオオクワガタどころか普通の虫も少ないけどぉ?」
「っ、人には向き不向きがあるんだよ!」
「へぇ、そうなのぉ。大口叩いてた口は何処の口ぃ?」
ユエは此処ぞとばかりに煽り立て、コージは爆発寸前まで頭が茹で上がる。
二人のやり取りは長年見ているが、飽きないものだと感心するばかりであり、案の定、今回も爆発した。
「うがぁー! 言いやがったなぁ!」
切れたコージはハンマーを何処かに投げ捨て、樹木から距離を置く。
コージは右手の人差し指を銃に見立てて樹木に向け、左手で右手首をぎっしり固定して抑える。
全身から迸るほどのオーラを一点に集中させ、ひたすら圧縮させていく。
「ちょ、それ使うの!?」
「うるせぇよ! ――喰らえ、念丸(ネンガン)!」
あれがコージの『発』――念はシンプルなものほど良いとは誰の台詞だったか。オーラを撃ち出すという放出系にとって基本中の基本を必殺の域まで高めたものがこれである。
練り上げた全オーラを限界まで圧縮させ、大砲の如く撃ち出されたオーラの流星は樹木を大きく揺らし、ユエの『硬』と同程度か、それ以上の虫を降らせた。
「やりぃ! どうだ、一匹出たぜぇ?」
「~~っ、一匹程度で良い気にならないでよねっ!」
何やら二人の何方が多く取れるか競争になったが、アリスは適当な場所に腰掛け、遠目から傍観する。
『念丸』が同じ漫画家の前作主人公の丸パクリである事は本人も否定しない。むしろそれに対する思い入れが強い事で威力が加算されているような気がする。これだから念は奥深い。
「……大人気無いなぁ」
ユエとコージが無駄に張り合って競う中、アリスは自分にあった『発』を未だに見つけ出せず、少しだけ意気消沈する。
オーラを何か別なものに変化せる事が得意な変化系だが、原作ではオーラをガムとゴム状に変化させるヒソカの『伸縮自在な愛(バンジーガム)』やキルアの電気などがあるが、どうもしっくり来ない。
(オーラを何に変化させる事がベスト、か。それを真っ先に考えているから先に進めないのかな……?)
仮にそれ以外の事に興味を抱いたら別系統の念になってしまうだろう。
焦りは禁物だが、自分にあった『発』を開発した者とそうでない者の差を、アリスは身近にいる者から実感、もとい体感せざるを得なかった――。
コージ・ユエ・アリス組が他のプレイヤーと遭遇したのは、彼等が『キングホワイトオオクワガタ』を四枚ほど入手した後だった。
巨大な樹木から立ち去る直前、白い日傘を差した黒いゴスロリ服の少女は悠々と立ち塞がった。
彼女の腰元に揺れる大きな銀時計はチクタクチクタクと五月蝿く鼓動して自己の存在を知らしめる。黒のニーソックスとスカートを飾る赤リボンが風と共に淡く揺れた。
「こんにちは、いや、もう夕方だからこんばんはかな? 指定カード三枚で見逃してあげるよ?」
少女が笑顔で巫山戯た提案をした直後、三人は間髪入れずに臨戦態勢に入る。
全身をオーラで漲らせた『堅』の状態を保ち、眼にオーラを回して『凝』で見ながら今現れた敵を警戒する。
オーラを見え辛くする『隠』を使っている様子は無かった。
「は? おいおい、いきなり何言ってんだ? こっちは三対一だぜ。正面から正々堂々挑んできたその度胸と根性は褒めるが、無謀じゃねぇか?」
余裕満々でコージは威嚇する。初めて敵対するプレイヤーを前に緊張感はある程度あるが、自分達より弱そうな相手という安堵の方が強い。
三つ編みおさげの黒髪紅眼の少女はキョトンとする。此方の言っている事がまるで解らないという風に。実際にそうだった。
「うん、一対三だよ。あれ、態々言わないと解らない? アンタ達程度が私に敵う訳無いじゃない――」
小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、彼女の小さな身体を覆うオーラの総量が跳ね上がる。そのオーラの禍々しさに三人は一斉に驚愕して跳び退いた。
(何だこの馬鹿げたオーラは!? オレの二倍以上、いや、三倍か!? アリスと同年代ぐらいの癖に此処まで鍛え上げたのか……!?)
凄まじいオーラだった。総量も桁違いながら、一瞬にして死を予感させる不吉さを孕んでいる。
彼等は自分達もそれなりの実力者だと自負していた。原作と比べても良い処まで登り詰めていると。
だが、上には上がいると実際に対峙した敵から初めて思い知らされ、精神的に遅れを取り、動けずに居た。
(いや、落ち着け。念能力者同士の勝負に絶対は無い。オーラの多寡だけで勝敗は決まらない! てか、身体能力は流石にオレ達の方が優っている筈っ!)
例え三倍近くオーラに差があっても、相手が操作系か具現化系ならば、強化系の習得度は60%で精度も60%まで落ち、放出系で強化系の習得度が80%で精度も80%のコージに勝ち目が出てくる。
今現在の彼の顕在オーラを1000と仮定し、相手の少女の顕在オーラは3000前後でも、強化系の習得度にある程度の差があるのならば――決して、突破出来ない壁では無い。
強化系のレベルが同レベルという前提の話で想定するならば、今のあの少女の『堅』状態は攻防力50、つまりは1500のオーラで強化されているという事だが、前述した通り強化系から離れたニ系統なら60%、900程度の数字まで落ちる。
放出系のコージが攻防力100の『硬』で攻撃すれば、800程度の攻撃力になり、その100程度の差は計算に抜いた肉体の強度で容易に埋めれる差だ。
ましてや戦闘中のオーラの攻防力は常に『流』によって移り行くもの、オーラの薄い箇所を狙えば一発逆転も不可能ではない。
(放出系のオレでも『硬』状態ならば突き通せるんだから、強化系のユエならもっと楽に突破出来るっ!)
コージは思い切って先陣を切り、正面から突っ走る。
その格下を嘲笑う綺麗な顔目掛けて、渾身の右拳を突き出し――その挙動を見てから、霞むような迅速さでコージの顎を強く蹴り上げられ、彼は正面から返り討ちにされる。
(――っ!? 速っ、重っ……!?)
一瞬、意識が飛ぶ。少女の動きが早すぎた事で右腕への『硬』が間に合わず、まだ『堅』状態を保っていた事が彼の命を紙一重で救った。でなければ、この一撃で顔が原型を留めずに潰れていただろう。
彼の希望的観測は半分当たっていた。彼女が強化系から遠く離れた系統である事はほぼ間違いない。でなければ『堅』状態から致命傷を負っていただろう。
誤算は一つ、頼みの身体能力でさえこの年下の少女に圧倒的に劣っているという非情な事実のみ。
十メートル近く吹っ飛び、反射的に立ち上がろうとするが、世界が反転したかの如く揺れて、身体が言う事を効かない。
「コージ!? よくもォ……!」
未知の強敵に遭遇してからの恐怖から来る硬直をユエはそれを上回る憤怒で解き、背中に背負う大鎌を縦横無尽に振り回す。
三つ編みおさげの少女は日傘を畳みながら紙一重で見切り、楽々と躱し続ける。
(――っ、認めざるを得ない。この女が圧倒的なまでに格上である事を。でも、攻防力90ぐらいのオーラを大鎌に纏って、間合いに入れさせなければ、勝機は必ず巡ってくる)
幸いにも少女は無手だ。あの日傘程度ならオーラを纏っていても両断出来る自信がある。それに態々紙一重で避けてくれるのならば都合が良い。彼女の『発』はそういう輩に対して最も効果的に働くのだから。
数回に渡って大鎌の一閃を躱し、一際大振りの一撃が繰り出され――少女は紙一重で避けず、瞬時に大きく退いた。ユエは野生の獣の如く勘の良さに内心舌打ちした。
「鎌に纏ったオーラを刃状に変化させて攻撃範囲を広げるか。中々器用だね。でも『隠』で隠すなら鎌全体のオーラを消すんじゃなく、伸ばした一部分にしないと簡単に見破られるよ?」
「っ、そうね。今度から気を付けるわ……!」
あの少女が『凝』を使った様子も無く此方の攻撃を看破した。
つまりは大振り後の隙を意図的に狙わせる事と、鎌のオーラを『隠』で消すという予備動作で此方の攻撃を瞬時に推測・察知して見切られたという事になる。
潜り抜けた場数も戦闘経験も段違いだと否応無しに思い知らされる。
(出し惜しみなんてしてられないね……!)
ユエは大鎌に全オーラを纏わせ、水平に構える。明らかに間合い外からの構えに、ゴスロリ服の少女は警戒心を強くする。
言うまでもなく大技を繰り出すと宣言しているようなものだとユエは自嘲する。張り詰められた緊張感の中、それでも避けれるものなら避けてみろと心の中で強く呟く。
「はぁ――!」
オーラを刃状に変化させ、鎌を振るう事で斬撃を一直線に飛ばす――強化系と変化系と放出系の複合技であるこれを、ユエは前世で遊び尽くしたハンティングアクションゲームから文字って『鎌威太刀(カマイタチ)』と名付けた。
「へぇ……!」
少し関心したようにオーラの一閃を少女は屈んで躱し、続いて繰り出される間合い外からの一撃も走りながら回避していく。
ゴンの『ジャジャン拳』を参考にしている彼女の『鎌威太刀』だが、別に常に全オーラを籠めて攻撃する必要も無いので、オーラが尽きない限り連続で攻撃出来る利点がある。
稀に『隠』で隠蔽した斬撃を放つも、この相手には全く通用しない。予備動作の段階で察知され、『凝』で見破られ、体勢を崩す事無く躱される。
「くっ……!」
持久戦になれば地力で劣る彼女達に勝ち目は無い。敗北は即ち死に直結する――焦燥感が過ぎった瞬間、ユエは自分の四肢に走った激痛によって動きを封じられ、体勢を崩して転倒し、地に崩れた。
「……つっ!?」
「武器使いの宿命だね。獲物にオーラを振り分けなければならない分、身体を守るオーラがお粗末になる。私が強化系から離れた系統だと眼見当を付けたまでは良かったけれど、その先をまるで警戒していなかったようね」
余りの激痛に顔が歪みながら瞬時に『凝』で自らの血塗れな四肢を視るが、既にユエの四肢を突き刺した具現化した何かは既に消されていた。
戦闘続行が不可能になる程の負傷を負い、相手の能力を目視する絶好の機会を逃すなど最悪の不始末だった。
「別に『隠』を使えるのは貴女だけでは無いし、私から見れば使い方がまるでなっちゃいないけ――」
余裕こいて戦闘中に関わらず長々と喋る少女の背後から、全身のオーラを『隠』で隠し、気配を極限まで消したアリスが『硬』の一撃をお見舞いする――!
「駄目、アリス――!」
「――どね、『凝』は慣れない内は常に使った方が良いんじゃない?」
三つ編みおさげの少女は喋りながら振り返らず、アリスの打ち出した拳の手首を掴み取る。
「な――!?」
アリスが驚いて振り解く間も無くユエに向かって投げ捨て、その過程で全くオーラを纏っていない腹部を蹴り飛ばし、馬鹿げた勢いで二人は激突する。
「まぁ貴女達程度のオーラでは真似出来ないから参考にはならないし、もう聞こえていないか」
今の少女を『凝』で見ていれば、余ったオーラで五メートル相当の『円』を展開している事を見破れた筈だった。
「ユエ! アリス! テメエェ――!」
幼馴染を無惨に打ち倒され、ぷちんとコージの中の何かが切れる。
頂点に達した途方も無く激しい怒りが、彼から許容限界を超える膨大なオーラを捻り出した。
「――!」
跳ね上がったオーラ量を察知し、振り返った少女のあるか無いかの硬直に、コージは限界以上のオーラを集中させ圧縮した生涯最高の『念丸』を撃ち放った。
(幾ら馬鹿げたオーラ纏うアイツでも無傷で済まねぇ――!)
タイミング的に避けられない――極限まで圧縮して尚バスケットボール大のオーラの流星を、三つ編みおさげの少女は日傘に全オーラを回して振り抜く。
――彼女のオーラの攻防力がこの戦闘で初めて動いた瞬間だった。
オーラの流星と少女の全オーラを纏った日傘が衝突する。
その一瞬、刹那程度の拮抗、その無きに等しい隙で少女は影も形も無く離脱する。オーラの流星は持ち主を失った日傘を木っ端微塵に破壊して遙か彼方に飛び去った。
「懐かしいね、霊丸(レイガン)なんて――いや、念だから念丸と言った処か。放出系だね、君は」
その声は渾身の一撃を避けられて唖然とするコージの背後からであり、振り向く間も無く頭部を掴み取られ、地面に強烈に叩き付けられた。
激突した地面は罅割れ、限界まで消耗して使い切ったのか、コージの身体からオーラが霧散する。
「あの日傘、買ったばっかりだったのに残念だわ」
念の篭り易い愛用の品ですら無いのかよ、という無粋な突っ込みは声にすらならなかった。
言葉の割には気にした様子の無い少女は突き落とした頭を無造作に掴み上げるとコージのくしゃげた鼻から鼻血がボタボタと零れ落ちる。
「意識はまだある? あるなら早く本(バインダー)出して」
「……誰、がっ、死んでも、断る……!」
まだ睨みつけてくるだけの意欲がある事に少女は少しだけ感心する。
「それなら三人とも殺すけど? 君は折角だから最期にしてあげるよ」
「ま、待て、二人に手を出すなッ!」
その予想通りの反応に、三つ編みお下げの少女の眼が冷たく沈む。
出来の悪い子供に苛立つ親のように――暗い殺意を籠めて再び問う。
「――お前が優先する事は無力な制止の言葉? それとも絶体絶命の逆境に立ったヒーローごっこ? 違うでしょ。ある一言で良いのに物分りの悪い単細胞生物ねぇ。二人が死ぬまで寝惚けるつもり?」
既に少女の殺意が漲った視線はコージではなく、一緒に横たわるユエとアリスに向けられていた。
こんな力尽くで指定カードを奪いに来た外道少女の思い通りにさせたくないという意地も誇りも、彼女の本気を垣間見て木っ端微塵に崩れ落ちた。
「ブック……!」
心折れて項垂れるコージに欠片の興味すら抱かず、少女は本を物色し、三枚の指定カードを無造作に奪い取った。
さて、此処で問題となるのは、目的のカードを奪った彼女が抵抗した彼等三人を生かすか否かである。
カードを奪って用済みとなったプレイヤーなど生かす価値もあるまい。コージは血反吐を吐くような思いで、生涯で初めての懇願をした。
「……頼む、ユエとアリスは、コイツらだけは見逃してくれ。オレはどうなっても構わない、だから――!」
「次に出遭う時はもっと良いカードを持っていてねー。でないと、殺しちゃうから。バイバイー」
コージのプライドを全て投げ捨てた必死の懇願など聞く耳さえ持たず、少女は興味を失った玩具に見向きせずに立ち去っていた。
――助かったという安堵は無く、空虚なまでの無念さと途方も無い怒りがコージの胸を支配した。
食い縛る歯から血が滲み、口元から溢れ流れる。握り締める両の手からは血が零れ落ちた。
「……今の俺達は殺す価値も無いってか。舐めやがって、畜生、畜生ォオオオオー!」
「――っっ! ……ありがとうね、アリス」
しとしとと夜のグリードアイランドに雨が降り注ぐ。
キングホワイトオオクワガタの棲む巨木からそう遠くない小屋にて、彼女等はケガの治療に専念していた。
「お腹は大丈夫?」
「一応防御は間に合ったから問題無いよ。それよりユエの方が……」
一応止血し、包帯を巻いたが、鋭利な刃物で貫かれたユエの四肢は明らかに重傷だった。今の彼等では到底手に入らないが『大天使の息吹』があれば即使っているほどだ。
「大丈夫大丈夫、こんな傷ぐらいすぐ治るよ。強化系だしね、私! 痛っっ!?」
空元気で腕を回して健在さをアピールするが、傷に触って自爆してユエは涙目で痛がる。
「それよりコージは?」
「……まだ、外に」
そして、三人の中で一番重傷なのはコージだった。
怪我自体は幸いな事に大した事無い。あのゴスロリ服の少女と戦闘し敗北してから落ち込み様は長年付き添う二人も見た事無いぐらい酷い様だった。
思えば、これが彼等がこの世界で体験した初めての挫折だった。
ハンター試験に受かり、念を覚え、グリードアイランドを手に入れるまで順風満帆だった彼等三人は、初めて全力で挑んでも絶対超えられない壁にぶち当たった。
自分達が原作主人公並に才覚が恵まれている、そんな根拠無き自信が偽りの幻想であった事を問答無用に思い知らされた。
ユエとコージにとっては二つ年下、アリスにとっては同年齢の少女でありながら、隔絶した実力差で蹴散らした、本物の才覚の持ち主、あの三つ編みおさげの少女によって――。
「あの馬鹿、こんな雨の中で……! ちょっと連れ戻して、~~っっっ!?」
「ユエは安静にしていて。傷に触る。私が行ってくるから」
苦痛に顔を歪ませながら立ち上がろうとするユエを制する途中、ドンと勢い良く部屋の扉が開く。
其処には雨にずぶ濡れになって自暴自棄になっているコージが立っており、彼が身に纏う重苦しい雰囲気の前に二人は言葉が出なくなる。
「え? ちょっとコージ何を――!?」
コージは血塗れて泥塗れになった右拳をまた強く握り締め、何を思ったのか、思い切り自分の顔に叩きつけた。
二人は余りの唐突な行為に唖然とした。
「よっしゃ、反省終わりッ!」
重くどんよりとした雰囲気が一気に消え去り、其処にはいつもの調子に立ち戻ったコージが居た。
「どの道、グリードアイランドにいる限りアイツは何度も立ち塞がるんだ。なら、次は勝つ! 絶対勝つッ!」
目の前の壁を超えられなくて転んだなら、また起き上がって挑めば良い。常に前向きの彼らしい結論だった。
「……そう、だね。うん、現段階で全部負けていても、これから追い抜けば良いんだ……!」
「ああ、ユエの言う通りだ! それじゃまずは『練』だ! オーラの差を少しでも埋めねぇとな!」
二人の力強いやり取りに、自然とアリスの顔にも笑みが戻る。
敵わないなぁ、とアリスは常に思う。あんなに落ち込んでいて、どうやって慰めようかと必死に考えていたのに、勝手に立ち直って――同じぐらい落ち込んでいた自分達にも、元気と活力を与えてくれて。
「そういえば『練』は何分持続出来る? オレは最高に調子良い時でも一時間二十分ぐらいだが」
「えーと、私は大体一時間半ぐらいかな? アリスは?」
「……二時間行くかどうか」
――まるで太陽みたいだ。
言葉なんかには絶対にしてやらないけれども、アリスは幼馴染のコージの事を、恥ずかしがりながらそう評する。
「そうだな、キメラアント編のゴンキルア達でも三時間は余裕だったから、最低でもそんぐらいまでオーラの総量増やさないとな!」
「グリードアイランド編から飛んだものねぇ。ま、ライバルになるプレイヤー次第でグリードアイランドの難易度は格段に変わるけどねぇ~。アイツみたいなのが何人もいなければいいけど」
「そうだ、アイツの名前っ!」
コージはすぐさまブックと唱え、フリーポケットにある『交信(コンタクト)』のカードを最後のページに嵌めて、今までに出会ったプレイヤーの欄に目をやり、最後に出遭った人物の名前に注目する。
しかし数秒間固まった後、ぷつん、とコージがまた盛大にぶち切れた。
「思いっきり偽名じゃねぇか! 女の癖に『ジョン・ドゥ』とか舐めとんのかァ!」
原作でもヒソカがクロロ=ルシルフルの名前を騙っていた事から、名前変更が可能である事は確かだが、これは流石に無い。
名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)は男性に良く使われる架空の偽名であり、女性の場合はジェーン・ドゥが該当する。
女性なのに男性の偽名を名乗っている訳だ、あのゴスロリ服の三つ編みおさげの少女はあらゆる意味で舐めているとしか言い様が無い。
「うーん、こっち側の偽名を使っているという事は……」
「……十中八九、同胞」
ユエとアリスが偽名の余りの適当さに呆れる中、コージは怒りと執念を滾らせて強く誓う。
「絶対ぶん殴る! あの女、覚えてやがれぇー!」
コージ・ユエ・アリス組
コージ(♂14)
放出系能力者
【放】『念丸(ネンガン)』
幽遊白書の主人公、浦飯幽助の必殺技『霊丸』の丸パクリ。
世代的に思い入れが深く、単純故に強力な武器となる。
ユエ(♀14)
強化系能力者
【強/変/放】『鎌威太刀(カマイタチ)』
大鎌を覆うオーラを刃状に変化させ、刃状のオーラを鎌鼬の如く放つ、強化系と変化系と放出系の複合技。
変化系と放出系の練度が高いとは言えないので、完成には程遠い。
アリス(♀12)
変化系能力者
能力無し
未だに自身に見合った『発』を開発しておらず、発展途上の身。
現在の指定ポケットカード
No.046 金粉少女
No.053 キングホワイトオオクワガタ
全2種類 2枚