・ 2001年11月5日 AM11:35 旧天元山町
「お婆さん、どうしても難民キャンプに戻りたくないんですか?」
「いいや、あたしゃ戻らないね! どうせ老い先短いんだ。 せめて最後くらい、自分の生まれ育った場所で死なせておくれよ!」
噴煙が微かに立ち込める天元山の麓に、一番近い場所に建つ古民家。 その家の主であり、避難先のキャンプから抜け出してきた老婆は、断固として菫の説得を断り続けている。
夕呼の命によりこの地を訪れて早2日。 到着早々行った菫達の説得により、不法滞在していた住民は徐々にそれを聞き入れてくれるようになったが、この老婆だけは断固として説得を拒み続けているのだ。 相手は不法に危険区域に住居している人間、本来ならば強制的に退去させる事も可能だが、菫とてそんな手荒な真似はしたくない。
途方に暮れる菫の元に、副隊長として彼女のサポートを任された冥夜が近付いて来る。
「霜月隊長、ご老人は説得を聞いてくれましたか?」
「駄目ね。 かと言って無理やり連れて行くのも嫌だし、一体どうすれば・・・ ん?」
説得に手間取っていると冥夜に話していたその時、菫は老婆の態度が急に怖気付いた事に気付く。 何事かと思っていたその時、その老婆は突如として許しを請うような口調で冥夜に対し土下座をした。
「お願いでございます! どうか、どうかこの老いぼれの願いを聞いてください!!」
「お・・・お婆さん!?」
マブラヴ -壊れかけたドアの向こう-
#29同郷
・ PM12:17 旧天元山町災害対策本部
「光~、菫さんと御剣が帰って来たよ!」
「ホントだ。 説得は上手くいったのかな?」
旧天元山町から少し離れた場所にある、災害対策本部として帝国軍が設置した仮設基地。 そこにいる光と直美のコンビが、滑走路に着陸する菫のテムジン『霧積』と冥夜の晴嵐を発見する。 彼女達も冥夜と同様、菫率いる派遣部隊のメンバーとして選出され、不法滞在者の説得を終えて一足先に戻っていたのだ。
駐機を終えてハンガーから出た菫と冥夜に駆け寄る光と直美が、説得の結果を聞く。
「どうでした、菫さん?」
「もうちょっと時間が掛かりそうね。 でも御剣さんがいなければ、あのお婆さんを説得できなかったかも」
そう光に語る菫の言葉に、珍しく冥夜が驚きの表情を見せる。 政威大将軍である悠陽と双子の姉妹の関係である冥夜。 この世界の日本人ならば、そんな彼女の説得を拒否できる筈も無い。
結局あの老婆はもう少しこの地にいさせてくれと冥夜と菫に懇願し、結局冥夜がそれを承諾したため説得は次回に持ち越しになってしまった。 だが逆を言えば冥夜の一声次第で、何時でもあの老婆を説得出来ると言う事になる。 武の記憶によれば、まだこの時期の天元山は小康状態を保っているという。
まだ十分に余裕がある事に安堵する菫達に、迷彩柄のBDUジャケットを着用した帝国軍の衛士が話しかけてくる。
「なあ、あのハンガーに置かれた戦術機・・・じゃなくてVRって、911クーデターの時に厚木基地に来た機体かい?」
銑鉄作戦でのヴァルキリーズの活躍と名前は、更なるスポンサーを募る事を模索する夕呼とケイイチによって誇張や情報検閲は成されたものの、絶望の淵から世界を救う女神として世界各国に轟く事になった。
それは帝国軍でも例外ではなく、佐渡島ハイヴを潰した英雄である彼女達を知らない物は存在しない。 彼もそんな自分達の運気にあやかりたくて話しかけたのだろうか? そんな事を考えながらも、隊長として菫が応対する。
「そうだけど、あなたは誰?」
「やっぱり忘れて当然か、あんな情けない所も見られたしな・・・・」
そう物悲しそうに言った青年の表情に、菫は何か引っかかるものを感じる。 そして彼女が当時の記憶を模索していた途端、彼が何者なのかを思い出す。
「あ~っ! あなた、あの時の不知火に乗ってた衛士さん!?」
「や、やっと思い出してくれたか・・・」
そう菫に大声で指摘された元A-01所属の衛士、鳴海孝之中尉はほっと胸を撫で下ろした。
「そうでしたか。 鳴海中尉って、元ヴァルキリーズのメンバーだったんですね」
「それならば、涼宮中尉や速瀬中尉とも知り合いなのですか?」
「ああ。 あの2人とは訓練校からの付き合いでな、遙が怪我をしたせいで一足先に俺はヴァルキリーズに入る事になったんだ」
仮説基地に申し訳程度に設置された食事スペース。 金属パイプと合成樹脂で作られたテーブルの1つを菫と冥夜、直美と光、そして孝之の5人で囲んでいる。 そして昼食時の会話を通して、彼が自分達と同郷の人間だと言う事が判明したのだ。
そして孝之は同郷のよしみとして、菫や冥夜達に何故自分がここにいるのかを語り始める。
「横浜基地になっている場所。 皆はもう知っていると思うけど、元はあの基地はBETAのハイヴを土台に建設されている」
「はい。 香月副司令のおられる研究所を初めとする地下施設類も、元は地下茎構造をそのまま利用していると聞きます」
冥夜が言った補足に、孝之はこくりと頷く。 1998年7月に始まったBETAの本土侵攻は九州上陸から留まる事を知らず、僅か一週間で日本の総人口の3割を飲み込んだ挙句、3ヵ月後には横浜まで壊滅し、ハイヴを建造されると言う惨状に至った。
だが翌年の8月、アジア方面では最大規模のハイヴ攻略作戦“明星作戦”を決行。 米軍が独断で投下した2発のG弾により、帝国市民に決定的な反米感情を植え付けてしまったもののハイヴ攻略は成功。 その跡地に現在の横浜基地が建設され、夕呼が主導するオルタネイティヴⅣが開始されたのだ。
「俺はその明星作戦に参加して、しぶとく生き残った悪運強い一人なのさ」
そう皮肉めいて語る孝之に、冥夜達は何と声を掛けて良いのか分からずにいる。 そして孝之はあの忌まわしき横浜の戦いを、まるで神に懺悔を唱えるかのように皆に話し始めた。
『これ以上、俺達の街で・・・誰も死なせたくないんだぁーっ!!』
銃砲撃の轟音と金属が軋む音、大地を踏み鳴らす轟音、オープン回線に響き続ける怒号と悲鳴、死肉を貪り食う咀嚼音。 地獄の一丁目に相応しい荒野に変わり果てた柊町を、UNブルーに色塗られた一機の不知火がBETAの群れに向けて疾走する。
これ以上、奴らの好きにさせない。 自分の帰りを待つ遙や水月のためにも、必ずこの横浜を取り戻してみせる。 その一心であの時の孝之はぶちまける様に突撃砲を撃ち、力の限り長刀で薙ぎ払っていく。
だが突如として飛び込んできた上官の声が、怒りで満ち溢れていた孝之の心を静めていた。
『後退しろ鳴海! 米軍が軌道上からハイヴ攻略用の新型弾を投下した、そこは効果範囲だぞ!!』
『何っ!?』
だが我に返ったことが、先程まで研ぎ澄まされた孝之の反射能力を鈍らせる。 次に孝之の耳に飛び込んで来たのは、BETA接近を示す警告音。 そして要撃級の鋭い前腕の一撃が、孝之の不知火に容赦無く襲い掛かった。
『ぐっ・・・!! がっ!!』
管制ユニットを揺さぶるほどの衝撃と、狂ったように鳴り響くステータス警告。 米軍がハイヴ目掛けて投下した、新型弾頭の炸裂までさほど時間が無い。 転倒した不知火の管制ユニット、操縦桿を握る手と腕の感覚が無くなり、ペダルを踏む足も重く感じる。 頬には汗や涙ではない何かが伝わり、軋むような痛みが孝之の身体に電撃が如く走る。
このまま処置をしなければ、確実に命を落とす状態に孝之は陥っている。 だが絶体絶命な状況でも、彼は諦めるつもりは毛頭無かった。 自分の無事を祈る遙と水月、彼女達の約束と想いを果たすために、自分はまだ生き延びなくてはならないのだから。
『(死んで・・・たまるかよ・・・!)』
孝之共々不知火の機体を喰らおうと、次々に群がり始める戦車級。 だがその一角が36ミリ弾の直撃で爆ぜ、跳躍ユニットの全力噴射で吹き飛ばされた。 跳躍ユニットからロケットモーターの噴射炎を巻き上げながら、満身創痍の不知火が再び柊町を舞う。
そして全速で後退する不知火の後ろで、後に“G弾”として知れ渡る五次元効果爆弾が超臨界反応に達し、それによって生まれた黒球が横浜ハイヴを飲み込んで行った。
「俺が覚えているのはそこら辺までだ。 目を覚ました時には、帝都にある軍病院のベッドの上にいた」
そう孝之の話を聞き続けた菫達は、彼の体験したことにただ驚愕し絶句していた。 自分達とは比べ物にならない地獄を目の当たりにし、それでいて生還した男が目の前にいるのだから。
英雄という言葉は彼の方が相応しいと皆が思っていたその時、孝之は明星作戦の後の出来事について語り続けた。
G弾の炸裂から辛うじて逃れる事が出来た孝之は、直ちに帝都の軍病院に搬送された。 彼の治療に当たった医師は『五体満足な衛士は、九-六作戦以来だな』と告げたという。 見た目の外傷はそれ程でも無いが、やはり要撃級の一撃は想像を絶するものがあり内臓に深刻なダメージが残っていたのだ。
そして香月夕呼の手により、後に00ユニットに使用される人工臓器を移植され、治療前と変わらないまでに快復したのだ。
「移植手術をした時点で香月副司令は、もう俺がA-01の激務に耐えられないと分かったんだろうな。 退院後は副司令の推薦で帝国軍に入り、あの厚木での騒動の後にこっちへ飛ばされたのさ」
「そうでしたか。 要らぬ詮索をしてしまい、申し訳ありません・・・」
「構わないさ。 ただBETAと戦って死に損なって、左遷された一人の衛士が、ここにいるってだけのことだよ」
全てを語り終えた孝之の顔は、出すものを出したかのようにすっきりしていた。 国連の特殊部隊であるヴァルキリーズの機密は絶対、それだけに同郷の人間である冥夜達と出会えた事が心強いのだろう。
菫は銑鉄作戦における皆の活躍を交えながら、孝之に労いの言葉を送る。
「そんな事無いですよ。 中尉が戦ってくれたお陰で、今の御剣さん達がいるんですから」
「そうですよ鳴海中尉! 作戦前に速瀬中尉が、『アイツや白銀よりも暴れて見せるわよ~!』って、意気込んでいました!」
「涼宮中尉も移動前、まるで誰かの帰りを待っているかのように星空に祈っていましたよ」
光と直美が告げた言葉に孝之の涙腺が緩み、頬を涙が伝った。 ヴァルキリーズを去っても尚、水月は自分の分まで戦い続け、遙は横浜に自分が戻ってくるのを今でも待っているのだと。
命と言う名の輝きが消えぬ限り、3人の心と絆は決して壊れる事は無いのだと孝之は悟る事が出来た。
涙をジャケットの裾で拭いながら、孝之は皆に礼を告げる。
「すまない。 またカッコ悪い所、見せちまったな・・・」
「いいえ。 あの時厚木で戦っていた鳴海中尉、とてもカッコ良かったですよ」
孝之の顔に笑顔が戻り、それを確かめた皆も釣られて微笑む。 そしてヴァルキリーズの先輩である彼を新たに加え、残りの住人達の説得が続けられた。
・ 電脳暦世界 PM3:37アメリカ合衆国 ウェーク島
「どうしたテスレフ少尉! クーデターで我が同志達に見せた、あの動きは何処に行った!?」
「くっ、わかってはいるけど・・・!」
体中に伸し掛かる上昇中のGに耐えながら、イルマはチェイサーとして随伴している沙霧に答える。 沙霧の景清『火影』が追い駆けるのは、それはオルタネイティヴ世界から来た技術者達により作られ、白とアースブルーに色塗られた鋼鉄の巨人。
VRより一回り大きい17メートル前後の全高を持つその機体の背中には、VRの心臓部といえるVコンバータやカイゼルのようなメガドライヴが一切見当たらない。
それはイルマが乗るXF-36が、オーバーテクノロジーを一切用いずに作られた異世界の人型兵器、戦術機である事を物語っていた。 F-15/ACTV“アクティヴ・イーグル”を模した大小4基の跳躍ユニットが、“ストラマ”と名付けられた戦術機を青空へと力強く飛翔させる。
『メタル・マッドネス』計画に電脳暦世界側の人間として参加し、久々に戦術機の管制ユニットの座席にイルマは座っていた。 網膜ディスプレイから見える視界は雲一つ無い青空と、群青の海が広がっている。
そしてオペレータを務める椿から、演習プログラムの追加報告が入る。
『フォーカスマムよりフォーカス1へ。 ここからは競合機とJIVESで模擬戦闘よ。 “メタル・マッドネス”計画に最初に参入した強化案の機体みたい。 気を付けてね』
「フォーカス1了解」
椿の報告を聞いたと同時に沙霧の景清が遠ざかり、イルマはJIVESを起動させて模擬戦の準備を行う。 JIVESモードで作動するFCSが瞬時に自機の装備状況をチェックし、現在使用出来る兵装が網膜ディスプレイの片隅に表示される。
この機体と同時開発されたXAMWS-27 試作重突撃砲をストラマの右マニピュレータがしっかりと保持し、襲来してくるであろう競合機に備える。
そしてレーダーの光点表示と、ロックオン警報が鳴ったのはほぼ同時だった。
「上から!?」
ストラマのいる更に上空から、まさに天からの裁きと言わんばかりに、シミュレーターで形作られた砲弾がイルマ機目掛けて降り注ぐ。 ストラマの跳躍ユニットが一段と唸りを上げ、イルマは3点バーストで撃ち込まれる砲弾を水平跳躍でやかに回避する。
後部センサーが捉えた敵の機影、それを確認したイルマが何故今まで相手を捕捉出来なかったのか納得する。
「F-22・・・ これも、何かの因縁なのかしら」
回避を続けると同時に、背中の兵装担架システムに格納されているAMWS-21の対空射撃で反撃を行いながら、イルマはあの猛禽類の爪からは逃れられないのだと悟る。 反転してF-22の改良型らしき戦術機にストラマの機体を向き直らせ、ブルパップ式ではない外見を持つ重突撃砲の銃口を、こちらに向けて降下して来る敵機に向ける。
相手の挙動を警戒しながら、イルマは最大望遠でその機体を観察する。 腕部の大型シース、脚部のスーパーカーボン製のスタビライザーブレードが機体に装着されている。 それは欧州やソ連、日本帝国で開発された戦術機の特徴と同様に、BETAとの近接戦闘を意識した物だ。
恐らくあのラプターはこのストラマと同じく、対BETA専用に再設計されたのだろう。 いや、あの状態こそBETAに対抗するべく生み出された人類の刃、戦術機たるラプター本来の姿なのかもしれない。 そして唐突にそのラプターから、米軍の秘匿コードで通信が掛かる。
誘っているのかとイルマは用心しながら解読コードをサブコンソールに打ち込み、そのラプターとの回線を繋ぐ。 そして通信ウインドウに表示された顔に、イルマは驚きの余り口を閉じる事を忘れてしまった。
『久しぶりだなテスレフ少尉。 生きているとは薄々感付いてはいたが、まさかこのような場所で再開しようとは・・・』
「あなたもこの計画に参加しているんですね? ウォーケン少佐・・・」
9.11クーデターでは第66戦術機甲大隊の指揮を務め、イルマの上司であったアルフレッド・ウォーケン少佐。 そんな彼が何故こんな異世界で、F-22の変異種とも言える機体に乗っているのか。
イルマがその事を問いかけようとした正にその時、ホバリング状態のFB-22“ストライク・ラプター”に乗るウォーケンが、ここに来た理由を彼女に話す。
『まさか私が、生き残っていた君を始末しに来たと思っているのか?』
「違います! ただ・・・」
『安心したまえ。 君があのような事をするような衛士でないことは、私がよく知っている』
あの後ウォーケンも、イルマが出来心で悠陽と武を襲ったのではないと気付いたのだろう。 そして彼は今まで、行方をくらませていたイルマの身を案じていたに違いない。
奈落の底まで堕してしまった自分を、心配してくれた事にイルマが感謝していたその時、任務中見せていたのと同じ厳しい剣幕をするウォーケンの口が開く。
『少尉、私は私の意志でこの世界を訪れ、このラプターをBETAと十二分に戦える機体に仕上げるつもりだ。 その為なら、君と手合わせする事も厭わない。 君もそうじゃないのか、テスレフ少尉!』
ウォーケンがそう言い放ったと同時に、ストライク・ラプターの腕部にある大型ナイフシースから、短刀と長刀の中間的なサイズのブレードを取り出し、その切っ先をイルマのストラマに向ける。 今は模擬戦の相手同士、再会を喜び合うのは後にして、互いに全力を出し合おうというウォーケンの意図なのだろう。
それを汲み取ったイルマも、背中に担架されているXCIWS-2試作長刀を取り出し構える。
「そうですね少佐。 ならば私もこのストラマを預かる身として、全力であなたの相手をします!」
『その意気だ。 来い、テスレフ少尉!!』
ウォーケンの言葉を合図に、イルマのストラマが4基の跳躍ユニットを全開に噴かし、ストライク・ラプターに斬り掛かる。 まるで先程の会話の続きを楽しむかのように、イルマとウォーケンが操る2機の剣が踊り、跳躍ユニットの轟音と切り結ぶ金属音がウェークの海に響き渡った。
電脳暦世界:『メタル・マッドネス』計画で先行開発されたFB-22“ストライク・ラプター”及び、XF-36“ストラマ”の近接模擬戦闘を開始。
日本帝国、97式改『晴嵐』の通常仕様機をロールアウト。 ソ連の設計局共同開発による試作TSF、I-21やMIG-1.44と共に『メタル・マッドネス』計画の模擬戦闘訓練に参加予定。
・ 2001年11月6日 PM9:08 横浜基地最深部 90番ハンガー
「冥夜に菫さん、それに朝倉と高原は大丈夫かな・・・?」
「ああ見えても菫君は僕の部下だよ。 そして御剣君達も、もう一人前の衛士じゃないか」
「そうだよ~。 タケルちゃんと違って、御剣さん達はしっかりしてるから大丈夫だって!」
菫や冥夜達の帰りを待つ横浜基地、その最深部にある90番ハンガーでは武と純夏、そしてケイイチの3人による秘密の作戦会議を行っていた。 広大な地下空間の中には3人以外にも、凄乃皇の整備スタッフがラストスパートとばかりに作業を進めている。
銑鉄作戦を成功に導き、佐渡島を人類の手に取り返した功労者である凄乃皇参型。 その機体は中央のブロックを残してほぼ分解されてオーバーホールの状態にあり、次の作戦の時までそのコンディションが最高まで保たれている。
一方で武のカイゼルも、機体の回りには何やら数々のパーツが置かれ、ケイイチにより更なる強化が成されるようだ。 夕呼からここに来るようにと言われた武と純夏が、ケイイチにその理由を尋ねる。
「それでケイイチさん、話って何です?」
「もう2人は聞いたよね? 菫君と博士が提唱した、BETA未確認種の話」
「佐渡島のBETA増援はそいつの仕業だって、夕呼先生が言ってました」
純夏の答えに、ケイイチが何時もの様に頷く。 既に菫と夕呼の徹底した解析結果から、佐渡島でBETA未確認種には“母艦(キャリアー)級”と戦術分類名が付けられていた。 そして更に過去のデータを引っ張り出したところ、地下からの大規模奇襲や侵攻の際にも同じような振動パターンと音紋が観測されていた事が判明したのだ。
今後行われるユーラシアや欧州での戦いでも、今回のようなBETAの増援が何度発生しても不思議ではない。 そういった事情を踏まえてケイイチは武と純夏に、この90番ハンガーへわざわざ呼んだ理由を告げる。
「それで今回思い切って、カイゼルと凄乃皇を大幅に強化しようと思ってね。 衛士である君達に意見を聞こうと、ここに来て貰ったのさ」
「武ちゃんのカイゼルと・・・」
「純夏の凄乃皇を強化する!?」
銑鉄作戦でハイヴのモニュメントを、地表にいるBETAもろとも吹き飛ばした凄乃皇。 そしてそのお膳立てを行うために、障害となるBETAを怒涛の勢いで排除していったカイゼル。
あの戦いで2機が秘めていた性能が凄まじいものだと実感していたのに、それに更なる強化を施そうと言うケイイチの提案に武と純夏は驚きを隠せない。
「まず鏡君の凄乃皇は、香月博士が考案していた強化プランと、僕の考えたプランを融合させた新たな仕様になる予定さ」
「だから中央のパーツ以外は、殆どが取り外されているんですね。 やっぱりあれは、ただのオーバーホールじゃないって事か・・・」
そう呟いた武にケイイチが手渡した携帯端末の画面には、CADソフトで描画された凄乃皇の新たなる姿が映し出されていた。 巨大な凄乃皇のボディに “手足”と呼べるパーツが新たに設けられ、まるで巨大な戦術機と言っても過言ではないシルエットをしている。
武の隣にいる純夏も興奮しながら、彼が持つ端末の画面を眺めていた。
「XG-70e“凄乃皇五型”。 見ての通りランディング用の脚部と、通常武装を内蔵した腕部を取り付ける予定さ」
「すっご~い・・・ 火力も参型とは桁違いにアップしてるよ」
ケイイチの解説に暢気な声を上げる純夏だったが、改めて凄乃皇五型と呼ばれる機体のスペックに目を通した武の背筋に、ゾクリと得体の知れない感覚が走る。
歩行ではなくラザフォードフィールドによる浮遊推進機能を持つ凄乃皇五型の脚部。 その形状を見た武は、かつてケイイチから聞かされた話を思い出す。 凄乃皇五型の脚部は、メガドライヴ制作の為に電脳暦世界に戻った武が訪れた禁制領域、“シバルバー”に出没していたという破壊の幻獣『ヤガランデ』に良く似たものだった。
新たに設けられた両腕部には参型にも搭載された120ミリ電磁投射砲や1200ミリOTHキャノン改等、対人戦闘ではオーバーキルといわんばかりの凶悪な兵装が多々搭載されている。
それは対BETA決戦兵器と言う肩書きが無ければ、正に狂気の沙汰と思われかねない物だった。 武は自分が先程まで感じていた感覚は、BETAを殲滅するためなら何だって行う人間に対する“恐怖”だったのだとようやく気付く。
「凄乃皇の改装についてはまた追々説明するとして・・・ 次はカイゼルの方だね」
「凄乃皇と比べると全然変わってないね、タケルちゃん悔しい~?」
「べ・・・別に悔しくなんかないぞ!」
とは強がってみたものの、実際には純夏の茶化しに対して、武はしっかり落ち込んでいたりする。 次にケイイチが端末に表示させたカイゼルのCADデータには、劇的な変化を見せた凄乃皇と比べて真新しいパーツの類は一切装備されていなかったからだ。
せめてシステムの強化位なのかと武がひねくれていると、ケイイチは再び端末を操作し表示を切り替える。 画面には小さな凄乃皇参型を着込んだかような、重厚感溢れるユニットを装着するカイゼルの姿が映っていた。
左上端にはこのユニットのコードネームだろうか、“アーマードライナー”と小さく表示されていた。
「ケイイチさん、これは?」
「AL-130“スプーキー”。戦術機単体に限界までの武装と、スピードを付加する兵装システムの一号機さ」
確かにカイゼルは戦術機単体としては、最強の部類に入ることは間違いない。 だが物量を最大の武器とするBETAとの戦いではその持ち前の火力では対処し切れない事が、銑鉄作戦の戦闘データから判明したのだ。
そこでケイイチは9.11クーデターで撃破し回収した戦術機、SR-71“ブラックバード”が装着していた跳躍ユニットに目を付けた。 千鶴の手によって補足されるまでの間に米軍やクーデター部隊、そして武達を長時間にわたって監視していた、あの長距離巡航能力を利用しない手は無い。
カイゼルの各部に設けられたハードポイントに重火器と対レーザー加工の増加装甲を装着し、後部にはミサイルコンテナと一体化させた大型跳躍ユニットで、長大な航続距離と機動力を確保する。
一定以上のダメージや動作不良の発生、または任意によって強制排除も可能というのが、ケイイチが考案していたスプーキーの概要だった。
「既にフィルノートでカイゼル用の1機が完成させたから、後は搭載する装備について白銀君に聞いておこうと・・・ん?」
今後の予定についてケイイチが話そうとしたその時、彼の端末に夕呼からのホットラインを知らせるアラームが鳴る。
『はぁ~いサギサワ大尉。 急な頼みがあるんだけど、ちょっと良いかしら?』
「夕呼先生・・・?」
端末のスピーカーから聞こえる声とは裏腹に、武が見た画面に映る夕呼の顔は何時に無く真剣な表情を浮かべていた。
次回に続く・・・
-あとがき-
『こいつぁシモンの・・・! 大グレン団の・・・! 人間の・・・!! いや、このオレ様の魂だぁ!!! テメェ如きにぃ、食い尽くせるかあああっ!!?』
卒論提出が終わりました麦穂です。 29話は天元山での同郷人との出会いと『メタル・マッドネス計画』での再会劇、そして凄乃皇&カイゼルの強化立案の3点です。
天元山で菫一行が偶然出会った、明星作戦から”運良く”生還した孝之さん。ニコ動のアージュ十周年PVを観て以来、アニメ版君のぞからあった孝之のイメージが大きく変わりました。 構想が成されているであろう『OPERATION ZERO』で、どの様な生き様を見せてくれるのか楽しみですね。
2つ目は電脳暦世界で再会したイルマとウォーケン。 両者が乗る戦術機は、どちらも現実世界で計画されている機体がモデルになっています(邪神様のほうは微妙ですが・・・)。 いあ! ストラマ! ストラマ!
3つ目は凄乃皇とカイゼルの強化提案。 メカ本によると凄乃皇(特に四型)のデザインは、マクロス7と宇宙戦艦ヤマトのメカ達を参考にしているそうで、実際手足が付いてもおかしくないデザインだなと納得し、本SSでもそれを採用してみました。
その一方で、カイゼルの方は某GP03的な装備を用意してみました。 ネーミングは現実世界で”空飛ぶトーチカ”とまで呼ばれた、あのガンシップの名です。 そして終盤で夕呼先生がなにやら企んでいるようですが、それは次回のお話に・・・