・ 2001年12月7日 AM10:37 ソビエト連邦領内 エヴェンスクハイヴ勢力圏内
『無人戦術機部隊、BETA前衛と接触。 ALコロイド弾、一斉射準備完了』
『同時にロシア連邦軍VR隊、支援砲撃を開始。 ソ連軍も同伴して初期攻撃の準備中です』
遠方に広がる戦いの炎を眺め、HQオペレーターの報告を聞きながら、冥夜は武御刀の管制ユニット内で深く
息を吐く。 ”オペレーション・ボーダーブレイク”と名付けられたエヴェンスクハイヴ攻略作戦の発案から決行まで、僅か4日。 事を起こす案を出すだけでも大事なハイヴ攻略戦を短期間の準備で行おうとしていることに、タリサから話を聞いた当初の冥夜は幻聴だと思っていた。
だが実際は遠方で繰り広げられる無人機部隊の奮戦を眺めながら、こうして出撃の時を待っている。 この異質かつ異様な状況が成立しているのは、やはり電脳暦世界の支援があったからに他ならない。 ユーコン基地から抽出された部隊は各々が開発した新型武装を携え、ソ連軍は電脳暦世界から来訪したロシア連邦軍と共同で、祖国の領土奪還の一歩を踏みしめようと血気盛んな勢いで作戦に望んでいる。
国連との共同作戦とはいえ、米国と並ぶプライドの高さに定評のあるソ連が異世界の助けを借りるとは、余程BETAに追い込まれ疲弊しているというのだろうか。 それとも彼らに自国領土に点在するハイヴ制圧を行わせ、そこに眠るG元素を独占することで米国と同様に世界の覇権を握るつもりなのだろうか。 あるいは菫が言っていた様に彼らに協力している異世界の国、つまりロシアがソビエトを吸収してしまうかもしれない。
要らぬ推測を立てて作戦に集中していなかった自分を恥じていると、隣のテムジンに乗っている菫から声が掛かる。
「佐渡島以来の実戦ね、緊張してない?」
「大丈夫です。 後催眠暗示処置も済ませてきましたし、何より・・・」
「『横浜で待っている皆の元へ、必ず生きて帰ってみせる』でしょ? 顔に出てるわよ」
自分が思っていた事を菫に言われ、冥夜はふっと笑みを浮かべる。 先の模擬戦で互いの絆を深め合った二人が、この作戦における要である事は言うまでも無い。 戦術機とVR、互いが互いを模した2機の共闘によりBETAを蹴散らしハイヴを落とす。 それを世界に見せ付けることで、互いの世界に生まれた軋轢や境界を破壊する。 横浜基地が決めたというこの作戦名には、そうした意味が密かに込められているのではないか、冥夜と菫は思っていた。
無人戦術機による先制攻撃が行われた後、ソ連軍戦術機部隊とロシア軍VR部隊による浸透作戦が開始される。 ライデン系で構成されたロシア軍部隊が次々にBETAを焼き払い、近接戦闘に優れたソ連軍のミグシリーズが押し寄せる小型種を切り刻む。
「なんていうか、異世界の連中でも変わらないところってあるんだな・・・」
「ああ。 お前らしくないセリフだが、まったく同意見だぜ・・・」
その苛烈なロシア軍の戦いぶりを見て、タリサの呟きにヴァレリオが同意する。 戦車級以下の小型種は火器を使うまでも無くVRのダッシュで轢き潰し、例え至近距離であってもバズーカやレーザーを躊躇無く撃ち、要塞級に至っては集中砲火で原形を留めないほどに破壊するのである。 重戦闘を売りにしているライデンの系譜だがまさかこのような運用をされるとは、今は亡き第5プラントの技術者達は思っても見なかっただろう。
そしてまた1機のライデン512Aが、飛び掛ってきた戦車級を掴んだかと思うと、そのまま握り潰した。 噴出した体液が鉄黒色の機体に付着し、更に地面へと投げ捨てた残骸をまるで煙草を踏み消すように、近くを通る兵士級や闘士級ごと踏み潰す。 あまりのエグさに、それを目撃したソ連衛士すら『恐ろしい奴らだ』と漏らしたほどである。
やがて光線級のレーザー照射が確認され、支援砲撃と共に放たれたALコロイド弾から散布されたナノマシンの霧が戦場を包む中、後方でアルゴス小隊を指揮するイブラヒムから通信が入る。
「お膳立てはカムチャッカのときと同じくソ連軍が行ってくれる。 我々アルゴス小隊は霜月少尉と御剣少尉を軸に展開し、他のユーコン基地の部隊と共にハイヴへ進撃する。 アルゴス小隊各員は、最後まで二人をエスコートし、全員帰還せよ」
『了解!』
イブラヒムの指示が終わると、ユウヤ、タリサ、ヴァレリオ、ステラの四人が力強く復唱する。 ユウヤを除いた3人はBETAとの激戦に明け暮れ、このユーコンに生きて流れ着いた経緯を持つ。 そしてユウヤもカムチャッカでの死闘を切り抜け、尚もBETAと戦える素質を持っている。 そして、この戦いの主役は他ならぬ自分達だ、今更何を遠慮する必要がある。 作戦の直前にケイイチから託された新装備のステータスを眺めながら、菫が操縦桿を握り締めたその時、HQから新たな指示が下る。
『初期攻撃終了、ユーコンの各部隊はハイヴへ進撃を開始せよ。 繰り返す、全部隊は進撃を開始せよ』
「アルゴス1より各機、フォーメーション”キングス・マインド”で前進!」
ユウヤの指示と仲間達の復唱と共に、6機の巨人が曇天の空を舞った。
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#41 境壊
・ AM10:53 国連軍横浜基地 中央司令室
「御剣少尉、霜月少尉、アルゴス小隊の護衛の下目標へ進行中。 全軍の消耗率は3%以下です」
「分かったわ、引き続き監視と報告をお願い」
作戦の様子を報告するピアティフに返答しながら、夕呼は指令室のメインモニターに映るテムジン『霧積』と武御刀の姿を見守る。 現地のソ連軍とユーコン基地を巻き込んだ、エヴェンスクハイヴ攻略作戦。 これまでに開発された新型機や新武装の実戦テストを兼ねた、佐渡島以上の見本市と言っても差し支えない規模で行われている。
そして夕呼率いる横浜基地も、武御刀というジョーカーの実戦テストとして参加させている。 冥夜と武御刀が何処まで暴れられるか見物だが、この作戦にはもう一つの目的が夕呼達にはあった。
「下の準備は進んでいるの?」
「各センサーの配置はサギサワ大尉の指揮の下、ヴァルキリーズが順調に行っています。 ハイヴ突入には十分間に合うとのことです。 もしもの事態に備え、基地守備隊やフィルノートにも待機してもらっています」
「そう。 後は御剣達次第ね・・・」
更なるピアティフの報告を聞き、夕呼はメインモニターとは別の画面を鋭い目で見つめる。 オペレーション・ボーダーブレイクにおけるもう一つの戦いが、この横浜基地でも行われていた。
・ 同時刻 横浜基地最深部 反応炉ブロック
「こちらヴァルキリー5、センサー設置完了! サギサワ大尉、初期設定は?」
「今皆にデータを送ったから、その通りにセッティングしてくれ! 涼宮中尉、ここの反応炉のステータスは?」
「はい、現在のところは以上ありません」
青い燐光を放つ反応炉の周りで、ヴァルキリーズの戦術機が世話しなく機材を設置していく。 そしてそれらを一望できる制御室から彼女達を見守りながら、陣頭指揮にあたるケイイチと彼のサポートを担当する遙の姿があった。 みちる達が乗る不知火は完全に改装を終えていなかったが、生身の歩兵では時間が掛かるであろう機材の設置を軽々とこなして行く。
それは戦術機という兵器が人型という形を取り、繊細なマニピュレーターを与えられ、尚且つそれを制御するOSと衛士がいるからこそ実現出来る芸当だった。 最後の装置を設置したヴァルキリー5、茜がケイイチから転送された数値を入力し終えると同時に、制御室にいるケイイチとアカネに報告を送る。
「ヴァルキリー5よりヴァルキリーマムへ、センサーユニットの設置と初期設定終了しました」
「ご苦労様。 センサー精度に影響の出ない範囲で、そのまま待機していてくれ」
「あのーサギサワ大尉、差し支えなければ今回の目的を教えて欲しいのですが・・・」
「そうだね。 でも柏木少尉、発言は涼宮少尉の後にした方が良かったかもしれないよ?」
そうケイイチに諭されて晴子が通信ウインドウを見ると、途中で復唱を止められムッとした茜の顔が映っていた。 ゴメンゴメンと愛想笑いを浮かべて誤る晴子の姿に皆が苦笑いを浮かべる中、ケイイチは本作戦の趣旨について皆に説明を始めた。
オペレーション・ボーダーブレイクのもう一つの目的、それは”BETAの通信方法を探ること”である。 大陸規模で展開するBETA達の通信方法や指揮系統は昔から模索されて来たが、依然として決定打となる説が生まれていないのが現状だった。 そこで夕呼とケイイチが注目したのはG元素、特にグレイ・イレブンによって発生させる事が出来る抗重力場の存在である。
通常の動力機関では浮上すら出来ない凄乃皇の巨体を、易々と宙に浮かべるムアコック・レヒテ機関。 爆心地を中心に、永続的な重力異常を引き起こすG弾。 慣性エネルギーを吸収放出することで、別次元の機動性を戦術機に与えるメガドライヴ。
これらの現象を引き起こすグレイ・イレブンを用いて、BETAは各ハイヴ間の通信を行っているのではないかという仮説を立てたのだ。 そこまで話した所で美琴が、ケイイチに質問を送る。
「質問~! じゃあ具体的にBETAは、G元素を使ってどうやって通信してるんですか? 電磁波の類は観測されていないんですよね?」
「良い質問だね鎧衣君。 BETAは”重力波”を発生させて、各ハイヴと連絡を取り合ってると、僕と香月博士は睨んでいるんだ」
重力波という聞きなれない言葉に、首をかしげるヴァルキリーズの面々。 本来はブラックホールや超新星爆発と言った天体規模の現象で放出、観測される『空間の歪み』であり、進んだ電脳暦世界の技術でも完全な観測と立証には至っていない。
だがBETAが宇宙より飛来してきた存在である以上、彼らを生み出した異星人達がそれらを活用しているとは否定できないのだ。 そしてBETA他の星の資源を使ってG元素を作り出し、それらを本星へ向けて送り出しているのは、G元素によってもたらされる恩恵で、彼らが文明を維持しているに違いないだろうとケイイチは蛇足として語った。
「皆に反応炉の周りに置いて貰った装置は、香月博士の理論で作った観測装置さ。 もっともそれだけでは精度が足りないだろうから、凄乃皇のML機関もアイドリングさせて、その変化も一緒に観測する」
「じゃあ、御剣さん達がエヴェンスクハイヴを攻めているのも」
「うん。 御剣少尉と菫君があそこを攻めることで、この基地にある反応炉が何らかの変化を出すかもしれない。 それを僕らが観測するんだ」
「だけどその為だけに、冥夜さんや菫さんを危険に晒すなんて・・・」
反応炉がハイヴの中心であり、これもBETAであるかもしれない以上、エヴェンスクハイヴで行われている戦いの情報が各ハイヴへ伝達されるかもしれない。 もし夕呼やケイイチの仮説が立証できたのなら、BETAに対する諜報を主目的とするオルタネイティヴⅣは大いなる成果を上げる事となる。
だがその為だけに、現地で戦っているソ連軍やユーコン基地の衛士達、作戦で共闘している電脳暦世界の軍を危険に晒している。
必要となる犠牲が出ることに胸を痛める壬姫の言葉を聞いて、207組の皆は暗い表情を浮かべる。 だが、そのような態度を許さぬみちるが、彼女達に向かって吼えた。
「貴様ら、何を落ち込んでいる!」
『伊隅隊長!?』
「BETAとの戦いで犠牲が出ることは誰だって覚悟の上だ、だから副司令やサギサワ大尉を責める事は、絶対に許さん! それに・・・」
「それに?」
「私の部下が、そう簡単に死ぬ訳が無いだろう!!」
最後の方で本音が見えたみちるの力強い言葉を聞いて、通信の向こうで武が笑う。 その様子にムキになる満ちるの様子に、何時しかヴァルキリーズ全体に笑いが広がって行った。
これ以上、任務の度に部下の死を見届けていたくない。 ヴァルキリーズの長としての威厳を皆に見せているみちるの、彼女なりの甘え方なのかもしれないと武は思った。
「ああ。 だから俺達も頑張ろうぜ! 冥夜と菫さんの為にも!」
必ず帰って来ると信じている。 誰もが武の言葉に頷きながら、作戦の成功と二人の帰還を願っていた。
・ AM11:43 ソビエト連邦領内 エヴェンスクハイヴ勢力圏内 ハイヴ
『グリード1よりアルゴス1へ。 今のところ、このゲートから出現したBETAの増援は無い。 奴らの巣の中で思う存分暴れて来い!』
「アルゴス1了解。 アンタ達の分までしっかり暴れて見せるぜ!」
『頼んだぜ。 こっちが片付いたら、俺達もすぐに行くからな!』
ハイヴの入り口付近でBETAを掃討するロシア軍のライデンにエールを送られ、ユウヤ達アルゴス小隊が冥夜と菫を引き連れハイヴ内部に突入する。 ユウヤ達にとっては初めてとなる実戦のハイヴ突入。 シミュレーター上で何度も行っているし、今回入るのも若いハイヴだが何が起こるか分からない。
虎の子である冥夜と菫を守りつつ、反応炉の破壊を達成してみせる。 胸の置くから込み上げる闘志を感じているのはユウヤだけではなく、BETAに故郷を奪われた他の3人も同じであった。 既にユウヤ達以外にもユーコン基地所属の部隊がハイヴへの突入に成功し、軌道上から降下してきたオービットダイバーズも加わり、我先にと最下層部へと進撃していく。
「センサーに反応! 前方より突撃級!」
「私達が道を作るわ! 皆は小型種と撃ち漏らしの始末をお願い!」
ユウヤ達の返事を聞くと同時に、冥夜の武御刀と菫のテムジン『霧積』が前衛に立つ。 ご挨拶とばかりに両者が手にするビームランチャーが最大出力で火を噴き、何も知らずに突進してきた突撃級を根こそぎ吹き飛ばした。 自慢の装甲殻が融解し、断末魔の痙攣を見せる突撃級の残骸を戦車級を初めとする小型種がすり抜け、2機の元へ殺到する。
「そうはさせるかよ! アルゴス全機、兵装使用自由! ブレイブ2とガントレット1をカバーだ!」
「蹴散らしてやる! 行くよVGっ!」
ユウヤの号令の元、作戦前にメガドライヴを搭載したアルゴス小隊の戦術機が、手にする電磁投射砲で冥夜と菫を援護する。 同じ36ミリの弾丸でも、やはり炸薬で射出するそれより破格の威力を誇っていた。 タリサとヴァレリオのアクティヴ・イーグルが持つ突撃砲タイプが小型種を蹴散らし、後方に控えるステラのイーグルが装備するライフルタイプが突撃級や要撃級を一撃の下に貫く。
そしてユウヤの不知火弐型が2機の隣に立ち、エンジェリオと同じビームガンポッドで迫るBETAを捌いて行く。 BETAの勢いに衰えが見えたところで、トリガーを引く指を戻さぬままユウヤが叫んだ。
「全機、このポジションを維持! 噴射跳躍で一気に行くぞ!」
『了解!!』
タリサとヴァレリオを先頭に、ユウヤ達は淡い光が放たれる横坑を怒涛の勢いで突き進む。 一方で地上でソ連軍とロシア軍が行っていた掃討戦がほぼ完了し、暇を持て余した部隊がHQの指示の元、次々にハイヴへと突入する。
様々な新要素が盛り込まれたハイヴ攻略戦は、いよいよ最終局面に入っていった。
・PM11:52 横浜基地司令部
「地上におけるBETAの。 一部のソ連軍とロシア軍VR隊はハイヴに突入し、先行した部隊と合流しています」
「重力波観測の準備は?」
「何時でも出来ると、先程サギサワ大尉から連絡がありました」
ピアティフから作戦の進捗状況と観測準備の報告を聞き。 夕呼は衛星軌道上から中継されるエヴェンスクハイヴの戦いを、司令室に居合わせた者達と共に見守っていた。 リアルタイムで送られてくる武御刀の戦闘データも良好な物であり、研究者冥利に尽きると夕呼は胸の高鳴りが抑えられないでいた。
突入した一部の部隊は既に最下層に到達しようとしており、BETAの反応炉が何らかの動きを見せるのは時間の問題。 母艦級を増援として呼び寄せるにしても、何らかのコンタクトを行う必要がある。
「(必ず観測しなさいよ・・・!)」
願っても無いチャンスを逃したくは無い。 地下で観測を始めているヴァルキリーズとケイイチ達が上手くやってくれる事を、夕呼は祈っていた。
「サギサワ大尉、センサーが重力波らしき波長を検知しています!」
「ビンゴだ! 香月博士にデータをリアルタイムで転送してくれ、これから面白くなるぞ!」
現地部隊がエヴェンスクハイヴ最深部へと近づきつつある中、横浜基地の最深部に設置されたセンサーがエヴェンスクハイヴの反応炉から重力波らしき波長を検知する。 遙の報告にまるで薬でも決めたかのように興奮するケイイチが矢継ぎ早に指示を出し、夕呼のいる司令室へ即座にデータが転送されて行く。
同時にどの方角から波長が来たのか、それ突き止める逆探知の結果が制御室のモニターに映し出され、遙がそれをケイイチに伝える。
「発信源は、やはりエヴェンスクハイヴの反応炉からのようです」
「ここの反応炉に変化は?」
「まだ変化は見られません。 重力波の発信も行われていないようです」
「変だな、ハイヴ間で連絡するならここの反応炉も重力波を出す筈なのに・・・」
自分が思い描いていたBETAの情報システムとは大きく外れた結果に、ケイイチは唸り声を上げ考え込む。 人間が作るネットワークの場合、各端末やそれらの情報を統括するとサーバーといった機器は、有線無線を問わず網目のようなネットワーク網が築き上られている。 だが、今回の場合では、エヴェンスクハイヴの反応炉が重力波を発信したのに対し、横浜基地にある反応炉は依然として重力波を発信しないのだ。
遙が心配そうに見守る中、司令室にいる夕呼から声が掛かる。
『それはアレね。 BETAの情報網がアンタの考えている形式じゃ無かったってことね』
「悔しいですけど、今回は僕の負けみたいですね。 香月博士」
「あれ~? アタシは勝負したつもりはこれっぽっちも無いわよ~」
直接回線を用いて話しかけてきた夕呼の言葉に、図星だったケイイチは頭に鈍い痛みを覚える。 夕呼の予想はケイイチとは対照的に、オリジナルハイヴを中心とする箒型のネットワーク構造であると説明した。 つまり、なんらかの異常が認められたときにオリジナルハイヴへ連絡を取り、そこからの対処法が出来次第各地にあるハイヴへと伝達される方式なのである。
超情報化社会である電脳暦世界の中で組まれ育ったケイイチが、そうした原始的な発送に至れないのはまさに当然の結果であったと言えるだろう。 そこまで分かったところでケイイチは、夕呼が次の目標を何処に定めているかを悟り、驚愕の余り頬から冷や汗が伝う。
「じゃあ香月博士、次の目標はまさか・・・」
『その話はそこまでにしなさい。 これから良い物が見られるわよ・・・』
夕呼に促され、司令室から送られてくる中継映像を眺める遙とケイイチ。 そこにはヴェンスクハイヴ最深部へと突き進む、冥夜と菫、そしてアルゴス小隊の映像がノイズ交じりに映っていた。
・ 同時刻 ソビエト連邦領内 エヴェンスクハイヴ最深部
『HQよりアルゴス小隊へ、どうやら君達が一番最深部に到達しているようだ。 健闘を祈る』
『残念だけどお前らに先を越されちまったな、だから俺達の分まで・・・きっちり反応炉をぶっ潰して来い!!』
『そのまま進め! 最早貴様らに、怖い物は無い筈だ!!』
Hqと共闘する突入部隊の衛士達からの激励を一身に受け、迫り来るBETAを押しのけて突き進むユウヤ達。 地上の陽動と掃討戦が功を成したのか、これまでの道中で遭遇したのは小型種ばかりで大型種は片手で数える程度だ。 後は最深部にある反応炉を破壊すれば、残存BETAは近隣のハイヴへ向けて撤退を始めるだろう。
これまで通ってきた中でも最大規模の横坑を進むユウヤ達。 そして遂に、青い光を放つBETA反応炉の元へとたどり着く。 その禍々しい姿に、ユウヤが思わず呟く。
「これが、BETAの反応炉か・・・!」
「さあ、仕上げは任せたよ! お二人さん!」
ウインク交じりに告げるタリサに冥夜と菫が無言で頷き、反応炉越しに位置する場所へ移動した後、各々の愛機が手にする剣を構える。 テムジン『霧積』が手にするスライプナー、そして作戦前にケイイチから送られたシールド型特殊兵装『マイティ・スプライト』が合体し、一本の巨大な槍となる。
一方冥夜の武御刀も砲撃形態となっているマルチランチャーを刀の如く構え、長く伸びた銃身から荷電粒子を纏わせる。 同時にユウヤ達も反応炉を囲むような陣形を取り、出現するBETAに備える。
「一発で決めるわよ、御剣さん!」
「元より承知の上!」
両者の得物が一段と強く輝き、Vコンバーターとメガドライヴが唸りを上げ、2機が反応炉へ吶喊する。 テムジンの槍が反応炉の根元を貫き、武御刀がその刃で光り輝く部位を一刀の元に薙ぐ。 断面からODLと同じ液体が噴出し、反応炉の光がみるみる衰えていく。
そして蝋燭の灯が消えかの如く反応炉の輝きが失われると、地上やハイヴ内に残っているBETAが大規模な移動を始めた。
『残存BETA、ヴェルホヤンスクハイヴ方面へと移動中! アルゴス小隊がやってくれたぜ!』
『一匹たりとも逃がすな、この戦域で全て潰せっ!!』
『ヒャッハー!! お掃除の始まりだぁー!!』
ハイヴ攻略の一報に、将兵達の指揮とテンションが一気に沸点へと到達する。 エヴェンスクハイヴ攻略作戦は、銑鉄作戦以上の大勝利に終わった。
・ 2001年12月7日:エヴェンスクハイヴ攻略作戦『オペレーション・ボーダーブレイク』が成功。 ソ連軍、同ハイヴ後周辺の戦域を完全確保。 同作戦で実戦テストを行った新兵装の評価は良好、各軍事メーカーが人工島『アトランティス』で生産を行い、前線へと配備される予定。
・ 12月8日:合衆国国防省、無人戦術機の集中投入によるハイヴ制圧ドクトリン『レミングス』を考案。 MQ-1 ”プレデター”の改良型であるMQ-1C”ウォーリア”、後継機種となるRQ-4”グローバルホーク”の開発、F-15を無人化した”グレイイーグル”の開発を開始。 開発に当たって電脳暦世界よりバレーナ社、レイレナード社の技術提供を受ける。
・ 2001年12月10日 AM5:24 日本帝国 国連軍横浜基地 香月ラボ
「作戦が成功してすっかり有名人じゃない。 どう、そっちの様子は?」
『お陰でマスコミのインタビュー攻めで、対人恐怖症になりそうですよ。 ああ、御剣さんと武御雷の実戦テストも、アルゴス小隊の皆さんのお陰で無事に終わりました。 詳しいデータは、直接お渡しします』
作戦が終わって3日後の早朝、ラボにある通信ウインドウには愚痴も混じりに語る菫の姿、そしてそれを見てニヤニヤと笑う夕呼の姿があった。 作戦を終えてユーコン基地へと帰還して早々、ハイヴ攻略の立役者となった冥夜と菫、そしてユウヤ達アルゴス小隊は時の英雄として注目を浴びた。 その活躍のダイジェストが双方の世界のマスコミにより盛大に伝えられ、特に冥夜と菫は格好の標的となった。
だが冥夜は日本帝国を纏め上げる煌武院悠陽の妹であり、その存在を政治的利用されることを恐れた菫がインタビューを一手に担ったのだ。 元々ケイイチの元でテストパイロットという表には出ない役職が災いしたか、菫はBETAのような物量で取材を行うマスコミ達の対応に今まで追われ、あの時戦っていたときよりも疲労困憊したと夕呼に語った。
「とにかく、作戦参加お疲れ様。 アンタ達のお陰で、ハイヴ間の通信方法も判明したわよ」
『いえ、副司令が開発した武御刀とサギサワ大尉が送った装備、それにアルゴス正体を始めとするユーコン基地の支援があったから出来たんです。 私と御剣さんは、協力者として参加したに過ぎません』
「でも、そうなった状況を作ったのはアンタと御剣の模擬戦があってこそよ。 もっと胸を張っても良いと思うけど?」
冥夜と菫を派遣して武御刀の性能を見せつけ、その作戦をダシにハイヴ間の通信方法を見つける実験を行った。 必要の為の犠牲が出ていることに、鉄のハートを持つと揶揄される夕呼でも流石に罪悪感を感じていた。
だが今までの業が生んだ咎を受けるのなら、せめて地球上の・・・いや、太陽系からBETAを駆逐してからでも遅くは無い。 だからこそ、彼女は歩みを止めないのだ。
その後も菫の報告を大体聞き終えた後、夕呼は今後の予定を菫に伝える。
「アンタ達は早急にこっちに戻ってきなさい。 こっちで得た情報はその時話すわ」
『了解しました。 横浜に戻れるのを楽しみにしています』
そう告げて菫との会話が終わり、スタンバイ状態に移行したウインドウには一面漆黒に染まり何も映さなくなる。 デスクのシートに身体を預けた後、夕呼の意識は後で霞と純夏に起こされるまで、深い深い夢の中へと沈んで行った。
・ 2001年12月10日夜:ユーコンの将兵に見送られ、御剣冥夜と霜月菫が横浜基地へと同日中に帰還。
・ 翌日12月11日:香月夕呼、オペレーション・ボーダーブレイクで得た各ハイヴ間の通信方法とネットワーク形式の研究結果を国連に提示。 それにあわせて最大の脅威となるオリジナルハイヴ攻略作戦を立案。
・電脳暦世界12月:河城技研、エネルギーカートリッジを用いた戦術機用の携行型レーザーライフルが完成。 日本帝国軍へ優先的に導入して運用試験を行った後、国連軍への導入を予定。