・ 2001年5月下旬 AM10:25 横浜基地 射撃演習場
「よし!御剣達は先に戻って銃の点検作業。 珠瀬、鎧衣! 次はお前達の番だ!」
「「はいっ!」」
まりもの号令の後、射撃訓練を終え、銃の手入れに戻る御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧の3人。 彼女たち207B分隊メンバーは、武が居た“元の世界”において彼のクラスメイトとして存在し、“前の世界ではそのギャップに慣れるまでかなり苦労した。
そんな中、まりも共に武は1人の訓練生に目を付けていた。 先日の射撃練習にて、驚異的な命中率を見せ付けた珠瀬壬姫の事である。
「珠瀬~、ちょっと良いか?」
「なんですか? 白銀准尉」
「お前は狙撃が得意なんだよな?」
戦場で息を殺しながら身を潜め、目標を確実にしとめていく狙撃手は、敵に回すと厄介以外の何者でもない存在だ。 だが味方の場合は仲間達のピンチを救い、そこから活路を作り出す力がある。
“元の世界”では弓道、“前の世界”では射撃技能に優れていた彼女が、この世界でも同じかどうか確かめようとする武の問いに、自身なさげに壬姫が答える。
「はい、射撃は皆さんの中で一番だって言われています」
「じゃあ珠瀬、あそこの標的をど真ん中で撃ち抜けるか?」
そう言って武は、射撃場の一角へ指差す。 距離にして500メートル程の先に、人型を模した形状をする標的があった。
「どうだ珠瀬、やれるか?」
「・・・やってみます!」
見ているこっちまで笑顔になりそうな明るい表情と返事を武に返した後、壬姫は黙々と狙撃の準備を始める。 銃の手入れを終えて戻ってきた冥夜達が見たのは、スコープを取り付けた突撃銃を構え、うつ伏せのまま微動だにしない壬姫の姿。
準備を終えて狙いを定めていたその時、壬姫の隣に忍び寄る人物が1人。 突撃銃の銃身にそっと手を添えながら、その女性は壬姫に話しかける。
「ねえあなた、これを使ってみたら?」
「えっ?」
そう言った女性―早峰美雪が抱えているのは、電脳暦世界でも現役で使われている対物狙撃銃M82『バーレット』。
使用弾薬12.7ミリ×99弾、装弾数10発、全長144センチ、重量13キロを誇るこの銃は、テロ等の特殊任務において敵を超長距離から障害物ごと狙撃することを目的とした代物だ。
「狙いは必ず頭か心臓。 弾丸は1発しか入ってないから、しっかりね!」
「はいっ!」
美雪のアドバイスと共に受け取ったバーレットの銃口を、標的の頭部に向けて壬姫はじっくりと狙いを定める。 そして腹にずしんと来る衝撃と、M82のマズルブレーキから激しく炎が噴き出し、周囲に砂煙が立ち込める。
「さすが壬姫さん! ど真ん中に命中だ!」
「(美琴の言うとおり、何時見ても凄いな。 “前の世界”で高高度から落下してくるHSSTもぶち抜くわけだぜ・・・!)」
美琴の歓声に言葉を武も標的を確認すると、眉間の部分に丸い孔が開いていた。 イメージ通りの狙撃が成功した事に驚く壬姫に、再度美雪が笑顔で話しかける。
「ねっ、簡単でしょ?」
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#7 変革
突然にして来訪した異世界“電脳暦”の人類、そして彼らが持つ兵器によるリヨンハイヴ殲滅の報は全世界を駆け巡った。 人々は来訪者が持つ力を敬い、恐れ、憧れ、感謝し、妬み。 彼らに対する興味の内容は人それぞれだったが、絶望に満ち溢れていたこの世界にとって、一筋の光となりうる存在だという共通の認識を抱いていた。
そしてこの世界を訪れた電脳暦の人類もまた、異世界という新たな新天地に心躍らせていた。 その世界で発達している文明や技術に触れ、電脳暦世界に新たな繁栄を手に入れる。 これを狙ってプラントは勿論の事、各国家や巨大企業は我先にと異世界進出への動きを活発化させていた。
そして、その橋頭堡に1番乗りした国連軍特務派遣部隊の面々の存在が、“この世界”の横浜基地に対し大きな変化を与えていた。
・ PM12:05 横浜基地 食堂
「不味い、ゲロ不味い。 いくら軍隊だからって、この味は無いだろ」
「贅沢言うな、俺達の居た世界とは全く違うんだから。 あんまりグチグチ言ってると、ほれ・・・」
昼食の合成鯖ミソ定食に対し、愚痴をこぼしながらそれを口へと運ぶ佑哉。 それに付き合う孝弘は、箸でカウンターの方を指す。 そこにはこの横浜基地食堂の長であり、(ある意味で)この基地最強の肝っ玉母さん、京塚志津江臨時曹長が鬼の形相とオーラを立て佑哉を睨んでいた。
BETAによる地球侵略により動植物が激減、このため人類は侵略による全滅より先に飢餓による滅亡を心配しなければならなくなり、そのための苦肉の策として編み出されたのが、今佑哉の食べている合成サバミソ定食を始めとする合成食料や培養野菜で作られた食事なのだ。
京塚の怒りをこれ以上買わないよう、佑哉は小声で孝弘に話しかける。
「そう言われてもよ、こりゃカンメシやパックメシ(自衛隊におけるレーションの通称)のほうがマシだぜ・・・」
「俺達の食いモンは全部、この世界で言う天然物で作られているからな。 後、ケイイチ君はそれを俺達の世界に持ち込む気らしいぞ。」
見てくれは悪くは無いし栄養価も有るのだが、肝心の味はというとそれを食べた佑哉の顔を見れば明らかだ。 実際、食料自給率100%を維持しているアメリカ出身の兵士たちは国連軍の合成食に不満を漏らしているという。
だが、この世界で何の変哲も無い技術を、夕呼は思いもよらない方法で活用したのだ。
『私達の世界で食べられている合成食の技術、アンタ達の世界で使ってみたらどう?』
『そうですね、味はともかくあの合成食は省資源で栄養価も有る。 僕らの世界で食料自給の低い国、そこで飢餓で困っている人々を救うにはもってこいの代物ですね。
それで、そのカードを対価に僕らに何を求める気ですか?』
『そうね~、とりあえずアンタたちの使っている人型兵器、バーチャロイドだっけ? アレに関わるデータと交換しましょうか』
その言葉を聞いて、ケイイチの眉間がピクリと動く。 難攻不落のBETA拠点であるハイヴを攻略した人型兵器、VRのデータを夕呼が欲しがるのは当然だろう。 そして本来なら断固断るべきはずのこの取引に対し、ケイイチは戦術機のデータを付け加えた上で承諾してしまったのだ。
「おいおい、仮にも俺たちのテクノロジーをあっさり渡しちゃって良いのか?」
「考えても見ろよ佑哉、VRの心臓部のVコンバーターは何から作られる?」
「・・・なるほど、そういう事か」
オーバーテクノロジーの結晶ともいうべき兵器であるVRを作り上げるには、その起源であるVクリスタルとそれに由来する技術が必要不可欠だ。 仮に存在したとしても月と火星はBETAが既に支配され、アース・クリスタルが存在する南米もこの世界の人類には調査を行えるほどの余裕はない。 それを踏んで夕呼の要求を呑んだケイイチに、孝弘と佑哉はある種の恐怖を覚えた。
VRそのものを作る事は出来ないとはいえ、夕呼達がBETA由来の技術を用いて、VRのそれに近いモノを作り上げる可能性も否定できない。 そんな議論が2人の間で細々と交わされる中、合成玉露を啜った佑哉が、再度愚痴をこぼしてくる。
「お茶すらも合成とは、この世界の連中がBETAに勝てない理由が分かる気がするな」
「まあラムネは本物らしいだから、それで我慢すればいいだろ。 それより神宮司軍曹が言っていた演習の話だが・・・」
「あぁ、香月博士に頼みを入れて白銀も参加するらしいな」
一通り佑哉が食べ終えた所で、孝弘は彼に先程まりもから聞かされた“統合戦闘技術演習”の事を話す。 国連軍において、一定以上のカリキュラムを受けた衛士候補の訓練生達が乗り越える最大の関門であり、内容は『戦術機から脱出し、徒歩で指定の脱出ポイントに到達』というものだと言う。
「白銀の話だと、207Bの面子は今回の演習に落ちたから、“前の世界”で出会った時も訓練生のままだと言っていたな」
「つまり、この演習で彼女たちを合格させれば。 白銀の行動力も広がるってことだな?」
鯖味噌をほぼ間食した佑哉の問いに、合成焼き鮭定職を半分ほど残したままの孝弘が頷く。 彼が演習に参加すれば、207訓練B分隊の合格率を飛躍的に高まるはずだ。 残りの合成味噌汁を飲み干し、食器を戻そうと席を立とうとする佑哉に、孝弘がにやけた顔で話しかける。
「皿洗い程度は覚悟しとけよ、それぐらいの暴言をこの食堂で口にしたんだからな」
「ぐっ・・・! わかったよ・・・」
やや緊張しながら、負のオーラが漂うカウンターへ向かう佑哉。 そして京塚のおばちゃんに怒鳴られながらいそいそと食器洗いをしている彼の姿を、昼食を取りに来た武達が目撃したのは言うまでもない。
・ 2001年 6月上旬 AM8:53 小笠原諸島 硫黄島
「上陸は成功、ここまで順調か・・・」
「白銀准尉、もたもたしていると、集合場所に遅れますよ」
「さ・・・さあ皆、急がないと軍曹のこわ~い顔を見る事になるぞ~!」
潜水艇から泳いで上陸し“前の世界”における演習との相違を確認している中、分隊長である千鶴がフラフラしている武に声をかける。 慌てて上官らしい態度で接する武だったが、半年ほど時期が早めであるにもかかわらず、“前の世界”の序盤とあまり違いが見られない事に安堵した。
「(コレまでの経験と、苗村さん達に富士の樹海で教わった陸戦技術があれば・・・行ける!)」
207Bメンバーを合格させるという自分のポジションが責任重大であることを感じつつ、武達はまりもの待つスタート地点へ向う。 そしてスタート地点にて待っていたまりもが、武ら207B分隊メンバーに演習の内容を話し始めた。
「戦闘中に戦術機を放棄せざるを得ない状況となり、そこから味方の勢力圏まで脱出するというのが今回の演習内容だ。 作戦期限は6日、それまでここに居る全員が無事に目標地点に辿り着ければ合格となる。 何か質問は?」
「苗村大尉が見当たりませんが、何かありましたか?」
演習内容も以前体験した物となんら変わり無いことに気付いた武は、先程から姿を見せていない孝弘の所在をまりもに尋ねる。
「大尉なら基地で別の任務に赴いているので、ここには来ていませんよ。 もしかして、寂しくなったのでは?」
「い、いや・・・ 任務なら仕方ないな、あはは・・・」
そう言って微笑むまりもに、武は多少引きつった顔で愛想笑いを浮かべる。 彼らがこの演習に参加していたとなれば、自分が経験した内容とかなり異なっていただろう。 邪魔な要素は一つでも少なくした方が良いと思っていた武は、再度心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「では、訓練生各位は白銀准尉の監督の元、合格目指して各自全力を尽して欲しい、以上!」
『了解!』
まりもの号令に復唱し、各々島の奥へ向けて出発する207メンバーの面々。 横浜に帰ったら何かしら面倒な事が待っているだろうなと武が思いながら、2回目となる彼の総戦技演習が始まった。
・ 6月某日 AM0:45 横浜基地 基地司令部
当直の人員を除いて、人気が薄まっている横浜基地の司令室。 そこで作業をしている女性オペレーターに、一人の男が声をかける。 男の名はパウル・ラダビノッド、この横浜基地の最高責任者兼司令官である。
突然の指令の来訪に、彼女を含め司令室にいる全員が驚く。
「君、悪いが席をはずしてくれるかな?」
「基地司令!? こんな時間に、一体どうされたのですか?」
「ちょっとした約束事があってな、他の者にも出て行ってくれるよう伝えてくれるか?」
上官の頼みを断る事も出来ず、下手に理由も聞けないので足早に司令室を去るオペレーター達。 そして一人残ったラダビノットの前にある管制モニターに、フィルノートのブリッジに居座っているシュバルツの姿が映し出される。
「始めまして、私は国連軍特務派遣部隊の指揮官を務めるシュバルツ・クーゲベルク准将であります。 突然かつ強引な来訪に、まずは謝罪させてもらいます」
「国連軍横浜基地指令、パウル・ラダビノット准将です。 副指令から話を聞き、未だに半信半疑のままですが、時空を越えて来訪してきたあなた方を歓迎いたします」
時と場合が違っていたら、歴史的な瞬間となるべき時間を、ラダビノットとシュバルツの2人は緊張した面持ちで挨拶を交わす。 電脳暦世界の技術、資源、そして戦力。 BETAとの戦いで全てを失おうとしているこの世界で、それらを欲しがらない者など存在しないだろう。
そしてその一端がこの横浜基地に集結しているとなれば、大国達はBETA殲滅より先にここを手中に収めようと躍起になって襲い掛かってくるはずだ。 それを一番気にかけているラダビノットは、今後の交渉方針をシュバルツに伝える。
「我々としても、あなた方との相互の技術提供を即座に行いたいものですが、そう簡単には行きません」
「と、言いますと?」
「あなた方の技術を狙って、他国がこの基地を襲撃しかねないからです。 これはあなた方フィルノートだけではなく、昨日甲12目標『リヨンハイヴ』を攻略したそちらの同胞にも同じ事が言えます」
「ふむ・・・ つまり現段階では積極的なコンタクトが出来ないと仰る訳ですな?」
力強く唸った後のシュバルツの言葉に、無言で頷くラダビノッド。 残された手段は、横浜基地へ送り込んだ孝弘達と、夕呼が目に付けている武を通じてやり取りをする以外に無い。
「様々な制約があるとはいえ、今後ともよい付き合いが出来ると期待していますよ。 ラダビノッド指令」
「ええ。 こちらからも、この世界の力になってくれると切に願います。 クーゲベルク艦長」
フィルノートとの特別回線が遮断され、フィルノートとの交信に成功したラダビノッドは、ここで自分の手が震えている事に気付く。
「( この私が恐怖していたとはな、慣れない事はするものではないか・・・)」
それから程無くして、統合演習に赴いた207訓練小隊はめでたく全員合格し、武たちは新たなステップへと進む事になる。
-その流れは劇的、かつ雄大に・・・-
第8話へ続く