・ 2001年11月19日 AM9:57 国連軍横浜基地 ブリーフィングルーム
「・・・以上が各戦線で確認されたBETAの情報だ。 ここからは霜月少尉が最新情報を直々に説明してくれる」
「はい。 では最初に、各BETA個体の能力から・・・」
スクリーンの反射した光で薄暗く照らされるブリーフィングルーム、そこでみちるに続いて菫がこれまでの戦いで収集し編纂したBETAの情報を、粗末なパイプ椅子に座っているヴァルキリーズの全員に発表する。 そして菫の口から最初に語られたのは、各BETA固体の情報についてだった。
「過去の戦闘記録、私達が参加した銑鉄作戦、そして間引き作戦が継続されている各戦線から、光線種の射程と照射時間には一定の限界があることが判明しました」
地球上の空から航空機の姿を消し、微小な砲弾をも撃墜するBETA光線属種。 AL弾頭や電脳暦世界側のALナノマシン弾頭の運用により対処がしやすくなったものの、その脅威は到底拭い去ることは出来ない。 そんな光線種に対する対処法になるかもしれない情報が見付かったと言うのだ。 冥夜達が食い入るようにプロジェクターを見つめる中、菫は話を続ける。
「この結論の根拠となるのは、光線種BETAが一定範囲内に入らない限り迎撃行動に移らないこと、またレーザーの最大照射時間が長くても数十秒程度に限られている事です」
「つまり奴等のレーザー照射は、無限に行われるわけではないと?」
「はい。 BETA固体のエネルギー源は恐らくG元素、それをもってしてもレーザー照射に必要なエネルギー量は膨大でしょう。 また照射時に発生する熱エネルギーによる自壊を防ぐという意味もあるでしょうね」
凄乃皇の荷電粒子砲も、G元素とそれを反応させる炉であるML機関が無ければ発射不可能なエネルギー量を必要とする。 また光線級や重光線級にある尾や鰭のような部分は、レーザー照射時に発生する熱の排出のためにあるのではと推察されている。
この事から菫はBETAの肉体が炭素系生命体と同じである以上、その技術力をもってしても大気中でも減衰しない大出力のレーザーを長時間に渡って照射する事は不可能だと考えたのだ。
「この世界の技術で光線級のレーザーを直接防ぐ手立ては、G元素の反応で発生するラザフォード・フィールドのみ。 そしてそれを展開可能な機体は、私達が保有する凄乃皇だけです」
「そして光線属種が存在している戦場では、高度を取った跳躍飛行が不可能になるばかりか、支援砲撃の効果が激減する。 光線属種のレーザーを無効化する方法を見つけるのが、今の我々に与えられた課題だ」
こうしている間にも世界では、異世界の軍と協力した間引き作戦が展開されている。 彼らの負担を少しでも和らげるために、この課題の答えを見出さなくてはならない。 彼女たちの心に使命感という炎が静かに、それでいて力強く灯っていた。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#37 演者
・ AM10:47 横浜基地 地下最深部 90番ハンガー
「で、白銀君は誰が良いと思う?」
「えっ? 俺はもう純夏がいますけど」
「そうじゃなくて、武御刀のパイロットはヴァルキリーズの誰が良いのって聞いてるのよ?」
天井から降り注ぐ照明の光に照らされるカイゼルの前で、菫は武御刀の衛士は誰が相応しいか武に問いかける。 ご多分に漏れず、開発が進む武御刀の衛士はヴァルキリーズの中から選ばれる事になった。
しかし武にカイゼル、純夏に凄乃皇、そして霞にはエンジェリオという専用機が存在しているし、みちる達にはメガドライヴ搭載型不知火弐型の支給が予定されている。 となると残された選択肢に、衛士としての可能性を秘めた207組にスポットが当たるのは当然の帰結だった。
そんな菫の問いに対し、武は207組の顔を思い浮かべながら答える。
「そうですねぇ、俺もいろいろと考えてはいるんですけど・・・」
菫の期待に答えられない事にため息を漏らす武。 一癖も二癖もあるメンツばかりの207組の仲間達から1人、武御刀の衛士を選べといわれて武が迷わない訳が無い。
だが射撃が得意な壬姫を乗せるのは近接戦闘よりの汎用機である武御刀には少々偏りすぎだし、彩峰の場合も肉薄ともいえるレベルなので少々不向きだ。 直美、光、多恵、茜、晴子の5人のポジションは中衛なので適性はあるかと思われるが、積極的に前に出ないポジションなので疑問が残ってしまう。
「(委員長は戦闘より指揮が向いてるし、美琴に至っては戦闘スタイルが俺には理解不能だ。 となれば・・・)」
-やはり、冥夜か-
武が消去法で辿り着いた武御刀の衛士候補、それは陰陽の”陰”に当たる機体と同じ存在である、御剣冥夜その人だった。 もはやここまで偶然が重なって来ると、まるで誰かが自分達の運命を操作しているのではないかとさえ思える。
そして答えが出た後に武が菫の顔を見ると、彼女も自分と同じ表情をしてこちらを見ていた。 おそらく彼女も同じ結論だったのだろう。 そして行動を起こそうとする武より早く、彼女の口が開いた。
「白銀君も気付いたみたいね、早速本人の元に行って見ましょうか」
「はい!」
・ PM1:04 横浜基地 屋上
「私が、新型機の衛士の候補に?」
「ああ。 俺と菫さんの予想が正しければ、夕呼先生から通達が来るはずだぜ」
昼下がりの基地社屋の屋上にて、武と菫に呼ばれた冥夜は事の次第を聞かされる。 新型機の衛士という思いもよらない事態に対し、話を聞き終えた直後の冥夜は複雑な表情を隠せないでいた。 だがそんな彼女の態度を気にすることなく、菫は話を続ける。
「武御刀の開発コンセプトと元207小隊各員の戦闘能力、それらを吟味した結果あなたが適任されたの。 決して贔屓とかの理由じゃないから安心して」
「ですが他の皆を差し置いて、私だけというのは・・・」
”前の世界”と同様に、特別扱いされることを何よりも嫌う冥夜。 この状態が続けばたとえ命令であっても、冥夜は武御刀の搭乗を断固として拒否するだろう。 悠陽から送られてきた、紫の武御雷を拒んだように。
その可能性を断ち切るべく説得しようとする武だったが、彼より先に冥夜に声をかけた人物がいた。
「新型の衛士は御剣が適任。 私もそう思う」
「慧!? 何時からそこに?」
「休み中にくつろごうとしたら白銀達が来た。 だから最初からここにいる」
そう武が声をかけた先には、今まで屋上の出入り口の上で3人を見物していたであろう慧の姿。 そして彼女の手には、今や食堂の人気メニューとなった合成焼きそばパンが握られている。
おそらくここで昼を頂こうとした所に武達が現れ、そのまま彼らの話を聞いていたのだろう。 パンを包むビニールを剥がしながら、自分の意見を口にする。
「アレの衛士には御剣が適任、私はそう思う」
「でも彩峰、近接戦闘だったらお前も得意なはずだろう?」
「近接でも御剣とは距離が違うし、長刀を使うのは余り好きじゃない」
近接戦闘と一口に言っても、拳や鈍器で殴ったり、刃物による切断や刺突したりと大きく分けて二つある。 慧の場合は前者であり、彼女が現在乗る晴嵐もそのようなカスタマイズとチューンが施されている。 そして長刀による近接戦闘を主眼とした武御刀のコンセプトに、彩峰は自身の戦闘スタイルと噛み合わない事に気付いていた。
何より千鶴と張り合う時以外にも自分の意思と主張は絶対に曲げない慧が、武御刀の衛士に冥夜を推薦した事に武は驚いた。 これまでの戦いと経験が彼女をそう動かしたのかは分からない。 だが合成焼きそばパンをほおばる直前に見せた慧の表情は、いつものクールさを感じさせない穏やかな物だった。
冥夜は言葉こそ口にしないものの、神妙な面持ちで慧に頭を下げる。 冥夜らしい感謝の表し方に、慧は親指を立てた左手で答えた。
・ 2001年 11月21日 PM3:48 ハンガリー共和国 ブダペストハイヴ勢力圏内
「敵BETA群前衛、距離8000まで接近!」
「VR隊の砲撃後、我々も光線級掃討の為に彼らの後に続く! 気を引き締めろよ!」
直後に舞い込む部下達の『了解!』の復唱を聞き終えた後、東欧州社会主義同盟軍の一中隊を率いる指揮官衛士は、目の前で繰り広げられる戦闘を食い入る様に見る。 彼が参加してもう何度目になるか分からない今回の間引き作戦も半ばに入り、協力者たる電脳暦世界の助っ人達によって彼の部隊は損害という損害なしに戦闘を継続していた。
彼らの乗るMIG-27も、異世界の技術の導入により第3世代機に迫る性能を発揮してくれている。 そして突撃級を主とするBETAの前衛が距離5000にまで迫った時、最前線で正しく目もくらむ閃光が迸った。
「砲撃着弾を確認! 凄ぇ、一発で殆どを薙ぎ払っちまった・・・」
「先輩、光線級が味方についたらこんな感じなんでしょうかね・・・?」
配属されたばかりの新米衛士のつぶやきに、中隊長は思わず頷いていしまう。
最前線で突撃級を横隊陣形で迎え撃つVR隊、それを構成する第3世代型VR HBV-512E2”ライデン512E2”の放ったレーザーが猛スピードで迫る突撃級を一撃の下に一掃したのだ。
120ミリ弾を軽く弾いてしまう突撃級の装甲も、元来対艦戦闘用として開発されたライデンのレーザーにかかれば障子紙に等しい。 そして発射態勢こそ取るものの、光線級のレーザー照射でみられる低出力照射といった予備動作がライデンには無いのだ。 狙われたら回避は不可能という砲撃、自分たちに向けられていないという事実に改めて気付いた中隊長は、部下たちに悟られないよう背筋を微かに振るわせる。 それを見た小隊長の一人が、彼に声をかける。
「どうしました中隊長? アレを見て思わず武者震いですか?」
「あ・・・ああ! 今まで俺たちを悩ませたレーザーを味方が撃っているんだ、興奮しないわけがないさ」
声が裏返りながらも中隊長が答える最中、初回の砲撃を終えたライデン達が重量級とは思えぬ速度で散開。 肩に担ぐバズーカランチャーの砲口から爆炎が吹き出るたびに先程の砲撃を逃れたBETA達が粉砕されて行く。
取り回しや弾薬調達の問題から、戦術機用であれ程のサイズを持つ武装はMk57中隊支援砲や開発中の99型電磁投射砲位しか存在していない。 だが眼前のライデン達は軽々と撃ちまくり、あまつさえそれで要撃級を殴打して撃破しているのだ。
「なんというか、我々の常識とはかけ離れた戦いをしますね」
「異世界の人間だからな、センスも違うだろう」
そう。 彼らはVRという彼らの剣を最大限に生かす戦闘スタイルに則って、こうしてBETAと戦っているに過ぎない。 それを自分達の常識に当てはめてもまったくの見当違いというものだということに中隊長たちは気付いたのだ。 BETAの前衛が半減したところで、ライデン部隊から通信が入る。
『御膳立ては終わったぜ。 さあ、奥に突っ立っている目玉野郎共を潰しに行くぞ!』
「了解した、貴官らの協力に感謝する!」
中隊長が前進準備を命じると同時に、配下のMIG-27が待っていたとばかりに跳躍ユニットを唸らせ、得物を前へ突き出す。 そして彼の号令と同時に、鋼鉄の騎兵達が以前数を減らさぬBETAの海に飛び込もうとしたその時、突如として大地が激しく轟く。
「これは・・・!」
「音紋照合ネガティブ! BETAの増援です!」
「詳細解析急げ! VR隊にもこの事を伝えろ!」
衛士として今までに無い経験を味わうも、中隊長は取り乱すことなく部下達へ陣形の変更と襲来してくるBETAの規模を割り出すよう伝える。 フェイズ5ハイヴの地下茎構造の到達半径は約30キロ。 彼らがいる場所はそこから遥か離れた最外縁部であり、地下茎による侵攻は先ず有り得ない。
「(もしや、この振動は・・・!?)」
振動の詳細解析が進む中、中隊長は先に行われた銑鉄作戦の事例を思い出す。 地下茎以外の場所で確認された、BETAが移動する振動。 時と場所は違えど、彼らが今目の当たりにしている状況はあの事例とほぼ同じなのだ。 そして案の定、部下の口から出た結果は中隊長の予想通りとなる。
「中隊長、結果が出ました!」
「報告しろ!」
「佐渡島で確認された音源と一致! 未確認種によるBETAの増援が、間も無くここに来ます!!」
そう部下が報告し終えた瞬間、爆発のような轟音が辺りに響き渡り、眼前の土砂が間欠泉のように吹き上げられる。 そして降りしきる土砂の中彼らが見た物は、地中から天高く聳える巨大な肉の柱だった。
兼ねてより噂されていた未確認種BETA、それを初めて目の当たりにした中隊長は、反射的に号令を下した。
「全機、フォーメーション<ノーザン・ライツ>で展開! 中から奴らが出てくる前に仕留めろ!!」
『了解っ!!』
中隊長は蓋らしき物が開き始めた肉柱の頂上に向けて照準を定め、MIG-27が両手に持つ突撃砲が同時に火を噴く。 要塞級が2、3体軽く収まる程の図体をしているあの未確認種、本体に攻撃を加えるよりもから湧き出るBETAに狙いを集中したほうが適格だ。
そして他の部隊もその存在に気付いたのか、砲弾やミサイルの類があちこちから吸い込まれるように未確認種へと降り注いで行く。
「おらおらおらっ! 新装備の味はどうだ!」
「出し惜しみは無しだ、たっぷり喰らいな!!」
歩兵用のDshk38重機関銃を象ったデザインをした40ミリ重支援砲、それを装備する後衛のMIG-27が次々に未確認種から湧き出るBETAを撃破する。 A-10”サンダーボルトⅡ”が装備するGAU-8を参考に開発されたこの重支援砲は、オリジナル同様機体の肩に大容量のマガジンを搭載し、長時間の支援射撃を可能としている。
「良い調子だ、このまま押しとどめろ!」
「砲兵隊からの支援砲撃来ます! 着弾まで2・・・1・・・今!」
未確認種の頂上から溶岩の如く、破砕されたBETAの肉片が次々に迸る。 要請しておいた支援砲撃、更にはライデン隊の攻撃も加わり、未確認種が爆炎と閃光に包まれてゆく。 耐久限界を超えたのか、消し炭と化したBETAと共に崩れ落ちる未確認種の姿と共にこの戦いは終わりを告げた。
華々しい戦果を得た事実とは裏腹に、誰一人欠ける事無く帰路を行く中隊長は素直に喜ぶことが出来なかった。
「(これからのBETAとの戦いには、あんなのも出てくるのか・・・)」
希望の光を微かに遮る暗雲に、中隊長は不安の色を隠せない。 そしてこの戦いが単なる始まりに過ぎない事に、彼らは気付くことはなかった。
2001年 11月21日:ブダペストハイヴ勢力圏内における間引き戦闘中、東欧州社会主義同盟軍の舞台が新種BETAを確認。
出現前の振動パターンが銑鉄作戦で確認された物と一致。 戦闘記録を得た横浜基地司令部は同新種を”母艦(キャリアー)級”と命名し、対策を検討中。
同日:大西洋上に建設中の人工島『アトランティス』の基礎部分が完成。 未完成部分が覆いながらも、早くも補給基地として機能を開始する。