・ 2001年10月22日 AM9:50 佐渡島ハイヴ勢力圏内 作戦旗艦『最上』ブリッジ
-佐渡島近海、波高シ-
そう銑鉄作戦を指揮する重巡洋艦『最上』に打電したのは、真野湾方面からの上陸を予定しているウィスキー隊、その砲撃支援を担当する戦艦『信濃』の指揮を務める安倍艦長からだった。
彼を初めとする帝国軍艦隊の将兵達は、佐渡島がBETAの手に堕ちる姿に涙を呑んで見届けていた物達だ。 日本を散々蹂躙したBETAに対する積年の恨み、そして不毛の大地とかした佐渡を取り戻すべく誰もが異様な闘志を持って今回の作戦に望んでいる。
そしてそれは打電を受け取った最上艦長、小沢提督の傍らにいる夕呼も同じであった。
「作戦開始まで後10分、いよいよですな。 香月副司令」
「ええ。 それに今回は心強い味方がいる、必ず勝ちますわ」
ブリッジに設けられた通信席には、帝国軍のオペレーター達に混じってピアティフと遙が武達との連絡を取り合っている。 そして佐渡と新潟県を挟んだ海域にはフィルノートが戦闘体勢を整えており、凄乃皇の進行ルートの確保とウィスキー、エコーの両隊の支援を担当する事になっている。
この作戦の主役はあくまでこの世界の人間達だ、先陣を切る事も無く、唯BETAと彼らの戦いを見届けてその手助けを行う。 それは欧州や中東で活動している、同じ電脳暦世界の者達と比べると決して華やかなものではない。 そしてフィルノートが保有する第3世代型VRは、第2世代型のような圧倒的な性能を持ち合わせてはいない。
それでもクーゲベルグ艦長率いるフィルノートのクルー達は、粛々とそれを受け入れた。 プラントとは競争意識も対抗意識も無く、ただ目の前で困っている人を『助けたい』という一心が、彼らを動かしていたのだから。
「(必ず勝つわ、必ずね・・・!)」
雲ひとつなき晴天の青き空、その向こうにそびえ立つBETAの居城を、夕呼は鋭い目線で睨みつける。 そして作戦開始時刻の午前10時、国連宇宙軍による軌道爆撃が開始された。
マブラヴ –壊れかけたドアの向こう-
#27 銑鉄作戦(前編)
・ 新潟県沖AM10:05 特装艦フィルノート VRカタパルト
『国連宇宙軍、軌道爆撃を開始しました。 光線種による対レーザー弾迎撃を確認後、各艦による制圧射撃が開始されます』
テムジン747『霧積』のコクピット内で出撃の時を待つ菫が、データリンクで送られてくるピアティフの報告を無言で聞き続ける。 過去にわたる多大な犠牲の元に確立されたハイヴ攻略戦術、その第1段階である軌道爆撃。 そして光線種の迎撃後、第2段階となる徹底的な面制圧が行われている。
電脳歴世界の海軍ではもう存在しない戦艦による砲撃、そして軌道上からの爆撃という新旧入り混じった兵器の攻撃を見た菫は、その迫力に圧倒されていた。 だが地形が変わろうかと言わんばかりの砲撃を叩き込んでも、BETAの数は一向に減らないような錯覚がした。
BETAは圧倒的な物量が最大の武器であるという、横浜基地を出る直前にみちるが言った忠告が改めて菫の心に突き刺さる。 まさかVRの力を持ってしても、BETAには勝てないのか。 そんな不安が込みあがろうとしていたその時、HMDの通信ウインドウにケイイチの姿が映し出される。
「ずいぶん緊張してるね菫君。 対BETA戦の初陣に、やはり緊張しているのかな?」
「そういう大尉こそ、楽観的過ぎるんじゃないですか?」
「『如何なる時でも平常心』が僕のモットーって、もう知らない訳じゃないだろ?」
「それはそうですけど・・・」
ケイイチが人をおちょくった態度を自分に見せるのは何時もの事だが、せめてこういう時位は自重して欲しいものだと菫は思う。 だがこれが、ケイイチなりに自分を励ましているのだろうと感じていた。
きっと両津湾沖で出撃を待つ207組にも、みちるや水月といったヴァルキリーズの先輩達が同じ事をしているだろう。 そう考えた菫の顔に不思議と笑みが浮かんだ時、ケイイチが再び口を開いた。
「さあ菫君、僕達と白銀君達が気付きあげた成果、皆に見せ付けてやろうじゃないか!」
「はい!」
菫が答えたその時、遂にウィスキー艦隊による上陸が開始された。
・ AM10:31真野湾沖 戦術機母艦『高尾』 甲板
『スティングレイ隊が上陸成功した!』
『・・・と、その前にお前の出番だ、奴らに派手にブチかましてやれ!!』
佐渡の島影が徐々に近付き、もう自分はBETAが支配する戦場へ足を踏み入れてしまったのだと、その衛士は実感する。 だが自分は、むざむざ奴等のエサになるつもりはない。 そう思いながらF-4J『撃震』を駆る女性衛士は、甲板の前部CIWSが存在していた場所に設置された巨砲に取り付き、その狙いを佐渡島に蠢くBETAに向けていた。
試製430ミリ 電磁衝撃砲。 1200ミリOTHキャノンを元に量産され、高尾を始めとする戦術機母艦に搭載されている大型砲の名前だ。 事実上の輸送船である戦術機母艦は、上陸時にはほぼ無防備の状態で光線種の迎撃前にその身を曝す事になる。
無論直前には帝国軍海兵隊のA-6J『海神』による強襲上陸が行われ、沿岸部にたむろするBETAの掃除と上陸地点の確保が行われるのだが、やはりBETA全てを捌ききれるほどの火力には限界がある。
そこで各戦術機母艦に搭載されたこれを用いて、その穴埋めと上陸部隊の支援を行おうと言うのだ。
「(データリンクは、攻撃命令はまだなの・・・!)」
トリガーに指をかざしながら、衛士は発砲許可が出されるのを待つ。 すでに海神が強襲上陸に成功し、その持てる火気の全てをBETAにぶちまけている最中だ。 彼らが光線種を捕捉次第、その座標データがデータリンクを通じて彼女の撃震や、他の母艦で電磁衝撃砲を操作している衛士達の元に転送される。
『スティングレイ1よりHQ! ポイントS-52-47に重光線級を確認した! 支援砲撃を!』
『HQ了解。 各母艦の衝撃砲射手は、支援砲撃を開始せよ』
「(来たっ!!)」
HQの指示と共に電磁衝撃砲の最終安全装置を解除し、母艦から供給される電力が眠れる巨砲を覚醒へと導く。 そしてデータリンクによって照準が自動的に導き出され、拡大されたスコープには一つ目の怪物“サイクロプス”さながらの重光線級BETA『マグヌス・ルクス』の姿が映る。
奴らの狙いは百発百中、この距離で狙われたら回避はほぼ不可能だ。 母艦もろとも海の藻屑にならない方法はただ一つ、この砲を用いて奴等を根こそぎ吹き飛ばす以外に無い。 今までの恨み、そして今も抱く憎しみを砲弾に込めながら、彼女はトリガーを力強く引いた。
「喰らえっ!!」
装填された砲弾が装薬の発火と共に飛び出し、銃身に発生した電磁場が更なる破壊の力を与え、空気との摩擦によって発光するほどの初速を得た砲弾が佐渡へ向けて飛翔する。 そしてほかの母艦から放たれた砲撃も、今まさに照射を行おうとしていた重光線級の群れに吸い込まれ、直撃した重光線級は跡形も無くなった。
そしてS-11を調整した砲弾である広域制圧弾頭が炸裂し、周囲にいる小型種もろとも根こそぎ吹き飛ばす。 自分が放った一撃がこれ程の威力だったのかと、女性衛士はしばし呆然としていた。
『よっしゃあっ! 初弾命中、よくやった!』
『ざまあみろBETA共! その調子でやっちまえ!』
通信に飛び込む仲間からの通信により、彼女はようやく我に返った。 自分の手でこの艦の、仲間達の危機を救ったのだという事実に、女性衛士は計り知れない達成感に包まれた。 そして間髪入れずに、HQから更なる指示が舞い込む。
『衝撃砲射手は支援砲撃を継続。 光線属種を優先的に殲滅後、上陸を開始せよ』
「了解っ!」
必ずBETAから、あの佐渡島を取り戻してやる。 その誓いを胸に抱きながら、彼女はスコープを睨みつけ、トリガーを引き続けた。
・ 同時刻 両津湾 戦術機母艦『大隈』
「珠瀬、こちらも始めるぞ! 準備はいいか?」
「はいっ!」
みちるの呼びかけに、大隈の甲板上で1200ミリOTHキャノン改を構える壬姫が答える。
97式改『晴嵐』。 それが彼女と207の乙女達に与えられた、異世界の技術を融合して完成した吹雪の新たなる姿。 戦術機にVRの特性を付加するメガドライヴ、それを搭載した吹雪を元に更なる強化改造がされた機体だ。
当初は彼女達もみちる達が現在乗っている、メガドライヴ搭載型不知火で本作戦に臨む予定だった。 だが不知火の機体調達が間に合わず、加えてドライヴの換装作業にも時間が掛る事から、すでにメガドライヴの搭載を終えた吹雪を実戦仕様機に改造する事が、夕呼とケイイチの間で決められたのだった。
幸いにも吹雪は帝国軍にて、実戦にも運用されている事からその信頼性は折り紙付き。 加えて207組はXMシリーズ開発から吹雪に慣れ親しみ、機体特性も十分に把握している事が、晴嵐として生まれ変わらせる十分な理由となった。
壬姫が操る晴嵐の頭部、911クーデターでもその精度を見せつけた超高精度センサーが妖しく輝き、遅れて両津湾沿岸部に現れたBETAの姿を捉える。 そして艦隊による支援砲撃が始まると同時に、みちるは壬姫に向って叫んだ。
「撃てっ!!」
みちるの号令と共に、壬姫はOTHキャノン改のトリガーを引く。 並の艦砲より巨大な砲弾が赤熱化しながら次々に空を付き抜け、S-11弾頭の炸裂により両津湾に跋扈しているBETAを大小の区別無く吹き飛ばしてゆく。
その光景を目の当たりにしたエコー部隊の将兵達が得た衝撃は計り知れず、『核兵器でも使ったのか!?』と最上に問い合わせる位だった。 壬姫の功績にわっと皆の歓声が上がり、みちるは彼女達に今回の任務を確認する。
「全員よく聞け。 珠瀬とエコー艦隊の制圧射撃が終了次第、我々はこの大隈から発進する。 発進後、進路上のBETAを駆逐しながら旧新穂地区へ移動。
A-02・・・つまり凄乃皇の進路ルートを確保するのが我々の最初の仕事だ」
だから今の段階で浮かれるのはまだ早いぞと、みちるは皆に釘を刺す。 帝国軍側は目立った損害はなく上陸に成功し、現在は旧河原田本町と旧八幡新町を中心に防衛線を構築。 BETAの陽動を行っている。
ヴァルキリーズに課せられた使命、それは両津湾沿岸のBETAがあらかた片付いたら上陸を開始し、純夏が乗る凄乃皇の進行ルートを確保する事だ。 万全の対策と優先的な砲撃支援が受けられるとはいえ、BETAとの戦いでは何が起こるか分からない。
そのことも含めてみちるは、ヴァルキリーズの長として皆に説明を行った。
「私達はチームだ、決して己の能力の過信と油断はするなよ。 何か質問は?」
「大尉、白銀中尉のポジションが決まっておりませんが」
お言葉に甘えてと、早速冥夜が武のポジションがいまだに決まっていない事をみちるに言及する。 いや彼女のみならず、それはヴァルキリーズの誰もが気になっていた事だった。
今まで説明できない理由があったのだろうが、『軍隊の任務内容や機密は、その日その時のみに明かされる』という暗黙の了解がある以上、それは仕方のない事だった。
そしてしばしの沈黙の後、ようやくみちるの口から武のポジションが明かされる。
「白銀は我々と行動を共にするが、場合によっては独自の行動を取るよう、副司令から言われている」
「「「っ!?」」」
みちるの言葉に皆が驚く中、冥夜が乗る晴嵐の背後、そこに立つカイゼルに乗る武は無言のままでいた。 というのも、武は今みちるがした話を夕呼本人から既に聞いていたからだった。 メガドライヴの搭載を前提に作られたカイゼルの性能は未だ未知数であり、パイロットである武ですら十分に知り尽くしてはいないのだ。
この作戦がハイヴ攻略と同時に凄乃皇を初めとする各種新兵器の実用試験と言う目的がある以上、カイゼルがBETAに対し何処まで暴れられるかを試す必要があるのだ。
「白銀、貴様の識別ナンバーはA-03、コールサインはブレイブ1だ。 いいな!」
「了解!」
みちるが与えた武の肩書きが、即座にヴァルキリーズ全員のデータリンクに登録される。 勇気と言う意味を持つコールサインの如くBETAを打ち倒す力となれと、武は彼女にそう言われたような気がした。
そして皆を乗せた機体が甲板へとせり上がり、遂に出撃の時が訪れる。
「よくやった珠瀬! 貴様のお陰で、エコー部隊も被害ゼロで上陸出来そうだ」
「はい!」
みちるに返答すると同時に、冷却材が放出され、銃身から湯気が立つOTHキャノン改に珠瀬は感謝の言葉を心の中で唱える。 そして必ずあなたの元に帰って見せると心に誓い、壬姫は担架システムから支援突撃砲を取り出し、佐渡にそびえるハイヴを睨み付ける。
『HQへ、エコー全艦載機、発進準備よし!』
『HQからエコーへ、全機発進せよ! 繰り返す、全機発進せよ!』
「行くぞ! ヴァルキリーズ、全機発進っ!!」
「「「了解!!」」」
一段と気合が篭ったみちるの号令と共に、A-01の戦術機達が佐渡島へ向けて飛翔する。 跳躍ユニットを輝かせて飛ぶ皆の姿を見届けた後、武は夕呼達がいる最上へ向けて叫んだ。
「ブレイブ01よりヴァルキリーマムへ。 白銀武、発進します!」
唸りを上げるメガドライヴ、咆哮を轟かせる電磁推進ユニット。 凄乃皇と並ぶ人類の希望となるかもしれない機体が、武と共に空を舞った。
2001年10月22日 1045時
『銑鉄作戦』は、予想以下の損耗率でフェイズ3に到達。 帝国軍は戦線を維持したままBETA陽動を継続。
ヴァルキリーズ、旧新穂地区到達。 周辺のBETA排除し、A-02『凄乃皇』の進路ルートの確保に成功。 また同地点にて、フィルノートから先行発進したケイイチと菫に合流する。
1047時
オービットダイバーズ支援の為、VOXボブで構成された突撃部隊がフィルノートより発進。 ハイヴ入口の周辺掃討と索敵を行った後、降下したオービットダイバーズと合流し突入する予定。
・ AM11:27 佐渡島ハイヴ 第12層N19広間
「ザウバーよりCP、第12層N19広間を確保した! 損害はゼロ! 繰り返す、損害はゼロだ!」
地獄の入口のようにも思えるハイヴの横坑。 薄暗く発光するその坑内を、無事降下を終えたオービットダイバーズ所属のF-15E『ストライク・イーグル』の部隊が、VOXボブのエレメントと共に突き進む。
別の突入ルートでも彼らと同じ編成となっており、報告通りザウバー隊は損害無しのままここまで到達する事が出来たが、ハイヴの最深到達記録を更新するにはまだ程遠い。 必ず自分達がハイヴを制圧し、その記録を打ち破ってやる。
ザウバー隊のリーダー機、ザウバー1の衛士がそう思っていると、彼の部下から拍子抜けした声が掛る。
「しかし隊長、ここまでアッサリ進めるなんて不気味ですよ」
「それだけ、地表の陽動が十分に効いているという事だ。 それに今回は、頼れる助っ人が付いているからな」
そう部下に告げながら、ザウバー1は自分達の前後をフォローする2機のVOXボブをチラリと見る。 VOX-240“Bob1” VOXボブ1号。 第3プラント『アダックス』が開発した第3世代VR、VOXシリーズの重突撃形機体だ。
海神と同じく人型にとらわれない、ずんぐりしたシルエット。 開発コンセプトとなったドルドレイを参考にした強固な装甲、まるでラジオペンチのような外観を持つクローランチャーと、VOXボブの象徴とも言える巨大なドリルを装備している。
フィルノートから出撃した彼らモール突撃隊の活躍によって、突入口の確保と周辺にいたBETAの殲滅に成功。 またウィスキー部隊の陽動が機能していることから、ハイヴ内でBETAと遭遇する機会は数えるほどしかなく、遭遇したとしても戦車級以下の小型種のみで、思わず彼らも拍子抜けしてしまったほどだった。
今の会話を聴いていたのか、ザウバー隊に随伴するVOXボブの1機、モーラ3のパイロットが返答する。
「中々粋な事言ってくれるじゃないか、礼を言うぜザウバー1」
「ああ、だがハイヴ突入はここからが本番だ。 覚悟してくれよ?」
VRの性能があるからといって、彼らも自惚れてはいない。 Vアーマー展開能力の無い第3世代VRは、例えBETAに徒党を組んで襲われてしまったらひとたまりも無い。 それに彼らとて、こんな異世界の穴倉で死にたくは無い筈だ。
地上へのデータリンクが確立した事を確認し、最深部を目指そうとしていた正にその時、部下の一人から音紋センサーに感有りとザウバー1に報告が入る。 センサーから算出された推定個体数が4万以上、更に音源が横抗が無い場所から出され、それが移動している事にザウバー1は気付いた。
「これは・・・横抗を掘りながら移動している!?」
「リーダー! ここは一時引・・・!」
部下が撤退を進言しようとした瞬間、彼らがいる広間の一角が崩れる。 そしてその崩落した場所から、湯水のごとく大小のBETAが湧き出てくる。
「やはり増援か! モーラ3、頼む!」
「了解だザウバー1。 モーラ4、工兵部隊出身の本領発揮だ!!」
「おうよ!! 俺達が伊達や酔狂で、こんな機体に乗って無いってことを見せてやろうぜ!」
ザウバー1の合図と共に、モーラ3はモーラ4とアイコンタクト。 そして2機のVOXボブはBETAをザウバー隊が引き付けている間、なんとその場で自慢のドリルを用いて横抗を掘り始めたのだ。 ドリルによって削られた内壁が機体に降り注ぐ中、モーラ3がザウバー1に脱出を提案する。
「このまま穴掘って撤収だ! ザウバー1、それまでもってくれよ!」
「ああ! またお天道様の光を拝めるよう、努力するつもりだ!」
崩落した穴から出てくるBETAに集中砲火を加え、瞬く間に死骸の山を気付きあげてゆくザウバー隊。 BETAが短期間で築いた横抗の内壁は予想以上に強固なものであり、BOXボブが装備するドリルで突破出来るかは彼らにも分からなかった。
「あともう少し・・・あと少しなんだ! ブチ抜けぇーっ!!」
それでもモーラ3と4はがむしゃらに、ドリルを内壁に押し当て内壁を掘り続ける。 必ずザウバー1の機体に答え、彼らを無事地上へ脱出させるために。 そしてその願いがようやく通じたのか、ハイヴ内壁を突破。 モーラ4が先行して地上への道を一気に掘り進むと同時に、モーラ3がザウバー隊に向けて叫んだ。
「モーラ3からザウバー全機へ、内壁を突破した! これから拡張作業に入る、もう少し持ちこたえてくれ!」
「聞いていたなザウバー各機、あと少しの辛抱だ。 オービットダイバーズらしく、気張って行けよ!!」
「「オーッ!!」」
BETAを食い止める戦術機達と脱出路を掘るVR2機の闘志と熱気で、異様なテンションに包まれるN19広間。 その光景はBETAの増援に遭遇した他の広間でも繰り広げられ、ハイヴ突入制圧は失敗したもののモーラ隊の活躍により損害はほぼ皆無という、ありえない戦闘記録が残ったのだった。
・ AM11:43 佐渡島 旧上新穂地区
『ヴァルキリーマムより各機へ。 ハイヴ突入作戦は失敗、突入した全部隊は現在モーラ隊と共に地表へ撤退中。 作戦はプランBに移行、A-02の砲撃を持ってハイヴ無力化を試みる』
「やはりこの作戦、凄乃皇参型の出番が必要だな・・・」
「そうですね。 突入部隊が全員生還出来ただけでも、素直に喜ぶべきでしょう」
周辺に存在していたBETAの掃討を終え、最上にいる遙の報告を聞いたみちるとケイイチが、やはりそうかという面持ちで互いに言葉を漏らす。 2人の呟きを聞いたヴァルキリーズの皆や、武も同じ想いだった。
だからこそ人類の希望となるだろう凄乃皇を、ヴァルキリーズの名に懸けて護衛する。 武もそれに乗る純夏を絶対守り通すと心に誓ったその時、みちるより新たな指令が下る。
「全員よく聞け。 A-02 『凄乃皇参型』は予定通り横浜を出撃し、順調に佐渡島へ向かっている。 我々はこのまま凄乃皇の進行ルートを維持し、その障害となるBETAを排除する。
我らヴァルキリーズの仕事は始まったばかりだ、油断するのは基地に帰ってからにしろ!」
「「「了解!」」」
みちるに復唱を皆と共に返し、武は目の前にそびえ立つBETAの居城、地球侵略の象徴ともいえるハイヴを睨み付ける。 突入したオービットダイバーズは各々無事に脱出し、最寄りに展開しているウィスキー、エコー双方の部隊へ合流しているという。
第3世代型とはいえ、VRを持ってしても突入に失敗した事実に、武は改めてハイヴ戦闘の困難さとBETAの武器は物量だという事を思い知らされる。 そうやって落ち込む彼に、ヴァルキリーズと合流したケイイチが声をかける。
「まあリヨンハイヴの場合は、怒涛のゴリ押しが上手くいったから攻略出来たって感じだしね。 それより僕が気になるのは・・・」
「横抗以外の場所を移動していたという、BETAの増援ですね?」
武の回答に、ケイイチは無言で頷く。 ザウバー隊が感知したという移動する震源。 ハイヴの周辺に地下構造を縦横無尽に張り巡らしているBETAが、わざわざ新たな横抗を掘って地上を目指す事をするのだろうか。
ケイイチの推測を聞いた武も、この増援がハイヴ内に残っていたBETAだけじゃないなと、密かに思っていた。
「それで伊隅大尉、急ごしらえで装着したメガドライヴの調子はどうだい?」
「良好ですよ。 部下達がこれを先に使っていると思うと、少し悔しいですけどね」
はにかみ笑いを浮かべながら、みちるはケイイチに自機の感想を伝える。 みちるを始め、ヴァルキリーズの先輩達が乗る不知火には、晴嵐と同様メガドライヴが搭載されている。 作戦前に晴嵐の改装と同時に矢継ぎ早に不知火へ搭載されたが、みちる達の熟練度の高さと直接VRとの模擬戦を経験したことも相まって、207の皆以上にその期待を使いこなせている。
装備する武器は従来と同じだが、それでも慣性制御による柔軟な機動と、OSであるマスターシステムの迅速な操縦反映は凄まじいものがある。 周辺警戒と共に戦域に散布された補給コンテナを回収する水月や美冴が、2人の会話に割り込む。
「おかげでこの子達に、いくつかの獲物を持ってかれちゃいましたよ。 まあ、これから取り戻せば良い話ですけどね!」
「若いほど順応度があると言いますが、どうやら本当のようですね。 大尉」
皆の成長を楽しむように語る水月と美冴に、武達は自分達の成果が一つ形になったのだと実感し、皆笑顔を浮かべていた。 だが広域策敵を行っていた梼子の報告で、その笑顔はすぐに消え去る事となる。
「大尉! ハイヴから出現したBETAの増援が、こちらに向かっています!」
「何っ!?」
すぐにみちるは戦域データを表示させ、自分達の現在位置、そしてウィスキー部隊の状態をチェック。 陽動を行っているウィスキー部隊は依然健在だというのに、ハイヴより現れたBETA達は一目散にここへ向かっているのだ。
今回の戦いは、敵も味方も何かが可笑しい。 みちるの頬を冷や汗が伝う。
「まさか、凄乃皇の存在を気付かれたっていうの!?」
「そんな事、BETAにしか分からないよ」
「彩峰今良い事言った! ここで騒いでいても、何も始まらないよ!」
「ならボク等がやる事は、もう決まってるね!」
千鶴、慧、晴子、美琴の会話を聞いたみちるは頬の汗を拭い、少しばかり混乱していた自分を恥じた。 そうだ自分達は異世界の介入という、イレギュラーな事態を既に目の当たりにしているのだ。
もうこれ以上驚く事は無いなと思いながら、みちるは新たな指示を皆に下す。
「全機、周辺の補給コンテナを速やかに回収! その後砲撃開始地点の新穂ダム跡に移動、防衛線を構築し凄乃皇到着まで時間を稼ぐ!」
「「「了解!」」」
みちるの指示に復唱した後、ヴァルキリーズの全員は速やかに周辺に点在する補給コンテナを回収。 同時にみちるはこちらに向かうBETAを少しでも減らすべく、最上へ砲撃要請を行った。
・ AM11:47 重巡洋艦『最上』ブリッジ
「副司令、A-01より支援砲撃要請が出ています」
「ピアティフ中尉、全艦隊にA-01の要請を最優先処理させなさい」
「了解。 HQよりウィスキー、エコー全艦隊へ。 即座に指定座標へ向けて砲撃を開始せよ。 繰り返す・・・!」
そうピアティフに指示をした後、夕呼は『よろしいですわね?』と小沢提督に改めて問う。 上陸したエコー、ウィスキーの両部隊が求めている支援砲撃を、事実上ヴァルキリーズが独り占めしようというのだ。
ウィスキー、エコー両部隊の将兵達を危険に曝してしまう夕呼の頼みに対し、小沢提督は『当然です』と返してそれを承諾する。 全てはヴァルキリーズ、ひいてはオルタネイティヴ計画の為に。 それを承知の上で、夕呼も苦渋の決断を下したのだろう。
せめて異世界の援軍が間に合ってほしいと願いながら、自身も最上のクルーたちに砲撃開始の号令を出した。
・ 同時刻 新潟県沖 特装艦フィルノート
『HQよりフィルノートへ。 佐渡島に展開している全艦隊が、A-01への支援攻撃を開始します』
「砲撃の穴埋めを行うぞ。 全VRは直ちに発進、ウィスキー、エコー部隊へ遊撃支援を開始する!」
ピアティフからの報告を聞いたクーゲベルクは、ハイヴ突入に失敗したモーラ隊の雪辱を晴らすべく遊撃隊の出撃を命じる。 彼の一声に、ブリッジは瞬く間に騒がしくなり、カタパルトからはVOXタイプやテムジン747系のVR隊が次々に発進して行く。
そして周囲から沸き起こる砲声。 座標修正を完了した艦隊が、A-01の支援砲撃を行ったのだ。
「最上に通達! 我々もA-01に対し支援砲撃を行う!」
オペレーターが最上に事の次第を伝えると同時に艦に搭載されている大小の砲が蠢き、みちるが指定した座標へ砲口が向く。 後は最上にいる夕呼と小沢提督のOKサインが出れば、いつでも発射出来る状態だ。 最上からの返事を待つ間、砲撃の第一陣が飛来する。
そして着弾まで後数秒と迫ったその時、ハイヴの根元から忌まわしき閃光が走った。
「支援砲撃、レーザー照射で迎撃されました!」
「最上から回答来ました! 『直ちに砲撃されたし』です!」
「奴らの照射インターバルの隙を突く、撃てーっ!!」
光線種の照射インターバルは最大でも約40秒程度。 一次砲撃を終えた艦隊が再装てんしている今、即応で撃てるのはこのフィルノートしかない。
夕呼らの状況判断の早さに舌を巻きながら、クーゲベルクは咆哮を上げた。
・ AM11:56 新穂ダム跡 凄乃皇砲撃開始地点
「大尉、フィルノートからの第二次支援砲撃が来ます!」
「助太刀感謝します。 サギサワ大尉」
「いえいえ。 礼を言うなら艦長達に言ってください」
梼子からの報告を聞き、谷の向こう側にいるBETAが砲撃で吹き飛ばされる光景を眺めながらみちるがケイイチに感謝の言葉を述べる。 そして艦隊の支援が受けられずにいるウィスキー、エコー両部隊には、フィルノートから発進したVR隊が救援に向かっている。
また一つ彼らに返すべき借りが出来てしまったなと思っていると、ウィスキー部隊の支援に向かう遊撃隊のリーダー、ライデン512E2を駆るハーモニー1から通信が入る。
『こちらハーモニー1。 サギサワ大尉、発進後はあなたの指示に従えと、艦長から通達されています』
「了解ハーモニー1。 作戦の大筋通り、君達はウィスキー主力部隊の支援だ。 もう自重する必要は無いだろう、派手にやってくれ」
『了解! モーラ隊の汚名、我々が返上して見せますよ!』
通信ウインドウに映るケイイチに敬礼し、ハーモニー1率いる遊撃隊はそのままウィスキー主力部隊を目指す。 佐渡島の荒野を疾駆する彼らの姿が霞むほど遠ざかった頃、みちるから新たな指示が飛ぶ。
「よし! 砲撃を逃れた光線種の掃討に向かうぞ! 白銀と霜月少尉を前衛に、新穂ダム跡の谷を突破する!」
「「「了解!!」」」
レーザーをも無効化する凄乃皇のラザフォードフィールド、だが照射を受けるとそれを生成する凄乃皇の動力炉であるML機関に多大な負荷が掛かってしまう。 それを未然に防ぐべく、残存する光線種を一体でも多く狩らなければならない。
佐渡を取り戻そうと必死に戦っている帝国軍の将兵達や、この戦闘を高みで見物しているであろうオルタネイティヴⅤ派の連中に、凄乃皇の無様な姿を見せる訳には行かない。
そして凄乃皇に乗る純夏を守る為に、武と戦乙女達はBETAが押し寄せる谷へ飛び込んでいった。
-あとがき-
『命令(オーダー)は唯一つ(オンリーワン)、”見敵必殺(サーチアンドデストロイ)”。 以上』
『認識した、我が主(マイマスター)』
F-4Rから派生したはずなのに、どうしてMIG-23/27はF-5っぽい外見なのかと何時もメカ本読むと首をかしげてしまう麦穂です。 27話投稿しました。
今回は佐渡島ハイヴ攻略戦その1、上陸からオービットダイバーズが突入する辺りまで。 オルタ本編では使わなかったOTHキャノンをどう活用しようかと考えた結果、上陸前の砲撃用になりました。
そしてずっと前から温めておいたハイヴ突入戦。 『地中で戦うなら、ドリルを持って臨めば良いじゃな~い』という某フランス貴族的な発想の元、ドリルで穴掘って脱出という流れに。
はるか昔地中に潜む怪獣相手に、エアーポンプ一丁で挑んだ某ドリラーのお父さんは凄く偉大だと思うんだ・・・