~ 私は月まで飛ぶ事の出来るロケットを作りたかった。 その目的が果たせるのならば、悪魔にでも魂を売り渡していただろう・・・ ~
-20世紀に存在した、あるロケット技術者の発言より-
そして電脳暦と呼ばれた時代、人類は自ら発見したオーバーテクノロジーにより、巨大な繁栄を謳歌する。 その極みたる形が、Vクリスタル由来の技術から生まれし巨人“VR(バーチャロイド)”だった。
慣性の法則を無視した機動力、従来の陸戦兵器を凌駕する火力と装甲、人の思考をダイレクトに反映させる操縦性。 その圧倒的な戦闘力に酔いしれた人類は、次々に開発されたVRを究極の消費たる娯楽である“限定戦争”のツールとして、そして商品として大いに利用した。
そして電脳暦世界を訪れた武によって開かれた異世界の扉。 その向こうにある平行世界に存在していた人型兵器、“戦術歩行戦闘機”の姿を目の当たりにした電脳暦の技術者達は、幼稚とも言えるその性能を見下し、嘲笑した。
だが、彼らは忘れていた。 いや、彼らは自らの持つVクリスタル由来の技術を過信し、愚かにもそれを自分の物であると奢っていたのだ。 そして少数の理解ある者達は、その事に気付いていた。
VRもまた、Vクリスタルがもたらすオーバーテクノロジーに依存して作られていると言う事に。 そして電脳暦の人類はかつて『XMU計画』と呼ばれるプロジェクトにおいて、戦術機と同じような人型兵器を開発しようとした挙句、挫折した事に・・・
そしてケイイチもまた、その驕りに気付く事が出来たVR技術者の一人であった。
マブラヴ~壊れかけたドアの向こう~
#32 日食(第三夜)
・ 2001年11月8日 AM10:04 国連軍ユーコン基地 アルゴス小隊ハンガー
「では『XFJ計画』で生み出された不知火弐型、あなた方はそのデータを求むと言うのですか?」
「はい。 現行の不知火では、先程説明したメガドライヴの恩恵を十分に引き出せない。 皆さんが開発した不知火弐型ならば、それが可能ではないかと思ったのです」
朝食を終えて、ハンガーへととんぼ返りした武達。 外では復旧作業が行われる中、ケイイチが夕呼から託された目的の詳細をアルゴス小隊の皆に話す。 それは、彼らが開発する『XFJ計画』の結晶である不知火弐型のデータを、オルタネイティヴ計画権限により横浜基地にいる夕呼に提供して欲しいと言うものだ。
戦術機にVRと同様のスペックをもたらすメガドライヴ。 それを搭載した戦術機を駆るヴァルキリーズの活躍が、この間行われた銑鉄作戦で世界に轟いた事は記憶に新しい。
だが作戦が終わって帰還した機体をチェックしたところ、驚くべき事実が明らかになる。 みちる達の乗る不知火が、稼動ギリギリの段階まで消耗していたのだ。
冥夜達の乗機である晴嵐は、前もって吹雪に駆動系の強化を施しておいたので、ドライヴによる慣性制御機動にも十分耐え抜いた。 だが作戦直前になって急遽ドライヴを搭載する事となった不知火の方には、それを行える時間が無かったのだ。
「メガドライヴがもたらす力は確かに強大だが、その分機体に致命的な負荷を与える。 そこで僕と香月副司令は、それに耐えうる戦術機の選定を行っていたのです」
「そして、私達の不知火弐型に白羽の矢が立った・・・?」
自分達の協力を欲する理由を悟った唯依の問いに、その通りとケイイチが強く頷く。 日本が進めているXFJ計画において大幅に強化された不知火弐型ならば、メガドライヴの能力を最大限に発揮出来る。 そして同系の機体ならば、みちる達の慣熟期間も大幅に短縮可能だ。
ケイイチの話を聞き終えた武が、思わず自分の感想を言葉を漏らす。
「不知火弐型をヴァルキリーズに導入か・・・ 夕呼先生、ちゃんと伊隅大尉の事も考えていたんですね」
「あの人がそう考えていない方が異常なんだよ白銀君。 下手をすると凄乃皇のML機関を小型化して、戦術機に搭載する事も視野に入れているかもね」
慣性制御による戦闘機動の有用性、そしてそれを持つ機体と持たざる機体の優位性は、今まで武が遭遇してきた戦いで周知の事実だ。 そして“天才”と言われる夕呼ならば、メガドライヴのコアであるVフライホイール、その原料にこのBETA由来の技術であるG元素を利用する発想を、彼女が思い付かない訳が無い。
この世界で夕呼の事を知る人間、そして彼女と敵対する人間達は恐怖と侮蔑の意味を込めて“女狐”と呼ぶ。 だがケイイチは彼女がそのような異名で計れるスケールではない事を、今までの言動から思い知らされていた。
「(間違いない、彼女は狐ではなく、豹だ・・・!)」
その麗しい容姿と話術で相手を惑わし、相手の動きをいち早く捉えて嗅ぎ回り、敵と見なせばその鋭い牙と爪で刈り取る。 ケイイチにはラボの椅子で踏ん反り返る夕呼が、木上から得物を見定める豹の姿と重なる気がしてならなかった。
自分が彼女の策略のコマとして使われている事に気付き、ケイイチの背筋が震えたその時、ヴィンセントが右手を上げて発言を求める。
「つまり不知火弐型をBETA戦の機会が多いヴァルキリーズに導入する事で、戦力の底上げと実戦データの収集を行うわけですね」
ヴィンセントの的を得た発言に、アルゴス小隊の面々も思わず納得する。 帝国軍より先にヴァルキリーズが弐型を導入し、その有用性を見せ付ければ未だに純国産という3文字に縋り続ける軍部の勢力を黙らせる事が出来るだろう。 そしてそれは、自分をアラスカに送り届けた唯依の育ての親である巌谷榮二の願いである事に、当の彼女はまだ気付いていなかった。
状況を完全に飲み込んだイブラヒムは、武達にその要求の答えを告げる。
「用件は概ね分かりました。 ですが我々の一存で、それを承諾する事は出来ません」
「それは承知の上ですドゥール中尉。 僕達はそれが住むまで、ここに滞在するつもりです」
死傷者が多数出た、テロリストとの戦い。 ユーコン基地の傷も簡単には癒えそうにも無く、例えオルタネイティヴ計画権限を使用しても、その承認には時間が掛かってしまうという。
武達がしばらく留まる事を知り、タリサとヴァレリオの2人が喜びの声を上げる。
「英雄のご滞在とは、こいつはビッグニュースだぜ!」
「なら早速、基地の案内を・・・っ!?」
そう言って強引に武の手を取ろうとするタリサだったが、再びステラからの冷たい視線が突き刺さり断念する。 そして昼を挟んでアルゴス小隊の面々による、ユーコン基地の案内が始まった。
・ PM5:21 国連軍横浜基地 香月ラボ
「そう、弐型の導入承諾はもう少し時間が掛かるのね。 それよりもどう? 世界中の戦術機と衛士が集まる、ユーコン基地の居心地は?」
『そうですね。 機械好きの僕としては、天国に最も近いところですよ』
報告を聞き終えた夕呼の問いに対し、モニターの向こうにいるケイイチが満面の笑みを見せて答える。 横浜の比ではない規模を誇るユーコン基地を見て周り、多少疲労の色は顔に表れてはいるものの、ケイイチにとってはこの位は許容範囲内のようだ。
「それはよかったじゃない。 それよりも白銀とカイゼルは無事なんでしょうね?」
『途中でパージしたスプーキーも回収されて、アルゴス小隊で整備させて貰っていますよ。 僕のマイザーもハンガーに入れて貰っているので、ハンガーが窮屈になりましたけどね』
アルゴス小隊の衛士達が駆る戦術機やその予備機や多数の修繕パーツ、そして突然の客人である武とケイイチの期待も格納した事で、同部隊が受け持つハンガーがパンク寸前に陥ってしまったのだ。 だがそのような状態でもヴィンセントを初めとするメカニック達の意地により、ケイイチが手渡した資料を元にカイゼルは彼らの整備を受けている。
そして最も損傷が激しいと思われたユウヤの不知火弐型は、破損した担架システムと駆動系統の交換で事無きを得た。 皮肉にも人類同士の戦いである今回の件を通して、不知火弐型の性能が更に実証されてしまった事に、ユウヤも苦笑いを浮かべたと言う。
『それで香月博士、弐型を導入した暁にはメガドライヴの搭載を?』
「当然でしょう? 但し今回搭載するドライヴのコアは、アタシが考えた物を使わせてもらうわ」
自分の予想通りの事を夕呼が言って来た事に、本当に彼女が“女豹”の様な女だという事にケイイチは戦慄する。
G元素を直接反応させる技術は、既に凄乃皇の動力炉として確立させている。 そしてそれを触媒として用いる方法は霞の戦術機であるエンジェリオ、その姿勢制御として装備しているイナーシャル・フローターで実現させたではないか。 恐らく夕呼はG元素をドライヴに内蔵する、フライホイールの素材として利用しようと考えているのだろう。
フローター同様に外部からのエネルギー供給で微小なラザフォード・フィールドを発生させ、その余剰エネルギーをフライホイールに保存する。 そして回転しているフライホイールでジェネレーターを作動させ、生み出した電力を他の兵装や電磁推進に回す事が出来るのだ。
そう語り終えた夕呼の顔は自信に満ち溢れ、逆にケイイチは彼女に対し恐怖すら抱き始めていた。 まるで彼の反応を楽しむかのように微笑みながら、夕呼が端末の向こうに話しかける。
「どう? アタシとしては中々の理論だと思うけど?」
『いやはや香月博士・・・ あなたは研究者でなくても、戦術機の技術屋として食べていけますよ』
「悪いけど転職はしないわ。 それにアタシ、油臭い所に長くいるのは嫌いなのよね~」
この人と武だけは、絶対に敵に回してはいけない。 とてつもない敗北感を味わいながら、ケイイチは夕呼に一礼した後、回線を切断する。 何も映さなくなったモニターには、やれやれと言わんばかりに呆れる夕呼の顔が反射していた。
「やれやれ意地張っちゃって、白銀もあいつもまだ子供ねぇ・・・」
人生の先輩としての風格を見せながら、夕呼は誰もいない部屋でポツリと呟いた。
・ 同時刻 横浜基地 食堂
「白銀中尉や御剣さん達、大丈夫なのかな~?」
「そんなに心配する事じゃないわよ鎧衣。 白銀中尉の元にはサギサワ大尉が向ったし、御剣に、朝倉と高原には菫さんが付いているじゃない」
「そうそう、白銀達なら何とかなるって!」
夕食後の一時に美琴が遠方へ向った武達を案じて思わず漏らした一言に対し、千鶴と晴子が何も問題はないと彼女をなだめる。 天元山へ冥夜達が向って3日目、白銀がアラスカへと旅立ってから2日経つ。 残された千鶴達は日々の訓練をこなしながら、彼らの帰りを今かと待ち続けているのだ。
銑鉄作戦の成功を機に、国連上層部ではオルタネイティヴⅣの有用性と戦果が、ようやく評価されるようになった。 それを成就できたのも武が異世界の軍勢と共に、この世界にやって来たからに他ならない。 それから欧州や中東でも異世界の軍隊との関係が急速に良くなりつつあり、現地では銑鉄作戦を参考にしたBETA反抗作戦が急ピッチで計画されつつある。
千鶴達の言葉でようやく不安を取り除く事が出来た美琴が、新たな話題を持ち出す。
「そういえば伊隅大尉達の不知火は、何時になったら直るんだろうね~?」
「まだ時間がかかるみたい。 お姉ちゃんから聞いた話だと、白銀中尉がアラスカに行った事もそれに関係するらしいし・・・」
CPオフィサーである遙を姉に持つ茜が、美琴の問いにいち早く答える。 急なメガドライヴの搭載により、みちる達の不知火は未だ稼動不可能な状態に陥っている。 だが世界各国が戦術機の開発を行っているアラスカのユーコン基地には、それらを解決するヒントがあるらしいのだ。
茜の情報源である遙でさえも詳しい情報はもたらされておらず、愛機を失って機嫌が悪いであろう水月達に直接聞けたものではない。 それに佐渡島ハイヴから蒐集したデータの解析も、まだ完全ではない。
ヴァルキリーズのコンディションが改善され、次なるハイヴ攻略の指令が夕呼の口から出されるのは、当分の先の話になるだろうと皆は思っていた。
「おおぅ!? じゃあ茜ちゃんと、もっと一緒にいられるわけですね~!」
「そ、そうね・・・ だからって多恵、余りくっつかないでよー!」
「あわわ・・・ 他の人が見てますよ~!」
「築地、まさかの発情期・・・?」
それを見て慌てる壬姫や慧からの突っ込みも気にせず、多恵は茜にじゃれ付く子猫よろしく頬擦りを仕掛け、茜はそれを必死に阻止する。
横浜の戦乙女達に与えられた、束の間の休息と小さな戦い。 武達が無事に帰ってきてくれる事を祈りながら、千鶴達は各々の部屋へと戻って行った。
・ PM7:21 国連軍ユーコン基地 アルゴス小隊ハンガー
「こうして眺めてみると、戦術機のデザインは機能美が極まった形なのかな・・・?」
夜の闇を振り払うように微かな明かりが灯る、アルゴス小隊のハンガー。 その中にただ1人いるケイイチが呟きながら、改めてアルゴス小隊の戦術機を眺めていた。
それぞれ純白と濃紺に色塗られた2機の不知火弐型、F-15“イーグル”の改修機であるアクティヴ・イーグル。 追加パーツで機体を強化するという共通のコンセプトを持ちながら、原型機の違いでガラリとデザインが変わる事に、ケイイチは大いに興味を引かれていた。
第1世代戦術機の無骨なスタイル、第3世代戦術機のスマートさと、その中間を併せ持つ第2世代のデザイン。 そのどれもが人類の敵であるBETAと戦う為に、そして最大の効率と最小限のロスを抑えるために生み出されたデザインなのだ。
初めから大衆の娯楽の為に作られた兵器であるVRとは、別次元の美しさが戦術機にはある。 そうケイイチが感じ始めていた時、巨大なハンガーの扉がゆっくりとスライドし、人が通れるほどの隙間が空く。 そしてそこから、背広姿の1人の男が現れた。 自分に向けて歩み寄るその男に、ケイイチは声を掛ける。
「こんな時間にこんな場所で、一体何の用です? ここの本来の主達なら、今は歓楽街にいますけど?」
「いえ、用があるのはアルゴス小隊の皆さんではなく、あなたですよ」
武を初めとするアルゴス招待の面々は、今はユーコン基地の歓楽街にて今までの憂さを晴らしている頃だろう。 その名を口にするとは、ユーコン基地の関係者か? そうケイイチが考えていると、その男は懐から一枚の名詞を取り出し彼に渡す。
それに書かれた男の素性に、ケイイチは何時に無く真剣な眼差しと声で答えた。
「この世界の企業の人・・・?」
「はい。 XFJ計画の技術顧問としてボーニング社から派遣されました、フランク・ハイネマンと申します。
あなたもこの基地の危機を救ったという白銀中尉と同じく、異世界から来た人間とお見受けしますが?」
「そうだけど、ここを救った白銀君ではなく僕に接触するとは、あなたは余程の変わり者のようですね?」
「そうですね。 それと、ここに駐留していたあなた方の同胞は、先程全員無事が確認されましたよ」
「そうですか。 でも、わざわざそれを僕に告げに来たわけじゃないでしょう?」
兼ねてよりプロミネンス計画に協力している、電脳暦世界から来た技術者達。 彼らの無事を知らせながら微笑むハイネマンに、ケイイチは思わず息を呑んだ。
自分達が白銀と共に来訪して以来、電脳暦世界の技術を欲する者達は後を絶たない。 そして自分はVR開発に関わる技術者であり、ハイネマンはそれを何よりも欲するこの世界の技術者で、それにこのハンガーにはケイイチと彼の2人のみだ。
手荒な真似をしてでも情報を引き出すには絶好の機会、一体彼の目的は何だとケイイチが思考を張り巡らせていたその時、ハイネマンの口が開く。
「あなた方に、これを託そうと思いまして・・・」
「これは・・・?」
ハイネマンは再び懐に手を忍ばせ、一枚のディスクが包まれたケースをケイイチに手渡す。 ケイイチの手が掴んだ光学式ディスクのケースラベル、そこには『LOST TSF YF-23』という文字だけが刻まれていた・・・
次回に続く・・・
-あとがき-
「ハイスクールのランチ2回、おごったぞぉ!」
「俺は13回おごらされたぁ!」
「しっかり数えてんじゃ・・・ねぇよ!!」
どうも麦穂です。 今回はアラスカ編その3と、ヴァルキリーズ留守番組のその頃、そして最後に現れたハイネマンとケイイチのアヤシイ(?)取引です。
TE本編ではカムチャッカ遠征を強引に進めたりしている、何かと曲者なハイネマン。
そんな彼ですがHJで掲載されたYF-32とYF-22のコンペの話を読んで以降、『もしかして彼はYF-23の開発に関わっていたのでは?』と思うようになり、あの言動も自分の研究成果を捨てた人間に対する復讐に見えてくるのは、ただの私の気のせいなんでしょうか・・・?