・ 2001年10月22日PM12:17 佐渡島 旧高瀬地区
「畜生キリが無い・・・! 隊長、支援砲撃はどうなってるんです!?」
「まだおかわりには時間が掛るとさ、クソッタレ!」
旧高瀬地区に構築された防衛線、そこでBETA相手に奮戦するクラッカー1が女性らしからぬ愚痴を漏らす。 武達に砲撃を優先させている為に艦隊による支援砲撃要請は受理されず、各母艦に搭載されていた電磁衝撃砲も弾切れの状態。 オービットダイバーズの突入失敗の後、再びハイヴから湧き出たBETAの増援が、撃震4機で構成されたクラッカー小隊の目前にまで迫って来ている。
戦術機の持つ火力でもジリ貧になる状況にクラッカー3の衛士、伊隅あきらは引き攣った顔をしながら36ミリのトリガーを引き続けていた。
「来るなぁーっ!!」
同じ衛士として活躍する、姉のまりかやみちる程ではないにしろ、彼女も死の8分をくぐり抜けBETAと戦った経験がある。 あきらはそんな姉達のように強くなりたいとは思っているものの、BETAに対する恐怖は簡単に拭い去る事は出来ずにいた。
圧倒的なBETAの数を前に、本当にこの作戦は成功するのかとあきらが思ったその時。 クラッカー2が要撃級の接近を許してしまい、その前腕部で殴打を受ける。
「ぐああっ!」
「02、大丈夫!?」
「こんなダメージ、かすり傷にも入らないぜ!」
クラッカー2の反撃により、殴打をした要撃級は36ミリの応酬で沈黙。 だが彼のダメージも口で言ったほど軽くは無く、次にもう一発喰らってしまえば後が無い状態だった。 そして今度はクラッカー4が、銃撃を物ともせず突っ込んで来た突撃級の体当たりをまともに喰らってしまう。
「しまった、駆動系が・・・!」
「せっかく、せっかくここまで来たのに・・・ くそぉーっ!!」
「うわああああっ!!」
突き飛ばされて転倒したクラッカー4のダメージはクラッカー2以上で、しかも機体フレームが歪んで脱出すら出来ない状態だった。 佐渡の奪還も適わずに、ここで自分達はBETAの餌になるのか。 そんな絶望感が小隊内を包み、あきらとクラッカー1の雄叫びがBETA蠢く戦場に木霊する。
そして新たに出現した突撃級が、クラッカー4を轢き潰そうとした瞬間、同時に2方向から通信が入った。
『『そこの小隊! 全員その場から一歩も動くなっ!!』』
「っ!?」
突如2人の声があきらの耳に飛び込んだかと思うと、クラッカー4目掛けて突っ込んでいた突撃級が横殴りの砲撃を受けて横転する。 更に周囲にいたBETAが、後方からの銃撃で瞬く間にその数を減らしていく。
攻撃のした方向をあきら達が振り向くと、そこには思いもよらない援軍が来ていた。
「斯衛部隊が、どうしてここに・・・!?」
「さらにあれは、噂に聞く異世界からの援軍か!」
後方を見たあきらの眼に入ったのは、硝煙を上げた突撃砲を構える斯衛部隊の武御雷達が。 そしてもう一方には、突撃級を吹き飛ばした一撃を見舞ったハーモニー1が駆るライデン512E2が、同じく煙を吐くバズーカを肩に構えていた。
周囲に一般兵仕様である黒の武御雷が展開する中、斯衛の長を努める蒼の武御雷が話しかけてくる。
「危うい所だったな。 そなた達、まだ動けるか?」
「救援感謝します。 ですが部下の機体が擱座し、衛士も重傷です・・・」
蒼色の武御雷の呼びかけに、クラッカー1は感謝の言葉と被害を報告する。 クラッカー4の衛士は致命傷こそ免れたものの、早急に応急処置をする必要な容態だ。 その報告に真紅に包まれた武御雷に乗る、月詠真那が続けて指示を出す。
「ここは我等斯衛と、異界の援軍に任せよ。 貴様達は負傷者を連れて、一旦下がれ!」
「了解! クラッカー2、手を貸せ! クラッカー3はその間、斯衛と共に撤収までの時間を稼げ!」
「「了解!」」
真那の命令とクラッカー1の指示に従い、クラッカー2はクラッカー4の衛士を救出する為の作業に入る。 そして彼らの作業が終わるまでの時間稼ぎを任されたあきらは、その最中に異世界の兵器、VRの活躍を目の当たりにしていた。
オープン回線からは、斯衛と同時に駆けつけたハーモニー隊の交信が聞こえてくる。
『ハーモニー1より各機、どうやらここで最後のようだ。 ハーモニー9はファランクス一斉射。 その後は全機兵器使用自由、思う存分奴らを調理しろ!』
『『『了解っ!!』』』
ハーモニー1の指示と同時にVOXジョーの肩口にある左右のハッチを開き、そこから大量のマクロミサイルを発射。 ナパーム弾頭が炸裂し、あきらの目の前は灼熱の炎一色に染まる。
更には後衛のVOXマリコによる猛烈な弾幕射撃により、BETAの大小の区別無く粉砕していく。 そして遠くに見える要塞級がミサイルの応酬で陥落していく様を見て、あきらは救援が来たのはここだけではないと悟った。
おそらく大隊規模だった物が救援の度に小隊規模で抜けていき、最後に彼らの小隊が自分達の前に来たのだろう。 あきらの撃震の傍にポジションを移動し、右腕のアームガンシステムで猛烈な支援射撃を行うVOXマリコのパイロットが彼女に話しかける。
『ここは私達に任せて、あなたも擱座機の救出に向かって!』
「はいっ! 救援感謝します、お陰で助かりました!」
通信ウインドウに映る女性パイロットに敬礼し、あきらもクラッカー4の救助に向かう。 そしてクラッカー4の衛士を救助してあきらの撃震に収容した最中、蒼の武御雷が真那に次の命令を下す。
「月詠、ハーモニー隊と共に前進。 前線を押し上げるぞ」
「はっ。 クレスト2より大隊各機、鶴翼複五陣で前進せよ!」
「では参るぞ。 皆の物、我に続けぇい!!」
まさしく鶴の一声に相応しい号令により、斯衛の武御雷達が一斉に跳躍し前進する。 前を塞ぐBETAは武御雷の長刀により斬り捨てられ、またはハーモニー隊の猛火により撃ち破られる。
彼らの無事を祈りながら、あきらは同乗させたクラッカー4を搬送するべく、ウィスキー部隊の母艦が待つ真野湾へと後退していった。
マブラヴ-壊れかけたドアの向こう-
#28 銑鉄作戦(後編)
・ 同時刻 上新穂ダム跡
「白銀君、あなたの力、改めて見せてもらうわよ!」
「それはこっちのセリフですよ、菫さん!」
先陣を進む武と菫が言葉を交わし、それぞれが持つ得物を前方から接近する突撃級に向ける。 スマートガンとスライプナーMk5の銃口から放たれた荷電粒子で形成された弾丸は突撃級の甲殻を容易く貫徹し、谷に侵入したBETAの前衛は経った2機の活躍により瞬く間に全滅した。
それを確認したみちるは部下の戦乙女達を引き連れ、2人が築き上げた死骸を匍匐飛行で飛び越えながら指示を送る。
「全機、このままフォーメーション<ウォー・ヘッド1>で目標まで吶喊! 雑魚には構うな!」
「「「了解!!」」」
メガドライヴ搭載機用に考案された新たなフォーメーションを維持し、ヴァルキリーズの戦術機達が谷を越え無数のBETAがひしめく戦域へと躍り出る。 武と菫が作り出した道に立ちはだかるBETAを迎撃後衛のみちると美冴の指示の元、突撃前衛の水月、冥夜、慧、光が一番手に切り裂く。
千鶴と茜、多恵の強襲掃討が前衛をサポートし、砲撃支援の壬姫、柏木、直美と制圧支援の美琴と梼子が、前衛と中衛の死角に回り込もうとするBETAを的確に排除して行く。
その一糸乱れぬフォーメーションの美しさに、一番後方で彼女達の戦いを見物していたケイイチが舌を巻いた。
「(流石は伊隅大尉達だ。 エースだけあって、ドライヴ搭載機にもう順応している)」
こういう事は実戦で慣れさせるのが一番なのだろうかと、データを眺めながらケイイチは思う。 特に水月の場合は、後輩達が一足先にメガドライヴの能力をものにしていた事に対抗心を燃やしていたこともあるだろう。
自分が手掛けた機械が十分に機能している事に、ケイイチはこれ以上に無い優越感を味わっていたその時、先を行く武と菫から通信が入る。
「ブレイブ1よりヴァルキリーズ全機、目標の重光線級を確認しました! 」
「でも重金属雲の濃度が薄い。 私達は周囲にいる要塞級を排除するから、伊隅大尉はフィルノートに支援砲撃要請を出して!」
菫の提案を聞いたみちるが、直接フィルノートに支援要請を出す。 光学兵器と人間との付き合いは電脳歴世界の方が長く、そのための対抗手段も数多く考案されている。
その一つがナノマシンを用いた、光学撹乱膜弾頭と呼ばれるものだ。 AL弾頭とほぼ同じ仕組みであり、濃密なナノマシンの霧を周囲に散布。 またはそれが封入された弾頭が炸裂し、レーザーや荷電粒子ビーム等の光学兵器を減衰させる効果を持つ。
即座にフィルノートからの砲撃が行われ、AL弾とは正反対の白い霧が戦域を包む光景が見える。
「よし、小隊に散開して重光線級を片っ端から叩く! 白銀達にこれ以上、手柄を独り占めさせるな!」
「了解! あいつだけに、良い思いをさせてたまるもんですか! A小隊、私に続けっ!!」
みちるに続いて水月が冥夜と慧を引き連れ、74式長刀を手にして重光線級の一群に向けて吶喊する。 そして中衛と後衛のチームもみちると美冴の指揮の下、それぞれの得物を手にしながら相当を開始した。
「これで・・・5つ!」
天高く跳躍するカイゼルが手にする、スマートガンの銃口が要塞級の頭部へ狙いを定める。 次々に放たれたビーム弾が頑強な表皮を貫き、落下時の勢いを用いてビームブレードを展開したスマートガンを振り下ろし、止めの一撃を見舞う。
このパターンで要塞級を屠って5体目、戦域には重光線級を守ろうと更に集結しつつある要塞級達を前に、武は一歩も引く事は無くカイゼルと共に立ち向かっていた。 地面に蠢く戦車級を左手からコンバートしたボムで吹き飛ばして着地地点を確保し、馬賊撃ちの要領でスマートガンを連射し、近付く要撃級を一掃する。
そして次の要塞級を見定めながら武は、自分の思い描いた通りに機体が動く事に興奮を隠せなかった。
「(これが、カイゼルの力・・・!)」
多数の戦術機を持ってしても撃破が困難だという要塞級を、カイゼルはいとも容易く仕留める事が出来る。 一方で菫のテムジンも、要塞級が持つ武器らしい武器である衝角を巧みに回避し、手にするスライプナーの射撃で要塞級を確実に撃破して行く。
その無駄のない堅実的な戦いを見ていた武は、自分を導いてきた彼女が確かな実力の持ち主である事を痛感する。 負けじとスマートガンを撃ち込む中、重光線級を掃討している最中であるみちるから通信が入る。
「2人とも、無事か!」
「はい! 白銀君と共に脱出ルートを確保している最中です! 大尉、重光線級の掃討は!?」
「時間いっぱいまで粘るつもりだったが、そろそろ弾薬が限界だ。 悔いが残るが撤収に入る、白銀、霜月! それまで持ちこたえろ!」
「「了解っ!」」
百戦錬磨のヴァルキリーズとて、一度に捌けるBETAの数にも限界はある。 それに凄乃皇の戦域突入時刻も迫っている、重光線級を全て狩れなかった事は心残りだったが、凄乃皇の砲撃にみちるは全てを託す事にしたのだ。
武と菫が守った帰路を、ヴァルキリーズの乙女達が感謝の言葉と共に通過して行く。 そして最後に通過した梼子が、2人に声をかけた。
「2人とも良くやったわ! さあ、防衛ラインへ戻りましょう!」
「はい! 行きましょう、菫さん!」
「ええ。 帰ったらあなたの活躍、たっぷり鑑さんに伝えてあげるわ!」
支援砲撃が上空を通り過ぎる中、武と菫は殿を努めながら新穂ダム跡へ撤収した。
・ PM12:47 新潟県沖
「ヘイローマムよりA-02へ、間もなく佐渡島だ。 怖いBETA共は、伊隅大尉と白銀達が片付けている。 だから鑑、安心して進め!」
「はいっ!」
新潟沿岸部に設置された、第2防衛ラインの指揮所。 そこから通信を送るまりもの報告に、専用強化服姿の純夏が快活な声で答える。 彼女は参型に改修された際、凄乃皇に新設された管制ユニットのシートに座って操縦している。
それは00ユニットの能力により、ほぼ思考だけで操縦出来てしまう純夏には必要無い物だ。 だが純夏本人が機体を操縦する実感が欲しいと申し出た事と、搭載している火器の最終セーフティは物理的に必要であるとして、新規開発された全天周型の管制ユニットを搭載しているのだ。
「(社さん達の想いが詰まった機体、大事に使わせてもらうわ・・・!)」
プラズマ跳躍ユニットから噴射円を吐きだして飛行する6機のF-108/Kn“レイピアナイト”が、神に付き従う天使が如く凄乃皇を護衛している。 その胸部にはAIユニットの証であるセンサー類が光り輝き、その機体が完全に無人で作動している事を証明していた。 搭載されたAIは、これまで収集した霞の思考パターンをベースに、ヴァルキリーズの衛士達の戦闘データを配合している。
自分の身体をこの有様に変え、この世界の武を殺しただけではなく、異世界にいる武をも巻き込んだきっかけを作ったBETAを、絶対に許さない。 皆の努力と苦労が詰まった機体と共に、純夏は目の前にそびえるハイヴを睨み付ける。
そしてML機関に誘引され、上陸地点に集まって来た残存BETAを確認した彼女が、無人機達に音声コマンドで命令を下す。
「A-02よりヘイロー全機、前方にいるBETAを攻撃! 殲滅後、フォーメーション<エスコート・タイム>で前進する!」
純夏の指示を認識したAI達が、彼女の指定した標的に向けて一斉に行動を開始する。 有人機では到底不可能な速度で戦域に突入し、人間が耐えられるGの限界を越えた機動にBETAが付いていける訳が無く、レイピアナイトが手にするAMWS-21で次々に肉塊へと変貌を遂げる。
「(これが、衛士という束縛から解放された戦術機の姿か・・・!)」
今の今まで無人機の運用に否定的だったまりもが、凄乃皇から送られてくる映像とデータの前に絶句する。 有人機の限界を越えた速度での機動、機械ならではの照準精度と躊躇いの無さ。 もしこの技術が全世界に普及するようになれば、衛士の犠牲は本当に最小限に・・・ いや、BETAとの戦いに人間が戦場から消える日が来るかもしれない。
だが逆を言ってしまえば、BETAとの戦いには人間は必要ないという事になる。
このBETA大戦の行く末が見えてしまうようで、まりもの心に虚しさが走った。 だがそうなろうとも、この戦力はBETAを駆逐するために必要な存在だ。 無人機達による掃討を終えた事を確認すると、まりもは純夏に更なる指示を伝える。
『よくやった鑑! さあ、白銀中尉がいる合流ポイントはすぐそこだ!』
「了解! 荷電粒子砲、発射準備に入ります!」
純夏を乗せた凄乃皇が、レイピアナイト達と共に佐渡島の地に上陸を果たす。 人類の鉄槌である荷電粒子砲、発射の為に蓄えられた膨大なエネルギーが、凄乃皇胸元に幾多の稲妻を走らせている。
チャージは順調に進み80%に達した時、遂にヴァルキリーズの不知火や晴嵐、そして武を乗せたカイゼルの姿が見える。 合流に無事成功し、ラザフォードフィールドを展開して浮遊する凄乃皇の勇士に、誰もが驚嘆の声を上げた。
「遅いぜ純夏!」
「違うよ~! 武ちゃん達が早すぎるんだよ~」
出会ったと同時に始まった武と純夏の痴話喧嘩を目の当たりにした皆の笑い声が、ヴァルキリーズの通信回線内に響き渡る。 これでヴァルキリーズ全員が集結した。 誰一人欠ける事無く、絶対この作戦を成功させてやる。
そう誰もが思ったその時、レーザー照射警報と共に遙からの通信が入る。
『ヴァルキリーマムより各機、A-02にレーザーが低出力照射されています!』
「何っ!?」
谷の向こう側をみちるが眺めた先には、仕留め損ねた重光線級達がその照射膜を凄乃皇に向けていた。 その間には、レーザーを減衰させるものは何一つ存在しない。
「皆下がって! ここは私が!」
「その言葉、信じるぞ鑑!」
うかうかしていたら自分達もレーザーの餌食になる、凄乃皇のラザフォードフィールドの防御力と純夏の言葉を信じながら、みちるは皆に退避を命じる。 そして完全に目標を捕捉した重光線級は、凄乃皇に対して最大照射を見舞う。
瞬間、閃光に包まれる凄乃皇。 並の戦術機ならチリも残らず蒸発させるレーザー、その集中照射を受けてもなおA-02のマーカーが消失することは無かった。 それどころか凄乃皇が、谷に向けて移動をしているのだ。
ラザフォードフィールドでレーザーを受け流し、凄乃皇の姿勢制御を行う純夏の苦渋の声が聞こえて来る。
「うあああっ・・・!」
「頑張れ純夏! 凄乃皇なら・・・お前ならこの位乗り切れるはずだ!!」
例えるなら消防車の猛烈な放水を、この身一つで受け止めているような感じだろうか。 凄乃皇ほどの巨体が擱座しようものならオルタネイティヴⅤ派からの失笑を買い、復帰する際にはヴァルキリーズの皆にまで迷惑が及ぶ。
それに大切な彼氏の前で、みっともない姿は見せられない。 そして武の応援が、必死に耐える純夏に燻ぶっていた何かを一気に燃え上がらせた。
「こんのおおおおおっ!!」
遂にレーザー照射を耐え抜いた純夏が、雄叫びと共に凄乃皇のもう一つの武器のセーフティを解除する。 凄乃皇の機体左右に添え付けられた120ミリ電磁投射砲がガクンと鎌首をもたげ、谷の向こう側で押し寄せようとするBETAの姿を照準センサーが捉える。
荷電粒子砲のチャージは既に完了し、その過剰エネルギーが投射砲へ流れ込み、セーフティを解除したと同時に発射態勢に移行する。 網膜ディスプレイに映し出されると発射準備完了の表示を確認した純夏は、両手に握る操縦桿のトリガーを引いた。
「す・・・凄ぇ!」
先程のレーザー照射に勝るとも劣らない膨大な閃光が辺りに迸り、武はその光景に言葉を漏らす。 フレミングの法則に従い、膨大な電力により運動エネルギーを得た砲弾が、光のそれにも達しよう速度で重光線級を貫く。
その砲弾は重光線級を粉微塵にするだけでは飽き足らず貫通後も飛翔し、発生した衝撃波は戦車級以下の小型BETAを吹き飛ばした。 群がるBETAを蹴散らしながら谷を抜け、凄乃皇の管制ユニットの中央に設けられた荷電粒子砲のトリガーがホップアップする。
そのグリップを握り締めた純夏が、遂に荷電粒子砲の発射を宣言する。
「A-02よりヴァルキリーズ全機へ、荷電粒子砲を撃ちます!」
「ヴァルキリーズ全機、発射まで30秒以内に安全域へ退避だ!」
発射された荷電粒子から一定範囲内は、強力な電磁場が発生する。 かといって真後ろも荷電粒子砲の反動を受け止めるために、ラザフォードフィールドが集中する為に退避は不可能。 純夏とみちるの指示に従い、武達はレイピアナイトを前面に置いた横隊陣形を取る。
そしてカウントがゼロになろうとした時、凄乃皇に随伴する武が力の限り叫んだ。
「ぶちかませぇ、純夏ぁっ!!」
「うおおおおおおっ!!」
雄叫びと共に、2つあるトリガーを押し込む純夏。 そして彼女の咆哮が形になったかのように、加速されたプラズマの噴流がハイヴ目掛けて凄乃皇から吐き出される。 一段と強い閃光が皆の視界を包み込み、フィードバックでも相殺しきれない振動が伝わって来る。
そして視界を取り戻した時、そびえ立つハイヴのモニュメントが佐渡島から消え失せていた。
- ハイヴが、砕けた・・・ -
そう呟き涙を流したのは、作戦前に最上に電文を送った信濃艦長、安倍その人であった。 凄乃皇の放った荷電粒子砲により、BETAの居城であるハイヴのモニュメントが黒煙を上げて崩れ落ちて行く様に誰もが涙を流し雄叫びを上げていた。
まだ人類には負けるわけにはいかない。 遂に人類は、BETAを打倒する力を手にしたのだと・・・ そしてその光景は、佐渡島で戦う全ての者達の闘志を燃え上がらせるには十分過ぎる物だった。
「これは今までに無い好機だ! 全機、VRと共に進め!!」
「ああ、今日こそ佐渡島を取り戻すんだ!!」
各防衛線で奮闘していたウィスキー部隊の衛士達が、ハーモニー大隊のVR達と共に次々に前線を押し上げて行く。 撃震が36ミリと120ミリによる銃撃のメロディーを奏で、不知火が長刀を手にしにて空を舞い、部隊の戦車や装甲車がBETA小型種を次々に撃破する。
艦隊からの砲撃と、ハーモニー隊のVRが放つ砲弾、ミサイル、光学兵器により、佐渡島は一種のカーニバルの様相を呈していた。 そして凄乃皇から2発目の荷電粒子砲が放たれ、佐渡島ハイヴのモニュメントは完全に消失する。
「(凄い・・・!)」
負傷したクラッカー4の衛士を無事に搬送し終え、甲板に立つ撃震の管制ユニットの中であきらが言葉を漏らす。 小隊の機体は隊長機と自分を除いて、これ以上の戦闘続行は不可能な状態だ。 隊長達はクラッカー4の衛士に付きっ切りの為、 彼女はもう戦場への復帰は出来ない。 この甲板で立ち尽くしているだけなのか、そうあきらが落ち込んでいたその時、母艦の艦長から通信が入る。
『クラッカー3、聞こえているか?』
「艦長、どうされたのですか?」
『うむ。 艦首にある電磁衝撃砲の射撃を、君がやってくれないだろうか?』
「えっ・・・?」
そう艦長に言われたあきらは、緒戦にその威力を見せ付けた電磁衝撃砲を見る。 その砲には操作を行う戦術機がおらず、その砲口は黒煙を上げる佐渡島に向けられている。
『発射担当の機体がレーザーにより大破してな、今まで射手がいなかったのだ。 そして甲板には、無傷でいる君の撃震がいる』
「ボクが、あれを撃つ・・・」
呆然とするあきらに、艦長は静かに頷く。 既に砲弾の補充は完了しており、後は戦術機が取り付き、衛士は指定する座標に合わせて砲を操作すれば良い。 自分の助けを必要としている者達があそこにいる、佐渡島を取り戻そうと必死になって戦っている仲間達がいる。
勲章も名声も要らない、自分が今出来ることをやるんだ。 そう心に決めたあきらは、甲板を移動しながら艦長に告げる。
「了解! クラッカー3、衝撃砲による支援砲撃を開始します!」
伏せの姿勢で横たわるあきらの撃震、そのマニピュレーターが衝撃砲のグリップを力強く握る。 即座に火器管制とのリンクが確立され、データリンクによる砲撃指定座標が次々に表示される。
その中に、一際BETAに接近を許してしまった小隊が表示されていた。
「(躊躇ったら、負けだ・・・っ!!)」
即座にその座標を選択し、撃震の機体がそこへ向けて衝撃砲を向ける。 微調整を行い、あきらはトリガーを押し込む。 彼女の想いが込められた砲弾が、音速を超えて日本海の空を舞う。
そして凄乃皇によって壊滅状態のハイヴに、生還を果たしたオービットダイバーズとモーラ隊が再度ハイヴに突入。 一度失敗した汚名を返上するかのような怒涛の戦いを繰り広げ、2時間後に反応炉の破壊に成功する報告が最上に伝わる。
武が始めて平行世界を渡った同じ日に、この世界の人類は歴史的な勝利と佐渡島を取り戻した。
・ 10月22日 PM8:48 横浜基地 香月ラボ
「とりあえずお疲れ様。 あそこから抜け出すの、大変だったでしょう?」
「ええ。 でも先生のお陰で、ヴァルキリーズはみな無事に帰還出来ましたよ」
佐渡島ハイヴ攻略成功により、未だに人々の興奮が冷める事は無い。 横浜基地でも例外では無く、上の食堂ではヴァルキリーズに対し、基地を上げての祝賀パーティが行われているだろう。
そこを抜け出してわざわざ礼を告げにやって来た武に対し、夕呼の口が開く。
「アタシはアタシの成すべき事をしただけよ、なんてたってアタシは頭脳労働者だからね。 それに、戦術機や純粋なメカニックはメガネの方が上よ。 後で彼の方にも礼を言っておきなさい」
夕呼の全てを掛けて、完成させた00ユニット、そしてケイイチと共同で作り上げた新たな装備。 2人の活躍が無ければ、武達は佐渡の戦いであれほどの勝利を手に入れる事は出来なかっただろう。
とはいえ天才と呼ばれる夕呼もやはり人間だ。 速く上に行ってはっちゃけたい気持ちを抑えながら彼女は、武に反応炉破壊前に純夏が行ったリーディングの結果を武に告げる。
「霜月少尉の言うとおり、やはりBETAはハイヴ間で情報をやり取りしている事が解ったわ。 更に鑑はリーディングで、ハイヴの地下茎構造のマップも手に入れた」
「凄い、それじゃあハイヴの攻略が以前にも増して容易になったじゃないですか!」
「加えて、あんたの戦術機動がBETAに対して最も有効だと記録で解ったのよ。 作戦成功の報告が入って以降、『A-01の機体をウチに持ってきてくれ!』って、欧州やアジアの連中が五月蝿くって仕方ないわ」
これで人類の勝利という言葉に、また一歩近付く事が出来た。 そう思った武だったが、一つだけ気掛かりだった件を夕呼に問いかける。
「最後に夕呼先生、その菫さんが進めているっていうBETA研究、どう思っています?」
「BETAが異星人の作った機械って話ね? アタシもちょっと、気になって調べているんだけど・・・」
そう告げた後、頭髪をわしゃわしゃと掻き毟りながら夕呼は考え込んでしまう。 最初こそ菫のレポートに驚愕し、否定的だった夕呼だったが、改めて読み直してみると納得出来る部分も存在していた。
その作業や目的を成す“機能”さえ持っていれば、“外見”などどうでも良く、作った人間に与えられた“命令”に忠実に従い、作業や目的の際に発生した“障害”に“対処”する。
BETA達にある特徴は、皮肉にも人間が作る機械にも通じる部分がある事に夕呼は気付いてしまったのだ。
「そうね、明日にでも彼女とサシで話す必要が出てきたわ。 でもその前に・・・」
「あの~、夕呼先生・・・?」
「とりあえず祝杯ね! さあ、食堂に行くわよ白銀~!」
「はいっ!」
考えなければならない事が、まだ山ほどある。 だが今だけはそれを忘れて、皆と共に宴を思う存分楽しもうと武は思った。
2001年10月22日 1405:銑鉄作戦は佐渡島ハイヴのモニュメント、及び反応炉破壊により成功。 同日夕方、日本帝国および国連は佐渡島の奪還を正式に発表。
香月夕呼、次世代OS“XM2”を、横浜基地経由で全世界に配布する事を発表。
電脳歴世界:銑鉄作戦の成功を機に、介入中の並行世界を『オルタネイティヴ界』と呼称する事に決定。
28.5話に続く・・・
-あとがき-
『(イナーシャル・キャンセラー、全開・・・!) よぉ~し、やってみる!!』
新作アーマードコアのサイズが全高5m程度と知り、『遂にACも、炎の匂いが染みついてむせる時代が来たか!』とwktkしている麦穂です。 今回の28話は、ハイヴ攻略戦の後半+その後のデブリーフィングです。
ちなみに本SSの佐渡島ハイヴ戦の作戦名に付けられている”銑鉄”、鉄鋼炉で溶かしたばかりで不純物が非常に多い状態の鉄の事を言い、最近のPV等で甲20号ハイヴ攻略作戦に付けられた”錬鉄作戦”に掛けた作戦名でもあります。
尺の長さ、パート毎のテンポやらを考えて書いていたら、思ったよりもアッサリした回に。 そんな訳で次回の29話との間に、0.5話的な番外編を挿入する予定です。