・ AM11:37 富士演習場 第1演習場 第1エリア
「(そろそろ接敵してもいい筈なんだけど・・・)」
愛機である陣武を前進させながら、武は『リーフ・ストライカーズ』のメンバーとの遭遇に供える。 演習場に入場して7分が経過し、何処から彼らが現れてもおかしくない状態だ。 索敵範囲を最大まで引き上げ警戒しながら進んで行く内、ついにVRの反応を捉えた。
「えっ、もう目視出来る距離だぞ!?一体何処に・・・!」
機影が見える位置まで来たはずなのに、その姿が全く見えないことに困惑する武。 だがレーダーには、敵機を表す赤い光点が確実に存在している。 そしてそこには草木や花を植えたばかりのように、こんもりと土が盛られていた。
「(オイオイオイオイオイ!? まさかあそこで隠れていますって言うんじゃなかろうな!?)」
なんてベタ過ぎる隠れ方だろう。 ダンボール一つで敵基地に潜り込む伝説の傭兵でも、こんな真似は絶対にしないはずだ。
そんな事を思いながらも、武は銃剣ユニットが装着されている75ミリ突撃砲をその土山に向ける。 すると観念したのか、教導隊のパイロットの方から武に話しかけてくる。
「いや~、悪い悪い。 久しぶりのタイマン勝負だったから、せっかくだから格好良く登場してみようと地面に潜ったんだが・・・」
「あ・・・いえ、こちらこそすいません。 待たせたら悪いかなと思って・・・」
ばつが悪そうに話すパイロットに対し、こちらも律儀に答える武。 そして盛った土の部分が一気に膨れ上がったかと思うと、墓場から這い出てきたゾンビの如く1体の重量級VRが姿を現す。
XBV-714/S 『震電』。 両肩に装備されたレーザー砲により絶大な攻撃力を誇る重量級VRの代名詞、ライデンとは対象的な防御重視の装備を持つ、機動自衛隊の実験機だ。
その両肩にある多目的シールド『バインダー・ロータス』は、防御のみならず機動制御や内蔵レーザー砲による支援攻撃等、あらゆる距離や戦闘状況にて効果を発揮する。 そのパイロットである佑哉が、試合前の挨拶とばかりに武に声をかける。
「地獄の富士演習場一丁目にようこそ。 俺の名は石川佑哉、お前の相手になる『リーフ・ストライカーズ』のサブリーダーさ」
「いきなりそんな人と相手だなんて、イジメとしか思えませんが・・・」
「まあそんなに緊張するな。 俺はあの生真面目バカと違って、ちゃんと手加減はするよ」
そう言った後、佑哉は機体にこびり付いた土砂を叩き落とし、一歩踏み込んで殴り合いの構えを見せる。 対する武が再度突撃砲を構えると、佑哉は彼に向かって叫んだ。
「いくぜ白銀! 抜き打ちテスト第1ラウンド、スタートだ!!」
「はいっ!!」
群青と銀白のブラストを輝かせながら、2体の巨人が富士の大地を駆ける。
-マブラヴ 壊れかけたドアの向こう-
#2.5 緑葉の疾風
演習場に舞う風と土煙、それらを舞い上げるスラスター炎の残滓とそれに炙られた大気が陽炎を立てる。 陣武が放つビーム弾の濁流が、震電に向って吸い込まれていく。 対する佑哉は左手のボムを投げつけ、爆風で相殺、捌き切れなかった弾はシールドで防ぐ。 それら一連のパターンを2度3度繰り返し、武は相手となる震電の鉄壁の守りを実感する。
「くっ、やっぱり近づかないとダメか!」
「そんな豆鉄砲じゃ、俺の震電にかすり傷1つ付かないぞ!」
今度はバインダーに内蔵するレーザー砲のカバーが開き、光の帯が武の陣武に向けて放たれる。 レーザーを用いた攻撃は集束率の高さから攻撃力は高いが、エネルギー消費とVコンバーター負荷の関係上、静止した状態でしか発射が出来ない。
相手がライデン系だという震電の機体特性を掴んだ武は、カバーが開いた時点で彼の視界から逃れ、レーザーを回避する事に成功する。
「逃げるだけなら簡単だけど、このままじゃ・・・」
制限時間の詳細は一切知らされておらず、それまで逃げ続けていられる保証はない。 覚悟を決めた武はスティックを一段と強く握り締め、震電に向って突っ込む。
「いいねえいいねえ! やっぱりVRのバトルはガチンコの格闘戦だよなぁ!」
「その通りですね、ですが俺は負ける気はサラサラありませんよ!」
剣どころかナイフ一本出さず、文字通り素手による格闘戦の体勢で震電が構える。 対する武はブレードを展開したライフルを構え、すれ違い様に斬り伏せようと間合いを詰める。
「どぉりゃああああっ!!」
「せえぇぇい!!」
勢いに任せてブレードを水平に振る武と、フィールドを纏った拳を突き出す佑哉。 その一撃は互いの雄叫びと共に衝突し、青白い放電と衝撃波を周囲に撒き散らしながら硬直状態に陥る。 この力の平衡状態を突破し、相手を地に伏せさせた方が勝つ。
そう直感した武は、スティックをへし折れんばかりに前に倒す。
「俺は、俺は前に進む・・・! こんな所で、いつまでも立ち止っている訳にはいかないんだああぁぁっ!!」
武の雄叫びと同時にVコンバーターが唸りを上げ、ブレードから一段と眩しい閃光が放たれる。 力の均衡が一気に崩れた反動によって、武と佑哉双方共に後ろへと弾かれる。 武より先に態勢を立て直した佑哉の震電だったが、再び殴りかかってくるかと思いきや何もしてこない。
それに震電に対し困惑する武の耳に、佑哉の声が届く。
「ゲームセット。 お前の勝ちだよ、白銀」
「えっ、まだ勝負は付いてない筈じゃ・・・」
「菫さんから聞かされた事をもう忘れたのか? 今回の抜き打ちテストのルールをもう一度思い出してみろ」
「相手を戦闘不能にするか、制限時間内まで生き残る?」
「そう、お前はそのルールのうち1つを達成した。 さて、ここはもういいから早く奥のエリアへ行け。 抜き打ちテストはまだ終わってないぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
制限時間内まで生き残る。 佑哉との勝負に夢中で、その事を忘れていたことに失念するも、相手をしてくれた佑哉に礼をする。 次のエリアへと進む武へ、佑哉はさりげなくアドバイスを送る。
「あ~そうだ、試合の残り時間は80秒まで表示されないから注意しろよ」
「(だから菫さんは、あの時あんな事を・・・!)」
試合前に告げた菫の言葉の意味が、今の佑哉のアドバイスでようやくわかった気がした。 僅かな時間ながら、自分にさり気無い助言をしてくれた菫に例を告げようと誓いながら、武は次のエリアへ機体を走らせる。
そしてそれを眺めながら、自機のステータスチェックをしていた佑哉は、その結果を見てコクピットの中で我が目を疑った。
「右手のアクチュエーターとフィールドジェネレーターが破損寸前!? 一体何をやったんだ、あいつは・・・」
コクピットの中でそう呟く佑哉の目には、右腕が真っ赤に染まったステータス結果が映っている。 ボロボロに破損したマニピュレーターと合わせて、この演習の後に整備班長にこってり絞られる事を予想し、彼は深く溜息を吐いた。
・ 富士演習場 第1演習場 第2エリア
「そんな・・・2人がかりだなんて聞いてないぞ!」
「何も必ず1対1で戦うとは言ってないわ。 これも一つの勉強よ!」
「そうそう、多人数相手の状況を経験するのが、この第2ラウンドの目的だからねっ!」
第2ラウンドの舞台となる第1演習場第2エリアにて、入場した早々武は怒涛の近接ラッシュと正確無比な狙撃の洗礼を受ける。 『リーフ・ストライカーズ』きっての近接の鬼、花月桜花と、まだ見ぬリーダー苗村孝弘のパートナーである早峰美雪が、第2ラウンドにおける武の相手だ。
桜花が駆る女武者を模した第4世代VR『御巫』が、得物の薙刀で執拗に武を追い詰める。 回避しようと後方へ下がるろうとするも、その進路先に美雪が乗る第4世代VR『八雲』が放った狙撃が横切り、武の頬に冷や汗が伝う。
「まともに花月さんと近接戦はキツイ、かといって距離を取ると早峰さんに狙い撃ちにされる・・・!」
目の前で次々に繰り出される薙刀のラッシュを裁きながら、武は左手にコンバートしたボムを真上に放り上げ、炸裂した閃光によって桜花に対して目暗ましを作る。 間髪入れずに回避方向へ次弾を放り投げ、プラズマが渦巻く爆風の中へ駆け込む。
プラズマ粒子の爆風を放出するボムの特性を利用し、美雪による狙撃からのダメージを軽減する戦法。 再び突撃をしようと準備する桜花の御巫を見て、武はある事に気付く。
「(まさかあの突撃、途中で曲がれないのか?)」
接敵して早々の1回目、そして先ほど凌いだ2回目も、桜花は真っ直ぐに薙刀を突き立て、闘牛のように突っ込んで来た。 もしかしたら美雪の援護狙撃も、その突撃を確実に当てさせる為なのかもしれない。
「(時間も迫っている、次に桜花さんが同じ攻撃を出した時が勝負だ)」
そうと決まれば行動あるのみ。 狙撃によって回避の邪魔をされないよう、ダッシュと同時にロングレンジランチャーを腰だめに構える美雪の八雲にボムを投げつける。 同時に武の移動先に向って、桜花の御巫が本日三回目の突撃を敢行する。
速度も突入するタイミングもバッチリ、某アナウンサーもびっくりのジャストミートコースだ。
「はあああっ!!」
「その手には・・・もう乗らない!」
神速の神速の勢いで薙刀を突き出す御巫に対し、武は並行移動や後退ではなくジャンプで回避。 意表を突かれた桜花は、何もない空間を突くという失態を犯す。 そして彼女が上を見上げた時、突撃砲をこちらに向けて滞空している陣武の姿があった。
「美雪!狙撃はどうしたの!?」
「わかっているけど、彼の位置が・・・!」
上空の武に向けて射撃をしようとした美雪が躊躇った事に、桜花は武と彼女との方角を確認してハッとする。 武は太陽を背に出来る位置へと移動し、そこで上空へとジャンプする事で桜花の突撃を回避。
同時に降り注ぐ日光を活用してその先に待つ美雪の狙撃から補足されないようにしたのだ。
「(そうか、さっき移動していたのはコレを狙って・・・!)」
そう気付いた桜花が上を見上げると、突撃砲をこちらに構える陣武の姿。 『最後まで頑張ってね、白銀君』と美雪が囁いた瞬間、ペイント弾の種が2人の機体に花開いた。
・ 富士演習場 第1演習場 第3エリア
「アンタが、『リーフ・ストライカーズ』のリーダーか?」
「ああ。 俺が機動自衛隊教導隊『リーフ・ストライカーズ』隊長、そしてこの抜き打ちテスト最後の相手、苗村孝弘だ」
辿り着いた演習場の最深部、そこで対面する2機のVR。 連戦による疲労が隠せないでいる武の問いに、彼の最後の相手となる『リーフ・ストライカーズ』リーダー、苗村孝弘が静かに答える。
「お前の素性は、霜月少尉から聞かされた。 電脳暦とは違う異世界から来たそうだな?」
「はい! 菫さん・・・いえ、霜月少尉には色々と感謝しています」
「まだ不慣れな事があるだろうが、それは何よりだ。 だが白銀准尉、お前はこれからどうする気だ?」
「えっ・・・」
その言葉を聞いた武は、自分は今何をしているんだという思いに駆られる。 この世界に来て、VRに乗って、それで何をしようというのだろうか。
「俺は、この世界にとどまる気はありません。 俺には、前の世界でやり残してきたことがありますから」
そうだ、もう迷う事なんか無い。 自分はあの壊れかけたドアの向こうにある世界を救うために。 そこに存在している筈の最愛の人を見つけ出すために。 そしてそれを成し得るための力手にするためにこの世界に留まっているだけなのだ。 武が全てを伝えた後、それを聞いた孝弘の口が静かに開く。
「こんな夢のような世界に迷い込んでも、自分の目的を見失わないで行動出来るのは正直凄いと思う。 さながら、“時空の旅人”って所かな? そんな旅人が、VRを軽々動かせるなんて誘っているにも程があるってもんだ」
「まさか、公園のトイレにホイホイ誘われて、そのまま<以下自主規制>って事ですか?」
「あ~、一応言っておくが、そっちの性癖はないから安心してくれ。 時間も惜しいし、そろそろ・・・」
そう言った後孝弘は、叢雲の右手にあるライフルが左腕にあるシールドに収める。 最初武は武器を格納したのかと思ったが、その考えが間違いである事を思い知らされる。 シールドと左腕を繋ぐジョイントが解除されたかと思うと、VRなら軽く両断出来そうな大剣が叢雲の手に握られていた。
それを見た武も、耐久力が限界に近付きつつあるブレードを構え、最後の戦いに望む。
「それじゃあ始めるか! 最終ラウンド・・・ゲットレディ・・・!」
「ゴーッ!」
武と孝弘、2人の掛け声を合図に、ブーストの花が開いた。
・ PM3:43 富士駐屯地 第5ブリーフィングルーム
「お疲れ様、白銀君。 最後は残念だったわね」
「はい。 苗村さんと最初に切り結んだときまでは良かったんですが、その後急に全身の力が抜けて・・・」
「長時間連続でエース4人と戦ったら誰だってそうなるわよ。 でもあそこまで戦えるなんて、感動しちゃったわ」
再び訪れたブリーフィングルーム。 そこで抜き打ちテストの反省を述べる武に、菫が微笑みながら労いの言葉をかける。 あの最終ラウンドは武の敗北に終わった。 といっても武が孝弘に叩きのめされたのではなく、これ以上は戦闘は認められないと菫に判断され、不戦敗という形で終了した結果だった。
彼が乗る陣武唯一の武装であった突撃砲は銃剣パーツを含めて耐久率が限界に達し、加えてVRのOSであるMSBSは、作動している間パイロットの精神力を著しく消耗する。
最終戦の時点で武の精神バイタルがレッドゾーンに入りかけていた事に気付いた菫が、あわててテストの中止を孝弘に伝えたのだった。 まだだるさが残る体を引きずる武に、菫が今後の方針を彼に伝える。
「勝負の結果は残念なことになっちゃったけど、私の上司、ケイイチ・サギサワ技術大尉があなたに興味を持ってくれたわ」
「それじゃあ・・・」
「うん。 今やっている研究のついでに、あなたに協力するって連絡があったの。 そこで私は大尉を迎えにいくために、横浜に戻る必要があるの」
夕呼とは分野こそ違うが、研究者という心強い味方が加わることに、喜びを隠せない武。 そして菫は、今後の予定と共に新たな課題を武に伝える。
「そういうことだから、その間白銀君には『リーフ・ストライカーズ』の特別訓練を受けてもらうわ」
「えっ・・・?」
「返事はどうしたの?」
「はっ! 白銀准尉、特別訓練に参加します!」
菫の顔を見ながら、武は苦笑いと敬礼で答えた。
第4話に続く