・ 2001年12月13日 早朝 日本帝国 国連軍横浜基地 香月ラボ
「次の目標は、オリジナルハイヴ!?」
「副司令、本気でそう考えているのですか?」
「本気じゃなきゃアタシが言うはずないでしょう? まあ、どうせ後で伊隅達にも話すつもりだしね」
冥夜と菫が戻って3日、激戦の疲労が取れぬ間も無く突然夕呼に呼ばれた二人は、彼女の口から語られた言葉に二人は己が耳を疑う。 エヴェンスクハイヴの攻略成功に沸き立つ今のタイミングで、敵の本陣を一気に潰そうと言う夕呼の言い分に、流石の二人も正気を疑ってしまったのだ。
だがそう語る夕呼の顔に偽りであるという面持ちはサラサラ無く、自分達が戦っている間に行われたと言う実験で、喀什のそれを早急に潰さなくてはならない理由が分かってしまった故に、夕呼達は作戦を立案したのだろう。 明らかになったBETAのハイヴ間ネットワークの概要を、夕呼は二人に説明する。
「要するにBETAは、あるハイヴが手に入れた情報をオリジナルハイヴへ一旦送り、それらを総括した情報をオリジナルハイヴから全てのハイヴへと送信する方式・・・所謂”箒型構造”である事が、此間の作戦中にやった実験で分かったの」
「つまりオリジナルハイヴを潰せば、世界中にあるハイヴが情報網から孤立するって事ですね」
「そうね。 これ以上まどろっこしい戦いを続けて、アタシ達人類側の情報を逐次漏らすわけにはいかないわ」
度重なる間引き戦やハイヴを得て、BETA側の対処もより顕著になっている。 ただでさえ多い物量の増大や、母艦級による増援がその良い例だろう。 もし何らかのミスで人類側が戦闘に敗北すれば、オリジナルハイヴを通じて世界中のハイヴへと伝わり、電脳暦世界の戦力でも太刀打ちできないレベルになるのは明白だ。 それに、この世界の国々、そして電脳暦世界の人々に生まれた確執や軋轢が足かせとなり、まとめて彼らやBETAに滅ぼされると言う事態になりかねない。
そうなる前に人類側の全ての戦力を持って、オリジナルハイヴという地球上におけるハイヴ間ネットワークを破壊する。 それが夕呼の思い描くシナリオだった。
そして、それらを早めなければならない理由がもう一つあると夕呼が話した時、それに気付いた菫がその答えを言う。
「・・・白銀君ね?」
「そうよ。 アイツはもう、そう長くこの世界には居られないわ」
人類を勝利に導く切り札の一つにして、世界を纏め上げるにたりうる英雄である武。 彼がこの世界に別れを告げる時が、一刻と近づいているのだった。
・ 2001年12月13日:国連、オリジナルハイヴ攻略作戦を承認。 作戦決行は12月下旬を予定し、同日以降は間引き戦以外の大規模な戦闘は極力避けるようにとの通達が全部隊へ出される。
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#42 運命
・ 2001年12月14日 AM10:57 横浜基地 シミュレーター室
「B小隊各機、このままでは押し切られるぞ!」
「グズグズしてると、凄乃皇に置いて行かれるわよ。 蹴散らしなさい!!」
仮想空間に形作られたハイヴの坑道を、みちる達ヴァルキリーズの面々が純夏が操る凄乃皇五型を導き進撃して行く。 シミュレーター戦にあたって、みちる達の乗機はユウヤの弐型を原型に改良を重ねた”不知火参型”に設定され、207組もフィードバック改修を受けた晴嵐の設定で望んでいる。 電脳暦技術との混血機ならではの戦闘力、そしてそれらを扱う衛士のテクニックによって、従来とは次元が違う戦いを繰り広げていた。
先頭を進む武が、新たなる敵集団の接近を伝える。
「ブレイブ1よりヴァルキリー1へ! BETAの新手が接近中!」
「ブレイブ1は下がって合流! 凄乃皇と連携して殲滅するぞ!」
「了解っ!」
淡く光るハイヴの内壁をえぐりながら旋回し、武のカイゼルがみちる達の元へと急ぐ。 武の視界には各々の得物を構えるヴァルキリーズの機体、そして前腕部の収束荷電粒子砲を前ならえの姿勢でチャージを始めている凄乃皇五型の姿が映っていた。
突撃級の姿が望遠ではっきり見える距離に達した瞬間、何時にもまして力強いみちるの号令が下る。
「攻撃開始!!」
凄乃皇の砲撃を合図に、カイゼルのスマートガン、不知火参型や晴嵐の携行型電磁投射砲、壬姫の晴嵐が装備する携行型レーザーライフルから閃光が迸り、前方から迫り来るBETAに向けて砲弾と光芒が殺到する。 過剰とも思える攻撃の前に突撃級の装甲殻も飴細工のように溶けて砕け散り、小型種は原型を留めず焼き払われるか衝撃波で四散して行く。
襲来してきたBETAの8割を減らした所で、みちるが指示を飛ばす。
「よし、フォーメーションを維持したまま前進! 鑑、撃つ時はちゃんとコールするのを忘れるなよ?」
「了解っ!」
再びカイゼルが前衛と共に前に躍り出て、その後ろを残存BETAを相当しながらみちる達が凄乃皇を引き連れて前進する。 初回のオリジナルハイヴ攻略のシミュレーター戦は、ほぼ無傷を保ったまま成功と言う形で終了した。
・ PM12:07 横浜基地 PX
「よしっ! 最初の訓練は大成功だったな」
「私達ヴァルキリーズはもう怖い物無しだね!」
昼時になり、基地の将兵で賑わうPX。 そこに上場の結果に終わったハイヴ突入訓練の結果に、武と純夏、そしてヴァルキリーズの皆が昼食を楽しんでいた。 無敵の性能を見せ付ける凄乃皇五型、そしてそれを守護するヴァルキリーズの連携。 純夏の言うとおり、最早今のヴァルキリーズの前に敵は居ないのかもしれない。
そう誰もが思ったその時、配膳トレーを携えたみちるが声をかける。
「そうとは限らんぞ鑑。 今回のシミュレーター訓練は擬装横坑や、母艦級の増援と言った状況設定が反映されていない。 それに今のヴァルキリーズはどれ一つ欠けても、互いに不利になる条件になる脆弱さを持っている」
「純夏の凄乃皇に、俺のカイゼル。 そして皆の一つが欠けてもか・・・」
そう呟いた武がふとテーブルの方を見ると、皆が笑顔で返事をしてくれた。 凄乃皇は確かに強力だが、ラザフォードフィールドによる防御は動力源とそれを操る純夏に多大な負荷を掛けてしまう。 もし消耗の末に凄乃皇がハイヴ内で行動不能になってしまえば、皆まとめてBETAに屠られる結末が待っているだろう。 カイゼルも戦術機としては破格の性能を誇るが、単機で無数のBETAを相手にするのは些か無謀すぎる。
凄乃皇を中心としたフォーメーションを組み、カイゼルによる遊撃行動で突破口を作り前進する。 それがみちるが思い描くヴァルキリーズの姿。 さらに冥夜の武御刀が加われば、武の負担が減らせると考えているのだ。 机に置いた配膳に手をつけようとみちるが箸を伸ばしたその時、配膳トレーを携えた菫と冥夜が訪れる。
「ずいぶん賑やかですね伊隅大尉。 ところで空いてる席、まだ残ってますか?」
「ああ、少しつめれば確保できそうだ。 榊、何処か空いてる椅子を持って来てくれないか?」
「はいっ!」
みちるの命に千鶴が即座に座席の確保に向かい、『ボクも行くよ!』と美琴も彼女の後を追う。 同時に皆が菫と冥夜が座れる程度のスペースを作り、それを見た菫がヴァルキリーズの連携振りに舌を打つ。 そして座席を持ってきた千鶴と美琴に礼を告げ、二人はようやく食事にありつける事となった。
定番メニューである合成鯖味噌を口へ運びながら、菫が会話に参加する。
「凄いですね、大尉の一言で皆が機敏に動くなんて」
「これも日頃の訓練の賜物って奴だよ。 そういう霜月少尉は、部下の扱いに困った経験があるようだが?」
「ええ。 向こうの世界で待っている仲間の指揮に手を焼いたことがありまして・・・」
「少尉のようなキレ者ばかりかと思ったが、お互い苦労するな」
菫の話を聞いたみちるが、彼女の奮闘振りを想像して思わず笑みがこぼれる。 難癖のある上司と同僚が居ると聞いて、昔の自分を重ねたのだろう。 だがそのような者達であっても、背中を預けて戦い続ければ愛着や仲間意識が出来ていくのは何処の世界も同じ。
それを知って安心したみちるは、菫に手を差し伸べながらこう告げる。
「この戦い、必ず成功させるぞ!」
「はい! 私達も可能な限り協力させてもらいます!」
これから始まる最大の戦いを前に、揺るがぬ誓いと共にみちるの手を握る菫。 武を笑って元の世界に返すため、菫の最後の戦いが始まった。
・ 2001年12月14日:横浜基地、オリジナルハイヴ攻略に向けて国連に戦力の抽出を要請。 電脳暦世界の協力もあって、かなりの戦力が用意出来ると予想。
・12月16日:米国、人工島『アトランティス』で生産されるメガドライヴの原料に用いられるG元素を、G弾の一部を解体することで提供。 生産されたメガドライヴは世界各国の戦術機に均等に分配される予定。
・12月18日:ヴァルキリーズ、不知火参型、晴嵐改乙型への改修完了。 米国、FB-22”ストライク・ラプター”実戦配備開始。 アルフレッド・ウォーケン少佐率いる部隊が同機及び無人型F-15、UAF-15”グレイ・イーグル”の運用を開始。
・ 2001年12月20日 PM10:05 横浜基地 90番格納庫
「遂に完成したね、凄乃皇五型・・・」
「ああ。 人類の英知が詰まった、俺達の希望だ・・・」
改装を終え、遂に現実の物となった凄乃皇五型の姿に、武と純夏はその威容に息を呑む。 オリジナルハイヴを含む全てのハイヴへの単機突入、単機攻略を可能とする人類の最終兵器。 全身に装備された過剰とも思える凶悪な武装が、その肩書きを確かな物にしている。
着々と進む作戦準備だが、唯一人それを喜べない者がいた。 最初の呟きから一切声を発していない武に、純夏が尋ねる。
「どうしたのタケルちゃん? 浮かない顔しちゃって」
「ん? ああ・・・ もうすぐこの世界を・・・皆と別れるんだなって思うと、ちょっと寂しくなってな」
「そうだね、夕呼先生達も言ってるし・・・」
そう遠くない未来、この世界と同等の平行世界の残滓で構築された今の武はこの世界から消滅する。 それが夕呼とケイイチが下した結論であり、純夏が知りうる残酷な結末。 そして良からぬ動揺を皆に与えない為、この事を知っているのは夕呼以外にみちると冥夜、そして菫くらいである。
この合間見えた二つの世界にとって、武の存在はイレギュラー以外に他ならない。 それが本来あるべき因果に戻り、平行世界の安定を取り戻すのならやむを得ないと、武は自らの運命を受け入れていた。
だが・・・冥夜を初め、この世界で知り合った全ての人々と別れてしまうのは、やはり寂しいなと武は語る。
「俺の存在が消えて、それを覚えてくれている人がいるとも限らない。 俺が”存在した”という事も、無かったことになるだろうからな」
「タケルちゃん・・・」
「分かってるけどさ、分かってるけど・・・!」
純夏を助けるため、この世界を救うために多くの仲間と共に戦って来たが、結局は一人になってしまう。 武の心は皆に忘れ去られてしまうかもしれない恐怖と不安、そして悲しみに潰されそうになっていた。 爪が喰い込み、血が滲まんばかりに強く握られた彼の拳を、純夏の手が優しく包み込む。
「大丈夫、タケルちゃんが居なくなっても、私はタケルちゃんを絶対に忘れない・・・!」
「純夏っ・・・!」
あの時とは逆の形で、堰が切れた武が純夏の胸元で嗚咽を漏らす。 互いの存在を確かめ合うように、二人は互いの身体を強く抱きしめ続けていた。
・ 2001年12月20日:オリジナルハイヴ攻略作戦『オペレーション・レイフォース』は12月24日に決行予定。
同日:フィルノート、横浜基地よりインドネシアを経由して移動開始。 インド洋に展開する国連軍艦隊と合流予定。
・ 2001年12月23日 PM4:38 横浜基地 90番ハンガー
「いよいよだね、オリジナルハイヴ攻略戦」
「ああ。 俺達は遂に、ここまで来たんだな・・・」
完成した凄乃皇五型を前に集う、戦乙女の称号を関した衛士達。 作戦前のブリーフィングを待つ武と純夏が漏らした言葉に、集結しているヴァルキリーズ全員が頷く。
あらゆる状況を想定したシミュレーターによる突入訓練は数え切れないほど行った。 そして最後に必要となる、想定外の事にうろたえない度胸と勇気も兼ね揃え、今のヴァルキリーズには文字通り最強の部隊となっていた。
そしてその最強の部隊を纏め上げるみちると、オルタネイティヴⅣ計画最高責任者である夕呼が、ブリーフィングを行うために武達の前に立つ。
「全員揃ったな? 早速作戦前最後のブリーフィングを行うが、その前に貴様らに告げたいことがある」
意味深なみちるの発言に、その場に居合わせた全員が息を呑む。
「万全の準備を整えているとはいえ、オリジナルハイヴを直接攻略する本作戦は生還の可能性は100%保障出来ない。 この作戦に参加する事に怖気付いた者は、直ちにこのハンガーを去れ!」
人類の命運を担う作戦に、心に迷いや揺らぎを持つ者を参加させる訳には行かない。 だがオルタネイティヴ計画直属と言う名目上、彼女達に選択権などある訳が無い。
彼女達の覚悟と気迫を確認したみちるは、改めてブリーフィングを始めた。
「今回の目標はもう知っての通りだが、喀什にあるオリジナルハイヴ。 その最深部に位置する反応炉”あ号標的”の完全破壊にある」
夕呼の解説を交えたみちるの説明を借りるなら、作戦概要は次のような手筈となっていた。
作戦の第1段階、ユーラシアの最外縁部に存在する全てのハイヴに攻撃を開始。 ただしこのハイヴへの攻撃はあくまで陽動であり、効くかどうかは分からないがBETAの情報ネットワークをパンク状態にさせる目的もあると夕呼が補足を加えた。
ある程度のBETA増援を確認したところで、作戦は第2段階へ移行。 第1段階の時点で武達は衛星軌道上で待機し、米軍を中心に構成された降下部隊が武達より先にハイヴへ降下。 突入口を確保した後、G元素生成プラントである”い号目標”へ目指して突入する。
この世界の軍事バランスを大きく傾けるG弾やメガドライヴの原料となるG元素、それが大量確保できる機会が巡って来たとなれば、現行最大戦力を誇る米国が断らない理由は無いだろう。
「後はアンタ達が降下突入して、あ号標的を撃破すればめでたく作戦完了。 以上が『オペレーション・レイフォース』の概要よ」
後戻りの出来ない、人類最大の作戦。 もしこの作戦に失敗したら、それはオルタネイティヴⅣの失敗を意味し、オルタネイティヴⅤへの移行を意味する。 最悪の事態を予想し不安に思う武の予想通りの事を、夕呼は蛇足として口にした。
「あ~そうそう。 もしアンタ達が失敗した場合、G弾の集中投入による作戦に変更されるわ」
とても軽口ではいえないような事実を語る夕呼に、ヴァルキリーズの誰もが息を呑む。 爆心地を中心に広範囲に重力異常を起こすG弾。 それをユーラシア全域で大量に使用するとなれば、地球環境にどれほどの悪影響を及ぼすか見当がつかない。 更に夕呼は、それも唯の茶番に過ぎないと言う情報を武達に伝える。
「これはサギサワ大尉の書き置きからの情報だけどね、G弾は重力異常だけではなく、”この世界”と接する平行世界にも影響を与えることが分かったのよ。 そしてこの世界と電脳暦の世界は、白銀が来た事により思った以上に隣接しすぎている」
「じゃあ、その状態でG弾を大量に使ってしまったら?」
「最悪、この世界の事象が伝播し、電脳暦世界もBETAの脅威にさらされることになるわね」
白銀が電脳暦世界に現れたと同時に、火星に出現したBETAのハイヴ。 BETAが存在しないこの世界において、それはタングラムが事象を書き換えない限りはイレギュラー極まりない事態だ。 そして原因を突き止めていく内に、G弾には隣接する平行世界の事象にも影響を与えるということが判明したのだ。
重力異常だけではないG弾の副作用に、夕呼の前に居る誰もが驚愕する。 そして夕呼は、ケイイチの書き置きから知らされた衝撃の事実を、顔色一つ変えず話し始めた。
「当然、電脳暦世界の連中は見過ごすわけにはいかない。 だからオルタネイティヴⅤ派がG弾を使用する前、アンタ達が作戦に失敗したと分かった時点で、米国を初めとする全ての国に対し宣戦布告を行うそうよ」
「全世界に宣戦布告するって、それじゃあまるで・・・!」
「そう。 アンタ達が失敗すれば、奴らがこの世界を支配してくるって事。 さながら”国家解体戦争”って言えばいいのかしら?」
G弾の使用阻止を名目に、プラントを中心とした戦力が米国に対し総攻撃を仕掛ける。 そのような事態が発生すれば、G弾の矛先はBETAだけに留まらない。 二つの世界に蓄積された軋轢が一気に決壊し、世界中を巻き込んで血で血を洗う大戦争へと発展して行くだろう。
そして技術力の差による絶対的戦力差により、勝敗の結果は誰もが予想する通り。 この世界はBETAに代わり、新たな市場に飢えた電脳暦世界の企業による絶対的な支配下に置かれてしまう。 神話や伝承で語られる、全てを紅蓮の炎で焼き尽くす最終戦争が、いまや現実の物となっているのだ。
だがそうした話題を軽口交じりで話す夕呼を見て、自分達が絶対成功させてくれると彼女が信じている事に武達は気付いた。
「だからアンタ達はこの作戦を絶対成功させて、アタシの元に帰って来なさい!」
『了解っ!!』
夕呼の激励に、敬礼と復唱を持って答える武達。 そして作戦前の身辺整理の為、皆はハンガーを後にした。
・ PM6:39 横浜基地 PX
夕食前の時間帯だというのに、人っ子一人居ないPX。 申し訳程度の照明が当たる座席に、武が一人座っていた。
基地の将兵は後方待機に掛かる準備の為に夕食どころではなく、その影響なのか京塚のおばちゃんも姿が見当たらない。 もっともおばちゃんは正式な職員ではないので、不測の事態に備えて帝都の方へと一時退避しているのかもしれない。
それに営業時間外であっても、簡単な軽食や飲料は備え付けられた自動販売機で用意することが出来る。 身辺整理を一足先に済ませ、作戦前の静寂を満喫していたその時、聞き覚えのある声が武の耳に届く。
「出撃前の整理はもう済ませたのか? さすが、人類最強の衛士と言ったところだな」
「神宮司少佐、それに月詠中尉まで!?」
「久しぶりだな、白銀中尉」
突然のまりもと真那の来訪に、武は驚きを隠せない。 今までの多忙さからまりもとは余り顔を合わせていなかったし、真那とは銑鉄作戦以来の再開だった。 しかし何故、二人が一緒に居るのだろうか。
そう武が疑問に思っていると、まりもの隣にいる真那がその理由を話してくれた。
「実は香月副司令に頼まれて、前からメガドライヴ搭載機の顧問として帝国軍に顔を出しているんだ」
「夕呼先生の頼みで? それで姿を見かけなかったのか」
「だがそのお陰で、帝国軍のメガドライヴ搭載機を操る衛士達の腕は格段に向上しているのだ。 少佐を責めないでやってくれ」
大西洋上の人工島『アトランティス』で生産されたメガドライヴは世界各国に供給され、帝国軍も例外ではなかった。 だがメガドライヴを搭載した戦術機は、OSによるサポートを受けているとはいえ操縦性が通常機のそれ以上にピーキーな代物となり、このままは実戦で性能を発揮することが出来ないと、国防省は頭を抱えていた。
そこで白羽の矢が立ったのが、かつて帝国軍に在籍した過去を持ち、現在は国連軍横浜基地でメガドライヴ搭載機”銀鶏”の衛士を勤めるまりもだったのだ。 この帝国側の要望に対し夕呼も彼らに利子付きで貸しを作るべく承諾。 まりもは愛機である銀鶏と共に帝都へと向かったのだ。
そこでの出来事を、まりもは笑みを浮かべながら語り始める。
「今はメガドライヴを搭載した不知火を運用している、ウォードック隊の4人の衛士を養成しているわ。 衛士になって日は浅いけど、あの時の207小隊の様に飲み込みが早いわね」
例え自分が居なくなっても、いつか自分を越える衛士が現れて必ずや地球上のBETAを駆逐してくれる。 その衛士になるかもしれない者達をまりもが育てているかも知れないのだ。 話を聞いている内に笑顔を浮かべていた武に、まりもが彼女なりの命令を彼に下す。
「だから白銀、必ず生還して私の教え子に会いに来い!」
「了解!」
まりもと真那に敬礼を返した後、皆の元へと向かうべく席を後にする武。 戦士の風格が漂うようになった後姿を、二人は最後まで見届けていた。
・ 2001年12月24日未明:オリジナルハイヴ攻略作戦『オペレーション・レイフォース』開始 作戦開始と同時に、ユーラシア最外縁部にあるハイヴへの陽動攻撃を開始。 電脳暦世界からの救援部隊として、アイデルスター級強襲母艦”ブレイジングスター”と”パルスター”が衛星軌道上に到着。
同時刻: 企業・プラント連、オルタネイティヴⅤ発動阻止作戦『オペレーション・スローターアワー』実行部隊が衛星軌道上に集結。 『オペレーション・レイフォース』失敗と同時に、各国中枢部を攻撃予定。