・ 2001年 11月 30日 AM10:24 国連軍横浜基地 第1演習場
「ねえ彩峰? 今やってる演習で、私達が勝てると思う?」
「・・・さあ。 勝てるかどうかは私達と相手のやる気次第」
瓦礫と半壊したビルが立ち並ぶ第1演習場、その一角でエレメントを組む千鶴と慧が全周警戒を行いながら
簡潔に言葉を交わす。 他の207メンバーも演習場内に散り散りになり、現在は二人のようにエレメントを組み、
演習場の各所に潜伏している。
このままの状態を維持するか、それとも自ら打って出て仲間達が連動して行動を起こしてくれるのを信じるか。 隣に居る慧が行動を起こす前にと千鶴が考えていたその時、いくつかの跳躍ユニットの噴射音と銃声が演習場の静寂を打ち破った。
「誰か見付かった・・・!」
「あっ! 彩峰!?」
千鶴の静止の声を振り切るかのように、彩峰の晴嵐が音がした方角へ飛び立つ。 やはりこうなるのかと思いながら千鶴もその後を追い、爆発と共に煙が立ち上るその場所を最大望遠で観察する。 そこには1機の晴嵐の頭部を掴み、廃ビルへ叩き付けている濃紫色の戦術機の姿に、千鶴は思わず息を呑む。 そして機体が叩き付けられた衝撃で気を失っていた光が、息も絶え絶えに千鶴達に声を発した。
「逃げて榊・・・! この機体は、普通じゃない・・・!」
朦朧とした意識で喋っているであろう光の声、そして目の前に広がる光景に千鶴の顔が恐怖で引き攣る。 本来はデリケートな部分である戦術機のマニピュレータ、それに近接武器も持たずに直接格闘戦で晴嵐を撃破する。 その事実が、あの機体が通常の戦術機ではないことを十分に語っていた。
「彩峰、今の聞いたわね」
「・・・聞こえてる。 私だって、無策で突っ込むほど無鉄砲じゃない」
網膜に映る互いの顔がこくりと頷き、千鶴と慧は演習場内に身を潜めている仲間達と合流する目的で二手に分かれる。 電磁推進ユニットから鮮やかな噴射炎を輝かせ、2機の晴嵐が廃ビルの隙間を縫うように進む。 互いにフォロー可能な距離を無意識に保っているのは、2人の日頃の相性から来るのだろうか。 そして濃紫色の戦術機は、千鶴を新たなターゲットとして追撃して来た。 警報が管制ユニット内に鳴り響く中、千鶴は慧に新たな指示を送る。
「食い付いて来た、彩峰! 見殺しにしないでよ!」
「そっちこそ、手を抜いてすぐにやられないでよね」
慧の応答を聞いた後、千鶴はフットペダルを踏み込み機体を加速させる。 今回の演習における彼女達の相手、それはこの日初めて公開された戦術機『武御刀』と、その衛士である御剣冥夜だった。
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#39 急転
・ 同時刻 横浜基地 中央司令室
「武御刀、高原機を撃破。 同時に榊機と彩峰機を補足、追撃を開始しました」
「そう。 ピアティフ中尉、データはどんな些細な事も記録して頂戴」
了解というイリーナの復唱を聞いた後、夕呼は中央司令室のメインモニターに移る武御刀の姿を食い入る様に見つめる。 G元素を用いたメガドライヴを搭載し、武のカイゼル以上の力を秘めし機体。 そしてその性能を最大限発揮するべく、ヴァルキリーズの中から選ばれた冥夜。
このハードとソフトの組み合わせによる、旧207小隊全員を相手にした模擬戦闘がどのような結果をもたらしてくれるのか。 夕呼だけではなく横浜基地の全員、そして中継を通じてこの戦いを視聴している誰もが固唾を呑んで見守っていた。
武御刀の背部に添え付けられているメガドライヴが駆動し、G元素を原料に用いたフライホイールが蓄積されていた慣性エネルギーを放出。 甲高いドライヴの駆動音と共に、武御刀の機体が跳躍ユニットを使わずにフワリと宙に浮く。
「来る・・・!」
冥夜の攻撃を千鶴が察知したと同時に武御刀の跳躍ユニットが火を噴き、慣性エネルギーの解放と相まって驚異的な速度で千鶴の晴嵐に迫る。 今撃たないと確実に狩られる。 反射的に突撃砲を武御刀に向け、照準もままならぬままトリガーを引いた千鶴だったが、射線上からは武御刀は忽然と姿を消していた。
「彩峰! そっちに行ったわよ!」
「・・・もう追いかけられてる」
怒号にも等しい千鶴の呼びかけに何時もの口調で答える慧だったが、内心はそうではなかった。 BETAを相手にしていないのにも関わらず、ただ未知から来る恐怖だけが彼女の心を蝕んでいたのだ。 鎧武者のような勇猛さを彷彿とさせる武御雷のそれとは違う、まるで鬼のような禍々しさを持つ機体デザイン。 そして何の武装も保持せずに光の晴嵐を撃破せしめた戦闘力。 そしてそれを行ったのは、自分達と共に戦い、そして乗り越えてきた仲間である冥夜だという事実。
まるで人が変わったような彼女の所業に、冥夜を知る誰もが己が目を疑っていた。 いや、今の冥夜は本当に人が変わっているかもしれない。 晴嵐の跳躍ユニットの出力を限界まで出しながら、武御刀の追撃を必死で逃れながら慧は思った。
「(あれは・・・鬼だ!)」
此方を睨み付ける武御刀を見つめながら、慧は心の中で叫んでいた。 BETAに屠られた数多くの人々の怒り、憎しみ、悲しみ、怨念。 それらの不の感情が具現化した姿があの鋼鉄の悪鬼であり、そして今の自分達は、その鬼に捧げられた生贄なのだと。
「・・・だからって!」
「止めなさい彩峰! 一人で勝てる相手だと思っているの!?」
千鶴の静止など耳に届かない慧はフットペダルを踏み込み、電磁推進ユニット全開で捨て身の吶喊を仕掛ける。 例え207全員が束になってかかったとしても、今の冥夜と武御刀に適う訳がないと彼女は気付いてしまった。
どうせ負けることが決まっているのなら、せめて一太刀決めてから。 突撃砲を付き立てながら吶喊する慧の思考回路は、その目的を達成することだけに切り替わっていた。
トリガーを引き、発砲。 機体に掛かる慣性や反動を吸収するメガドライヴの恩恵により、寸分の狂い無くペイント弾の群れが武御刀に吸い込まれて行く。 対する武御刀はメガドライヴに蓄積されていた慣性エネルギーを開放。 航行速度へ瞬時に移行し、容易く銃撃から逃れる。
「逃がさない・・・!」
何時までも機械任せにしていたら無駄弾を増やすだけ。 慧はFCSのオートエイミング機能をカットし、手動による照準で武御刀に狙いを定める。 その予想は的中し、高速で移動する武御刀に徐々に射線が乗るようになった。 そしてその様子を見た千鶴は、残っている207メンバー全てに向けて叫ぶ。
「全機兵器使用自由! 一気にたたみ掛けるわよ!」
『了解っ!』
千鶴の一声を合図に、待っていたとばかりに瓦礫のそこかしこから晴嵐が跳躍ユニットの輝きと共に飛び出し、己が得意の間合いと得物で冥夜に挑む。 美琴機が誘導弾の一斉射撃で追い立て、茜と多恵のコンビが慧のサポートへ急行し、直美と晴子が射撃を駆使し回避ルートを抑える。
何もかもが不利な状況で、一人の独断先行から最善の作戦行動を立てる千鶴。 その手腕と成長を垣間見たみちるは、思わず口元を緩ませた。
「(やるようになったな榊、お前、いや、お前達なら・・・)」
電脳暦世界の技術がこの世界に導入され、戦術機を基点に対BETA兵器の開発が日進月歩の勢いで進んでいる。 それをもたらす切っ掛けを作った武は勿論の事、彼の指導を直に受けた207の面々はその概念を受け入れ、衛士となった今ではそれらを積極的に活用している。
外部の環境に適応した生物のみが生き残るという有名な学説を信じるならば、自分達はそれに適応できずに表舞台を退く部類に入るのだろうなと、みちるは痛感していた。 だがこの永遠とも思えるBETAとの戦いが、自分や彼女達の世代で終わらせることが出来るかもしれない。 そういう考え方もあると思うと、みちるは不思議と悔しさを感じなかった。
「(この戦いが終わったら、アイツに会いに行くかな・・・)」
今もこの同じ空の下で戦い続けるであろう想い人を馳せながら、みちるは激戦が繰り広げられているモニターを眺め続けた。
・ 同時刻 横浜基地 B19フロア 純夏の部屋
常夜灯に照らされるベッドの上で、純夏は先日ケイイチから告げられた事実から逃れようと布団の中で蹲っていた。 自分との再会を夢見て、平行世界の壁を越えてまで愛にきてくれた武が、通常の存在とはかけ離れた状態であるという事実。
「どうして、タケルちゃんは確かに”そこ”にいる。 それなのに・・・!」
何度もその可能性を否定しようとした、何度もその真実を覆そうと考えた。 だが自分の知力では到底夕呼やケイイチのような結論にたどり着くことは出来ない。 そして彼をそのようにしてしまったのは、他ならぬ自分であるという罪悪感に、純夏は心が押し潰されそうな感覚を感じた。 だが、それでも逃れられぬ事実であることには変わりは無い。 まるで許しを請うかのように、純夏はケイイチの口から聞かされた武の真実を呟いた。
「あのタケルちゃんが、無数の平行世界から集められた存在だなんて・・・」
-その真実を説明するには、11月24日の90番格納庫へ、少し時を遡らなければならない。-
「それは本当なんですか、サギサワさん!」
「僕が言った事は、すべて香月博士が提唱した説だから間違いないと思う。 そう。 君や僕達の前に存在している白銀君。 彼は数多の平行世界から掻き集められた”白銀武”という存在の集合体だ」
「そんな・・・! タケルちゃんが・・・!?」
ケイイチの口から語られた、あまりにも残酷な真実に純夏は言葉を失う。 自分を探すために苦しみ続けた彼が、もはや普通の存在ではないというのだから無理も無い。 その理由を彼女が問いただそうとした時、ケイイチが一足早くそれを語り始めた。
「この世界の白銀君はBETAに殺され、君も脳髄だけの姿にされてこの横浜ハイヴの深部に囚われの身となった。 そして横浜ハイヴ攻略戦でG弾が使用された時、ある現象が起きたんだ」
「それは・・・?」
「G弾の詳しい事は、僕らの技術力でも完全には解明出来ていない。 ただ一つ分かっていることは、炸裂した際に発生する膨大なエネルギーが、他の平行世界まで伝播して何らかの影響を及ぼすという事だけなんだ」
「他の世界に影響って、タケルちゃんがこんな世界に飛ばされたのはそのせいだって言うんですか!?」
「それもあるけど、G弾のエネルギーに加えて、脳髄だけとなった君の思念が上乗せされて、白銀君はBETAが存在する平行世界に飛ばされたんだよ」
「私が、私のせいでタケルちゃんが・・・!?」
武をこのような運命に巻き込んだのは他ならぬ自分。 純夏は藁をも掴む思いで、ケイイチに更なる真相を聞き出そうとする。 苦渋の表情を純夏に見せながら、ケイイチは話を続けた。
「G弾のエネルギーと『白銀君に会いたい』という君の強い思念が合わさって、この世界に隣接する平行世界の扉が開き、白銀君に関わる因果が少しずつ流れ込んで来た。 これが最初にBETAの世界に白銀君が飛ばされた原因だと、香月博士は推測している。
そして博士は君の願いが達成されない限り、この因果と輪廻の呪縛は解き放たれることは無いと付け加えていた」
「じゃあタケルちゃんは何故、サギサワさんの世界に飛ばされたんですか?」
「”力”を欲したいと願ったからさ」
「えっ・・・?」
ケイイチが告げた答えに、純夏はきょとんとした表情を浮かべる。 だが自分の願いが武を呼び寄せたという夕呼の仮説を思い出すと、あながち彼が冗談を言っているとはいえない。
「君が白銀君を求めたように、白銀君もまた自分が皆を救えなかった事を悔やんでいた。 そして彼が死ぬ度に、、また最初に飛ばされた時間からやり直すことになる。 だけど、因果というものに”イレギュラー”があるのなら、今回がまさにそれさ。
彼の『皆を守る力が欲しい』、その一つの強い願いが虚数空間に残ったG弾のエネルギーに作用し、僕らの世界につながる扉を開いた。 僕らの世界の火星にBETAのハイヴが出現したのも、その副作用じゃないかと僕は考えている」
ケイイチの推測によると、武が元の世界で遊んでいたゲーム『バルジャーノン』、それらが持つ世界観や機体が内包する因果が、武を電脳暦世界へと導いたというのだ。
「白銀君と君が再会出来た事で、彼を縛っていた因果のループは一応断ち切られた。 だけど、あらゆる世界の”白銀武”の集合体である彼の存在は、あまりにも不安定だ」
「じゃあ、このままじゃタケルちゃんは・・・」
この先の答えは分かっているはずなのに、それなのに純夏は尋ねられずにはいられない。 ケイイチは伝えることを一瞬躊躇うものの、その答えを純夏に告げた。
「・・・このまま彼の願いが成就された時、白銀君は間違いなくこの世界から消滅する」
武との辛い別れが確実に迫っていることを知って以来、まるで底なし沼に嵌ったかのような絶望感に打ちひしがれたままでいる純夏。 そんな彼女の心に呼応するかのように、ユーラシアの各戦線ではある異変が起こり始めていた。
・ 2001年 11月30日 PM4:08 ハンガリー共和国 ブダペストハイヴ勢力圏内
『セガール6よりセガール1へ、新たなBETA増援を確認!』
『踏ん張れセガール6、今支援砲撃要請をした。 着弾まで160セコンド!』
大小様々なBETAが跋扈する相変わらずの戦場、そこではセガール中隊のVOX系VRがそれぞれの得物でBETAを粉砕して行く。
「クソッ! 戦車級を捌ききれない・・・!」
「落ち着けデミトリ4! 今フォローに向かう!」
傍らでは東欧州同盟のMIG-23やMIG-27、更には虎の子のMIG-29”ファルクラム”やSu-27”フランカー”が36ミリ弾を浴びせ続けている。 戦術機とVR、2つの世界で生み出された鋼の巨人が共に背を預け、この硝煙と血肉の匂い漂う戦場を戦っている。
上の連中が何を企んでいようが関係ない、必要なのはどうやってこの地獄を共に切り抜け、そして生き残るか。 何時しか彼らのように前線で戦う衛士とVRパイロットの間には不思議な絆と信頼が生まれていた。
要請していた支援砲撃が予定通りに着弾し、濛々と立ち込める煙の中からそれを耐え抜いた要塞級の巨体が姿を現す。
『要塞級4体健在! おい衛士さんよ、コイツはどうやって倒す!?』
「足と胴体の間接を狙え! 衝角と溶解液に気を付ければ、アンタらにとってはただのデカイ的だ!」
『了解! 派手にぶちまけてやるぜ!』
おそらく要塞級との戦闘はこれが始めてなのだろう。 デミトリ1の助言を聞いた1機のVOXジェーンがダッシュを開始。 行く手を遮ろうとする小型種を踏み潰しながら、固まって前進する要塞級へ肉薄する。 要塞級の腹部に備わる衝角がにゅるりと伸び、鞭のように触手をしならせVOXジェーンに襲い掛かる。
『虫に刺されるのは、もうコリゴリなんだよぉ!!』
昆虫的な外観を持つ要塞級を見て過去のトラウマが掻き立てられたのか、ジェーンのパイロットがそう叫びながら右腕のチェーンソーを射出。 要塞級の本体と衝角を繋ぐ、長い触手をいとも簡単に切断する。 そして切断した部分から溶解液が噴出し、これで要塞級は巨体で踏み潰す以外の攻撃手段を失った。
戻ってきたチェーンソーを回収したVOXジェーンは、両肩のハッチを開放。 本来は面制圧用のマイクロナパームを懐目掛けて発射する。
至近距離でナパームが炸裂し、要塞級の頑強な表皮が砕けて醜悪な内臓部分が露となる。 VOXジェーンは左腕に備わっているクローアームから放たれるファイヤーボールを叩き込まれ、要塞級の1体が崩れ落ち沈黙した。
『奴ばかり独り占めさせるな! 名を上げたい奴は、俺に続け!』
「余所者に負けてたまるか! デミトリ全機、フォーメーション”ティアーズ・シャワー”! とことん蹴散らせっ!!」
撃破された要塞級が崩れ落ちるのを皮切りに、セガール隊のVOX数機が要塞級の群れに突入。 先行して1体を仕留めたVOXジェーンと共に次々に周辺のBETAを血祭りに上げる。 対してデミトリ隊も戦車級といった小型種に標的を絞り、セガール隊の活動を支援する。 自分達が駆る機体が出来る事を理解し、両陣営のパイロット達は互いに声をかけるまでも無く、阿吽の呼吸で行動に移している。
これも戦士の本能がなせる業なのか、それとも互いの対抗意識が生み出した末の奇跡なのか。 戦場に存在するBETA固体が半分になろうとしていたその時、スウェイキャンセラーでも軽減できないほどの揺れがデミトリ隊とセガール隊を襲う。
「これは・・・!」
「振動パターン一致、隊長! 母艦級が来ます!!」
「母艦級の口が開いたらそこにありったけ叩き込め! 奴らの増援を許すな!」
更なるパターン解析の結果、複数の母艦級が侵攻中だという。 部下たちの復唱を聞き終え、母艦級の出現に備えてデミトリ隊が展開。 それを聞いていたセガール隊の面々も周囲のBETAを片付けながらフォーメーションを調整する。 そして地響きが最高潮に達した時、舞い上がる土砂と共に最初の母艦級が姿を現した。
「出てくるぞ、食い残しは絶対に許さん!!」
『ハッ、特盛り上等ォ!!』
母艦級の口が開き、そこから夥しい数のBETAがあふれ出ようとする。 そこへ全ての機体の得物が一斉に火を噴き、まるで歓迎するかのように銃弾砲弾を雨あられと浴びせかける。 この母艦級が最後ではない、戦場にいる全てのBETAを殲滅させるまで戦い続ける。 絶望を焼き払うかのような闘志を燃やしながら、各々の衛士とVRパイロットはトリガーを引き続けた。
・ 2001年12月1日 AM8:04 横浜基地地下最深部 90番格納庫
「カイゼルの更なる強化、ですか?」
「うん。 皆の機体が良くなっているのに、君だけカイゼルのままだとあんまりかなと思ってね」
凄乃皇五型への改装が後一息となり、作業員達が人一倍走り回る90番ハンガー。 その一角に固定されているカイゼルの前で、ケイイチがまた新たな話題を武に持ちかける。 カイゼルの強化は先のアラスカ救援の際に武装ユニット”スプーキー”を装着した事で終わっていたのではないか?
期待のスペック的でも衛士の技量的でも、まだまだ207の皆には劣ってはいない。 己が持つプライドを壊すつもりかと、武が眉間にシワを寄せた。
「何も君が弱い何て言ってないよ。 スプーキーは追加装備にして見ればサイズが大き過ぎるし、投棄してしまえば素のカイゼルに元通りさ」
確かにカイゼルが装着したスプーキーはその圧倒的な火力と防御力で、ユーコン基地を襲撃していたテロリスト達を瞬く間に鎮圧して見せた。 だがサイズの大きさから敵機の集中砲火を受けた他、小回りが利かないといった欠点も露呈させてしまう。
百発百中の光線級の前に躍り出たら、ただのデカい的になる事必死だ。 ケイイチが持ちかけようとする内容を、武が先に口にする。
「じゃあ今度は、カイゼルそのものを?」
「ご名答。 凄乃皇のように全面改装とまでは行かないけど、単機でハイヴ制圧出来る程の性能を持たせるつもりさ」
ケイイチの話によると、カイゼルの機体各所にリアクティブアーマーの要領で追加装備を施すつもりらしい。 カイゼルがそこまでの強化を施される事を聞き、武は驚きと共に多少の恐怖を感じていた。
対BETA、対戦術機のどちらにおいても、VRに準ずる性能を持つカイゼルはこの世界の希望と言うべき機体だ。 それだけでも十分な強さを示しているのに、 これ以上何を強くするというのだろうか?
凄乃皇の件もそうだ。 銑鉄作戦でその勇姿を世界に見せ付けた凄乃皇参型でも、ハイヴ制圧に十分な性能を有しているというのに、五型では過剰すぎる性能を予定しているではないか。
「(一体、ケイイチさんと夕呼先生は何と戦うつもりなんだろう。 だけど、俺は・・・!)」
それでも、仲間たちを守るための力が欲しい。 武は固定されているカイゼルの機体を見上げた後、ケイイチに強化の件を頼むと頭を下げた。
・ 同時刻 食堂
「あっ、霜月少尉!」
「あら、皆揃って遅めのご飯かしら?」
「ええ。 先程まで実機訓練をしていたので・・・」
食後の余韻を楽しむ菫の耳に、壬姫が呼ぶ声が届く。 声のした方を見ると、訓練を終えて一段落した千鶴達の姿。 最初に声をかけた壬姫は勿論だが、菫に答える千鶴の顔も疲労の色が隠せない。
一体どの様な訓練を行っていたのか菫が問いかけようとすると、後ろにいた美琴の口が開く。
「それにしても凄かったよね~冥夜さん。 ボク達が束になってかかっても、結局一発も被弾しなかったんだよ」
「一発も・・・!? それで、御剣さんは今何処に?」
「演習を終えて真っ先に香月副司令の元に行きましたよ」
「・・・本当、無茶し過ぎ」
晴子と慧の言葉に、菫は武御刀の性能と、それを駆る冥夜のポテンシャルが自分の想像以上だった事に、驚きの余り生唾を飲み込む。 武御刀の実機試験を兼ねた演習はまだ指で数えるほどしかなく、冥夜自身も殺人的な機動力と破壊的な武装を持つ武御刀の性能を扱いきれてはいない。
だが207小隊全員を相手にするという無謀極まりない状況を前にしても、冥夜は一度も被弾判定すら出してないというのだ。 そして彼女達が次々に語る冥夜と武御刀の勇姿を聞いた菫に、ある一つの願望が浮かぶ。
-彼女と手合わせしたい-
他のメンバー同様に武に触発され、専用機である武御刀の支給という大きな変革を得ている冥夜。 そんな彼女と戦えば自分も更なる極みへと進むことが出来るかもしれないと、菫は考えていたのだ。 彼女の行方を追うべく配膳トレーを手に席を立つ菫に、光と直美が声をかける。
「何処行くんですか? 菫さん」
「まさか、御剣さんの所に?」
「ええ、ちょっと彼女と話したいことがあってね」
そう告げると年上と思えぬ無邪気な笑顔を見せ、菫は食堂を後にする。 彼女の真意が掴めぬまま、慧以外の皆はきょとんとした表情を浮かべるばかりだった。
・ 同日 AM8:27 横浜基地地下 香月ラボ
「ご苦労様。 それで、いい加減あの機体にも慣れたかしら?」
「はい。 これまでの皆との演習で、武御刀の特性も大分掴めました」
「そう。 でも気を付けなさい、あの機体は衛士をも殺す可能性を秘めているからね」
機体内で収集されたレコードを夕呼に渡した後、冥夜は機械だけでは解からない報告を夕呼に告げる。
彼女達がラボで二人きりになるのはこれが初めてではなく、冥夜は実機演習後必ず自分の下へ直接データを渡すよう夕呼から厳命されている。 そして同時にこの報告は、簡易的なカウンセリングも兼ねているのだ。
慣性エネルギーを制御するメガドライブを搭載してもなお軽減できないG、装備された数々の武装を状況に合わせて制御する等、武御刀の衛士である冥夜には通常の戦術機の操縦とは比較にならない負担が掛かっている。 そして更に常に緻密な調整が行われて来た武のカイゼルや霞のエンジェリオと異なり、武御刀は極めて短期間で実戦に使えるように仕上げなければならない。
そうした精神的なプレッシャーにも冥夜は耐えなければならず、夕呼はこのカウンセリングに衛士であるまりもやみちるにも協力を仰いでいる。 冥夜の消耗とノルマの達成というキワドイ均衡をかろうじて保ち、武御刀が完成してくれればと夕呼が思っていたその時、インターホンから彼女を尋ねる声が聞こえてくる。
「香月副司令、お話があるのですが宜しいですか?」
「香月先生~、凄乃皇のシミュレータ結果持って来たよ~!」
菫の声に続いて、なんとも間の抜けた純夏の声が聞こえてくる。 監視カメラには部屋のドアの前に立つ、純夏と菫の姿。 夕呼はため息を吐きながらドアのロックを解除し、二人を中へと呼び寄せる。
「鏡、ディスクはあたしのデスクに置いといて。 で、霜月少尉の用件って?」
大事な時に邪魔するなという夕呼の表情に、純夏はそそくさと凄乃皇のシミュレーションデータが収まった光ディスクを置きに行く。 一方の菫は夕呼の鋭い視線に晒されながら、冥夜をチラリと見て自身の願いを口にする。
「はい。 御剣さんの武御刀と、実機による模擬戦闘をさせて欲しいのです」
「御剣と貴方が模擬戦? 正気なの?」
武御刀と冥夜の調整がまだ終わっていないという矢先に、コイツは何を言っているんだと疑心に満ちた表情を見せる夕呼。 しかしそう頼み込む菫の目に曇りは無く、その瞳の輝きには武と通じるものがあった。 そして武御刀が、VR相手に何処まで通用するか試してみたいという願望が夕呼の中に生まれ始める。
「私からもお願いします。 白銀中尉をここまで導いた者の実力、今ここで試してみたいのです」
「御剣、アンタまで・・・!」
そして彼女の願望を加速させるように、今まで沈黙を貫いていた冥夜も菫との模擬戦を望む。 双方合意の上、自分の興味を満足できる状況が出来上がっている。 職権乱用と罵られても良い、自分はこれから行われる戦いの行く末を見たいだけだ。 二人の熱意に押された演技をしながら、夕呼は菫と冥夜に答える。
「仕方ないわねぇ・・・ 今回だけ特別よ?」
「本当ですか有り難うございます!」
夕呼の許しを得ることが出来て、感謝の言葉と共に胸を撫で下ろす菫。 そして敬礼を済ませたあと、彼女は早急に部屋を後にする。 その様子をデスクから見守っていた純夏には、能力制限が掛けられているため彼女達の心の内を読む事は出来ない。 だが菫を見送る夕呼の表情は、やけに嬉しそうだった事に気付いていた。
2001年12月1日:国連上層部、プタベストハイヴ勢力圏における戦闘結果から、母艦級BETAの対処法を確立。 VR隊との連携を強化すると同時に、メガドライヴ搭載型戦術機の開発と量産を世界各国のメーカーに通達する。
同日:香月夕呼、対BETA戦テストを考慮した武御刀のデモンストレーションの協力を、国連軍アラスカ・ユーコン基地へ秘密裏に依頼する。