・ 2001年 12月3日 AM7:07 アメリカ合衆国アラスカ 国連軍ユーコン基地
「どうしたブリッジス! あの時見せた貴様の気迫は、とうに消え失せたか!!」
「ぐっ・・・!!」
スーパーカーボン製の刃が激しくぶつかり合う音が響く、ユーコン基地の演習場。 一面の雪と氷に包まれる演習場にて、ユウヤの不知火弐型と唯依の武御雷が一対一の模擬戦を繰り広げていた。 鋼の巨人が剣を振るい、跳躍ユニットで疾駆する度に地面にある霜や雪が舞い上がり、ある種の美しさを醸し出す幻想的な光景が広がる。
あの時、唯依が演習中に乱入して一騎打ちとなった際に感じたあの感覚が、今では全く感じ取れないことに、ユウヤは長刀を受け止めながら焦りと苛立ちを覚える。
「・・・らあっ!!」
跳躍ユニットの推力に任せて押し出し、武御雷の体勢を崩した後に間合いを離す。 彼女の得意な戦闘スタイルに付き合う必要は無い、ユウヤは背部ラックから突撃砲を取り出し、御家芸である射撃の腕を見せ付けるように武御雷に向けて撃つ。 対して唯依は長刀を構えたまま、銃撃を回避しながらユウヤの不知火弐型へ間合いを詰めて行く。
「そんな射撃で、私を止められるとでも思っているのか!」
「なんの!」
空気を切り裂かんばかりの勢いで長刀を振り下ろす唯依に対し、肩のサブスラスターを噴射し横方向へ回避。 そのまま超低空を水平噴射跳躍へと移行する不知火弐型の姿は、まるで氷上を滑るスケートの様だった。 そして先程とは打って変わって、今度はユウヤが唯依の武御雷へと迫る。
「らあっ!!」
右手にある長刀を振り下ろし、武御雷がそれを長刀で受け止める。 だが片手で扱う分、鍔迫り合いの状態では長くは持たないだろう。 しかしユウヤにとってはそれが、長刀を扱う唯依に対する唯一の策であったのだ。 左腕に持った突撃砲の銃口が、山吹色の武御雷の胴体へと向けられる。
「・・・しまった!?」
ユウヤの次の行動を悟った唯依だったが、既に手遅れだった。 突撃砲から放たれたペイント弾が、武御雷の機体を紅色に染め上げる。 そして状況終了を告げるダイアログが表示されると同時に、CPにいるステラから通信が入る。
『アルゴス0、大破と判定。 状況終了です、二人とも帰還して下さい』
「・・・だってよ。 先に行ってるぜ中尉」
そうユウヤが言い残した後、不知火弐型が基地へと戻ってゆく。 ユーコンの空へと舞い飛ぶ純白の機体は、正に天使か精霊のような美しさを放っていた。
「あの時から、ずいぶん変わったな。 ユウヤ・・・」
ユウヤの不知火を見届けながら、唯依は囁くように呟いた。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#40 激突
・ AM7:35 ユーコン基地 アルゴス小隊戦術機ハンガー
ハンガーに固定された武御雷、開放されたコクピットハッチから現れた唯依がキャットウォークへと足を運ぶ。 眼下には帝国軍から派遣された専属の整備スタッフが、自分の機体へ駆け寄る姿が見える。 だが唯依には何時もの演習とは違う、特別な雰囲気をハッチを出た時から感じていた。
「(何だ・・・? 他の整備員達も慌しく動いている、マナンダル少尉達の演習予定は無いはずだが?)」
整備員だけではない。 それ以外の基地要員も兵士級の様に、何かに一目散に向かっているではないか。 一体、ユーコン基地で何が起ころうとしているのか。 唯依は情報を知るべく、偶然に近くを通りがかったヴィンセントを呼び止める。
「ローウェル軍曹! 一体この騒ぎは何だ!?」
「丁度良かったですよ篁中尉! 中尉達が模擬戦をやっている間に横浜基地から凄い客が来たって連絡があって、皆それを見に行こうとしてるんですよ」
「横浜から客人だと・・・?」
にわかに信じがたい話だとヴィンセントの答えを聞いて眉を潜ませる唯依だったが、戦闘準備でもないのにこの騒ぎようを見て彼の言い分が嘘ではないことを悟る。 それに横浜基地の客人となれば、また武のような凄腕の衛士が来たのかも知れない。 事の真相をこの目で確かめるべく、整備班から受け取ったウォーニングジャケットを羽織った唯依はヴィンセント共にハンガーの外へと向かう。
耐寒耐熱機能を持つ強化装備を着ていなければ凍えてしまいそうな寒さの風を頬に受けながら、唯依とヴィンセントは我先にと走っているユーコン将兵達の後を追う。 世界各国の戦術機ひしめくハンガーエリアを抜け、そのまま滑走路があるエリアへと辿り付いた。
唯依は再度辺りを見回すと、1機の大型輸送機に人々が群がる光景が見えた。 戦術機を厳重に内包しているコンテナが輸送機の後方から下ろされ、同時にその衛士と思われる女性が滑走路に降り立つ。
「ん? あの顔、どこかで見たような・・・?」
「中尉、あの人知ってるんですか?」
「いや、私の思い過ごしだったようだ。 気にするな」
そうヴィンセントに言ってみせる唯依だったが、あの女性の顔は確かにどこかで見た事があると、自身の記憶が囁いてくる。 遠巻きにしか見ることが出来ないが、あの物の立ち居振る舞いから日本人、それも斯衛に属する者であることは間違いない。
そう推察を立てながら唯依が眺めていると、その人物はなんと自分達のほうへ歩いてくるではないか。 周囲の視線が一斉に唯依達に集まる中、その女性衛士は敬礼をしながら名乗りを上げた。
「お初にお目にかかります。 自分は国連軍横浜基地、特務部隊”ヴァルキリーズ”所属の御剣冥夜少尉であります。 アルゴス小隊所属の篁唯依中尉とお見受けしますが」
唐突に行われた冥夜の自己紹介にキョトンとした表情を見せるも、すぐに凛とした表情に切り替えて応対する唯依。 彼女の話によると、横浜で開発された新型戦術機をこのユーコン基地で模擬戦闘を行う為に、ここを訪れたというのだ。
既に手続きは両基地間で済ませており、事情を知った者達が歓迎の為に滑走路へと向かい、このような大騒ぎとなったのである。 詳しく話を聞くべく場所を変えようと思ったが、ここで唯依は話のさなかに浮かんだ一つの疑問を冥夜に問いかける。
「お話は分かりましたが、御剣少尉以外と模擬戦を行う相手はどうするのですか?」
「それについては心配要りません。 もうすぐここに来るはずですから」
そう彼女が言い終えた瞬間、明らかに自然のものではない閃光が滑走路にいる唯依と冥夜達を照らす。 そしてその光が一段と強く瞬いた後、そこには不知火を模した菫のVR、テムジン747『霧積』の姿があった。
横浜に駐在する彼女の母艦フィルノートから、定位リバースコンバートカタパルトによってこのユーコン基地へと瞬時に移動して来たのである。 正に魔法ともいえる異世界の技術を改めて目の当たりにし、呆然と立ち尽くす唯依達を尻目に、冥夜は顔色一つ変えずにこう告げた。
「これから数日間、よろしくお願いします。 篁中尉」
・ PM4:07 国連軍ユーコン基地 歓楽街”リルフォート”
「・・・それでは! 横浜基地からの客人の来訪を祝して・・・」
『乾杯~っ!』
ヴァレリオの音頭と共に、テーブルを囲むアルゴス小隊メンバー、そして冥夜と菫が持つ杯が心地よい音を立ててぶつかり合う。 冥夜と菫の模擬戦闘を行うために横浜からやって来た冥夜と菫の歓迎会が、リルフォートの一角で行われていた。 『奴らに関わるな』と戒厳令でも敷かれたのか、あれほどの騒ぎを起こしたにも関わらず二人がいるテーブルに近寄る輩は誰一人としていない。
酒とその摘みも程よく進んだところで、ヴァレリオが二人に話しかける。
「いや~横浜基地と聞いていましたが、まさか二人が白銀中尉の知り合いだったとは!」
「はい。 中尉には戦術機の指導を始め、色々とお世話になっています」
「ほほぉ~。 麗しの二人が今回ユーコンを訪れたのも、何か理由があるのですか?」
「ええ。 私のテムジンと御剣さんの新型機、その異種格闘戦をご披露して差し上げますわ」
ノリノリなヴァレリオの質問に答える菫の言葉を聞いて、ユウヤはあの時武と行った模擬戦闘を思い出す。 戦術機でもVRでもない、全く異質な機体との戦い。 戦術機とこれほどに無い一体感を覚えたあの感覚を、武との一戦で感じることが出来た。
そして今回行われるであろう冥夜と菫の戦いを見届けたならば、更なる高みへと進むヒントを得られるかも知れない。 二人の姿を眺めながらユウヤがそう思っていた中、今度はヴィンセントが矢継ぎ早に話題を繰り出す。
「御剣少尉の機体はまだ秘密として、霜月少尉のテムジンは偉いカスタマイズぶりですね~!」
「ええ。 パイロットの負荷軽減や消費エネルギーの改善。 戦術機を模倣した機構や武器、数え上げたらキリが無いほどの改造を、私の上司に施されているわ」
電脳暦世界の技術はこのユーコン基地でも盛んに導入されており、無人型戦術機や新開発の兵装試験をカムチャッカ戦線で逐一行っているという。 菫のテムジンも度重なる改造により、もはや別の機体と言っても差し支えないほどに変貌している。 それは勿論、BETAと言う全く異質の敵を戦うためにあった。 中身が半分に減ったジョッキを持ちながら、タリサが話しかける。
「なんだ、アンタ達なら楽勝かと思っていたのに」
「本当は短期で終わらせる予定だったらしいわ。 だけど私達の世界が、電脳暦の社会がそうさせてくれなかったのよ」
それまで遭遇したことのない物量、そして回避が困難な光線級のレーザー。 この世界に来訪した当初はVRそのものの性能で押し切ることが出来ていたが、母艦級が確認されて以降はVRでも対処しきれないほどの数のBETAが戦場に溢れ出るようになったのだ。
更にマスコミによる報道、プラントや企業の強引な進出、それらによって生じたオルタネイティヴ世界の人々との軋轢。 様々な理由や利権が絡み合って足枷となり、電脳暦世界の軍隊単独による短期決戦はもはや不可能になってしまったのだ。 低アルコールのビールを軽く口に含ませた後、菫は自分の主観を皆に話す。
「私は二つの世界の接点をより多く作ることが、この状況を打開する有効な手段だと思っているわ」
「もしそれが出来なければ?」
「この世界は、私達の世界の手によって食い潰されるでしょうね。 さながらBETAのように・・・」
そう尋ねたステラに虚ろな表情で返す菫を見て、彼女の言葉が嘘ではないことを見抜いた冥夜は戦慄した。 そしてそれを口にした菫自身も、最悪の結末を想像し背筋を振るわせる。
-命も戦いも、イデオロギーも所詮は商品に過ぎず、その場の欲を貪る事で刹那の安堵を得続ける- MARZとの戦いの最中、ムーンゲートを築き上げた知性体の妄執であるダイモンは限定戦争とそれに興じる人類をそう罵った。 理念も目的も思想も無く、ただ己の利益と欲求を満たす為に行われる戦い。
それはダイモンが倒され、再び”国家”という概念が蘇った現代の電脳暦でも、その貪欲さは色濃く残っている。 特に先の戦いで疲弊し、己の存亡に掛かっている企業やプラントにとっては尚更の事だ。 そうした状況の中で発見したオルタネイティヴ世界は、彼らにとって最高のフロンティアに見えたことだろう。
BETAとの戦いに疲弊した国々に手を差し伸べ、己の利益へと繋げて立て直しを図る。 勢力を建て直した先にどの様な行動を行うかは明白だ。 彼らはオルタネイティヴ世界の市場へと参入し、その先進的な技術を武器に瞬く間に急成長を遂げたのである。 既に北米や欧州の市場の約半分が、電脳暦世界の企業に吸収されてしまっているのだ。 更に十八番である情報戦を駆使し、自分達の都合の良い方向へと無理にでも持っていこうとする。
このまま彼らの暴走を許せば、菫の言う通りにこの世界そのものが電脳暦世界における”商品”と化してしまう。 先程までの勢いはとうに消えうせたタリサが、ジョッキを静かにおきながら呟く。
「アタシ達、一体何と戦ってるんだろうな・・・」
「少なくとも今の所、私達の敵はBETAに違いないわ。 白銀中尉や香月副司令も、そうならない様に頑張っている最中だしね」
「なら、仲間は多いことに越したことは無いな!」
ヴィンセントの締めの一言に、皆が微笑み頷く。 二つの世界を結ぶ絆を深める為の仲間が、新たに増えた瞬間。 そして彼らを祝福するかのように、リルフォートの上空をタイフーンとマイザーデルタの各小隊が飛び去っていった。
・ 2001年 12月4日 AM10:07 国連軍ユーコン基地 第1演習場
『CPより全機、模擬戦の開始位置到達確認。 指示あるまで待機してください』
「ガントレット1了解」
「ブレイブ2了解」
凍りついた砂塵が吹き荒ぶユーコン基地の演習場、そこにブレイブ2のコールで呼ばれた冥夜が、武御刀のコクピット内でHQにいるステラに返答する。 血の色のような赤く鈍い輝きを放つメインセンサーを経由して見える視界、先が霞んで見えないほどの広さを誇る演習場の果てには、ガントレット1のコールで呼ばれた菫のテムジン747『霧積』が、自分と同じように待機しているはずだ。
そもそも何故この二人がこのユーコンで模擬戦を繰り広げるのか。 ただの戦術機同士の模擬戦なら、横浜基地でも十分に事足りる。 だが、今回ばかりは勝手が違うのだ。
静止状態から機体によっては音速以上に達する慣性制御能力を持つVR、そしてメガドライヴによってVRと同じ特性を擬似的に再現したカイゼルやエンジェリオ、武御刀といった機体は従来の戦術機では次元が違う機動力を持つ。 もし100%の出力で戦闘機動を行ったら、横浜基地における演習場の広さではあっという間に演習場を飛び出し、そのまま場外乱闘を起こす結果になるのだ。 だがリミッターを描けた状態では、本来の性能を見極めることが出来ない。 そこで夕呼は前回のテロ鎮圧支援で借しを持たせているユーコン基地に、協力を要請したのだ。
広大なアラスカを基地にしているユーコン基地ならば、それらが多少暴れまわっても問題無いほどの敷地面積を誇る。 現にVRを保有する電脳暦世界の軍隊やそれに関係する企業たちは、真っ先に環境の整ったこのユーコンへ入植しているのだ。
理由はどうであれ、自分はここで菫と戦い武御刀の有効なデータを夕呼に提供する。 だが今回のユーコン基地への出張はそれだけに留まらないのでは? 目の前に広がるアラスカの景色を眺めている冥夜に、ステラから新たな通信が舞い込む。
『CPより全機へ、まもなく模擬戦開始です』
「ブレイブ2了解」
完結に復唱を返し、冥夜はブートメニューよりJIVESを起動。 メガドライヴに内包されたフライホイールが静かに回りだし、慣性エネルギーの蓄積を開始する。
『3・・・2・・・1・・・スタート!』
武御刀の全力機動による戦いはこれが初、この荒ぶる戦神がどのような力を秘めているのか。 得体の知れない期待と高揚感に促されるままに、冥夜はフットペダルを全力で踏み込んだ。
「(前方5000、もう捕捉されてるか・・・)」
アラスカの白い大地を疾駆する、テムジン747『霧積』。 ヘルメットと兼用しているHMDに、ロックオンアラートと機体照合の結果が表示され、シートに座る菫の目が何時になく真剣なものとなる。
TSF-TYPE01(YF-23/AL4)、機体名称『武御刀』。 オルタネイティヴⅣにおいてYF-23を元に開発され、カイゼルや凄乃皇を除けば間違いなく現行最強とも言われるスペックを秘めた機体。 それが菫の相手であり、それを駆るのは冥夜だ。
無論菫はケイイチの指揮の元、VRによる試験や模擬戦は数え切れないくらい行っているし、この世界に来てBETAや戦術機との戦いも切り抜けた。 それでも今回の戦いにおいて、必ず勝てるという保障は見当たらないし、イメージすら湧かない。 距離計の値が小さくなるにつれ、菫の緊張は反比例して大きくなる。
「さて、最初は何時仕掛けてくるのかしら?」
緊張を解す意味も込めて、武御刀の機影を眺めながら呟く。 1対1の模擬戦において菫は、決して自分から仕掛けない。 相手の出方や癖を知り、そうした中に出来る隙を見つけて反撃に転じるのが彼女の戦い方だ。 だが距離計が3000を切ったのに射撃が来ないと言うことは、どうやら冥夜は最初から近接戦闘に持ち込むつもりらしい。 スライプナーMk6の銃身を、青白い荷電粒子の光が包み込む。 そして武御刀の手にしている、カイゼルのスマートガンより長大なマルチランチャーの銃身が、同様の光を放っていた。
「勝っても負けても、恨みっこ無しよ!」
「望むところ!」
両者の刃が交差し、閃光と衝撃が走る。 武を導いた者、そして武に導かれた者の真剣勝負が火蓋を切って落とされた。
誰も彼もが、モニターの向こうで繰り広げられている戦いに魅了されていた。 CPとして座しているステラ、その隣にいる唯依とイブラヒムが、冥夜と菫の戦いにモニターから目を逸らせずにいた。 その状況に陥っていたのは3人だけではなく、リルフォートを始めとするユーコン基地各所に設置された特設モニターにより、ユーコンにいる全ての将兵が、横浜からやって来た余所者の戦いを食い入るように見つめている。
JIVESによる画像処理がなされた二人の戦い、それを見た誰かが、こう呟いていた。
「なんという美しさだ・・・」
白き舞台の中を2機の機体が跳躍ユニットの炎で流麗なラインを描き、互いが手にする剣で切り結ぶ。 刀身に纏う荷電粒子の光が弾け、巻き上がる砂塵と相まって幻想的な風景を演出する。 何秒かの鍔迫り合いの後、距離をとった射撃戦に移行。 飛び交う荷電粒子の弾丸は、さながら夜空に消え行く流星のようなはかなさを感じさせる。
生身の人間と見間違うかのような2機の動き、Vコンバーターとメガドライヴの駆動音、金属の軋み。 戦いの中で見られる全ての動作が美しく見え、そして悲しくもあった。 VRと戦術機、経緯は違えど両者は戦いの為、敵となるものを殺し滅ぼす為に生み出された道具に過ぎないのだから。
互角の戦いを繰り広げる二人の機体から送られてくる膨大なデータに、普段は冷静沈着で通っているステラが言葉を漏らす。
「信じられません。 あれを動かしているのは、本当に人間なのでしょうか」
「だが我々はその衛士二人に実際に会っている。 信じられないと漏らすのは野暮という物じゃないか?」
「そうですね、戯言を言ってすみません。 ドゥール中尉」
そうイブラヒムに謝った後、再びCP業務に戻るステラを見た唯依も、彼女と同じ気持ちでいた。 武のカイゼルと同様の存在が、再び目の前で戦っている。 時空を越え、出会った人類達が生み出した英知の結晶、そして新たな可能性を自分は目にしている。
「(あいつも、ユウヤも同じ気持ちなのだろうか・・・)」
観戦とは別の高揚感を感じながら、唯依はメインスクリーンを見つめていた。
・同時刻 ユーコン基地 アルゴス小隊戦術機ハンガー
「おっしゃそこだ! 押せ押せ~!」
「あ~惜しい! どっちも負けるな~!」
「さあさあどっちに掛ける! 乗るなら早い者勝ちだぜ!」
一方、アルゴス小隊の戦術機が格納されているハンガーでも、ユーコン基地各所とは桁違いの熱気と興奮に包まれていた。 特設モニターの正面に陣取るタリサとヴァレリオが声援を送り、アルゴス小隊担当のメカニックマン達も参入し、更にはヴィンセントが彼らの掛けを取り仕切っていたりと、町内会の祭りのような様相を呈していた。
だがユウヤだけは、その喧騒に交わる事無くモニターを見続けている。 今の自分にはない物、初めて唯依と対峙した時に得ることができた戦術機との一体感、あの感覚を再び得るためのヒントが、この模擬戦に秘められているのかも知れない。
まるで瞬きすら忘れてしまったかのような集中力で、ユウヤはテムジンと武御刀の戦いを凝視し続けていた。
「(何処だ、今の俺に足りないものは何処にある・・・!)」
もう何度目になるか分からない鍔迫り合いを解き、牽制射撃を放ちながら距離をとる菫のテムジン。 マインドブースターに追加された担架システム、そこに搭載された突撃砲が火を噴き、スライプナーの射撃と併せて猛烈な弾幕を展開する。
それを物ともせず、多少の被弾は覚悟の上で冥夜の武御刀が跳躍ユニットとメガドライヴを唸らせ、瞬間的な跳躍をもって弾幕の中へと飛び込む。 突きの構えで手にするマルチランチャーの切っ先は、間違いなくテムジンのコクピットへ向けられていた。 勢いを保ったまま吶喊する武御刀の姿に、ユウヤの脳裏にある記憶が蘇る。
「(この気迫は、アイツらと同じ・・・!?)」
モニターからも伝わる武御刀の気迫に、ユウヤは”紅の姉妹(スカーレット・ツイン)”と呼ばれた、ソ連軍の衛士二人の事を想起した。 おおよそ普通の人間とは思えない戦術機の操縦技術、そして姉にあたるクリスカが時折見せていた殺意とも思えるような気迫。
その素性はユウヤは知らないが、戦術機越しでも感じることの出来た気迫は、彼女達が一流の訓練を受けた衛士であることは十分に予想できる。
だが、まだ足りない。 あの一体感を得る条件に辿り着くには、もう一段階踏み込んだ何かを掴まなければなれないのだ。 それを見つけられず苛立つも、ユウヤは二人の戦いを食い入る様に見つめ続ける。
先程から状況が一転し、今度は菫のペースに冥夜が飲まれる形となる。 スライプナーからは小刻みにビームが放たれると同時に、背部の突撃砲と併用して武御刀を追い立てる。 先程展開した弾幕の様な乱雑な射撃は鳴りを潜め、より正確かつ的確な射撃をヒットさせていく。 そして先程のお返しとばかりに間合いを詰め、菫のテムジンが突きの構えでスライプナーを勢い良く繰り出す。 最初の突きはギリギリ回避できた冥夜だったが、そこから振るわれた横薙ぎのスライプナーが戦術機の弱点である腰部の括れに直撃した。
よろめく武御刀の姿に冥夜に賭けていた整備員たちの悲観の声が、同時に菫に賭けていた整備員たちの歓声が轟く。
「あーもう! 賭けやるんなら別のところ行ってきなよ。 落ち着いて観れないじゃない!」
「あれ~? そういうタリサだって、模擬戦みてギャーギャー騒ぎっぱなしじゃん。 人の事言えるのかな~?」
「う・・・うるさい!」
タリサとヴァレリオが場外乱闘を始めるのを他所に、ユウヤは少しずつだが二人の戦いに秘められた”何か”を見出し始めていた。 先程の二人の近接戦闘を見る限り、演技や手加減といった物が一切存在していない。 その激しさは、嘗て唯依が自分に向けて言い放った”ごっこ遊び”の範疇に収まらない、一歩間違えばどちらかが機体諸共死傷するようなレベルだ。
そして其れに気付いた瞬間、ユウヤは今まで見出せなかった答えにようやく辿り付く。
「これだ!!」
急に大声を上げて立ち上がるユウヤに一同が驚き、ハンガー内がしんと静まり返る。 BETAや衛士が駆る戦術機との、命を懸けた戦い。 生きるか死ぬかの境界線に立たされたギリギリの状況のみでこそ、あの一体感を得る事が出来るのだと。
先程までとは生き生きとした表情でモニターを見るユウヤに、タリサとヴァレリオは唖然とする。 モニターにはいよいよ大洲目となった武御刀とテムジンの戦いが映っていた。
どの位、彼女と刃を交えたのだろうか。 どの位、弾雨の中を突き抜けたのだろうか。 コクピットシートに座る菫の息遣いは荒く、頬からは滝のように汗が滴る。 VRのOSであるMSBSの長時間の稼動により、菫の精神はかなり消耗している。 それは武御刀に乗る冥夜も同じことであり、武御刀の殺人的な機動によるGにより疲弊していた。
思考が鈍り、視界がぼやけ掛けても尚、両者は操縦桿を握る力を緩めようとせず、半ば衛士としての維持と本能で戦いを続けていた。
「どう御剣さん! まだ行ける?」
「無論だ! 茶番だ何だと言われようと、私は勝つ!」
「上等! 最後まで付き合ってあげるわ!」
威勢のよい言葉を放ち合う二人だが、それも疲弊した今の自分を見抜かれたくないが故の発言。 次で勝負が決まる。 演習場を疾駆しながら、そう冥夜と菫は悟っていた。 決めるのは勿論、近接戦闘による一撃。 二人の最後の闘志に答えるかのように、2機のセンサーが強く煌めく。
ハーモニーを奏でるようにVコンバーターとメガドライヴが唸り、己の得物をそれぞれ構える。 泣いても笑ってもこれが最後の一撃、悔いは残さぬように両者共に最大出力による突進を始めた。
『はああああっ!!』
二人の雄叫びと共に2機の機体が重なり、すさまじい衝撃と共に砂塵が2機の周りを包み込む。 ユーコン基地の将兵達が固唾を呑んで中継を見守る中、もうもうと立ち込めていた煙が晴れてゆく。
そこにはマルチランチャーの刃が肩の付け根に食い込んでいる菫のテムジン。 そしてスライプナーの突きを紙一重で回避し、マルチランチャーを振り下ろしたまま動かずにいる冥夜の武御刀の姿があった。
両機体のステータスを確認したステラが、淡々と模擬戦の結果を告げる。
『模擬戦闘終了。 ガントレット1、機体に致命的損傷と判定。 よってブレイブ2、御剣少尉の勝利です』
ステラが結果を言い終えた瞬間、ユーコン基地に二人の健闘を称える拍手が響き渡った。
・ PM6:30 ユーコン基地 アルゴス小隊戦術機ハンガー
模擬戦を終え、デッキに固定された機体から降りる冥夜と菫を待ち受けていたのは拍手と歓声の嵐。 一連の戦いはユーコン基地のみならず横浜基地でも中継が行われており、それを見た全ての人々が熱狂し、二人の技量と機体性能の高さを大いに称えた。
特に冥夜の武御刀の注目は予想以上であり、カイゼルと並び戦術機の新たな可能性に技術者たちは心躍らせた。 課せられた任務を終えて一段落した二人は、詰所にてささやかな祝杯を挙げていた。
「流石白銀君が見込んだだけあるわね、私も思わずムキになっちゃったわ」
「いえ、武御刀が力を貸してくれたお陰です。 それより、菫さんの機体を損傷させてしまって・・・」
「気に病む必要は無いわ。 修理はここにいる電脳暦世界の人が協力してくれるみたいだし、大尉もこの機に何かするかもしれないしね」
グラス片手に冥夜に告げる菫は、とても嬉しそうな表情を浮かべる。 かつてより抱いていた望みを達成出来、その実力が確かな物である事に、菫はとても満足しているのだ。 対する冥夜も同様に、武を導いた菫の実力が偽りではないという事実に安堵している。
このまま何もなければ横浜に帰るだけ、そう思っていた二人がいる詰所に、タリサが緊迫した表情で飛び込んでくる。
「御剣少尉、霜月少尉、大変だよ!」
「マナンダル少尉? そんなに慌てて、何があったの?」
「それが・・・!」
息切れしながら話すタリサの説明に、二人の顔から笑顔が消える。 その内容はユーコン基地とソ連軍、そして横浜基地によるエヴェンスクハイヴ攻略作戦の発動だった。
2001年12月3日:ユーコン基地、ソ連軍、横浜基地共同によるエヴェンスクハイヴ攻略作戦を発動。 発動と同時に夕呼は支援部隊を派遣すると同時に、ユーコン基地に滞在する冥夜と菫に同作戦に参加するよう通達。