・ 西暦2001年5月 AM6:31 日本帝国 国連軍横浜基地 B19フロア
「はぁ・・・ この基地に来て未だに進展無し、私もヤキが回ったわね・・・」
電脳暦ではない何処かの世界、薄暗い地下深くにある研究室、そこで一人の女性が宿題に詰まった子供のように愚痴をこぼす。 彼女の名は香月夕呼。 この国連軍横浜基地の副指令であり、同基地で進められている極秘計画『オルタネイティヴⅣ』の最高責任者でもある。
「(アラスカで実戦テストが行われる予定の新型武器も、所詮はお遊び程度だからねぇ・・・)」
そう思いながら、夕呼は机の上に置いてある温くなったコーヒーを啜る。約束の期限が迫る中、彼女に残された時間は余りに少ない。 そして、人類全体に残された時間も・・・
「ん・・・? おかしいわねぇ、故障かしら?」
そんな事を考えながら机に寝そべりながら、ふと夕呼は目の前にあるコンピューターのモニターの異変に気が付く。 そのモニターにはG弾が残した重力偏重を観測したデータが映し出されていたのだが、数値の急激な変化を見せた事に夕呼は衝動を抑えきれないまま自身の感想を声にした。
「いや、この反応は・・・まさか!?」
夕呼が見つけた時空の歪み。 それは電脳暦世界からやって来た艦隊が、この世界にやって来た瞬間を捉えた物であった。
・ 同時刻 地球軌道上
太陽の光に照らされて青く輝く地球、その後ろには無限の星の海が広大に広がっている。 その一角が突如として光に覆われ、円状に広がって行く。 そして一瞬の閃光の後、その光の穴から数隻の艦艇が現れる。 孝弘たちを乗せた艦隊が、電脳暦世界からやって来たのだ。
先鋒を務める国連軍所属の特装艦『フィルノート』のブリッジにて、ケイイチは旅行先に辿り着いた子供のように興奮する。
「CIS(電脳虚数空間)を抜けた! 苗村君、無事に通り抜けたよ!」
「無事も何もケイイチ君、あのゲートはプラントの連中とタングラムが開けてくれたんだろ?」
「あはは~、そういえばそうだったね・・・」
「はぁ・・・一応ケイイチ君は国連軍代表なんだから、しっかりしてくれよ?」
ため息混じりに忠告する孝弘に対し、興奮から覚めたケイイチは照れ笑いを浮かべて誤魔化す。国連本部からの通達がケイイチに届いて更に一週間、電脳暦世界の誰より先に“こちらの世界”の人類にファーストコンタクトを取る為、タングラムが生成したゲートを越えてこの世界へやって来たのだ。
慌ててブリッジに駆け込み、目の前に浮かぶ青き星を見た武が呟く。
「帰ってきたのか・・・」
「ああ、タングラムの選んだ通路が正しければ、俺達はお前が居た“前の世界”の西暦2001年5月前後に辿り着いているはずだ」
「5月だって!? 俺が飛ばされた時より5ヶ月前って事か」
「そしてシロガネ准尉、君の存在がこの世界にとっても、我々にとっても切り札という事を忘れないでほしい」
後ろから聞こえた声に武が反応し、振り返った先にはいかにも堅物な軍人という雰囲気を漂わせる男が艦長席に座っている。
「私がこのフィルノートの艦長、シュバルツ・クーゲベルクだ。 このような事態につき合わせて、すまないと思っている」
「いえ! こちらこそ准将殿を始め、異世界の皆さんが協力してくれる事に感謝いたします!」
「ふふふ。 そう言ってくれると、私も艦長としてやりがいがあるという物だ。 よろしく頼むぞ、異世界の旅人よ」
「はっ!」
敬礼する武に、先ほどの強面な表情とは一転、クーゲベルクは笑顔で静かに頷く。 異世界とのファーストコンタクト、そして武にとって2度目の戦いが始まろうとしていた。
2001年5月某日0646:軌道上で作業中の“箱舟”建造チームが所属不明の艦隊を発見。 2機の戦術機らしき機影が地球へ降下していくのを確認。
同日0659:落下予想地点は国連軍横浜基地と断定。 横浜基地にデフコン1発令。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう -
#5来訪
・ AM6:47 日本帝国 国連軍横浜基地 中央司令室
「指令、遅くなりました」
「おお、待っていたぞ香月副指令」
管制官やオペレーター達が忙しなく動き回る横浜基地の心臓部、基地指令であるパウル・ラダビノッドが声をかけた先に、息を切らしながら司令室に入る夕呼の姿があった。
「ピアティフ中尉、現在の状況は?」
「目標は大気圏を突入中、落下コースは依然として変化ありません」
「(ふぅん・・・ どうやらココに落ちてくる物体は、ただの隕石じゃないみたいね)」
専属オペレーターであるイリーナ・ピアティフの説明を受けた後、この横浜基地に落ちてくる物体の正体を、夕呼は必死で模索する。
老朽化した人工衛星の落下? あるいは地球外に存在するBETAが放った新たな巣“ハイヴ”のコア? それとも抵抗勢力による差し金か?
いや、どれも違う。 ほんの数秒に渡る思考の末、あらゆる可能性を浮かび上がらせた夕呼の脳が出した結論がこれだ。
じゃあアレは何だ? 大気圏を突破し、この基地に目掛けて真っ直ぐに落ちてくる2つの物体は?
「どちらにせよ指令、ここに落ちて被害が出る前にあれを迎撃する必要がありますわね」
「うむ、基地にデフコン1発令! 戦術機部隊は即時スクランブル、直ちに迎撃体勢に入れ!!」
ラダビノッドの号令の後、けたたましいサイレンが鳴り響き、司令室を含む基地全体が祭りの準備のように忙しくなる。 極東エリアの防衛を一手に担う横浜基地総出による出迎えの準備がされている事を、当の孝弘、ケイイチ、武の3人は知る由も無かった。
・ 同時刻 横浜基地上空
「さあ二人とも、もう直ぐ大気圏を抜けるよ!」
「耐えろ白銀ぇぇ! あと少しだぁぁ!」
「はいぃぃ・・・っ!」
大気圏を突破し、減速を続けるケイイチの乗るマイザーナブラ、そして孝弘と武が乗り込む叢雲が、大気と言う床に敷かれた雲の絨毯を物凄い勢いで突き抜けて行く。 いくら慣性制御が使えるからと言って、Vコンバーターの負荷軽減の為に多様は出来ない。
それに、来たばかりの“この世界”で何が待ち構えているか分からない、いかなる自体に対応するべく戦力を抑える必要がある。 高度と速度を確認したケイイチが、合図を出すべく腹の底から力を込めて声を出す。
「苗村君、白銀君! 後は・・・君達の仕事だ!」
「了解! 行くぞ白銀ぇ!!」
「はいっ!」
再突入ユニットとして役目を果たしていたマイザーナブラを離れ、排除された耐熱ユニット共に降下を始める孝弘と武。 各部のスラスターによる逆噴射を断続的に行い、更なる減速を続けながら、横浜基地へと降下する。
「建物が見えた! さあ、現地の人型兵器がお出迎えだ!」
「あれは、戦術機・・・!」
鼓膜を突き破らんとする孝弘の怒号に、武は基地からVRと同じ人型のシルエットをした機体がこちらに向かっている事に気付く。 それは彼が乗り親しんでいた機体である“戦術歩行戦闘機”略して戦術機と呼ばれる人型兵器だった。
迎撃に上がったF-4 ファントム4機が手にする36ミリライフルから、次々と劣化ウラン弾のシャワーを2人に向けて浴びせてくる。
「絡まれる前に、一気に基地に向うぞ!」
孝弘は自由落下に加えてブーストを噴射、最大加速で4機のF4達をすり抜け、数多くの対空火器が待ち構える横浜基地へ向かって滑り込む。
『な・・・何だあの速さは!? うわああっ!』
『ガルーダ4! HQへ、所属不明機(アンノウン)がそっちに行ったぞ!』
司令部への報告もつかの間、先頭を取っていた1機のF4がすれ違い様に頭部と武器を撃ち抜かれる。 僚機達がそのフォローを行う隙を突いて、孝弘は地上に群がる戦術機部隊に向ってライフルを向けながら、基地の正門前に着地する。
「うわあああっ! なんだこりゃああああっ!?」
「あんな緑色した戦術機、見たこと無いぞ!? 何がどうなってるんだああああっ!?」
着地点に居た門番2人が驚きの声を上げる中、孝弘は外部スピーカーをオンにして言い放った。
「香月博士は居るか? 居るなら彼女に地球を救う“切り札”を持って来たと伝えろ!」
「(一体どういうつもり!? 名指しで私を呼び付けるなんて・・・!)」
突如として現れた緑色の戦術機の言葉に、横浜基地は時間が止まったかのように静まり返る。
―軌道上に現れた所属不明の宇宙艦隊
―同時に横浜基地に降下してくる隕石らしき物体
―そして今、目の前に居る緑色のカラーリングが目を引く謎の機体
“要因”という名の糸切れが複雑に絡み合い、“確信”という1本に纏った糸が夕呼の中で紡がれる。 その糸が綻びる前に、夕呼はピアティフに指示を出す。
「ピアティフ中尉、急いで外部放送に繋いで」
「副指令、大丈夫なのかね?」
「奴の狙いは私です。 それに彼とコンタクトを取れば、彼が言った通り本当に『地球を救う“切り札”』が手に入るかもしれませんわ」
「背に腹は代えられんか・・・ 良いだろう、」
度量の大きいラダビノッドに礼を告げた後、夕呼は基地全てのスピーカーに繋がっているインカムに向って口を開いた。
『こちらは国連軍横浜基地副指令、香月夕呼よ。 聞こえていないとは言わせないわよ、緑色の戦術機のパイロット』
「(おっ、本人自らご登場とはね・・・)こちらは機動自衛隊所属、苗村孝弘三佐です」
互いに聞き慣れない言葉を耳にしつつも、会話を続ける孝弘と夕呼。 下手をすれば一触即発の状態の中、次の一手を決めたのは夕呼だった。
『それで本当なのかしら? 地球を救う“切り札”を持って来たって言うのは』
「本当ですよ。 ただしそれを持っているのは俺ではありません」
『はぁ? どういう意味よ』
「とりあえず、出迎えの連中を下げてくれませんか? 続きはそれからお話します」
夕呼の基地内放送によって撤収する戦術機や兵士達の姿を確認した後、ケイイチと武に交渉成功の報告を送る孝弘。 「とりあえず橋頭堡は確保」と、シートにもたれかかる孝弘は心の中でそう呟いた。
・ AM8:04 横浜基地 正門前
「・・・その話、本当なの?」
「本当ですよ 12月24日、それが夕呼先生に課せられた『オルタネイティヴⅣ計画』完成までの期限です」
孝弘と地上へ合流したケイイチ、そして“前の世界”で武を拘束した門番2人が見守る中、武は正面ゲートまで赴いた夕呼に、“前の世界”で体験してきた全てを語る。 自分らが原因である先の騒動も、『戦術機による奇襲におけるスクランブル訓練』であると彼女がラダビノットに説明した事で事態の収拾を図った。
だが今は武の証言以上に、夕呼は彼の連れである2人が持ってきた土産に興味を引いていた。
「はぁ・・・あたしは教え子を持った記憶は無いんだけどね。 ケイイチ・サギサワ、それに苗村孝弘だっけ? あんた達が持ってきたこのデータ、何時何処で手に入れたの?」
半信半疑で武から手渡されたディスクをぴろぴろと仰ぐ夕呼に、ケイイチは自分達の世界で起こったある事件について話し出す。
「僕らの世界における丁度2週間前の事です、火星のエリシウム平原に“この世界”に多数存在している化け物どもの巣が突如出現しました。 そのデータは、占領後の巣からプラント技術陣が収集した物です」
「へぇ~、BETAがあんた達の世界にも現れたって言うの?」
「BETA、それがこいつらの名前ですか・・・」
「そうよ。 現在も人類・・・いや、地球そのものを貪り尽くそうとしているわ」
そして夕呼は、孝弘とケイイチの二人に“この世界”の歴史について語り始めた。
西暦1944年、大日本帝国 連合国に対し降服。 第二次世界大戦は終結し、広島・長崎にも原爆が投下される事は無かった。 この出来事は孝弘達のいる電脳暦以前の時代や、武が居た“元の世界”の歴史と比べて一番大きな相違点だ。 そしてこの後、人類最大最悪の出会いが始まる・・・
1958年、探査機を送り込んだ火星にて生物らしき影を撮影。 更に翌年には月に建設中の高級月面基地『プラトー1』が火星で確認された物と同じ地球外生命体と遭遇、戦闘に入る。 これが後に“サクロボスコ事件”と呼ばれる、人類と地球外生命体との戦争の始まりだった。 この事件の後、それらは“人類に敵対的な地球外起源生命体”の略称である“BETA”と呼ばれるようになる。
1973年、中国のウイグル自治区の町カシュガルに、BETAの拠点ユニットである『ハイヴ』が落着。 以降、そこから湧き出すように拡散したBETAは中ソ連合軍による核攻撃を物ともせずにユーラシア大陸に拡散、その侵略エリアを急速に広げて行く。
1998年、BETAの圧倒的物量を前に後手後手の対応しか出来ない人類側は、対に日本上陸を許してしまう。 僅か一週間足らずという驚異的なスピードで、帝国の首都である京都を含む近畿地方まで侵攻し、日本人口の1/3を飲み込んだ。 そして、この時点における世界人口は10億程度に激減している。
1999年、BETAの魔の手が遷都先の東京まで及ぼうとしていた矢先、帝国と米軍を中心とした国連軍が本州奪還作戦である『明星作戦』を決行。 建設途中であった『横浜ハイヴ』に対し米軍が開発し特殊爆弾であるG弾を投下し、からくも勝利を収める事が出来たのだった。
「とまあ、大雑把に話すとこんな感じかしら? メガネ君以外の2人は、情報の量に頭が混乱しているみたいだけどね」
「ええ、おおよそ検討は着きました。 後、メガネは余計です」
概要を話し終えた夕呼の言葉に対し、トレードマークであるメガネのズレを直しながらケイイチが頷く。 その後ろでは武と孝弘の2人が、頭から湯気を立ててうなり続けていた。
足組みを変えながら、夕呼はケイイチ達にこの世界に来た目的を問う。
「で、あんた達がこの世界に来た理由は何? まさかそこの白銀を連れてくる為だけにここに来た訳じゃないでしょう?」
「確かに白銀君を連れてくる為というのは当たっています。 ですが香月博士、それは目的の内の2割にも入りません」
「じゃあ、何だって言うのよ?」
夕呼の鋭い視線が注がれる中、メガネから鋭い光を放ちながらケイイチは答える。
「僕らの目的は『異世界を越えた侵略に対する対応策の構築』、そして『白銀君が並行世界を渡る事になった理由の調査』です。 その為にはこの世界で“平行世界”の概念を理解している、香月博士の協力が必要不可欠。 ですから、我々もあなたに最大限のサポートをするつもりです」
「ふ~ん、私達の代わりにBETAを殲滅させてくれるとでも? アンタたちの世界(トコロ)は知らないけれど、この世界の国連はタダの一枚岩の組織じゃないわよ」
「それは承知の上です、そして『我々と香月博士の活動を妨害する全ての存在』に対しても、同様の対応を取らせていただきます」
そう夕呼に告げたケイイチは懐に忍ばせていた通信機を取り出し、送信ボタンを押す。 無論、夕呼はそれを見逃すはずが無く、鋭い眼光でケイイチを睨みながら、ケイイチにそれを問う。
「あんた、今何をしたの?」
「宇宙(うえ)で待機している仲間への合図ですよ。 ここは博士に1つ、貸しでも作ろうかと思います」
「貸しって・・・まさかアンタ達!?」
自信に満ち溢れたケイイチの言葉と、彼らがこれから何をするか瞬間的に悟る夕呼。 “前の世界”でも見せた事が無い夕呼の驚き様に、武は思わず息を呑む。
「そのまさかですよ博士。 手始めに、我々の手でハイヴの1つを制圧して見せましょう」
そう告げた後、彼女に負けず劣らずの不敵な笑みを見せるケイイチ。 そして、夕呼がピアティフ中尉からの緊急報告を聞かされることになるのは、その直後の事だった。
2001年5月某日0815時:軌道上の移民船建造チームが、更なる大規模な艦隊を確認。
0836時:未確認艦隊、地球へ降下。 予想地点はフランス、リヨンと推定。
0908時:フランス、リヨン近郊に降下した未確認艦隊、降下と同時にまた未確認の人型兵器を排出。 同地点に存在する甲12号目標『リヨンハイヴ』に向けて進撃を開始。
―そして、異星の怪物に蝕まれる異界の地球に、鋼の電脳騎兵が舞い降りる・・・―
第6話に続く・・・