・ 2001年11月10日 AM5:28 天元山麓 帝国軍災害対策本部
「ふんっ・・・! はあっ!」
冷たく湿り気を帯びた空気が漂う、本部近くにある川原。 そこでBDUジャケットを羽織った冥夜が、愛刀の代用として持って来た木刀を、霞をも両断しよう勢いで振るい続けている。 悠陽の妹として生を受け、そして引き取られた御剣家でその素質を磨かれて来た冥夜にとって、朝一に行う素振りは物心ついた時から欠かさずに行って来た日課だ。
「(まだだ、まだ足りぬ・・・! 武に近付くには、この程度では・・・!)」
誰にも頼らずに自分の力で鍛錬を続け、そして己の限界を伸ばし続ける。 BETAと相対するようになった今では、その魔の手から民と国を守る為に精進を続けるようになっていた。
起床時間までまだ十分にある、そう思いながら冥夜が素振りを続けていたその時、絨毯の様に敷き詰められた川の砂利を踏む音が聞こえる。
「霜月さん・・・!?」
「あっ、邪魔しちゃったかしら・・・?」
素振りを止めて音のした方へと冥夜が視線を向けると、そこには同じくBDUジャケットを着た菫が立っていた。 彼女も朝の空気を吸う為にこの場所に来たのだろうか、素振りを再開しようとして木刀を振り上げようとした冥夜に菫が声を掛ける。
「白銀君の事、ずっと考えていたでしょ?」
「っ!? 何故それを・・・!」
「顔にそう出ているわよ。 どんなに隙を見せないよう気を使っていても、人は何処かで見せているものよ」
自分が正にその典型例であることを知り、蒸気が噴出しそうなほど顔を赤らめる冥夜。 だがそれが冥夜の良い所だと、菫は付け加えて言った。 自分の心の内を完全に閉じ込める事が出来る人間などまず存在しない。 そして冥夜も姉である悠陽、そして武という存在を心の拠り所としているのだ。 そこまで聞いた所で、冥夜はその問いを菫に返してみる。
「では霜月さん、あなたは誰を思いながら・・・ 何を守るために戦っているのですか?」
「そうねぇ・・・ あえて言うなら、やっぱり白銀君のため・・・かな?」
そう答える菫の透き通った瞳を見て、その言葉が決して偽りのものではない事を冥夜は悟る。 菫自身も武と出会った当初は、彼の言い分を半信半疑で聞いていた。 だが仲間達を守れなかった悲しみ、そして最愛の人を見つけられなかった後悔の念を語る武の目には、一転の曇りも無い。
情を引かれたのか、それとも彼に対する哀れみか。 理由は定かではないが、何故か菫は彼の言い分を信じてみようという気になった。 そして彼の導くままに、菫はこうして異世界の大地に立っている。
「でもそれは、恋愛とかそういう感情じゃない。 白銀君が自分の意思で、元の世界に帰る。
私はそのための手伝いをしているに過ぎないわ」
「タケルが、元の世界へ帰る・・・」
そうだ、武はこの世界の人間ではない。 彼は言わば時空の旅人、この世界で成すべき事を成し遂げた後、彼にとって何気ない日常が待つ元の世界に返ってしまうのだ。 もう分かっていたつもりだったのに、いざその事を考えると冥夜はどうしたらいいのか分からず、何時もの彼女らしからぬ困惑した表情を見せる。
「私は、私はどうすればよいのだ・・・」
武に対する思いと葛藤に苦しむ冥夜に、菫は彼女の持っていた竹刀をおもむろに取り上げる。 そして菫が次に取った行動を見た瞬間、冥夜はそれまでの葛藤を忘れ、思わず息を呑んだ。
「それは、突きの構え・・・」
川のせせらぎと、2人を横切る冷たい風。 それを思い切り吸い込んだ菫が、竹刀のグリップをしっかり握り締める。 前を見据えるのは未だに晴れない朝の霧。 そして左足を前に出しながら、菫は手にする木刀を神速の勢いで突き出した。
「はあっ!!」
辺りに木霊する掛け声と共に、木刀にこびりついた湿気が飛沫として辺りに散る。 自分の素振りより遥かに鋭く、大気をも動かさんばかりの一撃を繰り出す菫の姿に、冥夜は圧倒された。
まるで『自分の意を貫き通せ』と、それを見ている自分に訴えているように、そして菫自身にも言い聞かせているかのように。
「(ありがとう御座います、霜月さん。 これで横浜に帰ったら、タケルに自分の思いを伝えられそうです・・・)」
木刀を手渡しで返す菫に、冥夜は心の中で彼女に感謝の言葉を紡ぐ。 そして程無くして起床した光と直美、孝之が見た冥夜の顔は、怖い位に清々しいものだった。
マブラヴ~壊れかけたドアの向こう~
#33 月食(第四夜)
・ 2001年11月10日AM10:03 アラスカ 国連軍ユーコン基地 第2演習場
「ホラホラVGっ! チンタラ飛んでいると、白銀中尉に足元すくわれるよ!」
「お前が先行し過ぎなんだよ! お前に振り回されるこっちの身にもなれってんだ!」
テロリストとの戦いを辛くも免れた、ユーコン基地の第2演習場。 その中を不知火弐型2号機に載るタリサと、アクティヴ・イーグルで彼女に追走するヴァレリオが軽口を交わしながら水平噴射跳躍で移動している。
ユーコン基地全体を巻き込むあれだけの戦いを繰り広げたにも拘らず、アルゴス小隊を初めとする被害の少ない他の国々の実験小隊は、それらを物ともせず運用テストを再開している。
あのような悲劇が起こってしまったのも、BETAという異星からの侵略者が訪れた事がそもそもの始まりだ。 終わらない戦い、疲弊する人々、今まで燻らせていた諸々の感情、そしてそれを利用した者達によって今回のテロが起こってしまったのだ。
自分達が手塩に込めて作り上げた戦術機によってBETAを駆逐し、一刻も早くこの忌まわしき負の連鎖を断ち切ってみせる。 その情熱と使命を胸に、タリサとヴァレリオは朽ち果てたコンクリートのジャングルの中を疾走する。
「タリサよぉ、そんなに急がなくてもいいんじゃないのか? 今は欧州と東側の連中が踏ん張っているだろ?」
「まったくVGはつくづく楽観的だねぇ。 ユウヤ達が採取した戦闘記録、見てなかったの?」
そうヴァレリオに呆れながら、タリサは先日閲覧したカイゼルのデータを思い出し、強化服を着ているにも関わらず寒気を覚える。
ユウヤがようやく追い付いた時には、既に基地中心部のテロリスト機をほぼ壊滅させた武のカイゼル。 惜しくもその一部始終を映像として残せなかったものの、目撃した他国の衛士からの証言、そして合流後に収録された記録映像から、その戦闘能力の高さを見せ付けられた。
外見は戦術機のそれだが、中身は異世界の兵器であるVRのそれに近いカイゼル。 確認されている中で最強の衛士と、最強の戦術機の組み合わせ。 まともな衛士ならその話を聞いただけで、即座に不戦敗を申し出るだろう。
「(さて、今のアタシが何処まで戦えるか・・・)」
だがタリサとヴァレリオは、今回の演習への参加を拒む事は無かった。 いや、彼女達はこの状況を寧ろ歓迎していた。 この基地の危機を救い、現在確認されている中で最強を誇る衛士と戦術機と手合わせが出来る。 勝てる見込みなど万に一つも無い、だが武とカイゼル相手に何処まで戦えたかで、己の力量を見極められる事が出来るのだ。
それは一足先に武相手に戦っている欧州軍、そして東欧州同盟軍の衛士達も同じ気持ちで望んでいるのだろう。 胸の高鳴りが抑えきれないタリサは、濃紺の不知火弐型を更に加速させる。 新造エンジンが内包された跳躍ユニットから放たれる噴射炎の輝きが増し、そのままコンクリートジャングルから一面荒野が広がるエリアへと機体を飛翔させる。
遅れて廃ビル街から飛び出たヴァレリオの視界には、異世界に技術により開発された試作武器を装備し、JIVESによる架空の銃撃を繰り出す欧州軍のEF-2000“タイフーン”の姿が映っていた。 それを見たヴァレリオが、再び楽観的な言葉を発する。
「ほ~らタリサ、俺の言ったとおりろ? やっぱのんびり行った方が良かったんじゃないか?」
「・・・いや、もう遅いよ」
タリサがそう返したその時、1機のタイフーンが突風に煽られたかのように体勢を崩し転倒する。 データリンクで伝えられた情報では『コクピット直撃 大破』と表示されている。 それは即ち、あの機体がカイゼルの餌食となったことを意味していた。 そしてオープン回線からは、それと対峙する欧州軍衛士達の悲痛な叫びが聞こえてくる。
『畜生っ! 何故だ、何故一発も当たらない!?』
欧州軍の銃撃を物ともせずにカイゼルは大地を駆け、横へ水平跳躍移動をすると共にスマートガンの3点射撃を繰り出す。 放たれた架空の荷電粒子弾は現実と同様の軌道を描き、全弾が標的であるタイフーンの左脚部へと命中する。
全高18メートル程度を誇る戦術機。 人間と同様に歩行も行い、大地に立つための重要な部位への被弾がいかに致命的な事であるか、衛士やそれを志す者ならば当然の知識。 JIVESによる『左脚部アクチュエーター機能停止』の判定が出されたそのタイフーンは、転倒こそ免れたもののガクリと膝立の姿勢のまま戦わざるを得ない状態に陥る。
被弾した機体の救援とカバーに入るべく、もう1機のタイフーンが携行型に再設計されたGAU-8を撒きながら、被弾機の傍に近付く。 その瞬間、武のカイゼルがわき目も降らずに急加速し、カバーに入った機体もろとも、2機のタイフーンを切り伏せる。
その一部始終を遠巻きに観察しながら、カイゼルの動きを完全に目で追えなかった事に、タリサとヴァレリオは戦慄した。
「VG、降参するなら今の内だよ?」
「そ・・・そういうタリサだって、声震えてるじゃねぇか。 お前こそ、排泄パックが満タンになる前に、白旗挙げたらどうだ?」
ヴァレリオに下ネタを降られた事でムッとするタリサだったが、確かにそうだなと心の中で同意する。 あんな光景を見せ付けられてしまったら、それまで沸き上がっていた闘志も一気に冷めてしまいそうだ。
だがタリサが感じる高揚感、そして血液が沸騰するような身体の疼きは、それで収まるものではなかった。 ヴァレリオに対し、タリサはニヤリと笑って見せる。
「それ、何の冗談だい? 逆にアタシの戦闘機動で、白銀中尉を翻弄してみせるよ!」
「それでこそだタリサ。 じゃあ早速、それを披露してもらうぜ!」
彼女の様子を見て安心した表情を見せるヴァレリオの返事と同時に、2機の跳躍ユニットが轟く。 そして爆発的なロケットモーターの炎を輝かせ、不知火弐型とアクティヴ・イーグルが戦域に突入した。
・ 同時刻 国連軍横浜基地 香月ラボ
「さて、どこから整理したらいいものか・・・」
デスクに積まれ、さながら壁を形成する数々の書類。 今にも崩落しそうな紙の山の中で、夕呼が膨大な情報を前に愚痴をこぼす。
武達が遠方の任務に赴き、みちる達の機体も使用不可能。 だからこそ、こうして部屋に蓄積された情報整理を行おうと思っていた彼女だったが、いざ積み重なった紙の山を目の前にして絶望し、こうしてデスクに突っ伏している。
「せめて鑑か社を連れて来る・・・ いや、鑑はダメね。 あの子がいたら整理どころか仕事が増えそうだわ・・・」
手伝いに呼んだ純夏が紙の山を派手に吹き飛ばす惨事を想像し、夕呼は深く大きな溜息を吐く。 だが、このまま脳細胞をアイドリングさせている訳にもいかない。 書類の山は後でみちるたちを読んで整理させようと考えながら、夕呼は目の前に置かれた書類に目を通す。
『音はすれど姿は見えず』という形であったが、銑鉄作戦で確認されたBETAの新種“母艦級”。 彼女が手にするそれは、菫が編集した母艦級のデータをさらに夕呼がまとめ、先日国連本部へ正式に提出したレポートだった。
「まったく、何処まで増えるつもりなのかしら・・・」
このレポートを読んだ国連と、各国軍の高官達の顔が青ざめる姿を想像しながら、吐き捨てるように夕呼が言う。 今後行われるハイヴ攻略作戦にて、母艦級による大規模増援が行われないと断言は出来ない。
そして『BETAは異性人が作った機械』という菫の仮説を前提とするのなら、その対処は機械的に行われるのだ。 突入部隊が遭遇したBETAの増援も、佐渡に居るBETA個体数の減少を感知して行ったに違いない。
「やはり今後は、無人型の戦術機を前面に押し出すべきかしら・・・?」
そう呟きながら夕呼は埋没を免れたパソコンを起動し、凄乃皇参型の護衛に付いた無尽戦術機F-108/Kn“レイピアナイト”のデータを画面上へ引っ張り出す。
霞専用機であるF-104/ANG“エンジェリオ”を基に作られ、ぶっつけ本番で投入された銑鉄作戦において見事純夏の凄乃皇とヴァルキリーズを支援して見せた史上初の無人戦術機。
だがあの時においてレイピアナイト達は、『凄乃皇とヴァルキリーズを護衛しろ』という単純な基本ロジック、そして純夏による的確な指示が功を奏して活躍したに過ぎない。
「ふふふ、さながら鑑は“人形遣い”って所かしら?」
我ながら言いえて妙な独り言だと思いながら、夕呼は微笑む。 人間と同じリアルタイムの状況判断や思考が出来る能力を持つ機械は、レイピアナイトを操った純夏だけ。 00ユニットがそうであるように、ハイヴ突入戦に対応できるAIを生み出すには、やはり人間が必要なのだ。
人を必要としない無人機である筈なのに、元が人間であったAIを乗せるなど本末転倒。 だが“死の8分”という言葉があるように、手塩にかけて育てた衛士が初陣で戦死してしまう可能性もある。 それこそ夕呼が最も嫌いな『無駄』という2文字に当てはまる事だった。
「あ~もう! 天才のアタシがここまで悩むなんて~!」
両手で頭を抱え込みながら、無人機と有人機、双方のメリットに苦しむ夕呼が声を上げる。 何か手はないかと脳細胞をフル稼働させて考えていたその時、昨日ケイイチから送られまだ閲覧していないファイルの存在を思い出した。
機械に関してはバカのように興味を抱いているあのメガネの事だ、用意したXM2のアップデート版と電磁投射砲の安全を確保した代償として手に入れたデータに違いない。 そう鷹をくくりながら夕呼は、ケイイチとの間で作った暗号解除用のパスワードを入力する。
そして開いたファイルのデータを見た瞬間、彼女は思わず我が目を疑った。
「(これはYF-23のデータ!? アイツ、一体向こうで何をしたの・・・!)」
かつて米軍の主力第3世代戦術機の座を掛けて、現在のF-22“ラプター”と競った試作戦術機YF-23“ブラックウィドウⅡ”。 夢敗れて歴史の裏に葬り去られる機体の図とスペックがモニターに写っている事に夕呼は息を呑む。
あのケイイチが脅しを行ってまでデータを手に入れる性格ではないし、この世界にコネが無い彼がお蔵入りされた実験機のデータなど到底手に入れられる訳が無い。
「(なるほど、企業の連中が彼に横流しを・・・)」
ユーコン基地が戦術機の見本市だということを失念していた夕呼は、自分の迂闊さを失笑する。 東西様々な国と企業が凌ぎを削り、幾多の陰謀が水面下で蠢くあの場所なら、電脳暦世界の人間であるケイイチに情報を横流しするものが存在しても不思議ではない。
一体誰が何の目的で、ケイイチにこのデータを託したのかは分からない。 だが対人戦を重点に置いたF-22とは対になる、対BETA戦を主眼に置いたYF-23のデータは、今の夕呼には正に天の助けに等しい物だ。 次第に夕呼の脳内には、朧気ながらも戦術機の形をしたシルエットのイメージが浮かび上がってゆく。
「・・・よしっ!!」
武とケイイチが不知火弐型のデータを手に入れるまでに、この機体をベースに“究極の対BETA戦術機”を考えてみせる。 そう決心の声を上げた夕呼は、内線電話の受話器を力強く掴み取った。
・ AM10:12 国連軍ユーコン基地 第2演習場
「そのエリアを抜けたら、いよいよ作戦領域だ。 気を抜くなよ、ブリッジス少尉」
「分かっているよ中尉、ベストを尽くすつもりだ」
純白の不知火弐型を操り、タリサ達が通った道を辿るユウヤ。 通信ウインドウに映る唯依の顔と共に聞こえる彼女の忠告にさわやかな笑顔で返すと、唯依は顔を赤らめ彼女らしからぬぎこちない表情を浮かべる。
カムチャッカでの遠征以来、2人の間には戦友とはまた異なる別の感情が芽生え始めていた。 だがその片鱗を見せているのは任務ではないプライベートな時間のみであり、任務中はこうして上官と部下の関係を維持している。 それでもユウヤと唯依との間には、深い信頼関係が築かれている事も確かだった。 そのまま何も言えないままでいる唯依に、ユウヤは今まで気になっていたことを尋ねる。
「ところで中尉、一つだけ聞きたい事があるんだが・・・」
「時間が無いから簡潔に済ませろ。 それで、その聞きたい事とは?」
「イーニァとクリスカが無事かどうか知りたい。 中尉なら何か知っているんじゃないかと思ってな」
ユウヤの口から出たその名前に、唯依は “紅の姉妹(スカーレット・ツイン)”の異名を持つ、あのソ連軍衛士達の顔が脳裏に浮かぶ。 ユーコン基地に在籍するソ連軍の中でも格段の装備と人材を有するイーダル実験小隊に所属していたあの2人は事あるごとにアルゴス小隊と対立し、そして現在では互いに高みを目指しあうライバルの関係となっている。
カムチャッカ遠征において、専用機であるSu-37UBを駆って多大な戦績を残した彼女達が、テロリスト相手に早々死ぬ訳が無い。 寧ろ唯依自身、ユウヤの言葉をきっかけに彼女達の消息が気になり出した。
だが今は任務中で、自分はユウヤのオフィサーを勤めている。 今すぐにでも確めに行きたい衝動を抑えながら、唯依はユウヤにその答えを告げる。
「すまないが、私にも彼女達の事は知らされていない。 とにかく、今の貴様は目の前の相手に集中しろ」
「ああ。 これが終わったら、探しに行ってみようぜ」
唯依の言葉に落胆する事無く言い返すユウヤに、静かに頷く唯依。 まるで氷のような冷徹な性格を持つ彼女達も、今の自分と同じ感情をユウヤに抱いているのではないか。 そう唯依が考えている内に、ユウヤの不知火弐型が市街地エリアを抜ける。
「一体、白銀中尉はここで何をしたんだ・・・! はっ、タリサとヴァレリオは!?」
まるで魂を抜かれたかのように停止している、東西欧州軍の戦術機達。 その中にはタリサの不知火弐型と、ヴァレリオのアクティヴ・イーグルの姿もあった。
「タリサ! ヴァレリオ! 無事か!?」
「ユウヤか? 悪いな、見ての通りアタシ達はこのザマさ」
「まったく、主役は遅れてくるものだと思っていたけど、お前は遅すぎだぜ・・・」
武との戦いで疲弊しているのか、2人の声に活力は無い。 そして目の前にはユーコンを襲っていたテロリスト達を圧倒的な力で捻じ伏せ、そして今も模擬戦に参加している総勢10機を制した衛士と機体が、正に英雄の風格を漂わせて立っている。
「(何を今更、中尉の強さを見たのはこれが初めてじゃないだろ・・・?)」
無意識に操縦桿を握る手が震えていた自分に言い聞かせながら、カイゼルに向けて87式突撃砲を構えるユウヤ。 同様にカイゼルも、スマートガンの切っ先を純白の不知火弐型へと向けたその時、武から声が掛かった。
「待っていましたよ、ブリッジス少尉」
「俺を待っていたって、どういう事ですか? 白銀中尉」
そう言い返したところで、ユウヤは今自分が置かれている状況にハッとする。 もしかすると、武は自分との一対一の決着をしたかったのではないか。 あのカイゼルの性能ならば、今の状況を作り出す事など雑作でもない。 そしてタリサより不知火弐型と触れ合っている衛士は、他でもないユウヤだった。
全てを悟った彼は突撃砲を格納したかと思うと、74式長刀に持ち替えて構える。 ここに来る前はあれほど嫌っていた近接戦闘、今となってはそれを積極的に望むとは皮肉だなと思いながら、ユウヤは武に言い放つ。
「分かったよ中尉。 俺とこの弐型が出来る全てを、アンタにぶつけてやるよ!」
唯依の武御雷と戦った時と似た、全身の水分が沸騰するかの様な高揚感を感じるユウヤ。 そして跳躍ユニットからロケットモーターの炎を噴出させながら、純白の不知火弐型が武のカイゼルに吶喊した。