・ 2001年11月12日 AM8:37 天元山 非難指定区域
「朝倉さんと高原さんは、鳴海中尉の指示に従って! 私は御剣さんと、お婆さんの救出に行くわ!」
「了解っ!」
VRのコクピット越しでも感じる事が出来る大地の震え、その源である天元山の噴煙を見ながら菫は晴嵐に乗る光と直美に指示を出し、テムジン747『霧積』のシートに座る自身も冥夜を引き連れあの老婆の元へ急行する。
一昨日から急に活発になり始め、兆候を見せていた天元山が遂に噴火の時を迎えた。 人間が行う砲撃のそれとは、比べ物にならない轟音と煙。 噴火口からは灼熱に煮え滾るマグマが溢れ、硫化水素等の有毒ガスを含む瘴気と高温の蒸気が、地面に走る亀裂から絶え間なく噴出する。
無論、VRも戦術機も気密は十分に確保されているが、何が起こるのが分からないのが災害の現場だ。 細心の注意を払いつつ、菫はテムジン『霧積』を老婆の待つ場所へ跳躍させる。
「隊長! また噴火が始まりました!」
「っ・・・! ペースを上げるわよ!」
「了解っ!」
冥夜の声と同時に再び大規模な噴火が始まり、空高く打ち上げられた噴石が次々に山の周辺に降り注いで行く。 その光景を目の当たりにした菫は、一刻の猶予も無いと悟りテムジンに加速を命じる。
開放したVコンバーターから光が溢れ、マインドブースターの噴射と共にテムジンの機体が猛烈な勢いで空を駆ける。 冥夜も晴嵐の電磁推進ユニットの出力を上げ、菫の後を追って跳躍する。 そして空を飛ぶ2人の眼下には、が広がっていた。
この天元山の噴火もBETAに大地を蹂躙され、それを打倒する人類が未だにまとまりきれない事に対して、地球が訴えているかのように思えてくる。 この世の終りとも思えるほどに荒れ果てた大地を目の前にした冥夜が思ったその時、何かの接近を警告するアラームが晴嵐の管制ユニット内に鳴り響く。
「くっ、噴石が・・・!」
「このまま突破するわよ! 自分に落ちてきそうな奴だけ、叩き落しなさい!」
そう指示を出す菫に復唱した冥夜は、目の前に降り注ぐ噴石を突撃砲で次々に撃ち払う。 火口から噴き出される噴石は、軽自動車ほどの大きさもある。 落下速度のついたそれに直撃したら、流石の戦術機やVRもタダでは済まない。
前を進む菫のテムジンも、主兵装のスライプナーとマインドブースターに増設された兵装担架システムにマウントされた突撃砲で、進路上に降り注ぐ噴石を次々に裁いて行く。 そしてかやぶき屋根で覆われた、あの老婆の住居が、霧のように空中に漂う火山灰の中から現れる。
「私が時間を稼ぐから、御剣さんはお婆さんの救助をお願い!」
「了解!」
電磁推進ユニットからプラズマ炎が噴出し、冥夜の晴嵐が老婆の家へ向う。 そして菫のテムジン『霧積』が空中に留まり、冥夜が救助を行っている間、飛来する噴石を迎撃する。
冥夜の網膜に映る老婆の家は、この渦中の中でも目立った損傷は見当たらない。 果たして老婆は無事なのか? 最悪の事態になっていないことを祈りながら晴嵐が着地し、降車した冥夜は一目散に玄関へと走った。
「ご無事ですか!」
「へ、兵隊さん・・・」
「ここはもう危険です、一刻も早く私と避難して下さい!」
出会った当初は断固として避難に応じなかった老婆、だが将軍である悠陽の妹、つまり冥夜ならば説得に成功すると菫は思ったのだ。
引き戸を開放した冥夜が家の中に入ると同時に、中に入る老婆がか細い声で答える。 噴火の衝撃で腰を抜かしてしまったのか、老婆は身動き一つ取れない状態で居た。
外で奮闘する菫とて、BETAが如く無数に降り注ぐ噴石の相手を長くはしていられない。 冥夜は身長に老婆を背負い、自分の機体へ戻りながら菫に報告する。
「こちら御剣、お婆さんを無事確保しました!」
「よし! このまま脱出す・・・!」
冥夜の報告を聞いた菫の喜びを打ち砕くかのように、天元山が三度目の咆哮を上げる。 それは彼女達が今まで見た中では最大級の噴火だった。 一刻も早く、この場から立ち去らないといけない。
鼻を捥ぐ様な硫黄の臭いに耐えながら老婆を収容した冥夜が、晴嵐と共に飛び立とうとする。
「御剣さん、上っ!!」
「くっ・・・!?」
切羽詰った菫の呼びかけと同時に冥夜が見上げた先には、軽自動車ほどの大きさがある噴石が、まだ冷え切らないマグマを滾らせながら空を舞っている。 そしてそれは確実に、冥夜達が居る場所に目掛けて落下していた。
「(当たれっ!!)」
機動回避も間に合わない。 ならば噴石を破壊するしかないと菫はテムジンを急速旋回させ、手にするスライプナーを放ちその巨石を射抜こうとする。 だが救出の間に行った迎撃によりエネルギーが急激に低下した為、本来の威力が得られないまま命中する。
亀裂、それが3発のビーム弾による成果。 もはや冥夜と老婆の2人は、晴嵐の機体もろとも噴石の餌食となってしまうのか。 そう菫が思ったその時、冥夜はとんでもない事を彼女の前でしてみせる。
「御剣さん、何を・・・!?」
この場所で死にたいという老婆の願いを叶える為か、それとも『生きたい』という人間の本能が冥夜をそうさせたのか。 ナイフシースから置き換えられた腕部の担架システムから74式改 重斬刀を取り出し、晴嵐が目の前に迫る噴石に対して居合いの構えを見せている。
そして冥夜が何をしようとしているのか、直ぐ分かった菫は息を呑んだ。
「(あの亀裂目掛けて長刀を叩き込んで、そのまま斬るつもり!?)」
先ほど自分が放った銃撃は、あの巨大な噴石に対しては決定打とならなかった。 だが長刀による後一押しが決まれば、あの噴石を破壊し窮地を脱する事が出来る。 だがその為には、菫が入れた亀裂に、正確に長刀の刃を捻じ込まなければならない。
失敗すれば死が待っている。 紙一重で分かれる境界線が、冥夜の前に迫っているのだ。 その境界を生存の方へと向う方法は、冥夜自身に委ねられている。
活目せよ。 菫は自身の魂にそう言い聞かせた。 一人の衛士の、戦士の生き様をこの目に焼き付けるべく。
「はあああああっ!!!」
冥夜の雄叫びに呼応するように電磁推進ユニットが甲高い唸りを上げ、晴嵐が噴石に激突しかねない速度で舞い上がる。
オーバーウエポンが作動。 重斬刀の刀身に凄乃皇のそれと同じ荷電粒子の光が宿り、何者をも切り裂く雷の神剣となる。
ただ一点を見つめ、あの朝に見た菫の一閃を思い出しながら、冥夜は亀裂目掛けて神速の勢いで刃を叩き込んだ。
割れろ。 そして砕けろ。 言霊のような冥夜の一撃が叶ったのか、大きく真っ二つに割れる噴石。 そしてその合間を、火の粉を纏わせながら神々しく舞う晴嵐の姿があった。 バイタルで老婆も無事健在であることを確認した菫が、やれやれという口調で話しかける。
「さあ、急いで脱出するわよ!」
「了解!」
彼女もまた、武や自分に感化されたのだろうか? この世界に自分達がもたらした変革を実感しながらも、菫は仲間達の待つ基地へ帰還した。
2001年11月12日:国連所属の特別派遣部隊が、天元山麓に在住していた老婆の救出に成功。 同部隊は15日を持って災害派遣の任を終了し、翌16日に横浜基地に帰還予定。
同日:香月夕呼、国連及び帝国政府を通じて異世界の日本に対しオルタネイティヴ計画の協力を要請。 日本国政府は即座に受理し、防衛省を通じて各企業に新型戦術機開発を依頼。
マブラヴ~壊れかけたドアの向こう~
#35 乾坤
・ 2001年11月13日 PM1:07 国連軍横浜基地 食堂
「やっぱりあたしも、武御雷しか思い当たりませんねぇ・・・」
「速瀬もそう思うか。 ううむ、他に良い例が無いものか・・・ 」
テーブルに突っ伏して降参の意を示しながら答える水月に、それを聞いたみちるは唸り声と共に顎に手をかけながら苦悩の表情を見せる。 夕呼が目指している『YF-23を元にした、究極の対BETA戦術機』のアイデアを練れと当人から言い渡されたものの、その答えが見付からずにいた。
こう言う時に武やケイイチが居てくれればと思ったみちるだったが、直ぐにその考えを自身の脳から消去する。 アラスカでの任務を終えて帰還した早々、2人は夕呼から新たな別命を受けてそれを遂行している最中なのだ。
夕呼直々の件である以上、時が来るまで後輩達にも相談する事すら出来ない。 かといって従来の戦術機の常識や概念しかもっていない自分達では、革新的な案が何一つ打ち出せない。 もはや八方塞かと誰もが諦めかけていたその時、正に救いの天使といえる存在が彼女たちの前に現われる。
「腹減ったぞ~! さぁて霞ちゃん、何食べよっか?」
「いつもので、お願いします・・・」
夕呼の雑用に付き合わされ、少し遅い昼食を取りに来た純夏と霞の声。 それを聞いたみちる達は、即座に2人を自分達のいるテーブルへと案内する。 オルタネイティヴⅣの中核である00ユニットそのものである純夏、オルタネイティヴⅢで生まれたESP能力者という霞。
機密の塊以外の何者でもなく、尚且つ武と夕呼に深い接点を持つ2人ならば、何かしらの助言を得られると思ったのだ。 上司を煽てる下っ端サラリーマンのように、水月と遙が純夏達の注文を京塚のおばちゃんに伝えている間、みちるは今回の一件を2人に話す。
「・・・というわけなんだが。 2人は良い案を持っていないだろうか?」
「う~ん、戦術機の無人化は向こうの世界で進めているって、夕呼先生が言ってましたし・・・」
「だが無人機の場合、複雑かつ迅速な戦闘は不可能だ。 ハイヴ突入のような作戦には、必ず人間が乗った戦術機が必要になるからな」
みちるの言うとおり、現在異世界の協力により実用化されつつある無人戦術機は、有人機と比べるとあらゆるメリットが存在する。 だが無人機は与えられた命令に従うのみで、自分で考え行動する事はしない。 無人機はあくまでサポート役であり、BETAと直接決着を付けるのは他ならぬ人間なのだ。
だからこそ、それを理解している夕呼達は、武のカイゼルのような性能を持つ戦術機を生み出そうと躍起になっている。 自分が持つアイデアで、それを少しでも早く生み出せるかもしれない。 純夏とは必死になって考えたが、結局出てきたのはみちる達と同じ答えだった。
「やっぱり武御雷・・・ですかね?」
「はぁ・・・ やはり鑑も、同じ日本人だという事か・・・」
00ユニットとはいえ、その中に宿る魂は人間のそれである純夏を過信しすぎた事に、みちるは思わずため息を付く。
確かに皆が最善の案として挙げる武御雷は、日本の技術を結集して開発された現行最強クラスを誇る戦術機だ。 だがその圧倒的な性能は万全の補給と整備、そして将軍や皇帝を守護するために鍛え抜かれた衛士が存在して初めて成立する。
そしてそうした扱いの難しさから来る膨大なコストも馬鹿にならず、帝国において斯衛軍以外に武御雷が配備されていないのは、こうした理由があるからなのだ。
もはや打つ手無しと誰もが諦めかけたその時、霞が放った一言で皆を取り巻く空気が一変する。
「でも、香月博士が目指しているのは、武御雷ではありません・・・」
「っ!?」
箸を置いた霞の一言に、誰もが彼女を注視しながらハッと気付く。 そうだ。 自分達は武御雷を作るわけではない。 それを超えた新たな世代、幾千万のBETAを跳ね除け進軍する鋼鉄の巨人を生み出すきっかけを作るのだ。
「そういや武御雷は機動性と近接戦闘を意識しすぎて、重火器は装備できなかったような気が・・・」
「じゃあ欧州軍のF-2000やラファールを参考にすれば・・・」
「いや、射撃と近接戦闘のバランスを重視するならソ連機も捨てがたいぞ」
「メガドライヴの搭載も考慮するなら、電磁投射砲といった特殊な武装も考慮しなければいけませんね・・・」
皆が持つ発想の泉から膨大な量のアイデアが噴出し、それぞれの意見が交差しまだ見ぬ機体の形を作って行く。 この流れを作った霞に誰もが感謝しながら、夕呼に提出するアイデアが纏められて行った。
・ 同時刻 電脳暦世界 日本国 東京都内某所 秋月邸
「・・・と言う訳で、わが国も正式にオルタネイティヴ計画に協力する事になりました」
「横浜の女狐め、とうとうこの世界にまで手を出してきたか・・・」
「沙霧さん、それは白銀君の件からでしょう? 既に防衛省を通じて各企業に依頼が行って、大騒ぎになってるわ」
長く広い客間にて告げられる椿の報告に、負けじと沙霧も直球の感想を言い返す。 ウェークで着々と無人機や新型機の実用化試験が行われている中、夕呼の手によってこの世界の日本に舞い込んだオルタネイティヴ計画の協力要請。 それをよりスムーズに行うために、向こうの世界に赴いた事がある椿が陣頭指揮役として選ばれ、こうして自身の家で沙霧と共に会議を行っているのだ。
この出来事を快く思っていない沙霧の苦い顔を見ながら、椿は事の概要の続きを彼に話し続ける。 そし夕呼の協力に耳を傾けた日本の企業は、どれも錚々たる物だった。
戦術機用の火器を24時間体制で生産している有澤重工。 同様にラインをフル稼働させ、XMシリーズ用のアビオニクス一式を急ピッチで生産するキサラギ製作所。
中でもお家芸である光学技術を武器に、異世界の市場進出を目論む河城技研が協力の一番手を名乗り出た事が、椿にとって衝撃的だった。
先に述べた2社とは異なり、河城技研は勢力も人員も遠く及ばない。 だが同社には2社には無い先進的な光学技術を持ち、光線種の放つレーザーに対し、非常に有効な対応策を編み出すことが出来るかもしれないのだ。 先の銑鉄作戦でフィルノートが佐渡島に放った光学撹乱膜弾頭も、そもそもは河城技研が生み出した代物を急遽転用したである。
夕呼の声により集まった電脳歴世界の企業達の振る舞いに、当然ながら沙霧が不満を椿に漏らす。
「ふん。 所詮この世界の日本も、目先の利益しか追求しない愚者の集まりだということだな」
「そんなこと言わないでよ。 中には本当にあっちの世界で暮らす人達を思って、香月副司令に協力している人もいるかもしれないじゃない」
そんな沙霧の言い分に対し、椿も表情を曇らせながら言い返す。 確かに沙霧の言うとおり、電脳歴の世界ではそうした人間が多い。 それはこの世界の日本も例外ではなく、新たに発足した政府も企業からの助言を受けながら行政を行っているのが実情だ。
そうした損得勘定に関わらずに、企業達が夕呼の協力を受け入れた理由はただ一つ。 それは自分達の世界の日本には無い物が、オルタネイティヴ世界の日本にあるという“憧れ”を抱いていたからなのだ。
電脳歴世界の日本人達が失ってしまった、気高さ、潔さ、そして“サムライ”と呼ばれた戦士としての生き様に魅せられたのは、何も椿だけではない。 そして“ダイモン”という異質な存在との戦いを水面下で行っていた当事者として、異世界でBETAという異形の侵略者との戦いに苦しむ人々を救いたい。 そんな一心から、企業達は夕呼の協力を引き受けたのだ。
「どんな理由や目的や思惑があっても、人を助けることには変わりない。 それだけは間違ってないんじゃないかしら?」
「むぅ、そう単純なものなのだろうか・・・?」
「細かい事は行動しながら考えればいいわ。 さあ、早速出かけるわよ!」
そう言い放った椿は強引に沙霧の腕を取り、そのまま彼を誘うように邸宅を後にする。 そして二人は夕呼の計画に協力している、ある企業の元へと向かった。
・ PM3:27 国連軍横浜基地 90番ハンガー
鼻腔を擽るように漂う金属とオイルの匂い、常に耳に入り続ける金属音と作業員達の声。 その渦中にただ一人、純夏は改装されつつある凄乃皇の姿を見上げていた。
力で徹底的に捩じ伏せるにしろ、襤褸雑巾のように情報を引き出すにしろ、自分と武がBETAに勝利するための切り札だという事実は夕呼達から散々言われている。 そして自分が載る事になる凄乃皇五型も、力による暴力という究極の形と言ってよいだろう。
凄乃皇の機体の中でもひと際目立つ正面には、出力や効率が30%向上した荷電粒子砲。 その脇に揃えるは佐渡島で壬姫が放った1200ミリ電磁衝撃砲。 そして新たに増設された左右のアームモジュールには、電脳歴世界の宇宙艦船が搭載する430ミリ集束荷電粒子砲が5門、人間の手と指を象って備え付けられている。
更には全身に近接防御用の40ミリ速射砲と大小のミサイルランチャーと、一国の軍隊と渡り合えるような桁違いの火力を有している。
「(だけど、その性能を実現するには・・・)」
その力の源はBETA由来の物質。 自分を散々弄んだBETAが生み出したG元素こそが、凄乃皇の唯一の原動力なのだ。 そして自分の身体である00ユニットも、他ならぬBETA由来の技術が導入されている。
憎むべきBETAの技術で、自分の存在を維持させている。 その事実と矛盾に唇を噛みしめていたその時、純夏の耳に最愛の男の声が届く。
「こんなところにいたのか、純夏」
「タケルちゃん!」
武の声に振り向き、その姿を見るや純夏は周囲の目もくれず、突撃級のように彼の胸に飛び込む。 武は周囲の嫉妬の目線を気にしながらも、自分の胸の飛び込んだ最愛の人を力一杯抱きしめる。 そして生まれ変わろうとしている凄乃皇に目をやり、それを眺める純夏に言う。
「凄乃皇、何だか凄い事になってるな」
「うん、本当に私が動かして良いのかって思っちゃうよ」
「おいおい、凄乃皇を動かせるのはお前だけなんだぜ。 少しは自信を持てよ純夏」
そう言って励ましたつもりだったが、依然として不安そうな表情を見せる純夏を見て、武はため息を吐く。 自分のカイゼルもそうだが、凄乃皇はBETAを打倒する究極の存在として生み出された。 その強さは佐渡島で行われた銑鉄作戦で実証され、今や凄乃皇は誰もが認める人類の切り札として更なる活躍が期待されている。
それがこの世界の技術と、異世界の技術の総力を挙げ、新たな姿に生まれ変わろうとしているのだ。 つまりはそれを操る純夏こそが、この世界で最強の衛士と言う事になる。 予備機無し、一回の出撃における稼働時間も短い。 そして凄乃皇の運用には、戦術機の一部隊にも匹敵するであろう多大な人員と費用と時間が必要になる。
そうした多くの人々の希望を一手に引き受ける純夏に、多大なプレッシャーを課せられていない訳が無いのだ。 純夏の不安を取り払える事が出来るのは、自分以外この世界には存在しない。 武は先日のアラスカでの出来事を思い出しながら、純夏に励ましの言葉を紡ぐ。
「俺さ・・・ 夕呼先生の任務で、この間までアラスカに行ってただろ?」
「うん、色々あったんだよね・・・」
夕呼の命によって向かったアラスカへの単機救援、そこで武が繰り広げた戦いの一部始終を純夏は忘れた訳ではなかった。 武の活躍によって撃退されるテロリスト達と、窮地を救われたユーコン基地の将兵達。 それ見ていた純夏にとっては彼を更に頼もしく、誇らしく、そして憐れみを感じていた。
BETAと言う共通の敵が存在していながら、なぜ人類は一つになれないのか。 テロリスト機に向かってスマートガンを振り下ろすカイゼルが、それに乗る武がそう叫んでいたような気がしてならなかったからだ。 このまま武が元の世界を離れても、この世界の人類は変わらぬままなのか。 純夏がそう思ったその時、武がその続きを話す。
「でもさ、一緒に戦ってくれたユーコンの人達、模擬戦をしたアルゴス小隊の皆を見ていくと、まだ希望があるって思えるようになったんだよ」
「タケルちゃん・・・」
そう。 あの時カイゼルの勇姿を見た東西の衛士達が、一丸となってテロリスト達を迎え撃った。 武の存在を切っ掛けに、確かにユーコン基地は一つとなったのだ。 自分の存在と行動によって、この世界の人類に変革をもたらす事が出来るかもしれない。
それに気付いた武は人類の勝利という夢の実現が、決して不可能ではないと改めて悟ったのだ。 生命力と活力に満ちた瞳を見せながら、武は純夏にある宣言をする。
「所詮俺は夕呼先生達の言うとおり、この世界では異端の存在だ。 何時になるのか分からないけど、俺は元の世界に帰らないといけない・・・」
「異端って、そんなこと言わないでよタケルちゃん! だったら私の方が・・・」
「だから決めたんだ。 その時が来るまでに、一人でも多くの人が笑って暮らせる世界を作ろうって」
自分の言葉を遮ってまで言い放った武の宣言に、戦慄した純夏の背がゾクリと震える。 間違いない。 彼は伊達や酔狂ではなく、心の底から本気で言っているのだと。 自分やヴァルキリーズの皆が笑って暮らせる世界を作るためなら、武は命を掛けてでもカイゼルと共にそれを実現させるつもりなのだ。
夕呼に異端者- イレギュラー —と呼ばれたならば、自らが歪ませた全ての物を正してからこの世界を去る。 武の覚悟を理解した純夏は、そっと武を抱き寄せる。
「タケルちゃんって、変なところで頑固だよね」
「それはお互い様だろ? 純夏」
互いの命の鼓動と体温を感じ合いながら、武と純夏はこの時間が永遠に続いてほしいと願い続ける。 だがシンデレラに掛けられた魔法が0時の鐘と共に消え失せてしまったように、二人の別れの時が確実に迫っていたのだった。
・ PM4:47 電脳歴世界 長野県某所 河城技研オフィス
「へぇ~。 じゃあこの機体に搭載するメガドライヴのコアは、向こうで採れた物質を使用するのね」
「ええ。 XG-70cの動力源と同じG元素、反応時に坑重力特性を持つグレイイレブンを含有したコアを搭載します」
液晶ディスプレイに表示された計画プラン、それを元に説明する河城技研の技術者の説明を、椿と沙霧は食い入る様に聴き続けていた。 夕呼の要請により、究極の対BETA戦用戦術機の開発が始まったものの、VRと大きく異なる人型兵器の開発に案の定苦戦を強いられていた。
そうした中で戦術機の衛士であった沙霧の経験等を聞きたいと河城技研から椿へお声が掛り、こうしてはるばる長野の本社オフィスを訪れている。 一通りの説明を聞いたところで、椿の口が開いた。
「まあ、細かいコンセプトやら要求は向こうが言ってくるでしょうね。 それより、これから開発する機体の名前は、もう決まっているの?」
「色々案が出ているのですが、これだと思う物が見つかって無いんですよ」
そう技術者から聞いた椿は右腕を自身の額に添え、しきりに何かを考え始める。 名前と言う物は、人や物に限らず他の存在に認知される上で最も重要な要素の一つだ。 現にチーフも本人を見た物は極少数だが、ダイモンの魔の手から人類を救った英雄として、電脳歴にその名を轟かせている。
「(帝国軍の戦術機におけるネーミングは、自然現象と神話の神々の名前。 ここは後者を取りたいけど、何か良い名前は・・・?)」
武のカイゼルという機体名も人類の指標、あるいはBETAを打倒するために人々を束ねる“皇帝”となれという意味合いを込めて、名付けられたに違いない。
だが海神、凄乃皇、そして武御雷。 八百万居ると言う日本の神様の中でも、有名所の名は既に使われている。 自身の眠れる脳髄をフル回転させ、椿はこれからカイゼルと並ぶ、もう一つの人類の指標となるであろう機体の名前を必死に探す。
そして椿の脳裏に正にお告げの如く、この長野の地に纏わる強大な神の名前が浮かぶ。
「あった・・・あったじゃない! 武御雷とタメ張った神様が、この長野に!」
「椿、それはまさか・・・!」
椿の喜びようを見た沙霧も、彼女が何を閃いたのかはすぐに分かった。 神話においてタケミカヅチと激戦を繰り広げた末に敗れ、諏訪と呼ばれたこの地で服従を誓った神。 戦いに敗れた神の名前を用いるなど、縁起が悪い以前の問題だ。
だが、椿はそういった思惑でその名を選んだわけではなかった。 椿が暮らす電脳歴世界の日本は、一度企業と言う存在に敗れた。 そしてオルタネイティヴ世界の日本も、BETAにその国土を蹂躙された過去を持つ。 一度は敗れた神の名を用いる事で、どちらの日本にも過去に刻まれた敗北と後悔の念を討ち払ってほしいという、椿の願いが込められているのだ。
一度は表情をゆがませた沙霧も、その真意に気付いて椿らしいと苦笑を浮かべる。
「それで、機体名は何にするつもりだ?」
「ふふっ、あなたももう分かってるくせに」
そう呟いた後に技術者の許可を取り、沙霧に頬笑みを返しながら端末のキーボードを叩く。 華麗なタイピングが行われた後、新型機の形式番号の後にその神の名前が刻まれていた。
2001年11月13日:電脳歴世界、開発を依頼された戦術機YF-23/AL4の名称を“武御刀(たけみなかた)”と命名。 ベース機体及び武御雷、カイゼルの実戦データを下地に開発が行われる。
-あとがき-
『今の幻想郷に神様は必要ないぜ、神社は毎日のように行ってるけどな』
『信仰が失われた神社は唯の小屋、貴女は一度・・・神の荒ぶる御霊を味わうといい!』
どうも、フォースの360移植の報に悶絶した麦穂です。 今回は天元山のラスト。 凄乃皇改修最中の武と純夏の語らい。 そして第2のカイゼルとなりうる新型機の名前決定です。
この機体とその名は、カイゼルを登場させると決めた以前、このSSを書き始めた当初からそのアイデアが生まれていました。
そして今になって、満を持してのお披露目。 機体デザインのイメージは、『武御雷より荒々しく、禍々しく』という感じです。