・ 2001年11月24日 AM10:52 アメリカ合衆国 アラスカ州 国連軍ユーコン基地 第1演習場
「ユウヤ、そっちに1機行ったぞ!」
「任せろ! 俺一人で仕留める!」
アクティヴ・イーグルを駆るタリサの呼びかけ、それに答えたユウヤの不知火弐型が跳躍ユニットを唸らせ迎撃を開始する。 軽快に匍匐飛行でアラスカの大地を駆ける弐型の先には、濃紺の電磁波吸収剤含有塗料に色塗られたF-22A”ラプター先行型”が、AMWS-21の銃口をこちらに向けて交戦の構えを見せている。
発砲。 ユウヤは弐型の肩にあるスラスターを小刻みに吹かし、着弾と照準を左右に反らしながらラプター先行型に迫る。
「姿が見えてれば、ステルスなんか意味無いんだよ!」
そう言い放ったユウヤは、弐型の手が持つ新兵装の銃口をラプター先行型に向け、ためらいも無くトリガーを引く。 JIVESで再現された弾丸とマズルフラッシュは、紛れも無く99型電磁投射砲のそれだった。
01型携行型電磁投射砲。 それがユウヤの不知火弐型に与えられた新兵装の名である。 99型電磁投射砲の欠点であった取り回しの悪さが改善され、通常の突撃砲と同じサイズでありながらそれ以上の火力を実現している。
これも武達を通じて得た電脳暦世界の技術の賜物であり、アルゴス試験小隊に限らず各国の試験部隊もこぞってその技術を手に入れ活用している最中だった。 BETAとの戦いにおいて別の意味を持って最前線であるユーコン基地、その本来の役目が最大限に発揮されているのだ。
超高速で迫るペイント弾を回避出来るはずも無く、返り討ちにあったラプター先行型のボディに黄色い塗料の花が咲く。 敵機撃破判定の報告を受けたユウヤの耳に、新たな敵の到来を告げる警告音が届いた。
「っ、いよいよ親分のお出ましか!」
濃紺の左肩に描かれた”無限大”を意味するエンブレム。 それ同じ名前を冠した教導部隊を率いるリーダーであり、ユウヤ最大のライバルと言える衛士が駆るラプター先行型が、正に得物を見つけた猛禽類の様に上空から接近する。
そしてそのラプターにはやはりと言うべきか、ユウヤの弐型が装備するそれと似た、中型のライフル的な重火器を装備していた。
「新しいオモチャを作って楽しんでいるのは俺達だけじゃないってことかよ、レオン!」
「そういう事だ。 お楽しみはこれからだぜ、ユウヤ!」
互いに銃口を向け合い、ほぼ同タイミングでトリガーを引く二人。 それがテロリスト達の襲撃により凍結されていた統合戦闘演習『ブルーフラッグ』再開の合図となった。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#38 流動
・ 同時刻 日本帝国 国連軍横浜基地 90番格納庫 作業員詰所
「先行型とはいえF-22が相手、ブリッジス少尉は大丈夫か・・・?」
「大丈夫だって、彼の強さは君が一番知っているはずだろう?」
徐々に真の姿に変わりつつある凄乃皇が鎮座する90番格納庫。 その片隅にある詰所でケイイチと武の二人がノートパソコン程度の端末を用いて、アラスカで繰り広げられるユウヤ達の活躍を観戦している。
既にJIVESの演出効果が施されている端末モニターに映し出される、ユウヤの不知火弐型とレオンのラプター先行型の手に汗握る決闘。 それを食い入るように見つめる武とは裏腹に、ケイイチは楽観した面持ちでモニターを眺めていた。
それもその筈、携行型電磁投射砲のデータを提供したのは、他ならぬケイイチだからである。 アラスカにおいて武とユウヤとの一騎打ちを終えて横浜に戻る間際に、ケイイチはアルゴス小隊のデータベースに一定の時間が過ぎると公開されるようデータを仕掛けていたのだ。 しかもご丁寧に設計図以外にも、電脳暦世界からの材料調達の方法やその連絡先まで記載して。
その後唯依とイブラヒムがケイイチの置き土産に気付き、半信半疑で活用した結果、完成した投射砲が不知火弐型の右手に握られているのである。
牽制射撃を掛けようとする弐型に気付いたレオンのラプターが、1テンポ早く回避行動を取る。 超高初速を誇る電磁投射砲の銃撃を回避する方法は撃たれる前に相手を仕留めるか、それが出来なければ相手の狙いを妨げるかの2択しかない。 小刻みに連射される牽制射撃を一通り回避すると、反撃とばかりにレオンも愛機が装備する得物の狙いを不知火弐型に定める。
電磁投射砲と同じコンデンサーへの甲高い充電音が響き、銃口の先端から凄乃皇のそれと同じ燐光が迸り、閃光と共に幾多もの光弾が放たれる。 その映像を見た武は、あの装備が如何なる物か即座に気付いた。
「せ、戦術機サイズの荷電粒子砲・・・!」
この世界ではまだ絵空事とまで言われた戦術機用の荷電粒子砲、だがJIVESによる再現とはいえ現実の物としてレオンのラプターが装備し、それを不知火弐型の上方から掃射しているではないか。
まさかケイイチがアルゴス小隊へ送ったデータが流出したのか。 そう武が思っていると、先程まで楽観していたケイイチの表情が一転して険しい物となっていた。
「やっぱり、この世界にいろいろと手助けしているのは僕らだけじゃないって事だよ」
「ケイイチさん、それはまさか電脳暦世界の企業が・・・!」
やはりそうだったかと悟った武の言葉に、ケイイチはモニターを見続けながら頷く。 この世界に電脳暦世界の介入が始まって約半年、あの魔法のような技術を手に入れようと、自分達と同じように世界各国が水面下で暗躍していようと不思議ではない。
無論それはこの世界で最大級の戦力と規模を誇る米国とて同じであり、その結果があの携行型荷電粒子砲なのだろう。 無人機を取り入れた”数”の戦いと、最新鋭機と装備による”質”の戦いという、対BETA、人間を問わない理想の戦闘ドクトリンを形成しつつある。 この期に及んでまだ戦後の支配を見据えているのか。 人間の底無しの欲深さに、武は思わず眉をひそめる。
「そう目くじらを立てなくてもいいんじゃないかな? 本音はどうであれ、あの携行型荷電粒子砲が量産されたら、より有利にBETAと戦える訳だしね」
確かにケイイチの言うとおり、凄乃皇に始まった荷電粒子砲があそこまで小型化されたのは技術的には革命にも等しい事だ。 他にも通常の戦術機に対応したプラズマ推進式跳躍ユニットや各種兵装が開発され、一部の前線では既にそれらの試験運用が始まっている。
このまま急速な技術進歩が進めば何が待っているというのだろうか。 ルビコン川を渡るような、パンドラの箱を開けるような得体の知れない不安と恐怖を武が感じていた時、妙に古臭い詰所のドアがガチャリと音を立てて開く。
「あー、武ちゃんこんな所にいた! みんなが武ちゃんの事探してたよ」
「皆が俺を? どういう事だ純夏」
詰所に入ってきた純夏の呼びかけに首をかしげた武だったが、すぐに皆が自分の事を探していた理由を思い出す。 今日のシミュレーター訓練にて、武はヴァルキリーズの皆にメガドライヴ搭載機の機動特性について教える事になっているのだ。
「すまん純夏。 ケイイチさん、後はお願いします!」
慌てて詰所を飛び出してシミュレーター室へ向かう武の背を見て、クスクスと笑う純夏。 何時になるとも知れぬ次の戦い、その束の間の日常を楽しむ2人の姿を見るケイイチの眼鏡が鈍く光っていた。 そして詰所を去ろうとする純夏を、ケイイチは鋭い声で呼び止める。
「鏡君。 白銀君について、一つ君に伝えたい事がある」
・ 同時刻 横浜基地 香月ラボ
「そうですか、私たちのデータがお役に立てて光栄です」
「お陰で私も天に昇る気持ちだ。 今は母艦級BETAの残骸回収と調査に全力で当たっている」
「各戦線でも新兵装や機体のテストは上々だ、あまりにも事が運びすぎて今すぐにでも反抗作戦を行いたいくらいだよ」
薄暗い自室の端末で何者かと会話をしている夕呼の顔が、モニターのバックライトに淡く照らされる。 モニターには国連や各国軍上層部の面々が映し出されており、所謂『多人数チャット』の進化版とも言うべき形式で、夕呼は彼らと密会を行っているのだ。
そして今回の内容は先日確認された母艦級BETA『メガワーム』の対処、今後の対BETAの動向予測及び電脳暦世界の住人達とどう付き合うのかという議題が上がっている。 実際に母艦級と遭遇交戦した東ドイツ軍幹部に続いて、今度は国連の英国代表の男が口を開く。
「MBV-747A『テムジン747A』でしたかな? あの機体の戦い方は、我が英軍のそれと非常に相性が良い」
大柄なBWS-3を近接戦武装として装備する英軍のF-2000は、古来の騎馬を思い起こさせる機動打突戦術を取り入れている。 そのため似た形状の武装を装備し、中距離主体の戦闘スタイルを持つテムジン系列がこの男はお気に入りのようだ。 また現地で戦う衛士とVRパイロットとの交流も進み、欧州戦線ではもう背中を預けながら戦っている間柄となっている部隊も存在する。
「やはりVRや異世界の力は、今の我々には必要だ」
「左様。 今はBETAとの戦いに勝利し、生き残る。 それが今の我々に与えられた課題であり使命なのだ」
このままこの状態を維持したまま異世界の技術を元に新たな兵器開発を行い、来るべきユーラシアのBETA駆逐に望む。 それが今回の密会にて欧州各国の代表者達が口を揃えて出した答えだった。 どのような形であれ、世界は安定を望む。 やはり自分の持論は正しかったと夕呼が心の中で納得していたその時、発言を通知するチャイム音がインカムを通じて夕呼の耳に入る。
「その結論に至るのは早計ではないでしょうか? 欧州代表の方々」
「ほう、やはり貴方もG弾の魔力に憑かれておいでかな? 米国代表」
皮肉がたんまりと込められた西ドイツ代表の返答に、欧州各国の面々の注目が米国代表の男に注がれる。 凄乃皇とは別のベクトルで生まれた、G弾によるBETAの殲滅を目論む米国。 自国内に大量のハイヴを抱え、BETA由来技術により戦後において巻き返しを企むソ連。 今なお水面下で続いている東西冷戦の当事者たる2国にとって、欧州各国の動向を放置してはいられないし、何より面白い訳が無い。 そして彼らの矛先は、案の定夕呼に向けられる。
『それよりもドイツ代表、異世界の技術を独占し私欲を肥やしている、横浜の香月副司令の方がG弾より危険な存在ではないでしょうか』
「同感ですな。 横浜基地が保有する戦力は、あまりにも過剰すぎる」
米国に続いてソ連代表にバッシングの駄目出しを食らったことに、さすがの夕呼もムッと眉を顰める。 だがここで怯んだら奴等の思う壺。 自他共に認める頭脳と口先を武器に、夕呼の反撃が始まる。
「お二方の言い分はよく分かりました。 ですが私どもが入手した電脳暦世界の技術は、既にこの世界に浸透して来ています。 そして彼らの技術は火星圏と木星圏、その気になれば銀河の彼方へと進出出来る可能性を秘めているのです。
この地球だけではなく、月や火星にもBETAが蔓延っている事実を、お二方はお忘れになったのですか?」
それを聞いた米ソ両国代表の顔色が変わりうろたえる様を見て、夕呼はしてやったりといった表情でほくそ笑む。 BETAやハイヴはユーラシアのみならず、BETAとの戦いが始まる切っ掛けとなった月面や、その存在が確認された火星にも無数に存在しているのだ。
それらのBETAを駆逐するとなれば、もはや国同士の軋轢は障害以外の何物でもない。 そして夕呼に便乗するように、英国代表が再び口を開く。
「香月副司令のいうとおり、我々はユーラシアの戦いが終われば次は月や火星、ひいては太陽系の各所に存在しているであろうBETAを駆逐しなくてはならないのだ」
「そうだ。 かの世界が持つ技術力は、今後の我々の世界にとって大いなる財産となるのかもしれないのだぞ?」
ドイツ代表の発言に、他の欧州各国代表が賛同の声を上げる。 それは自分達より遥か進んだ技術力を持つ世界の住人が向こうから会いに来た、ならばこれを有効利用する手はないと踏んでのことだった。
「それとも米ソの両国は、彼らと戦いを挑んで勝てる算段でも御在りかな?」
「無論持っていますわよね? それで勝てなかったら、お二方の国の面目が地に落ちてしまうどころか、貴重な国土が灰燼に化す可能性もあるわけですもの」
夕呼のとどめの一言に、米ソ両国の代表は口を閉ざし沈黙する。 これまでの戦いから、VRが戦術機を遙に凌駕する兵器であることはこの場にいる誰もが承知している。 それに対して喧嘩を挑むなど狂気の沙汰だ。
ましてや彼らの後方支援部隊は地球衛星軌道上に24時間体制で待機しているのだ。 空の上を抑えられている以上、事を起こした段階で真っ先に部隊を送り込まれ鎮圧されてしまうだろう。
沈黙を続ける米ソ両国代表を軽蔑の眼差しで見つめた後、夕呼は話の本題となるBETAのついて話をする。
「さて、いよいよ本題となる母艦級BETAですが、交戦した部隊のデータから要塞級を含む多数のBETAを輸送できる能力を持っていることが確認されています」
「ふむ。 それに地下深くから出現したとなると、ハイヴの建設や活動範囲の拡大の役目を担っているのかもしれんな」
これまで謎となっていたBETAがハイヴの新設する方法、もし母艦級BETAが新しく生み出された反応炉と、作業分のBETAを目的地まで輸送し建設を行うとなれば合点が行く。 そしてその能力を再度見たフランス代表が、夕呼に的を射た発言をした。
「もし香月副司令の予想が正しければ、この母艦級は地球全土を活動範囲にすることが出来るのではないか?」
フランス代表の発言に夕呼が頷くのを見て、画面に映る各国代表の顔が青ざめ、一斉にどよめきの声を立てる。 これが事実だというのなら、BETAは海よりも深い大深度地下を経由して世界中の何処にでも出現できるということになる。
そうなれば人類側が定義する対BETA防衛線などまったくの無意味であるし、オーストラリア等の後方支援国も決して安全ではないと言う事になる。 やはり人類に残された時間は、あまりにも少ない。 この場において明らかとなった事実に誰もが絶望を抱く中、夕呼はそれを打ち破る秘策を提示する。
「だからこそ私達は、向こう側の連中に足元を見られないよう団結する必要があるのです」
「ほぉ・・・ 香月副司令、やはり・・・!」
「ええ、奴らが望んで中継したがるような作戦を、既に考案中ですわ」
藁をも掴む思いで詰め寄るフランス代表に、自信に満ち溢れた表情で夕呼は答える。 そして時を同じくして、驚愕の事実を伝えられた人物が90番格納庫いた。
「そんな・・・!? それは本当なんですか、サギサワさん!」
「僕が言った事は、すべて香月博士が提唱した説だから間違いないと思う。 そう。 君や僕達の前に存在している白銀君。 あれは・・・」
物語の終わりは何時も突然、そしてそれまでの流れは早く激しく。 この世界と武との別れの時は、着実に近づいていた。