・ Vcab年4月某日 AM10:03 機動自衛隊 富士駐屯地 正門前
「すっげー、横浜基地の門より立派だ」
「ほらほら白銀君、ボーっとしていると迷子になっちゃうわよ」
「あっ、はい!」
桜舞い散る正門を凛とした表情で潜り抜けてゆく菫、それから数秒遅れて、“前の世界”における横浜基地のそれより立派な正門に見とれていた武が慌てて彼女の後を追いかける。
ハンガー地区から往来する大型輸送車や正門を出入りする多くの車両に注意しながら、2人は横浜基地のそれより二回りも大きなメインストリートを進んでいく。
「そういえば菫さん、俺のVRはどうしたんですか? 確か模擬戦をするはずでしたよね?」
「模擬戦はここの機体を使うから、そのつもりでいてね」
そう言って菫は目を通しておけとばかりに、懐から取り出した『陣武』の仕様が記載されているファイルを後ろ手に武に渡す。
MBV-30/80C 『陣武』。 VCaa年末に日本が始めて開発に成功したVRであり、同時期に世界各国が開発・運用している『第4世代VR』と呼ばれているカテゴリーに属する機体である。
第6プラント開発の第3世代VR『景清』とよく似たサムライ然とした機体デザインを持ち、腰部のスラスターと背部Vコンバーターの脇に設けられた拡張マウントは、高い機動性と汎用性を与えている。
加えて第4世代型VRは第2世代VRのVRの独自機能であった特殊装甲“Vアーマー”の再装備を実現しており、その繊細な外見とは裏腹に平均以上の防御力を誇る。
そして何より、陣武のシルエットは武が乗り込んでいた帝国軍製戦術機のシルエットのそれと非常に似通っていたのだ。
その事に気付いた武は、すぐさまこの事を菫に問いかける。
「あの~菫さん? このVRって、戦術機とそっくりなんですけど・・・」
「そうなの? まあ良かったじゃない、かえって機体に愛着が湧くかもしれないわよ」
軽くあしらわれてしまった事に、少々いじける武。 そして模擬戦前のブリーフィングにて、意外な展開が彼を待ち受けていた。
マブラヴ –壊れかけたドアの向こう-
#2 挑戦
・ AM10:15 富士駐屯地 第5ブリーフィングルーム
機動自衛隊。 Vca9年に勃発したダイモン戦役後、世界各国同様に主権を回復させた日本が再建した防衛組織である。
それまで陸海空と存在していた自衛隊だったが、VRという全く異質なカテゴリーの兵器を扱うべく発足した。 その一方で、かつて在日米軍基地だった場所は菫が所属する国連平和維持軍の管轄地となり、相互的な交流も盛んに行なわれている。
そして今回武が参加する演習も、その一環として行なわれるようになったのだが・・・
「抜き打ち? 俺も今回の合同演習に参加する筈じゃなかったんですか?」
「本当はそうなる予定だったんだけどね、突然向こうがそうさせてくれって要望があったのよ」
横浜基地に存在するブリーフィングルームの一角。 そこで菫から模擬戦の変更を知らされた武が首を傾げる。 一応本来の模擬戦内容を読みながら、武は今回の相手となる教導隊メンバーについて菫に質問を投げかけてみた。
「そういえば菫さん、俺が戦う相手はどんな人達なんです?」
「広報用の記録映像ぐらいなら見せてもらえるかもしれないから、ちょっと掛け合ってみるわね」
資料を取り寄せてもらえないか、部屋を後にする菫。 やはり相手の情報は直前まで秘密だろうと思っていた武だったが、記録メディアをどっさり抱えて帰ってきた菫を見て、驚きの余り彼女に茶を吹きかけそうになったのは言うまでもない。
「(凄ぇ・・・ VRって、こんな風にも動けるのか・・・!)」
菫さんが持ってきてくれた映像資料を眺めていく内に、武は映像に映るVRの動きに魅了されていた。 流れるような攻撃に、全く無駄が無い動き。 そしてそれを可能とする、一糸乱れぬチームワーク。
そして菫による、教導隊『リーフ・ストライカーズ』各メンバーの説明が始まった。
最初は『リーフ・ストライカーズ』の隊長を務める苗村孝弘。 階級は外国の軍隊で大尉に相当する一尉。 天才的な操縦技術の持ち主で、乗機のSBV-305/G 『叢雲』でフィールドを疾駆する様は、他国のVRパイロットや観客達から『緑葉の疾風』と呼ばれ注目を浴びているらしい。
2人目は孝弘の幼馴染でもある早峰美雪。 階級は中尉相当の二尉。 狙撃は百発百中の腕前を誇り、彼女に狙われて逃れられた者は現段階で数えるほどしかいないとまで言われている。
「(純夏、お前は本当にあの世界に居るのか・・・)」
そして“幼馴染”と言う言葉を聞いた瞬間、武の脳裏に純夏の笑顔が反射的によぎったのは言うまでも無い。
3人目は石川佑哉。 『リーフ・ストライカーズ』の影のリーダーと言われ、階級も孝弘より1つ上の三佐(小佐相当)。 実質彼が隊長、又は他の部隊の指揮官を務めるべきなのだろうが、何故彼がサブリーダーの地位で満足しているのかは、正直な所本人に聞いてみないと分からないだろう。
最後は花月桜花。 階級は美雪と同じ二尉。 由緒正しき神社を実家に置く三姉妹の長女で、妹達も自衛隊のパイロットとして活躍しているらしい。 メンバー随一の近接戦闘能力の持ち主で、菫の説明によると彼女とは従姉妹の関係だという。
なるほど、顔付きや色こそ違うが桜色の長髪が菫に似ているわけだ。 遺伝子という物は恐ろしいなと武は納得する。
「え~と、コレなんてボスラッシュですか?」
「う~ん、しいて言うならデスレーベルかしら?」
「どっちみち、俺は地獄を見るんですね・・・」
菫もこれ以上言う言葉が無く、部屋一帯にどんよりとした沈黙が最後まで漂っていた。
・ AM11:30 富士駐屯地 第1演習場
『準備は良いわね? 白銀君』
「はい! システム異常無し、いつでも行けます!」
インカム越しに聞こえる菫の問いに、ゲート前に立つ陣武のコクピットに座る武が力強く答える。 本来彼が参加するはずの演習は既に終わり、いよいよ抜き打ちテストが行われようとしていた。
「(覚悟は出来た、俺の腕があの4人に何処まで通用するか・・・)」
会話ウインドウの中で静かに頷く菫を見て、武は思わずツインステックを握る力を強める。 相手がどんな精鋭だろうと、ここまで導いてくれた菫に答えなくてはならない。 その思いと勇気だけが、今の白銀の原動力なのだ。
「(悩んでいても仕方はない。 今までの菫さんの教えと、自分の腕を信じるんだ!)」
カウントダウンが始まり、武は腹に力を込めて肺に十分な酸素を詰め込み、一泊置いて静かに息を吐く。 頭に被るHMDのゴーグル、そこに映る演習場ゲートはさながら地獄の一丁目の入り口に見えた。
『ゲットレディ・・・!』
演習開始を告げる菫の号令と同時に、武は精鋭4人が待つ演習場ゲートを潜り抜けて行った。
第3話に続く・・・